オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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この話から新章に入ったということで、前回から少し時間が経過しています


第二章 彼の痕跡
第9話 次の仕事


 視界に映る景色には、一切の変化が無い。

 安宿の粗末なベッドとカーテンの掛けられた窓。

 それだけだ。

 代わり映えがなく何の面白味もないその景色もしかし、ベッドの上で横になっている主の存在があるだけで、この世の何にも勝る絶景となり、それを見守る時間は至福の時としか言いようがない。

 本来睡眠の必要など無い主だが、時折こうして一晩中ベッドで横になることがある。

 そして主がそうしているのなら、それを見守りいざという時、守護するのは彼女たちの仕事である。

 これはワーカーとして拠点を各地の宿に移した今でも変わらない。

 前回はソリュシャンがその役目に就いていたが、今回は自分の番だ。

 この日が来るのをどれほど心待ちにしていたことだろう。

 だからこそ、それが主の意志ではなく宿の扉がノックされる音で中断されたのは、ナーベラルにとって非常に不愉快なことだった。

 

「ん?」

 

「……ソリュ──ソーイでしょうか。確認して参ります」

 

「ああ。私もそろそろ起きるとしよう」

 

 この時間が終わってしまうことにショックを受けながらも、メイドとしてそれは表に出さずに移動して扉を開けた。

 

「よ。悪いな、寝てるところ」

 

 軽い口調はソリュシャン本来のものではなく、ワーカーチーム漆黒の一員であるソーイとしてのものだった。

 名前はともかく、話し方に関しては言い訳が立つのでいつもの彼女ならば、主に聞こえる範囲ではまともな口の利き方をするはずだ。

 そうでないと言うことは可能性は一つ。

 

「客ですか?」

 

 チラリとドアの外を覗くと、ソリュシャンの後ろに人影が見えた。

 

「おう。なんでもあたしたちの噂を聞きつけて遥々エ・ランテルから来たらしいぜ」

 

「エ・ランテル?」

 

「王国の都市だよ。帝国や法国とも隣接していて、三国の要所になっている重要な都市だろうが」

 

 ワーカーとしての活動を始めるに当たり、収集した知識の中に、そんな都市があったことを思い出す。

 

「ああ。分かりました、モモンさ──んに聞いてきます」

 

「お前のその癖、いつまで経っても直らねえな」

 

 呆れたような声、いや実際彼女は呆れているのだろう。

 何しろ呼び方を変更すると決めたのは他ならぬ主の命。

 何度言われてもそれを直せないのは、誉れ高きナザリック地下大墳墓のメイドとしてあるまじき振る舞いだ。

 同じ立場であり、プレアデス内に於いても共に三女という、最も対等な間柄のソリュシャンは完璧な演技をできているとなればなおさらだ。

 

(これでは私を創造して下さった弐式炎雷様に顔向けができないわ)

 

 己の創造主に自らの不出来さを詫びながら、ナーベラルは唇を噛みしめる。

 しかし反省も後悔も今することではないと気持ちを切り替え、主の下に向かおうとした瞬間、部屋の奥から声が響いた。

 

「用意をしてから行く。下で待っているように伝えてくれ」

 

 主の命が届き、ナーベラルとソリュシャンは一瞬だけ目を合わせた。

 先ほどまでと異なり、ソリュシャンの瞳にはほんの僅かに同情めいたものが混ざっていた。

 

「了解だ。モモンさん」

 

 ここでもソリュシャンは、ワーカーチームの仲間という演技を完璧にこなしたまま、依頼人と会話しながら部屋を後にした。

 たとえ会話ができる距離であろうと、主と第三者との間を取り持つのはメイドである自分たちの役割である。

 今は一応ワーカーチームの仲間となってはいるが、それでも主は基本的にはその手の対応は自分たちに一任してくれていたのだ。

 それを今回変えたのは、もしかしたらいつまで経っても口癖を直すことのできないナーベラルをメイドとして不適格だと見なしたのではないだろうか。

 先ほどの自己嫌悪もあって、そんなことを考えてしまうナーベラルに主が再び声をかける。

 

