オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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今回は導入部分なのであまり話は進みません


第12話 草原での出会い

 城塞都市エ・ランテルの北にはトブの大森林と呼ばれる広大な森がある。

 アゼルリシア山脈の南端を包むように広がった大森林は多様なモンスターや魔獣、亜人の集落なども存在し、単なる人間はもちろん、冒険者ですら迂闊に近寄れば命が無いとされている危険な場所だ。

 そんなトブの大森林にほど近い草原の中を、一台の馬車とそれを取り囲むようにして周辺を警戒する四人の人影があった。

 

「そろそろ警戒が必要な頃合いだが、今のところは問題なしだな」

 

 護衛を担当している銀級冒険者チーム漆黒の剣の野伏(レンジャー)、ルクルット・ボルブがいつも通りの軽快な口調で告げる。

 

「こんな平原でもモンスターは出るんですね」

 

 その言葉を聞いて、一人馬車に乗り馬を操っていた依頼人であり、エ・ランテルでも特異なタレントを持っていることで有名な薬師の少年ンフィーレア・バレアレがやや緊張した面もちで呟く。

 

「ええ。確率はそう高くはありませんけどね……今までは出なかったんですか? 確か、定期的に村まで行って薬草採取をしていたと聞いていますが」

 

 馬車の背後に付いていた漆黒の剣のリーダー、ペテル・モークが問うと、ンフィーレアはどこか言いづらそうな間を空けてから、静かに頷いた。

 

「いつもは森沿いの道を通っていましたから」

 

 エ・ランテルから目的地であるカルネ村まで向かうルートは大きく分けて二つあり、一つはエ・ランテルから北上して森にぶつかった後、森沿いに東へ進むルートと、一度東に進んでからカルネ村まで北上するルートだ。

 前者の方がモンスターとの遭遇率が若干高まるため危険なルートであり、わざわざそちらを選ぶ理由も無く、ンフィーレアも特に反対しなかったため後者のルートを選択したのだが、何か意味があったのかも知れない。

 

(ちゃんと聞いておくべきだったか)

 

 都市でも名の知れた有名人であるンフィーレアだが、実際は自己主張が少ない大人しい少年であることは、ここまでの短い間に少し話しただけでも理解できていたはずなのだから、きちんと確認するべきだった。

 それだけ有名な少年が、タレント持ちの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を有しているとはいえ、チームとしてはまだ銀級であり決して名が知られているわけではない、漆黒の剣を名指しで護衛として指名した事実に浮かれていたのかもしれない。

 そもそも名指しの依頼自体が初めてだったのだからなおさらだ。

 だがそんなことは言い訳にはならない。

 むしろ、だからこそ何としても成功させるために慎重に動くべきだったのだ。

 

「森沿いの方が危険な気がしますけど、何か理由があったんですか?」

 

 今更聞いて良いものかと考えていたペテルより先に、右側の護衛を担当していた術師のニニャが問いかける。

 驚くペテルにニニャは一瞬だけ目配せをした。

 リーダーである自分が気づかなかったと思われるより、ニニャが聞いた方が角が立たないと言いたいのだろう。

 元々この依頼はンフィーレアと同じく有名なタレント持ちであり、術師(スペルキャスター)の二つ名を持つニニャの存在によって得られたも同然であり、道中も二人はペテルたちではよく分からない魔法に関する専門的な話をしていた。

 この会話もそうした道中の世間話の一つにしようとしているらしい。

 一番若いというのに、ニニャは本当に優秀だ。

 年上で在り、リーダーでもある自分がこれでは情けない。

 そんな風に考えて一人落ち込むペテルに向かって、左側で同じように護衛に付いていた森司祭(ドルイド)のダイン・ウッドワンダーが気にするな。と言うように小さく頷く。

 確かに、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 見通しの良い平原だろうと、ルクルットの言うように、いつモンスターが出てきてもおかしくない位置ではあるのだ。

 反省は後にしようと、改めて気合いを入れ直しつつもンフィーレアの言葉を聞き逃すまいと耳をそばだてる。

 

