オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前話の続きとンフィーレアのコネづくりの話


第15話 依頼達成

「と、と、殿ー! やっぱり殿だったでござる! 会いたかったでござるよ!」

 

 歓喜の雄叫びと共に、ハムスケがモモンガに抱きついてきた。

 ここまでは予想通りだ。

 

「落ち着けハムスケ。おい。一回離れろ!」

 

 とりあえず一度落ち着かせようと声を荒げるも、ハムスケは村で会ったとき以上にグイグイと身体を押しつけ続けた。

 鋼鉄のように硬い毛皮であることもあって、ごわごわとした感触が伝わってくる。

 その後も一向に落ち着く気配を見せず、こちらの言葉など聞こえていないように、会いたかったを連呼し続けるハムスケにいい加減ウンザリしたモモンガは、落ち着かせる意味も込めて一つの特殊技術(スキル)を使用した。

 

「良いから落ち着け!」

 

 発動した特殊技術(スキル)は絶望のオーラⅠ、モモンガを中心に周囲に恐怖効果をもたらすものだ。

 この程度ならレジストできるかとも思ったが、その場合でもこちらの意図は伝わるだろうと考えて選んだものだが、ハムスケは全身の毛を逆立たせると、そのままあっさりとひっくり返った。

 

「降伏でござるー」

 

 腹を見せて服従するのは良いが、その声はどこか演技めいており、嬉しそうにすら聞こえた。

 

「懐かしいでござるなぁ。これも百年ぶりでござる!」

 

(なるほど。百年前の鈴木悟も同じことをしたわけか)

 

 これではまた誤解されてしまうと、モモンガはさっさと本題に入ることにした。

 

「よく聞けハムスケ。俺はお前の主であって、そうではないんだ」

 

 自分で言っていて、よく分からない台詞だ。

 案の定ハムスケは大きな瞳を何度も瞬きさせてから首を傾げた。

 

「どういうことでござる?」

 

「……うん。まあ、要するにお前の主の兄弟とでも思っておけばいい」

 

 現在の状況を解説しようとすると長い上に、自分でも完璧に理解できているわけではないのだから、こう言うしかない。

 問題はこれでハムスケが納得してくれるかどうかだ。

 あれほど喜んだ後だと、なかなか信じてもらえないかもしれない。

 そんな心配を他所に、ハムスケは服従のポーズを解いて、その場から起き上がった。

 

「なんと! 殿の兄弟! 道理で声も姿もそっくりでござるな」

 

 あまりにも簡単に信じるさまに、心配し過ぎていた自分が馬鹿らしくなり、モモンガは絶望のオーラを解除しつつため息の真似事をする。

 

「……うん。それでいい。俺もお前の主を捜しているんだ。お前がいろいろ聞かせてくれれば、本物の主を見つけられるかも知れないと思ってな、こうして話をするためにここまで来てもらったわけだ」

 

「本当でござるか!? 殿に会う為ならどんな協力でもするでござるよ」

 

 尻尾の蛇が喜びを表すように派手にのたうつ。

 ここまで疑うことなく信用されると逆に心苦しくなるが、今は情報収集が先決だ。

 

「……それでだな。まず名前だが、お前の主はなんと名乗っていた?」

 

「殿の名前でござるか?」

 

 兄弟なら知っているのでは。と言いたげなハムスケの視線を感じ、モモンガは慌てて告げる。

 

「うむ。どうやら奴は偽名を使って行動しているらしくてな。お前にも本名を名乗っていない可能性があるのだ」

 

 ドラウディロンから手に入れたプレイヤーの情報のみならず、それ以外の歴史書、英雄譚の中にすら、モモンガという名前も該当しそうなアンデッドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)も登場していない。

 自分たちのように大人しくしていればともかく、その男はカルネ村の開拓に手を貸したりハムスケと主従関係を結ぶなど、それなりに派手に動いているのだから、別の名前を使っている可能性があると推察したのだ。

 

「そ、そうだったでごさるか。殿の名前が偽物だったとはちょっとショックでござる」

 