「ナーベ、準備がしたい。手伝ってくれ」

 

「はい。ただいま」

 

 その言葉を聞いたナーベラルは一度思考を停止させて、主の下に移動した。

 主の意図が何であれ、仕事を頼まれたからには全力で尽くさなくてはならない。

 しかし、準備とは一体なんだろうか。

 アンデッドである主は正体を隠す意味もあり、ワーカーとしての活動中は漆黒の鎧を纏った剣士の姿を取っている。

 だが、本物の鎧を着けることは少なく──本物の鎧を着けるためには戦士化の魔法が必須であり、その場合いざという時の対応力が落ちるため──大抵は上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)の魔法で創造した鎧を使用している。

 こちらに関しては着替える必要などないため、準備は不要のはずだ。

 実際に寝室に入ると既に魔法で創造して鎧を纏って立っていた。

 

「依頼人はもう離れたな?」

 

「はい。ソーイが連れ出し、移動した足音を確認しております」

 

「そうか」

 

 小さく頷く主を前に、ナーベラルは準備という名目で自分だけが呼び出された理由を察して、その場で頭を下げた。

 

「申し訳ございません!」

 

「え? んんっ。ナーベよ、お前は今なにを謝罪したのだ?」

 

 試すような主の口振りに、ナーベラルは意を決し口を開いた。

 

「モモンさんより、何度となく話し方に付いてご指摘いただきながら、一向に改善することができないことです。頭では分かっているのですが、どうしても──」

 

 頭を下げたまま、ナーベラルは言葉を絞り出す。

 

「っ!」

 

 そんなナーベラルに対して主は直ぐには答えず、不自然な間が空いた。

 そのことを不思議に思うが、ナーベラルがそれを問う前に、彼女の頭の上に手が乗せられた。

 

「モモンさ、ん!?」

 

 突然のことに戸惑いながらも、何とか名前を呼ぶことに成功する。

 

「気にするな。百年もの間変わらなかったものを急に変えるとなれば、大変なのは理解している」

 

 二度三度と宥めるように頭を撫でてから、主は優しく言う。

 その感触はナーベラルに天にも昇るような喜びをもたらしたが、同時に申し訳なさも感じてしまい、おずおずと顔を持ち上げ、今度は主の顔を正面から見ながら続ける。

 

「で、ですが、ソーイはきちんと対応できています。それなのに私は──」

 

「それも含めてだ。お前たちにはそれぞれ向き不向きがある。それは弐式炎雷さんとヘロヘロさんの思いが込められたもの。本来それを変えさせようとする私の方が責められてしかるべきかも知れない」

 

 ナーベラルの言葉を最後まで聞くことなく、主は言い切りゆっくりと頭を振った。

 

「モモンさんを責めるなど、そのようなことはあり得ません!」

 

 本当にナーベラルが上手く対応できない理由が創造主から与えられたものだったとしても、主がそれを望むのならば、今のナーベラルにはそれを曲げる覚悟がある。

 百年間主に仕え続けたことで、ナーベラルはそう考えるようになった。

 

「いや、お前の気持ちは嬉しいが、本来それが許されることではないのは理解している。しかし、以前も言ったがこの百年で出会った者たちの中には、未だ生存している者もいる。私は仮面で顔を隠していたがお前たちは違う。いや、そうでなくともだ。お前たちの美しさは一目見れば誰もが記憶に刻む。だからこそ、外で活動するためには大胆な変装と性格の変更をする必要があるのだ。なんとか我慢してくれ」

 

 その言葉を聞いた際の、ナーベラルの感情をどう表現すればいいのか。

 全身の細胞全てが歓喜に沸き、頭は真っ白になりすぎて、逆に冷静になる。

 容姿を褒められるなどナーベラルにとっては日常のことだ。

 それこそ主が言ったこれまで会ってきたどの人間も、ナーベラルとソリュシャンの美しさに心を奪われ、ある者は言葉を失い、ある者は求愛し、またある者は嫉妬した。

 当然だ。

 自分たちは創造主である至高の御方より、完璧な存在として創られているのだから、美しいのは当たり前のことでしかない。

 主もそれを理解しているからこそ、あっさりと告げたのだろう。

 だというのに、その言葉を聞いた瞬間からずっと頭の中で主の声が繰り返され、まともに思考も働かなくなる。

 

