東方刻銘録~鬼が出るか蛇が出るか~    作:ライラ

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新年初の投稿です、みなさま明けましておめでとうございます。
冬休みも終わり、色々とゴタゴタしている中での投稿ですのでいろいろ荒いところもあり、後々細々とした部分を修正するかもしれませんがとりあえずは完成……のはず。




神剣抜刀<下>

 

 ぢぃぃぃぃぃぃんっ!

 刃金と刃金が擦れ合い、打ち合い、弾き合う音と、火花が間断なく夜の森に響き渡る。

 流れるような剣戟、例えるならばそれが妥当だがあまりにもこれは桁が違う。

 千里眼を以てしても僅かなほつれも見当たらない、その完成された構えに犬走椛は感嘆するしかない。

 一瞬でも気を抜けば己の構えなど砂上の楼閣に過ぎないのだろう、きっと一気呵成に崩される。

(それに、鞍馬さまはこれでも手を抜いている……っ)

 眼前の大天狗は仮にも剣神と謳われる存在、対する自分は不敬にもそれに手合せを願い出た木端天狗。

 

「どうした? 手緩いぞ犬走。貴様の全てを見せてみろ!」

 

「はいっ!!」

 

 鞍馬の叱咤に怖気づくことなく犬走椛は全霊を以て吠える。

 初めから力量差など分かりきっている、打てば負けると確約されているのだから。

 しかし、それでも道は閉ざされてはいない。

 

 隙は無い。鞍馬の剣技は完成されている。

 だが、それ故に【あえて作られた隙】が美麗な剣軌の中で際立って異質さを放つのは必定。

 

 ――ほんの僅かな空隙、一太刀でも誤まれば自ら体を刃に差し出すような狭い穴。

 これは……つまり、彼なりの道の示し方、ということだろうか。

 わざわざ誘いを掛けるにしてはあまりにも隙は小さく、見抜く事すら困難であり、また椛の技量でもなんとか手の出せる範疇にある。

 とはいっても全身全霊で一分の可能性を手繰り寄せる必要のある非常に分の悪い賭けであることには変わりはないのだが……

 

 ―――どれだけ険しかろうが道は道。

 ――-ならば、千里先を見通すこの瞳に見通せぬ道理なし!

 

 伊達に千里眼など授かってはいない、と椛は一足踏み出した。

 彼女を後押しするのはその手に握られている稀代の名刀。それに見合う武技を示さねばという誓い。

 

 漸進を繰り返せばいつか結果を出せる、そんな愚かなまでに真っ直ぐな想いを胸に、瀑布の如き剣戟に一匹の白狼天狗は分け入った。

 

 ○○○

 

 初めは児戯にも等しい剣技だった。

 それも当然、白狼天狗として獣の姿を捨て、より人に近き姿となった彼女たちにとって刃とは初めて握るもの、そして牙と爪の代替品でしかなかったのだから。

 

 見様見真似でようやく様になるまでに数十年。

 

 それがどうだ。ほんの半刻にすら満たない間に犬走椛は八艘飛びも斯くやという成長を果たしていた。

 鎬を削り、呼吸を整え、足の運びすら見違えた。

 五十年――否、これは剣神鞍馬が百余の時を経て到達した境地だというのに、それを嘲笑うかのような所業に諦念どころか歓喜すら覚える。己が優れた先達なのだと誇る気にすらならない。

 一息の間に幾星霜という行程を踏破し、血肉とするその様に年甲斐もなく奮い立つ。

 

 ――これは何処まで伸びるのだろう? 何処まで伸ばせるのだろう? 何時になれば我が境地に辿り着くのだろう? 

 

 何時になれば――斬るに値する相手となるのだろう?

 

 剣の道とは即ちそういうもの。独立独歩ではいつか行き詰る、その停滞を打破するためにも彼は並び立つ者を、大天狗鞍馬としてではなく一個の求道者鞍馬として欲した。

 

「嗚呼、本当に悔しいな。己の非才を恨むよ」

 

 言葉とは裏腹に口角を釣り上げて鞍馬は呟いた。

 柄を握りしめる指に力を込めて、打ち込む剣戟の桁を増やす。――眼前の白狼天狗を打ち負かすためではなく、高みへ引き上げるために。

 

「私が出会うものはいつもそうだ。私が一切合財を捨ててようやく得たものを容易く会得して先を征く」

 

 牛若丸と名乗った少年は、人の身でありながらも限界まで技を修め。その短命の生涯を走り抜けた。

 魂魄妖忌という半人半霊は、既に彼だけの道を得、後進に席を譲りながらも解脱した。

 ――斯く言う己はどうだろうか?

