東方刻銘録~鬼が出るか蛇が出るか~    作:ライラ

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幻想郷のざっくりとした地形はだいたい把握してるつもりなのですが、具体的な距離とか分からないと描写に迷いますね。空を飛べる自機たちがうらやましい。


触らぬ蜘蛛に祟りなし

 

「まったく、守矢の神さまは何考えてるんだ。麓に私たちみたいな優れた技術者が住んでいるとゆーのにわざわざ地獄の蜘蛛なんかに頼って」

「まあまあ、そう怒らずにこのきゅうりでも食って落ち着―――」

「これが落ち着いていられるかっ!」

「っ……耳元で怒鳴るなよ。あときゅうりは食うのな……」

 

 憤然とした様子でも、好物のきゅうりに関してはしっかりと齧るあたり食い意地が張っているなと思う。

 今朝、射命丸が届けてきた新聞を見て以来この谷河童の様子はずっとこうだ。

 これはどうにもならないな、と肩をすくめて半人半妖の居候こと江月魁斗は火種を持ちこんできた事の発端に視線を投げかけた。

 初夏の日差しを浴びながら翼の手入れをしていた天狗の新聞記者、射命丸文は自分に向けられた視線に気付くやにっこりと魁斗に微笑み返す。

 

「あやや、どうしたんです魁斗さん?そんなに熱烈な視線を注がれたら文ちゃん困っちゃう(はーと)」

「あー、はいはい可愛い可愛い」

「……ふむふむ、ぶりっ子はお好みでない、と」

 

 意味深な呟きと共に手帖にあれこれと書き込んでいる天狗の対応も先ほどから大体こんな感じだ。

 自分だけのけ者にされたようで魁斗としてもこれは面白くない。

 

「まあまあ、そうむっとなさらずに。実際その新聞に書かれている以上の情報はまだ私も持ってないのですよ。続報待ちです」

「でも、その河童ダムとやらの建設再開とにとりの不機嫌がどう繋がってるかくらい見当はついてるんじゃないのか?」

「あー、そういえば魁斗さんは記憶喪失でしたね。私としたことがうっかりしてました」

 

 ぺろり、と舌を出して謝罪する射命丸の様は元々器量が良いのも相まってなるほど確かに可愛いらしい。

 のだが――――

 

「似合わないドジっ子だな……」

 

 様になり過ぎているというか、ここまで形式美を追求されると逆に胡散臭いのだった。

 

「ちっ」

「おい、なんだ今の舌打ち!?」

 

 本当にのれんに腕押しというか、糠に釘というか。風のように捉えどころのない少女の居立ち振る舞いにずっと振りまわされている気がする。魁斗はげんなりとため息を吐いた。

 やりきれない想いを胸にふと工房の外を眺める。窓の外に広がる幻想郷の風景はいつだって彼の心の清涼剤だ。しかし今日はそこに一抹の暗闇を見つける。

 いや、暗闇ではない、よく見ればそれは黒い鳥だった。カラス、だろうか

 窓の縁でぴょんこぴょんこと跳ねた後、こつこつ、と嘴で硝子をつつくその様子はまるで「中に入れろ」とでも催促しているようだ。

 

 新鮮な、鳥肉。

 

「今日のお昼は手羽先とかいいなぁ……」

「神社の辺りには朱鷺が出るそうですし、捕まえるならそっちにしたらどうですか」

 

 呟きの真意を悟られたのか、烏天狗の冷ややかな視線が突き刺さった。

 それはそうと窓の外の烏は射命丸に用があったらしい、窓を開けるや翼を広げた烏は彼女の差し出した腕に飛び移ってカァカァ!と騒ぎ始める。

 

「ふむふむ、なるほど。予想以上に早いですね」

 

 こくこく、とその鳴き声に逐一頷く射命丸はまるで烏と意思疎通をしているようだ。

 

「なあ、にとり。あれは一体何をやっているんだ、今度は不思議ちゃんか?」

「うん?まあ大体あってるよ」

「おいこらそこ嘘つかない。烏天狗が烏と話せないでどうします!」

 

 役目を終えて飛び立つ烏にばいばい、と手を振っていた射命丸も流石に不思議ちゃん発言は不本意だったのか頬を赤らめて訂正のために声を張り上げた。

 

「それとですね、決まったみたいですよ」

「「何が?」」

 

「そりゃもちろん、守矢の神さまと土蜘蛛達の折衝の会場、ですよ」

 

