東方刻銘録~鬼が出るか蛇が出るか~    作:ライラ

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もみじもみもみの回ともいう。


白狼天狗の受難

 思い切り手を伸ばし屈伸する。

「ん……今日もいい天気だ」

 凝り固まった筋肉がほぐれ、末端まで血液が循環を始める感覚。それが魁斗は好きだった。

 初夏の日差しと朝の心地よい空気を全身で感じながら玄分の沢を流れる川の水で顔を洗う。

 

「ふあ……ああ、盟友、おはよー」

 

 魁斗に続けてしぱしぱと目を瞬かせながら工房の奥から顔を出したのは河童の少女、河城にとり。 

 しかし、朝っぱらだというのにやけに活気が無い。

 今朝はこころなしか水色の髪も艶がなく、色もくすんでいた。

 

「おはよう、にとり。徹夜か?」

「うん、そんなところ。ったく、ヤマメのやつこっちの図面にケチばっかつけてくるんだから」

 

 ばしゃばしゃと顔を洗いながら不平をもらすにとりに魁斗は苦笑する。

 土蜘蛛と河童のいざこざの一件から数日、ダム建設においては大きな問題も無く両者の間で計画は進行していた。

 ただ、大きな問題はなくとも元々折り合いの悪い土蜘蛛と河童だ、そう順調に事が進むという訳でもなかった。

 

 (いや、河童だの土蜘蛛だのってのは関係ないか。あれは……)

 

 土蜘蛛の代表である黒谷ヤマメといつの間にか河童側の代表にされていた河城にとり(なんでも、ヤマメと面識があったからと他の河童に押し付けられたらしい)の両者は今度のダム建設に於いて現場責任者という立場に在る。

 必然、その関係でここ数日は何度も顔を会わせていたようなのだが、どうにもこれが水と油のように気性が合わない。

 もともと口が回るからという理由で土蜘蛛側の代表になったヤマメがにとりをからかい、それを真に受けて憤慨するにとりを見てヤマメが愉しむという悪循環。

 いや、それでも仕事の話ともなれば双方とも真面目になるのだが、それはそれで職工としての互いの意見の食い違いがある度徹底的に納得できるまで議論を重ねる、の繰り返し。

 

 しかしそこに私情は一切挟まれない。

 土蜘蛛も河童も関係なく、ただあるのは中途半端な妥協は許さぬという職工同士のぶつかり合い。

 

「………案外、気が合うんじゃないのか」

「うん? 盟友、何か言った?」

「いや、なんでもない。それで夜通しで図面の見直しか。熱心なのは良いと思うが、変なヘマやらかすなよ」 

 

 まあ―――

 (より良い物を、より素晴らしい物を、って意見は一致しているのだからそう心配する事も無いか)

 議論を交わすにとりとヤマメの目には輝きがあった。

 一つの目的を目指し切磋琢磨し合うその様は好感が持てる。だから温かく見守ろう。

 

「いんや、徹夜で発明品弄ってた」

「駄目じゃね!?」

 

 訂正、見守るというか見張る必要がありそうだ。

 河童側の怠慢でダム建設が遅延したとあっては先日あれだけ大口を叩いた魁斗自身も色々と立つ瀬が無い。

 

「うぅ、でも心労溜め過ぎても良い事はないんだぞぅ。嘴が腐り落ちたりするし」

「何をワケの判らない事を、てか元々嘴なんてないだろうが」

 

 水を浴びて張りを取り戻したにとりの頬をつまんでむにむにと引っ張る。搗きたての餅のように温かく、柔らかい。

 どうも水生の河童は体温が低いと思いきやその逆で、水中でも活動する彼女等の皮下体温は高いらしかった。

 

「いひゃいいひゃい!むかひはかっはにもくひばしがあっはんはよう!(痛い痛い!昔は河童にも嘴があったんだよう!)」

「ふむ、何言ってるかさっぱり分からん」

「むひー!(むきー!)」

 