 

 ●●●

 

 

 

 妖怪には大きく分けて二種類の存在がある。

 それは、妖怪として生を受けたか、成るべくして妖怪と成ったかの二つだ。

 前者は妖怪の父母から血を分けて生まれるか、もしくは人々の畏れが形を得たモノ。

 後者は長い年月を経ることで無機物や動物が力を得るか、人であることに絶望し道を外れたモノ。

 己がどちらであるか、わざわざ語る者は決して多くはないが。――おかしなことに力の強い妖怪ほど後者が多い傾向にあるのもまた事実。

 

 

 ここで一つ例を挙げよう。

 

 

 大天狗――鞍馬法眼の修めた剣術というのは現存するものの中では間違いなく最古の部類に入る。それは、彼の名が妖怪の世にも人の世にも少なくとも千年以上前から轟いていたことからも分かるだろう。

 だが、何故彼自身が力のある妖怪でありながらも人間の武器である刀の扱いに長けているのかまで知る者はそう多くはない。

 

 事の発端は大陸が栄華を極めた時代、永遠にも等しい寿命を得た仙人達が記した兵法書との出会いにある。

 それがかつて人間であった鞍馬の人生を狂わせたのだ。

 軍を指揮し、勝利へ導く術――望めば倭国の統一すら可能にする知識すら記されていただろう。だが、専ら彼の関心とは剣を通じ真理へ至る道にこそあった。

 

 あらゆる事物の根源。大極が分かたれば両義が生じ、両義が分かたれば四象が生じ、四象が分かたれば八卦が生ず。

 故に、全てを割断する術を身に付けた者は逆算的に全ての真理を識ることとなる。つまりはそういうことだ。

 四苦八苦に塗れた現世が全て元は大極から生じたものなら、大極を識ればなぜ世はこうも理不尽に作られているのか。それすら理解出来ることにはならないだろうか。

 何を思ってそれを望んだのか今となっては彼以外に知る者など居ないが、結果から述べるならばその道はあまりにも険しすぎた。

 

 雨を斬れる様になるには三十年は掛かる。

 ――半生を費やしてやっとその程度。

 空気を斬れる様になるには五十年は掛かる。

 ――人生すべてを費やしてもまだ境地には遠く及ばない。

 時を斬れる様になるには二百年は掛かる。

 ――初めから知れていたこと、これは三尸の虫を退けた者が余暇で行う鍛錬。

 

 何処まで行っても真理を識るためには人の身が邪魔をする。

 頂は未だ見えず、志半ばで我が身は朽ちる。其の現実にかつての鞍馬法眼は慟哭した。

 与えられた時間はあまりにも短く、必要とする時間はあまりにも永い。

 だから――

 人の身では到底修められない業ならば。――人間を止めてしまえばよいのだと。

 

 至極単純な結論を得た彼は天狗道(まどう)へ入った。

 

 これが後の世で源義経に剣の教えを授けることとなる大天狗の人としての生涯。

 

 

 ●●●

 

 

 

 終わりの見えない剣舞、加速度的に失われていく体力、酷使のあまりに千里眼を使えば使うほど激痛がこめかみを走る。

 試合の形式などとうに無く、どこで鞘を納めるべきなのか誰も知りはしないこの剣闘に遠く離れた位置で中継している他の天狗達もざわめき始めた頃だろう。

 

「――――っ」

 

 しかし、かつてないほどに犬走椛の意識は冴えわたっていた。

 そぎ落とすような雑念は端から無く、刃を振るう為の土壌は今までの半生で培っていた。ならば後はそれを整え形を成すだけなのだから。

 白刃一閃。鞍馬の剣戟を最小限の労力で弾き、前へ出る。

 

「推して参ります!」

 