 怒りの燻っていたいたにとりが仲間を呼び集める為に工房を飛び出したのは、射命丸が日時と場所を言い終えるのとほぼ同時だった。

 

 ○●○●○

 

 妖怪と一口に言ってもその種族は多種多様である。

 外の世界の偉人が唱えた生物多様性など笑って一蹴出来るような人外達だが、それでも各々体のつくりや習性によって住みやすい環境や地形というのがあって、そうなれば自然と生活圏は固定されるものだ。

 そうなるとご多聞に漏れず隣接する生活圏間には何かしらの関係性が生まれる。

 ここ、幻想郷において友好的なものの代表例といえば天狗と河童だろう。

 優れた統率力と自治能力を持つ天狗の生活圏に隣接する河童たちは天狗社会の庇護の下で悠々と自分たちの生活を満喫し、その見返りとして天狗は河童の持つ優れた技術力の恩恵を受けることで妖怪の山という一個の集団の生活水準を飛躍的に引き上げた。

 鬼の居ぬ今、妖怪の世界で彼女らがパワーバランスの一角を担うことが出来たのも一重に彼女達の生活圏が山と川で上手く住み分け出来ていたからである。

 

 逆に、非友好的なものの代表例は河童と土蜘蛛なのだった。

 土蜘蛛という種族もまた河童と同じく手に職を持つ妖怪の種族だそうだ。

 ―――優れた頭脳と器用な手先で精密機械を創り上げることに特化したのが河童なら。

 ―――妖怪らしく優れた膂力と歴史の蓄積で建築物を完成させるのが土蜘蛛だ。

 

 木を倒し、石を切り、鉄を鋳造する。

 結果として出来上がるのは見る者を圧倒する荘厳な城であり社であり神殿であり陵墓だった。

 それは、これ以上なく分かりやすい繁栄の形。

 代償として失ったのは滾々と湧き出る清水であり、山の合間を流れる小川であり、神々の住まう自然の原風景。

 技術を信仰してはいるが、同時に自然を愛し、清い水を是する河童とは既にその時点で相容れなかったのだ。

 今でも河童達は川を汚すからと土蜘蛛を毛嫌いしているものが多いのだ。

 

「ま、土蜘蛛達も色々とあって今は地上から追われてその住処は地下深くなんですけどねー」

 

 

 魁斗が聞いた道中の説明は概ねそんな感じであった。

 

「なるほどな、だからにとりは自分が一度手掛けた仕事を仇敵に盗られるのが我慢ならなかった、と」

「依頼した神様との折衝に乗りこんで直談判しようというあたり本当にそうなんでしょうね。普段の気弱な河童たちからは想像もできませんです」

 

 長い間この地に住んでいる彼女の与えてくれる知識は記憶喪失の魁斗にとって、判断材料の提供という意味では実に適切であった。

 見れば射命丸は一体全体どういう重心移動をしているのか、苔生した玄武岩の上を高下駄をはいたまま軽々と飛び跳ねていた。

 

「というかお前、こうなることを予想してあの新聞をにとりに渡しただろ」

 

 対する魁斗は病み上がりな事もあり、つるつると滑る玄武岩の上をおっかなびっくりと歩いている。

 手を貸しましょうか?という射命丸の申し出を意地でつっぱねたはいいものの、半刻の間に都合三度ほど彼女の手助けで転倒を免れている。実になさけない。

 

 

「あれ、バレてました?」

「そりゃ、号外だのなんだのとのたまいながら肝心の新聞はあれ一つしか持ってきてないのはどう考えたっておかしいさ」

「そこはまあ、タレコミが急だったこともあって印刷が間に合わなかったという事で一つ」

 

 血色のいい唇に人差し指を当てて悪戯っぽくウインクする様などあまりにも様になり過ぎていて、もう目くじらを立てる気力も失せたとばかりに魁斗はため息を吐く。

 タレコミ、という部分に妙に含みがあるような気もするが気にかけるだけ無駄だろう。

 

「上手くいくと思うか?」 

「さあ、どうでしょうね。普通に考えるなら今日開かれる折衝はもうダム建設の細かい日取りやスケジュールを決める段階だと思うので、そこに今更河童が入り込む余地があるとは思えないのですが……」

 

 と、そこで射命丸は沈黙する。幸い、自分の足元に注意している同伴者はそこまで気が回っていないようだ。

 (果たしてどちらが優位に立っているのかしら)