「いえ。大した理由があるわけではないんですが……」

 

 やや間を置いてからニニャの言葉に応えたンフィーレアの返事はどこか歯切れが悪い。

 先ほどの反応もそうだが、これは何かある。

 他の三人も同じように感じ取ったのだろう。意識がこちらに向けられていることを察して、ペテルは今度こそリーダーとしての役割を全うすべく、ンフィーレアに声をかけた。

 

「ンフィーレアさん。何かあるのでしたら話して下さい。知らないことや隠し事があると護衛として、いざというときに判断が遅れることがあります。薬師としての仕事に関係することでしたら、無理にとは言いませんが──」

 

 最後の最後で弱気が出る。

 いくら依頼とはいえ、まだ出会って間もない自分たちを信頼して全て話せ、と強要するわけにも行かないからだ。

 そんなペテルの問いかけに、ンフィーレアは少しの間なにやら考えるように下を向いていたが、やがて意を決したように顔を持ち上げた。

 

「そう、ですね。これからも定期的に依頼を頼みたいですし、ペテルさんたちなら信頼できます。でもこれは誰にも言わないでください。とても重要なことなんです」

 

「もちろんです! 仕事上での守秘義務は必ず守ります」

 

 信頼できる。という言葉に、思わず声が大きくなってしまった。

 その声にンフィーレアは少し驚いたように体をびくつかせたが、すぐにルクルットがとりなした。

 

「その点だけは心配ねぇよ。うちのリーダーはクソ真面目で融通が利かないことだけは一級品だからな」

 

 その軽口に合わせるように、ニニャとダインも笑って続けた。

 

「そうですね。ペテルは嘘もつけませんし」

「うむ! まさにその通りである!」

 

 さんざんな言われようだが、腹は立たない。

 実際に自分がそうした性格なのは間違いないし、なにより彼らの発言が自分を気遣ってのものであると分かっているからだ。

 ンフィーレアもその意図に気づいたらしく、もう一度うん。と頷くと改めて口を開いた。

 

「実はトブの大森林の周辺や、場合によっては森の中でも安全に通れる方法があるんです。いつもはそれを使って行き来していたので先に森に近づいた方が都合が良かったんです」

 

 ンフィーレアの発言にピタリと空気が止まる。

 

「森の中を安全にって!? おいおい、それ本当かよ」

 

 一番最初に声をあげたのは野伏(レンジャー)であるルクルット。

 

「とても信じられないのである!」

 

 続いて森の中ならば、ルクルットより優秀と言ってはばからない森司祭(ドルイド)であるダイン。

 それほど、森の中を安全に行動するというのは驚愕に値することなのだ。

 モンスターが襲いかかってくる危険が無いのならば、森の奥に自生していると言われる貴重な薬草の数々も採り放題ということになる。

 そう考えるとその価値は計り知れない。薬師であるンフィーレアならなおさらだ。

 

「と言っても自由自在に行き来できるわけではありませんし、今回は使えないんですけどね。だからこちら側の道から行くと提案された時も反対はしませんでした」

 

「それでも驚きです。森の中は危険なモンスターや亜人が多く、王国や帝国ですらまともに調査もできないと聞いています」

 

「ああ。どうやって移動するんだ? 何か特別なアイテムとか、安全な地下道とか──いや、地下ならゴブリンとかなら見つけられるから無理か」

 

 いつもフザケているルクルットの声も真剣なものになる。

 

「もちろん教えるのは構いませんし、薬草採取の時や帰りはその方法を使う予定ですけど、もう一度だけ。このことは誰にも言ってはいけませんし、僕が一緒にいない時は使えません。これは皆さんの安全にも関わることなんです」

 

「それはもちろん。しかし、ンフィーレアさんが一緒にいる時ということは、やっぱり何か特別なアイテムを使うのですか? モンスター避けの薬とか」

 

 エ・ランテル一番の薬師として有名な、ンフィーレアの祖母、リイジー・バレアレならばそうした薬を作れるかもしれない。

 そしてもしかしたら、それはどんなアイテムでも使えると言われるンフィーレアのタレントがなければ使えないような特別な薬なのではないだろうか。と考えたのだ。

 