 守れば負ける、しかし攻めれば防がれる。

 ならば彼女が行うのは攻勢の中にこそある守勢。即ち、鞍馬の剣域の内側へと肉薄すること。居合の間合いの更に内側、満足に刃を触れない超至近こそが安全圏なのだと本能が告げていた。

 迫り出した樹木の根を蹴り――跳んだ。

 

「攻撃こそ最大の防御か。成る程、流石は山を守護すると吠えただけはある。

 だが――届かぬよ」

「ぐっ!」

 

 渾身の一太刀が鞍馬の守りを抜いたと確信したその時――

 衝撃が小柄な椛の体躯を揺さぶり、弾き飛ばす。

 柄尻で打たれたのだと気づいたのはその直後。

 数瞬ほど宙で錐揉みして、背を地面に打ち付ける。痛みに声を漏らす椛だったが、それでも柄から手を離そうとはしなかった。

 

「刃先が届かぬならば(しのぎ)で打て、鎬が当てられぬならば柄で防げ。刃が邪魔となるなら迷わず捨てろ。」

 

 冷たくそう言い放つ鞍馬。

 剣を極めた者の言葉としてはいささか奇妙だ。しかしそれも道理だ、と椛は思う。

 刀とは、武器とは己の身一つでは成せないことを行うための道具なのだ。目的を果たすための助長となるからこそ意味があるのであって、逆にそれが足を引っ張っては意味がない。

 しかし――

 

「武器に固執して隙を晒せばそのまま命を落とすことくらい分かりきったことであろう。くだらん失策を私の前で見せてくれるな」

 

「――や、です」

 

「ほう?」

 

「嫌です」

 

 若き白狼天狗は初めて大天狗に反駁する。

 上下関係を徹底された天狗社会では限りなく珍しい、真正面からの反発。

 これには流石の鞍馬も目を見張った。

 

「この刀は私の牙だ、爪だ。

 捨てろと言われて捨てられるものではない、です。

 それに、仲間を守るための力を捨てて、私だけみすみすと生き残るような在り方は受け入れられません」

 

「……腕の延長として刀を振るう、それは確かに求められる技量だ。極めれば先のような失態は避けられる。だが―――」

 

 鞍馬の振るう白刃が走り、闇夜に血飛沫が散る。

 

「何をなさるのですか!?」

 

 しかしその血は椛のものでも、鞍馬のものでもなかった。

 それは、先から地に伏している仲間の白狼天狗のもの。気を失っている白狼天狗は小さくうめき声を上げただけで、命に至る傷、ということはなかったが……

 

「それだけの大口を叩きたいのならば見合うだけの力を付けよ、と。言葉で示すより行動で示したほうが身に染みよう?

 これより先、その大言壮語に見合わぬ失態をやらかせば相応の代償を払うものと思え」

 

 眉ひとつ動かさず冷淡に告げる大天狗の言葉が嘘だと、椛にはどうしても思うことはできなかった。彼の刃が仲間の喉仏を切り裂くさまが易々と脳裏を過る。

(このお方は、やると言えば。やるお方だ)

 じわりと滲む冷や汗が、逆立つ毛が、先の言葉が真であると警鐘を鳴らしていた。

 

「それは未熟な我が身の不徳です。どうか責を同胞に与えるのだけはおやめ下さいませんか?」

 

「ああ、私も愛い後進の言葉を聞き届けぬほど血の通わぬ男ではないつもりだよ。

 だがな、見えている最適解を無視して手を抜くような不敬者に与える情は無い」

 

「手を抜くなどと、そんな……」

 

「ならば問おう犬走よ。先の攻防、我が首を狙っていればまだ結果は変わっていたのではないか?」

 

「そ、れは。そのような事許されるはずが」  

 

 何てことを言うのだ、と絶句する。まがりなりにも験比べという体裁を保っていたからこそ下位の天狗が上位の天狗に刃を向けることが許されていたのだ。それが命を奪うなんて事態に発展すればそれこそ下剋上が起きたと山が揺れることになる。

 そんな思考が椛の顔にでも出ていたのだろう、大天狗鞍馬は初めて真正の怒気を込めて叱咤した。

 