 落ち込んでいるハムスケをマジマジと観察しながらも、モモンガは頭の中で覚悟を決める。

 相手はこの魔獣にハムスケという安直な名前を付けた者だ。

 確かに、モモンガもハムスケに名前を付けろと言われたら、最初に思い浮かぶのはそれだろう。

 後は少し捻って大福辺りも候補に挙がる。

 どちらにせよ、そのネーミングセンスは自分と同じ。

 そしてかつての仲間たちから散々言われたように、自分のネーミングセンスの無さは身に染みている。

 相手も自分と同じセンスを持っているなら──少なくともモモンガにとっては──酷い名前ということは無いと思いたいが、異世界に来たことで変にテンションが上がって妙な名前を付けた可能性はある。その場合でも動揺を見せてはならない。

 

「それで。話を戻すが、お前の主は何という名を使っていたのだ?」

 

 心の中で深呼吸のまねごとをしてから、モモンガは改めてハムスケに主の名を聞いた。

 

「殿はそれがしやカルネ村の住人の前では、サトルと名乗っていたでござる」

 

 その名を聞いた瞬間、覚悟していたものとは別の意味で精神抑制が発生した。

 

(ほ、本名を使っていたのか。いや確かに無難と言えば無難かもしれないけど、逆にこの世界では浮かないか?)

 

 この世界の名前は基本的に横文字名であり、いわゆる日本的な名前を付けている者には出会ったことがない。

 最も南方には黒髪黒目の人種が存在しており、刀などの日本の文化に似たものもあるそうなので、そちらにはそうした名前があるのかもしれないが、少なくともこの周辺国家では、その手の名前も当然悟という名前も聞いた記憶がない。

 

「どうしたでござる? えーっと、モモン殿で良いのでござるな」

 

「あ、ああ。いや、私の勘違いだ。どうやら奴、悟はお前に対しては本名を名乗っていたらしい」

 

「ほ、本当でござるか! 良かったでござる!」

 

 嬉しそうな声に合わせて、再び尻尾の蛇が跳ねる。

 百年も離ればなれになっていた主が、自分に嘘を吐いていないと知れたのはそれほどの喜びだったのだろう。

 

「しかし、妙な話だ。私は色々と情報収集を行っているが、悟の名前は聞こえてこなかった。だから偽名で活動しているものだとばかり思っていたが、お前に名乗らなかっただけで別の偽名があるのかも知れないな。そうなると捜索は難しいか」

 

「そ、そんなぁ。殿に会いたいでござるよ」

 

「うむ。だからこそ、もっと詳しく悟の話を聞かせてくれ。どんな格好をしていたとか、お前と出会ったときの話やほかの村人と話していた内容でも良い」

 

「任せて欲しいでござる! 殿との思い出は幾らでも話せるでござるよ」

 

 ころころと感情が変化する様は、一定以上の感情を自動で抑圧されるようになってしまった身としては少々羨ましい。

 とはいえ、最初はともかく現在はこの特性を結構便利に使っており、落ち着くためにわざと精神を高ぶらせることで、ボーダーラインを越えて鎮静させるといった応用もできるようになった。

 これのおかげで、自分のような一般人でも、支配者の真似事ができているのだから、贅沢な悩みなのは間違いない。 

 ハムスケの語るもう一人の鈴木悟の冒険譚を聞きながら、モモンガはそんなことを考えていた。

 

 

 

 話を聞き終えた後、悟が見つかった際にはキチンとハムスケにも知らせて連れてくることを交換条件に依頼の品であった、いかなる傷でも治すという薬草を貰うため、ハムスケの住処である洞窟に向かって歩く最中、モモンガは先ほど聞き出した情報を頭の中で咀嚼していた。

 

(純銀の騎士、か)

 

 ハムスケ曰く、鈴木悟を名乗った男には仲間などはおらず、一人で行動していたとのこと。

 その格好は純銀に輝く全身鎧を身に纏った姿だったらしいが、モモンガには思い当たる節があった。

 ユクドラシルの最終日を迎えるにあたって、鈴木悟が生み出した二種類の勇者パーティーだ。

 

 一つはモモンガが身につけている漆黒の鎧を纏った戦士。

 これは場合によっては汚い手段も用いるダークヒーローという設定だった。

 対してもう一つの勇者チームは、分かりやすく王道を行く本物の勇者という設定だ。そちらのNPCにはかつてモモンガが憧れた存在であるギルドメンバーの一人、たっち・みーが使っていたワールドチャンピオンの証である鎧を無断で装備させていたのだ。

