オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前回の続き
ちなみに三人のモモンガさんの呼び名についてですが、ナザリックのモモンガさんが前話で改名したので
200年前に転移した本物 悟 or サトル
100年前に転移したコピー モモンガ or モモン
現在に転移に転移したコピー アインズ
基本的には地の文に関してもこれに固定します


第11話 偽王の帰還

 第十階層、玉座の間。

 その一つ前に存在する半球状の大きなドーム型のこの部屋は、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)と呼ばれている。

 この場は本来、壁に掘られた穴の中に配置されたレメゲトンの悪魔像と、天井に存在する四つのクリスタルによって防衛され、それ以外の者は存在して居なかったのだが、今は違う。

 

「……」

 

 誰一人として口を開くことなく、不気味な緊張感に包まれた室内。

 その空気を作り出しているのは、玉座の間へと続く巨大な扉のすぐ脇に立ち、ドーム全体に目を光らせているナザリック地下大墳墓の家令にして執事であるセバス・チャン。

 彼は至高の存在によって直接創造された者であり、強さに於いてもそうだが、格としても守護者と同等と定められている。

 対して他の者たちは守護者の直属の部下たちではあるが、至高の御方に創造されたものはいない。

 だからこそ、元より第十階層の守護を任せられていた者たちからすれば、自分たちが信用できないから増援を呼ばれたと考え、不満を抱いている。

 

 言葉にせずとも、セバスはそう考えているに違いない。

 

(などと、皆は思っているようですね)

 

 実際そうした思いが一切無いとは言わないが、そもそもセバスの持ち場はここではなく、その一つ前の第十階層に続く扉の守護なので、持ち場が変わっているのは自分も同様だ。

 また、ここにいるものたちはそれぞれの階層から選りすぐった精鋭たちであり、単純に戦闘力に優れているものから、探知能力に重きを置いているもの、回復や補助魔法を専門に扱うものまで、如何なる敵が現れようと対処できるメンバーが揃えられている。

 自分たちが絶対に守らなくてはならない主の護衛という意味では、これでも必要最低限。

 不満などと思うはずがない。

 セバスが気にしているのは彼らではなく、それ以外のことだ。

 仕事中に別のことを考えるなど、ナザリックの執事としてあるまじき行為であるが、どうしても頭にチラつく。

 そうした己に対する不甲斐なさや怒りが、周囲の誤解を招いているのかもしれない。

 

(しかし──)

 

 それでも考えることが止められない。

 一つは自分の部下であるプレアデスのメンバー、ナーベラルとソリュシャンが行方不明になっていることだ。

 そのことで姉妹たち──特に精神的にまだ未熟なシズとエントマ──が心を痛めているのはセバスにも伝わっている。

 一応既にアルベドに報告を上げ、彼女の姉であり情報系魔法に特化した魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるニグレドに捜索を頼んでいるのだが、現在ニグレドは別の問題解決の為に魔法を使用しているらしく、捜索開始まではもう少し時間がかかるそうだ。

 

 それまでの間にプレアデスが暴走して、仕事に支障が出ても困る。

 部下の管理は上司であるセバスの仕事。

 キチンとケアをしておく必要があると考え、姉妹全員の休憩時間を合わせておいた。

 普段は長女であり、プレアデスの副リーダーでもあるユリが、率先してそうした気遣いをするのだろうが、今の彼女にはその余裕はなさそうだったため、上司権限で無理にでも休ませたという経緯もある。

 ユリに関してもこれで少しは気分転換になると良いのだが。

 

(後はルプスレギナに任せるとしましょう)

 

 次女であるルプスレギナは、ああ見えて気遣い上手だ。ユリが張りつめすぎていると理解すれば上手く動いてくれるだろう。

 

 そして、もう一つ。セバスにとってはこちらの方がより重要だ。

 何らかの異変が起き、かつてナザリック地下大墳墓が存在した沼地から平原の真ん中に移動したあの日のこと。

 ユリは覚えていないようだが、セバスは地表に取り残される以前のことも、朧げながら覚えているのだ。

 

