TSおねショタ隻狼伝説   作:豚ゴリラ

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PS.感想と誤字報告、ありがたく拝見しております。
これらを励みに今後も精進致しますので、どうぞお気軽に様々な言葉をお掛けください。




断固たる祈り

拝刀を終え、次の日の早朝。

太陽は未だ中天に程遠く、朝霜がきらきらと輝いている。

この日の本を優しく照らしつける加護の中、九郎は気分良さげに瞳を細めた。

 

縁側に座り、美しく整えられた庭園を眺める。これのなんと贅沢な事か。

この日課を経て、ようやく一日の始まりだと実感できる。

 

視線を宙に遊ばせれば、我先にと飛び込んでくる四季折々の植生。優雅に流れる砂利の川。

葦名でも指折りの庭師が施した装飾は雅で、屋敷の構造さえも計算し採り入れられた景観は凄まじい完成度を誇っている。

そこに小鳥たちが軽やかな囀りで彩りを加え、さながら一つの芸術品のように魂を揺さぶるのだ。

九郎はいつもいつも飽きずに眺めていられるほど、この景色を深く愛していた。

 

しかしそれをじっと眺めるような余裕を持つものは、正直そう多くない。

 

平田氏は庶家であり、本流程でないにせよ力ある家だ。

だからこそ使用人を多く抱えており、必然活動開始時間が早いものが多い。

けれど……その使用人達の中でこの早朝に時間が余っているものなど、いる筈が無かった。

 

……九郎にとって、この景色を楽しむのはいつも自分ひとりだけ。

この心を優しく照らす光景を誰とも共有できない、寂しい時間。

 

決して不満があるわけではない。

けれど、胸の内が満たされないのもまた事実だ。

 

――いいや、そう()()()

 

 

「ふふっ」

 

 

しかし今日はどうしたことか。

九郎は溢れる笑みを堪えることが出来なかった。

久しく現れることがなかった"これ"がなんとも懐かしい。

けれど――ああ、悪い気分ではない。むしろ良い気分だ!

 

思わず鼻歌でも歌いたくなるほど良い機嫌のまま、背後の立役者に視線を送る。

 

 

「…………」

 

 

"それ"は後方で跪いたままの忍びであった。

 

無愛想な表情のまま周囲に聞き耳を立て、主に害為すものが居ないか探りを入れる姿は真剣そのもの。

ほんの僅かな綻びすらない。寸分の狂いなく、徹頭徹尾九郎の為に行動していた。

 

彼女はずっと九郎を護衛してくれている――ずっと傍に居続けてくれる。

 

きっと彼女自身にその意図はない。気を張り詰め、ただこの身に迫るやもしれぬ危険を警戒しているだけだ。

 

――しかし、だからこそ。それ故に九郎の孤独は癒やされた。

心を凍てつかせるような焦燥が途端に静まっていく。

きっとこの身に迫る危険の尽くを斬り伏せてくれるのだろうと思えてしまう。

 

 

「………?」

 

 

……けれども。

それは……それは何故、なのだろうか。

何故己はこれほどまでに彼女を信頼しているのか?

一度自分自身に問いかけてみるが、答えは何も返ってこない。

 

彼女をちらりと眺めてみれば、常に眉間に皺を寄せている(怒り顔にも見える)

いくら見目が優れているとはいえ。普通なら孤独を癒やされるどころか、むしろ怖じ気で体が固まりそうなものなのに――けれど、不思議と恐怖の類を感じることは一度もなかった。

 

九郎としても不可解な感覚だったが、どうにも憎めない。何故か"それでこそ"とも思えてしまう。

 

何処かから滲み出している忠誠の現れ故か、はたまた()()()()()()()()()()()()ような"既視感"故か。

 

ともかく、彼女が傍にいると……自身でも訳が分からないが、心地よい安心感が胸中を満たすのだ。

どこかもどかしく、ほんのりと暖かく魂を焦がす。

 

これを形容する術は九郎の知識の中には存在しない。

探せど探せど、指の間をすり抜けることさえも無い。

しかして確かに存在する()()()

何と表すべきか。何を表すべきか。これは、そう――

 

