ラクーンシティを好奇心で進む狩人様 作:さや
アリス・アバーナシーが目覚めた時、アンブレラ社の附属病院は無人になって居た。
誰も居ない。薄気味悪いほどに静まり返っている。
ハイブを出た際に聞いた、ロクデナシ共の『ハイブを開ける』という言葉を思い出す。いくら何でも奴らもそこまで間抜けでは無いだろう……という考えは早々に捨て、誰かの白衣を拝借し、無人の病院を抜け出した。
今何が起こっているのか確認しなければ。
ハイブから脱出し、気を失った時までの記憶に比べて妙に明るく鮮明に、より遠くまで見渡せるようになった己の視力でラクーンシティの通りを徘徊する。
外に出て見れば、地獄絵図が広がって居た、
あのロクデナシ共、本当にハイブを開けやがった。
視力だけではなく、その他の五感まで驚くほど良くなったようで何ブロックか離れた所まで、目に映らなくとも活動する者等の気配を探る事ができる。
凄く便利ではないか。こんな屍が歩き周り、無法地帯の地獄の権化となった今なら尚更好都合。
なんていう訳ない。
急に、目や耳が良くなればそう思うのかも知れないが、彼女は怒りしか沸いてこなかった。
アンブレラ社の連中の仕業だ。この惨状を作り出した奴等だ。絶対にロクでもない事だ。
ふつふつと苦い怒りがこみ上げてくるのだが、兎も角今は状況の把握をしなくてはならない。そしてこの街を見て回るには武器が要る。
見つけたのは無人のパトカー。相当派手な事故を起こした様で、本来の用途での使用は不可能だ。ガソリンが残って居れば、爆発物にジョブチェンジ出来るだろう。
運転席に警官の姿は無い。使えなくなった足を捨てて逃げだしたか、或いは死んだ後に起き上がり、生者を捜してさ迷いだしたかだ。
半分が押しつぶれて、本来のサイズより幾らか小さくなったパトカーからアリスはショットガンを見つけ出した。
幸な事に、弾もたっぷりと残っていた。
ふ、と妙な気配を感じ顔を上げる。
先程から、歩く屍達の位置や気配を何故か把握できていたのだが、それとは別の気配を見つけた。
そうっと姿勢を低くしパトカーの陰から、気配のする方へ向ってショットガンを構える。そして見つけた。
常人では到底把握できないような距離に、二つの人影を見た。
そして強化されたその視界は異相の者を認識する。
二つの人影のうち、片方は確かに人だ。あちこちで上がる火災の炎で、くっきりと浮き上がる重そうな白い衣装。いったいどこの宗派のお偉いさんかと思う様な祭服姿。場違いにも程がある。ラクーンシティにも教会は有るが、あんな恰好の人間見た事もない。
そもそも奇妙な被り物で、口元しか伺えない。このアメリカで、あんな顔を隠した様相では強盗と判断され銃を向けられても文句は言えまい。
問題はもう一つの影だ。
ソレを視界に入れた瞬間、形容しがたい怖気が沸き上がった。
元、アンブレラ社の特殊部隊員であり、あの地獄を煮詰めた様な地下施設を越えて来たアリスが、確かな恐怖を認識した。
歪に膨れ上がり、うねる星の光を閉じ込めた様な蒼白い、顔も何も存在しない頭部。ぼろ布と区別の付かない薄汚れた黒い布を身に纏っている。ぼろぼろの裾から覗く、汚らしい包帯を巻いた素足はまだ、人の皮膚の色をして居るが腕は青白く触手に濡れている。
静止している筈なのに、ぬらぬらと触手や頭部が揺れ、その動きに合わせ沸騰する不安が心臓を圧迫する。
あれは、なに……?