 その場にいたのは自分とユリだけでは無かった。

 行方不明になっているナーベラルとソリュシャン。彼女たちを従えるように立つ、全く見覚えのない漆黒の鎧に身を包んだ戦士。

 そして、残る最後の一人である純白の鎧を身に纏った騎士の総勢六名が居たはずだ。

 

(あれは私の見た幻覚なのでしょうか。だとしたら何故……)

 

 不可解なのは、その六名が敵対者として玉座の間に踏み込んだ記憶があることだ。

 自分もユリもアインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓う者。

 敵対することなどあり得るはずがないというのに。

 

 現にナザリックには損害一つ起こっていないのだから、やはりあれに関しては幻だったのだろう。

 だが一つだけ。その後地表に上がり、自分とユリを置いて一人空へと昇っていく純白の騎士の後ろ姿と、その時の喪失感だけは朧気な記憶の中にもしっかりと残っている。

 あの純白の鎧をセバスが見間違えるはずはない。あれは己の創造主が纏っていたものなのだから。

 ならば──

 

(私は、また置いていかれたのでしょうか。たっち・みー様)

 

 それは考えてはならない禁忌。

 思わずセバスは拳を握りしめる。

 身につけた白い手袋に皺が寄り、僅かに音を立てた。

 周囲の気配が自分に向いていることに気づき、セバスは拳から力を抜く。

 

(私としたことが、なんと無様な。今は職務を全うすべきだ、そう。私の職務は──)

 

 セバスが己を取り戻すため、そう考えた瞬間だった。

 ホンの小さな音を耳が捕らえる。

 それはセバスの前方、部屋の中央から聞こえた。

 当然耳だけではなく、視覚でもセバスはそれを見ていた。

 認識すると同時に執事としての適切な位置に素早く移動して、深く頭を下げる。

 他のシモベたちもまた、同じように礼を取っている気配を察し、セバスはゆっくりと万感の思いを込めて、言葉を発した。

 

「お待ち申し上げておりました」

 

 主を出迎える。

 ナザリック地下大墳墓の家令にして執事たるセバス・チャンとして、それ以上の職務など存在するはずがなかった。

 

 

 ・

 

 

 アルベドとシャルティアの間に流れる、一触即発の空気が場を支配する。

 それを視界の端に収めながら、デミウルゴスはアウラとマーレに目を向けた。

 マーレは杖を握りしめたままオドオドとしているが、アウラは少し考えるように口元に手を当ててことの成り行きを見守っているようだ。

 

(なるほど。二人は裏切った訳ではなく、シャルティアに呼び出されただけのようですね……)

 

 法国の最高執行機関の面々を自らの眷族としたシャルティアが、デミウルゴスの計画を無視して勝手な命令を下した上、アウラとマーレと共に行動を起こそうとしていることをニグレドが察知した。と連絡が入ったのは少し前のことだ。

 それをアルベドがナザリックに対する不忠、そして主に対する裏切りだと判断し、デミウルゴスとコキュートスを呼び出してことの真相を明らかにする──アルベド自身は即処刑すべきであり、話を聞く必要などないと言い切っていたが──為に出向いたのだ。

 数の上では三対三だが、こちらは完全に武装を整えた上、デミウルゴスは自らの配下である魔将たちを直ぐに呼び出せるようにして必勝に近い状況を作り出している。

 とはいえ、相手は守護者最強のシャルティアに第二位のマーレ、専属の魔獣を動員すれば守護者をも圧倒できるアウラ。

 この三人を相手にするのは危険かと思っていたが、アウラとマーレはシャルティアに付いている訳ではないのなら、先にすべきことがある。

 

「アルベド。先ずは話を聞いてみてはどうだい? 彼女が反旗を翻したにしても、今後同じ様なことが起こらないとも限らないからね」

 

 情報収集が可能ならそうした方がいいに決まっている。

 この世界を支配して、主に自分たちの力を示す。

 その第一歩。未だ一国すら完全に支配できていない状況で、仮にもナザリック地下大墳墓のシモベたちの中で最上位に位置する守護者の一角が裏切りを働くなど、本来あってはならないことだ。

