オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前回の続きと、彼がカルネ村に残したものの話
色々説明していると、なかなか話が進まなくて困ります


第14話 カルネ村の教え

 村の広場に急遽持ち出されたイスに腰掛ける。

 本来は森の中に村人以外の者を入れる際の決まりとして、村の秘密を守れるか確認する儀式──ようは面接のようなものだろう──を村長の家で行う予定だったのだが、モモンガにべったりくっついて離れない巨大なジャンガリアンハムスターに似た魔獣、森の賢王が家の中に入れないため、こうして村の広場で行うことになったのだ。

 当然遠巻きに村人たちもこちらを見守っており、視線がモモンガに集中している。

 

「ええ、では村の掟に従い、先ずは皆様のお名前を聞かせていただきたいのですが……」

 

 村長だという、がっしりとした体格の日焼けをした男が口火を切り、漆黒の剣のメンバーから一人ずつ自己紹介をしていく。

 それを聞きながらも村長の視線は、チラチラとモモンガとその隣に居るものに向けられていた。

 

「殿~」

 

 何度も殿じゃない、お前など知らない。と言っているのだが、賢王とは名ばかりのこのハムスターは一向に話を聞こうとしない。

 村長が困惑するのも無理はない。

 おそらく本来はこの面接の後、信頼が置けると判断した場合、ンフィーレアが言っていた森の中を自由に散策できる方法であった──タレントと薬がどうこう言っていたのは恐らくブラフだ──森の賢王を紹介する手はずだったのだろう。

 並の冒険者では敵わない森の賢王を見せることで、秘密を守らせる抑止力として使用する。

 その森の賢王が、あろうことかワーカーに懐いてしまったのだから気が気でないに違いない。

 

(と言っても、秘密を守らせるにしてもエ・ランテルに戻られたら抑止力も何もないだろうに。それを計算に入れていないのか、それともそれだけ逼迫した状況ということか)

 

 村の中をざっと見回しただけだが、村のあちこちに破壊の痕跡とそれを修理した跡が見受けられた。

 ポーションの備蓄が無くなったため、その補充と──それらはトロールに破壊されたが──新たなポーションを大量に生産するためにンフィーレアだけでなく、他の冒険者の手を借りてでも薬草を大量に採取する必要があったため、危険を承知でこうした手段を取ることにしたのだろう。

 それが一歩目から躓いたのだから、村長や他の村人たちの心配そうな眼差しも分かると言うものだ。

 森の賢王が抑止力に使えない以上、モモンガが村の秘密を盾に脅してきたとしても止める手段が無いのだから。

 

(しかし、いったい何故だ?)

 

 体格に似合った巨大な頬をグリグリと兜に押しつけてくるハムスター。

 余計な考察をしていたのは、ほとんど現実逃避だったが、それもいい加減限界だ。

 巨大ハムスターがモモンガのことを殿と呼び懐いてくるこの状況、この場にいる全員がそれを説明して欲しいと願っているのは手に取るように分かったが、モモンガ自身この一度見れば忘れることなど無い巨大なハムスターに見覚えがないのだ。

 そんなことをしている間に、モモンガを除いて全員の自己紹介が終わり──ナーベラルだけは未だ殺気に満ちた目でハムスターを睨みつけているため、ソリュシャンが代わりに紹介していたが──モモンガの番となった。

 

「私はモモン。そちらのナーベとソーイとチームを組んでいる」

 

「モモン? 殿は名前を変えたのでござるか?」

 

 ここに来てようやく、ハムスターが顔を離して大きな瞳を真っ直ぐに向けた。

 

「……皆も気になっているとは思うが、改めて言わせて貰おう。私は──森の賢王、だったか?」

 

「ハムスケでござる! 殿が名付けてくれた名前故、そう呼んで欲しいでござるよ!」

 

(そう言えばそんなこと言っていたな。ハムスケ……そのままの名前だが、やはりハムスターなのか。この世界のハムスターはこれほど巨大なのがデフォルトなのか。それとも──)

 

「モモンさん?」

 

 村長に問われ、慌てて思考を中断させる。

 

「あ、ああ。失礼。ではハムスケか。私は君に会ったことはない、それどころかこの森に来たのも初めてだ」

 