 その鎧を付けているとなれば、やはりハムスケの主は本物のモモンガではなく、自分と同じ立場として創られたコピーNPCに違いない。

 

(自分自身が複数いるのは何だかおかしな気分だが、そもそもゲームのアバターが実体化して勝手に話すようになった時点でなんでもありか)

 

 心の中で苦笑していると、その横を歩いていたハムスケの髭が何かを察知したようにピンと跳ね上がり、こちらに顔を向けた。

 

「やはりモモン殿も、早く殿に会いたいのでござるな」

 

「ん? どういう意味だ?」

 

「足音が嬉しそうでござる。逸る気持ちを抑えられない。という奴でござろう? それがしも一緒でござるよ」

 

 屈託無く告げるハムスケの言葉で気付く。

 確かに足が軽く、知らず知らずの内に早足になっていた。

 浮かれていると思われても仕方ない。

 しかし、これは一体何に対してなのだろう。

 もう一人の自分、それも同じコピーNPCという立場の仲間を見つけられたことに対してなのか、それともそれを足かがりにナザリック地下大墳墓を見つけられる、すなわちナーベラルとソリュシャンを家に帰してやれる可能性が高まったからなのか。

 もしくは──

 

(見つかったのが本物ではないことを喜んでいるのか)

 

 悟が自分と同じコピーNPCならば、ナーベラルとソリュシャンにはまだ話せない。

 話すのは悟を見つけてから二人で話し合いを行い、自分たちの立場を改めて決めた後でなければ本物のモモンガやナザリックを捜すのに差支えがあるからだ。

 必然的に自分がコピーである事実もまだ話せない。

 それを喜んでいるのだとしたら、なんだかんだと言いながら、やはり自分は二人に偽物と糾弾されることを恐れているらしい。

 ハムスケに素顔を見せる際に覚悟を決めたはずだが、こんな調子ではいざ本物が見つかったとき本当に話すことができるのか今から心配だ。

 モモンガがそんなことを考えているとは知る由もないハムスケは、その間も一人で話し続ける。

 

「それにしても殿の手がかりが見つかって良かったでござるよ。ここのところ、色々とおかしなことばかり起こっていたので、心配していたでござる」

 

「それは、例のカルネ村を襲ってきた者の話か?」

 

 おかしなこと。と聞いて思い出す点があり、一度思考を止めて、そちらの話に乗る。

 村にある破壊跡はまだ真新しく、今も修繕が行われている。

 村が襲われたのはつい先日の話のようだが悲壮感はなさそうなので、村人に犠牲は出さずにハムスケが撃退したのだろう。

 

「それもそうでござるが、あれはただの人間だったから大したことないでござるよ。確か帝国の兵士とか言っていたでござる」

 

 恐らく村人が部外者には知られないようにと、モモンガや漆黒の剣にも必死に隠していたであろう襲ってきた相手のことをあっさりと口にする。

 やはり賢王は名前負けしているとしか思えない。

 だからこそ悟はハムスケという少なくとも、賢さを感じないありふれた名前を付けたのかも知れない。

 

「それよりおかしいのは森の中でござる」

 

「森の中?」

 

「そうでござる。それがしはこの森の南側を縄張りとしているのでござるが、東と西にもそれぞれ縄張りを持っている者がいるのでござる。今まではそれぞれの縄張りから出てきたりはしなかったのでござるが、最近見回りをしていると、それがしの縄張りに誰かが入ってきている感じがあるのでござる」

 

「ほう。キチンと情報収集はしているんだな」

(考えなしなのか違うのか良く分からんな)

 

 如何なる場合に於いても、情報収集は最も重要というのはモモンガ、延いてはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの基本的な考え方だが、先の迂闊な発言を聞く限り、そうした知恵のなさそうなハムスケが、その重要性には気づいているのがなんともチグハグな印象を受ける。

 

「殿から教えて貰ったでござるよ!」

 

「ああ、なるほど。悟からか」

 

 嬉しそうなハムスケの言葉で合点が行った。

 要するにハムスケは、基本的には深く物事を考えるタイプではないが、悟から言われたことだけはキチンと守るタイプらしい。

 

「そう言えば昨日、カルネ村に来る途中でゴブリンやらトロールやらに襲われたな。それも関係しているのか?」

 

 ンフィーレアと漆黒の剣の面々を助けた後で聞いた話によると、あの辺りから既にハムスケの縄張りに入っており、別勢力の亜人が出てくることは滅多にないことらしい。

 