 守矢の神が今更ダムの建設再開などという行事に着手した目的は想像に難くない。

 人里に突如建立した毘沙門天を本尊に据える仏教の寺。立て続けに出現した道教の尸解仙達。

 突風に荒れ狂う湖畔のように、今現在、幻想郷のパワーバランスは揺れ動いている。

 それは、人妖入り乱れた信仰の収奪合戦という形で起きた宗教戦争が証明していた。

 神にとって信仰とは血であり肉であり力である。

 信仰を失う事が霊格の収縮、ひいては存在の消滅につながる神霊が第二第三の宗教戦争を危惧し、対策を練っている。そうでもなければ一度とん挫した計画をこうも急進的に立ちあげる理由に説明が付かない。

 

 ダム、というものが実際に幻想郷に出来れば守矢の神が危惧しているエネルギー問題の解決に繋がるであろうし、そうでなくとも治水の事業は人里を支える食糧資源の安定供給を可能にする。

 それだけでない。広大な大自然に人々が畏怖を抱くのと同じように、仰ぎ見るような巨大な人工物とはそれだけで『信仰』の対象となりえるのだ。

 

 (しかし、一度首を切った河童たちを頼れないとはいえ、地上の人間や妖怪を嫌って地下に潜った妖怪たちに依頼なんてする辺り、かなり切羽詰まってるはずなのだけど……)

 ならば守矢の神は交渉の立場においてかなり下手に出なければならないはずだ。だが、そうやって他者にへりくだる事もまた神の威光を貶める事になる。

 それでは本末転倒ではないか。

 

「ま、その辺は直々に確かめるのが一番手っ取り早いか」

 

 なにせ今回の新聞の情報源は他ならぬ――――

 

「……ん?何か言ったか?」

「いえいえ、ただの独り言ですのでお気になさらず。それよりもほら、もうすぐ目的地ですよ」

「ふう、やっとか。もう少しで傷が開くところだったぜ」

「半分とはいえ人間の血の匂いなんて嗅ぎつけたら普通の妖怪は嬉々として襲いかかってくるから気を付けてくださいね。

 ――――――というか」

 

 道程も半ばを過ぎた辺りで気が付くのもほんとーに今更ではあるのだが

 

「なんであなたしれっと付いてきてるんですか!?あんまりにも違和感ないからついつい手貸しちゃったじゃないですか!」

 

 ついでに、転んだら危ないだろうとか気を遣ってさり気なく小石とか取り除いてた自分が馬鹿みたいじゃないか。と射命丸は叫び声をあげた。

 困ったように魁斗は頬のあたりを掻いていた。

 

「無関係と言われれば無関係なんだがなぁ……しいて言うなら射命丸と同じ理由?」

「あー、野次馬根性なら仕方な……って何言わせるんですか!」

「やっぱりなのな……」

「おほん……しかし、無関係とか以前に半人のあなたが地底の妖怪の前に顔なんて出したら食われますよ、マジで」

「マジか」

 

 自分が貪り食われる様を想像して魁斗は沈黙する。

 (やっぱり美味いのは肝なんだろうか……)

 まあ、微妙に心配するところが違っている気もするが余人のあずかり知らぬところである。

 

「地底に住んでる妖怪なんてのは極度の人間不信か、それとも人間を嫌っているかの二択です。

 まぁ、だからこそ普段は人前に姿を見せないからいいんですが、その分色々と溜まってますからねぇ」

「そうか、土蜘蛛や神様なんてのにも興味があったんだがそれなら仕方ない。流石にオレも自分の命は惜しい」

「ああ、待って下さい。どうせ今から一人で帰るなら私と一緒に行った方が安全ですよ」

「送ってはくれないのか?」

「男の子なんだから甘えちゃ駄目ですよ。それに私は清く正しい新聞記者として事実を新聞に載せる義務がありますからね」

 

 えへん、とそこそこ形の良い胸を張る射命丸。

 そもそも河童と土蜘蛛の対立を煽るような真似をしたのはお前だろうというツッコミはすんでのところで飲み込んだ。

 野次馬根性で命を散らすのはごめんだが、流石にここまでの道程を無駄にするのも忍びない。

 と、そこで何か思いついたのか射命丸が手招きをしてくる。

 

「そうですね、ちょっと魁斗さんしゃがんでくれます?」

「こうか?」

 

 くいくい、と指揮棒を振るように動く白い指に誘われて腰を折った。

 

「はーい、ちょっとそのまま動かないで下さいねー」

 