「戯けめ! まさか本当にそれで鞍馬の首級が獲れるとでも思い上がったか? 言った筈だぞ、全身全霊で掛かって来いと。

 斯様な心構えで山の哨戒など行っているからむざむざと賊の侵入を許し、挙句の果てに瘴気に当てられる者まで出てくるのだ。

下手をすれば山そのものが滅んでいたというのに暢気なものだな。お前たちは新しい主人に尻尾を振ってさえいれば良いのだから」

 

「……確かに一月前、侵入者を看過してしまったのは我々の力が及ばなかったせいです。ですが、それは決して怠慢のせいというわけでは」

 

「言葉では如何様にも語れる。だがそれだけでは信じられぬ者も居るのだ。

 知らぬなら教えてやろうか? 今宵の験比べ、白狼天狗の裏切りを暴きその責を問おうとしている者達が居ることを」

 

「っ!」

 

 一瞬、狼の耳が聾したのかと疑った。

 息が、詰まる。なんだそれは――

 椛にとって。否、白狼天狗達にとって妖怪の山とは衛るべき場であり、約束の地であり、帰るべき家。

 幻想郷が結界で閉ざされて此の方、かの地で生まれ育った白狼天狗も決して少なくない。だというのに何故そんな世迷言が罷り通る?

 

「みな畏れているのさ。得体のしれない何かが翼を毟ろうと画策しているのでないかと、闇の奥底で牙を研いでいるのではないかと。

 まったく、下らん話だ。妖怪になってまで夜闇を恐れるあまり疑心が暗鬼を生むなど、笑いの種にもならん。

 挙句の果てが身内へ矛を向けるのでは群れている意味がないではないか」

 

「つまり、私が疑心を払うだけの働きをせよ、と?」

 

 権謀を是とする天狗の社会でそれだけの事を成すのが一体どれほど難度の高いことか。

 

「さあな。だが、筆頭自らが忠を示し武を示せば自ずと道は照らされるだろう。

 安心しろ。仔犬程度の牙で傷を負うほど我も老いてはおらん」 

 

「……ならば犬と形容したその言葉、取り消させてみせましょう」

 

「好いぞ。その意気だ、殺す気で掛かって来い。下らん手心など加えるなよ、含みがあれば我らは目ざとく嗅ぎ付ける――天狗とはそういう妖怪だという事を忘れるな」

 

 そう語る鞍馬の瞳は本当に愉しげで、真意を読むことなど出来はしなかった。

 ただ、それでもそれが道を拓く術ならば迷う必要なあるはずが無い。 

 

 後は精度の問題だ、深度の違いだ。

 限界まで力を振り絞るだけでは駄目だ、そんなことは初めから試しているし一太刀たりとも大天狗には届いていない。

 求められているのは限界を超えること、言霊に見合うだけの在り方を示すこと。

 

(でも、私だけでは無理だ)

  

 悔しいが、今までの剣舞でさえ手にある名刀ありきの成果だと椛は思っている。

 彼女のためだけに最適化された世界に一振りだけの得物。初めから犬走椛という少女の体躯に、重心に、膂力に合わせて作られた刀だからこそ彼女の全力を十分に引き出しはしたが、故に刀匠の業に甘んじている限りそれ以上の力は引き出せなかった。

(――だから、次は私からこの刀に“合わせる”番だ)

 その為にはどうすればいい? 

 どう立ち回り、どこを狙って、どう振ればいい? 

 ――初めから答えは(うち)にあるはずだ。

 

 大きく息を吸い、肺を満たし。森の気を呑み、静寂を取り入れる。

 

 刹那の瞑想――内界に埋没するのに時間は不要。

 刀の癖はとうに把握している、というか振るえば振るうほど江月魁斗という半人半妖の刀匠が化物じみた腕の持ち主だという事実に気が付き、ただただ感服する。

 たとえば、地を蹴る際に僅かに持ち手の重心が下がる悪癖が椛にはあった、これはかつて四脚であった白狼の血故でまさに是正しようのない本能とも言えよう。それを見越したのか、刀身は僅かに従来のそれより短く、下方からの切り上げを容易にするように刃金が敢えて偏った配分になっていた。

