破滅し候え、我が主   作:葉川柚介

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闇に飲まれよ、我が主

「そこの花はもう少し隅に。カタリナがぶつかって倒れるといけないので」

「はい、ジオルド王子」

 

「テーブルクロスは短めで。カタリナが裾を踏むかもしれない」

「至急、調節いたします」

 

 王城の庭は広く、開放感にあふれている。

 国の中枢としての威容を示すためはもとより、多数の貴族を招いての社交界の場となることもあるが故の必然だ。

 そして今日もその役割を果たさんと、幾人ものメイドと執事、使用人たちが忙しなく準備に追われている。

 今回開かれるのは、第三王子ジオルド主催の茶会。

 同年代の友人たちを招くことを趣旨として、その縁者たる貴族たちも参加はするが、貴族の社交の場としてはとても砕けた集まりとなる予定だった。

 

 ジオルドは自らその準備の監督を務めている。

 いまだ魔法学校入学前の幼い身ながら、将来を嘱望される聡明さはこの場においてもいかんなく発揮され、メイドたちを手足のごとく扱って着々と準備を進めていく。

 

 賢く、よく気が付くジオルドが主催する茶会はこれが初めてではないが、その用意に一片の妥協もないことは、ジオルドに親しい者だけが気付くこと。

 

 

「よう、随分気合入ってるな?」

「やあ、アラン」

 

 例えば、双子の弟たるアラン王子など。

 数か月前までのぎくしゃくした兄弟仲はどこへやら。人々から優秀ともてはやされる双子の片割れに対して複雑な思いを抱いていたアランであるが、いまやこうしてジオルドに気安く話しかけるほどになっている。

 本来最も近しいはずだった弟の、久しく見ていなかった笑顔。

 王族としての立場はあるが、それを失わなかったことは一人の人間として素直に喜ばしいことだと、ジオルドは思う。

 

「他の貴族が言ってたぞ。最近、ジオルド王子主催のお茶会ははっきりしてきた、って。みんなのためじゃなくて、『誰か』のためのものなんだろうとさ」

「……ふふふ」

 

 しかし、今度はジオルドこそ何とも言えない感情を持て余す羽目になっている。

 アランと再び親しくなれそうなことと、貴族たちの評価はまさしく表と裏。一人の少女がもたらしたものだから。

 

「そうやって笑って誤魔化そうとするのは変わらねーな。……これまでは、なんでもできる余裕のせいだろうと思ってたぜ」

「なんでもはできませんよ。もちろんできないことだってあります。――例えば、カタリナ・クラエスの行動を予測すること、とか」

「……それは、な。うん」

 

 すげぇわかる、と苦笑を見せるアラン。いま思い浮かべているのはきっと同じ少女だろうとジオルドは確信する。

 

 公爵家の令嬢とは思えない、底の抜けた明るい笑顔。

 時々これまた貴族とは思えない奇特な言動に突っ走る、しかし好ましい少女。

 

 カタリナ・クラエスは大切な人であると、ジオルドは胸を張って言える。

 最初は打算。その次は興味。そしてその先の今、自分が彼女に抱いている感情は何なのか。

 それを知っていくこれからが、なにより楽しみだった。

 

 

 ……ただ、気になることが一つ。

 

「カタリナの行動を予測できるのは、『彼』くらいでしょうから」

「ほんとそれな」

 

 ジオルドをしてすら計り切れないカタリナ・クラエス。

 その行動は突飛にして奇怪。次に何をするかサッパリわからず、どんなに身構えていても度肝を抜いてくることに定評のある少女。

 彼女のすることを目にすれば、ジオルドだろうとアランだろうとその婚約者のメアリだろうと目を丸くする。

 だというのにただ一人、そんなカタリナの側に常に寄り添い、カタリナが何をしでかそうとも予想通りとばかりにフォローする少年が、いる。

 

 名前は、モノ。モノ・クラウディオ。

 クラエス家の寄子である騎士爵家の嫡男。

 カタリナの遊び相手兼従者として仕える、自分たちと同年代の少年。

 ジオルドとアラン、二人の心を捕らえてやまない不思議な少女について思いを巡らせる度、常にその傍らにある彼もまた、思い出さずにはいられない。

 

