オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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個人的な考えですが、ンフィーレアは純朴な少年であると同時に、結構したたかと言うか抜け目ない性格をしているんじゃないか。と思いながら書いた話です


第13話 主従の再会?

「あ、ありがとうございます。馬の治療だけではなく、馬車まで直していただいて」

 

「なに。巻物(スクロール)の代金は後で頂くから気にするな。言っておくが修復(リペア)の魔法はあくまで応急処置だ、耐久限界は下がるから無理はするなよ」

 

 威厳のある声のせいで判断が付きづらいが、モモンと名乗った漆黒の鎧を纏った戦士は思ったより気さくな性格らしく、怪我をした馬の治療と馬車の修復までしてもらったことに感謝を述べるンフィーレアに対し、そんな風に軽口を叩く。

 しかし同時にキチンと忠告もする辺りは、歴戦の戦士の風格も感じさせる。

 オーガ以上の筋力と圧倒的な回復力を誇り、並の物理攻撃では斬った端から回復されてしまうため、一刀両断することなど不可能とされてきたトロールを片手で細切れにした膂力は話に聞く王国戦士長クラス、いやそれ以上かもしれない。

 そして、そのトロールの攻撃を掻い潜り一瞬で視界を奪ったソーイと、自分たちとそう変わらない年齢で一般的な魔法詠唱者(マジック・キャスター)が操るものとしては最高位である第三位階魔法によって一撃でトロールを燃やし尽くしたナーベ。

 三人それぞれが、自分たちが見てきた如何なる冒険者より格上の存在だと確信できる。

 

「さて。君たちの方は大丈夫かな?」

 

 修復したンフィーレアの馬車を一通り確認してから、モモンがペテルたちの元にやってきた。

 

「は、はい。ありがとうございます。おかげで命拾いをしました」

 

 ダインの回復魔法によって立てるようになったペテルは、未だ自分たちが礼を言っていないことを思い出し、慌てて頭を下げた。

 

「うむ! 感謝の言葉もない。まことにかたじけないのである!」

「本当に助かりました。ありがとうございます」

「助かったぜ。あのままだったら絶対に死んでたからな」

 

 ダインとニニャが礼を言い、最後の一人ルクルットも礼を口にして、その後三人の胸元にチラリと目を向けた。

 初めは軽薄なルクルットが、ソーイとナーベという美女二人に目を奪われ、何か余計なことを言うのではないか。と思ったがそうではない。

 ルクルットの目線は胸元に固定されており、特に鎧のせいで見えづらいモモンの胸元で目を留めた。

 その様子で三人が冒険者なら必ず付けているべき物がないことを確認しているのだと気が付く。

 その後ルクルットは改めて探るような口調で続けた。

 

「──ところで、お三方は冒険者、じゃないよな?」

 

「ああ。我々は冒険者ではなく、ワーカーだ」

 

「ワーカー……」

 

 半ば予想していたこととはいえ、あまりにも堂々と言われたことに驚いた。

 ワーカーとはそもそも、様々な事情で冒険者から脱落した者を指す言葉であり、冒険者からは警戒と嘲笑の対象になっている。

 そのためワーカー側も冒険者に対して卑屈な考え方を持っている者が多いと聞く。

 しかし彼らはそのことに一切負い目などない様子で、それが逆に彼らの器の大きさを示しているようにも見えた。

 

「いや、まあ何にせよだ。本当に助かった、アンタたちは命の恩人だ。な、ペテル」

 

「あ、ああ。そうだな、本当に感謝します。何かお礼を差し上げたいのですが……」

 

 本来、ワーカー相手にこの手の言葉は危険である。

 こちらの弱みにつけ込み、高額な報酬や無理難題をふっかけてくる可能性があるからだ。

 だからこそ、通常はこちらも警戒して対処しなくてはならないのだが、彼らならばその必要もないだろう。

 そもそもあれだけの力の持ち主だ。

 力づくに出られたら、自分たちでは抵抗のしようもない。

 

「気にするな。と言いたいところだが、実は私たちは今からトブの大森林に向かうところでね。見たところ、君たちは森から戻る途中か、あるいは向かう途中のようだ。森について知っている情報があれば聞きたいのだが」

 

「トブの大森林に?」

 

 思わずペテルの視線がンフィーレアに向かいそうになり、既のところで何とか堪える。

 トロールたちに襲われる直前、ンフィーレアが話そうとしていたことを思い出したためだ。

 そんなペテルの態度を見て危険だと判断したのか、ルクルットが大げさにペテルを押し退け、三人の前に立って明るい口調で話し出した。

 

