オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前回の続きとナザリック内で起こる問題についての話


第10話 一触即発

「やっと開いた。タブラさんの凝り性にも困ったもんだ。シズがいれば一発だったんだがな」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層、宝物殿。

 その一角にある武器庫に設定されていたパスワードを言い当てると、入り口を覆っていた扉の形をした漆黒の闇が収縮し、奥へと続く道が開かれた。

 

「余計な時間を掛けてしまった。急がなくては」

 

 そうは思うのだが、せっかく開いた入り口を前にして、突如足が重くなる。

 この奥にいるはずのパンドラズ・アクターに会うのが気が重い。

 それは単純にパンドラズ・アクターの存在そのものが、自分の黒歴史であるということだけではない。

 考え付いた作戦を実行するには、自分の影武者と、三人のモモンガが存在しているこの状況を知って協力してくれる者が必要不可欠。

 パンドラズ・アクターはそれを一人でこなせる上、他のNPCと異なり鈴木悟が直接造り上げたNPCだ。

 身体が偽物であろうと鈴木悟の記憶と人格を持った自分を、無下には扱わないだろう。

 そう思い、アイテムの回収と同時に、パンドラズ・アクターに現在自分が置かれている状況の説明をするつもりだったのだ。

 もっとも流石にユグドラシルがゲームであることや、鈴木悟のことまで話すわけにはいかないので、あくまでこの世界に三人のモモンガがいることと、自分が本物ではなくコピーNPCであることだけを説明するつもりなのだが、いざとなるとやはり気後れしてしまう。

 しかし──

 

「覚悟を決めろ、俺」

 

 玉座の間を出る際に口にした台詞を、もう一度繰り返す。

 時間が経てば経つほど、ナザリック内の状況は悪化していく。

 そう理解したからこそ、玉座の間を出たのだ。ここで足踏みをしているわけにはいかない。

 意を決し、武器庫の中に足を踏み入れた。

 

 久しぶりに訪れた武器庫には、数多の武器が、さながら博物館の展示室の如く陳列されている。

 目的地はここではないが、どうせなら皆に配る指輪などの、装身具系のアイテムがある部屋から入れば良かった。と今更ながら思ったが、そちらは別のパスワードが設定されているため、戻る時間が勿体ない。

 そのまま百メートルほど進むと、目的地である長方形の部屋が見えた。

 宝物殿の最深部である霊廟に続く待合室のような場所であり、ここにはソファとテーブルのみが置かれ、その奥には霊廟へと続く入り口がある。

 初期配置だとパンドラズ・アクターはここにいるはずだが。

 

「っ!」

 

 そんなことを考えながら目を向けた先に見えた人影に思わず息を呑み、足を止めた。

 

「タブラさん……」

 

 自然と名を呼んでしまってから、直ぐに小さく苦笑して、止めた足を前に進める。

 

「そんな筈無いよな」

 

 懐かしい仲間の姿を見ても動揺はない。

 それはパンドラズ・アクターの能力を知っているせいだけではなく、最終日の誘いにも乗らなかった彼らが、今更ここに戻ってくるはずなどないと理解しているからだ。

 動揺の代わりに湧き上がる、書き換えられた設定のせいで生まれた黒い感情を押さえ込みながら、自分を落ち着かせるため、更にゆっくりと足を進める。

 既に相手の魔法の射程範囲内に入っているが、動きはない。

 自分の正体に気づいて、問答無用で攻撃を仕掛けて来るということは無さそうだが、念のためこちらから先手を打つことにした。

 

「パンドラズ・アクター。元に戻れ」

 

 パンドラズ・アクターの能力は、ギルドメンバー全員を含んだ四十五の外装と能力を八割程度まで使えるという強力なものだが、その分弱点として素の状態の際は非常に脆くなる。

 状況を話している途中で不測の事態が起こって、もし戦うことになったとしても、こうしておけば変身するまでの一手間分こちらが先手を取れる。

 

「はっ。ようこそおいで下さいました。私の創造主たるモモンガ様!」

 