「……この前、カタリナが菓子の食いすぎでのどに詰まらせたとき、『カタリナならこのタイミングで詰まらせるとわかってた』としか思えないくらい一瞬で背中叩いて助けてたぞ」

 

 なお、そのときモノは「死ねぇ!」と叫んでいたのだが、距離が遠かったアランの耳には届かなかったし、息ができず死にかけていたカタリナはそもそも気付かなかった模様。

 

「僕が見たのはカタリナの畑でしたね。汗を拭いたり飲み物を届けたり、作業自体はカタリナの望む通りにさせながら他の全てを支える勢いでした」

 

 言うまでもなくカタリナのわがままを増長させるための策であり、なおかつカタリナ一人では農業をやり遂げられないようにするために自分の支えを前提とさせるための罠のつもりである。

 恨み骨髄なカタリナの望みを叶える苦痛と、来るべき破滅をさらに強力なものとなるだろうという期待がせめぎ合う、モノとしても負担の大きい策である。と、当人は思っている。

 

「カタリナが望んでるもの、多分全部わかってるよなあいつ」

「……ええ」

 

 そうなりたいわけでは決してないのだけれど、なんかそのポジションにいられると心がざわめく。そういう男が、いるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 品の良い調度。清潔な生活感。

 貴族、まして公爵家の屋敷ともなれば建物も家具も一流で、それらの手入れはいつも万全。主たちからの愛着もあり、ある種の風格が一室一室に漂っている。

 そして部屋とその主もまた、長い付き合いになると一体感のようなものが出る。

 

 今もそう。

 窓辺に佇む一人の少女。齢は15。クラエス家令嬢、カタリナ・クラエス様。

 窓枠にそっと手を添え、わずかな憂いを秘めた眼差しは母親譲りの鋭さを備える。

 その目に見据えられると身がすくむ、というのはクラエス家に仕える使用人たちが一度は経験する通過儀礼。魔法学校入学を控えた少女でありながら、それだけの存在感を秘めている。

 

 その心を悩ませるのは果たして何か。

 これから始まる学園生活への不安。

 あるいはさらにその先の将来のこと。

 公爵家令嬢として複雑怪奇を極める友人関係。

 婚約者たるジオルド王子やそのご友人たちとのあれやこれや。

 年頃の少女なのだから、その心をざわめかせる理由は星の数ほどあるだろう。

 

 だがそれでも、するべきことが迫ってくるのが人の生。

 

「……あら、もう魔法学校へもっていく荷物を決める時間かしら?」

「いえ、お嬢様のご都合次第でございます」

「なら、今のうちに済ませておきましょう」

 

 そう、魔法学校入学を明日に控えている以上、寮生活などなど含めて必要な持ち物の選定は絶対必須のことである。

 魔力を持つ者が集うという性質上、ほとんどの魔力保持者が貴族階級で占められるため、魔法学校は事実上の社交界となる。まして全寮制での生活ともなれば、私物の一つをとっても公爵家令嬢として相応のセンスと格式が求められる。厳しく選ばなければならない。

 

 憂いの時を終えたカタリナお嬢様は、声をかけたアンさんにうっすらと微笑みかける。

 心の内を惑わせていた何者かは消えていないだろうが、それでも明日からに希望を持てる。それもまた若者の特権ということか。

 

「さて、それじゃあ持っていく物を決めてしまいましょうか。とはいっても、私の方である程度は用意してあるのよ?」

「……さようですか」

 

 自信満々、といった顔で胸を張るカタリナお嬢様に対し、アンさんの声はどこか重い。

 さもありなん。その気持ち、俺もよくわかりますよ。

 

 カタリナ・クラエスの気質は、傲慢にして傍若無人。

 幼いころは俺を奴隷どころか人と見なしてすらいないような扱いを繰り返してきた悪逆の女。

 今もってなおそのわがままさは収まる気配を見せず、奥様からどれだけ叱責されようと思うがままに生きている。

 

 