 同じように刃の反りも、切羽やはばきにまで手が込んでいるというのだから本当にあれは一夜で為された業なのかと疑いたくなる。

 きっと、何もかも無意識のうちに成し遂げるまで昇華された技術こそが幻想の業というものなのだろう。

(私、あの人に胸鷲掴みにされただけなんだけどなあ……) 

 初対面を思い出して赤面しそうになるのをすんでのところで抑える。

 

 必要なのはもっと先へ辿り着くこと、こんなところで止まっていてはいけない。

  

 乱れかけた気を静め瞑想の糸を更に深く、奥へと伸ばして征く。

 眠るように静かに、しかし意識を刃のように研ぎ澄ませる。やがてそれは先鋭化し、収斂し、加速する。

 

 永劫が一瞬に、千の年月が須臾に――野を走るように、山を駆け抜けるように過ぎ去ってゆく。

 やがて肉の殻から意識は抜け出して、鋼と同調するために二者の境界を突きやぶる。

 

 そのような難事を最終的には成し遂げてしまう強さを持っているのが犬走椛という少女の性質。 

 

 だが、それ故に――。

 

 最古の秘奥。神代の憎悪。彼の悪性の神髄に彼女は【触れてしまった】

  

 

 ―――

 ―――――

 ―――――――

 ――――――――――。

 

 

 

 

「……なんだその眼は」

 

 少女の異常に初めに気付いたのは無論、相対していた大天狗だった。

 赤みがかっていた琥珀色の瞳は、いつのまにか鬼灯を思わせるような鮮血色に染まっていた。

 吐く息は浅く、今にも四つん這いになるかというくらいに姿勢は低く、それでいて刃はいつでも斬り上げられるような下段の構え。

 ほんの僅かにあった重心の揺れまでもが完璧なまでに取り払われた、まさに理想を形にしたような臨戦態勢。

 だが、これでは武芸者としてのそれというよりはまるで――そう、鎌首を擡げた蛇のよう。

 

「何者だ……いや違うな。椛、貴様――その刀に【呑まれたな?】」

 

「      ‼」

  

 返答は無音。何も言葉を発さなかったのではなく、発した言葉が可聴域を超えている。

 瞬間、鞍馬は眼前の白狼の少女が掻き消える様を見た。

 ぎっぃぃぃん!

 続いて訪れるの死角からの剣戟に、鞍馬は今宵刃を抜いて初めて防御の姿勢を取った。否、取らざるを得なかった。

 遅れて耳を劈くのは椛が地を蹴った爆発音。間髪入れずに首めがけて飛んでくる連撃を紙一重で躱し、防いで一足跳びに鞍馬は距離を取る。

 

「殺す気で掛かって来い、とは言ったが。さて、ここまで露骨というのも流石に面食らうな」

 

 攻勢の中に守勢を見出す先ほどとは打って変わって、今の彼女は攻勢の中の攻勢を以て活路を切り開かんとでも言わんばかりだ。挙句に膂力や反応速度、それに妖力までが跳ね上がっている。

 更に、先ほどまでの戦いが武芸者としてのそれならば今はまるで暗殺者、というよりは野性動物そのものだ。

 確実に、且つ着実に獲物の命だけを刈り取るために闇夜を這う、そんな攻め方。

 千里眼を持つ彼女の警戒を掻い潜って逃げることが事実不可能に近いことを斟酌すれば最悪の狩猟者足り得るだろう。

(さて、どうしたものか)

 ――殺すだけならばまだ容易い、だがそれはあまりにも惜しい。

 

「だが、そう悠長に構えていられるほど余裕はない、か」

 

 大木の樹皮を蹴った爆ぜる音と共に再度の襲撃。

 先ほどよりも重く、早く、そして避け辛くなった刃が闇夜に軌跡を残す。

 恐ろしいほどの速度でその凶刃は得物を殺す術を習得していた。

 進歩、成長、そのような言葉で言い表すのはあまりにも生温い。これはもっと冒涜的な――例えるならば変容、もしくは脱皮。

古い己を捨てて、目的を達成するためにより最適化された自己を手に入れるための儀式。

 事実、あまりの脚力に彼女が履いていた下駄などとうに木屑に変じているし、爆発的な加速をするたびに足の皮膚や血管でも千切れているのか地面や樹木には赤黒い血が付着している。それでなお速度が鈍らないのは負傷を上回る自己治癒力が成せる業だろう。