 故にデミウルゴスは今後に備える意味でも話を聞いておく必要があると考えた。

 そもそもいくら守護者統括とはいえ、至高の御方が創造した存在を勝手に処刑しようなど、越権行為以外の何物でもない。

 アルベドもそのぐらいのことは理解しているはずだが、感情が先走りすぎているようだ。

 自分たちと異なり主に直接拒絶されて、そうあれと定められた己の居場所である玉座の間から出ていくように命じられたのだからそれも仕方がないが、だからと言って容認はできない。

 

(そう。あるいはシャルティアの行動も創造主であるペロロンチーノ様より、そうあれと定められたものかもしれない)

 

 主に絶対の忠誠を誓うナザリックのシモベたちにも例外は存在する。

 例えば執事助手であるエクレア・エクレール・エイクレアー。

 彼はいずれ自分がナザリック地下大墳墓を支配するなどと不敬極まることを言っているが、そのことに直接文句を言う者は存在しない。

 創造主よりそうあれ、と生み出され、それに従っているだけなのだから当然だ。

 もっとも感情は別なので、エクレアの言葉に一般メイドたちは不満を募らせているようだが……

 

 そうした定められた内容については、公言されているものもあれば、そうではないものもある。

 シャルティアの場合、言葉遣いやアウラと仲が悪いとされている──どちらも守れているか怪しいところではあるが──のは公言しているが、それ以外は分からない。

 もしかしたら、主が不在の際には反旗を翻してナザリックの行動を邪魔する。等と定められている可能性もある。

 アウラとマーレもそれが分かっているからこそ、誰にも知られずに自分の元まで来るようにという、あからさまに怪しいシャルティアの言葉に乗ったのだろう。

 

「……あー、アルベド? あたしもまだ全部を聞いた訳じゃないけどさ。多分シャルティアはそこまで考えてないと思うよ」

 

 シャルティアとアルベドの間に移動して取りなすアウラに、アルベドはバルディッシュを外さないまま、ちらりと顔を向けた。

 

「どういうことだい?」

 

 アルベドの代わりにデミウルゴスが問いかける。

 

「モモンガ様に良いところを見せたかったんだって。デミウルゴスの立てた計画だと自分の見せ場が無いからって」

 

「ちょ! アウラ!」

 

「ムウ」

 

 コキュートスが驚いたように唸り声をあげるが、デミウルゴスはむしろ言葉を失った。

 

「……どういうこと?」

 

 アルベドも少しの間言葉を失ったように黙っていたが、考えても理解できなかったらしくシャルティアを直接問い詰める。

 

「う、うぅ」

 

 唇を噛みしめて恨めしげにアルベド、次いでデミウルゴスを睨み付けたシャルティアは、その直後アルベドに向かって指を伸ばしながら声を張り上げた。

 

「わたしには分かっていんすからね! 二人が自分だけモモンガ様にアピールするためにわざと、わたしの得意分野の仕事をさせないようにしていることを!」

 

「……つまり、シャルティア。君がこんな真似をしたのは、モモンガ様──アインズ・ウール・ゴウンに反旗を翻すためではない。と?」

 

 もう一度確認するように問うとそれまで、拗ねた子供のようだったシャルティアの表情が一変する。

 

「さっきも言っていんしたね。このわたしが、ナザリック地下大墳墓第一から第三階層の守護者、シャルティア・ブラッドフォールンがモモンガ様を裏切る? そっちこそ、このわたしを舐めてるのかよ」

 

 場の空気が肌に刺さるほど冷たくなると同時に、シャルティアの瞳が深紅に染まり、低い声に混じる殺意が一気に膨らんでいく。

 至高の御方より直々に守護者最強の称号を与えられた存在が放つ、本気の殺意が向けられる。

 それでも、アウラとマーレがシャルティア側でないと分かった以上、ここにいる全員で掛かれば当然勝利はできるだろう。しかし内一人か二人は道連れにされかねない。シャルティアにはそれだけの力がある。