「ん? どうしたナーベ」

 

「い、いえ。なんでもございません! モモンさんの仰ることに異論などございません。このナーベ、必ずやそのご期待に応えてみせます!」

 

 主の声でやっと思考を再開したナーベラルは努めて冷静に答えようとするが、誰が聞いても動揺していることがわかるほど、声は上擦り顔が赤くなっているのも理解できた。

 

「期待している……それでだな。先ほどの人間が言ってきた話なのだが、ナーベはその都市のことを思い出したか?」

 

 ナーベラルの動揺を察したのだろう。主は突然話題を変える。

 主に気を使わせるなど本来あってはならないことだが、今はその気遣いがありがたい。

 

「はい。エ・ランテルですね。都市の名前など覚えておりませんでしたが、先のソーイの言葉で場所は思い出しました。我々がこの地に着いたあの草原近くにあった都市のことかと」

 

「! そうだ。あの時は拠点づくりが急務だったため立ち寄りはしなかったが、三国の要所となれば情報も集まりやすい。幸い竜王国の情勢も安定しているようだ」

 

「では」

 

「ああ。詳しくは依頼内容を聞いてからだが、受ける方向で持っていく。話を合わせてくれ」

 

「承知いたしました」

 

「……それで、だな。確か都市について情報収集をしたのはお前たちだったな」

 

 ここで主は僅かにいい淀むような間を空けた。

 

「は、その通りです」

 

「では、その都市のことを改めて聞かせてくれ」

 

 その言葉に、ナーベラルは疑問を覚えた。

 主には自分たちが集めた情報を全て伝えてある。

 強さだけではなく、知識や頭脳に於いても至高の存在である主がそれを忘れているはずがないからだ。

 

「い、いや。こうした内容はお互いが話し合うことで改めて見えてくるものもある。認識の共有は必要不可欠だ。組合を通す冒険者と異なり、ワーカーは情報の精査も全て自分たちでこなさなくてはならないからな」

 

 なるほど。とナーベラルは主の言いたいことを理解する。

 主は例え下等生物が相手でも決して油断せず、行動すべきだと言っているのだ。

 だとすれば決してミスは許されない。

 本来、全てに於いて完璧である主ならば、ここまで慎重に行動する必要はない。

 つまりこれは主ではなく、ナーベラルとソリュシャンを思っての対応なのだ。

 

 確かに自分たちは力に於いては主の身を守ることすら難しく、ソリュシャンはともかくナーベラルは演技面でも不安がある。

 そんな自分たちを守るために、主は下等生物である人間のふりをして、依頼人や仕事仲間に対しても下手に出る。

 冒険者と異なり、組合という縛りがないワーカーならば──自分たちの実力も含めて──対人関係にそこまで気を配る必要など無いのにだ。

 それも全ては自分たちが不甲斐ないせいだ。

 

 先ほどのミスも合わせて、これ以上醜態は見せられない。とナーベラルは自分の知るエ・ランテルの情報を話し始める。

 しかし、下でソリュシャンが待っている以上、時間も掛けすぎるわけには行かない。

 できる限り簡潔に、けれど要点はしっかりと纏めた情報が必要になる。

 未だ熱の残る頭で、ナーベラルは必死に情報を纏め始めた。

 

 

 ・

 

 

(やはり、依頼人は冒険者組合の人間か)

 

 竜王国の冒険者組合。

 その裏口に先ほどの依頼人が入っていく様子が確認できた。

 冒険者は特権を持つごく一部の例外を除いて、裏口からの出入りが禁止されている。

 そして現在竜王国にその特権が使用できる冒険者は残っていない。ということはあの依頼人は冒険者ではなく組合の職員だろう。

 

