東方刻銘録~鬼が出るか蛇が出るか~    作:ライラ

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全開の更新から二か月もかかるとは思っていませんでした、まことに申し訳ない。
次の行進は九月中にはしたいと考えています


束の間の酩酊

 宵闇の寂寥感というのは自然と孤独を浮き彫りにする。

 自分の声も、足音も、薄暗がりに呑まれたまま返ってこないというのは不安を煽るモノだし、誰だってひとりぼっちは嫌だ。そう、それは妖怪も人も同じ。

 だからだろうか、訪れる者のほとんど居ない森。そこにぽつんと佇む小さな屋台の狭い椅子に窮屈そうに尻を押し込む形で同席しても誰もが不平を垂れないのは。

 今宵も夜雀ミスティア・ローレライの屋台はひっそりと賑わっていた。

 時刻は酉の刻、焼き串をつまみに鳥の醸した酒を呑むことのなんと風情のあることか。

 

 

「っぷはぁ。これはこれで好いもんだなぁ」

 

 竹の筒に注がれて出てきた雀酒を盛大に呑み干しながら江月魁斗は感嘆の吐息を漏らした。

 伊吹瓢から溢れだす鬼の酒に比べれば水も同然の酒精であるが、これはこれで中々に心地の良い酩酊感を与えてくれる。それこそ夜が明けるまで小躍りしたいくらいに、だ。

 それには同席していた者たちも同意のようで、西洋拵えの衣服に身を包んだ女中――十六夜咲夜も感心したように口を開く。

 

「あらほんと、雑味はあるのに呑みやすい。夜雀が酒蔵を持っているなんて話は聞かないけど……よろしければ製法をご教授願えるかしら」

「あ、それは私も興味ありますです。人気屋台秘蔵の酒造レシピなんて三面を飾るにはうってつけのネタですしー」

 

 メイドとやらは酒まで造れるのか、と舌を巻いていた魁斗の横で便乗するように目を輝かせるのは天狗の新聞記者――射命丸文だ。

 かつての上司である鬼の伊吹萃香と同席することになり、どこか死んだ目をしていた彼女だが、そこは鬼同様酒好きの妖怪として見逃せない話だったのであろう。

 ちなみに、どういうわけか偶然同席していた萃香も、今回は自前の鬼の酒ではなくて雀酒の杯を傾けていることからそれなりにここの酒の出来は買っているらしい。

 対する屋台の主である夜雀のミスティア・ローレライはというと、じうじうと焦げ目のついた焼き串をひっくり返す作業に没頭しながらではあるが嫌そうに眉を寄せて口を開いた。 

 

「えー、うちのお酒は天帝さまから許可を頂いて作ってる一族直伝のお酒なのよぅ。というか、雀じゃないあんたらが作っても雀酒にはならないでしょーに」 

 

「なら射命丸でも作れるんじゃないか? カラスもスズメも似たようなもんだろ」

「変なこと言ってるとお客さんの料理だけタレの量減らすよ?」

「ちょっと魁斗さん! それは私としても聞き捨てならない発言ですよ!」 

「あ、はい。すいません」

 

 ぎろり、とドスの効いた二者の視線に土蜘蛛と河童の一件でも想起したのか血の気の引いた顔で魁斗は謝罪する。流石に酒の席での失言が原因で首が落ちたとなると笑えない。あとどうせならタレはたっぷりと付けて二度焼きをしてくれた方が味も染み込んで美味くなると思う。

 そんな、相変わらずといえば相変わらずな魁斗の口の軽さも大妖怪からすれば酒の肴でしかなかった、ということなのか、からからと萃香は無邪気に嗤う。

 

「うははは、そりゃあ雀酒を烏やメイドが作れるわけないわな。とゆーか、そんなにもったいぶらなくてもこの酒の作り方なんてありふれてるじゃないか。

 ようは口噛み酒とおんなじよ、大仰な蔵も大層な神棚も必要ない、古来から親しまれてきた手法なんだから」

「あ、ちょっと。さらりとキギョー秘密漏らすのはずるいと思うわっ」

  

 むすりと頬をふくらませて講義するのは他でもないミスティア自身。

 察するに、萃香の言はどうやら正解であったのだろう。

 にんまりと白い牙をむき出しにする飲兵衛も、伊達に毎日酒ばかり呑んでいるわけではないということらしい。

 