 ぐにゃりとタブラ・スマラグディナの姿が歪み、代わりに現れたのは見覚えのある軍服姿のドッペルゲンガーだった。

 そのまま靴を鳴らして、オーバーなリアクションで敬礼しながら告げるその姿を見た瞬間、羞恥によって感情が高ぶり、即座に精神抑制が発生する。

 

(設定だけでもキツかったというのに。動いているところは尚更キツいな)

 

「……お前も元気そうだな」

 

「はい。元気にやらせていただいています! ところで今回はどうなされたのでしょうか?」

 

 オーバーなリアクションのまま返答したパンドラズ・アクターは言葉を切り、一瞬言い淀むような間を空けてから続けた。

 

「それに……そのお体はいったい」

 

「え?」

 

「モモンガ様本来のものでは無いようですが……」

 

 ぽっかりと穴が三つ空いているだけで、表情など存在しないパンドラズ・アクターだが、明らかにこちらを訝しんでいるのが分かる。

 元よりこちらから話すつもりでいたが、まさかこれほど早く、殆ど一目見ただけで気づかれるとは思ってもいなかった。

 

「モモンガ様? 如何なさいました?」

 

「……パンドラズ・アクターよ」

 

 予定とは違うが、ここまで気づかれているのなら、もう行くしかない。

 

「はっ!」

 

「今、このナザリック地下大墳墓が置かれている状況は理解しているか?」

 

「いいえ。ですが、モモンガ様がいらっしゃったということは、ついに私の力を使うときがきたのかと」

 

 片手を胸に当て、自らをアピールするパンドラズ・アクターに対して、一瞬言葉を詰まらせる。

 実際その通りなのだが、恐らくここが最後の分岐点。本当に言っていいのか不安になったのだ。

 果たして本当にこの決断が正しいのか。

 自分の正体を明かしても、パンドラズ・アクターが味方のままでいてくれるかは分からない。

 だが、決断をしなくては先には進めないのもまた事実。

 意を決して、現在自分が置かれている状況を全て話すことにした。

 

 

 

「なるほど。そういうことでしたか」

 

 全ての説明を聞き終えたパンドラズ・アクターが神妙に頷く。

 

「ああ。他の者たちには本物のモモンガの存在を気づかれてはならない。その上でナザリック内の環境を改善させ、シモベたちの安全を確保する。これが最優先事項だ。そのために宝物殿のアイテムが必要となる」

 

「そちらに関しては問題ございません。ここにある物は全てモモンガ様のもの。直ぐにでもご用意いたしましょう」

 

「頼む」

 

 目的が達成されたことに安堵していると、パンドラズ・アクターが一瞬探るような間を空けてから言う。

 

「……それで、残る御二人のモモンガ様の捜索は如何なさいますか?」

 

「ん? ああ、それは──」

 

 全員に鈴木悟の意識が宿っていると仮定した場合だが、少なくとも二人に対しては、他のギルドメンバーのような黒い感情は浮かばない。

 しかしながら設定の書き換えも含めて、自分が一番面倒を押しつけられたという思いはある。

 見つけだして一言文句を言ってやりたいのは確かであり、何よりさっさと本物を見つけて、自分がNPCでありながら玉座の間を占拠していたことや、これから行おうとしている作戦を認めてもらわなくては、命が危うい。

 全員が同じ鈴木悟ならば、そのあたりの説得もできるだろう。

 その意味では残る二人の捜索は第二の目標といったところなのだが、そのためにはもう一つ、確認しておかなくてはならないことがある。

 

「パンドラズ・アクター。一つ聞きたい」

 

「何なりと」

 

 恭しく頭を下げるパンドラズ・アクターの、オーバーな演技に慣れつつある自分に気づきながら続ける。

 

「例え身体が別のものであっても、俺はお前の創造主だ。それは間違いないな?」

 

「仰るとおりでございます。私は貴方様に創られた。それは何があっても変わりません」

 

 一切淀みなく、きっぱりと言い切る。

 

「では、他の二人はお前にとってどのような存在だ? 偽りなく答えよ」

 