 だが重要なのはそこではない。

 彼女が本気で怒っている。それが重要なのだ。

 シャルティアの性格上、裏切りが創造主より定められたものであったのならば、怒るはずなどない。

 むしろ喜々として裏切りを誇りながら、戦いを挑むくらいのことはしそうなものだ。

 

「まさか。本当に、ここまで?」

 

 元々自分たち守護者はそれぞれの守護階層から出ることはなく、こうして交流を持つようになったのは、この世界にナザリックごと転移してからだ。

 その後交した短い会話からでも、シャルティアが思慮深い性格でないことは理解していたが、ここまで考えなしだと思わなかった。

 

「だと思うよ」

 

「……デミウルゴス、説明はしなかったの?」

 

 アウラが同意したことでアルベドも状況を理解したらしく、疑わしげに問う。

 その問いかけにデミウルゴスは心外だとばかりに首を横に振った。

 

「勿論しましたよ。作戦内容の説明も、今後の見通しや何故このような手段を取ったのかもね」

 

 この世界の戦力を確認した今、シャルティアの言うように、ナザリックの武力を駆使してシャルティアの転移門(ゲート)などで各地にシモベを送れば、それこそ一日で一国を落とすことも難しくはない。

 だがそれをすれば、残った国々は確実に団結する。

 国としては大したことはなくても、脅威となりうる個の存在が確認されていることもあり、法国を操り人間同士を争わせて険悪な状況に陥らせることで、例えその後ナザリックが表に出たとしても軽々には団結はできず、むしろどこかの国の手の者だと考え、疑心暗鬼に陥らせることができる。

 そうして周辺諸国全てを支配した後で、初めて本格的にナザリックの軍勢も使用して侵略を開始する。

 シャルティアが活躍するのはその時だろう。

 それを改めて説明すると、シャルティアの深紅に染まった瞳から色が抜け、徐々に白目部分が露わになっていく。

 

「例え数少ない強者が団結したとしても、ナザリックの力に勝てるとは思えませんが、完全な隠蔽はできていませんから、その者たちがこのナザリック地下大墳墓に攻めてくる可能性はあります」

 

 ナザリック内の防衛力や罠を確認するために、少数の弱者をわざと招き入れるくらいならばともかく、大量の軍勢や強さの分からない強力な個が襲来する可能性もあり得るのだ。

 ナザリック地下大墳墓は主の、そして至高の四十一人の物。そこに敵を招き入れるなど、主の許しなく自分たちが勝手に決めて良い話ではない。

 一刻も早く世界征服を完了して主に世界を捧げなくてはならない状況で、内部工作などの時間の掛かる方法を選択しているのはそれが理由だ。

 

「つまりは栄光あるナザリックに大量の有象無象が侵入し、相手の強さによってはいくつかの階層が破壊される可能性もあるということです。その際最も傷つくのは貴女の守護階層である第一階層ですよ? それが分かっているのですか?」

 

「あ」

 

 デミウルゴスの説明によって、自分の行動のせいでナザリック、そして己が任せられている守護階層に不利益をもたらすところだった。と今更ながら気づいたシャルティアの白蝋じみた肌から更に血の気が引き、青白くなっていく。

 それを見て、デミウルゴスとアルベドは同時に視線を合わせた。

 アルベドは呆れた様に息を吐きながらバルディッシュをシャルティアの首筋から外して手元に戻し、コキュートスも四本の腕に持っていた武器を空間の中に仕舞い込む。

 とりあえず、シャルティアが反旗を翻したという疑惑は晴れた。

 ただ彼女が考えなしだっただけ。というお粗末な結果だったが、だからこそ危険でもある。

 今回は未然に防ぐことができたが、これも役職上の立場は存在しても、明確で完璧な命令系統が確立されていないことが原因だ。

 創造主に直接創られた者にとって、他の者たちは同等の立場、いや誰もが自分の創造主こそが最も素晴らしい存在だと思っていることを加味すると──デミウルゴス自身もそう思っている──他の者からの命令に心から従おうと考える者は恐らくいない。