 正確には百年前、この近くの平原に転移したらしいのだが──モモンガは覚えていなかったが、ナーベラルがそう証言した──その際も安全の確保が第一と言うこともあって森には近寄らなかったはずだ。

 当然この巨大なハムスターを見かけた記憶もない。

 だが、思い当たる可能性が二つある。

 

 一つは、プレイヤーだ。

 ハムスター、もといハムスケはモモンガを一目見て自分の主だと認識した。それはつまり、その主もこの全身鎧を着用していたということではないだろうか。

 この漆黒の鎧は通常の武装のようにデータクリスタルを使用して外装から作ったものではなく、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)の魔法で全身鎧を作った際にデフォルトで現れる物だ。

 そのデザインが想像していたダークヒーローの勇者像にピッタリだったため──新しい外装を考えるのが面倒だったということもあるが──そのまま使用していたのだ。

 つまり上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)の魔法が使える者なら、この鎧を完璧に再現できる。

 この世界で第七位階魔法を使える者などほぼ皆無なため、必然的に過去に現れたプレイヤーである可能性が高いという推察だ。

 そしてもう一つは──

 

「そんなはずは無いでござる! 殿、それがしを忘れてしまったのでござるか? 百年前殿に破れて忠誠を誓った忠臣ハムスケでござる。ご命令通りこの村を守ってきたのに、あんまりでござるよ」

 

「いい加減にしなさい。私たちはずっとモモンさんと一緒に居たけれど、お前のようなものを見た覚えなど無い。モモンさんの忠臣など烏滸がましいにもほどがある」

 

 忠臣という言葉が癪に障ったのか、今まで黙って睨みつけているだけだったナーベラルが、殺気を漲らせイスから立ち上がる。

 その殺気に、場にいた全員が短い悲鳴を上げる。モモンガも一度思考を止めてナーベラルをなだめようとするが、その前にソリュシャンが動いた。

 

「待て待て。落ち着けよナーベ、そもそも百年前じゃあたしらもモモンさんも生まれてすらねぇだろ」

 

 その言葉に、全員がハッとさせられた。

 ソリュシャンからすれば、ナーベラルが興奮のあまり百年前からモモンガに仕えている。などと言い出したら大変と慌てて止めに入ったのだろうが、忘れていたのはモモンガも同じだった。

 

(そうだった。先ずはそこから否定するべきだったのに忘れていた)

 

 漆黒はあくまで人間のワーカーチームという設定である。

 百年前から生きているはずなど無かったのだ。

 ソリュシャンは更に言葉を重ねていく。

 

「要するにそこのデカいのの主は、百年前にいた戦士かなんかで、それとモモンさんの雰囲気が似ているってことだ。確かあれだろ? 戦士って奴はちょっと動きを見れば相手の強さとか偉大さが分かる奴もいるんだろ?」

 

 チラリと戦士であるペテルに話を振るソリュシャンに、まさか自分に声がかかるとは思っていなかったのか、慌てたように一拍遅れて頷いた。

 

「え? あ、はい。そうした話を聞いたことがあります。熟練した戦士は相手の動きを見るだけで大凡の強さが分かると。私は若輩者ですのでそこまでは分かりませんが」

 

「うちのリーダーであるモモンさんは、そこらのおとぎ話の英雄なんざ相手にもならねぇ、生きた伝説だ。かつての戦士もその魔獣を倒せるだけの戦士だったなら強かったんだろう。そんな奴は二人と居ないとその魔獣が誤解するのも仕方ないってことだ」

 

 レベル三十ほどで英雄扱いされるこの世界。特に狭い範囲で生きているものは、そうした強者に出会うことなど皆無と言っていい。

 そんな中で近いレベルの強者を見つけたら同一人物だと思っても仕方ない。と言いたいのだろう。

 モモンガもそれに乗ることにした。仮にハムスケが鎧のことを言って来ても、その時はこれは量産品、あるいは冒険の果てに手に入れた古の装備としておけば、同じものであることも誤魔化せる。

 ソリュシャンの言葉で皆が納得しないようなら、それで物語を補強しよう。とモモンガは身構える。

 