 パンドラズ・アクターの持つ忠誠心は、本物の方が上なのかそれとも全員が平等なのかを確認する必要があった。

 これによって自分一人で捜すのが良いのか、それともパンドラズ・アクターの力も借りた方が良いのかが決まる。

 そうした意図での問いかけに対する、パンドラズ・アクターの答えは単純明快なものだった。

 

「無論。このパンドラズ・アクター、御三方全員に平等の忠義を捧げる所存です」

 

 この時ばかりはオーバーなリアクションはなりを潜め、真剣そのものといった様子だった。

 

「そうか」

 

 完璧な演者であるパンドラズ・アクターが、ここで嘘をついていたとしても、それを見抜くことなどできるはずがない。

 だが、そんなことは関係がない。

 NPCたちの深すぎる忠誠心を見た時から決めていた。

 彼らは定められた設定内容に関わらず、誰一人の例外もなくモモンガを至高の存在と崇め、忠誠を誓っている。

 これから自分は皆を守るため、そして自分の身を守るためにも、皆に嘘を吐き、隠し事も続けるだろう。

 だからこそ、彼らの忠誠心だけは疑わない。

 

 パンドラズ・アクターがそう言うのならば信じよう。

 三人全員が同じ立場なら、自分ではなくパンドラズ・アクターが最初に別のモモンガを見つけたとしても、そちらの命令を一方的に聞くこともないため、安心できる。

 

「……しかし、気になる点が一つございます」

 

 ピンと指を持ち上げるパンドラズ・アクターの声は先ほどと同じく神妙であり、一度安堵しかけてしまっただけに、思わず背筋を正して問い返した。

 

「なんだ。言ってみよ」

 

「呼び名です」

 

「ん? 呼び名、とは……ああ」

 

 口に出して言っている途中で気が付く。

 名前のことだ。

 鈴木悟の人格を持った三人。パンドラズ・アクターにとっては全員がモモンガである以上、それぞれをどう呼び分けるべきかと聞いているのだ。

 気を張っていただけに肩すかしを食らった気分だが、自分の創造主であり、忠義を捧げる相手の呼び名は重要なのだろう。

 

(まさか番号を付ける訳にもいかんしな。とは言え、良い機会かもしれない。今の俺がモモンガを名乗るのはどうも気が引ける)

 

 いくらパンドラズ・アクターが全員平等だと言っても、やはり自分はコピーとして作られた身体には違いない。

 その上、ナザリック地下大墳墓の魔王。そう設定を書き変えられた時点で、純粋なモモンガのコピーですらなくなった。

 そんな自分が名乗る名前。

 

「そうか」

 

 ポツリと、小さな声が自然と漏れた。

 別の世界に来てしまった時点で、かつての仲間たちは戻ることはもう無い。つまり、ギルド・アインズ・ウール・ゴウンはもはや存在しない。

 ならばこそ、何者でもなくなった自分が、それを受け継ごう。

 このナザリック地下大墳墓の支配者にして魔王として、自分の子供たちであったNPCを置いて去っていった仲間たちの代わりに、皆を守るために。

 自分こそが、アインズ・ウール・ゴウンになればいい。

 

「私にとっては御三方皆、創造主様。つまりは父上、と言っても差し支えはございません!」

 

 よし。と持っていた杖を握りしめ、その話を告げようとした瞬間、それ以上の勢いを以てパンドラズ・アクターが言い、思わず開きかけた口を閉じた。

 どうやら、パンドラズ・アクターの言いたかったことは、こちらの想定とは違ったらしい。

 

「え? あ、うん。そうだな。そんな感じの、うん。何かではあるな」

 

 言いかけたセリフを遮られた上、唐突な親子宣言に驚き、何を言って良いのか分からず慌ててしまうが、言っている内容自体はそこまで間違っていない。

 つい先ほど他のNPCのことをギルドメンバーたちの子供だと考えたばかりなのだ。

 その意味で言えば自分が創造したパンドラズ・アクターは自分の子供になる。

 

(だからって認めるとなるとなぁ。しかし、これからのことを考えると、色々迷惑かけることになるんだし、それぐらいは認めるべきか?)

