TSおねショタ隻狼伝説   作:豚ゴリラ

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二次創作初挑戦にあたっての試金石です
作者が調子に乗ったら続きますよたぶん



2021/02/23:修正


逆行

「……………」

 

 

カッ、カッ、カッ。

深々と雪が降り積もる荒れた寺に、無粋極まる硬質な音が高らかに響いた。

空には月が昇り始めているというのに、その男は蝋燭の火を頼りに何事かの作業に没頭している。

 

カッ、カッ、カッ。

響く音とは削る音。

抉るモノとは木の塊。

 

男は薄暗い視界にあっても危なげなく、淡々とノミを振るっていた。

幾時間もかけ、面白くもないだろうに飽きずに突き立て続けられるノミ。

只管無遠慮に、薄汚れた寺の床に木屑を振り撒く。

男は常と同じようにクスノキを睨みつけ、己の心が表すままに姿を整えていく。

 

少しずつ、少しずつ。

丁寧に、しかし強引に。

粗野ではあるが、どこか真摯に。

どこか敬虔ささえも感じるほどに思いの丈を込めて、粛々と専心する。

 

ただその行為にしか気が回っていないのか、男の身なりは随分と薄汚れていた。

ボサボサの頭髪を後ろに纏め、顎髭を無精に生やす姿を見て、誰が彼のことを類稀なる強者と見抜くことができようか。

常に退廃的な空気を纏うことも相まり、さながら"世捨て人"のようにしか見えぬ。

或いは"世に捨てられた"のか。

 

この男に名はない。

ただ、"狼"と呼ばれていた。

 

 

「…………」

 

 

ムスッとした無愛想な男は、たった今出来上がった木像を睨みつけた。

いや、眉間に皺が寄っているせいでそう見えているだけかもしれないが――ともかく、木像を見た。

 

 

「……また、"鬼仏"か」

 

 

その声に覇気はない。

ただいつもと同じ事実を確認するだけの自然さで、この"仏"――いいや、"鬼"の姿を言い表す。

あまりにも感情が乗せられたその姿を見れば、誰しもが感嘆のため息を漏らすことだろう。

 

しかし忘れてはならない。

本来ならば"仏"とは優しい顔をしている筈――正しくは、優しい顔をしていなければならない。

だというのに、狼が彫る仏は常に怒り顔だ。

 

チラリと寺の隅に置かれた"仏"の姿を見やる。

それは優美で、慈愛に満ちた優しい表情をしていた。男の手の内にあるモノとは違って。

 

 

「まだ、遠い」

 

 

……己は何時になればあのような姿を彫れるようになるのか。そう考えない日はない。

己の恩人もあの姿を目指していたが、終ぞ至ることはなかった。

そして、今の己もまた同じ道を歩んでいる。

 

いずれは、と夢想する。けれど最近の狼にはそれを為せるという自信が無くなりつつあった。

もう数え切れない程に太陽と月が交代しているにも関わらず、手の内にある仏は微塵も表情を変えない――どころか、益々怒りを強めているようにすら見える。

 

 

「…………」

 

 

それは何故か。問われればすぐに思い出せる理由が幾つもあった。

 

単純に自身の心を鎮める限界に突き当たったこと。

日の本を包む戦火は未だ燃え盛り、降り積もり続ける怨嗟が狼を焦がすこと。

 

 

そして、身に潜む"毒"。

 

それは何も、文字通りの意味ではない。

狼は忍びである。忍びであるが故にこそ、多様な任務に挑む中で、あるいは日常にあっても毒を盛られることは避けられない。

それは単純に殺めることを目的としていたり、弱らせることであったり、情報を吐かせるための拷問かもしれない。

だからこそ如何な毒物にも耐えられるよう修練を(こな)した。

それこそ"噛み締め"のような秘薬でも無ければ、熟達の忍びである狼を殺めることなどできない。

 

故に、正しくは物質ではなく無形のモノ。

決して物質などという陳腐なものではない。けれどだからこそ、百戦錬磨の忍びを蝕むのだ。

それは"後悔"という、緩やかに精神を腐らせる猛毒であった。

 

忍びだった己が何を、と一人自嘲する。

表には微塵も現れぬが、なんとも愚かと腹を抱えて転げ回りたくなる。

 

数多の命を斬り捨てた果てに過去を悔いるなど――彼等だけではなく、嘗ての主にも申し訳が立たない。

 

 

「…………」

 

 

カッ、カッ、カッ。

しっかりと両足で固定された新たな"(材木)"にノミを振るう。

薄暗い中迷いなく、寸分の狙い違わず抉り抜いた。

 