「ふむ……?」

 

 しかし、記憶のない魁斗からするとどうにも得心のいかない説明ではあった。とりあえず分かることといえば……

 

「次からは烏酒が呑める、ということでいいか?」

 

 わざわざ金を払って呑むよりは知人に作ってもらえば手軽に呑めるというのだ、ミスティアには悪いがいつも懐事情のきつい魁斗としてはそちらの方がありがたい。

 とまあ、その程度の心持ちで口にしたことではあったのだが――

 どうにも場の空気が微妙に硬直したような錯覚を魁斗は覚える。

 

「あー、ええと……魁斗さんがどうしても、というのなら考えないでもないですが……」

 

 返ってくるのは歯切れの悪い答え。

 もぞり、と。隣で杯を傾けていた射命丸が居心地悪そうに居住まいを正す。

 もしやこの酒は製造法こそありふれているが材料が貴重だったりするのだろうか。

 事態が読めないのはどうやら隣で雀酒を吟味していた咲夜も同じようで、魁斗の疑問を代弁する。

 

「ごめんなさい、クチカミザケというのは日本酒の製法の一つなのかしら?

 どうにも紅魔館ではこちらのお酒の味を再現するのが難しくて製法にまでは疎くて……」

 応える萃香の声色からは酒の話が出来る故なのか、喜色が滲んでいた。 

 

「なに、簡単さ。米を口の中で噛み砕いてあとはそれを唾液ごと水と一緒にほっぽっとくだけ。

 御気を呑み、神奇を成し、神酒を醸す。これで酒精は宿るし人は酔うってわけ」

 

 つまり、雀が噛んで醸した酒だから自分たちが呑んでいるのは雀酒なのだと、そう鬼は語る。

 

「本来は雀か巫女あたりが醸すから意味があるんだけど……まあ、メイドが醸そうが烏天狗が醸そうが酒は酒さね」

「なるほど、チチャと似たようなお酒というわけね。それならうちの文献からでも再現が出来そう、ありがとう助かったわ」

「へぇ、わたしゃてっきり土着の民らしい酒だってこき下ろすかと思ってたよ」

「あら、一度お酒に下した評価をその程度の理由で変えるなんてのは瀟洒じゃありませんわ」

「己の下した決断こそが至高と信ずってか。吸血鬼風情の小間使いにしておくにはもったいないよ」

「私は私の意思でお嬢様に仕えているのよ、それを何者にも定められる謂れはないし、ましてや鬼風情にどうこう言われる筋合いはないわ」

「うははははは! 好いねぇ、好いねぇ。それでこそ『人間』だ」

「うふふふ。私も好きよ、貴女のそういう理不尽なとこ、お嬢様にそっくりで」

 

 

 

「どっちも豪胆なこって」

「鬼の方々は無謀にも勝負を挑んでくる人間とか大好きですからねぇ」

 喧嘩を売っているんだか友愛を語っているんだか微妙に判別付けづらい会話が飛び交う間に挟まれる形で魁斗と射命丸は串焼きをもそもそと頬張っていた。飛び火さえしてこなければいいや、というくらいの心持ちであった。

 蝉の炙り焼き、というのも見た目に反してなかなか美味なもので侮れない。特にタレの加減が絶妙で、これがなかなか雀酒と合って食が進む。

  

 

「烏酒も楽しみだな」

 

 ぼそり、と零した感想に隣で思い切り烏天狗が噴き出した。

 

「えほっ、えほっ。今の話を聞いてまだそれを言いますかっ!?」

「……どういうことだ?」

 

 酒は酒だろう? と至極真っ当な事を問い返すような魁斗の表情に下心は微塵もない。

 いや、四天王の一角と真っ向から飲み比べるようなうわばみならばこれくらいではないといけないのかもしれない。

 

「魁斗さんに女の子の唾液の入ったお酒で催すような性癖があるんでないなら、まあ構いませんけど……案外記憶を失う前のあなたは古い、というか昔ながらの考えの環境で育ったのかもしれませんね。

 口噛み酒なんて今どきは敬遠されることの方が多いと思いますよ。若い人間だと普通見向きもしませんし」

 

「そういうものか……」

 