「ああ。なるほど、確かにモモンさんほどの剣士なんて、そう簡単にお目に掛かれるものでもありませんからね」

 

 しかし思いの他あっさりと納得したようにペテルに、他のメンバーも同意する。

 モモンガとしては肩透かしを食らった気分だが、同時にここでしっかりと別人だと印象づけておく必要があると考えた。

 ハムスケがナーベラルの殺気を恐れて、距離を取っている今こそ好機だ。

 

「では。証拠をお見せしましょう」

 

 そう言いながら兜に手をかける。既に魔法を発動させ、兜の下には幻術の顔を作っている。

 しかし、幻術はあくまで見せかけだけのものなので、触れられるとそのまま突き抜けてしまう。

 そのためハムスケがベッタリくっついていた時には外せなかったのだ。

 事前に漆黒の剣やンフィーレアには幻術を見破る術が無いことは把握済みであり、村人も同じだろう。

 

 可能性があるとすればハムスケ本人だ。

 森の賢王は魔法も使えると聞いていた。

 それがどんな魔法かは不明だが、魔獣や亜人の中には種族特性として幻術を見抜く目や、魔法が使えるものもいる。

 ユクドラシルにもハムスケに似た種族など居なかったため、その辺りは賭けになってしまうが仕方ない。

 まずこの場を収めて、早々に薬草採取に出向く必要がある。

 誰もいない場所でハムスケに聞かなくてはならないことができたからだ。

 もしここで正体が露見してしまうようなら、強硬手段もやむをえないが、どうなるか。

 ゴクリと唾を飲む真似事をしつつ、モモンガは兜を外して幻術の顔を晒し、そのままハムスケに顔を向けた。

 

(さて、どうなる?)

 

 大きくつぶらな瞳がモモンガをまじまじと見つめる。

 やがて、ハムスケは全身を震わせながら大きく息を吐いた。

 

「違ったでござる。声を聞いたときは間違いないと思ったんでござるが」

 

 落胆するハムスケの言葉に、全員が拍子抜けだと言うように息を吐き、場に和やかな雰囲気が戻ってきた。

 しかし、モモンガだけは今の台詞を聞いて背筋に寒気が走った。

 残っていたもう一つの可能性が、確信に近づいたからだ。

 

「それにしても、モモンさんもナーベちゃんと同じ黒髪黒目ってことは二人とも同郷かい? ソーイちゃんは違うみたいだけど」

 

「ルクルット! 詮索は御法度だろ!」

 

「ちょっと聞いただけだろ。お前だって気になってる癖によ」

 

「そんなことは──」

 

 ペテルとルクルットの漫才のような言い合いを遠くに聞きながら、モモンガはなんとか自分を取り戻し兜を被り直す。

 

「……話を進めましょう。森に入るには村長殿の許可が必要だと聞いています」

 

 やはり一刻も早くハムスケから話を聞き出さなくてはならない。とモモンガはやや強引に話を進めた。

 

「そ、そうですな。それでは──」

 

 うなだれるハムスケを後目に、村長は改めてハムスケのことを秘密にすることや、森に入る際の注意などを話し始めた。

 

 

 ・

 

 

 森に入る前に、ンフィーレアはポーションの在庫確認のために村の備蓄庫に移動した。

 これは村に来る度にいつも行っていることだ。ポーションは時間を置くと劣化してしまうため、定期的に確認して古くなった物を取り除く必要があるからだ。

 とはいえ、そもそも村での生活でポーションを使うことは殆どない。

 だからいつもはただ持ってきた分を一番古いものと交換するだけで済んだが、今回は違う。

 大量に在庫のポーションを使用したことで、確認だけではなくこれからどれほどの量の薬草を採取するか、その凡その量と種類を把握するために現在貯蔵庫に残っている数を見ておく必要があったからだ。

 

「……そ、それにしても! こんなにポーションを使うなんて、大変だったんだねエンリ」

 