 

「……御子様」

 

「んん……!?な、何だ?」

 

 

――狼の声を受けて思考を中断する。

あまりにもゆっくりと流れる時間のせいか、すっかりと気が抜けていたようだ。

いけない、しっかりせねばと頭を振った。

 

今の己は平田の庇護を受けている身。竜胤の御子を守るための布陣を整えられていても、だからといって一切の危険が無いとは言えないのだ。

常に気を張るべきとは思うべきではないにしても、だからといって腑抜けていい理由にはならない。

 

 

「……朝餉の、時間のようです」

 

「そ、そうか……分かった。向かうことにする」

 

「御意」

 

 

声音そのものは高く澄み、とても美しい。

けれど本人の"凄み"故にか、このやり取りだけでも謎の重みが主張していた。

声も見目も優れていても、その在り方一つでこうも色を変える。人間とはまるで、空のように自由なのだなあ。

何度でも思うが、やはり不思議な気分だ。

 

 

――それはそれとして。

 

目の前の景色を楽しんでいても、思考を巡らせていても。やはり腹の中で騒ぐ腹の虫を無視することは出来ない。

重い声の余韻が耳の中に残っていることを実感しつつ、配膳が始まる前に広間へ向かうことにした。

 

この時間であれば丁度奥方が席に着く頃合いだろうか。

それに合わせて子息と息女が広間へ移動し――ああ、これはいけない。少しばかり遅れたかもしれぬ。

きっとあの人達は気にしないだろうが、焦りから少しだけ歩調を速める。

 

なんせ平田の家では家人と九郎が一面に会して食事する事になっていた。

別にそういう決まりがあるわけではないが、この家に上手く溶け込めるようにと当主が取り計らってくれたのだ。それを無下にする訳にも行かない。

 

 

「……っ?」

 

 

――と、そこで背後から一切の音が届かない事に気付く。

 

まさか迷子になったのか?

脳裏を一瞬で駆け抜ける不安が九郎を襲う。

 

いやまさか。流石にあり得ないだろう――。

そう否定しながらも、思わず背後へ振り向いた。

 

 

「ああ、流石にそれは無かったか……」

 

「………?」

 

「いや、なんでも無い」

 

 

三歩後ろを歩く狼は、自然体のまま――しかしひと欠片も警戒を解いていない。絶えず周囲に意識を割き、些細な異常も見逃さぬ気迫が溢れている。

失礼にも不安を勝手に感じてしまった自分がとても恥ずかしい。

 

彼女は正しく勤勉なる者だ。そこに疑いようがないことは、出会ったばかりの九郎にもよく分かった。

腰に佩いた楔丸も、どこか誇らしげに輝いている。

 

……けれども。

そのように物々しく身構えているにも関わらず、その気配は希薄極まりない。

 

"まるで人の姿をした陽炎だ"、と。九郎は内心でそう言い表す。

幼さ故の足りぬ知識から捻り出した例えだが……うむ!これ以上無くしっくりくる。

九郎は自分の語彙を自賛した。実に賢い。

 

なんせ彼女から届く音はなく、気配すらない。

予め"居る"と知らなければ、きっとその場にいることさえ忘れてしまうに違いない。

それ程までに凄まじい存在が目の前の女性なのだ。

 

 

――これこそが隠れ忍び、耐えるものなのか。

 

口腔の中で音もなく転がし、彼女らという存在に惜しみない敬意を送る。

九郎とてその存在を知ってはいたが、こうしてその業の片鱗を見てしまうと感嘆の意を禁じえない。

 

 

と。そこまで考えてピタリと足を止めた。

 

 

「む……遅かったか……」

 

 

辿り着いたのは、普段食事の際に訪れる居間だ。

開かれた襖の向こうには既に用意された座布団と、五つのお膳が綺麗に整列していた。

御当主と奥方、ご子息とご息女。上座と下座に分かれて席に着いており、最後に九郎を待っていた状況らしい。

しょんぼりと肩を落としながら、九郎もまた用意された席に向かう。

 

 

「……影より、お守りしております」

 

「うむ」

 

 

――狼はそんな九郎の背に言葉一つを残し、するりと姿を晦ませる。

 