 反転、衝撃、背に走る激痛。相撲で言うなら一本背負い。

「ぐえっ!」

 我慢の限界を迎えたにとりの報復だったという事に遅れて気付く。

 どうもにとりのほっぺのさわり心地に夢中になって弄り回し過ぎたらしい。

 

「こちとら盟友の事を心配して作ってやったってのにその仕打ちはあんまりじゃないか」

「っつぅ、悪い悪い。てかオレの為ってどういうことだ?」

「いやほら、なんか記憶のことで盟友ここ数日悩んでたじゃん」

「……そうだったか?」

 

 顔に出るほど深刻に悩んでいただろうかと首を傾げる。

 現状、手掛かりらしい手掛かりも無い以上は射命丸に助言された様に目の前のことに集中しよう――――自分の記憶探しに対する魁斗のスタンスとは概ねそのようだった。

 自分が何者か判らないという不安も確かにあるが、どちらかというと出会う度に極上の霜降り肉を前にしたような舌舐めずりをしてくるヤマメからどう逃げようかという思索の方が多かった気もする。

 (まあ、確かに悩んでるといえば悩んでるよな)

 

 主に自分の命とか、貞操とか、そっち方面で。

 

 それはそれでどうなんだろうかと魁斗が憂慮している傍でにとりは普段から背負っている何が詰まっているのかよく判らないリュックを鼻歌交じりにごそごそと漁っていた。

 心配したというのは建て前で、単に趣味の道具製作がしたかっただけなのかもしれない。

 

「てれれれーん!」

「なんだそれ?」

「空を飛ぶ道具さ」

 

 そう言ってにとりが取り出したのは金属製の箱のようなものだった。大きさは小柄なにとりが丁度両腕で抱き抱えられるくらい。留め具のようなものが付いているが、これがどう空を飛ぶのかまるで魁斗には想像もつかなかった。

 河童の工房の中には珍妙な仕組みのカラクリや道具が山ほどあるが、これもその類らしい。

 

「………とりあえず、なんでその囲碁台みたいな箱の帯をオレに結い付けてるんですかね? にとりさん」

 

「そりゃ、ちゃんと縛っとかないと振り落とされるからに決まってるからじゃないか?」

 

「え?なんでオレがそんなワケの判らない不思議道具で飛ぶことになってんの? 地を這うようにオレ達の身体が出来てるのってなんでか考えたことないの!?」

 

「そりゃ、どうやって重力に逆らうか考えるのに鴉天狗みたいに翼があったら意味ないだろ。

 不便を取り払うために道具はあるんだ、まだ見ぬ世界を見たいっていう原動力が技術の発展を促すんだよ。

 自分に理解できない事、出来ない事を全部神様仏様の所為にして理解を止めるのは愚鈍な大衆か宗教家。そこを恐れずに神仏の袖の下を捲る勇気があるのが私たち技術屋、ってね」

 

「なんかすごく真っ当な事言ってる様だけど、オレが実験台にされる理由とは関係なくね!?

 いや、確かに神様に喧嘩ふっかけるような物言いはしたけどもさ!?」

 

 結局、なぜ守矢の祭神八坂神奈子を目の敵にしているのかについては自分でもまったく理由が判らないまま。

 過去に何か面識があったのか、もっと別の因縁が働いているのかすら不明。

 胸の内でわだかまる黒い感情を持て余して、半ば無視を決め込んでいるのが魁斗の現状だった。

 

「あー、もう五月蠅いな! ちょっと大人しくしてなよ」

 

「いーやーだー! まだオレは死にたくねぇ!」 

 

 

 だって飛行の対義語と言えば落下じゃないか!、と必死に魁斗は固定具を外そうとする。しかし、そこは河童製、半妖程度の腕力ではどうにもならなかった。

 背負う形でこの謎の箱をがっちり固定されてしまったが、正直空を飛ぶなんて自然の摂理に抗う真似がそう簡単に出来るとは思えない。

 

 水が高き所に在りて低き所に落ちるように。

 

 積み重なった気がやがて天を作り、月を輝かせるように。 

 