 

 考えている間にもパンドラズ・アクターの話は続く。

 

「ですが、その御身体は私の後に、モモンガ様の手によって作られた。であるならば──」

 

 そこで言葉を切ると、間を空ける。

 やはり何か頼みごとでもあるのだろうが、今のところ何を言いたいのかはよく分からない。

 先ほどこの身体が本物でも偽物でも関係ないと言ったばかりのはずだが。

 予想は付かないが、ある程度の願いならば叶えようと寛容な心を抱きながら続きを待った。

 

「同じ時期に作られた御二人にとって、私は──兄、に当たるのではないかと」

 

「んん?!」

 

 思ってもみなかった言葉に一瞬にして精神が振り切れ、その後抑制される。

 その動揺の隙を逃さず──本人にその気はないだろうが──パンドラズ・アクターは更に続けた。

 

「しかし精神的には御三方とも父上。ならばここは間を取り、私は御三方を父上と呼び、そして御二方は私を兄と呼んでいただくのが宜しいのではないかと。そう愚考した次第です」

 

「あー、うん。言いたいことは理解した」

 

 理解はした。間違いなく。

 

「では!」

 

 オーバーなリアクションが無くとも声だけで、喜んでいることが分かるパンドラズ・アクターに対してモモンガ……否、アインズはきっぱりと言い張った。

 

「うむ。却下で」

 

 

 ・

 

 

 第九階層の一室。

 私室として与えられた部屋に移動したユリ・アルファは、室内に入る前に小さく肩を落とす。

 

(私は疲労も睡眠も必要ないのだから、できればずっとあの場に待機していたかった)

 

 心の中でため息を吐いてから表情を戻す。

 室内にいる妹たちに気を抜いている姿など見せるわけにはいかないと己を律し、ユリは部屋の扉を開けて中に入った。

 

「ん? ユリ姉も休憩っすか?」

 

 中に入った途端、妹の一人ルプスレギナ・ベータが声を掛けてくる。

 だらりと椅子に腰かけた姿は、とてもメイドとして相応しい姿には見えない。休憩中なのでとやかく言うのもどうかと思うが、ユリ自身は妹たちに気を抜いているところは見せられないと気合を入れたばかりだったこともあり、多少思うところがあった。

 とは言え、その思いは態度には出さず部屋の中に入る。

 

 プレアデスの仕事は第十階層に続く扉の守護であるが、玉座の間に主が籠もったことで、より防衛力を強化する必要が出たため、現在その場には各階層より選りすぐられたシモベたちが集まり、共同で守護の任に就いている。

 それらは全員が高レベルのシモベであり、はっきり言ってしまえばプレアデスはその中で最も弱い存在だ。

 元からその場の守護が仕事だったということで、任務から外されることはないが、居ても居なくても変わらない、と思われているのは確かだろう。

 だからこそ、姉妹全員が一度に抜けても問題なしと判断されたに違いない。

 それは理解できるが、やはり自分たちの職場に他の者たちが出入りし、その上それらが至高の存在から直接創造された自分たちより重要視されている現状には不満が残る。

 加えてプレアデスのリーダーであるセバスは現在、より重要度の高い玉座の間手前の、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)を含めた第十階層全体の警備責任者となっているため忙しく、直談判もできないことも拍車をかけ、そうした思いがユリから冷静さを奪い、失言を口にしてしまった。

 

「ええ。姉妹皆で休憩を取るように、セバス様が気を使って下さったみたいね」

 

 口に出してから己の失言に気付いたが、既に遅くユリの言葉を聞いたルプスレギナは眉を寄せた。

 

「皆で、っすか?」

 

「……二人は?」

 

 今更訂正はできないが、せめてあの二人には聞かれたくない。

 彼女たちはプレアデスの中では下の妹に当たる──プレイアデスとしてならばオーレオールが末妹になるが──ということもあるのか、二人とも精神的に幼い部分がある。

 今の台詞が聞こえたらまた落ち込んでしまう。

 