 射命丸がそっと手を魁斗の襟首のあたりに伸ばした。自然、至近で顔を見つめ合う姿勢になる。

 鼻孔をくすぐるのは摺りたての墨の香り。彼女の匂いだろうか? 実に新聞記者らしい。

 松や膠の、生き物の死の臭い。同時に、温かく優しい、落ち着く芳香だった。

 

「あやや、どうしたんです。頬なんか赤くして?」

「な、なんでもない。それはそうと、何なんだ今のは?」

「うふふ、自分の服を御覧下さい」

 

 そう言われて自分が着ている服を見下ろす。にとりの工房に担ぎ込まれた時に着ていた服はぼろきれ同然だったというので、今着ている者は彼女から借り受けた質素で素朴な青地摺りの着物だ。

 余談だが、なぜにとりが男ものの服を持っていたのか。その問いは終始茶を濁されるだけだったが断片的な情報から推測するに、おそらく湖だかで溺れ死んだ哀れな土左衛門(どざえもん)の遺服だろう。

 前の持ち主のことは不憫だと思うが、服は服だ。着られるためにある。

 

「どこにも変化はないようだが……あ」

 

 いや、違う―――襟元に数本、烏の羽が留められていた。

黒檀さながらに陽光を照り返しているつやつやとした羽は目の前でいたずらっぽく笑っている鴉天狗の翼に生えているものと同じ色をしている。

 

「黒い羽募金、ってとこですかね。まぁお代は後々何らかの形で頂くとしましょう」

「寄付なのにオレの自由意思はないんだな」

「外してくれても構いませんけど、身の保障は出来ませんよ」

「理不尽じゃね?」

「世の理不尽を体現するのが私たち妖怪ですので」

「はぁ……」

 

 よくは判らないが、この羽がちょっとしたおまもり代わりの役目を果たしているというのは理解した。

 そう思うとこの小洒落たブローチも随分と頼もしく見えてくるから不思議だ。

 誰かが自分のために何かをしてくれる、そんな当たり前の行為すら記憶喪失の魁斗にとっては目新しいものだ。

 

「ところでコレは一体どういう仕組みになってるんだ。お前の羽だろう?」

「んー、仕組みというほどのものではないですけど。『コイツは俺の獲物だから先に手出ししたら容赦しないぜ』的な意味合いの目印ですかねー。好き好んで烏天狗に喧嘩売る妖怪はそう多くはないですから」

 

 訂正。それはそれで身の危険を感じるので事が終わったらさっさと外してしまおうと決心する魁斗であった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 仰げば首の痛くなる様な高さの妖怪の山の麓にはちらほらと洞窟が点在している。

 ぱっくりと大きく口が開いたそれらは地獄に繋がっているとされ、果ての無い深さを誇るが故に暗闇の風穴と名付けられた。

 ―――鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)

 風の強い日などはその洞窟内で反響した音がまるで鬼がむせび泣くような不気味な音を立てるので普段は人間は言わずもがな、妖怪ですら近寄ろうとはしない。

 それも当然、その洞窟の続く先には本当に地底、地獄の収縮に伴って廃棄されたかつての灼熱地獄があり、今でも本当にそこには鬼が住んでいるのだから。

 

 だが、今日に限っては風の反響とは別の要因で風穴の前は賑わっていた。

 

「おいおい、なんだぁ?出迎えが河童だなんて聞いてねえぞこら!」

「川を汚す土蜘蛛なんかお呼びじゃないんだよ―」

「そうだー、かえれかえれー。もともとダムは私達が建てるつもりだったんだぞー」

「んだと!」

「やんのかオラ!」

 

 河童ダム再建設の折衝の場所に選ばれたのは何を隠そう、この地上と地底の境目である風穴の面前なのだ。

 集った妖怪の数も、河童の突然の乱入で倍近くに増えている。

 

「おお、なんか沢山いるなあ」

「まだ守矢の神様は来てないみたいですけどね」

 

 記憶喪失になって初めて、これだけの自分以外の存在を目の当たりにした魁斗はきょろきょろと物珍しげに周囲を見渡し。

 射命丸も新聞記者として写真機のフラッシュを二度三度と焚いていた。実に楽しそうである。

 

 対峙して睨みあう二つの集団、河童と土蜘蛛の間には剣呑な空気が漂っている。

 十数からなる河童達の集団は、にとりと似たような服装の少女たちの集まりだった。なるほど、河【童】というだけあってそのどれもが背丈の低いものばかりだ。よく見渡せばその中に混ざってにとりも色々と相対する集団に罵声を飛ばしまくっている。

