TSおねショタ隻狼伝説   作:豚ゴリラ

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九郎様覚醒率 :7%

銀閃が奔る度、血が空を飛ぶ。

爆砕音が轟く度、肉が地を覆う。

 

焦げた土を冷ますように四方へ降り掛かり、それでは足らぬと次へから次へ、次へ次へ次へ繰り返し血が溢れた。

 

相対する狼と赤錆の男は互いの瞳を食い入るように見つめ、僅かな揺らぎに付け入らんと細心に過ぎる注意を重ねる。

昏い瞳が体幹の揺らぎを目にすれば即座に寄って斬り(寄鷹斬り)、血走った瞳が気勢の衰えを感じ取れば天下一品の剛剣が肉体を貫いた。

 

最早身に纏った装束は最低限として服の機能を有するのみで、防具としては死に絶えたも同然。

男は戦の中で練り上げられた強靭な肉体を晒し、狼は所々を申し訳程度に包み隠しながらも程よい筋肉に包まれた四肢を見せ付けている。

この様な状況でなければ、彼らを目撃した他者がいるならば。きっとどちらかの肉体に視線を吸い寄せられて、たちまち顔を赤く染めるに違いない。

 

――しかし、ここは戦場だ。

血煙が漂い、剣閃が轟く殺し合いの為にある空間。

そんな事はどうだって良い。

 

ただ殺戮を。

一心不乱の殺戮を!

目の前に立つ大敵を斬り裂き打ち砕き、地に這わせ、そして還す為に!

 

男の体を楔丸が慈悲無く袈裟へと斬り裂いた。

――異常極まる活力を持って肉体は駆動を続け、気合の一念のみで剣を振るう。

 

残った右手で放たれる下段からの切り上げが狼の腹を割く。

――刃が通り過ぎた直後、あらゆる活力を犠牲に肉を繋いで瞬時に癒やす。

 

 

斬って伐られて、砕けて削られて、それでも戦う。

どちらも人とは思えぬ気迫を纏い、人から外れた継戦能力を(よすが)に衝突を繰り返した。

 

 

「……………!!!」

 

「おおおおおおォォォ!!!!」

 

 

――葦名流、一文字。

 

――示現流、外道改(げどうのあらため)。一の太刀。

 

 

方や葦名の戦において無双の流派、その代名詞。

方や戦場を渡り歩いた戦狂いが貪り食い、勝手に己が血肉とした外法(我流)の一太刀。

 

その共通点は"ただ斬ることに専心する必殺の剣"であり、あらゆる防御をねじ伏せる剛剣である事。

 

鼓膜に太い針を突き刺すような喧しい鉄の悲鳴が、互いが握る刃金から鳴り響く。

もう何度目かも分からぬほど繰り返された交錯は大気を揺らがし、大地を震わせ、その振動は刃を伝った先にも鋭い痺れを齎した。

 

 

「ぬゥん!!!」

 

 

衝突、力み、測り合い。

そんな鍔迫り合いは刹那の間に始まり、そして終わる。

斬撃が防がれたと見るや双方ともに瞬時に腕を跳ね返し再度振り上げ――更に強まった剣気を纏う一閃を放った。

 

ギリィ!と、もはや正しく形容することさえ叶わぬ鉄の悲鳴。

何度も何度も刃を結ぶ楔丸が散らした火花はいくつになるのか。

きっと、空に見える星々にさえ届くきらめきを見せたに違いない。

 

……だというのに、いくらぶつかり合っても刃は毀れず、刀身は歪まず、切れ味を損なう事さえ無い。

ただ忠実に主の要求に答え続ける楔丸の、なんと健気なことか。

 

 

「横一文字」

 

 

赤錆の男の太刀も、また同じ。

 

幾度の戦場を共に乗り越えた主のため、埒外のひと振りを打ち払う。

刃は毀れ、血糊に焦がされ、柄巻きさえもズタボロだ。

 

が、しかし。

それでも決して折れず、芯鉄は歪まない。

 