「あっちで休んでいるっす。いやー空気が重いのなんのって」

 

 対して次女である彼女はさほど気にしているようには見えない。

 いや、気にしていないはずはない。

 恐らくはユリの失言を流すため、わざと明るく振る舞っているのだ。

 

「そう……あの二人が早く見つかると良いのだけれど」

 

「どこ行っちゃんたんすかねー。ソーちゃんとナーちゃんは。あの二人だけなんすよね? 行方が分からなくなっているのは」

 

 プレアデスの三女であるソリュシャンとナーベラルが、どこにも居ないことが判明したのは、ナザリック地下大墳墓が異なる世界に転移してしまうという、異常事態が発覚してしばらく経ってからだった。

 最後まで残られた至高の存在である主が、玉座の間に閉じこもり、ナザリック内が混乱を極めたことで確認が遅れたためだ。

 初めは、ナザリックのどこかに居るのだろう──ユリとセバスも本来の職場ではなく、何故か地表に居たということもあったため──と考えられていたのだが、いくら探しても二人は見つからなかった。

 

「そのようね。もっとも第八階層や第十階層の一部の場所は勝手に立ち入ることが出来ないから、捜していない場所もあるけれど、もしそこに紛れ込んだのなら二人から連絡が入るはず。そもそもオーちゃんが位置を把握できていないとなると……」

 

 プレイアデスの末妹であり、指揮官でもあるオーレオール・オメガは姉妹の位置を常に把握している。

 その彼女が見つけられないのならば、二人はナザリック内にいないことになる。

 

「うーん。だとするとやっぱり外っすかね。捜しに行きたいっすけど」

 

 ルプスレギナがちらりとこちらを窺うように視線を向ける。

 

「今は無理ね。モモンガ様の許しが出ないことには」

 

「そーっすよねー」

 

 盛大にため息を吐くルプスレギナを見ながら、不意にイヤな考えが浮かぶ。

 恐らくルプスレギナもその可能性は考えているはずだ。

 

 それは、二人は既に死んでいるのではないか。という可能性。

 現状を考えれば決してあり得ないことではない。

 全員の所在が確認され、居なくなったのはあの二人だけ。

 場所を把握できるはずのオーレオールも存在を把握できない。となればむしろ既に死亡している確率の方が高い。

 その場合、死体が無ければ復活魔法の掛けようもなく、そもそも自分たち至高の御方に創造された者たちは、通常の復活魔法は効かず、蘇るには大量のユグドラシル金貨が必要となる。

 それが出来るのは主だけだが、その主は未だ玉座の間から出てこず、ナザリックの資産は全て至高の御方の物であるため、軽々に頼むことも出来ない。

 恐らく妹たちはそれも理解しているからこそ、ああも落ち込んでいるのだ。

 

(なんとかしてあげたいけど……)

 

 二人だけではない。

 口には出さないが、このナザリックの異常事態や、最後まで残られた慈悲深い主が姿を見せない状況には皆が不安を抱いている。

 特に顕著なのは一般メイドたちだ。

 彼女たちのケアに関してはペストーニャからも相談を受けているが、難しい問題だ。

 そして、それはユリ自身も同じだった。

 妹たちや一般メイドたちのこともあって、決して口には出来ないが、ユリ自身にも悩みがあった。

 この世界に転移した際、共に地表に居たユリは、何かとてつもなく大切な物が無くなったような喪失感を覚えたのだ。

 これは共にいたセバスも同じはずだ。

 

(なぜ私たちだけが地表に。いいえ、あの時他にも誰かが居たような?)