 先ほどから声をかけるタイミングを見計らっていたのだが、緊張に耐えかねて思わず漏れ出た声は、完全に裏返っていた。

 思い人であるエンリと二人きりになったという状況のせいだ。

 彼女は元々森の賢王の世話役をしていたのだが、先の件で落ち込んでしまった森の賢王が薬草採取が始まるまで一人──あるいは一匹──にして欲しいと告げたことで、仕事が無くなったエンリがンフィーレアの手伝いを買って出てくれたのだ。

 

「うん。みんな無事だったから良かったんだけど……守護獣様がもし間に合わなかったらと思うと──」

 

 彼女によると、先日突然村に帝国の兵士が襲いかかって来たそうだが、事前の備えと森の賢王の力によって何とか撃退できたのだという。

 その話を聞いたときは血の気が引いた。

 一歩間違えば、その際にエンリが命を落としていたかも知れないのだ。

 そう考えると今まで口にはしなかったが、過剰だと思っていた村の備えもキチンと意味があったのだろう。

 しかし、そうして使用しされた分の補充として持ってきたポーションはトロールとの戦いで全て破壊されてしまった。

 

「エンリ……ごめんね。新しいポーション持ってこれなくて」

 

 そのことを詫びると、エンリは慌てたように手を振った。

 

「何言っているの。モンスターに襲われたんでしょ? むしろンフィーが無事で良かった。大丈夫よ、もう村の修復も始まっているし、使った分のポーションだってちゃんと働いて返すからね」

 

 力強く言うエンリの笑顔に、ンフィーレアは自身の顔が熱くなっていくのを感じた。

 彼女はンフィーレアを気遣って言っているわけではない。いやそうした意図も少しはあるかもしれないが、少なくともンフィーレアの無事を本気で喜んでいてくれることだけは間違いない。

 彼女のそうした優しさが、ンフィーレアは好きなのだ。

 

「だ、大丈夫だよ。元々こういうときの為のポーションなんだし、薬草を安全にたくさん採れるだけで十分元は取れているから」

 

 動揺を隠そうして、思わず早口になってしまう。

 実際森の奥地に生える効果の高い薬草を、大量に手に入れられる状況は薬師にとって夢のような環境であり、組合の薬師辺りが知ったら殺到するだろう。

 

「そう? でも、せめてここの手伝いくらいは頑張るからね。これ、外の馬車に運べばいいんだよね」

 

「う、うん。お願いするね」

 

 重ねられた空の箱をエンリは軽々と持ち上げて持っていく。

 採れた薬草を種類ごとにより分けるために必要なものだ。

 元々は馬車にも積んであったのだが、トロールとの戦いで破壊されてしまったため──流石に箱一つ一つまで修復(リペア)巻物(スクロール)で直すわけにはいかなかった──村の物を借りることになったのだ。

 その後ろ姿はやる気に満ちており、生まれ育った村がいざというときのために備えをしていたことを誇り、その修繕のために働けることを喜んでいるように見えた。

 それを見て、ンフィーレアは思わず唇を噛みしめる。

 

 本当は、言いたいことがあった。

 また同じようなことが起こったら危険だから、街に来て一緒に暮らして欲しいと言いたかった。

 初めて村に来た頃から抱き続けていた想いを告げる良い機会だと思ったのだが、この村を誇りに思い、村を愛しているエンリはンフィーレアからそう言われたところで頷くことはないだろう。

 むしろこんな機会がないと、告白一つできない自分が恥ずかしくなる。

 

「……それにしても、カルネ村は凄いね。いざというときのためにここまで備えている村なんてないよ」

 

 頭の中を切り替えるために、思いついた話題を口にする。

 城塞都市であるエ・ランテルはともかく、この規模の村でここまで備えをしているところは他にはないだろう。

 

「そうでしょう? これも村の開祖様の教えのおかげよ。でも、さっきは驚いたなぁ」

 

 戻ってきたエンリが言う。

 

「何が?」

 

「守護獣様の話。ンフィーが連れてきたあの人が、本当に開祖様なのかと思っちゃった」

 

 そんな訳ないのにね。と続けて笑うエンリに、ンフィーレアも先ほどまでの騒ぎを思い出す。

 初めはモモンたちを抑えるため、村に着いてから村長に事前に話をして、森の賢王の元にモモンたちを誘い出してそこで改めて説明することで、向こうの出方をうかがう手はずだったのだが、その森の賢王がモモンをかつての主だと勘違いして飛び出してきたのだ。