アンブレラ社のロクデナシ共のせいで真っ当な人間であるとは言えなく成ってしまっても、それでも『この世の理』の内にあり『ヒトの知覚出来る世界』に存在するアリスにはソレを理解するのは難しかった。
それでも凄まじい精神力でもって沸き上がる怖気を押し込める。
一度強く目を閉じて、意識を切り替えた。
異形の物体は隣に立つ人間へ襲い掛かる素振りはない。会話でもして居るかの様に、顔の見えない人物の口元が動いている。
足元には、ここに来るまで出会わなかった筈の歩く屍が、本物の死体と成って転がっている。
一体どうやって仕留めたのか、辺りには夥しい肉片と血のりが撒き散らされて居た。
息を殺し、パトカーの影がから歩み出る。
距離を詰めるたびに妙な気配、動く死体の腐臭とも違う、悍ましく冷え切った血の池に浸かった気分になる気配。
こんな格好でも肌寒さなんて感じなかったのに、近づくにつれ鳥肌が立つ。
ショットガンでも十分に打ち抜ける距離まで接近した瞬間、湿った音を立って悍ましい人型が動く。
半ば反射で引き金を引くが、過たず不気味な人型の頭部へ銃弾は届く。異形はその場に倒れるが、共に居たもう一人にも気づかれただろう。
あのバケモノと無関係とは思えず、銃口は下げずに声を張り上げる。
「手を上げなさい!」
何かする隙を与えない様に接近する。
当の顔の見えない人影は、怯んだ風もなく両腕を気だるげに上げて見せる。銃を抜くような素振りもなく、古風な杖を握ったままアリスの接近を大人しく待っている。
そのこの状況で異様な程の余裕を見える相手に、不審感は増す。
直ぐ目の前、ショットガンを打てば頭蓋骨を粉砕するであろう距離で向かい合う。
「あなたは何者なの……? このバケモノは一体なに?」
ちらりと足元に転がり、身動きしない物体へ目をやりすぐに相対する人物へ視線を向ける。
細かな文様が刻まれ、それで前が見えているのか疑わしい目隠しを付けた相手では睨み合う事もできない。
「貴女の害に成る様な事はしませんよ」
銃口の前で大人しく手を上げた妙な恰好の人物は肩を竦めて、落ち着き払っている。
変に気取った、かび臭い発音だが確かに英語で答える。
口元しか見えないせいでどんな顔をしているのかは分からないが、口調のせいか小馬鹿にされているような気がしないでもない。
「私達はただの狩人です」
ゆるりと黒い手袋の腕に握られたままの杖を揺らし、穏やかに言う。
確かに今すぐ敵対する様子は無いが、あまりにも不審すぎる風体に、今足元に転がる化け物と何かコミュニケーションを取って居たのは確かだ。
あのロクデナシ共と無関係だとは判断出来ない。
いや、あからさまに宗教色の強い服装で、それらしい武装もない。むしろまた別の厄介な連中かも知れない。
Tウィルスを持ちだし、莫大な財を得ようとした阿呆のせいでハイブはああ成った。純粋な利益ではなく、例えば胡散臭いカルト宗教の連中が信仰を集める為に求めたらどうだろう? 自我や記憶、人間的な理性は兎も角死者を蘇らす事が出来る。頭のおかしいカルトとしては、うってつけのパフォーマンスではないだろうか。
「……待って。私達? 他に誰か居るの?」
目の前の怪しい人物を品定めしつつ、引っ掛かった言葉をそのまま投げ返す。対面している相手に集中させ、背後から奇襲されては面白くない。のだが……アリスの異様に鋭敏成った感覚に引っ掛かるモノはない。
「ええ。その足元に転がって、貴女の生足を視姦して居る冒頭的な変態頭部も狩人で、私のツレです」
「誤解を招く言い方ぁあ!!」
「っ!?」
ショットガンを頭部……なのか分からない部位へ叩き込み、身動き無く地面に転がって居たのですっかり仕留めた気でいた。そんな物から絶叫が上がり、反射でショットガンの銃口を押し付ける。
「いいですよ! その調子です! 美女が女の子を素足で足蹴にしつつ銃を向けてるとか最高です! 続けてっ!!」
襤褸切れの様な服と呼称するにも烏滸がましい布越し、足の裏には体温と人間らしい弾力を感じるなか、目前の不審者は突然喜色満面な歓声を上げる。
「悪い! 起きるタイミングが無かった! 別にイヤラシイ気分で寝っ転がってたわけじゃないんだ! あと出来れば散弾銃は目の前の糞野郎にぶっ放して内臓を引きずり出してくれ!」
奇怪な事に、足元から上がる声は女のものでごく当たり前に意味のある言葉を喋っている。
ただ謝罪と悪態を吐くのと同調し、ぼこぼこと歪に泡立った頭部が蠢き右腕の甲から飛び出た触手がびちびちと跳ねまわっている。これを正常な人間……いや生き物と定義して良いのかは定かではない。
ただ、これまでに見たゾンビ共が辛うじて生前の記憶を残している段階、と言うのとは明らかに違う。あまりにもはっきりとそこに『個』が存在している。
そしてアリスも、『正直目の前の聖職者ぶった人間の形をしている奴』の発言の方が気色悪い。
そう思った。
苗床頭
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