 訓練された足運びや、周囲を警戒してから入っているところをみると通常の職員ではなく、依頼の事前調査を行う者か、あるいは悪質な規約違反を行った冒険者に派遣されるという、お抱えの暗殺部隊の者かも知れない。

 もっとも、こちらに一切気づくことができなかったあたり、暗殺者であっても大した技量は無いだろう。

 流石に準備もなく、組合の中に侵入するのは難しいと判断して、ソリュシャンはそのまま道路を行き交う人間の中に紛れた。

 

(組合の人間ならば、私たちの実力を詳しく知っていても不思議はない。ならば、あの依頼も偽りないと考えて問題ないわね)

 

 今回ワーカーチーム漆黒に依頼のあった仕事の内容は、王国と帝国に跨る巨大な森林地帯であるトブの大森林。

 その奥地にあるとされるどんな傷でも癒すという伝説の薬草の採取だ。

 それを聞いた主は、依頼人にその薬草に付いて詳しい説明を求めたが、この依頼人はあくまで仲介役であり、本当の依頼人の素性は明かせないとのことだった。

 それを不審に思った主が、ソリュシャンに依頼人の尾行と調査を命じたのだ。

 

 裏取りを自分たちで行わなくてはならないワーカーにとって、依頼人や内容が不透明というのはそれだけで嫌厭されるものだ。

 それでもなお依頼人の素性を明らかにしなかった理由も、冒険者組合が関わっていたからなのだろう。

 本来冒険者からドロップアウトした存在であるワーカーに頼るのは、組合では対処できないと言っているも同然であり、できれば素性を隠したまま話を進めたかったのだ。

 

(しかし、組合で対処不可能な依頼であれば断る選択もできるはず、本当の依頼人はそれができない地位にいる人物とも考えられるけれど……)

 

 国家から独立した組織である冒険者組合も、完全にその支配から逃れることはできない。

 一見無理な依頼でも、何らかの事情で引き受けなくてはならないこともある。

 ただでさえ竜王国の組合は例のビーストマンの大攻勢によって多大な犠牲を払い、竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者チームであるクリスタル・ティアが壊滅したこともあって、冒険者組合の力が落ちている。

 そんなときだからこそ、難易度の高い依頼を達成することで冒険者組合の力を見せつけようと言うのか。

 だとすればワーカーである漆黒を頼るのはおかしな話だが、あるいはこの依頼が達成した暁には、漆黒を冒険者として組合に引き入れようと考えているのかも知れない。

 どちらにしても全ては推測、これからより詳しい裏取りが必要となる。

 元から裏取りは盗賊のスキルを修めたソリュシャンの仕事だが、今回は主より特に詳細な裏取りを行うように命じられている。

 絶対にミスは許されない。

 チラリと後ろに目を向ける。そこには姿は見えないが主がソリュシャンを守護するために召喚したモンスターがいるはずだ。

 

(これ以上、子供扱いされるわけにはいかないわ)

 

 主は自分たち二人を大切にしてくれている。

 この護衛モンスターもその一つだが、主は何かと理由を付けて自分たちを危険から遠ざけようとする。本来己の身を挺してでも主を守ることこそ、自分たちの存在理由だというのにだ。

 それはこの百年一切変わらない。

 対して自分たちの主への感情はこの百年で大きく変わった。

 当初からこれ以上無いと思っていた忠誠心は、その偉大さと優しさに触れる度に上限を超えて強くなる。 

 そしていつからか、ソリュシャンとナーベラルは──お互いに確認し合った訳ではないが──主に対して忠誠心ではない別の感情が芽生えていることに気が付いた。

 それは女として、あの御方に愛されたいという願望。

 

 けれど、主はそんな自分たちの気持ちに気付いていないのか、それとも気付かないふりをしているのか、ずっと自分たちを子供扱いしたままだ。

 主の認識としては、至高の四十一人と呼ばれる御方々が創造した自分たちはその子供であり、守るべき対象──本来は逆のはずなのだが──なのだ。

 至高の存在であり、自分の創造主である御方の子供というのは恐れ多くも、同時に名誉なことであると理解はしているが、それによって子供扱いを受け続けるのは少々残念だ。

 