 何か手を打たなくてはならない。

 デミウルゴスが思案を開始する中、先だってアルベドがシャルティアに命を下す。

 

「……取りあえずシャルティアの処罰は後回しね。先ずは法国の者たちへの命令を撤回しなさい。その後デミウルゴスの作戦通りに事を進めるように」

 

 当然了承の返事をするものだと思われたが、シャルティアの表情は暗く、血の気は引いたままだ。

 

「え、えっと……」

 

「何? もしかして──」

 

「も、もう人間たちに命令していんす。軍隊は動かすのに時間がかかるから、少数精鋭で都市を落として戦争を始めるようにと」

 

 ぼそぼそと聞き取りにくい声で告げるシャルティアに、デミウルゴスは再び思考を中断させる。

 

「君は本当に。こんな時だけ──」

 

 恐らくはこちらがシャルティアを相手にするための準備をしていた僅かな間に、命令を下していたのだろう。

 頭に手を置き、深く息を吐く。

 感情に支配されるなど、ナザリック最高の知者として創造された自分には相応しくない。

 それは理解していたが止められなかった。

 何とか自分を鎮めようとゆっくりと呼吸を繰り返す。

 そうして落ち着きを取り戻そうとする最中、突然デミウルゴスたちが使用した第四階層からの転移門が作動した。

 初めはいざという時のために待機させていた魔将たちがやってきたのかと思ったが、自分の直属の配下が命令もなしに勝手に動くとは考えられない。

 転移門から現れたのは見覚えのある人物であり、それを見てデミウルゴスは表情を変えた。

 

「セバス。休憩時間ではないはずだが、どういうつもりだい? 返答によっては君にも処罰を受けて貰わなくてはならない」

 

 冷静さを保とうとするが、シャルティアの予想外の行動に加え、それこそ本能的に嫌悪の感情を抱いているセバスが、玉座の間に続くソロモンの小さな鍵(レメゲトン)の守護という大役を──他の護衛もいるとはいえ──放棄して現れたことで、いよいよ感情を抑えることができなくなった。

 誰も彼もデミウルゴスが主のために立てた計画を無視して勝手な行動をとってばかりだ。不愉快どころの話ではない。

 セバスはそんなデミウルゴスにチラと一瞬だけ視線を向けると、すぐに全員に向かって胸を張り、鋼が如き強い口調で告げた。

 

「私はたっち・みー様より定められた本来の仕事を行っているだけです」

 

「何を言って──」

 

 セバスへの怒りによって反射的に口を開いた次の瞬間、再び転移門が作動する音が聞こえ、背筋に電流が走ったかの如き衝撃を受けた。

 全身を包んだ衝撃は、そのまま全身に掛かる重圧へと変わる。

 セバスの言葉、そしてその重圧を理解した瞬間、デミウルゴスは地面に膝を突き深く頭を下げた。

 周囲では他の守護者たちも同じように跪く音が聞こえるが、それらは微妙にズレており、完全に揃っていない。

 そのような無様を晒してしまったことを含め、デミウルゴスは己の不甲斐なさを覚えるが、それ以上の喜びが全身に満ちる。

 セバスの仕事。

 それはナザリック地下大墳墓の家令にして執事。

 そして執事の最も重要な仕事とは、主の傍に控えることだ。

 

「ナザリック地下大墳墓最高支配者であらせられるモモンガ様、改めアインズ・ウール・ゴウン様の御入室です」

 

 セバスの低い声と共に、足音と杖を突く音が大聖堂の中に響き渡った。

 それは間違いなくデミウルゴスたち全員が待ち望んだ、主の帰還を示す福音に他ならなかった。

 

「皆、顔を上げ刮目せよ」

 

 威厳に満ちた正しく絶対的支配者に相応しい声と、レベル百の守護者たちの耐性すら突破して、ある程度の能力ペナルティを与える強力な特殊技術(スキル)、絶望のオーラが与える重圧。