男は己が握る無銘の太刀に命を預け、それに答えて眼前の鬼神が放つ豪剣を的確に弾き続けた。

初太刀を防がれたなら二の太刀をぶつけ合い、それをも防がれたならば斬れるまで衝突を重ねる。

殺意と活力に溢れた剣戟は見るモノの思考を混乱させる程に疾く、何よりも美しい。

 

 

……けれど。男の様相は悲惨そのものだ。

 

その左手はボロボロで、肉が砕けて骨が露出している。

しかしまあ、だからといって視線を逸らした所で目に映るのは悲惨な光景。

晒された肌の至る所に刀傷が刻まれていて、そこから吹き出した血潮が土を穢している。

 

無惨な肉の断面は見るものの喉奥を震わせ、最悪の結末を想起されずには居られない。

 

 

「ぐ、くゥ……!!」

 

 

――が、それでも立つ。

立って戦う。

 

太刀を握る手は右手のみだというのに――まるで鬼の様な異常極まる力を帯び、臨界点さえ超越した握力で柄を握り締める。

そしてそれは、葦名の一文字さえも凌ぐのだ。

なんたる剛力。なんたる生命力。

 

一体、何処にそんな活力があるというのか?

焼けただれた神経は痛みに魘され続け、流れ続ける血は体内の生気を奪っていく。

それは当然生命を嬲り、鼓動を奪うに足る劇毒だ。

柄を握るだけでも、呼吸を繰り返すだけでも辛く苦しいだろうに。

 

 

「まだ、まだ終わらんよォ!!」

 

 

血管の浮き出た大腿筋が震え、踏み込んだ右足を起点に土が軋み、石の欠片が舞い上がる。

 

それは"気合"。

それは"根性"。

旧き日ノ本に蔓延していた精神論の代名詞。

この世の物理法則に真っ向から喧嘩を売り唾を吐きかけるような、文字通りの意味で気狂いの所業。

 

しかし、それでもその考えが罷り通っていたからこそ遥かな未来まで繋がれた思想でもある。

その理論に根拠はなくとも、存在が許されるには(それで何とかなったからという)理由があるのだ。

 

 

――ぎちり、と嘶く目打ち釘(刀身の固定具)に一瞥をくれ、右手と刀身に全体重を掛ける。

 

 

「……すゥ―――破ァ!!!」

 

「ぐッ……!」

 

 

押し付けた太刀に、一瞬のみ。ほんの僅かな刹那に衝撃を与え狼の体躯を弾き飛ばす。

この時代では平均的な背丈ではあるが、それでは赤錆の男を抑え込むことなど出来はしない。

 

体重は正義。

斬れば斬るほど、その差は如実に現れる。

 

 

「死、ねィ!!」

 

 

続けて振るわれる、まるで狼の横一文字を真似たような剛剣――横一文字(まがい物)

左から右へ流れる剣に清廉なる誇りは欠片も宿らず、ただ悍ましいまでの必殺の念が込められている。

 

 

「は」

 

 

呼気を一つ。剣戟を一つ。

交錯する刃はまるでさっきまでの焼き増しのよう。

 

――けれど、狼の体幹は大いに揺らいでしまった。

ここに至り、男の剣先は更に速度を増していた。

 

……こんな、こんな化け物が前線指揮官とは――一体内府は何を考えているのか。

いくらなんでも尖兵として扱っていい人間とは思えない。

それこそ葦名一心にぶつける一手にでも置いておくべきだろう。

 

 

「おお――らァ!!」

 

 

切っ先が迫る。

衝突と反転を繰り返す斬撃が雨あられと降り注ぎ、息をつく間もない連撃が狼を襲う。

弾こうにもこれらは余りにも疾く、数が多い。

 

 

そして……何よりも、()()()()()()

 

それでも堪え、受け流し、後ろへ引きながら剣閃の隙間を縫って刃を斜めに振るった。

男はそれを首を傾けることで当然のように躱し、その稼働の隙に狼にとって最も()()()()()間合いを取る。

 

ずっと、この繰り返しだ。

狼と男は互いを斬り裂かんと何度も何度も近づき、互いを弾いて離れる。

けれどやっぱり目の前の敵が生存することなんて認められなくて――再び、刃を振るうのだ。

 