 結局モモンの顔を見せたことで勘違いは収まり、村長との顔合わせも無事に済んだので、結果的に問題なかったのは幸いだった。

 

「開祖様って、森の賢王とは違うんだよね」

 

 森の賢王はその名が示す通り、叡智に於いても人間以上と言われているが、そうした村の教えや掟を定めたのは別人だと聞いていた。

 

「うん。守護獣様は開祖様の騎乗魔獣だったのよ。元々カルネ村は二人から始まったの。一人は百年前に森を切り拓いて村を開拓しようとしたトーマス・カルネさんって方。この人が開拓者」

 

「ああ。それでカルネ村なんだ。でも危険な森を一人で開拓しようなんて凄いね」

 

 そう言えば村の歴史については聞いたことがなかったな。と考えながらンフィーレアは相づちを打つ。

 

「そう! そこなの! トーマスさんは自由に生きるために、危険な森の開拓を決断したそうなんだけど、その考えに共感してくださったのが開祖様でね。開拓の手伝いだけじゃなくて、危険な魔獣とかモンスターもこうバッサバッサと倒してくれたの。村が形になった後も、人集めとか危険な森の近くで生きるための心得を教えてくれて、それが今でも村の掟として残っているのよ。その後は村に残らないでそのまま旅に出てしまったからお名前も残っていないんだけど。でも、守護獣様に村を守るように言ってくれたおかげで、今のカルネ村があるの」

 

 エンリが興奮したようにつらつらと話し始める。

 片方だけ敬称を着けている辺り、どうやら始まりの人物のうちでも、その開祖と呼ばれる人物の方が村では重要視されているようだ。

 

(まるで神様だな。まあ、森の賢王や生きるための知恵を授けたのがその人なら、分からないでもないけど)

 

 カルネ村は特殊な村だ。

 森の賢王という、いわば強大な武力によって村が守られているのに、それに加えて自分たちでもやれることをしようと、村人にはさほど必要ない読み書きの練習も行い、それぞれが空いた時間には弓や剣を練習したり、ポーションや薬草なども必要以上に備蓄しておく。

 ここまでした上で、いざという時は村を捨てて逃げ出すための避難経路確保も欠かさない。

 一体何に備えているのかと思えるほどの慎重さに、ンフィーレアも最初は驚かされたものだ。

 そうした村の根幹部分を作った人物ならば、神様扱いされているのも頷ける。

 

「今後はね、頑丈な防護柵も付けようって話も出ているの。あまり頑丈すぎる柵を作ると徴税の役人さんに何か隠し事があるんじゃないかって怪しまれて、守護獣様が村に居ることかバレてしまうかもって考えていたけれど、もうそんなこと言っていられないわ。また帝国が来るかもしれないもの」

 

 再び帝国兵が来るかもしれないというのに、逃げることは考えず立ち向かうことを選び、村をより良くするための方法を模索する。

 これもその開祖の教えによるものなのだろう。

 

(だったら。僕は彼女のために、何が出来るんだろう)

 

 今回のように、自分の知らないところでエンリが危険な目に遭うなんて我慢できない。

 本音を言えば、このままカルネ村に残りたい。

 ポーション造りは素材と道具さえあれば、この村でも出来る。

 主な素材である薬草の採取も容易となるため、利点もあるだろう。

 そうして村の住人となって、ゆくゆくはエンリと──

 そんな想像をして、にやけそうになる顔を無理矢理引き締める。

 

(いや、良いことばかりじゃないか)

 

 大都市であるエ・ランテルを出るということは、単純に売り上げの減少や、ある程度名前や顔が知られるようになって、薬師として積み上げてきた実績──これは都市一番の薬師である祖母や、自分のタレントによるところが大きいが──を捨てることになる。

 とはいえ、別に富や名声を求めているわけではない。

 そう考えると自分一人だけのことを考えれば利点しかない。

 だが。

 

(お婆ちゃんはどうなる?)