 月が欠ければ潮は引き、月が満ちればまた潮も満ちるように

 

 それはきっと、そのままの在り方が最も美しい在り方なのだから。

 

 と、そんな一周回って宗教家のような思考に至った魁斗の背で謎の箱から不思議な駆動音が鳴り響く。

 カチカチと発条が回る様な音、直後、その箱が直方体からその在り様を変容させた。

 

「うおお、なんか出てきた!」

「ああ、それが操作用のレバーだね。大丈夫、上下左右に直進から後退まで三次元機動を全てその二本のレバーで担えるってわけだ。

 守矢の巫女に教えてもらった外の世界の『こんとろーらー』とかいうカラクリを操るカラクリの概念を私なりに取り入れてみた」

 

 ふふん、と背丈の割にそこそこ発育の良い胸を張って河童の少女は自慢げに腕を組む。

 求めてもいない説明を闊達に始めるあたり誰かに自分の発明を見せびらかしたかったというのが丸わかりだ。

 (なんつーか、あそこまでいきいきとした笑顔見せられたらなぁ)

 むしろそれを見ただけで魁斗の中の変な迷いは消えた。つくづく単純な性格だなと自分でも思う。

 ワケの判らない道具かと思いきや操作は素人にも容易だというのは理解出来た。

 もうなるようになれという若干自棄気味な心持ちだ。

 

「んで、この箱の中から飛び出した筒の先っちょについてるのが羽か?」

「そう、プロペラと言ってね理屈自体は竹トンボと一緒さ。回転することで先端の特殊合金製のブレードが揚力を生み出して飛行を可能にするってわけ。

 理論自体はダ・ヴィンチの時代にも出来てたみたいだけど動力の方がお粗末だったね。おっと、その点はもちろん解決済みだよ。

 私の発明した最新のモーターを中に仕込んでいて、水妖力を貯蔵する技術の向上で当社比二倍の出力を――――って聞いてるのか盟友?」

「ん………あ、ああ、トンボはちょっと火で炙るくらいが美味そうだよな」

「寝てたな」

「あー……はい」

 

 機嫌を害したのか半眼で睨んでくるにとり。手の内で小気味のいい音を立ててぐるんぐるんとスパナが回転しているのは気のせいだと思いたい。

 

「判り易く言うと螺旋の力は不可能を可能にするってわけ。なにはともあれ善は急げ、だ」

 

 背負った箱から間断なく伝わる振動音と、頭上のプロペラが風を切る音。にとりがどこをどう弄ったのか、背負ったプロペラが本格的にその役目を果たすために目を覚ましたらしい。

 

「あ、ちょ、まだ心の準備が」

「男がなに肝の小さい事言ってんのさ。ほら、ぐだぐだ悩んでる暇があるんならいっちょ空飛んで嫌な事も何も忘れちまいな」

 

 待て、と口にするより早く――――

 足が地から離れる浮遊感、徐々に離れていく地表に魁斗は目を瞠った。

 

「――――――あ」

 

 眼下に広がる大自然、遠くで響く大瀑布や鳥の鳴き声。

 意識を取り戻して数日、魁斗が見て回った世界の全てが其処に在った。

 生命力に満ちたその景色に、俯瞰の齎す日本の原風景の美しさに再び言葉を失う。

 ―――――なんて美しいのだろう。

 初めて幻想郷の自然を目の当たりにした時もそうだった。

 ――――なぜ、こうも胸が締め付けられるのだろう。

 

 気が付けば、声を張り上げ無ければ水のせせらぎや風に互いの声がかき消されるほどの高度に達していた。

 

「どうだー!高いところからの景色は、ちっぽけな悩みなんて吹き飛ぶだろー!」

「お、おう!おかげさまでいいもんが見れたぜ―!」

「そうかー!折角だから気の赴くままその辺見て来なよー!」

 

 眼下では笑顔のにとりが手を振っていた。

 ああ、なんだかんだで彼女なりに魁斗を心配してくれていたのだ。

 胸の奥が熱くなるのを感じて、ぽつり、と感謝の念をこぼす。 

 