あいも変わらず"優しい顔"には彫れない。が、少なくとも……専心している内には過去の因果に悩むことはない。

目的を取り違えているようではあるが、しかし狼にとってそれは救いなのだ。

毒の巡りを遅らせるという意味で、この作業はこの上なく役に立っている。

 

だからこそ今日も、明日も、その次の日も。常に変わらず仏を彫る。

優しい顔が彫れるまで、幾年月を掛けてでも。

 

時折知古の薬師の女性(エマ)が訪れるという非日常はあれども、狼はその大半の時間を全く同じ行動で過ごす。

 

 

「………怒り顔か」

 

 

蝋燭が照らす仏の顔は、やはり怒っていた。

 

甘く腐っていく日々は不変のモノ。

両界曼荼羅(世の理)がそう示したが如く。決して乱されぬし、乱してはならぬ。

 

 

 

――筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……む」

 

 

がちゃりがちゃりと、手の内で金属の奏でる悲鳴が嘶いた。

狼は唐突に現れた感触に目を瞠る。

ノミを握っていたはずの右手が重い。

どういう訳か数え切れぬほどの刀を抱えているらしく――

 

 

「……どういう事だ、これは」

 

 

――否。()()()抱えあげていた。

失われたはずの左手で、しっかりと力を込め握り込んでいる。有り得ぬ光景を目にし、驚きのあまりに喉がひきつった。

 

唐突に場面が切り替わった視界。香る血煙。

薄暗い堂と蝋燭の明かりはどこぞへ消え失せ、代わりに砂埃と堕ちていく太陽の光が網膜を蹂躙する。

 

鞘を掴む握りこぶしにギュッと力を込めると、硬い木の感触が掌を押し返してきた。

右手と――あの日、あの平原で。敗れ、勇ましき若武者(葦名弦一郎)に斬り落とされたはずの左手に。

 

失せたモノがしっかりと有るべき場所に収まっていることの、なんと恐ろしきことか。

腐るか、燃やし尽くされるだけの二択しかなかった。そんな自分に全く別の道が提示されていることの、なんと不可思議なことか。

……狼の胸の内をどう言い表せば良いのか、てんで見当がつかない。

 

――が、しかし。今はそれを考えるべきではない。

思考を費やすべきは別にある。

 

 

「ここは」

 

 

腰を落とし、両足を広げ、周囲を見渡す。

 

 

――狼は"忍び"である。

あるいは、"忍び"で()()()

 

常に危機に晒され、不測の事態に飛び込む羽目になることは珍しくもなかった。

だからこそ、これ以上狼狽えてはならないと理解している。

迷えば迷うほど死が近づく。それを()()()()知っているからこそ、困惑の一切を押し潰した。

 

まず、前を見た。

数多の兵士が倒れ伏し、夥しい流出により血の河を築いている。

彼等は一様に武装し、ちょうど手の内にある刀達と同種のものを握り締めていた。

 

左を見る。

彼方にある人里まで兵士の屍は続いており、さながら道標のように存在を誇張している。

 

匂いを嗅ぐ。

悍ましい濃度の血臭が香る。

匂い立つそれはどこか腐っているようで、戦が終わってからそれなりの時が過ぎている事が分かる。

肌に接する温度からして今は夏。このように打ち捨てられていては――ああ。それは腐る。

 

実に哀れだ。

しかし、己は――()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「………」

 

 

――つまるところ狼は、戦場の跡地にいた。

彼が立つ場所は数多の男達の血が染み込んだ土の上。

抱えた刀は彼らの墓標。

 

背負子の籠に手持ちの刀を放り込む。

先程よりもずっと小さくなった体ではあるが、しかし危うげのない身体操作によってなめらかに駆動する。

それも当然だ。

確かに、遥かな過去の出来事だが、自分は何年もそうやって生計を立てていた。

飢えた獣のように、道徳という概念をかなぐり捨てて畜生のように。

あの日、あの時――義父に出会うまではずっと。

 

 

「……黄昏時」

 

 

淡い黄色が瞳を焦がし、堪らず視線を地面に落とした。

あの時、あの大きな体を音もなく揺らし、己を見下したのもこのような空だったな、と思い出す。

 

黄色の空、夕暮れの空、朝と夜の境界の空。

人と魔が交わる逢魔ヶ時。

 

"確かに、そうでありました"と、口の中で小さく呟く。

ただの人間と、人の形をした魔性を繋げてくれたのだから疑いようもない。

 

けれどそれもまた御仏の導きか。

"狼"という男の歴史は、その時から始まったのだ。

 