 たとえば、ジオルド王子の婚約者となる契機となる傷を負った事件のあと。何を思ったか始めたのはまず、剣の稽古。

 令嬢らしからぬ趣味に突如耽溺した理由は家中の誰もわかるところではなく、教師を呼んで師事したはいいものの、その太刀筋はめちゃくちゃ。真剣などもちろん持たされたことはないが、勢い任せに剣を振るっているのか体ごとぶつかっているのかわからないようなその様は、どれだけ教え諭されようとも変わることはなかった。自分で持っている木剣で自分自身を殴らなかったのが不思議、とは教師の方の言だった。

 

 これもまたカタリナ・クラエスの傲慢……! 特に根拠もなく、己の進む道が正しいのだという絶対の確信があればこその無駄の発露だろう。

 見るに見かねてか一緒に剣の修練を始めたカタリナの義弟のキース様は対照的に筋がよく、師の言葉と太刀筋をみるみるうちに吸収していったのとはエラい違いだ。

 ……ちなみに、なぜか俺までその訓練に巻き込まれた。しかも、さすがに主人に当たるカタリナ相手に同じ剣を持って対するのは、ということで分厚いグローブみたいな手袋つけただけの素手で。

 いくら木剣とはいえ一切の躊躇なく、しかもわけのわからない軌道で振り回してくるカタリナ相手にサンドバックじみた相手を数年に渡って務めさせられた結果、剣の教師から「アレを避けられるなら、相手がどんなに変な武器や技を使ってきても君なら生き残れる」とお墨付きをもらってしまった。

 おのれカタリナ・クラエス!

 

 

 それだけではない。

 これまたどういう思考の湾曲か、クラエス邸の片隅に畑を作りだした。

 公爵令嬢が、である。カタリナ本人が、である。

 最初そのことを言いだしたときは、おそらく一瞬で飽きて、でも世話だけは俺に押し付けられたりするのだろうな、と思った。

 だがどういうわけか異常な熱心さで、まるで畑づくりに命がかかっているかのように日々手間を惜しまず世話を続けた。

 社交界で知り合ったハント家令嬢メアリ・ハント様を家に招いて植物を育てるコツを聞くなど、剣のときと同じく人に教えを乞うことにためらいがない。

 

 あの、我欲と自尊心のゼリー寄せのようなカタリナ・クラエスがなぜそんなことを。

 同じことを疑問に思っていたアンさんが問うたところによると、「土の魔力を高めるため、土と対話する」からなのだという。

 ……うん、意味がない。魔力云々って絶対そういうのじゃない。

 実際、魔力の有無はもとより各人が保有する魔力量というものも極めて個人差が大きい。らしい。

 たとえばキース様は、土で出来たかなり大きな人形をゴーレムとして操ることができる。その気になれば家の一つや二つ、たやすく破壊して更地にしてのけるだろう。

 一方カタリナ・クラエスにできることと言えば、土を数㎝隆起させることだけ。せいぜいが人を躓かせる程度のものでしかない。

 その差が多少なりと埋まるかどうか。極めて怪しいものだと俺は思うし、クラエス公爵様たちもそう思っておられるようだ。

 

 だがそれでもカタリナ・クラエスは畑づくりをやめない。それが魔力の増大につながると信じて。

 しかしいずれ、その全てが無駄だったことに気付くだろう。

 そしてその時カタリナ・クラエスの取る行動は決まっている。

 「周囲への八つ当たり」。これに間違いない。

 なぜ思った通りにならない。なぜもっと早くに止めなかった。お前のせいだ。死んで詫びろ。

 

 耳の奥に残る、かつて幾度となく降り注いだカタリナ・クラエスからの罵倒が脳内で合成され、リアル過ぎる幻聴を描き出す。

 幼いころから今日にいたるまで俺を苛み続けるこの恨み……! おのれカタリナ・クラエス!