 対する土蜘蛛は河童に比べるといささか数は少ないが、その分その容姿や風貌はもっとまとまりがない。

 背の高い筋骨隆々の男達からにとりと同じくらいの背丈の少女まで老若男女ばらばらだ。

 中には【蜘蛛】というだけあって多腕を振り回して威嚇している者までいる。共通点と言えば茶褐色の地味な色合いの服装に身を包んでいることくらいか。

 

 どちらも敵意をむき出しに、己の腕を誇りとする妖怪たちは火花を散らしていた。

 

「土蜘蛛が作ったダムなんてどうせ水漏れするに決まってる」

「河童の建てたものだって地震が来ればひと揺れで倒壊するだろう」

「ああん!河童の防水技術舐めるなよ」

「そっちこそ!土蜘蛛の耐震技術を甘く見るな」

「「なんだと!」」

 

 どこまでも続く平行線。そもそもこれは話し合いとは呼べない。

 話し合いとは互いに歩みあう余地のある者たちが妥協点を決めることだ。

 理解と無理解、譲歩と主張、尊重と自尊。

 何もかもが滅茶苦茶なこの現状では互いの敵愾心を煽りこそすれ建設的な意見を交えることなど土台無理な話だろう。

 そんな時だった。

 

 

「一緒にダムを建設するって選択肢はないのか?」

 

 

 ぽつり、と何の気なしに野次馬――魁斗――が呟いたその言葉。

 瞬間、喧騒が一斉に鎮まった。

 それは互いに矛を収めたという静けさというよりは

 

「うん?」

 

 新たな矛先が現れたという警戒の間であった。

 

「おい、なんつったそこのガキ」

 

 土蜘蛛達の中でも一際体格の大きい筋骨隆々とした禿頭の男が怒気を隠そうともせずに魁斗に詰め寄る。

 巌の様な男だ。六本ある腕は全てが丸太のように太く、顔に刻みこまれた爪や刀の傷跡が男が荒事に慣れている事を物語っていた。

 若干気押されながらも男の顔を見上げて魁斗は言う。

 

「だからさ、あんたら両方とも建設の腕には自信あるんだろ?だったら協力して事に挑むほう、がっ!――――」

 

 しかし、最後まで口に出す事は叶わない。

 元々気が短いのだろう、土蜘蛛の男はその言葉を封殺するように二本の腕で包帯の巻かれた魁斗の首を締めあげる。ご丁寧にも残りの四本の腕で四肢をガッチリと拘束しているあたり逃がすつもりなど毛頭ないらしい。

 

「だからなんで俺達が河童何ぞと仲好し小好しせねばならんのじゃぁ!」

 

 まさに怒髪天を突くといった感じで男は声を荒げた、万力のように拘束が強まる。窒息しては叫び声すら上げられない。

 

 (話と違うじゃないか!)

 朦朧とした意識の中で魁斗は射命丸に視線を飛ばす。さっきくれたお守りは一体何だったのか、と。

 (いやいやいや、そりゃ大人しくしてるならともかく、自分から火に油注ぐような真似したら意味ないですって!)

 (マジ……か……)

 さり気なく安全圏に避難していた天狗の記者もこれには驚いたとばかりに目を見開いていた。いくらなんでも無謀すぎだろう、と。

 今日であったばかりの妖怪を無条件に信じ過ぎだ。普通なら“もしも嘘だったら”ということを疑うべきだし、そうなれば自然とその行いも慎重になる。

 そのことも踏まえた上での忠告をしたつもりだった。

 

 そこまで思考して――――射命丸はこれが天狗の論理であった事に気付く。それは疑う事が常識の世界、腹の内を隠す事が常識の世界での論理だ。

 他者を疑い、探ることで生きるのが彼女たちならば。記憶喪失の彼は他者を信用し、その施しに報いようとすることでしか生きれない。自身の記憶すらよすがにならぬ彼は他者の厚意を拒めない、疑う事が出来ない。

 奇しくもその在り方は鬼の字を持つに相応しく思えて……

 

「め、盟友!なんでこんなところに!?」

 

 頼りになりそうなにとりも突然の魁斗の闖入に対応が遅れている。河童の速度では半人半妖の首が手折られるのには間に合わないだろう。

 わしゃわしゃと髪をかきむしって煩悶する射命丸。

 (ああもう。今後の取材に支障が出るから可能ならば荒事の当事者にはなりたくなかったのに)

 特ダネを運んでくるかもしれないコウノトリをむざむざと失う訳にもいかない、と嵐を巻き起こす天狗の羽団扇に手を伸ばす。

 そう、これは断じて彼の信用を裏切ることが嫌だったのではない。全ては己の利益の為、それが最善だと判断したからだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 骨が軋む音がする。鬱積した血が視界を真紅に染め上げる。閉じた気管を開けと脳が警鐘を鳴らす。

 これが死か?