 

「はァ!!」

 

「おぉ……!!」

 

 

男の瞳がギラギラと飢えた眼光に輝く。

すぐ鼻先を切り落とした刀の切っ先を視線で追いかけ――しかしそれは無駄(無意味)であると悟り、幾度目かも分からぬ渾身の一太刀を浴びせる。

 

熱に浮かされ狂う中、しかしこのままでは勝てぬと理解(直感)していた。

意外も意外。

男は何時どんな状況であろうとも、脳裏の片隅にある冷静な部分を決して無くさない。

それを熟さねば戦に負け、敗者として骸を晒し腐りゆくのみと理解していたからだ。

 

そんな頼れる思考回路が盛んに叫ぶ。

負けるぞ、と。

血を流しすぎた、と。

 

ならばどうすれば良いのかと問えば、いつものように答えが帰ってくる。

"もっと強く斬れ"。

己が飲み込んだ示現流(模倣物)はソレに適しているはずだ。

 

壱の太刀が、弐の太刀が、参の太刀が、肆の太刀が防がれた?

ならば伍の太刀で殺す。

 

 

……まあ、本来の想定とは大分違う振るい方だが。

示現流とは本来()()()で打ち勝つことを至上とする流派。

あらゆる防御も、あらゆる策も、あらゆる不利も踏破した上で勝利する。

当然実際には一撃では斃せぬ事もあるだろうが――少なくとも、そういった気概で刀を握ることに違いはない。

だからこそ、初太刀に全てを込めるのだ。

 

しかし現実はどうだ。

初太刀は防がれ、続く太刀の尽くは塵屑の如くに役立たず。

 

男は考えた。

これは()()()()()()

非常に()()()()()()

 

 

そして辿り着いた答えが――

 

 

「これは初太刀(全力の一撃)ィ!!これも初太刀(示現の一振り)ィ!!!!」

 

 

――初太刀が最も強いのならば、全ての太刀を初太刀に足る一撃に仕上げればいい。

 

きっと男が振るう業の元(模倣先)となった示現流の剣士は困惑するに違いない。

確かに初太刀では殺しきれなかった()()()に備え、続く太刀も十全に鍛えるとも。

 

しかし、それは()()()()()()ではない。

常に全力など振るえる筈がないだろう。

もし振るえるのであれば――それは()()なんかじゃあない。

 

 

「血が、滾るなァ!!」

 

 

が、それでも男が振るう一撃は全てが全力の初太刀。

あらゆる条理を無視して剣を振るう。

物理法則を"気合"と"根性"で超越し、異常者の剣を握り締める。

これぞ、まことに理解し難い"うつけ"そのものだ。

 

……果たしてこれを示現流と呼んでもいいのだろうか?

それはきっと、数多の人々の中で幾重にも分岐する命題に近しいものだ。

 

――だから、それを振るう男はこう答える。

 

 

「これが、これこそが――"示現流"よッ!!!」

 

 

戦場でソレを見つけ、その身に刻まれたことで男が勝手に模倣した。

故にその剣技は我流に育ち、荒々しい。

まともに学んだ者達から見れば表情を歪めるような、外道の代物。

 

――しかし、それでも根っこは同じ。

勝利の美酒を欲する為の考え方は何も変わらない。

 

 

だから――ここらが勝負所、命の賭け所だろう。

持久戦になってしまえば死ぬのは己。

多分、きっと、死んでしまう。

 

明瞭なる頭蓋が組み上げる論理はこうだ。

まず足をもぎ取り、首を落とす。

さすれば死ぬ。

 

おお、なんと賢いのだろう!