 蝉の炙り焼き続いて出てきた岩魚の塩焼きに箸を通していた魁斗はぼんやりと呟いた。

 彼女にとって自分は人間という括りに入っているのか、とそんなことを考える。 

 ここは妖怪の営む妖怪の屋台。もしや、品書きに人間の臓物でもあるのではないかと無意識に探していたことがなんだか急に後ろめたいことのように思えてしまって、――不意に視線が泳ぐ。

 ――駄目だ、悟られてはいけない。

 普通人間は同族を食さない。ならばその血を半分引く己はそんなことをしてはならぬ、はず。いや、そうでなければならない。

 だから――

 じわりと滲み出る汗を拭いながら、適当に目についた品を上擦らないように読み上げた。

 

「じゃあ、この焼きヤツメウナギというのを頼めるだろうか」

「あいよー」

 鈴の音を転がしたような心地の良い声色の返答と共にミスティアの頭が屋台の死角へと消える。どうやら不審がられるようなことはなかったようだ。

 

 

 と、そこで夜雀の少女にだけ聞こえるように射命丸が囁く。

 風をあやつる程度の能力――時として大気を捻じ曲げ嵐すら起こせるはずの能力だが、随分としょうもない使用用途である。

「あ、ちなみに今日はこわーい鬼さんも居ますし、万が一でもドジョウだとかで代用利かせて食品偽装みたいな真似はしないほうが身のためですよ~。」

「え、それマジ?」

「うん、大マジです。夜雀の丸焼きに興味無いわけじゃあないですが、さすがに私も怒り狂った鬼は見たくないです。特に酒の席での嘘なんてのはもうぶっちぎりにまずいですよ」

 だから出来れば自分も早く帰りたいのだ、とこぼしたやけに悲痛な泣き言は幸か不幸か誰の耳にも届かない。

 

 結果、屋台の下から再び現れた少女の顔はやけに強張っていたのは気のせいか。

 

「ご、ごめん。ちょっとヤツメウナギは品切れだったみたいだわ~」

「そうか、それなら仕方ないな」

 

 魁斗も落胆はしない。どうせはなからどんな料理かも知らずに名前を読み上げただけなのだから期待もしていなかったのだから。

 

「ヤツメウナギの代わりといっちゃなんだけど安く仕入れた蛇の蒲焼なんかはどう? 見た目も似てるし味的にも干し魚とかと遜色ないと思うんだけど。

 あ、とは言ってもこれをヤツメウナギだって言ってお金取ろうとしてたわけじゃないからね、ほんとだよ!」

 

 そう言って少女が挙げた片手にはがっちりと頭を掴まれた青大将が最後の抵抗とばかりに白い肌に巻き付いていた。

 しかしまあ、小動物程度ならともかく人間よりはるかに膂力の強い妖怪相手では焼け石に水もいいところで、その様が妙に哀愁を誘う。

 

「う……いや、いい。というかそいつはもう逃がしてやってくれ」

「そう? まあ、どうせ今日は使えないだろうからそれはいいけど……どしたの、お客さん気分悪そうだよ?」

「まさか、そんなはずは……ない」

 

 少し酔いが回っただけだ、と苦しい言い訳が魁斗の脳裏をよぎるが、なんということはない。気を逸らせるための話題なら初めからあったではないか。

 あまり畏まった話から入るのも悪いと咲夜は言っていたがそろそろいいだろう。

 蒸留酒がどうだの、醸造酒がこうだの、といつのまにかよくわからない舌戦を鬼と繰り広げていたメイドを呼び止める。

 

「盛り上がっているところ悪いが、いいかげん本題に入ってもいいんじゃないか?