 

 リイジーはそれこそ自分などとは比べものにならないほど、長く実績を積んで都市一番の薬師という名声を得たのだ。

 これはそれを全て捨てろと言っているも同じことだ。

 なにより、都市を出てこの村に移り住めば、当然今までとは環境が激変する。それもいくら備えをしているとはいえ、やはり大都市と村では生活水準が大きく異なるため、高齢のリイジーには厳しいだろう。

 そうでなくてもリイジーの夢である完全なポーションの作成には、薬草だけではなく練金溶液をはじめとした特別な素材、何より大量の金銭が必要になる以上、エ・ランテルを出ていくなど考えもしていないはずだ。

 だからといって、高齢の祖母を残してンフィーレア一人がカルネ村に越してくる訳にもいかない。

 両親を早くに亡くしたンフィーレアをずっと育ててくれたリイジーには、これからたくさん恩返しをしなくてはならないと思っているのだから。

 

(でも──)

 

「ンフィー?」

 

「え? あ、ごめん。ちょっと考えごとしてて」

 

 不思議そうに首を傾げるエンリに、ンフィーレアは慌てて言う。

 自分でも正直怪しすぎるほど上擦った声になってしまったが、エンリは気にした様子もなく、そうなんだ。といつもの笑顔を浮かべた。

 

(……やっぱり、僕はこの笑顔を守りたい、守れるくらい強くなりたい)

 

 大切な家族と最愛の人。

 その二つは、自分に取って順番を付けられるようなものではない。

 仮にそれを両立できる方法があるとすれば、それはやはり強さなのではないだろうか。

 トロールを瞬殺し、森の賢王を恐れることもないモモンたちの強さを見て余計にそう思うようになった。

 ンフィーレアが一人でエ・ランテルと村を行き来出来るほど強ければ、毎回冒険者を雇う必要もなく、いざというときでも直ぐにカルネ村に駆けつけられる。

 加えていうのなら、物理的な強さでなくても、今の薬師としての道を極めることもそうだ。

 自分が腕を磨き、祖母にも勝る薬師になれば、もっと祖母の研究を手伝える。

 そうして本物のポーションを完成させれば、祖母もエ・ランテルに拘る理由はなくなり、この村に越してきても良いと思えるかも知れない。

 どちらにしても、そうした自分なりの才能を磨くこと。それこそが自分の望む未来への近道なのではないだろうか。

 

(そのためにも、今は自分の仕事を完璧にこなさないと)

 

 今自分に課せられた仕事も満足にこなせないようでは、強さだなんだと語る資格はない。

 気合いを入れ直し、ンフィーレアは仕事を再開した。

 その後、思った以上に早く仕事が片づき、自分がどれだけエンリに気を取られていたかを自覚して、気恥ずかしさを覚える結果になってしまった。

 

 

 ・

 

 

「森に入ったら、手分けをして薬草の採取ということになるだろう。お前たちは依頼人であるンフィーレアの護衛を行え。私は森の賢王を連れだし、例の薬草について尋ねてみる」

 

 ンフィーレアが取りに行く森の奥に生えた薬草とは、希少価値は高い物だが、あくまで一般にも流通している物であり、モモンガたちが探している万病に効くとされる薬草とは違う物だった。

 そのため、森の賢王と謳われ森の中に詳しいハムスケに話を聞く必要があった。

 

「モモンさん。そのような雑事は私が」

 

 すかさずナーベラルが告げる。

 周囲に人影は見えないが、モモンたちのことを遠巻きに監視している村人が居る可能性を警戒しているのか、モモンガではなく、モモンと呼んでいるあたり、ナーベラルも成長したようだ。

 良い傾向だが、今回はそれを了承するわけにはいかない。

 

「それには及ばない。そもそも、私がンフィーレアの護衛をするとなれば、同時に薬草採取も手伝わなくてはならないが、この手では難しいのでな」

 

 これがモモンガの考えた言い訳だ。

 薬草採取をするには、全身鎧は向いていない。

 かといって素手でも、幻術をすり抜けてしまうため採取はできない。

 

「そもそもモモンさんが薬草採取ってのもな」

 

「あ」

 