「実は──」

 

「ちょっと待った!」

 

 語り出したンフィーレアを遮り、ルクルットが鋭い声を出して馬の制止を促す合図を出した。

 その瞬間、全員が一斉に馬車を離れて四方を警戒する。

 

「どこだ?」

 

 ルクルットに視線を向けるが、こうした場合いつもは敵が現れる方向を見ているルクルットが視線をあちこちに散らして探しているような動きを見せた。

 

「まだ大分離れてやがるな。多分あの辺りなんだが、草むらに隠れているんだろうな。こうなると厄介だぞ。見てるのは単なる斥候かも知れないし、逃げようにも相手の種類が分からないと追いつかれる可能性もある」

 

 確かに厄介だ。

 単なる獣ならどうとでもなるが、その手の手段を用いるのは大抵が亜人や一部のモンスターなどの知能の高いものたち、つまり考えて行動するものであり、こちらの裏をかいてくる可能性もある。

 

「いつもの方法で引っ張り出すか?」

 

 知能が高い相手だからこそ通じる方法として、ルクルットがわざと弓をへたくそに飛ばすことで、相手にこちらを侮らせるやり方がある。

 そうすれば相手は隠れながらこちらに近づくような慎重策ではなく、もっと適当に行動を開始するのだ。

 こちらはそれを狙って、順番に敵を狩っていく。いつもはこうして相手に逃げられないようにして退治するのだが、今回は護衛だ。

 その方法ではンフィーレアを危険に晒す可能性もある。

 

「いや、先ずは様子を見よう。ンフィーレアさんは少し下がっていてください。その間にニニャは私たちに支援魔法を掛けて、その後馬車の護衛を。伏兵も考えられる」

 

 指示を飛ばし、ペテルも準備を開始する。

 どのみちこんな開けた場所で見つかった以上、戦闘は避けられないだろう。

 思いがけずこの依頼での初戦闘に入りそうだが、この時点でペテルはさほど慌てては居なかった。

 森の中ならばともかく、こんな平原まで来るような亜人や魔獣は、森で食べ物を採ることができず追い出された弱者が殆どだ。

 まだ銀級とはいえ、漆黒の剣はモンスター退治の経験は豊富であり、この辺りに出るモンスターの種類は殆ど全て頭に入っている。

 油断せず戦えば、問題なく勝てるだろう。

 自分たちを指名してくれた上、重要な秘密を話そうとしてくれたンフィーレアの信頼に報いるにはいい機会だ。

 だがこの時ペテルは忘れていた。

 例えどれほど慎重に行動しようと、油断せずに行動していたとしても、弱小種族である人間の備えなど、たった一体の強力なモンスターによってあっさりと崩されることを。

 

 

 ・

 

 

「モモンさん。戦闘音が聞こえます」

 

 その音を一番最初に捉えたのはナーベラルだった。

 先頭を歩いていたのはソリュシャンだが、如何に彼女が最高レベル──この世界の基準では──の盗賊だったとしても、魔法で聴力を増幅したナーベラルには一歩劣るらしい。

 だが、そのソリュシャンにも直ぐその音が届いたらしく、一つ頷いて同意を示す。

 

「私にも聞こえます。片方は馬車に乗った人間の一団のようです。大方商人か何かがモンスターに襲われているものかと」

 

「森の近くを通る商人か。となると戦っているのは護衛の冒険者か」

 

 少し考える。

 今回の任務は極秘が条件だ。

 特に現地の冒険者とは関わらないように厳命されている。

 ソリュシャンが調べたところ、トブの大森林の薬草を採取するように依頼したのは王国の人間らしく、それが誰かは不明だが、元々は王国の冒険者組合に持ち込まれた依頼だったらしい。

 しかし、その組合に所属する冒険者のレベルでは達成不可能な危険な任務であり、かといって断ることも出来ない立場の人間からの依頼だったため、仕方なく他国に救援を求めた──王国内の組合では弱みを見せることになるので難しいそうだ──というのがわざわざ竜王国にいた漆黒に依頼を持ち込んだ経緯らしい。