 

「破壊と再生を繰り返して転生しようとでもいうのか、まったく手に負えんな」

 

 そうは口にするが、原因が目に見えているならば取り除くべき対象は明白だ。

 並々ならぬ名刀だとは鞍馬も思っていたが、まさか椛が持っていたのが妖刀の類だとは気付けなかった。ただ、彼女が狂じたのは十中八九その得物のせいだろう。

 問題はどう止めるか、だが。

 

「     ‼」

 

 加速に加速を重ね、暴風と呼んで差し支えない破壊を纏った一撃が確実に眼前敵を亡き者にするために振るわれる。

 死角に潜り込むほど深く姿勢を沈め、爆発的な瞬発力で首を跳ね、■■■■と同じ屈辱を他者に与えるために――

 

 しかし、刃は宙で静止し呪いは形とならずに霧散する。

 次なる一撃を打ち出すために退こうとして、初めて妖刀の持ち主は何が起きているか理解する。

 白刃取り、としては些か変則的ではあるがどす黒く変色するほど妖気を纏っていた刃の腹を万力のような力で掴む手があった。

 細身に見える鞍馬もこれで天狗随一の怪力を誇る、というのはなんら驚く事ではない。だが、完全に死角から放ったはずの一撃が止められたことは驚嘆に値する術技ではあった。

 

「阿呆め、それだけ殺気を垂れ流して襲うなど防げと言っているようなものだろう。

 それは殺す以前にも後にも外へ出すものではない、殺す瞬間にだけ発するべきものだ」

 

 こうなってしまえば地の力が物を言う。どれだけ強化されたといえ少女の膂力では頭一つ大きい大天狗の力を上回ることは難しい。

 憎悪に牙をむく椛――と呼んでいいのかどうかは分からないが――に対して言い聞かせるように鞍馬は言葉を続ける。

 

「退路は断ち、牙は抑えた。諦めろ、【これ】は汚泥風情が乗り替わるには勿体ない器だ」

 

 そう言い、妖力を込めて刃を半ばから圧し折る。これで元通り、その筈だった。

 

「ソウカ、ナラバ諦メヨウ」

 

 だが、椛の口をついて出るのは枯れた、ガラガラという音の混じったおぞましい声。

 赤く血走った目も、淀んだ妖気も晴れることは無く。むしろ歪みを増していく。

 そして、鞍馬はそもそも初めから彼女が握っていた刀が件の妖刀などではなかったことに――周辺で倒れている白狼達が握っていた太刀が一振り足りないことに、気付く。

 

「き、さまぁっ!」

 

嵌められた、と激昂するが既に遅い。

 

「迷ワズ刃ヲ捨テロト言ッタノハ、オ前ダロウ!」

 

 最後の一撃の直前にすり替えてでもいたのだろう、腐葉土を蹴り上げて椛は隠していた真の妖刀を取り出す。

 そう、どれだけ地力に差があるかなど一目瞭然。それは多少の強化がされたところで埋めようのない差だ。

 ならば、最も相手が油断する瞬間。その呼吸の間隙を狙って、最も効率的な一撃を叩き込めばいい。

 妖刀に憑り付かれた時点で理性を失ったなどと、そう判断してしまったこと自体が根本的な間違い。初めから怪物は本能ではなく優れた理性を以て、その性能を総動員してただ殺すためだけに動いていた。 

 余波だけで樹を殺し、草を殺し、森を殺して有り余る邪気を纏った妖刀が執拗に首を落とそうと跳ね上がる。

 

「っぐぅ!」

 

 結果、剣神鞍馬の左腕は半ばで断たれて宙を舞う。

 そう、首ではなく腕だ。

 神速の足さばきと体術を以て全力で躱そうとしてこれだ。一歩間違っていれば本当に首が飛んでいた。

 だが、一刀のもとに彼の命を奪えなかったという事はすなわち――

 

「色即ち是れ空なり、空即ち是れ色なり。

 色が空によって成り立つのならば、空を断つ我が劔は色全てを断つ劔なり」

 