(でも、ナーベラルにとっては役得かも知れないわね)

 

 先ほどのナーベラルの様子を思い出す。

 いつまで経っても、主の呼び方を直せない彼女にソリュシャンも少々憤りを覚えていたが、今回普段は自分たちに任せている取り次ぎの仕事を廃して、主自ら返事をしたことで、とうとうナーベラルを叱責するのかと思ったのだ。だが準備にしては長すぎる時間を置いてから、主を伴って現れたナーベラルは誰が見ても判るほど、上機嫌で普段下等生物として見下している人間相手でも──僅かではあるが──笑みを浮かべて応対していた。

 何かがあったのだと直ぐに判った。

 叱責ではなく、ナーベラルをあれほど喜ばせる何かが。

 

 今回もそうだが、何かにつけて主のフォローが必要なナーベラルは常に主の側にいることが多い。

 対してソリュシャンは、盗賊として奇襲や斥候の役割を担うため、単独行動が多くなる。

 そのことに思うことが無いと言えば嘘になるが、だからといってわざとミスをするような真似ができるはずもない。

 やれやれと言うようにため息を吐く。

 プレアデスの一人であるソリュシャンとしてではなく、ソーイの格好をしている今ならばこうした息抜きもできる。

 これは単独行動が多いことの唯一の利点だ。

 

(子供扱いされる理由はそれだけではないでしょうしね)

 

 主にとって自分たちが庇護の対象にしかなり得ないのは、生まれた経緯だけではなく、単純に実力不足もあるはずだ。

 創造主が定めた能力に不満など言うつもりはないが、ソリュシャンとナーベラルのレベルはどちらも六十前後。

 事実として、レベル百の主とは比べものにならない実力差がある。

 それでも、この世界の生物は人間以外の亜人や魔獣でもトップクラスでようやく三十を超える程度なので、十分過ぎると言えばそうなのだが、この世界にも例外的に強大な力を持った者は存在している。

 あの不愉快極まる竜王国の女王から得た情報に出てきた、竜王やプレイヤー、その子孫たちなどがそれにあたる。

 そうした者を相手にする場合、自分たちの実力では、主の盾になるどころか邪魔にしかならない。

 

 そうでなくともナザリック地下大墳墓そのものの防衛力や、強大な武具やマジックアイテム、潤沢なポーションの在庫などが無い現状ではなおさら慎重な行動が必須となる。

 それもあって主は、常に自分たちを守るべき対象として見ているのだろう。

 今回の依頼に主があれほど興味を示し、ソリュシャンにいつも以上に詳細な裏取りを求めたのも、おそらくはそれが理由だ。

 どんな病や傷も癒す薬草。

 それがどこまで本当かはまだ分からないが、そもそも精神作用も含めた状態異常の無効化や、正の力を受けるとダメージを負う特性を持つアンデッドである主にとっては、そうした薬草など無用のはずだ。

 つまり主はその薬草を己のためではなく、ソリュシャンとナーベラルのために手に入れようとしている。

 これまでもそうだった。

 主は何かにつけて自分には不要なはずの、効能の高い水薬(ポーション)や回復魔法の込められた巻物(スクロール)などを優先的に収集していた。

 これまで、それが使われるような激戦は無かったが、未だに主はその手の話に強い興味を示している。

 

 そのためならば主は自らが危険な場所に赴くことも辞さない。

 このようなことを続けていたら、たとえこちらから接触しようとしなくても、強大な力を持った何者かが突然襲いかかってくる可能性はある。

 その際に、自分たちの弱さが原因で主が崩御されるようなことになったら……

 それを考えると恐ろしくて堪らなかった。

 

 だからこそ、ナザリック地下大墳墓の捜索は絶対必要なのだ。

 そうでなくても、せめて階層守護者や、彼らと同格であり自分たちの上司であるセバス、あるいは自分たちの姉妹であるプレイアデス──末妹のオーレオールも合わされば攻守のバランスが整ったチームとなる──が見つかれば主の安全が確保できる。