「それだったらチームの目であり耳である俺にいくらでも聞いてくれよ。森に関しては事前に調べてあるからな。命の恩人の頼みだ、無償で全部の情報を譲るぜ。何なら支配(ドミネイト)でも魅了(チャーム)でも掛けて貰ってかまわねぇよ。いやいや、魅了に関してはもう掛かっちまってるかな?」

 

 モモンを挟んで両隣に立つ二人に交互に目を向け、最終的に黒髪の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ナーベに笑い掛けながら、ルクルットはそんな軽口を叩いた。

 

「チッ、下等生物(ウジムシ)が。望み通り支配(ドミネイト)の魔法を掛けて、全部聞き出してから先のトロール同様燃やし尽くして差し上げましょうか」

 

 見た目通りと言うべきか、ナーベは舌を叩きながらルクルットの言葉を苛烈に切り捨てた。

 

「それよりあたしとナーベを見比べた上で、ナーベの方を選んだのが気にいらねぇんだが。モモンさん。燃やすのはともかくせめてこいつからは、情報だけじゃなく身ぐるみもひっぺがして平原に転がしとこうぜ」

 

「ちょっとちょっと。待ってくれよソーイちゃん。いや、二人とも比べられないくらいのとびきりの美人だよ。でもさ、俺としては自分より遙か格上の野伏(レンジャー)職となるとちょっと後込みしちゃうわけ。だから別にどっちを選んだとかじゃなくてさぁ」

 

 弱ったように笑うルクルットの態度は幾分か演技めいている。

 もっとも、それに気づけるのはずっと彼と行動を共にしてきた自分たちぐらいのものだ。

 ルクルットは自分に目を集めることで、依頼人であり、トブの大森林内について何か重要な情報を持っているらしい、ンフィーレアから目を逸らさせようとしているに違いない。

 

「本当に失礼ですよ。ルクルット、反省の証として装備はともかく、自分の有り金位は渡した方がいいんじゃないですか?」

 

「それがいいのである! それにモモン氏、森のことならばルクルットよりも、森司祭(ドルイド)である私に聞いて欲しいのである!」

 

 ニニャとダインも軽口を合わせる。

 ひでぇ。と顔を歪めるルクルットに、ナーベは鼻を鳴らして視線を背け、ソーイは多少気が晴れたとでも言うようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

(よかった。どうやら誤魔化せたみたいだ)

 

 命の恩人相手とはいえ、ンフィーレアの持つ情報を彼の許可なく勝手に話すわけにはいかない。

 そう思ったのも束の間、笑みを浮かべていたソーイはそのままグルリと首を回し、視線を後ろに動かした。

 

「モモンさん。どうやらあたしらが知りたい情報は、コイツ等より後ろの坊ちゃんの方が詳しそうだぜ?」

 

「な!」

 

「おいおい。なに驚いてるんだよ。さっき言ってただろ? あたしが自分より遙か格上だって、野伏(レンジャー)は見て聞くのが仕事だ。あんなバレバレの演技見抜けないと思ったのかよ」

 

「参ったなこりゃ。どうするよ? ペテル」

 

 今度こそお手上げ、と言うようにルクルットは両手を空に向け、ペテルに指示を仰ぐ。

 ルクルットが慌てて演技を開始したのは、ペテルが軽率な行動を起こしかけたことが原因だ。

 何よりペテルはここまでリーダーとして何も出来ていない。ここで何とか挽回しなくては。

 彼らはワーカーだが無法者ではなさそうだ。ンフィーレアから無理矢理情報を聞き出すようなことはないと思うが、ンフィーレアにとっても命の恩人である──それも自分たちが護衛を完遂できなかったせいだ──彼らから強く言われれば、先ほど自分たちを信用して話そうとしてくれた内容を教えてしまうかもしれない。

 しかし、ンフィーレアにとってその情報は、大勢の人間に知られてはいけない秘密のようだ。

 だからこそ、初めは漆黒の剣にも話さず、ここまで来てようやく話す気になったに違いない。

 となれば、せめてモモンたちがその情報を聞いた後でも、誰にも話さないように口止めだけは行わなくてはならない。

 それが不甲斐ないリーダーである自分がしなくてはならない、せめてもの仕事だ。

 ンフィーレアがこちらに戻ってくる前に決断を下さなくては。とペテルは高速で頭を回転させて一つの回答らしきものを思いつくと、それをそのまま口にした。

 