 冒険者と接触してこの事実が露呈すると組合の面目が丸つぶれになってしまうため、そうした注文を付けたのだろう

 その意味では見捨てるのが正しいのだが。

 

「森の中の情報を持っている者もいるかも知れないな」

 

 戻ろうと思えば転移でいつでも戻れるとはいえ、ドラウディロンと竜王国を守ると約束したばかりであることもあり、あまり時間はかけたくない。

 広大な森で安全を確保しつつ薬草を探すのは時間も掛かるだろう。

 そう考えるとここで助けて代わりに情報収集するのも悪くない。

 

「情報を聞き出してから口止めをしても良いし、出来そうにないなら──」

 

 ちらりと二人に目を向けると、彼女たちは恭しく頷いた。

 

「周囲に他の人間はおりません」

 

「ここで行方不明になっても問題ないかと」

 

「ではそれで行こう。ただし、情報収集をスムーズに行うために、先ずは友好的に接する。処分は私が合図を出した場合のみだ」

 

 必要ならばともかく、無意味な虐殺は趣味ではない。

 それに竜王国という国家の力を使ってプレイヤー捜索が可能になったことでナザリック発見の目が出てきた以上、これからは合流後のことも考えながら行動するべきだ。

 本物のモモンガではない自分の行動のせいで、ナザリックがこの世界の敵に認定されでもしたら困る。

 

「はっ!」

 

 二人のいつも通り揃った返答に無言で頷きつつ、モモンガが背中の剣に手を伸ばすと、二人は即座に後ろに回り込んでマントの中から鞘を抜き取り、そのまま鞘を空間の中に仕舞い込む。

 両手に大剣を握り、確かめるように軽く振り回す。

 これが漆黒の戦士モモンの基本的な戦闘スタイルだ。このやり方ならば剣の扱い方もろくに知らないモモンガでも、大ざっぱに剣を振り回すだけで十分に戦果が挙げられる。

 本当は剣士としての技術も磨きたいところなのだが、練習相手もいない状況では仕方ない。

 

「では行こう。ここからはワーカーチーム漆黒の王国デビュー戦だ」

「はい!」

「了解!」

 

 モモンガの言葉を受けて、二人も武器を構えながら力強く頷いた。

 

 

 

 元から拓けた草原だったこともあり、直ぐに戦っている者たちを見つけることが出来た。

 少し離れた場所に破壊された馬車が横倒しになって転がり、四人の冒険者らしい者たちが、そこに敵を近づかせないように戦っている。

 周囲には複数のゴブリンの死体が転がり、その中にはオーガらしき巨体も倒れていた。

 残る敵は一体、オーガと同じほどの巨体を持った亜人だったが、四人は既にボロボロであり、勝ち目はなさそうだ。

 

「あれは、トロールか」

 

 大きさはオーガと変わりないが、筋力はオーガ以上であり、回復能力も高い種族だ。

 トロールの足にはツタが絡まり、身動きが取れなくなっているが、あの程度の拘束では動き出すのも時間の問題だろう。

 

「どうやらどちらも大したことはなさそうですね。特に四人がかりでトロール程度も倒せないのでは、冒険者であってもランクは低そうです」

 

「確かにな。銀か、せいぜい金くらいか? どうするモモンさん」

 

 先ほどモモンガがここからはワーカーチームとして行動すると言ったためなのか、周囲に人がいない状況でもワーカーとして話しかけてくるソリュシャンに心の中で感心しつつ、それは表に出さずに頷く。

 

「ふむ」

 

 オーガは回復力は高いが炎や酸などの弱点もあり、即死耐性が高いわけでもない。倒そうと思えば方法などいくらでもあるが、この格好の時はモモンガはまともに魔法が使えない。

 そうなると──

 

「ナーベ、火球(ファイヤーボール)は使えたな?」

 