 そう考えたソリュシャンとナーベラルは二人で話し合いを行い、主に直訴しようと考えていた矢先、突如として主の方からナザリックを捜索するため、ワーカーになることを宣言したのだ。

 少々タイミングが良すぎる気がしたが、絶好の機会であるのは間違いなく、二人もそれに賛同──そもそも主の命ならばこちらは賛成するしかないのだが──した。

 このまま情報を集め続けてナザリック地下大墳墓を発見し、主が凱旋した暁には、この過保護ともいえる主の自分たちへの対応も変わるだろう。

 

(そのためにも、一刻も早く情報を集めないと)

 

 何よりも。

 あの御方には、やはりナザリック地下大墳墓の玉座が良く似合う。

 水晶で出来た巨大な玉座に腰を下ろす主の姿が目に浮かび──ふと疑問に思う。

 自分たちプレアデスは第十階層の手前で、愚かにもナザリック地下大墳墓に侵入しようとする者どもを迎撃する任に就いていた。

 そこから動いた記憶は無い。

 では、この光景は一体どこで見たのだろうか。

 そもそも、どうして自分たちだけが主と共にこの世界に転移してきたのか、それもよく覚えていない。

 

「……ま。今はそんなことより、仕事だ仕事」

 

 答えの出ない方向に思考が向かいそうになっていることに気付き、ソリュシャンではなく、ソーイとして口を開いて、気合いを入れ直した。

 

 

 ・

 

 

 水晶の画面(クリスタル・モニター)に映る光景を見ながら、眼孔の光を細めた。

 複数展開された画面のいずれでも、NPCたちがそれそれの持ち場で仕事に打ち込んでいる。

 その鬼気迫る様子は、現実世界で働いていた頃の自分の比ではない。

 

「ろくに休みも取らずに……」

 

 第九階層の誰も使用していない部屋を必死に掃除する、一般メイドを見ながら深く息を吐いた。

 食事や睡眠を必要としないアンデッドならばともかく、ホムンクルスである一般メイドは全員がレベル1であることや種族ペナルティによって食事量の増大があるため、体力が少なく疲労しやすい。

 事実彼女たちはしばらく働くと体力が尽きるらしく、別のメイドと交代して食事を取りに出向くが、それは休むというよりまさしく補給といった様子で、ある程度回復するとすぐに別の場所の掃除に向かう。

 その様子は見ていて痛々しさすら感じるほどだ。

 それはメイドたちだけではない。守護者統括のアルベドを初めとして、NPCや傭兵モンスターに至るまで、休む必要のない者はそれこそ二十四時間体制で働いているのだ。

 本来は管理システムを使えば簡単にできるようなことまで手作業で行っている──どうやら管理システムはこの玉座の間でしか使用できないらしい──こともそれに拍車をかけている。

 

「その上、世界征服か」

 

 別の画面に目を向ける。

 ナザリックの維持管理だけでも大変だというのに、彼らは自分たちの価値をモモンガに示すため、かつて仲間たちとの雑談で出てきた世界征服を実行しようとしている。

 正直に言って、重すぎる忠義だ。

 本物のモモンガならばともかく、単なるコピーNPCである自分が受け止めきれるものではない。

 だが、このまま見ていることなどできるはずがない。

 どうやら、この世界はユグドラシルが現実世界になったわけではなく、ゲームのアバターであったナザリックの面々が魂を持って、全く別の世界に転移したというのが正解らしく、そこに住んでいる者も大して強い存在はいない。

 既に近場の国を一つ裏から支配する手はずも整えている。

 しかし、そのせいで更に皆の仕事は増えているのは明白だ。

 

「何とかするんだ。俺が」

 

 例え偽物であったとしても、自分には彼らの主である鈴木悟の記憶と人格がある。

 今、この状況をなんとかできるのは自分だけだ。

 

「やはり本当のことを言うか? ……いや、それではダメだ。そんなことをすれば今度は本物の探索に全力を注ぐ」

 