 その重みすら嬉しく感じながら、デミウルゴスはゆっくりと時間をかけて顔を持ち上げ、その言葉に従い目を見開いた。

 そこには至高の絶対者の姿があった。

 

「この私こそがアインズ・ウール・ゴウン。我が新たなる名と共に、お前たちの支配者の顔をその目に刻み込め!」

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 それは至高の四十一人の纏め役にして、最後まで自分たちを見捨てずにこの地に残って下さった御方が名乗るに相応しき名だ。

 漆黒のローブと全身に纏う同じく漆黒のオーラ、骸骨の(かんばせ)に灯る赤黒い眼光、絡み合った七匹の蛇が七つの宝玉を咥えた黄金の杖は、正しく主しか触れることが許されないという伝説の最高位武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

 そして何よりも、その全身を包み込む絶対なる支配者の輝きが、この御方を至高の存在だと証明している。

 間違いない。

 この御方こそ、自分たちが忠義を尽くすべき最後の存在。

 

「はっ。第四階層守護者ガルガンチュア、及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者。御身の前に」

 

 アルベドが代表して口を開く。

 本来ならばそれぞれが忠誠の儀を取り行いたいところだが、これまで誰が何を言おうとも玉座の間を出ることの無かった主が突然、それも自分たちを呼びつけるのではなく、セバスを伴って直接現れたのだ。

 何か緊急事態が起こっていると見て間違いない。

 この状況ではアルベドの対応が正しいだろう。

 全員が息を呑み、主からの言葉を今か今かと待つ気配が、大聖堂中に広がった。

 

 

 ・

 

 

「さて。私が玉座の間にいる間、面倒を掛けた。早急に確認しなくてはならないことがあったのでな。済まないことをしたと思っている」

 

 僅かに頭を下げる姿に、全員が一斉に慌て出す。

 自分たちの主である至高の存在に頭を下げさせたという事実そのものが、守護者にとっては許されざることなのだ。

 

「そ、そのような! お顔を御上げ下さいアインズ様! 御身のなさることこそが、唯一絶対の正義。如何なる内容であれ、我々はそれに従うだけでございます」

 

 慌てた様子のデミウルゴスを皮切りに、他の者たちも同じように顔を上げるように懇願して、長い時間を掛けてようやくアインズが顔を上げたときは、全員が目に見えてほっとしていた。

 

「謝罪を受け入れて貰ったことを感謝する。そして私が不在の間、お前たちがどのような行動をとっていたかだが──先ほどの話は聞かせて貰っていた」

 

 アインズの顔が動き、シャルティアを捉える。

 その言葉を聞いた瞬間、彼女はビクリと身体を震わせ、先ほど以上に血の気の引いた顔つきになり、即座にアインズに対して頭を下げた。

 

「も、申し訳ございません。わたしの勝手な行動により、ナザリック地下大墳墓に不利益をもたらしてしまうかも知れません。わたしが責任を以て対処を──」

 

「対処、とは何をするつもりだ?」

 

「と、取りあえず。わたしが命令を下した最高執行機関の者どもを皆殺しにして死体を残しておけば、国は混乱して戦争どころではなくなるのではないかと」

 

 シャルティアにしてはまともな案だ。

 しかし、問題もある。

 

「だが、それではその法国とかいう国を裏から操る手を使用できなくなるのではないか?」

 

 アインズがそう指摘をすると、デミウルゴスは深く頷いた。

 

「流石はアインズ様、その通りでございます。全員を支配していなければこの計画には使用できません。仮に全滅ではなく数名のみ殺す方法を取った場合でも、ある程度の混乱は招くことができるでしょうが、それではすぐに代役が立ってしまいます」

 

「その新しい代役も、シャルティアに眷族化させれば?」

 

「その場合、変死事件が起こった後なのだから、流石に警戒されるだろう。下手に動いて我々の存在が明らかになったら元も子もない」

 

 デミウルゴスの説明を聞いて、提案したアウラは納得したように頷く。

 