 ソリュシャンの言葉で、ナーベラルも気づいたようだ。

 モモンガを絶対的支配者として認識している二人からすれば、地面に座り込んで薬草を採取することの方が支配者らしくない行動だと。

 モモンガが鎧のことを告げたのは、それを気づかせる意味合いもあったので予定通りと言えばそうなのだが、手の汚れる土仕事などしたくないと示唆したようで気が引ける。

 しかし、今だけはその勘違いを利用させてもらう。

 

「そういうことだ。本来森の中を安全に行動するための森の賢王がいなくなるのだ。他の者たちが捜そうとするかも知れないが、うまく時間を稼いでおけ」

 

「了解」

 

「承知いたしました」

 

 こう言っておけば、ンフィーレアや漆黒の剣を監視するため、二人もモモンガのところには近づいてこないだろう。

 モモンガの考えが確かならば、ハムスケとの会話は彼女たちにも、いや二人にこそ聞かせてはならない。

 

(今はまだ、な)

 

 

 深い森の奥は思った以上に暗い。

 幾重にも重なった木々が頭上を覆うからだ。

 もっともモモンガはアンデッドの特性上、暗闇であっても関係なく見通せるし、それは森で生きてきたハムスケも同様だろう。

 だからこそ、ハムスケも特に物怖じすることなく、モモンガの後に付いてきたのだろうが。

 

「なんでござるか、こんなところまで。それがし、あの薬臭い子供のことを守らないといけないのでござるが」

 

「そちらは私の仲間がやってくれるから問題はない」

 

「そもそも、それがしはあまりそなたと話したくないでござる。声を聞いていると殿を思い出してしまうでござるよ」

 

 しょんぼりした声と共に、ハムスケの髭が力無く垂れる。

 

「……まあそう言うな。少し聞きたいことがあるんだ」

 

「なんでござるか?」

 

 いきなり本題に入るのもなんなので、先ずはナーベラルに語った言い訳の方を先に済ませておこう。

 

「実はな。この森の奥に、万病に効く薬草があると聞いたんだが、何か知っていることはないか?」

 

「それはあの子供が集めている物とは違うものでござるか?」

 

「ああ、もっと貴重なものだ。何でも三十年くらい前に一度冒険者が採りに来たようなんだが──」

 

 かつてエ・ランテルにいたアダマンタイト級冒険者チームが一度、薬草採取に成功しているという話はソリュシャンが調べていた。ハムスケが森と隣接する村をずっと守っていたのなら、その話を知っていても不思議はない。

 

「三十年前、ふーむ」

 

 少しの間考えこんでいるようだったが、直に思い出したと言うように、尻尾の蛇が持ち上がる。

 

「ああ! あれのことでござるな!」

 

「知っているのか?」

 

「知っているというか、三十年前に来た人間に薬草を渡したのはそれがしでござる。結構強そうでござったし、下手に暴れられると封印が解けてしまうから殿から預かっていたものを渡したのでござるよ」

 

「封印?」

 

「そうでござる。その薬草は元々殿が戦った、巨大な木の化け物の頭の上に生えていたものでござる」

 

「木の化け物だと?」

 

「それがしも見ていたでござるが、もの凄く大きい上に、体力が有りすぎるとかで、殿も倒すのが面倒で封印したのでござる」

 

 重要な情報だろうに、ペラペラと話すのはハムスケ自身、かつての主との思い出を語りたくて仕方なかったのかも知れない。

 モモンガが黙って相づちを打っていると、ハムスケはなおも続ける。

 

「確かその時、クルシミマスツリーにすれば映えそうと言っていたでござる。なのでそれがしはその木の化け物のことをそう呼んでいるござるよ」

 

「! その呼び名を知っているということはやはり──」

 

「どうしたでござる?」

 

 ハムスケの言葉には応えず、モモンガは考え込む。

 クリスマスにゲームをしていたモモンガたちが、ネタとして巨大な木のモンスターに浮遊大機雷(ドリフティング・マスターマイン)と時間停止の魔法を組み合わせてぶつけることで作った、モテない男同盟用、苦しみますツリー。

 その名称はあくまで仲間内だけで使われたものだ。

 そしてモモンガの声を聞いて、主だと判断したことを合わせると、ハムスケの言う殿が何者なのか答えは簡単に導き出せる。

 