 

 

 

………。

 

……。

 

だが……まあ。

しかしなあ……どう転んだって、どうしたって、結果的には―――。

 

 

 

――ギチリ!男の握力を受け止めるボロボロの柄巻きが、その内側の鉄が大きく軋んだ。

 

 

「故に死ねェい(初太刀)ッ!!!」

 

「………ッ!!」

 

 

唸る豪腕。

大気を引き裂き下段を流れる横一文字。

 

片手一本の力とは思えぬ威迫を放ち、幾振りもの初太刀を防いだままの狼に迫った。

一瞬に煌めき下半身を奪おうと迫る。

 

それが届く寸前――ぐっと膝を折り曲げバネを作り、大きく上に跳ぶ。

 

 

「仙峯寺拳法――」

 

 

男の上背よりも尚高く。

空中に投げ出された四肢の末端に至るまでに意識を通し、風の流れに逆らい精密に操作した。

その直後、太刀の切っ先は燕よりも疾く奔り――横に傾いた狼の体の真下を削り取る。

 

やはり、殺意()の権化たる下段払いは確かに脅威だ。

思わず冷や汗が額に浮かぶ(一瞬で蒸発した)

これまでにもそれ(下段攻撃)を原因として命を落としたことも、それこそ十や百では数え切れない。

 

だからこそ、何時だって回避できるように気を張っていた。

だからこそ、間合いの管理は常に的確に測った。

 

――だからこそ、この様な場面でも非常に役立つ技巧を用意している。

そしてそれは、常に狼の脳裏に居座っていた。

いつでも、十全に振るえるようにと。

 

それは思考が為すのではなく、反射で為す。

脳髄の生む電気信号なんぞという遅々に極まるモノは不要。

真の強者の振るう業は理論ではなく、過去の経験に基づいた上で脊髄が指令を出すのだ。

 

――刧、と太刀が過ぎ去った軌跡にて大気が荒れ狂う。

男の一刀は当然のように全てが渾身のものであり、だからこそ――その一撃に振り回され、僅かであろうとも体幹が揺らぐ。

 

即ち、()

 

 

「仙峯脚」

 

「が……!?」

 

 

大きく伸びた右足が男の頭部を強かに撃ち抜いた。

渾身の一撃を放った直後である。それは当然(力及ばず)体勢を僅かに崩すに足る負荷で、そこを突いた蹴りにより男の足腰が大きく揺らいだ。

 

――そして、そこを続く右足が、跳ねる左足が果敢に攻め立てる。

 

 

「ぐ、ぁ!!?」

 

 

ドン、ゴリ!!

凡そ人体から鳴って良いとは思えぬ打撃音が連続する。

初撃は側頭を撃ち抜いた。

ならば次いで左足を。

続く蹴撃は首筋を斬るように。

 

肉を磨り潰すような、骨を抉るような湿った音が鼓膜を濡らし、両の足に嫌な感触と確かな手応えを同時に齎す。

 

(いくさ)が始まって小一時間。

別々の方向性で人の限界に挑戦した二人の切り合いにようやっと――天秤を傾ける程の変化が訪れた。

 

右足を引き戻し、両足を地に押し付ける。この機を逃してはならない!

多少のぐらつきは卓越した技巧で抑え、追撃を放つべく楔丸を――

 

 

「―――ァ」

 

 

――ビキ!ギチり、ぶち。と、湿った断裂の音が肩から響いた。

 

 

それは比喩ではなく、純然たる物理的な現象として。

 

肉の器の内部を這い回り、魂の器を焼き焦がす薬叉の加護。

それはやはり、人の位階には過ぎたるモノ。

必然、人の肉体とは相容れない。

 

……狼も、それはそういうモノとして承知していた。

そうと識って行使した。

だから応報として、一秒が経過する度に筋繊維がちぎれ、骨が歪み、神経が溶けていく。

 

グズグズと解ける人体の結合は狼の肉体を死の淵に追い込み――

 

 

――けれど次の瞬間には多大な痛みと共に修復され、また再び毀れだす。

 

繰り返される崩壊と再生。

痛みと痛みと、痛みと、痛みが。

悍ましい純度のそれが狼の思考回路を埋め尽くし、ただ苦痛のみを残した。

 

故に危険信号とは人体に起因するものではなく、精神からなる物。

或いは、存在の根底――魂と呼ばれるものから響く悲鳴。

 

だから……これは、確かに人には過ぎた物。

識っていた所で変わらない。

溢れる怖じ気は当然のもの。

本来、原典に近付くほどの神威を矮小な器に降ろす事なぞ愚者の所業なのだから。

 

無駄、無謀、無茶。

待ち受けるは破滅のみ。

 

限界は、すぐ其処に。

 

 

―――本当に?