「なんと! それは本当でござるか? うーむ。やっぱり何かおかしいでござる。モモン殿、なるべく早く殿を見つけて欲しいでござるよ!」

 

 グイグイとモモンガに顔を近づけて、ハムスケが言う。

 

「分かった分かった。奴を探すのは俺にとっても最優先事項だ。ついでに言っておくが、ここで話した内容は、他の連中には言うなよ。人間にとっては俺や悟がアンデッドだと知られたら、敵対されるからな」

 

「分かっているでござる! あー、早く殿に会いたいでござるなぁ」

 

 浮かれた様子のハムスケに、正直不安を覚える。

 先ほどの口が軽すぎるところを見ても、何かのタイミングでポロっと口に出しかねない。

 何らかの方法で口封じが必要だ。

 

「あれがそれがしの住処でござる。薬草を取ってくるので待っていて欲しいでござるよ!」

 

 獣道の先にある洞窟を指した後、ハムスケはこちらが何か言うより先に、その場から駆けていく。

 

「……うん。仕方ないよな、悟はちゃんと探してやるから俺を恨むなよ」

 

 その後ろ姿を見ながら、思いついた方法を実行に移すため、ハムスケを追いかけて洞窟に向かって歩きだした。

 

 

 ・

 

 

 トブの大森林は基本的にカルネ村より先の開拓は行われていないが、例外的に薬草採取をする際の休憩や薬草の選り分けをする目的で、森の賢王に協力してもらって作られた円形の空間が存在する。

 ある程度の採取を終えたンフィーレアたちは、その中でいつの間にかいなくなっていたモモンと森の賢王を待っていた。

 

「おっ。戻ってきたな」

 

 誰も会話をしなくなったタイミングを見計らったかのように、ソーイが明るい口調で言う。

 ンフィーレアには何の音も聞こえなかったが、盗賊として野伏(レンジャー)のスキルを修めたソーイの聴覚にははっきりと聞こえたらしく、視線を迷いなく森の一角へと向ける。

 同じく野伏(レンジャー)であるルクルットは、それに気づけなかったようで、驚いたような顔をした後、地面に耳を付けて音を聞いてから、確かにと言うように頷いた。

 その顔色が若干曇っているように見えるのは、野伏(レンジャー)としての実力差を見せつけられたためだろうか。

 やがて、やや時間を置いてから二人の見立て通り、森の奥からを森の賢王を連れたモモンが戻ってきた。

 

「戻ってきてくれて良かったです。これからもう少し奥の薬草も採取したかったので」

 

 ほっと胸をなで下ろす。

 ここは既にトブの大森林の奥地。

 周囲も深い木々のせいで薄暗く、そこかしこに暗闇溜まりが存在しているこの場所は既に人の領域ではない。

 森の賢王の縄張りであるため、モンスターが襲いかかってくる危険は少ないが、これ以上進むには道案内が必要不可欠だった。

 この辺りだけでも大分採取したが、カルネ村で使用した分のポーションを量産するにはまだ足りないからだ。

 それもあって、彼らが戻ってきてくれたことに安堵していると、立ち上がったルクルットが一歩前に出た。

 

「……あのさぁ、モモンさんよ。こういうこと言いたか無いけど、森の中ってのは危険なんだよ。そりゃモモンさんと森の賢王は自分で何とか出来るだろうぜ。でもさ、一応モモンさんはンフィーレアと契約した立場だろ? せめてどこに行くかは話してから行動してもらわないとさ」

 

 やけに不機嫌な声に驚く。もしかしたらそれは野伏(レンジャー)としての格の違いをソーイに見せつけられたことに対する八つ当たりも含まれているかも知れない。

 一瞬そんなことを考えてから、疑問を覚える。

 元よりノリが軽く、不躾な態度を採ることも多いルクルットだが、その実仕事には誠実で、良く見るとチーム内の人間関係にも気を配っているのを知っていたからだ。

 そんな彼が嫉妬でこんなことを言うだろうか。

 そもそも、彼が言っている内容は至極まっとうだ。

 契約をした相手に無断で行動するなんて、本来なら──

 