「はい。ですが、ワーカーとして活動する際の私の最大魔法は雷撃(ライトニング)です。同じ第三位階の火球(ファイヤーボール)は使えない設定でしたが──」

 

 そう言えばそうだった。

 この世界では一般人なら第三位階魔法が殆ど最高位の魔法として扱われており、ナーベラルの外見年齢上それが使えるだけで天才と呼ばれる類の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと認識されてしまう。

 それも複数扱えるともなれば流石に怪しまれると考えて、基本は第二位階までしか使えないが、得意系統の魔法のみ第三位階魔法が使える設定にしていたのだ。

 しかし、それはあくまでワーカーを始める前に決めた設定だ。

 

(どうせビーストマン撃退の件を調べられたら第三位階程度じゃないって気づかれそうだしなぁ。そもそもドラウディロンには転移魔法が使えると話してある。この際、もう少し緩和しても良いか)

 

「同じ三位階なら、別系統でも短期間で使えるようになっても不思議は無いだろう。使って構わん。ただしそれ以上は今まで通り緊急時のみだ」

 

「畏まりました。ではあのトロールは私が」

 

「いや、念のためソーイがあそこで戦っている連中の避難を。巻き込まれると面倒だ。その後私があのトロールを適当に斬って動きを止めるから、ナーベはその隙に止めを刺してくれ」

 

「ならあたしがトロールの目を潰してから、あいつらをあっちの馬車の方に連れていく。その後はそのまま護衛する感じで」

 

「そうだな。それで頼む」

 

 本来ならあの程度の相手では作戦も何も必要ないのだが、油断は禁物。

 いざという時の回復手段を増やす目的で、薬草採取の依頼を受けたというのに、道中で怪我をしては元も子もない。

 その辺りのこともちゃんと分っている様子に満足しつつ、モモンガは改めて剣を構える。

 

「さて。それでは行くか」

 

 その言葉を合図に、全員が一斉に戦場に向かって駆け出した。

 

 

 ・

 

 

 目まぐるしく変わる状況の変化にンフィーレアは、落ち着け。と何度も心の中で唱え続けた。

 今回の薬草採取は何から何までいつもと違うことの連続だ。

 まず第一に、祖母と二人で薬屋を営む彼が定期的に薬草採取に通っているカルネ村に向かうために、護衛の冒険者を雇ったことだ。

 

 今までは魔法詠唱者(マジック・キャスター)としても高い実力を持つ祖母が居たため、トブの大森林まで──森の傍まで行けば後は安全に移動できる──の道のりもさほど危険ではなかったのだが、いい加減祖母も高齢のため今後はンフィーレアが一人で行くことになったのだ。

 そのための護衛として、ンフィーレアが数居る冒険者の中で漆黒の剣を選んだのは、エ・ランテルでも有名なタレント持ちの自分と似た立場の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいるチームであることと、まだ銀級ということもあって依頼料を安く済ませられるかもしれないと思ったためだが、彼らは皆気さくな良い人ばかりであり、それでいて仕事には手を抜かずキッチリこなす人たちだった。

 だからこそ、自分の知るカルネ村の秘密も打ち明けようと決めたのだ。

 そう。自分たちの営む薬屋がエ・ランテル随一と言われているのは、祖母であるリイジー・バルアレが高位の魔法も使いこなす凄腕の薬師だからというだけではない。

 その材料となる高級な薬草を大量に仕入れることが出来るためだ。

 それを可能にしているのがカルネ村の秘密。

 ンフィーレアたちはとある方法、いやある者の力を借りることで貴重な薬草が多く自生しているトブの大森林を安全に、そして自由に移動できる。

 

 自分たちはそうして採取した薬草を元に大量の薬を造り、完成した水薬(ポーション)や薬草を一定数無料で村に納める。

 これがかつて祖母がカルネ村と交わした契約であり、今回も村に納める分の薬を持ってきている。

 初めからこの話を彼らにしなかったのは、これが外に知られた場合ンフィーレアたちだけではなく、カルネ村にも危険が及ぶ重要な秘密だからであり、だからこそ先ずは彼らの人となりを観察しようと考えたのだ。