 

 その辺りの記憶は曖昧なのだが、地表に自分たちとは別の誰かが居たような気がする。

 そのことをセバスと話し合う必要があると感じてはいるのだが、セバスの職場が変わったことに加え、この緊急事態への対処や妹たちの捜索やケアにかまけて後回しになっていた。

 しかし、ある程度ナザリック内が落ち着きを取り戻し、第十階層の警備にも余裕が出てきた今こそ、改めて時間を取るべきかもしれない。

 

「ま。いつまでもここにいてもしょうがないっすよね。休憩中は休憩しましょうっす」

 

 突然大きな声を出したルプスレギナは、椅子から立ち上がると、そのままユリの後ろに回り込み、彼女の背中を押して歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと。ルプー、押さないで」

 

「いーからいーから。疲れた姉に少しでも楽な思いをして欲しいという妹心っすから」

 

「私は疲労なんて──」

 

 しない。と言い掛けて、止める。

 確かにアンデッドであるユリは肉体的な疲労とは無縁だが、精神的な疲れは別なようだ。

 ルプスレギナはそれを見抜いたのだろう。

 ユリのことを案じているのも間違いないが、それと同様、今のままではエントマとシズにも気づかれかねない。と言葉に出さずに伝えているのだ。

 普段の彼女は嗜虐心が強く、残忍な性格をしている問題児だが、それとは別に頭の回転が速く、何より空気が読める。

 こうした時はそれが非常にありがたい。

 

「さあさあ、可愛い妹たちに会いに行くっすよ。シズちゃんなんかわざわざ第六階層の魔獣に癒されに行ったのに、誰も居なかったってむくれて大変なんすから」

 

 背中を押されながら歩く途中告げられた言葉に、引っ掛かりを覚えた。

 

「第六階層?」

 

 可愛いもの好きのシズが、休憩中よく第六階層に出向いていることは知っている。こんな大変な時に。とも思うのだが、シズたちと同じくまだ精神的に幼いアウラとマーレの気分転換にもなるだろうと、ナザリックの内政面の責任者であるアルベドから許可を貰っている。

 

「そうっすよ。魔獣もそうなんすけど、守護者の二人も居なかったとかなんとか」

 

「あーちゃんたちが……」

 

 魔獣は各所で護衛にも使われているが、広大な第六階層を纏める守護者が二人ともいないというのは気にかかる。

 

「詳しく話が聞きたいなら、急ぐっすよ」

 

 理由を考え始めたユリの背中を押すルプスレギナの力が強くなり、必然的に速度も上がっていく。

 

「分かった。分かったから。スピード上げないで! 頭が、頭が落ちるから!」

 

 チョーカーで留められているだけの頭を押さえながらルプスレギナに告げるが、それは寧ろ彼女の嗜虐心を刺激したらしく、更に速度を上げて、妹たちが待つ部屋に向かって突進していく。

 

(あー、もう! この娘は本当に!)

 

 心の中で叫びつつも、ユリの口元は僅かに綻んでいた。

 

 

 ・

 

 

 ナザリック地下大墳墓第三階層にある地下聖堂。

 百メートル四方はある巨大な聖堂は、本来完全な闇に閉ざされており、その中を数十体にも及ぶアンデッドが徘徊しているのだが、今日は壁にいくつも灯りが付けられ、徘徊しているアンデッドも壁際に整列している。

 その中心にはこの階層の守護者、シャルティアが待機しており、その視線は転移門に向けられていた。

 やがて転移門が作動し、中から小さな二つの影が現れる。

 

「とうちゃーく!」

 

「お、お待たせしました」

 

 約束の時間を過ぎたことを全く気にしていないアウラと、深々と頭を下げながら現れるマーレ。

 対照的な双子を前に、シャルティアはとりあえず遅れたことは口にせず、ボールガウンの裾をそっと持ち上げた。

 

「ようこそ私の守護階層へ。二人とも歓迎しんすぇ」

 

 相手が如何にがさつな粗忽者であっても、こちらから招いた以上は客人、相応の礼儀を以て対応する必要がある。

 

「あー、うん。ありがと」

 

「お、お邪魔します」

 

 どことなく居心地悪そうな二人に対し、顔を持ち上げたシャルティアはアウラたちの後ろに誰も居ないことに首を傾げた。

 

「? 二人とも、部下の魔獣は連れてきていんせんの?」

 