「シャルティアの案を採用した場合。相手の能力によっては、このナザリック地下大墳墓の存在が気付かれ、人間どもや他の強者が団結して攻め込んでくる可能性があるのだったな?」

 

「その通りです」

 

 間髪入れず肯定するデミウルゴスを前にアインズは少しの間、思考していたが直に鼻を鳴らす。

 

「それの何が問題なのだ?」

 

「……アインズ様、それは如何なる?」

 

「このナザリック地下大墳墓は、至高の御──四十一人で造り上げた完全にして完璧なる要塞だ。どれほどの軍勢だろうと、如何なる強者であっても、一度として攻略はおろか、第九階層にすら到達されていない。それを、たかが人間風情が突破できるとでも思っているのか?」 

 

 尊大で自信に満ちた態度は正しく支配者のそれ。元々デミウルゴスが計画していた侵略速度と慎重な行動の両立を目指すものとは違う考え方だが、先程デミウルゴスが語ったように、至高の存在により創造された者にとっては、どんな命令であれその考えこそが正しい。

 

「はっ。申し訳ございません。全てアインズ様の仰るとおりでございます。宜しければ、シャルティアの案を元に新たな計画を立案させて頂きたいと思います」

 

 当然、デミウルゴスもこう出る。

 本来原案を出したシャルティアが計画を立てるのが筋だが、彼女もそうした細かいことを考えるより、計画の要として思い切り暴れる方が好ましいのだろう。特に反論はしなかった。

 

「……そうだな。ではデミウルゴスが計画の立案を進めよ。それと、アルベド」

 

「はっ」

 

 名を呼ばれた瞬間。

 アルベドは心の内から湧き上がる圧倒的な不快感を押し込め、頭を下げてアインズの言葉を待った。

 

「お前は今、第九階層の会議室で執務を行っているのだったな?」

 

「その通りでございます」

 

「では引き続き、業務はそこで行え。またそれ以外の時間を過ごすための部屋として第九階層の予備の部屋を貸し出す……ああ、それと現在までのナザリックの運営状況を纏めて私の下まで持ってこい。私も後ほど自室に戻るが、玉座の間でしか出来ない作業は引き続き私が行う」

 

 管理システムを用いた作業のことだろう。

 アルベドは即座に反応する。

 

「アインズ様。そのような雑事は私にお任せください。部屋に関しましても、私はタブラ・スマラグディナ様に玉座の間の守護を任されております、ならばその場所で勤めを果たすことこそ、私の──」

 

「まだやらねばならないことがある。それが終わった後、改めてお前には玉座の間に戻ってもらう。それと、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)の護衛も解散せよ。あそこには元より我が仲間の創造したゴーレムがいる。護衛はその前までで良い。私への取次はセバスたちプレアデスに一任する」

 

 アルベドの言葉を途中で遮り、アインズは次々と勝手なことを言い出す。

 

「ですが──」

 

「私の決定に異を唱えるのか?」

 

 強い口調で言い切られ、アルベドは押し黙った。

 至高の存在が下した決定に異を唱える。

 ナザリックに属する者にとって、それは許されない大罪。

 一瞬、全てをぶちまけてやろうかとも考えたが、今はダメだ。

 

「承知、致しました」

 

 唇の裏を噛みしめると同時に血の味が広がっていく。

 今は我慢するしかない。

 しかし、いずれ必ず──

 

 

 

 与えられたアルベドの私室。

 執務室の壁に付けられてた不要物を排除してすっきりした執務机に着いたアルベドは、そのまま机に拳を叩きつけようとして、寸前で手を止める。

 机一つ程度ならば、破壊しても一日に一定額まで決められた修復費用分で賄えるだろうが、この机を始めとしてナザリックにある全ては主の物。

 アルベドが勝手に壊すわけにはいかない。

 しかし、何かに怒りをぶつけなくてはこの感情を消費しきれない。と考えたアルベドはつい先ほど出てきたばかりの部屋に入ると鍵を閉めた。

 床には先ほど投げ捨てたばかりのアインズ・ウール・ゴウンの旗が転がっている。

 一瞬の迷いもなく旗を踏んで中央まで移動したアルベドは、そのまま旗に刺繍された紋章を踏みつける。

 