「モ、モモンさん。よろしければ私たちが請け負っている護衛任務を合同で行いませんか?」

 

「ん? 護衛任務?」

 

 ンフィーレアに視線を向けていたモモンが、ペテルに顔を戻す。

 兜のせいで表情は分からないが、突然の提案を訝しんでいる様子だ。

 他の二人など、疑問を通り越して怒りを覚えているのが分かった。

 無理もない。

 漆黒の剣とモモンたちでは実力に差がありすぎる。

 状況だけ見れば実力不足の冒険者が、モモンたちのおこぼれに与ろうとしているようにしか見えないだろう。

 だが、それでも退くわけにはいかない。

 

「ンフィーレアさんは確かに、森についてある情報を持っています。ですがそれは彼が自発的に協力しなければ意味を成しません」

 

 無理矢理聞き出しても意味はないと言外に伝え、その上で続ける。

 

「ですが、私たちの護衛任務は森の奥での薬草採取も兼ねています。ですから、それを一緒に受けてくだされば」

 

「薬草採取? なら目的は同じか」

 

「モモンさんたちも薬草の採取を? でしたらなおさら──」

 

 好都合だ。

 冒険者は依頼を受けた内容について、守秘義務が発生する。

 組合への報告は必要だが、それが依頼人の不利益になるのなら、それを隠すこともままある。

 それを利用して共同任務とすることでモモンたちもそれに巻き込み、守秘義務を発生させる。

 これはモモンたちがキチンと契約を守ると仮定した上での提案だが、ワーカーとはいえ、まるで物語の中から出てきたかのような英雄然とした強さと威厳を持つモモンならば、守秘義務もしっかり守ってくれると信じるしかない。

 熱弁を振るうペテルを、仲間たちも何も言わず見守ってくれている。

 何としてでも説得しなくては。

 モモンはペテルの顔から視線を逸らさずじっと見つめ、他の二人はモモンに任せると言うように一歩後ろに下がった。

 

「ふふ。ははは」

 

 モモンが唐突に笑い出す。

 非常に明るい笑い方であり、こちらをバカにするような物ではなかったが、突然のことにペテルは目を丸くした。

 

「……あの、どうかしましたか?」

 

 その笑い声で、流石にンフィーレアも何かが起こったことを察したらしく、小走りで近づいてきた。

 

「ペテルさん、だったかな? そういう話をしたいなら、まずは依頼人である彼や、仲間たちと相談してから決めた方が良い。それとも合同任務の報酬は君が出してくれるのか?」

 

「あ」

 

 失態を取り戻すことで頭がいっぱいになり、根本的なことを忘れていた。

 合同任務となれば当然依頼料が発生する。基本的に冒険者より報酬額が高いワーカーであり、実力もどんなに甘く見積もってもオリハルコン級以上はありそうな三人を雇うだけの金額など、ペテルには到底出せない。

 ンフィーレアでも恐らく無理だろうが、彼の持つ情報と引き替えという形ならその報酬にも釣り合う可能性はある。

 だが、これもンフィーレアの承諾なく勝手に契約を結んで良いということではない。事前に説明するべきはモモンではなく、ンフィーレアの方だったのだ。

 

「そうだぜー。三人ともあれだけの実力者なんだ。依頼料幾ら掛かると思ってるんだよ」

 

「ペテルはちょっと考え無しなところがありますからね」

 

「うむ! だが、それが我らのリーダーの良いところでもある!」

 

「でもよ。モモンさん、俺たちはリーダーの決断なら信じて付き合うぜ」

 

 な。とルクルットがダインとニニャにも確認をとると二人は同時に頷いた。

 

「なるほど。では、問題はンフィーレアさんですね」

 

「えっと。僕が何か?」

 

 追いついたンフィーレアが不思議そうに首を傾げる中、モモンはすっとその場から一歩退き、ペテルに顔を向けた。

 試されている。と判断したペテルは、一度唾を飲んで喉を湿らせてンフィーレアの前に立つ。

 これはンフィーレアに負担を強いることになるだけではなく、護衛としての自分たちの無能を晒すことにもなるのだが、それを込みで皆が信頼してペテルに任せてくれたからにはそれに応えなくてはならない。

 覚悟を決めてンフィーレアに自分の考えていた案を話し始めた。

 

「ンフイーレアさん。提案があります」

 

 

 ・

 

 