「一応みんな集まってもらってはいるけどさ。一気に移動したら他の守護者に見つかるからねー、先ずは話を聞いてからじゃないと。シャルティアに勝手なことをさせないようにってアルベドにも言われているしね」

 

 カラカラと笑いながら馬鹿正直に告げるアウラに、シャルティアは小さく鼻を鳴らして、マーレに目を向ける。

 いつか、マーレも似たようなことを言っていた。

 その時は誰に言われたかは、口にしなかったが、どうやらアルベドだったらしい。

 その視線に気づいたマーレは、体をビクつかせシャルティアから顔を逸らした。

 

「勝手なこと、ではありんせんぇ。だからこうして二人に話を通そうとしていんすから」

 

「でも世界征服の計画は、アルベドとデミウルゴスが作戦を練っているんでしょ? その二人に話を通さない時点で、勝手な行動には変わりないんじゃないの?」

 

「そもそも。わたしたち守護者はアルベドたちの命令を聞く必要はありんせん。わたしに命令を下せるのは至高の御方々だけ。仮にモモンガ様が二人の命令を聞くように命じたのであればともかく、そんな話は聞いていんせんぇ」

 

「いや、だって。アルベドは守護者統括でしょ?」

 

 呆れたように言うアウラに、シャルティアは僅かに身を引き、言葉を詰まらせる。

 確かにアルベドの役職は守護者統括。

 すなわち階層守護者を纏める立場であり、場合によってはナザリック内の指揮を執ることも許されている。

 それは至高の四十一人が定めた役職であるため、シャルティアが不満を言うことは許されない。

 

「だ、だとしても! それはあくまで役職上のこと。至高の御方に創造された者たちに地位の違いはあっても、立場には違いはありんせん」

 

「だったら、アルベドに直接そう言いなよ」

 

「ぐぬぬ」

 

 思わず口篭もる。

 あの二人が相手では直接言っても丸め込まれる気がする。などと口が裂けても言えない。

 至高の存在が創った自分の能力には不満など一切無いが、それ故にナザリックでも一、二を争う知者として創造された二人には敵わないことは理解しているのだ。

 

「だいたい、計画の何が気に入らないのさ。もうこの辺で一番強い国を裏から支配して、操れるようになったんでしょ?」

 

 アウラが言っているのは、スレイン法国なる国の事だ。

 宗教国家であり、ごく一部の人間によって国の運営が決まるその国は、裏を返せばそのごく一部の人間たちを操れば、国そのものをどうとでもできる以上、既に一国を支配したも同然である。

 現時点では、確かに順調な滑り出しと言えるかも知れない。

 

「デミウルゴスの計画が、これからどうなるかは聞いていんすか?」

 

「これから? えーっと」

 

 アウラがチラリとマーレに目を向ける。

 その視線を受けて、これまでずっと黙っていたマーレは怖ず怖ずと口を開いた。

 

「そ、その国を使って、他の国に戦争を仕掛けさせて、ナザリックが直接支配する足場になる場所を手に入れるって言ってたよ」

 

「ああ。そんなこと言ってた気がする」

 

 納得したように頷いてから、アウラはだから何? と言わんばかりに首を傾げこちらを見る。

 

「だから! そんな手間をかける必要がどこにあるのかという話よ! 人間どもの国なんて、わたしの転移門(ゲート)でアンデッドかアンタの魔獣を何匹か送れば、今日にだって滅ぼせるでしょ。法国の奴らを使うにしたって、戦争を起こして人間同士を争わせるようなことをしなくても、問答無用で都市を襲わせて、それにわたしたちが便乗して暴れさせた方が手っとり早い! あいつ等はみんなわたしの眷族。一言命じるだけで今すぐにだって動けるのよ」

 

 興奮して創造主より、そうあれ。と定められた言葉遣いを忘れて言い放つ。

 捕らえたスレイン法国の者たちから聞き出した情報によって、この世界の人間たちが如何に脆弱な生き物かは調べがついている。

 それを知って、シャルティアはますます疑念を強めた。

 やはりこれはアルベドとデミウルゴスが、知略という自分の得意分野で成果を挙げるために、わざと慎重策を採っているに違いない。とそう考えたのだ。

 何よりも──

 