 あまり酒が回りすぎても冷静に頭が働かせなくなりそうだ」

「おや、こちらの流儀に則るつもりがついつい白熱してしまっていたようですね。

 こほん、それでは伊吹さま、この件はまた後ほどということで。それでは少々弟君の時間をお借りしますね」

「おうともさ、錬金術なんぞに頼った酒とは歴史も味の深みも違うことを見せつけてやるよ。

 それと、その飲んだくれな弟分ならいつでも貸してやるよ」

 

 いつの間にか店の酒類はあらかた呑みつくしてしまったのか、自前の酒をあおっていた萃香はひらひらと手を振って咲夜の申し出に許可を出す。

 なんともぞんざいな扱いである。

 

「年がら年中酔っぱらってる奴にゃ言われたかねえよ! つか、お前みたいなちんまい幼女の弟になった覚えはねえ」

「かかか、そういう台詞は一人前になってから言うもんだよ。

 おい、というわけで呑み直しに付き合ってもらうぞー、なあ射命丸?」

「え? 何が『というわけで』なんですか? いや、ちょっと勘弁してもらいた――ぐえっ」

 

 己の扱いに不平を訴えても暖簾に腕押し。さして気に留めた様子もなく笑い飛ばして、鬼の少女は烏天狗の首根っこを掴んで屋台の椅子から引きずりおろした。

 なんでも地べたに胡坐をかいて呑んだ方が酒が美味い、とのことらしいが付き合わされる方からすれば前後不覚になって足腰が立たなくなるまで呑まされる、とほぼ同義なのは一度呑み比べをした魁斗には分かる。

(ああ、だから頑なにオレに絡んできてたのか、あいつは)

 にとりが晩酌に付き合わされて昇天しかけていたことを考えると止めるべきなのかもとも思うが――天狗も相当の酒豪と聞くし、まあそこは大丈夫だろう、きっと、多分。

 恨みがましい視線が背にざくざくと突き刺さりはするが、気のせいということにして魁斗は咲夜に向き直る。

 しかし、それなりに彼女も呑んでいたように思うのだが、うっすらと頬が上気している以外はすっと芯の通っているような姿勢も、柔らかな物腰も崩れる気配が無い。

 ――それだけ彼女が優秀な使用人ということなのだろう。

 

「それで、オレに用っていうのはやっぱり――」

「はい。おそらく江月さまの考えている通りの事だと思われます。

 昼間、あなたが打ったという包丁を香霖堂で見かけたのがきっかけで、今日お呼びしたのもそれに関してのお話をしたいからですし」

「なるほど、な」

 

 十中八九記憶に関する件ではないだろうと射命丸に念押しこそされてはいたが、いざ本人の口から明言されると多少は気落ちする。

 

「一目で確信しました、これは運命の出会いだと!」

「……ん?」

 

 いや、なんだろう。少し雲行きがおかしくはないだろうか。というか目付きが危ない。

 熱の籠った視線で見つめられる分には魁斗自身もバッチ来いだとは内心思っていたが、これはなんというか熱量の方向性が違う気がする。

 上手い形容方法こそ思い浮かばないが、工房に数日ほど引きこもって作業をし終えてやけに気が昂ぶっている時のにとりと同じような眼、とでも言えばいいのか。

 むんず、と手の平を掴まれる。これも普段なら白魚のような指が肌を撫でる感触を楽しむところなのだろうが……

 (しまった、退路を断たれた!)

 何故か魁斗の脳はそんな発想にしか至れない。

 不幸にも脱出を手助けしてくれそうな烏天狗はついさっき見捨てたところだ。

 

「あの緩やかに浮き出た刃紋、緩やかに、切れ味の極致を目指しながらも美術品としての在り方を両立させた美しさ。

 人斬り包丁などと揶揄される日本刀ですが、刃本来の肉を切るという実用性をどこまでも端的に追求する、そのことの難しさは刀工ではない私もよく存じております。

 事実、この幻想郷でも数多くの名刀を拝見こそはしましたがそれらは過去の遺産で。折不曲不(おれずまがらず)のその在り方を再現できるという鍛冶屋の方にはついぞ出会えませんでした」

 

 ――だから運命の出会い、なんて言葉を使ったのか。

 メイドの豹変ぶりに若干引き気味の魁斗ではあったが、一応は彼女の言いたいことも予想が付く。

 

「包丁の一振りや二振りくらいなら、まあ拵えられるが……」

「本当ですか!?」

「お、……おう」

 

 だから何故そうも目をギラギラと光らせられるのか、若干疑問に思いつつも魁斗は頷いた。

 

「それで、具体的にはどんなのが欲しいんだ? 肉切り包丁か? 鋏か? 剃刀か?」

 