影を踏み空を駆け、誰の視界にも留まらずに向かうは天井裏。

過去にして未来であれば"忍び義手"があり、いとも容易く鉤縄で移動する事が出来たのだが――今、そんな便利なものなどない。

これまで培った身体機能と身体操作の術を用いて、音もなく闇に紛れた。

 

"あれ"は忍びの牙として考えれば一級品……否、それすらも飛び越えた逸品だ。

あの義手があればこのような隠密のみでなく、あらゆる場面で活躍するに違いない。

きっとこの先々に待ち受ける苦難も、いくらかは楽に乗り越えられるのだろう。

 

例え相手が"鬼"だろうとも関係なく、問答無用と言わんばかりに突き立てられた牙。

あの無骨な重みがなんとも懐かしいものだ。

 

だから、そう。

 

ほんの少しだけ。

ほんの少しだけ、残念だ。

 

 

「…………」

 

 

……すぅ、と。雑念と共に呼気を吐き出した。

しかして流れる音は実に微細。

 

ほんの少しの衣擦れの振動をも限りなく押し殺し、集中を新たにし任務を継続する。

用いるのは音と僅かな視界。

それのみを(よすが)に九郎を見守り、有事の際にはこの天井裏から害意を排するのだ。

 

これを他の者が聞けば正気を疑うのかもしれない。

本当に大丈夫なのか?と。

 

……ああいや。"かも"ではなく、実際に疑われた。

寄鷹衆として活動していた頃にはよく投げかけられた疑問だ。

大いに掠れた記憶の中で、確かに多くの人間が口々に呟いている。

 

しかしそれは素人や市井の者の考えに過ぎず、侍や忍び衆であれば迷いなく"是"という。

"熟達の忍び"がその程度を熟せずしてなんとするのだ――という、一つの信頼の形だ。

 

初動が遅れる?

危機を見逃す?

狼自身が先に処理されるかもしれない?

 

いいや。そのような事、あり得るはずもなし。

最早あらゆる危機は想定済みで対策済みだ。

 

万敵を寄せ付けぬ策を練り、あらゆる害虫を処分する仕掛けを施し、主が生存する為の最善の道を整えた。

それは道具であり、罠であり、立ち回りである。

 

 

「"あらゆる状況や物体、因果を利用し尽くす"……」

 

 

いつかの日。寄鷹衆の一人が漏らした言文であり、狼もまたそれに深く同調した。

なるほど、それは正しく有効だ。ならば取り入れよう、と。

 

故にこそだ。

この行動はすべて"完璧"なものであると、狼は自信を持って断言できる。

"食事の際、僅かにでもすぐ傍を離れる時間"……その危険性は余さず摘出した後なのだから。

今更、どうあっても障害になどなりはしない。

 

 

「………必ず、お守り致します」

 

 

全ては、あの忌まわしき結末から逃れる為に。

狼の決心は堅く。そして、重い。

 

……そのためにも、動き続ける必要がある。

今ではなく未来のため。

狼は意識を張り巡らせたまま、次に為すべきを見つめ直した。

やがて訪れる苦難を乗り越える――或いは迂回する道。

未だ舗装などされていない不完全なものだが……多少の無理は、押し通す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?野盗共がこの平田を狙っていると?」

 

「は」

 

 

昼。書斎にて。

平田家当主とその付き人の視線の先、狼は跪いたままの姿勢で首肯を返す。

語る言の葉は単純明快。

 

"近隣の野盗が襲撃の機を伺っている"。

 

狼の重い声音からも重要性を感じ取った当主は、真剣味を帯びた表情で続きを促した。

 

 

規模は?

五十人。

位置は?

西へ一里ほど。*1

武装は?