「……ありがとうな、にとり」

「……聞こえないぞー、何か言ったー?」

「何でもねー!んじゃ、ちょっと行ってくる」

 

 まだ見ぬ景色に対する好奇心が抑えきれないのも事実、にとりからの厚意が素直に嬉しいのも手伝って、その時の魁斗はまさに浮足立っていた。

 いや、それはきっとにとりも同じだった、徹夜の作業の影響と、それが報われたという達成感のせいで、いくつか大切な事を見落としていた。

 そう、それは―――――

 

 ○●○●

 

 犬走椛は白狼天狗と呼ばれる天狗の一族だ。

 白狼という名の示すように雪のように白く美しい毛並みを備えた見目麗しい彼女だが、その在り様はもっと険しい。

 頭頂部から生えた狼の耳で風の音を聞き分け、優れた嗅覚で一度補足した獲物は決して逃がさない。天性の狩猟者として生まれた彼女等白狼天狗はその特製故に妖怪の山の防衛の要である哨戒役に任ぜられる。

 しかし、椛はその中でも特に異質な存在だった。

 

 四念住という、世界をあるがままに観察する仏教の瞑想法がある。

 禅定の果て、明鏡止水の行きつく先、色界を超えた領域を見つめる精神修行。

 厳しく険しい、悟らんとする多くの者が敗れ、諦め、止まる、そんな艱難だ。

 

 それを犬走椛は若年にして遂げ、六神通における天眼の前段階、いわば千里先を見通す千里眼を得た。

 山に住む天狗の多くは仏の道に通じる修行を経て各々なんらかの妖力、法力の類を宿すが、幾星霜という歴史を積み重ねた大天狗でさえ六神通に至った者は指折しか居ない。

 若年である事、白狼天狗であるという事を鑑みれば椛のような例には前例が無かった。

 

 否、天の下に生まれた者は等しく仏と同じく尊くなければならないのだ。仏道を極めることに生まれなど関係ない。

 

 ただ、その域に至った彼女自身がその生まれによる階級化された社会に所属していたのは皮肉だったのかもしれない。

 

 天魔の下、徹底的な上下関係で組織を維持する天狗の社会において下っ端天狗の彼女が大天狗を上回る事などあってはいけないのだから。

 

 

「ふぁ……好い日差し」

 

 『いつも通り』哨戒の天狗として梢の上から一帯を眺望していた椛はあくびをかみ殺した。

 

 そう――――千里眼に通じた事が災いだったのか、彼女は哨戒天狗の現場責任者という任に縛りつけられる事になった。

 表向きは名誉職だが実際は辛く厳しい役目だ。白狼天狗という限られた階級内における昇任の道すら断たれたと言っても過言ではないだろう。

 しかし、それを不当な圧力だと糾弾する者はいなかった。

 

「ッと、駄目だ駄目だ。私は哨戒の要なんだから」

 

 当の椛がそれを不当だと思っていないのに、代わりにそれを糾弾する者など何処に居よう。

 

 ――――今の役目に対して特に不満があるわけではない、山を守るために修行を積んだのだから、その結果がこれならむしろ本望だ。

 

 ――――生まれついての能力を過信せず厳しい修行をやり遂げたと同僚は言うが、それは間違いだ。どこまでも愚直に、自分の出来る事だけをやった結果が偶然結実したに過ぎない。

 

 つまるところ、犬走椛は天性の走狗だったというだけ。

 不満を不満と、苦痛を苦痛と思わないその気質故に薄倖なのだということにまだ彼女は気付いていなかった。 

 

 

「……む」 

 

 椛の頭上で狼の耳がぴくんと跳ね、秋の紅葉のような赤色の瞳が細められる。

 その目はその耳はその鼻は、妖怪の山に近づく者を察知した。

 紅白の巫女でもなく、白黒の魔法使いでもない。見慣れぬ男だ――――

 

(里の修験者かな……?)