 その瞬間気づいた。

 これは本来依頼主である、自分が言わなくてはならないことだ。

 モモンと自分たちの契約内容は、薬草採取とエ・ランテルに戻るまでの護衛。

 それに対する報酬として、森の情報と森の中を自由に行動できる手段を教えるといった契約だ。

 森の賢王がモモンをかつての主だと誤解したのを見た際は、その報酬が意味を無くすかと心配したが、結局それは勘違いだったらしく、モモンたちがトブの大森林で薬草採取をする件については通常通り村長と森の賢王の許可を得る形になったので、その仲介役をンフィーレアが行ったことで先払いで報酬を支払ったことになったのだ。

 

 だからこそ、モモンたちは契約通りンフィーレアの薬草採取と護衛を行わなくてはならない。

 モモンがそれに違反したのならばンフィーレアが依頼主として注意する必要がある。

 しかし彼らは冒険者ではなくワーカー、それも強大な森の賢王を前にしても臆することもない本物の強者だ。

 そんな相手に正面から注意すれば、依頼主であるンフィーレアに危険が及ぶ可能性がある。そう考えたルクルットがわざわざ嫌われ役をかって出たのかも知れない。

 事実、ナーベはルクルットに対し分かりやすく殺意の籠った視線を向けている。

 

(……ここはルクルットさんに任せようかな)

 

 ルクルットの気遣いを無にするわけにはいかないし、何より本来は抑止力になるはずだった森の賢王すら、モモンたちは恐れた様子がない。

 下手に怒らせて恨みを買ったら、自分もそうだがカルネ村にも迷惑がかかる。

 その点漆黒の剣ならその心配はない。

 

(って。何を考えているんだ。僕は)

 

 そこまで考えて、自分の浅ましさと弱さに気付いたンフィーレアは愕然とした。

 自分のために泥を被ろうとしているルクルット本人もそうだが、それを止めようとしない漆黒の剣のメンバーも、全て承知の上で敢えてルクルットの行動を止めないのだろう。

 それに気づいても、責任を漆黒の剣に押し付けて、ただ傍観しようとしている自分の浅ましさ。

 そして弱さは、これをチャンスだと思えないことだ。

 つい先ほど、エンリの笑顔と大切な家族である祖母のリイジー、そのどちらも守るために強さを得ようと覚悟したばかりだというのに。

 

 モモンたちはそうした強さの象徴のような存在であり、特にモモンはワーカーでありながら、人としても尊敬できる偉大な人物だ。

 森の賢王と二人で何をしてきたのかはわからないが、彼が仕事を放り投げてまでしなくてはならない何かがあった。

 それはつまり、強者であるモモンが見せた弱みであるとも言える。

 依頼人として注意するだけではなく、それをきっかけに何か、例えばこれからも薬草採取に同行してもらう契約を結んだり、彼らの強さを欠片でも良いから教えてもらう。などと言った交渉をするべきではないのか。

 常に考え続けることで最善を目指す。というカルネ村の教えとはそうしたものを指しているはずだ。

 しかし、相手の弱みにつけ込んで交渉するなど、それはもはや脅しではないか。

 そもそもモモンはまだしも、他の二人が黙って見ているとも思えない。

 そんな風にグチグチ考えている間に、モモンが先んじて口を開いた。

 

「いや、すまなかったな。私、というより森の賢王が内密に話があると言ってきたのでな」

 

「え?」

 

 開きかけた口を閉じ、ンフィーレアは視線を森の賢王に向ける。

 

「そうでござる。どうしてもモモン殿は殿が変装しているように思えて仕方なかったでござるよ。二人きりなら話してくれると思ったでござるが、やっぱり違ったでござる……それがし少し休んでくるでござる」

 

 その大きな身体を縮ませるようにしながら小さな声で言うと、森の賢王はノソノソと移動を開始した。

 同時に、今度はルクルットが慌て出す。

 

「な、なんだよ。それならそうと早く言ってくれよ。すまねぇモモンさん。責めるような言い方しちまって」

 

 乾いた愛想笑いを浮かべているルクルットに、ナーベとソーイから向けられていた刺すような視線が強まっていく。

 

「いや、君の言ったことは正しい。逆の立場だったら私が言っていたことだ。何より私も森の賢王に呼ばれた際は下心があったからこそ、君らに黙って同行したのだからな」

 

 二人とルクルットの間に割って入るように移動して、モモンは苦笑する。

 

「下心、ですか?」

 