 

 

「――、――」

 

 

声帯がただ震え、空気を吐き出す。

声にならぬ苦悶ごと柄を握り潰した。

 

 

「それ、でも……!!」

 

 

体が壊れる? 魂が割れる? 精神が限界にある?

 

――()()()()()()

限界がどうしたという。

 

もう刀を振るえぬのか?

立つ気力が枯れ果てると?

己が、負ける?

 

……否。

否である。

 

――断じて否!

 

 

「負けると思うから、負ける……!!」

 

 

――揺らぐ視界の中、仄暗い瞳に熱を込めて見開いた。

未だ男は膝をついたまま、致命的な隙を晒し続けている。

 

だから、斬らねばならない。

今にも意識が暗闇に呑まれそうになっても、両足が溶けそうでも、右手が弾けそうでも。

 

そのために必要な全ては、既にある。

決意、決心、熱意、渇望。

それを秘めている内は、()()()()()()

心の内側にほんの一欠片でも揺蕩っているのなら、それは不屈の証明である。

 

限界が近いのなら、"気合"で耐えろ。

心が折れそうならば、"根性"で乗り越えろ。

 

これまでもずっとそうしていた。

"回生"の呪いがあろうとも積み上がる死は重く苦く。

だから最期に頼れるのは己の心だけ。

 

今回も()()()()だ。

何も変わらない。

これは物理法則に依存した戦いではなく、精神の純度が左右する意地の張り合いだ。

 

狼は、御子に届き得る牙を持つ強敵を排除したいと、そう思った。

だから立てる。まだ戦える。もっと戦える。

 

そら、赤錆の男はまだ生きているぞ。

己は為すべきは何か?

それは主を守ることだ。

 

ならば斬れ。

気迫で、楔丸を振り切るのだ。

 

目の前の男も、そうやって(心の持ちようだけで)戦い続けた。

こいつでも、そんな所業が為せたのなら。

 

己にもそれが出来ぬ道理など――何処にもない。

 

 

「―――ォ!!」

 

 

明滅する視界の中、楔丸の切っ先に意識を乗せる。

頭部を打つことで思考を奪い、足を叩くことで体幹を削り、首を叩くことで制御を失わせた。

相対する赤錆の男は傷だらけで血塗れだ。

そこに追い打ちをかけた三連撃は――確かに、大きな大きな、致命(忍殺)の機会を生み出している。

膝を突き、血塗れの上半身をよろめかせた偉丈夫の芯金。その中枢に()()煌めく生命の源泉を幻視した。

 

……ならば。後は、このきかん坊の肉体を駆使して一刀を叩き込む。

それを以って此度の防衛戦の、その先鋒の首に黒星をつけてやろう。

 

 

「葦名、流」

 

 

右手を切り手に、左手を添え手に。

両手で剣身を固定し、重心を前に傾ける。

 

足を抜き、距離を詰める歩法。

これはかの剣聖が得意とした技巧であり――それは、時として秘奥を放つ部品としても駆動する。

 

 

足元に散らばる砕けた材木を無視し、視界の全てを斬るべき敵のみで埋める。

 

そして、震える自我を斬滅の誓いで染め上げた。

 

 

「よもや――!」

 

「奥義」

 

 

本来であれば納刀から抜き放つそれを、敢えて初動の時点から抜き放つ。

刀を放つ寸前まで練り上げるべき剣気は既に満ち、削り落とされるべき無駄はとうに消え失せている。

 

故に、此度に限り、この業を派生させることが出来る。

かの剣聖でさえも是とせざるを得なかった無為を潰し――その果てに。先に在るべき"結果(葦名流の到達点)"の一を今瞬間のみ、ここに顕す。

 

 

――残光が、瞬いた。

 

 

「葦名、十文字」

 

 

それは、音を彼方に置き去りにした。

散らばる瓦礫と焦げた土があるばかりだった平原。

そこからはいつの間にか攻城戦の喧騒さえも消え去っていた。

 