「このままでは、わたしの力をモモンガ様にお見せできんせん!」

 

 思わず口から出てしまった言葉に、アウラはジトリと半目になってこちらを睨む。

 

「あー、それが本音な訳ね」

 

 頭の後ろで手を組み、アウラは僅かに視線を上に向けて、考えるような態度を見せていたが、やがて大きく頷いた。

 

「よし。だったらあたしたちも一緒にアルベドのところに行ってあげるよ。正直あたしも人間相手にそこまで慎重になる意味が分からないし、ちゃんと話してみようよ」

 

「え?」

「え?」

 

 シャルティアとマーレの声が重なる。

 しかし、その意味は異なる。

 マーレは単純に自分も頭数に入れられている事に驚いただけであり、自分を指さしながらアウラの顔を窺う。

 

「え、えっと。それは僕も?」

 

「当たり前でしょ」

 

 キッパリと言い切られ、ええ。と絶望的な表情と声を出しているマーレを後目に、シャルティアは唇を噛みしめた。

 

(マズイ。このままアルベドのところに行ったら絶対にバレる)

 

 お子さまで単純なアウラと、大人しいマーレくらいならば簡単に丸め込めるだろうと考えて、シャルティアは既に行動を開始していたのだ。

 法国の最高執行機関なる十二名の者どもは全てシャルティアの眷族であり、表面上はアルベドとデミウルゴスの命令を聞くように言い聞かせ、その裏でシャルティアの計画も聞かせてそちらの準備を進めさせていた。

 後はこの二人を引き入れた後、直ぐにでも行動を開始して──そのためにアウラに魔獣を連れてくるように話していた──後戻りができなくなってからアルベドたちに説明しようと思っていたのだが、その前にアルベドに会ったら釘を刺されかねない。

 何とかしてアウラを思い留まらせなくては。と必死に頭を回転させていると、不意に転移門が作動する。

 

「あれ?」

 

 不思議そうに振り返るアウラとマーレ。

 そしてそれを後ろから見ていたシャルティア、三人の前に転移門から人影が現れた。

 現れた影は三つ。

 

「チッ」

 

 思わず舌を打ち鳴らす。

 そこから出てきた人物と、その格好を見て何をしにきたのか理解したからだ。

 

「私のところに来る必要はないわ。アウラ」

 

 いつものドレス姿ではなく、真っ黒な全身鎧と、長大のバルディッシュを持ったアルベドが低い声で告げる。

 その後ろにいるデミウルゴスとコキュートスもまた武装を整えていた。

 アルベドが口にした台詞は、先ほどのアウラが会いに行くと言ったことへの返答だ。

 つまり、ここでの会話は盗み聞きされていたことになる。

 

「……わたしを監視していたんでありんすね?」

 

 本来、守護者統括であろうと、階層守護者のシャルティアに気づかれることなく、会話を盗み聞きすることは難しい。

 しかし、今更ながら思い出した。第五階層、氷結牢獄の領域守護者は情報系に特化した魔法詠唱者(マジック・キャスター)、そして彼女はアルベドの姉でもある。

 その力を使えば、シャルティアに気付かれずこちらの動きを監視することができる。

 つまり、シャルティアの計画が全て筒抜けだったということだ。

 

「ええ。だから申し開きは必要ないわ。貴女の身勝手な行為は、ナザリック地下大墳墓の不利益に繋がる。それはモモンガ様に対する不忠も同然。その罪──」

 

 転移門から降り立ったアルベドは、そのままバルディッシュを小枝のように振り回し、その切っ先をシャルティアの首もとに突きつけた。

 

「命で贖え」

 

 明確な殺意が込められた声が、大聖堂の中に響き渡った。




ちなみにパンドラズ・アクターが、書籍版ではアインズ様から成長の証を見せるよう言われて初めて提案した呼び方の変更を、自分から申し出たのは、本人も気づかないうちにモモンガさんをNPCだと認識して少し気安さを覚えていたからです
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