 ペテルからの提案はンフィーレアに取って困惑と納得、その両方をはらんだ物だった。

 ここからカルネ村までの護衛、そしてその後の薬草採取の手伝いを含めた任務を、漆黒の剣とモモンたち三人の共同任務に変えたいという話だ。

 安全性を考えると嬉しい申し出ではあるのだが、同時に問題もある。

 

 一つは金銭的な問題。

 銀級冒険者チームでも手に余る強大なモンスターであるトロールをたやすく葬ったチームならば当然、報酬はそれ以上の物になる。

 それをンフィーレアが払えるのかという問題だ。

 しかし、そちらに関しては、ある情報を報酬に代えても良い。とモモンは言っているそうだ。

 

 その情報こそがもう一つの問題。

 モモンはンフィーレアが持つトブの大森林を自由に散策する方法を知りたがっているようだが、これはンフィーレアが勝手に決めることはできない。

 

 なぜならば、その方法とはカルネ村を含むトブの大森林の南方を支配している、強大で叡智に溢れた魔獣、森の賢王の力を借りるものなのだから。

 数百年を生きる白銀の毛皮を持つ四足獣、森の賢王は単純な速度や攻撃力だけではなく、複数の魔法まで操る正しく伝説の魔獣と呼ぶに相応しい存在だ。

 カルネ村はそれだけの力を持った魔獣の庇護下にある。

 これは単純に村が縄張りの中に入っているというだけではなく、村と森の賢王との間に明確な契約があるらしい。

 そしてその村の強化にも繋がる水薬(ポーション)や薬草の備蓄を行うためならば。とリイジーとンフィーレアに限って森の賢王の引率の下、森に入って自由に薬草を取ることが許されているのだ。

 

 つまり、この方法を使用するにはカルネ村の村長や、他ならぬ森の賢王自身が許可を出さなくてはならない。

 漆黒の剣に関しては、事前に今回から冒険者チームに護衛と薬草採取を依頼する旨を話していたため、きちんと話して許可を貰えば問題ないだろうが、三人はワーカーだ。

 命の恩人とは言え、まともに話してもおらず、確実に信用できる訳でもない。

 そんな者たちをカルネ村に連れていって良いものか。

 村人以外知る者のいなかったあの秘密をンフィーレア、正確には祖母であるリイジーが知ることが出来たのは長い時間をかけて信頼関係を築いたからだ。

 それこそ、リイジーの孫と言うだけでンフィーレアも信じて貰えるほどの強い信頼が。

 これはその信頼を裏切る行為なのではないだろうか。

 何より──

 

(エンリを危険に晒すことだけは絶対に嫌だ)

 

 村に住むンフィーレアの想い人の顔が浮かぶ。

 天真爛漫な彼女の笑顔が曇ることだけは絶対に許せない。

 それが自分のせいだとすれば最悪だ。

 そう考えると断った方が良い。

 

(待てよ? モモンさんたちは、僕が何らかの情報を持ってることには気づいているみたいだ。ここで断っても強硬手段に出るか、そうでなくてもどのみち森に行くのなら遠からずカルネ村を見つけるんじゃないだろうか)

 

 ならばここは、了承しつつも森の賢王のことは話さず村に向かい、不穏な行動を取った場合は森の賢王に止めてもらう。

 これが最善ではないだろうか。

 いくら彼らが強くても数百年を生き、魔法まで操る森の賢王には勝てないはずだ。

 

(もちろん、モモンさんたちがちゃんと守秘義務も守ってくれれば、それに越したことはない。でも……一つの考え方に囚われず、常に考え続けて最良を選ぶ。だよね、エンリ)

 

 これはカルネ村に伝わる格言だ。

 大切な物を守るためには、現状を維持するだけではなく、更に優れたやり方を模索し続ける。

 事実カルネ村は様々な方法を使って村を守るための手段を講じている。

 ンフィーレアたちが納めている水薬(ポーション)もそうした備えの一つなのだ。

 

(どっちにしても早く決めないと)

 

 既にそれなりに長い時間考え込んでしまっているせいで、場に緊迫感が満ちている。

 意を決し、ンフィーレアはペテルの説明が終わった後、こちらをじっと観察していたモモンの前に立ち、出来る限り愛想良く笑いかけた。

 

「分かりました。まだ森までは距離もありますし、森の中に入ってから僕のタレントでアイテムを使うにしても万が一ということがありますから、モモンさんたちのような方が居てくだされば心強いです」

 