 人里に新しく出来た寺の門徒だろうか。だとしたら山伏の守護者でもある白狼天狗としては導かなければならないのだが―――

 今、妖怪の山は入山規制を敷いている。そんな折に外部の者を通す事は許されないし、彼女にその権限はない。

 前回の満月の夜、正体不明の何者かが妖怪の山へ侵入し、戦火を交えた事は天狗の面子にかけて、外部へ漏らしてはならぬという山全体の意見の一致があった。

 それは抜きにしても、その時放出されたすさまじい瘴気は大分薄まっているとはいえ人間が中たれば気が触れかねない。

 ならば、追い返すしかないだろう。

 こほん、と咳払い一つ。緩んでいた気を引き締めて、犬走椛は人間に恐れられる妖怪としての仮面を被り直した。

 

○●○●

 

 変調は唐突だった。

 移りゆく景色、眼下の荘厳な大自然に心奪われていた魁斗は、にとりの工房がある玄武の沢から随分と自分が遠ざかっている事に気付く。

 進行方向には見上げる側の首が痛むほどの標高を誇る霊峰――妖怪の山―――

 どうやら、上空を流れる気流に乗ってしまったらしい。

 

「あんま帰るのが遅れても困る、かな」

 

 気流の流れに逆らうように手元のレバーを弄る。その時だ―――

 突然、一際大きな風が吹いた。旋風に弄ばれるように魁斗は宙空をきりもみする。

 

「んなっ!」

 

 続けて甲高い異音が魁斗の耳を劈く。

 見れば遥か下方、綺麗な回転運動をしながら堕ちてゆく羽(ブレード)が一枚。

 にとりは、この羽が揚力を生み出し、飛行を可能にすると言った。幸いまだ二枚ほど羽は残っているが正常な状態に比べれば魁斗を支えていた揚力は三分の二にまで減じたということになる。

 

「くそっ、金属疲労かっ!にとりのやつ、何が河童製の特殊合金だよ」

 

 悪態をつきながらもなんとかバランスを取ろうと悪戦苦闘する。飛行が不可能だとしてもせめて滞空が出来なければ待っているのは墜落だ。落下傘無しの着地は勘弁願いたかった。

 ――――駄目だ気流に逆らえない!

 

「待て!」

 

 自分以外に何者も居ないと思っていた空で、声をかけられた。

 半ば余裕の無い状態で視線を向ければ進行方向、妖怪の山を背に宙に浮いている人影を見た。

 

「―――――――」

 

 まっしろな少女だと、思った

 白い山伏の装束に身を包み、美しい絹の様な髪をあたりまで伸ばしている。

 新緑を背景に――――毅然とした面持ちを崩さず、その真紅の双眸は鍛え上げられた鋼のように純粋で、まっすぐで。

 嗚呼、こんな非現実的な風景があるのかと―――――

 幻想の地の幻想たる所以を垣間見た気がした。

 

「止まれ人間! 

 これより先は我等天狗の領域。加え今は何者をも通さぬようにという大天狗様のお達しがある。

 いかなる修験者であろうと命が惜しいのならば今は去るのだ。輪廻からの解脱を望む事と徒に命を捨てる事は異と知れ!」

 

 明確な威圧の咆哮、これ以上ない拒絶の反応。しかし、少女の忠告に答える余裕など端から魁斗に在る筈も無かった。

 だって、

 

「止められるものならむしろ止めてくれぇぇっ!」

 

 もはや半ば懇願に近い悲鳴。

 完全に飛行装置は彼の制御の下を離れていたのだから。

 

「そも、行脚とは己の脚によって行われて初めて意味のあるもの、斯様な手段で空を渡るなど言語道だ―――って、きゃあああ!」

 

 これだけたけ声高々に脅せば無謀な人間も大人しく去るだろう、そう思っていた椛にとってもそれは完全に予想外だった。

 結果――――

 

「「わぁぁぁぁっ!」」

 

 空中衝突、二者仲良くきりもみしながらの撃墜と相成ったのであった。

 