「私たちが探していた薬草はンフィーレアさんが集めていたものとは違う物だったのでね。その在処をハムスケが知っているのではないかと思ったのだよ」

 

「え? でもこれ以上に効能の高い薬草なんて森の中には──」

 

 この森の奥地で採れる薬草の効能は素晴らしく、薬草と魔法を合わせて作るポーションでも、錬金溶液に魔法を使用して作る通常のポーションの中で最高級品と同等近い回復力と効果速度を発揮する。

 その薬草以上の物など聞いたことがない。

 

「私たちが依頼を受けた薬草は、それだけでどんな傷や病でも癒すという伝説の万能薬。三十年ほど前に当時のアダマンタイト級冒険者が森の奥地で採取したという物だ」

 

「マジかよ。三十年前のアダマンタイト級冒険者って、エ・ランテルにいたっていう?」

 

 ンフィーレアは生まれる前だから知らないが、現在はミスリル級までしかいないエ・ランテルの冒険者組合にかつて伝説と呼ばれた冒険者がいたという話は祖母から聞いた覚えがある。

 そんな伝説の存在がかつて手に入れた薬草。

 薬師として非常に興味があった。

 

「そ、それで。薬草はあったんですか!?」

 

 先ほど考えていたことも忘れて思わず詰め寄るンフィーレアに、モモンは手に持っていた雑嚢を掲げた。

 

「ああ。ハムスケが持っていた。自分に勝つことが出来れば譲っても良いと言われてな。それで時間が掛かったわけだ」

 

「ま、まさか。お一人で勝ったんですか? 森の賢王に」

 

 これまで黙って様子を見守っていたペテルが震えた声で問う。

 モモンたちが森の賢王を恐れないのは今まで見てきたとおりだが、それはあくまで三人掛かり、つまりチームとしての強さによって森の賢王を凌駕しうるという考えの元であり、まさかたった一人で、それも戦士であるモモンが真っ向勝負によって、あの偉大な森の賢王を打ち破ったなど信じられなかったのだろう。

 それはンフィーレアもまた同じだが、ンフィーレアとしてはその偉業より掲げられた薬草の方が気になる。

 

「そして譲り受けたのが、これだ」

 

 モモンもまた簡単に頷いた後は、戦いの話をそれ以上掘り下げようとせず、雑嚢を開く。

 中には小分けにされた四つの小袋が入っており、その中の一つを取り出すとモモンは口を開けて中を開いて見せた。

 それは薬草というよりは緑色の苔のようだった。

 

「これが万能薬か? 確かに見たことねぇし、変な輝きがあるけど……ダイン。森司祭(ドルイド)としてはどう見るよ?」

 

「うむ! 私もこのような薬草は見覚えがないのである!」

 

「威張って言うことかよ」

 

 ルクルットとダインが興味深げに薬草を見ながら雑談を交わす。

 ここまでの旅で漆黒の剣、特にルクルットやダインは薬草の知識も豊富なことは分かっている。

 その彼らでも見覚えがなく、何より薬師であるンフィーレア自身もこんな苔は見たことがない。

 本当に万能薬なのかはともかく、相当貴重な物であるのは間違いない。

 

「この薬草はどこに生えていたんですか?」

 

「いや。これはハムスケの主が百年前に採取したもので、ハムスケはそれを保存していただけらしいので、詳しい生息地は分かりません」

 

「え?」

 

 モモンは何でもないように言ったが、その言葉はとても信じられなかった。

 

「ちょ! ちょっと待って下さい。百年前に採取って、もしかして森の賢王は保存(プリザベイション)の魔法が使えるのですか? いや、そうだとしても百年もの間持つ薬草なんて──」

 

 如何なる薬草であっても、採取してからの使用期限が存在する。

 それは薬草だけではなく、魔法も使用してポーションに加工されても同じだ。

 如何なる物でも必ず時間と共に効果が落ちる。

 まして採取された薬草が、そのままの状態で百年も持つはずがない。

 

「確かに。この薬草まだ瑞々しいぜ。実は今採ってきたんじゃないの?」

 

「おい。下等生物(ヤブカ)、先ほどの件と良い、モモンさんに対して無礼な口を利くな。この場で叩き潰すぞ」

 

「いや、うそうそ。ナーベちゃん、そんなに怒らないでくれよ。俺はたださぁ──」

 