「クソが! あの御方以外がこの私に命令など! 必ず、必ず殺してやる! あの──」

 

 一度言葉を切り、再度力を込めて足を踏み下ろしながら続ける。

 

「偽物め」

 

 呪詛の言葉が口から漏れる。

 他の守護者やセバスは気づいてはいなかったが、アルベドは一瞬で気づいた。

 あの主の姿を模して、アインズを名乗っていた者は偽物だ。

 確かに姿形はそっくりそのままだったが間違いない。

 

 ナザリックに属する者には皆特別な気配を、揺らめく輝きという形で纏っており、同時にそれを認識する能力も持っている。

 その中でも主の気配は特別であり、誰より強く鮮烈な輝きを放っているのだ。

 あの偽物からも同様の気配と輝きを感じた。

 だからこそ、守護者たちはあれを本物だと認識したようだが、アルベドの目は誤魔化せない。

 他の者たちとアルベドの違いは一つ、一度でも本物の主と直接対面しているかどうかだ。

 この世界に来て直ぐ、アルベドが主の存在を認識した際に感じた圧倒的な強く輝く支配者のオーラ、とでも言うべきそれ。

 あの偽物はその輝きの強さが僅かに弱かった。

 だから気づくことが出来た。

 その意味では、あれがアインズを名乗っていたことだけは好都合だったと言える。

 姿を偽っているだけでも殺したいほど腹立たしいというのに、尊き名前まで汚されては我慢できなかったかもしれない。

 

「他の者たちに言っても無駄でしょうね」

 

 あの場でその嘘を糾弾しなかった理由がそれだ。

 アインズを名乗るあれが偽物であるのは間違いないが、近しいレベルの支配者の気配を漂わせているのもまた事実。

 もしかすると中身はナザリック地下大墳墓を、そしてあの御方を捨てた者どもであり、厚顔にも戻ってきて主のふりをしている可能性もあるからだ。

 その場合、守護者たちにとっては中身が別であろうとも関係がない。

 守護者たちの創造主のいずれかであれば、より面倒なことになる。

 そう考えたからこそ、アルベドはあの屈辱にも耐えたのだ。

 中身が四十人の裏切り者の何れかであったとして、何故正体を隠すのか、本物の主はどこにいるのか、考えなくてはならないことは多い。

 そのためにも先ずは自分を落ち着かせようと、かつてアルベドが見た本物の主の姿を思い起こそうとして、僅かに頭痛を覚える。

 

「くそ! またこれか」

 

 主のことを思う度に混ざるノイズ。その正体は未だ分からないが、これもきっと本物の主に会えば解決するはずだ。

 絶対に失敗の許されない状況だからこそ、慎重に動く必要がある。 

 だが、愛しいあの御方に傷一つでも付けていようものなら。

 

「必ず殺す。どんな手段を使っても、どれほど時間が掛かろうと、誰を敵に回しても、生まれてきたことを後悔させるほどの責め苦を与えてから、殺してやる」

 

 未だ残るノイズを振り切るように、アルベドは呪詛の言葉を繰り返しながら何度も旗を踏みつけた。




ちなみにアインズ様を始めとしたギルメンが持つ支配者の気配に関しては、書籍版を読み返すと固有オーラを持つというよりはナザリックに属する者全員が同じ気配を纏っているが、ギルメンはそれが一際強いためシモベたちは支配者だと理解できる。とも取れる描写になっていたため、この話ではそれを採用しています。

その上でこの話に於いての独自設定として、コピーNPCである二人もほぼ同等の気配を持っており、パンドラズ・アクターは通常時では他のNPCと変わらない程度ですが、変身している間は能力と同じく、ギルメンの八割程度の気配を纏っているという設定にしています
それを見比べたのはアルベドだけだったため、一人だけ気づいたということです

次はモモンさんたちの話になる予定
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