(だが、どちらだ? 本物か、それとも俺と同じもう一つのNPCが意志と記憶を持った可能性もある)

 

 モモンガと同じ声を持ち、記憶も持っている者となれば、該当するのはその二人だけだ。

 NPCであれば問題はない。

 むしろ積極的に捜して接触を図りたいところだ。

 問題なのは本物であった時、本物と会うと言うことは、モモンガが偽物であると気づかれるということだ。

 なるべくならそれは避けたい。その場合は二人にはこの話は黙って──

 そこまで考えて、モモンガはハタと気づく。

 

(いや、むしろその場合でも探し出すべきだろう。そして二人を引き渡す。それが筋だ)

 

 元々そのつもりだったはずだ。

 本物のモモンガ、そしてナザリック地下大墳墓を見つけだして、二人を家に帰す。

 仮に自分たちのように、拠点ごとではなく個人で転移していたとしても、少なくとも死霊系魔法詠唱者(マジック・キャスター)としても中途半端なモモンガより、単純な魔法の種類だけではなく、超位魔法も使用可能な本物のモモンガの方が強いのは間違いない。

 加えてモモンガが使用していたアイテムボックスには大量の装備や回復アイテムも入っている。

 それがあれば、二人の安全もより確保される。

 

(そして、俺は偽物として断罪される。か)

 

 ワーカーになることを決めたときに、その覚悟もしていたはずだ。

 それなのに自分はわざわざ二人を遠ざけ、ハムスケに対してもこうして遠回りに探ろうとしている。

 心の奥底では偽物として断罪されることを恐れているのか。

 それもあるだろう。

 

 そもそもモモンガは、自分の持つ鈴木悟の記憶が本物である保証はない。と考えていた。

 現実世界やユグドラシルでの思い出もたくさん残ってはいるが、それすら設定に鈴木悟のコピーであると書き込まれたせいで捏造された偽の記憶であり、ここにいるのは自分を鈴木悟だと思い込んでいるアンデッドに過ぎないのではないか。

 流石に考え過ぎだと自分でも思う。ここまで詳細な記憶があり、そもそもつい先ほど苦しみますツリーという、自分の記憶にある言葉がハムスケの口から出た時点で、自分と同じ記憶を持った存在が居るのは事実。

 つまり自分の持つ鈴木悟の記憶も本物のはず。

 そう思ってはいるが、百パーセントではない。

 ハムスケの主が自分と同じくNPCであった場合、全く同じ偽りの記憶が創られていても不思議はないからだ。

 

 その場合、二人が常々語るナザリックの流儀に合わせれば、単なるNPCが絶対的支配者を騙っていることだけで極刑に値する。

 全ては本物の判断次第だが、そうなる可能性もある以上死の恐怖──アンデッドがそれを感じるのも妙な話だが──が有るのは間違いない。

 なにより自分を偽物だと知った二人が自分をどんな目で見るのか。

 それが怖いのかも知れない。

 それでも。

 

「ハムスケ」

 

「なんでござるか? 薬草なら──」

 

「いや。お前の主のことなんだが……こんな顔をしていなかったか?」

 

 ハムスケの言葉を遮りながら、モモンガは上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で作り上げた鎧を解いた。

 これもまた賭けの一つであり、ハムスケの主が素顔を見せた保証はないが、もしハムスケが素顔をみておらず、突然アンデッドが現れたことに驚いて逃げだしたとしても、鎧を解いておけば魔法を使ってすぐに捕らえることができる。

 さて、どうなるか。

 ゴクリ。と思わず出るはずのない唾を飲み込む仕草をしつつ、ハムスケの反応を待った。




この話でモモンガさんは自分の記憶すら捏造されたものは無いかと疑っていますが、これはあくまで鈴木悟としての思い出が記憶の中にしかないため、答え合わせが出来ないせいです
ナザリックにいるアインズ様はナザリックの各所に思い出が残り、そうした自分の記憶との答え合わせが可能なので、自分の記憶が偽物だとは初めから思っていません

ちなみに、モモンさんの漆黒の鎧が上位道具創造で作ったときのデフォルトで設定されたものというのは、その辺りの記述はなかったように思うので自分の勝手な想像です
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