 森を安全に捜索する方法はンフィーレアのタレントとアイテムが必要だと嘘を吐く。

 これは先ほどペテルが勘違いしてンフィーレアに聞いてきた内容を、そのまま使わせてもらった。

 これなら実際に森に入るまでは迂闊なことはできず、万が一の場合でも村にではなくンフィーレア自身を狙うはずだ。

 その意味では漆黒の剣にまだすべてを話していなかったのは幸いだった。

 後はカルネ村に着くまでにモモンたちが信用できるか見極めること。

 それが確認できるまでは、村に着いたとしても森の賢王のことは知られないよう、村人にもこっそり合図を出しておいた方が良い。

 

「では、契約成立ということで」

 

 満足気に頷き手を差し出したモモンと握手をしている間も、ンフィーレアは大切な人を守るために頭を働かせ続けた。

 

 

 ・

 

 

 カルネ村は良い村だ。

 エンリ・エモットは常々そう思う。

 それほど多くよその村を見たことがあるわけでもないし、話に聞いた大都市に比べると発展しているわけでもないが、食べる物にも困らず、何より村人全員が強い意志を持って生活して、村の安全を守っている自負があるからだ。

 偶に双方足りない物を補うため、物々交換による交易をするために近くの村を訪れることがあり、その際に好き好んで危険な森の傍に村を作るなんて。と笑われることもあるが──それがあるからカルネ村には人が寄りつかず、こちらから他村に出向くのだが──エンリから言わせれば、そうした村の方が野盗やモンスター、亜人などの襲撃にも備えず、いざという時のことを考えていないように思う。

 カルネ村で生まれた子供たちは、先ずそのことを徹底的に教え込まれる。

 

 強力な守護獣がいたとしても、いざという時は、大切な物を守るために戦う覚悟が必要なのだから。

 そしてつい先日、実際に覚悟を試される出来事が起こった。

 何の前触れもなく、鎧を着込んだ帝国兵が村になだれ込んできたのだ。

 こちらの話など聞く耳を持たず、剣を振り上げて襲いかかってきた兵隊たちに、いくら備えているとはいえ、ただの村人たちが勝てるはずもない。

 多くの者が負傷してしまった。

 しかし、死者は出なかった。

 皆で協力して仲間を助け、時間を稼いだからだ。

 そう。村の守護獣が来るまでの時間を。

 

 村の守護獣の強さは訓練された兵隊すら相手にならず、一瞬で敵を全滅させた。

 それでも誰一人犠牲者が出なかったのは、村人たちが常に備えていたからだとエンリは確信している。

 そして、そんなカルネ村を助けるために王国兵がやってきたのは、怪我をした者たちの治療や破壊された物の一時的な補修も済んだ後のことだった。

 立派な鎧を着込んだ戦士らしい人たちは思っていたより悪い人たちでは無さそうだったが、それでも自分たちの危機に間に合わなかった事実と、森の賢王として危険な魔獣と恐れられている守護獣と共存していることを知られてはならないと考えて、全てを隠蔽することにした。

 遺体は既に森の奥に埋めてあり、建物の修繕も済んでいたため証拠はない。

 王国兵には、初めからカルネ村には誰も来なかったと話した。

 帝国兵を村人が倒せるはずがないと思ったのか、王国兵は特にそれを疑うことなく、村の中に入ることすらせずに帰っていった。

 

 こうしてまた一つ、王国に対して後ろめたいことができたわけだが、カルネ村は元々王国に属してはいるものの、誰の物でもないトブの大森林を開拓して作られた村であることもあって、帰属意識は薄い者がほとんどだ。

 自分たちの力で村を守るという考え方も、それに根付いたものであり、そうした村の風習を誰もが誇りに思っている。

 村外れに作られた大型の納屋に似た建物の中で、エンリはそんなことを考えていた。

 一応仕事中ではあるのだが、村を救ってくれた守護獣と共に居ることに誇らしさを覚えたからというのが理由の一つ。

 そしてもう一つは。

 考えごとでもしていなければ、間が持たなかったためだ。

 

「うーん。でござる」

 

 その巨大な体躯を以ってしてもまだ広さに余裕のある納屋──あくまで偽装であり、実際は守護獣が村に滞在する際の寝床として作られた建物のため、壁材や内装は村で一番豪華な造りになっている──の中で、守護獣は先ほどからなにやら考えごとをするように唸っていた。

 初めは村の守護獣に気安く話しかけるのは失礼に当たると思って、黙って考えごとをしながら時間を潰していたのだが、こうも長く続くと逆に話しかけた方がいいのではないか。という気がしてくる。

 