 資材と施設さえあれば大抵の代物は作れるはずだ、と告げて注文を聞く。

 ダム建設に向けてどの河童の工房も一日中炉に火を入れている状態ではあるが、まあ本格的に占領をしなければ使用の許可も下りるだろう。

 そう考えていた魁斗は数瞬後、自分の目を疑う羽目になった。

 

「ええと、これだけ欲しいのですが」

「………店でも開くのか?」

 

 咲夜がどこからか取り出したのは小ぶりな帳簿のようであった。

 それ自体は問題ないのだが、列記されている内容が……なんというかあまりにも膨大過ぎる。

 小はナイフや爪切りから、大はそれこそ刀と違わないような刃渡りのものまで。

 何かの間違いであって欲しい、と問い返すとさしものメイドも困ったように表情を曇らせた。

 

「仰りたいことは分かります、ですがそれらが全て入用なのです」

「一応、訳を聞いても?」

 

 

 なんでも、咲夜が言うにはそれらが全て少し前に館を『出ていってしまった』らしい。

 差し押さえでもあったのかと疑いたくなるが、どうにもそれは違うようで……

 ――事の始まりは数週間前に起きた、さる事件まで遡る。

 『輝針異変』――それは幻想郷のパワーバランスを覆すことを目論んだ反逆者によって小人族の秘宝である打ち出の小槌が悪用された末に起きたものらしい。

 端的にかいつまんで説明するならば、力の弱い妖怪が突如狂暴化し、歴史を蓄積した事物達が魂を持ち自立を初めるということ。

 無論、異変そのものは数名の人間の手によって解決されたものの、小さいながらに余波はあちらこちらで発生したようで。その一つとして、咲夜が務めている紅魔館に於いても、様々な日用品達が付喪神化して文字通り『足を生やして』勝手に出ていくなんていう事態を引き起こした。

 これが普通の民家であるなら、付喪神化するのはせいぜい長年使われてきた茶碗だとか箸だとかで済んだのだろうが、そこは色々と『複雑な事情』があったらしい。

 

「うちには元々魔力の籠ったアイテムや書物が山ほどありまして、それらの煽りを受けて些細な日常品までもが『成って』しまったようなのです」

「にとりからは、そんな話は聞いてないが……」

 

 家中のモノがにょきりと足を生やして歩き回るさまを想像して、なんと返してよいのか判断に迷う。

 そんな時だ、咲夜の話を聞いていたのだろう、魁斗の肩に手を置いてにゅっと覗き込むように萃香が顔を出す。

 

「そりゃ、河童の使う道具は元々あんまり魔力だの妖力だのと相性は良くないからねえ。あと、その異変が起きたときって確か魁斗が死にかけて寝込んでた時期だったよーな」

 

 皿に乗っていたつまみをひょいと頬張りながら萃香は話の補足をする。というか初めからそっちを狙っていたのではなかろうか。

 

「凄かったぞー、腕は曲ってるわ首は千切れかけてるわで、よく治ったもんだ」

「おい、別にオレの傷の仔細は関係ないだろ。っつーか飯が不味くなるからやめろ! まだ首の方は治りきってないんだから」

 

 顔をしかめて魁斗は箸を置く。やけに首に巻いた包帯の下がむずむずとするのは気のせいではないと思う。

 

「そもそも、あの異変の引き金になった小槌って鬼の宝でしょう。ということはあなたの責任じゃないの?」

「そりゃあ確かに元々は鬼の一族の代物だろうけど、あれは一寸法師が鬼を倒した正当な報酬だよ。

 だから所有権は霊夢んとこで飼われてるちびっ子にあるの、文句を言うならそっちに行きなよ」

 

 まあ、小人に当たったところでどうにもならないだろうけどね、と棄て台詞を残して萃香は射命丸との酒盛りに戻っていってしまった。

 気が付けば魁斗が食べかけていた岩魚の塩焼きも忽然と姿を消していた。

 おのれ、と内心毒吐きながらも、魁斗は話を本題へと戻す。

 

「よし、事情はだいたい分かったよ。ただまあ、取り急ぎ火急の用だ、というのなら確約は出来ない。

 知っての通り、オレは居候の身でね、さすがにこれだけの量の注文をこなすとなると鉄も設備も自由に扱えないオレよりは自前の鍛冶場を持ってる里の鍛冶屋を当たったほうが早いんじゃないかな」