 ――空を断つ程度の能力、大天狗鞍馬の秘奥の発動を許すということ。

 神速一閃。あらゆる物質を断ち切る力を与えられた刃が妖刀と交わる。

 次の瞬間。

 夜の森に絶叫が響き渡った。

 

 神の域にまで昇華された剣術と。

 神にも等しい業によって打たれた刀。

 遥か神代まで遡らなければ実現しないような矛盾に空間が軋み、音を立てる。

 

 しかし数瞬の鬩ぎ合いの末、空間すら歪ませるような濃密な瘴気を撒き散らして妖刀が半ばで断たれることで神域の剣術の勝利を以て勝敗は決した。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 慌てたように観戦していた天狗達がわらわらと集まってくるまでにどれほど掛かっただろうか。

 糸の切れた操り人形のように地に伏した椛。彼女が持っていた刀が撒き散らした瘴気に皆が皆顔を顰める。それどころか力の弱い者の中には露骨に体調を崩す者まで居る始末だ。

 やがて顔面蒼白な大天狗の一人が声を上げる。 

 

「この瘴気……やはり先の侵入者と白狼天狗は繋がっていたのではないか!」

 

 斯くなる上は私直々に処刑を、と手を振り上げる。

 指先に集まるのは地獄の業火も斯くやという熱の塊。

 曲がりなりにも天狗の妖術だ、意識のない白狼天狗が受ければ炭も残らないし。それを止められるものもその場にはいない。

 ――そう、大天狗鞍馬以外は。

 

「よせ、是害坊。事情も知らぬままに事を成すなど短絡的にもほどがあるぞ。

 だから貴様は比叡山の坊主共に敗北を喫したのだという事を忘れたのか」

 

「しかし、鞍馬さまの腕まで奪った者を生かしておくなど……」

 

「毒素を抜き、清めるのに何百年かかるか分らんがいずれは元通りになる。その程度の欠損だよ、これは。

 それに、彼女に妖刀を与えた者が居るという事実、気付かぬほどお前は愚鈍ではないと信じているつもりだぞ」

 

「そ、れは……確かにその通りですが」

 

 淡々と言葉を紡ぐ鞍馬に、何も言い返せず黙る是害坊と呼ばれた天狗。

 止血を終えたらしい鞍馬はその場に集まった天狗達に聞こえるように声を張り上げる。

 

「諸君! 申し訳ないが、今宵の験比べはここで幕引きとなりそうだ。

 だが、その代わりに我々は向き合わねばならぬ問題に直面したという事は周知の通りと思う。それは、山の守護を担う白狼天狗を誑かし、我らが体制を崩さんと画策ずるものが居るということだ。

 それは天狗の肉体を強化し、操り人形と化す恐るべき妖刀の存在を見ても一目瞭然。

 後々天魔様からの命が下ると思うが諸君らには妖刀を授けた賊の発見と、可能ならば連行を頼みたい。

 千年間、誰よりもこの幻想郷を見てきたのは我らだ。結界で区切られたとはいえ空の支配者は我らだ。

 その自負があるのならば見事成し遂げてみせろ!」

 

 

 ――斯くして化外の山伏たちが舞う験比べは終わりの帳を告げ。

 ――記憶をなくし、名を無くした一人の半人半妖を中心に動乱の幕が開けたのだった。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 椛が色々と受難な気がするけど自分椛大好きです、というのは言い訳になるのかどうか。
 ここ数カ月ほど書いてなかった主人公にようやく次話はスポットを当てられそうですが、果たして書き方を覚えているかどうかすら怪しいです。
 まあ、今回も色々と露骨な伏線張っちゃったのでそろそろ正体に気付いた方も多いかもですね。

 あと、少しこの場を借りて訂正をば。
 15話あたりで妖怪の山をご神体にしている神様はコノハナサクヤ姫だという記述してましたが、あれミスです。正確には姉のイワナガ姫でした。能力とか性質とか真逆な姉妹間違えるとか自分何してるんだorz
 まあ、それほど話の内容に関わるわけではありませんが世界観設定に関わる部分ですのでここで語らせていただきました。

 みなさまの一年がよい年でありますように。
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