 その結果信頼できると考えて秘密を打ち明けようとした矢先、ゴブリンやオーガだけではなく、森の中ですら滅多に見ることのない強力な亜人であるトロールに襲われるなど想像もしていなかった。

 こんなことならもっと早く、漆黒の剣が平原からのルートを提案した時に話をして、森を通るルートを選んでおけば良かった。

 事前に連絡をしていなければ、森の中を移動できないのは変わらないが、少なくともこの亜人たちに襲われることはなかったはずだ。

 

 そう思うがもはや今更だ。

 漆黒の剣はゴブリンやオーガ相手には巧く立ち回り、大きな怪我もなく勝利したが、その後に現れたトロールは本来金級冒険者チームで何とか相手に出来る存在であり、既に戦闘で消耗していた彼らに倒せる相手ではなかった。

 リーダーのペテルはすぐに撤退の指示を出したが遅かった。

 トロールは漆黒の剣を無視して真っ先に馬車を狙ったのだ。もしかしたら嗅覚も鋭いトロールは馬車の荷台にある水薬(ポーション)の臭いに反応したのかもしれない。

 突っ込んでくるトロールを止めることはできず、その腕力によってンフィーレアの乗る馬車はあっさりと荷台ごと横転した。

 結果、持ってきていた水薬(ポーション)は全て零れて使えなくなり、ンフィーレアも荷台の下敷きになって身動きが取れなくなってしまった。

 それでもンフィーレアを見捨てず果敢に戦闘を挑み、トロールを馬車から引き離して足止めをする漆黒の剣を見て、こんな時ながら自分の見る目が間違っていなかったのだと実感出来た。

 しかし、彼らの奮戦もいつまでも続くはずが無く、ンフィーレアも自分一人では荷台の下から出ることはできない。

 このままでは、遅かれ早かれ全員殺される。

 

「エンリ──」

 

 絶望が身を包み、思わず愛しい女の子の名が口から洩れる。

 こんなことになるなら、せめて告白しておくんだった。

 そう考えた瞬間、それは現れた。

 遠巻きに見ていて尚、目にも留まらぬ早さで現れた影が、手にしたナイフで一瞬にしてトロールの目を切り裂いたのだ。

 

「ぐぉあお!」

 

 トロールの悲鳴が轟く中、足を止めた影が漆黒の剣に向かって鋭く叫ぶ。

 

「お前ら、こっちだ!」

 

 その人影は、金色の長い髪をひとまとめにした冒険者らしい軽装に身を包んだ若い女性だった。

 

「い、いやしかし──」

 

「良いから来い! そこにいたんじゃ邪魔になるんだよ。あの馬車のところまで走れ!」

 

 呆気に取られるペテルの言葉を遮った金髪の女性は、ンフィーレアの方を指さす。

 

「なんかしらんが、行こうぜペテル、まずは依頼人を助けなきゃよ」

 

「あ、ああ」

 

「ニニャは私に任せるのである!」

 

 オーガを倒すために複数の魔法を使い、魔力が消耗したニニャをダインが連れ、漆黒の剣と共に金髪の女性もこちらに戻ってきた。

 

「ンフィーレアさん。すぐ助けます!」

 

 戻ると同時に、ペテルが荷台を持ち上げようとする。

 

「時間がねぇぞ。あの程度の傷じゃトロールはすぐ回復する」

 

 そう言いながら、ルクルットもそれを手伝おうとするが、一緒に付いてきた金髪の女性はバカにしたように鼻を鳴らした。

 

「んなことはねぇよ。あれは酸の魔化が施された短剣だ。治癒には時間が掛かる。それに──」

 

 すっと指を伸ばしたその先に、入れ替わるようにトロールに近づいていく二つの人影があった。 

 まるで散歩をするかのようになんの気負いもなく、てくてくと歩く二つの人影はそのままトロールの前に立ち塞がる。

 

「お、おい。アンタ、そこはあぶねぇ」

 

