挙句に分割です、ええ。
次は年始辺りに更新できたらいいなあ(白目
妖々跋扈、形容するならばそれがまさに正しい表現だろう。
月の光すら切れ切れにしか届かない秘境の森で、総勢七の人影が舞い踊るように跳ねる。
一寸先も見通せぬ暗闇で、規則性もなく突き出た木の根や腐葉土に足を取られずに動くなどという技量は常人の所業に非ず。
ただ――
ここは化外の山伏――天狗達の住まう妖怪の山。その程度は児戯にも等しかろう。
「でやぁぁぁっ!」
裂帛の掛け声と共に振り下ろされる六対の白刃。
それぞれが別個に、しかし確実に穴を埋め、隙を埋め、回避の余地を殺した連携の一撃。
しかし、六匹の白狼によって齎された烈風を大天狗は何食わぬ顔で逸らし、受け止め、崩す。
攻勢が尋常を超えた修行の元で成り立つものなら、守勢は神知を超越した絶技を以て完成していた。
「隊伍を組み、布陣を敷き、九字を切り、それでもまだ足りぬ。
誇り高き白狼よ、お前たちは本当にその程度なのか?」
音速をこえて繰り出される白狼達の太刀筋の悉くを読み、鎬を打って逸らし、紙一重で躱し続ける大天狗――鞍馬法眼は徒手。
彼女らが一丸となってもなお刀を抜かせるには程遠い。
――まだ足りぬ。まだ届かぬ。
――お前たちは全力を出していない。否、全力を越えていない。
眉目秀麗な妖魔の態度はそう断じていた。
「ならば振り絞れ仔らよ。
真言を唱えろ、咒を肉に刻め。全霊を込めて太刀を振れ。我が一挙一動を見逃すな。
それでも我が衣に傷一つ付けられぬというのなら貴様らの修行も所詮それまでという事。霊山の守護など担えぬと知れ!」
一言、二言口にする間にも風を切る刃の数は大凡百を下らない。
大天狗は避け、白狼は攻める。
この膠着状態も、そう長くは続かないだろう。
どちらも極限の集中力を必要とする妙技である――しかし、元より短期決戦、初撃で決着を付けようとしていた白狼達の目論見は外れ、引くに引けぬ攻勢は彼女たちの体力を着実に消耗させていた。
それに加え、
――これは単なる武闘ではなく。
――たとえ形骸化しようとも、在り方を競う験比べであったから。
「
元来白狼とは修験の道を守るモノ、先を行き道を照らすモノ。
決して道を閉ざし、来る者を拒むための存在ではないというのにお前たちはそれでよいのか?」
故に、口を開いて出てくる言葉の一つとっても呪となって相手へ降りかかる。
禅問答、内なる精神への問いかけを無くして道は開けない。
(――しまった!)
犬走椛は息を呑む――その問いは、あまりに意地が悪い。この験比べに参加している白狼の多くはこの場で実力を示してより高い地位を目指そうとする者達だ。
白狼天狗に課せられた哨戒という任は単に自分たちが下っ端だから、力が無いから押し付けられているのだと考えてしまう者では問いに答えられない。
功名心にはやった者から真っ先に振るいにかける、そういう魂胆。
だが今宵、大天狗鞍馬に挑もうという者達は犬走椛を筆頭に選りすぐりの精鋭であり、御山の守護という任に誇りを持っている――その筈だった。
――本当に彼の問いに何の迷いも無く答えることが出来るだろうか?
――生まれたときからそのために修行を積み続けてきた自分たちに?/斯く在れかしと命じられて育った自分たちに?