 この世界の戦力も大してわかっていないうちにそんなことをして、NPCたちが強敵に遭遇でもしたら危険だ。

 ナザリックそのものや、かつての仲間たちには未だ思うところがあり、黒い感情はくすぶり続けているが、NPCたちは関係がない。

 むしろ彼らは被害者だ。

 だからこそ、NPCたちだけはなんとしてでも守り抜くつもりだ。

 だが、全てを話した後で自分がそう訴えたとしても、今まで自分たちを騙していた偽物の言うことなど聞くはずもない。

 ならば──

 

「このまま嘘を吐き通すか?」

 

 自分が偽物であることを言わずに、本物として演技をしたままNPCの労働環境を改善する。

 本物の捜索は自分一人でこっそりと行う。

 しかし、本物が見つかった場合、何と言えばいいのか。

 

「いや、それは後だな」

 

 思考が暗い方向に行きかけたことに気づき、首を横に振った。

 そうしてから気分を切り替えるように立ち上がる。

 

「そのためにも、用意しなくてはならない物がたくさんある。行くしかないか」

 

 労働環境の改善は必須だが、そもそも彼らがこんな無理をしているのは、装備不足も大きな理由だ。

 特にメイドたちには食事睡眠が不要になる指輪であるリング・オブ・サステナンスが必要になる。

 本物のモモンガなら、自前のアイテムボックスの中に色々入っていたのだが、コピーの方には殆ど物は入っていない。

 正確には鈴木悟が勇者パーティーに必要なものと考えて持たせたアイテムや装備が幾つかあるのだが、それは一人分だ。

 つまり、NPCたちに配る分は別の場所から調達する必要があるのだ。

 

「この指輪だけは、残っていて良かった」

 

 自分の指に填められた指輪に目を向ける。

 本来は課金によって、十本の指全てに指輪が填められるようになっていたが、このコピーNPCにはそこまでの用意はなく、填められているのはたった一つだけ。

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

 ギルドメンバーのみが持っているこの指輪はナザリック内を何度でも自在に転移することができる代物であり、本来はこのコピーNPCも持ってはいなかった。

 いつの間にか指に填められているのは、記憶が定かではない最終日に何かがあって装備を変更した際に、今身に着けている他の武具やマジックアイテムと共に装備させたのだろうか。

 これが無ければ目的地には行けないため非常に助かったのだが、同時に億劫な気分にもなる。

 皆が作ったすべてのNPCが魂を得て自由に動いているということは、モモンガがかつて創ったNPC、パンドラズ・アクターもまた動いているに違いない。

 奴と会うのは気が重い。

 

「ノリノリで創ったからなぁ」

 

 かつて自分がカッコいいと思った物を詰め込んで創られたパンドラズ・アクターの服装や設定は今思い出すと、それだけで精神鎮静化が起こりそうになる。

 

「覚悟を決めろ。この計画にはあいつの協力は必須なんだ」

 

 パンドラズ・アクターの能力は今の自分に必要不可欠なものだ。

 

「……行くか」

 

 指輪の力を行使すると同時に、頭の中に幾つも選択肢が浮かびあがる。転移場所としてタグ付けがされている部屋の名前だ。

 もう一度、深呼吸のまねごとをする。

 一度この部屋を出てしまったら、もう後戻りはできない。

 玉座の間には、直接転移はできない設定になっているからだ。

 ここに戻るためには、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)を経由しなくてはならず、そうなると当然そこを護衛している者たちが騒ぎだす。

 先ほど見た水晶の画面(クリスタル・モニター)に映ったNPCの姿を思い起こし、覚悟を決める。

 

「宝物殿へ」

 

 頭の中でタグ付けされた場所の名を読み上げ、指輪の力を解放した。




復活手段が無いこともあり、この話のモモンガさんはナーベラルたちに対して、非常に過保護な性格になっています
そのことに二人は少し不満を抱いていますが、主の命令に疑問や不満を抱けるようになったのは、ある意味では百年間で成長したためでもあります

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