 

「……ふむ」

 

 

――ぬっ、と。

俯いていた狼の瞳に大きな足が映る。

やけに見覚えのある衣服に、舞い散る"梟"の羽根。

 

無造作に見えてその実効率的な足運び。

その靭やかさを、狼は覚えていた。

 

彼こそは大忍び、梟。

誰にも知られぬ(おきな)は、いつかのように狼を見下ろしていた。

 

 

「……野良犬が、心すら亡くしたか」

 

 

狼にとって懐かしい言葉だった。

胸中を淡い懐古の念が満たし、腐りかけの精神に風を吹き込む。

 

記憶にある通りだ。全く同じ佇まいの男は、きっと任務帰りなのだろう。記憶と違わず返り血で裾にシミを作り、大振りの刀を握り締めている。

そして過去の記憶と同じように、刀の切っ先を俯く狼に突きつけ――

 

――つつつ、と眉の横を刃が滑る。

 

刀の先三寸。もっとも()()()()()部位を誇示するように翳し、圧倒的強者の目線で以て見下した。

あとほんの少し力を込めるだけで、狼は容易く命を奪われてしまうだろう。

たとえ、それが幼き子供だとしても躊躇うことはない。

そこに何某かの理由さえあるのであれば彼は間違いなくそうする。

そういう男であると、狼は誰よりも知っているつもりだ。

 

 

「ほう」

 

 

だからこそ、再び刃を掴んだ。

 

手の皮がぷつりと裂けて血が溢れる。

蟀谷からたらりと伝う血が瞳に入り込むが、迷わず梟を見上げた。

 

目の前の男は事実傑物である。その心胆も、眼力も、正しくそれに見合うほどに優れたそれだ。

あの日、あの時。

今と同じような状況。

 

この自分を拾ったこの男ならば、きっと――何度目だろうと、己を拾う。

間違いない。

狼は事実、誰よりも男を――"義父"を信じている。

今この瞬間が夢現の幻だろうが、御仏が為す奇跡だろうが関係ない。

ただ、そういう存在だと確信していた。

 

 

「……狼。飢えた――しかし、志を持つ狼か。面白い……共に来るか」

 

 

ゆっくり、大きく頷く。

自分が彼をそういう男だと信じているように、目の前の大忍びも狼が共に来ることを確信していた。

己の中の何かが囁く。

こいつはきっと自分の願いを叶える一助になるだろう。

 

つまり――目の前のちっぽけな子供は、間違いなく掘り出し物だ。

大きく化ける。

何よりもその"瞳"。実に良い。

 

仄暗く、しかし強く輝いている。

燃えているようであり、その実何よりも冷たい。

……とても、良い。

 

 

「く」

 

 

匂い立つ。

大忍びとして培った"勝利"への道を嗅ぎ分ける"鼻"。それが嗅ぎ分けた可能性。

 

――だからこそ梟は、己の感覚の訴えに従った。

 

 

「………っ」

 

「ゆくぞ」

 

「………」

 

 

俵のように肩に抱え上げる。

既に無用の長物となった身の丈に合わぬ刀と背負子を放り捨てさせ、片手で狼の体を固定した。

この軽さであれば、拠点まで止まらず走り抜いたところで大した負担にはならないだろうと地面を蹴り抜く。

 

とっとっとっ。

 

屍と血を踏み付けぬよう僅かに浮かぶ足場を頼りに跳ね回る。

熟達の忍びとしての機動力は、目にするものがあれば魅了されるほどに軽やかだ。

これも長年の修練によって練り上げた体幹あってこそ。

凡百の忍びであればこうもいくまい。

それこそ、子供がこのように振り回されてしまえば忽ち気を失うに違いないだろう。

 

 

――筈だったが。この子供は気を揺らがさず、梟に合わせて滑らかに体重移動を熟している。

恐ろしく練り上げられた体幹だ。

数えで十にも満たぬだろうに、その練度は既に侍大将にすら迫るやもしれぬ。

梟は内心で舌を巻いた。

 

……とはいえ子供は子供。

上背はなく、膂力もない。

如何な才を備えているとはいえ、師によって十全な修練を施さねばなるまい。

そうでなくば芽吹くものも芽吹かない。

 

大忍び梟はひとり頷くと、拠点への迅速なる移動を続けた。

 

 

「……しかし……」

 

「……?」

 

「……いいや。詮無きことよ」

 

 

このような()()が放つにしては、やけに練り上げられた剣気だ。

これならば、或いは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梟……あんた、子犬でも拾う趣味があったのかい?」