一瞬、そう、ほんの一瞬。
そう思考してしまうことが既に彼の魔王尊の掌の上だと、気付いた時には既に遅いのだ。
疑念は泥のように髄を浸し、隙を作り、均衡を崩す。
六尾六刀からなる陣に、動揺が走る。
「各自散開!」
このままでは一気呵成に崩される、そう考えた白狼の一人が短く吠え、次々とそれに追随して一時離脱を図る白狼達。
嗚呼、あまりにもそれは下策過ぎた。
まず後方へ跳躍した白狼が闇に呑まれ。
続く白狼は突如地面から突出した杭に心の臓を一突きされ。
恐慌に呑まれた白狼の足場は突如消失し、無限の落下に絶叫する。
冷静さを欠いた白狼達の連携はもはや陣のそれではなく、群れですらなく、単なる烏合の衆。
互いの狂気が、焦りが、恐怖が相乗し、次々と理性をそぎ落としていく。
傷一つ付けることなく総勢八居た精鋭の白狼達を無効化――誇るでもなく、むしろ諦観すら滲む佇まいで鞍馬法眼は呟いた。
「これこそが幻術の神髄よ。幻と識っていようと、それを体が、心が認識出来ぬ。
火への恐れを克服しようとも、次なるは己が心の内の迷いが畏れを生み出す。
お前たちではまだ
在る筈のない現実に苦しめられ、見えないはずの闇に呑まれる。地面をのたうち回る白狼達の中に剣神鞍馬が真に刃を向けるに足る才覚ある若者は居なかった。ただそれだけのこと。
(――ああ、残念。残念、ではあるがそれが今の世ということなのやもしれんな。
牛若丸や妖忌に並ぶ器を探せという方が無理ということか)
だが今宵届かずとも百、千と齢を重ねればこの白仔達は化けるだけの素養がある。
成熟を待つのも在りかもしれない。そう自嘲気味に内心零す。
そして、翼を広げて今にも鞍馬が飛翔しようとした時だった――
己へ向けられる射抜くような視線、それに羽毛が逆立つのを実感した。
自然と口角が釣り上がるのを抑え込んで――振り返る。
「いや――これは驚いた」
夜闇の中でも浮かび上がる白い衣と髪、凛然と熱を灯したその瞳。一目で業物と見抜ける刀を構えて。一匹の白狼が、そこに居た。
七の
大天狗鞍馬の振るいを越えた者が、現れた。
「
「これでも【目は良い】方なんです。私……」
「ほう、ということはお前が千里眼の椛か」
「大天狗様にお名前を覚えていただけるとは、恐縮です」
「そう畏まるな。その精神力は驚嘆に値する。
恐怖の対象から目をそらさず、見据え続けるというのは基礎にして奥義だ。現に、他の仔らは私の術中に完全に陥った。
逃げろと命ずる本能を痛みで調伏か……くくく」
椛の白無垢のような山伏の衣装、その脇腹あたりにじわりと滲む赤い染み。鞍馬はただ一度たりとも肉体への攻撃を行っていない、だというのに負傷というのは――つまりはそういうこと。
牙なり爪なりを立てて、深く深く沈めたその結果。毛が逆立つような激痛を以て逃走本能を押さえつけた。
椛にとって己を見据えることも、外界を見据えることも、等しく千里眼を得る修行の道程で馴れ親しんだもの。
ならば、出来ぬ道理はないと。そう信念を持って実行した。
「お前ならば答えられるであろう。
元来白狼とは修験の道を守るモノ、道を照らし導くモノ。
決して道を閉ざし、来る者を拒むための存在ではないというのにお前はそれでよいのか」
本当ならばあまりにも意地の悪い問い。応答次第では妖怪の山という一個の組織の体制すら批判することになりかねないその詰問。
「説破!
我々は道を守護するもの、道を照らし導くもの。
我々は修験の道を征く者から同族を、山を守るのです。
我ら【白狼】に非ず。道を外れ、そこに生きる【天狗】の同胞にありますれば!」
それに椛は答えた。
一片の迷いもなく、欠片も躊躇せず。
「この舌は自身の思いの丈を打ち明ける為にあり。
鋭い嗅覚と聴覚は決して仲間を見失わない為にあり。
千里先を見通す瞳は同胞に迫る危機を見逃さない為に在り。
その手は、外敵を排す剣と、脅威を防ぐ盾を握る為にあるのです」
――私はそう信じているから、それしか信じられないから。
「ただ大天狗が畜生たる貴様らを使役し易くするために化生の法を教え、欺いていた。そう私が答えたとしても、か?」
「我らが祖は誇り高き白狼にして護法の神使。いかに外法を操ろうとも修験の道を進む者に欺けるものではないでしょう」
「ふっ、くははは!
愛いな、嗚呼愛いよ白狼よ。成る程、なぜお前が千里眼を体得したのか理解できた気がするよ。
老いぼれ共が今の地位に留めて置こうとするのも納得だ。道を外れた我らにお前の輝きはあまりにも眩しすぎる」
「それは……何かの問答でしょうか?」
むず痒そうに耳をひくつかせる椛。
その卑屈な態度もこの大天狗の目には愉快に映るのだろう。白眉を緩めて鞍馬法眼は答えた。
「なに、今更余分な甘言など吐いたところで意味はないだろうさ。
研鑽を積みさえすればいずれ天眼通にも届こうかという才器相手に生ぬるい禅問答を投げかけるのも止めだ。
所詮は白狼の武闘なぞ験比べの前座にすぎぬとタカを括っている者どもの鼻を明かしてやりたくなってきたのだよ、私も……」
「それは……まさかっ」
喜悦の零れる大天狗鞍馬の含み笑い、その奥から覗くただならぬ気に椛は一層強く身を引き締める。
見れば彼の手には漆塗りの鞘に収まった太刀が握られていた。
(いつの間に!?)