静謐なる舞台のど真ん中で、まるく流線的な半円が虚空に佇む。

重なり合い、交わった軌跡が描くのは均衡の取れた十文字。

 

 

――ぽおん、と。

 

実に軽快な音が聞こえてきそうな程、あっさりと首が飛ぶ。

 

横の太刀で首を刎ね、縦の一振りで巨大な肉を裂く。

肩口から太ももの内側までを一直線に断たれた巨体が、土埃と入れ替わり倒れ伏した。

 

 

「……は、ぁ、は……はぁ……っ!」

 

 

狼は堪らず膝をつく。

楔丸を支えにする余裕さえもない。なんせ、文字通り気力の全てを吐き出したのだ。

その小さな体で限界を二度も三度も乗り越えたのだから、それは当然だろう。

 

役目を終えた鬼神の加護が抜け落ちていき、それにつられて狼の意識も暗闇の沼に沈んでいく。

 

 

「なら、ぬ……」

 

 

――それを拒んだ所で、所詮人の身に過ぎぬ狼は眠るしか無いのだが。

 

 

それをたった一人……いや、一つで眺める生首は変わらず血走った眼のまま。

 

ただ、見事、と。口の形を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そうして倒れ伏した狼を、どこか夢現のようにふわふわとした心地で眺めていた。

周囲の大人達が多様な情感に顔を歪ませる中、九郎はただ……ぼうっと、見つめることしか出来なかった。

 

それはある種の自己防衛反応であり――端的に言えば現実逃避だった。

 

あの忍びであれば、どんな大敵であろうと、どんな化生であれども無事に生きて帰ると思っていた。

きっと、何があってもまた同じように声を掛けられると信じていた。

 

だから。

数人の有志が兵の布陣を掻い潜って狼を連れて帰った時、その小さな体が今にも壊れそうなほど脆いものと知って。

幼心故に盲目だった瞳が開かれて、そんなどうしようもない当然の負担が辛かった。

 

……当然だとしても、それがこんなにも信じたくないモノだったとは。

けれど誰しも己の庇護者にはそんな幻想を抱く時期があるものだ。

父に、母に、無限大で根拠のない信頼を向ける。

そしてその夢想はやがて破れ、顔を覗かせだす現実を味わって大人になる。

 

 

そんな何処にでも居るような、ただの少年でしかなかったのだ。

 

 

「あぁ……」

 

 

くらりと無秩序に体が揺らぎ、自然と床と抱擁を交わす。

玄関で狼を迎い入れた直後、限界を迎えた九郎は――数日ぶりに意識を暗黒に浸した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅ」

 

 

九郎はじんじんと痛む頭に促され、ゆっくりと無為の底から意識を引き上げた。

 

竜胤の御子は傷や病とは無縁。

老いもせず、死にもしない。

 

しかし、精神から生ずる形の無い痛みと言う物にはとんと免疫がない。

ふるふると瞼を震わせて、後頭部を支えるやけに()()()()()感触を味わう。

 

それに……このぬくもりは実に心地よい。

平田の屋敷が包囲されてからと言うものの、こうやって心を落ち着かせる機会なんて殆どなかった。

ずぅっと小さな体に疲れを累積させていたのだから、もう少しぐらい休んだっていいのではなかろうか。

二日か、三日か、それ以上か?

 

……もはや、それさえも分からない。

けれどもそんな時の流れの中で蓄積された疲労も、この枕のおかげでやんわりと解れていくようだ。

やわらかく、しなやかで、あたたかい。

 

けれど――はて、そんな枕……この屋敷に存在したか……?