 本来守護獣のお世話係という名誉あるこの仕事は、村の大人たちのみが着ける仕事なのだが、今は大人たちは通常の仕事の合間を縫って、先日帝国兵に破壊された建物の本格的な修繕や、破壊された建物に入っていて使えなくなった保存食を改めて作り直すなどの作業に追われており、人手不足を補うため、子供たちも農作物の世話や村の細々とした内職に駆り出されている。

 必然的にまだ大人ではないが、子供よりは精神的に成長し、守護獣にも失礼を働くことはないだろう、と判断されたエンリがこの仕事に就くことになったのだ。

 その意味でも、無視し続けるのも良く無いかもしれない。と思い直しエンリは意を決して話しかけてみることにした。

 

「あ、あの。何かありましたでしょうか? 私で出来ることでしたらどんなことでもいたしますので仰ってください」

 

「いや。そうでは無いでござる。何というかこう。さっきからずっと全身がピリピリするのでござる」

 

「ぴりぴり。ですか?」

 

 村の野伏(レンジャー)であり、守護獣が一緒だと動物が寄ってこないため、一人で森の奥に入って獲物を狩ってくることがあるラッチモンが似たようなことを言っていたことを思い出す。

 危険な敵が近づいてくると全身がヒりつくような感覚があり、そのおかげで命を救われたことが何度もあるとも言っていた。

 そのことを思い出した瞬間、エンリは思わず声を張り上げる。

 

「もしかして、またこの間のように帝国が!」

 

 王国兵は誤魔化せたが、帝国からすれば送り出した兵が戻ってきていない状況なのだ。

 再び別の兵を送ってきても不思議はない。

 普段は森の奥を寝床としている守護獣がこうして村に残っているのはそれを警戒する意味合いもあるのだと聞いていた。

 

「いや、違うでござる。これは!」

 

 興奮したように叫びながら、守護獣が立ち上がる。

 その巨体同様に大きな耳がピクピクと動き、強大な力と叡智を感じさせる黒い瞳が見開かれた。

 

「この声。間違いないでござる!」

 

 そう叫ぶや否や、守護獣は四足歩行に戻り、納屋の出入り口に向かって駆けだした。

 

「あ、待って! 今扉を──」

 

 開けますから。と続ける前に守護獣の体当たりによって、扉はあっさりと破壊され、そのまま飛び出していく。

 

「うわ!」

「なんだこりゃ!」

「みんな、ンフィーレアさんを」

 

 破壊された扉の向こうから、一斉に複数の声が流れ込む。

 聞き覚えのない声の中に、友人の名前が聞こえ、その直ぐ後にはその友人自身の声も聞こえてきた。

 

「ま、待って! 待ってください!」

 

 慌てるあまり完全に声が裏返っているがその声は間違いなく、エンリの友人にして、現在村の外で二人のみ存在する守護獣のことを知っている薬師であるンフィーレアのものだ。

 

「ンフィーレア? どうして……あ」

 

 先日の一件で大量にポーションを使用してしまったため、ンフィーレアにいつもより早めに薬の補充を頼んでいたのだ。

 同時に今回から彼の祖母であるリイジーは同行せずエ・ランテルから護衛の冒険者を雇って連れてくると聞いていたことも思い出した。

 ンフィーレア以外の声はその冒険者だろう。

 

「もー、説明してくれればいいのに!」

 

 村の中まで連れてくる以上、冒険者にも今回の薬草採取に同行して貰うつもりなのだろう。

 ならば守護獣も一緒に行くのだから事前に話しておいてくれても良いはずだ。

 どちらにしてもお世話係として、エンリも事情の説明に出向かなくてはならない。と壊れた扉を抜けて外に出ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

「殿ー! 久しぶりでござるー。この忠臣ハムスケ、ずっと待っていたでござるよー!」

 

「ちょ! 何だお前は!」

 

「モモンさん大丈夫か!? おい。どうなってんだこれは」

 

「離れろ! モモンさーんの体に許可なく触れるなど、その毛皮をはぎ取られたいの?」

 

 守護獣が漆黒の全身鎧を身につけた戦士に抱きつきながら頬ずりを繰り返している姿と、それを引き剥がそうとする信じられないくらい美しい女性が二人。

 そしてそれを呆気にとられた様子で見つめる、ンフィーレアを初めとした見知らぬ冒険者たちの姿。

 

「何なのこれ」

 

 思わず漏れ出たエンリの疑問に答えてくれるものはどこにも居なかった。




今回でハムスケの出会いと森の中に入るまで進めたかったのですが、長引いたのでここで切ります
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