ただ、常軌を逸しているのはそれを取り出す動作を真正面で対峙している椛ですら見抜くことが出来なかったという事。
そも、徒手でつい先ほどまで八尾からなる白狼と渡り合っていた彼は帯刀すらしていなかった。
如何なる手段を用いてそれを取り出したのかなど些細な問題。空間歪曲、事象隠蔽、体積可変、そのどれも彼ほどの妖力、法力を誇る天狗ならば可能にするだろう。
ただ事実としてあるのはそれに気付けないという失態をおめおめと晒してしまったという事。
仮に鞍馬がその気ならば椛の……いや、地に伏して呻いている全ての白狼天狗達の首は胴を離れていた。
「どうした? 同胞を守護するのだと、そう宣言した直後であろう。
弛んでいるぞ犬走よ、己の言霊すら使役できぬようでは山の守護の任など那由多の果てぞ」
肩をすくめて朗々と忠言を紡ぐ大天狗。ただ、そんなものは建前に過ぎないというのは瞳が、所作が、纏う妖力が語っていた。
――全力を以て舞おうではないか、と。
天狗達の実力を競う験比べ、本来ならば前座である白狼達は鞍馬に刀を抜かせることが目的で、それを以て定められた水準の実力があると示せることになっていた。
ならばここから先の剣闘はまったくの余分であり、ここで尾を巻いて逃げようとも椛を責めたてる者など居ない。端から白狼では大天狗に届かぬと決めてかかっている天狗が過半数であることを鑑みれば現状ですら十分に賞賛に値するのだから。
隊伍を組み、布陣を敷き、真言を唱え、咒を刻み、九字を切って、それでもなお届かなかった相手に挑む。
万に一つも勝算などありはしない、ありはしない。そのはず――だが
「ここで退き、己の言葉を曲げてしまえば私は二度と千里眼を開けなくなるでしょう」
敵わぬ相手に尻込みをする。それが身内の大天狗ならまだしも仮にそれが御山に仇成す外敵であったならば、そんな選択をする可能性を孕む者に誰が守護を任せるだろうか。
「だろうな、それでは天眼などあまりに遠い。過去を視、未来を識る瞳なぞ利己で言霊を捻じ曲げるような下郎には備わってはならぬ通力よ」
「それに……」
椛が視線を落とした先には鈍く月光を照り返す無銘の名刀が一振り。ほんの数日前に打たれた刀だが、まるで生まれたときから常に共にあったかのように体に馴染んでいた。
他の誰でもない犬走椛という一妖怪のために打たれた太刀は、その重さも長さも初めから彼女が最も扱いやすい最適解の状態なのだ。得物の癖に合わせて些細な重心移動の調整をしなくて良い、ということは彼女の実力を十全に、否、十二分に発揮してもまだ余りある。
「何も成せずに鞘に納めるのはこの太刀と生みの親に申し訳ない、です」
――右も左も分からず、祈る神も縋る記憶も無くした半人半妖。そんな彼が唯一頼みにする成果を私の不徳で穢したくはないから。
絶対の自信を持って打ってくれたのだから、自分も絶対の自信を以て答えなければ嘘だ、そんな確信がある。
強く、強く刀の柄を握りしめて、深く息を吸い。
「不肖、犬走椛。大天狗鞍馬法眼さまの指南を授かりたく、手合せを望みます!」
吠えた。武芸者として、道を守る者として、自尊の限りに。
これが私だ、と。
愚かなまでに真っ直ぐに、狂おしいほどに輝かしく。
「よくぞ言った! ならば護法魔王尊鞍馬山僧条坊の法名の下にその手合い引き受けた!
空を断つ我が剣戟に見事応えてみせよ!」
妖怪の刀舞、その真の幕が開けたのだった。
大天狗鞍馬の二つ名があれこれあるのは仕様というか元ネタ準拠です。中二病心をくすぐる二つ名多すぎんだろあいつ……
ぶっちゃけ自分の厨二語彙力足りなさ過ぎて作業が遅れた原因でもあったり。
椛との禅問答とか無い脳味噌捻りまくってあの出来ですからねえw
さて、予想の通りですが大分前から張ってた伏線とかを次回あたりに一部回収予定です(回収できるとは言ってない
必然的に椛にスポットライト当たる分キャラ崩壊とか今更ながらに怖くなってまいりましたがなんとか早めに完成させられるように尽力します。