「そう……ですか」

「ああ、だから心苦しいが――」

「つまり、材料と設備さえこちらが準備すれば問題ない、と」

「……? いや、それはそうだが、そんなものそう易々と調達なんか出来ないだろ?」

 

 大きな館の使用人をしているとは聞いているが、それとこれとは話が別だろう、と魁斗は思う。

 元々鍛冶屋でもなんでもないにとりの工房を間借りして鍛冶の真似事が出来でいるのは、初めからそうした用途の為に転用できる設備が彼女の元に整っていたからであって。一から揃えようとしたらそれこそとんでもない時間と資金を必要とする。

 ただこの時、記憶喪失の青年の勘定から漏れていたことがあるとすれば―――

 

 このメイドが仕えているのは単なる成金の館などでは断じてなく、悪魔の住まう屋敷であったということ。

 そんな屋敷に住まう者達が常識の枷に捉えられることなどあってはならない。

 須臾を永遠に引き延ばせる従者の前に於いて時間の多寡など些末な問題でしかなく。

 鉛を金に転化させられる魔女の前に於いて資金の調達など児戯に等しく。

 不可能を可能にせよと謳う血吸いの鬼の支配下には数多の小鬼達。

 

 月に連れて行け、なんて無茶ぶりだろうと答えてみせた瀟洒なメイドを前に鍛冶場の一つ二つなぞどうということはない。

 ただ求むるは至高の逸品であるが故に。

 若干の趣味と大義名分を抱えたメイドは――――実は色々ととんでもなかったりするのだ。

 

「江月さま。私はやることが出来ました故、ひとまずおいとまさせていただきます」

「あ、ああ?」

「それでは後日お迎えに伺いますので」

「……は? おい待てそれはどういう――」

 

 ことだ、と。

 問いかけようと魁斗が腰を浮かせた時には既に十六夜咲夜の姿は掻き消えていた。

 残るのは屋台で串焼きが焼けるじうじうという音と、地面にあぐらをかいた鬼達の騒ぐ声だけ。

 泡沫の夢でも見ていたのではないかという錯覚にすら陥るが、ちゃっかりと全員分残された飲食の賃金がそれを否定していた。

 わけが分からない、と釈然としない顔で魁斗は再び座り込んだ。

 

「どうするお客さん、あのメイドちょっと大目に代金置いていったけど。差額分私が何か歌っちゃおうか? ていうか歌わせろ」

 

 ぱたぱたと背に生えた翼をはためかせながらミスティアがそんなことを口走る。

 

「金貰えなくてもさっきから勝手に歌ってたじゃないか……まあ、そうだな。折角だから何かひとつ良いのを頼むよ、あと岩魚の塩焼き追加で」

「あいよっ!」

 

 微妙に引っかかる歌詞にさえ目をつむれば十分美声の部類に入る歌声なら酒のつまみくらいにはなるだろう。

 心地よく酔っているのだ、細かいことにも目をつむってもいい。そんな気がしていた――― 

 

 

 鬼も、天狗も、半人半妖怪も、誰もが酩酊に身を任せていたその時。

 

 

 妖怪の山では一つの大きな動きがあったことを、やがて江月魁斗という一個の存在を揺るがせるきっかけになるような出来事が起きていたということを――すぐにでも彼は知ることになる。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 宵闇の森を数多の獣影が疾駆する。

 いずれもが月光を照り返す純白の毛並みを持つ白狼で、もしもそれらの位置関係を俯瞰することが出来たのなら一糸乱れぬ狩りの陣形だと気づくことができただろう。

 その数は八、修験者の姿に化生しようともその本質は獣であり、故にその最速の形態は地を嘗めるような前掲姿勢。

 否、彼ら彼女らはただの獣に非ず。

 地を駆けるのが獣であるならば、永い時をかけて天狗となったそれらは無数に林立する樹木すらも足場にして疾走する三次元的な軌道を可能とする。

 時として木枯らしと揶揄されるその速度は正に烈風すら呼び起こす。葉団扇で嵐を起こすことは叶わないが、それでも天狗なのだ。

 まさにそれは天性の狩猟者と呼ぶにふさわしい。

 

「抜刀!」

 