重装の兵士多数。太郎兵や、類稀な程の猛者も確認。

 

 

当主が欲するままに脳髄から記録を引き出し、限りなく明快に整えた仔細を余さず伝えた。

 

 

「うむ……なるほど、相わかった。狼よ、感謝するぞ」

 

「……は」

 

「……そうだな……そうすると……」

 

「………」

 

 

伏せた顔の下、ゆるやかに、しかし絶え間なく思考を回す。

これで当主も兵を動かし、野盗共も忽ち屍の山に変化するに違いない。

狼としては、この成果を得ただけでも十分とも感じる。

平田の兵は老いて尚皆精強だ。数では劣ろうとも、不意を打たれぬ限り負けなど無い。

 

……しかし、そこで思考を止めてはならない。

これは布石なのだ。

より良い結末を得るために先手を取り、主の幸福を祈った真摯なる行動。

そのために考察を続けろ、と。狼は自分自身を強く戒めた。

 

これが果たして十全なのか?

新たな危機は芽生えぬと?

もしこれでこちらの兵が減ったとして、この先支障はないのか?

 

否である。

()()()()()()()()平田屋敷への襲撃が――義父が為す謀反の道が閉ざされる?

あの男が野盗を――"隠れ蓑"を失った程度で野望を諦めるとでも?

ほんの僅かにでも綻びが生まれたとして、そこを見逃すのか?

 

阿呆を抜かすな!

間違いなく、彼は止まらない。

次から次へと計算を重ね、如何な手段を用いてでも盲目的に前を見据える。

狼はそういった確信を――或いは、ある種の信頼と呼べるものを抱いていた。

 

傷つき、老いさばらえようと、地を這い蹲ってでも決して諦めない。

そこに宿る意思は漆黒であれど、だからこそ強靭極まりないのだ。

日の本を飲み込もうとした大忍びとはそういう男だった。

 

狼は義父の半生を知らない。何を感じ、何を思ったのか分からない。

身を切り裂く深い苦悶があったに違いないのだろう。

 

 

――しかし、()()()()()

その程度この事、狼の道には関係ない。

立ちはだかるのならば、迷いなく斬る。

その覚悟はとうの昔に終えているのだから。

 

 

「……御当主。私に、いい考えがあります……」

 

「ほお、そうか!どれ、聞かせてみせよ」

 

「は。それは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――といった、次第でございまする」

 

「む、むむ……!」

 

 

夕暮れ時。或いは逢魔ヶ刻。

人の世と黄泉(よもつ)の地が交わる空にあっても、やはり狼の在り方は揺らがさない。

自室に籠もり書物を嗜んでいた九郎は、相談もなく姿を隠していた目の前の忍びになんと言えば良いのか……筆舌に尽くしがたい心を浮かばせる。

 

昼から夕暮れにかけて姿が見えず、聞けば任務のために出立したという。

狼が不在の間に九郎の護衛を任された老剣士(野上玄斎)は、カラカラと笑いながら九郎に告げた。

それを聞いた彼の内心は……ああ、一言で表すことは不可能だろう。

 

まず、主を頂いた直後に何故そうも動くのか、とか。

せめて伺いを立てろ、とか。

いくら剣客として優れていようと単独行動は如何なものか、とか。

 

言いたいことは腐るほどにある。

 

 

だが何よりも――!

 

 

「せめて……気配を殺して背後に跪くのはやめて欲しい……。妖の類が現れたのかと肝が冷えたぞ」

 

「御意」

 

 

果たして本当に分かっているのだろうか?

狼をじっとりと睨みつけるが、その表情は微塵も動かない。

 

 

「……野上殿には、御身を守る為に絡繰りを預けておりましたが……何事も、ありませんでしたか」

 

「あ、ああ……実に平和そのものだったぞ」

 

「……承知」

 

 

その成果を受け満足げに頷き――いや、表情は欠片も動いていない。果たして本当に満足しているのだろうか?整った(かんばせ)が浮かべる表情は相も変わらず無愛想。

一体そなたは何を感じている?何を考えている?