 ルクルットが悲鳴のような忠告を口にする。

 トロールは鼻も利くため、目が潰れていても安易に近づくのは危険だと言っているのだ。

 だが、鎧を着込んだ戦士らしき男は既に、目が見えないためにうまく動けないトロールの間合いの内側に入り込んでしまっていた。

 当然、トロールは目を押さえたまま反応し、突然の乱入者を叩き潰そうとがむしゃらに棍棒を降りおろした。

 誰もが戦士が潰されるものだと思ったはずだ。あの立派な鎧もトロールの腕力で叩き付けられる棍棒の一撃の前には意味を成さない。

 しかし──

 

「ふむ。こんなものか」

 

 そんな軽い口調と共に、男の剣が棍棒を受け止めていた。

 ンフィーレアも含めて、全員が呆気に取られた。

 トロール自身、自分より遥かに小さな人間が棍棒をあっさりと受け止めた事実に、不思議そうな唸り声をあげる。

 

「時間がないのでな。手早く行くぞ」

 

 鎧の戦士がそんなことを口にした次の瞬間、トロールの巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。

 同時にトロールの足下から血が吹き出す。

 両手に大剣を持った戦士は片方の剣でトロールの棍棒を受け止め、もう片方の剣でトロールの足、そして返す刀で胴体まで真っ二つに斬り裂いたのだ。

 トロールの悲鳴が響く中、戦士は戦いは終わったとばかりに背を向け、こちらに近づいてくる。

 

「君たち、大丈夫か?」

 

 威厳に満ちた声は場違いなほど落ち着いていた。

 

「まだです! トロールは回復能力が──」

 

 一瞬惚けていたペテルが慌てて声を張り上げる。

 金髪の女性の短剣と異なり、魔化が施されている訳ではないらしく、回復が始まったトロールが戦士の後ろで起き上がろうとしているのが見えたのだろう。

 

「分かっている。ナーベ」

 

 戦士が自分の後ろで待機していたもう一人に声を掛ける。

 声をかけられたローブを着込んだ黒髪の女性は前方に手を差し出すと、こちらもまた慌てた様子もなく、淡々と口を開いた。

 

「〈火球(ファイアーボール)〉」

 

 手のひらから火の玉が飛び出しトロールにぶつかった瞬間、はじけ飛んで巨大な炎をまき散らす。

 あれは間違いなく第三位階魔法の火球(ファイアーボール)。常人が到達できる最高位階の魔法をあの若さであっさり使いこなす様子に、こんな時ながら思わず息を呑んだ。

 

「グガァアアァァ!」

 

 断末魔の悲鳴と共に一瞬にしてトロールは燃え上がり、直ぐに動かなくなる。

 あれだけの傷を負っているところに弱点である炎系の魔法、それも第三位階の魔法を喰らったのだ。いくら生命力の強いトロールでも生き残れるはずがない。

 轟々と燃え盛る炎を背に、二つの影は改めてこちらに近づいてくる。

 

「ンフィーレアさん。出れますか!」

 

「は、はい」

 

 ペテルから声を掛けられて、我を取り戻したンフィーレアは微かに持ち上がった荷台の下から這い出る。

 その間に金髪の女性も合流した三人組が、ンフィーレアたちの眼前に立っていた。

 

「凄い──まるで、アダマンタイトだ」

 

 ポツリとペテルが呟いた。

 アダマンタイト、最硬度の金属を指すその名も冒険者である彼らにとっては別の意味がある。

 冒険者の最高ランクにして、人類の守護者と謳われる英雄。

 アダマンタイト級冒険者。

 ペテルは彼ら三人に、その姿を見たのだ。

 

「……さて。君たちには二、三聞きたいことがあるんだ」

 

 先頭に立つ漆黒の鎧に身を包んだ戦士は、先ほどと変わらず威厳に満ちた声でそう告げた。




今回の話は書籍版二巻序盤辺りと大差はないため飛ばそうかとも思ったんですが、ここからの話ではカルネ村とンフィーレア側の事情の説明も必要だったため入れることにしました
次辺りからカルネ村の話も入ってくる予定です
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