 限りある生にたった一度しか訪れないソレを冷静に【再確認】している自分が居たことが驚きと言えば驚きか。

 記憶などありはしないのにその既知感を懐かしいと感じてしまう。

 (そうか、オレ……一度死にかけてるんだよなあ)

 おそらく、記憶を失ったのもその時だろう。懐かしいのは当然だ。

 いや、案外死にかけたのではなく――――本当に死んだのだろう。

 脳裏にこびり付いた断頭の記憶――――夢とするにはあまりにも生々しく忌まわしい光景。

 

 マテ?我ハマダ何モ成シ遂ゲテハイナイ

 

 歴史ガ古イダケノ木端妖怪風情ニ何故遅レヲ取ル?

 

 古キ神々ニ淘汰サレタ雑魚共ト同格以下ダトデモ?

 

 ソンナ事ハ許サレナイ

 

 探セ!探セ!探セ!探セ!探セ!探セ!

 

 ■■■■ヲ探セ!

 

 ああ、だからこんな嫌な声が聞こえてくる――――――

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 ――――結論から言えば、

 

「まあまあ、待ちなさいってば」

 

 射命丸文が駆け出すより、河城にとりが走りだすより前。ほんの一瞬早く制止の声が上がった。

 戸惑うように土蜘蛛の男は魁斗を締め上げる力を緩める。まだ、離しはしない。

 

「いや、でもヤマメさん……」

「口下手のあんたをわざわざ連れてきたのは荒事が起きた時に重宝するからだよ。

 なのにあんたが荒事起こしてちゃ意味ないじゃないのさ。ほらほら、地上との約定破っちゃったら勇儀姐さんがブチ切れるよ。約束事を破るってのは地底ではそういうことだっていい加減学んだらどう?」

「……合点です」

 

「げほっ!げほっ!―――――――っ」

 

 突然の落下と地面に顔をぶつけた衝撃で思い切りむせる。

 肺を満たす酸素が本当に心地いい。

 

「九死に一生とはこのことだね、どうだいお兄さん、首は繋がってる?」

「な、なんとかな。ありがとう、助かった」

 

 先の男の野太い重低音と対象的な鈴の音を転がす様なソプラノボイス。窒息死寸前の魁斗を救ったのはこの場に似つかわしくないくらい可愛らしい少女だった。

 ふわりと広がる土色のスカートの地味な色と、地下に眠る黄金のように煌びやかな金の髪が対照的で、目の前の少女はなんというか地底世界の妖怪と言われてもしっくりとこない。

 にこり、と見る者の警戒心を和らげるような華やかな微笑を浮かべながら少女が掌を差し出す。白い指だけが彼女が普段は日の当らない地底に住んでいることを物語っていた。

 差し出された手を掴んで魁斗は立ちあがろうとして

 

「でも、だめだよ。極楽から垂れてきた蜘蛛の糸ならともかく、地獄から這い出た蜘蛛の糸なんて掴んじゃ。私たちの糸は釈迦だって奈落の底に引きずり込むんだから」

 

 ―――既に自分が蜘蛛の糸にからめとられていた事を知る。

 美しくも妖しい女郎の様な笑みを浮かべて少女はその耳元で囁いた。

 

「なぜ人間がここにいる?」




【元ネタ解説】

ヤ「でも、だめだよ。極楽から垂れてきた蜘蛛の糸ならともかく、地獄から這い出た蜘蛛の糸なんて掴んじゃ。私たちの糸は釈迦だって奈落の底に引きずり込むんだから」
 
説明するまでもないでしょうが、芥川龍之介の短編小説『蜘蛛の糸』のオマージュ。
台詞の後半は小松左京の書いた同名のパロディ小説から。

カンダタと聞くとこっちより某ドラクエを思い出す方も多いのではないでしょうか。


さて、次話の投稿も本日24時を予定しています。
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