 

 

「……お目覚めで、ございますか」

 

「……おぉ?」

 

 

頭上から鉛が如き声音が響く。

やけに重苦しい女の声は、九郎がもっとも信を置く忍びの物。

何故かやたらと近くから発せられる狼の声に驚きつつ、ゆるゆると重い瞼をこじ開け――

 

――狼のしかめっ面が視界いっぱいに映った。

 

 

「おー……………―――なんとォ!?」

 

 

驚愕の余りにはね起きた。

きっとこの反応速度を見れば、あの葦名衆"野上玄斎"も手を叩いて絶賛するに違いない。

若様も剣を学んでみませぬか?などと。

 

……とはいえ、目の前に女人の顔があったからこそ脊椎反射の域で驚愕しただけ。

今後も今のような機敏さで動けるとは言っていない。

 

 

「……お加減は、よろしいようで……」

 

 

別に怖いからではない。

気不味いわけでもない。

それこそ、ただ()()()()ならば何も問題なかった。

 

最近は狼の無愛想な顔にも見慣れ、それはそれでいいものだと感じられるようになったのだから。

そう、だから……それはいい。

 

それはいいが――!

 

 

「膝枕……だと……!?」

 

「…………は」

 

 

あの、堅物の化身である狼が膝枕をしていた。

あの、狼が!?

 

 

「一体、何が……?」

 

「花殿が、こうすると良い、と……」

 

 

ああ、なるほど。

九郎はするりと口をついた納得の言葉と共に、得心の意で大きく頷いた。

 

花、という女性は()()()()()奇天烈な振る舞いを取ることが多々あるのだ。

周囲の人々を巻き込んで何かしらの騒ぎを起こすのはいつもの事。

 

九郎も、彼女が引き起こす騒動を遠目に眺めることが何度も有った。

大半が可愛らしい、平和的な悪戯であったが……。

……そういった視点で見ると、今回は中々ありがたい――

 

 

「んん!! いやいや、そうではない……」

 

 

頭をふるふると横へ往復させた。

少しばかり謎の情動は溢れたが、なに。これは一時の迷いというもの。

 

直様迷いを振り払い、九郎の自室(本塗れ)にある定位置に腰を落ち着かせた。

何時も通り木箱に腰掛ければ、ほら。普段の九郎になった。

 

 

「狼よ、体は大事無いか?」

 

「は。 直ぐにでも、動けまする」

 

 

寸前の思考を誤魔化すように放った疑問は違和感なく受け入れられ、狼は溢れる戦意を滾らせ跪く。

その姿勢のまま、九郎が眠っていた五時間に在った出来事を報告する。

 

前線指揮官が斃れたことで、赤備えの統率が失われていること。

しかし、軍勢としての瓦解はせず、未だ平田を襲い続けていること。

 

その対価として少なくない兵が命を落としているだろうに、それでも尚止まらない。

とても、とても執念深い。

余程()()からの躾が行き届いているということで――

 

……実に、内府公の本気具合が見て取れるというもの。

正直勘弁してほしい。

 

 

「……………」

 

 

九郎は畳の上に視線を載せ、少しばかり現状に苦悩を重ねる。

狼は直ぐにでも起てると言うが、果たしてそれで良いものか。

ああ、確かに現状を多少なりとも変えたければ敵の指揮官――後方に構えていると思われる将を討ち取るべきだろう。

それは分かる。

葦名から指揮官格の兵を討てば、襲撃の頻度も効率も、鍍金を剥がすように貶める事が出来る筈。

 

……しかし。

しかし、それはあまりにも――

 

 

「……御子様。命を」

 

「………ああ」

 

 

しかし、けれど、それでも。

……現状取れるのは、これしかない。

他に、無いのだ。

 

()()という群れが生き残るには赤備えの軍団を可能な限り押し留め、殻に籠もり、葦名一心の武威に縋る他ない。

 

……それが、群体として生き残るための最善だ。

これ以上はなく、けれどこれ以下は腐る程に存在している。

 

ああ、でも。もし個々として逃げ延びたなら――

 

 

「……いいや。それを為してしまえば過半数は死に絶える、か」

 

 

それ(切り捨てる)を選びたくなければ、眼の前の忍びに重責を背負わせるしか無い。

選んだ所で、どちらにせよだ。

どう足掻いたって、彼女に負担を掛けることにはなるのだろうけれど。

 

 

「お願い、できますか」

 

「御意」

 

 

狼は何度でも戦地に赴く。

呪いが有ろうと無かろうと、為すべきことは為さねば。

 

感情の読めぬ昏い瞳をじっとみつめ、九郎は小さな唇をぎゅっと噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「迷えば、敗れる」


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