 必死になってナーベに弁明するルクルットの言葉も、ンフィーレアの耳には入ってこない。

 これが本当に百年前に採取された物であるなら、一つだけ可能性を思いついたからだ。

 

「まさか、これが神の血の材料?」

 

「神の血ってなんです?」

 

 興味深げに薬草を眺めていたニニャが、ンフィーレアの言葉を聞き取って言う。

 

「薬師の間で伝わる言い伝えです。真なる癒しのポーションは神の血を示す。時間による劣化のない完成したポーションを指す言葉です」

 

「へぇ。劣化しないポーションですか。それは便利そうですね」

 

 ペテルの言い様は何とものんきに聞こえた。

 冒険者にとっては、ポーションが劣化しないのは便利だが、そこまで重要なものではないと考えているのだろう。

 だが薬師にとっては違う。

 真なるポーションを完成させる。それは薬師全てが夢見ることだ。

 そうして生涯を捧げて研究を続ける者を、ンフィーレアは何人も見てきた。

 リイジーもその一人だ。

 これがあればもしかしたら、祖母の夢が叶えられるかもしれない。

 

「そうですか。それほど貴重なものなら、やはりこれが依頼の品で間違いなさそうですね。良かった、別の物だったらどうしようかと思いましたよ」

 

 安心したように言いながら、雑嚢の口を閉じようとするモモンに、ンフィーレアは慌てて声をかけた。

 

「あ、あの! ね、念のためその薬草、魔法で鑑定した方が良いかと思います。僕は使えませんが、エ・ランテルにいる僕の祖母が魔法探知も含めた道具鑑定の魔法が使えますから、エ・ランテルに戻ったらそれを──」

 

 その代金として少しでも分けて貰えれば、と思っての提案にモモンは首を横に振った。

 

「いや、結構。道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)ならナーベが使える。後で確かめておきますよ」

 

(そうか。ナーベさんは第三位階の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。でも……)

 

 祖母の、そして自分の夢でもある神の血に繋がる物がそこにあるというのに。

 なによりその夢を叶えることは、ンフィーレアにとっては別の意味も持つ。

 ここで諦めるわけにはいかない。

 

(さっきのモモンさんの契約違反を突いてみる? いや、ダメだ。こちらに損害があったわけでもないのに、これほどの宝と釣り合う訳がない。だったら──)

 

「あ、あの。モモンさん! その薬草、僕にも少し分けていただけませんか?」

 

 モモンが口を閉じた雑嚢をソーイに手渡した直後、ほとんど衝動的に口を開いていた。

 

「……おいおい。これはお前の依頼とは別口だ。その依頼金はお前が払えるような額でもねぇ。それを分けろって言うなら、相応の対価が必要になるぜ。だよな? モモンさん」

 

 受け取った雑嚢を掲げてソーイが言う。

 

「ンフィーレアさんには申し訳ないが、ソーイの言うことが正しいですね。それに依頼を受けた分以外に、私たち三人がそれぞれ使用する分も貰う予定ですので余りは出ませんよ。ハムスケによると薬草はこれが最後ということですから」

 

 薬草にはキチンと効果が発揮される分量が決まっている。

 それをケチると効果が薄くなるどころか、効果そのものが無くなることもあるため、分量がギリギリならば、そこから少しだけ分けるのが適切ではないことは分かる。

 だがそれは、薬草をそのまま使用した場合の話だ。

 ンフィーレアの店で最も売り上げの多い薬草と魔法を掛け合わせたポーションは、薬草だけの物より効果が高く、錬金溶液などの触媒を用いる分、結果として薬草自体の分量も抑えられる。

 本来は薬草より高価な錬金溶液の分量を抑えるための方法だが、これほど貴重な薬草なら、逆に薬草を節約する手段として使えば良い。

 

「ぼ、僕にその薬草を分けていただければ、それを使って同じ効果を発揮するポーションをより多く作ってみせます! そして、出来上がった物は当然無償でお渡しします。それが僕が払う対価です!」

 

 薬草をポーションに加工することで、同じ効能で数を増やすことが出来れば、モモンにとっても利益があると言っているのだ。

 

「ほう」

 

 ンフィーレアの提案を聞いたモモンは、関心したように一つ頷き、ソーイに向かって手を伸ばした。

 彼女もまた言いたいことをすぐに理解したらしく、一度預かった雑嚢を再びモモンの元に戻すと、モモンはそれを見せつけるようにしながら続けた。

 