 白狼天狗の群れをまとめる少女、犬走椛の掛け声に合わせて各々が帯刀していた白刃を抜く。

 今までの陣形は包囲のための布石、そして刹那の間断もなく彼女らは攻撃の陣形へ転化した。

 八方から“たった一体の標的を仕留めるために”全ての白狼天狗が幹を蹴る。

 寸分の狂いもない完璧な陣形、考え付く限り最良最善の策、この日が来るまでに何年も練習を重ねたその末の技。

 並の、いやたとえ大物の妖怪であろうとも十全に無力化し得ることは間違いない。

 嗚呼、でも彼女らが相対するのは――

 

「「ぎゃっ!」」

 

 同朋の悲鳴が闇夜に響く。

 二匹の白狼が全速力で真正面から樹木に衝突。無論、これがただのへまではないことくらいは群れ全体が把握している、ここは彼女たちにとって庭にも等しい妖怪の山だ。

(幻術に、惑わされたか)

 剣の腕は立つが、それでも脱落した二者は比較的『成って』から年月の浅い者だったことから椛はそう判断した。

 ――未熟な者から振るいにかけられる。

 出鼻を挫かれた形になるが、もしここで陣形を整えなおすために退けばそれこそ今度の攻勢は半数を持っていかれる。

 それでは意味がなく、仮に肉薄したとして一太刀加えることなど到底叶わない。あれはそういう存在で、そうであるからこそこの場にいるのだから。

 ――故に現状選べる策は背水の陣。

 刹那の判断の末、椛は短く吠える。それに応えるべく間断なく響くのは同意の共鳴。

 意の共有に声など不要――初めから総意に異などありはしなかった。 

 その事実が、その絆が、その意思が、より高く熱く白狼天狗達を昂ぶらせる。

 

 

 

 山間に木霊する遠吠えに満足げに応える声が一つ。

 

「重畳、よくぞ野性の身からここまで至った……」

 

 ともすれば脆弱なものであれば気を当てられるだけでも恐死しかねない状態にありながら悠然と佇む者があった。

 都合六の武威すらもどこ吹く風といった体で夜風に濡れ羽色の長髪を靡かせるのは山伏の衣装に身を包んだ若い男。 

 山に迷い込んだ人里の修験者――ではない。

 嗚呼。化外の山伏等が舞い飛ぶ今宵、この場に限ってその様な【異端】はあり得ない。

 掘りの深い眉目秀麗な顔立ち、背には一たび開けば外海すら超えて飛翔する漆黒の翼。

 

「観戦している者共、特に己が生まれに胡坐をかいている烏天狗、鼻高天狗には見習ってほしいものだな」

 

 虚空、会場内に張り巡らされた幾つかの法術の依代にその愁眉を男は向ける。

 天狗という集団を維持するために徹底的な管理社会を作り上げてしまったが故の弊害。

 貴族という生まれに胡坐をかいた者たちが納める世が武士という新勢力に塗り替えられた時代を知る者の憂慮。

 古く力の強い妖怪ほど思考の形式は硬化し、やがて思考そのものも止まってしまう。

 願うのは安定であり、停滞ではないが故に。ある意味で男は下剋上を望んでいるのかもしれなかった。 

 気迫十分な若い狼達を迎え入れるように諸手を広げ――吠える。

 

「さあ、全力を出せ!

 智慧を張り巡らせろ!

 生命を限界まで振り絞れ!

 それでも貴様等は無我の境地に遠く及ばない。

 ならばその後押し、この大天狗――鞍馬方眼が引き受けよう。

 見事我に刃を抜かせてみせよ!」

 

 朗々とした(みことのり)が月光の如く闇夜に染み渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【補足】

作中でさんざん酒がどうのと話を出しておりますが私自身は未だかつて一度も酒を呑んだことがりませんので多分どこかしら描写に間違いがあると思われます。もろに俄か知識です。

ミスティアの雀酒=口噛み酒のくだりも、伝説を既存の酒の造り方に当てはめるとこれが最も当てはまるんだろうな、という推測なので正しいかどうか自信がありません。
でも美少女の唾液で醸すお酒の事を美人酒とも呼んでいたようなので昔の人の趣味嗜好もなかなか捨てたもんじゃねえなとは思いますです(マテ

それでは、また近いうちに更新できるよう頑張ります
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