 

 

 ……と、言いたいところだが、今日の俺は機嫌がいい。

 なにせついに、カタリナ・クラエス魔法学校入学の日がやってきたからだ。

 それはすなわち、乙女ゲーム「FORTUNE LOVER」の物語始まりの狼煙。

 カタリナ・クラエスが育てに育てたエゴがついに破滅という名の果実を重く実らせ、腐り落ちて潰れるその日がやってくる。

 

 この魔法学校でジオルド王子、あるいはキース様、はたまた他の親しくしている誰かが運命の相手たるマリア・キャンベル嬢と出会い、恋に落ち、それを妬んで醜く妨害しようとしたカタリナ・クラエスは破滅する。

 その日を思うと、それだけで俺の心は温かく蕩けるような気分になる。

 

 ……実は俺は、前世の記憶を取り戻した立志の日のすぐあと、ワインを買った。

 まだまだ飲み頃には若い、カタリナ・クラエスに仕え始めた年にできたワイン。それを実家の倉の隅にこっそりと隠し、眠りにつかせてある。

 俺は願いが成就した暁に、そのワインを飲むと決めている。

 そのワインは、そもそも大した高級品でもない。熟成に最高の環境というわけでもないだろう。

 だが確信がある。

 恨み骨髄のカタリナ・クラエスの破滅を知って、その積もり積もった年月を同じだけ重ねたそのワイン。宿願の叶ったその日、最高の豊潤をもって俺の舌と心を満たしてくれるに違いないと。

 

 

 そのためにも、カタリナ様におかれましてはまずしっかりと学園生活を営んでいただけますよう、従者として持ち物の整理に誠心誠意ご協力させていただく所存でございます。

 

「では、まずこちらを」

「……なに? その『いるもの』『いらないもの』って書かれた箱」

「読んで字のごとく、学校生活に必要なものとそうでないものを分けるためのものでございます。さあ、カタリナ様。お選びになった荷物をお見せください」

「ふーん、まあいいわ。まずはなんといってもコレ! 鍬! 魔法学校でもしっかり畑を作るためには、やっぱり家で使い慣れたものでなくちゃ……」

「あ、それはいりません」

「流れるようにいらないものの箱に入れたー!?」

 

 

◇◆◇

 

 

 二人のやり取りを見ながら、カタリナ付きメイドのアンは思った。

 

(……本当に相性いいわね、この二人)

 

 

「うーん、一応用意はしてあるけどこれはいらないわよね、パーティー用のドレス」

「いります。カタリナ様なら10着はいります。いつなにをやらかして破くか知れたものではないので。……む、『いるもの』の箱に入り切りませんね。ではこの『動きやすい作業服』を置いていきましょう」

「やめて、モノ! それがなかったら私はどうやって木登りすればいいのよ!?」

 

 

◇◆◇

 

 

 全ては順調。

 カタリナ・クラエスはまっすぐ破滅に向かって突っ走っている。間違いない。

 ジオルド王子をはじめとした攻略対象キャラとは順調に接触し、まるで野猿のようなムーブでドン引きされている。

 これなら愛想尽かされるのも時間の問題……!

 やはりカタリナ・クラエス破滅の未来は決して消えない運命の祝福なのだ!

 フゥハハハハハ! 愉快、愉快だなああああ!

 

 

 ……というわけで。

 どうぞ健やかに、お望みのままにお過ごしくださいませカタリナ様。

 学園生活を支える従者としてアンさんとともに選んでいただいたからには、誠心誠意その願うところを叶えるべく――その果てに破滅していただくために――お仕えいたします。

 

 そして、まだ見ぬマリア・キャンベル様。

 ご入学おめでとうございます。

 貴族ならぬ身に魔力を宿し、魔法学校へとご入学されるからにはご不安も多くございましょうが、どうかご心配なさらず。

 あなたにはこれから数多くの素敵な出会いと、輝かしい未来が待っています。

 私も、微力ながらそのお手伝いをさせていただきたく。

 

 

 どうか、あなた様にとって最も幸せな未来(カタリナが破滅するグッドエンド)を掴み取られますように。

 それこそ私の望む未来。

 

 破滅せよ、カタリナ・クラエス。

 全ての望みに裏切られ、底知れぬ絶望の闇に飲まれよ、カタリナ・クラエスゥゥゥゥゥ!

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