せめて、少しだけでも表情の種類を増やして欲しい。

九郎は切にそう願った。

 

………ともかく、成果を確認した狼はひとり頷く。

 

無論、これは想定通り。

必要だからといって無防備に九郎の傍を離れる訳がない。

前もって情報を集め、兆しが無いことを確認したのは当然の事。その上に狼は平田屋敷の至る所に一晩かけて改造を施し――無論許可はとってある――、いざという時には平田の者達にも活用できるよう手引を残していた。

 

――というのも……先立っての戦の影響は未だ色濃く、若い侍の多くが命を落とした事実が大きい。

 

平田に残ったのは第一線を退いた剣士達。

そんな彼等しか居ない状況にあっても十全に警備を全うできるように、と。狼は入念に策を練り、隙の無い布陣を作り上げた。

 

 

「故に、御子様の守護は、万全の物で御座います……」

 

「いや、そういう問題ではないと思うぞ……」

 

 

万が一、億が一に襲撃を受けたとしても――少なくとも狼が帰還するための僅かな時間、それを余裕を持って持ち堪えられるように策を練った。

だから問題ないというのが狼の主張である。

 

――しかし九郎が言いたいのはそういった事ではない。

きっとこれは何度でも繰り返すことになるのだろうなあ、と。奇妙な確信を抱きつつ、ゆっくりと言葉を投げかけた。

 

 

「私は、来て早々にそなたが働き詰めで……そう、心配なのだ」

 

「………は……?」

 

「うぅーむ……いや、職務に熱心なのは良いことだ。良いことだが……しかし、夜は屋敷の改造と私の護衛で、朝も護衛、昼と夕に一里を駆け野盗を打倒。そしてこれからは屋敷へ更に細工を加えるという。いくらなんでも……重労働過ぎではないか?」

 

「……いえ、私は"忍び"でありまする。これが、私の為すべきこと」

 

 

うむむと唸る。

九郎はどうしたものか、と天を仰いだ。

ああいや、別にその在り方を嫌っているわけではない。一切の妥協なく防備を整えてくれたことは、むしろこれ以上無く感謝している。

 

けれど、それはそれとして――寝る時間さえ用意していないのはやりすぎだ。

 

今は戦時ではなく、治安がすこぶる悪い訳でもない。

ならばこそだ。手を抜かず、気も抜かず。けれどこの平和な日々の一欠片だけでも感じて欲しい――と、そう思うことは罪なのだろうか?

 

九郎は何も、緩く気を抜けなどと言っているのではない。

 

ただ、噛み締めてほしいのだ。

人というのは、やはり走り続けるだけでは疲れてしまう。

次第に呼気は衰え、活力とて失われる。

 

だからこそ――僅かでも良い。

呼吸を整えるだけでも良いから、少しでも(いとま)を大事にして欲しい、と。そう想う事は間違いではない筈だ。きっと、御仏も優しく許してくださるに違いない。

 

 

「狼よ。何もそう、性急に事を運ばずともよいのではないか?」

 

「…………」

 

「この平田屋敷の周辺は治安が良い。時折野盗は現れど、その尽くが烏合の衆だ」

 

「……は」

 

「もし仮に他の脅威が現れたとしても、十全のそなたならば問題ない筈……。 ……そう、だから―――」

 

「………。 ……善処、致します」

 

 

――しかし、そのような妥協など許せる筈がなかった。

 

表では前向きに捉えたように嘯いても、狼の内心は寸分たりとも揺らいでいない。

 

……無論、これに何も感じない訳ではない。

九郎が嬉しそうに顔を綻ばせる様を見て、胸の何処かが痛んだように思う。

 

けれど、そこ止まりだ。

 

それ以上を思ってはならない。

跪いた姿勢のまま、狼は懐にある"帰り仏"を握り締める。

 

もしも。もしその忠告を受け入れて、いくらか呼吸を整えるとしよう。

 

だが……それこそが僅かな綻びだ。

それが例え些細極まりないものであっても、それが致命的な"穴"にならないなど……どうして言える?

そのせいで主を失ってしまえばどうする?

 

 

「…………」

 

 

そんな未来、許せる筈がない。

断じて、断じて認められない。

こうして想像するだけで、ただそれのみで胸の奥がガリガリと削られる。

 

 

……だからこそ、この忠告を跳ね除けるのだ。

音に出さず、謝罪の言葉を口の中で転がした。

 

 

 

全ては主を竜胤の呪縛から解き放つ為に。

そして、九郎が語ったあの"夢"の為に。

 

そのためならば、如何様にでもこの刃を振るって見せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
3926.88m

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