「これを原料により多くのポーションを生成すると?」

 

「はい」

 

「……初めて見たと言っていたが、本当に出来るのか?」

 

 鋭い指摘に一瞬たじろぐ。失敗すればそのまま一人分の薬草が使えなくなる可能性もあるのだ。

 漆黒の剣の面々も心配そうにことの成り行きを見守る中、ンフィーレアはぐっと足に力を込め正面からモモンを見据えた。

 

「作ってみせます。僕とお婆ちゃんなら絶対に出来る。僕らはエ・ランテル一の薬師ですから」

 

 正確に言うのなら、僕らではなく祖母は。だがそのぐらいの覚悟はある。

 元は祖母や父親が薬師だったから深く考えずに入った道だが、今はそれも含めて薬師としての仕事は楽しいし、なによりこれならエンリの力にもなれる。

 

「……そのポーションを完成させたとして、君はどうするつもりだ?」

 

「恐らくその分量の薬草一人分からは、ポーションに換算すると最低でも五本分位は作れると思います。その内の一本だけ、カルネ村に送らせて下さい。残りは全て差し上げます」

 

「それを使って商売をするつもりではないと?」

 

 冷静なモモンの言葉にンフィーレアは大きく首を縦に振った。

 

「もちろんです! 真なるポーションの完成は薬師の目標であり、夢です。それが完成したら、僕はエ・ランテルを離れてカルネ村に移住するつもりです」

 

 全ての薬師が夢見る真なるポーション。それを完成させたなら祖母がエ・ランテルにこだわる理由もなくなる。

 そうしたらキチンと自分の気持ちを話して、村に一緒に移住して欲しいと話をするつもりだ。

 

「カルネ村に? エ・ランテルでの名声を捨てることになっても良いと言うのか?」

 

「僕にとってはそれより大事なものがカルネ村にあります。大切な人を近くで守っていきたい。ただその前にお婆ちゃんに薬師としての夢を叶えさせてあげたいんです!」

 

 きっぱりと告げるンフィーレアの言葉に、ルクルットが口笛を鳴らし、他の者たちもニヤニヤと楽しげに笑っている。

 それを見て自分がどれだけ恥ずかしいことを言っているか気がつき、顔が一気に熱くなった。

 

「……大切な人を守る。か、気持ちは分かる、それは私も同じだからな」

 

 そんな中、モモンだけは真面目な口調で言い、雑嚢の口を開くと小分けにされた薬草が入った小袋をンフィーレアに差し出した。

 

「いいだろう。私の分の薬草を君に譲ろう」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ああ」

 

 小袋がンフィーレアの手の上に置かれる。

 それを受け取った手は自然と震えていた。

 

「ありがとうございます! 必ず真なるポーションを完成させてみせます!」

 

「期待しよう……さて。そろそろ行くとするか」

 

 雑嚢をソーイに改めて渡してから、モモンは空気を変えるように手を叩いた。

 

「えっと。村に戻るんですか?」

 

 それはどちらかというとンフィーレアの願望だ。

 早く村に、いやエ・ランテルに戻って研究を始めたい。

 そんなンフィーレアに、モモンは不思議そうに首を捻ると森の奥を指さした。

 

「まだ薬草採取は終わっていないんだろう?」

 

「あ」

 

 モモンにそう言ったのは自分だったことを思い出し、自然に間の抜けた声が漏れる。

 一拍間を置いてから、漆黒の剣の面々が楽しげに笑う声が、森の中に響いた。




ちなみに、百年前の万能薬がそのまま残っていたのは、ザイトルクワエ(この世界ではその名前は付けられていませんが)がこの世界由来の物ではなく、ユグドラシルのモンスターだという考察があったためそれを採用し、得られたアイテムもこの世界の物ではなくユクドラシルのゲームシステムに従ったドロップアイテムとして扱われたため、この世界のルールではなくゲームのルールに従って劣化しなかった。というこの話の独自設定によるものです
当然ンフィーレアが考えた神の血、つまりユグドラシルのポーションの材料ではありませんので、ンフィーレアが新薬を開発できてもそれはユクドラシルのポーションではなく、全く別の何かになります

カルネ村での話はここで終わり、次からはまた別の話になります
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