 

○●○●

 

 土と、瑞々しい木の葉と、若干の獣の匂いが鼻孔をくすぐる中、魁斗は意識を取り戻した。

 

「生きてる……のか?」

 

 どれくらい意識を失っていたのか、ぼんやりと痛みで霞む頭を振って上半身を起こす。

 背負っていた機械はあちこちが歪んで機能を停止していた。頭上を見上げればずっと上の方で木々の梢が揺れていた。

 かなりの高度から落ちたにしては体の方はどこか骨が折れただとかそういう不具合はない。しいて言うなら首に巻いた包帯の下で未だ癒えぬ傷の痛みがぶり返しているぐらいだが、それは元々だ。

 

「上手い具合に引っかかって勢いが削がれたのか、それに地面が柔らかくて助……かった?」 

 

 それにしてはやけに温かい、というか妙な張りとか弾力があったりするわけだが――――恐る恐る視線を下にずらす。

 自分の墜落の一因(むしろ自分が彼女の墜落の原因)の真っ白な少女が目を回していた。

 しかも、かなーり不味い事に色々と誤解されそうな感じに自分の手の平が彼女の胸をわしづかみにしていた事を確認する。そりゃ柔らかいに決まっている。

 

「うぅん……ふ……ぁ」

 

 やけに艶めかしい吐息が耳と雄の本能をくすぐる。

 (いやいやいやいや!)

 少女らしい体の柔らかさを堪能している場合ではない。

 

 良かった、生きていた。などと呑気な感想を心中で抱く。

 少女の頭頂部には獣のものと思われる耳が付いているし、臀部の辺りからは白くてふさふさな尻尾が生えている。

 天狗、と少女は名乗っていた。記憶に在る鴉天狗の身体的特徴とは随分とかけ離れているが彼女は妖怪なのだろう。故にあの高度からの落下でも死に至らなかったのだろう。

 

「う……ん? あれ、私、どう……して。――――あ」

 

 流石にこの体位はマズい、と魁斗が立ち上がろうとした時だった。

 偶然にも(運悪く)、意識を取り戻した少女と視線が交差した。

 

 困惑したように揺れる少女の赤い瞳と、後ろめたさに曇る青年の黒い瞳。

 

 慌てて飛びのいて。なんとかせねば、と魁斗は頭を捻る。

 数日前の土蜘蛛の時もそうだった、己に正直に発した言葉が窮地を救った。ならば今回も――――

 

「あの、なかなかリッパなものをお持ちで……」

 

 手の平にのこる瑞々しくも張りのある感触を、思ったままに口に出した。

 (あぁぁぁ!! しまったぁ!?)

 思い出す。確かに窮地を救ったのは正直に発した言葉だったが、そもそも己を窮地に陥れたのも考えた事を素直に口に出した結果だった、と。

 

 

 状況を把握した少女の頬がみるみる羞恥に染まる。

 そして間断なく羞恥の赤は憤怒の赤に転じて―――――

 

「し、侵入者を排除します!」

 

 一閃。高木に囲まれた薄暗がりで白刃が煌めく。少女が背負っていた鞘から大振りの刃を抜き放ったのだ。

 はらり、と己の前髪が宙を舞ったのを確認して、魁斗は思った。

 

 

 (あ、今度こそ生きて帰れないかも)

 

 

 受難は続く

 

 

  




【補足】

 椛のキャラとかについて

 一説では天狗は修験道の神とか守護者とか言われてる妖怪なので、少なからず仏道に通じている存在だと解釈してここでは描写してます。とはいえ当方、仏教知識なんてさっぱりなので間違いとかけっこうあるでしょうからそこは恐いですね。千里眼=凄い、とかもかなり自己解釈はいってますし。
 まぁ、六波羅蜜なんて素直に実行している妖怪の方が珍しいという事でここは一つ(汗)
 なので割とみんな俗っぽいです。


 さて、次回は割と伏線込み込みの話なので投稿は本日24時あたりを予定しております。
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