 

「……さてな」

 

「………」

 

 

梟達忍び衆が拠点とするが故に、些か辺鄙な地理(山岳の只中)に建っている武家屋敷。

戦火の中にあって尚、雄壮。

絢爛ではないが、しかし雅な気品を放っている。

 

そんな屋敷の内部、大広間には休息を取る忍び達の姿と、頭目に近い立ち位置の大忍び達があった。

大忍び梟はその巨体をどこか所在なさげに揺らし、お蝶はそんな彼を冷ややかな眼差しで見つめている。

 

 

「いやさ、まさか幼女を拾ってくるなんてねえ……人は見かけによらないものさね」

 

「………」

 

 

遠巻きに眺める忍び達は内心で同意した。

無論口には出さない。出さないが、梟という大忍びがそういった行動を取ることを一切想像できない。

彼は忍びの模範とも言える人物であり、だからこそ「ありえない」と思ってしまう。

 

惨めな子供に同情したか?

こんな戦時の中で拾い物をするほど余裕があるのか?

いいや、あり得るはずがないだろう。

己達は国盗り戦の真っ只中。

そんな余裕なぞどこにもない。

 

にもかかわらずこのような小さな娘っ子を拾ってくるなど……一体どういった風の吹き回しか。

 

 

「………」

 

 

周りを取り巻く忍び達の好奇の視線に晒される中、狼は無愛想な顔で黙り込んでいた。

幼いが故に眉間のシワがあったところで怖さといったものとは無縁だが、やはりその来歴からか妙な"凄み"というものが滲み出ている。

そんな彼――否、()()は表面上はともかく、内心ではそれなりに困惑していた。

安全地帯に到達したことで思考を回す余裕が生まれ、困惑するだけの(いとま)もあるからだ。

 

考えるべきは現状。あまりにもおかしすぎる。

過去に逆行したというのは、まあ百歩譲って良しとしよう。

この世にあって、不可思議な出来事というのは飽きるほどに転がっている。

不死(死なず)を殺したことも、幻影の世界に潜ったことも、鬼を斬ったことさえあるのだから今更の事だ。

だから……まあ、いいだろう。

単純に過去の世界に移動しただけならば、狼にも経験したことがある。

あの時は守り鈴を楔とし、御仏の導きで過去の世界線に移動したのだったか。

 

今回、鈴を仏に供えた記憶はない。ないが……しかし。

何かしらの意味はある筈だ。きっとそれを探せば、何故このような世界に至ったかも分かる。

 

 

――が、それはそれとして。

 

何よりも深い困惑の原因は別にある。

それはそう、自身の肉体の変化。

同時にこれこそが守り鈴による逆行とは考えられない最たる理由でもある。

 

……と、いうのも。守り鈴によって過去の平田屋敷に移動した際にも、"狼"は変わらず"狼"だった。

未来にて斬り落とされた左腕はそのまま失せ、代わりに鎮座する忍義手こそが敵を穿つ牙であり、過去には持ち得ていなかった"瓢箪"も腰に下げられたまま。

まるで未来の狼が過去の位相の狼にそのまま挿げ替わったような――実に奇っ怪な体験だった。

"御仏の導き"と云うモノがかくも人智を超えたものだったとは……正に驚天動地という他無い。

 

それと比べて今回はどうか。

狼は未来にて為すべきを為した忍の"狼"ではなく――過去の自分自身で、尚且性別さえ変生し小さな娘になった。奇っ怪な体験と言うにも程があるだろうに。

これでは益々眉間のシワが深くなるというもの。

しかし、だ。決して己は悪くない。悪いのは神仏なのだ、間違いない。絶対にだ。

狼は深く確信している。

 

 

「さぁて……それじゃあ今後の話を詰めようか……ねぇ?倅殿」

 

「……は」

 

 

なにはともあれ、過ぎた事に繰り言を言った所でどうしようもない。

無論先の指針を定める必要もある。

あるが、まずは……視線の高さを合わせてくれた嘗ての師(まぼろしお蝶)を見つめた。

 

過去に戻ったというのなら、戻れたのなら――それを利用しない手はない。

前回よりも、もっとより上手く立ち回る。

どんな異端であっても、どんな異形であっても、主の為に尽くを活用させてもらおう。

 

 

 

 

 





せがれ 0 【▼倅/▼悴】

(1)自分の息子のことをへりくだっていう語。
「うちの―がご厄介になっています」

(2)子供や年の若い者をぞんざいにいう語。
「酒屋の―」「小―」

〔古くは(1)(2) とも女子にもいった〕
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