オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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今回から別の話、というよりいよいよ本題に入ります

ちなみに今回も直接的なネタバレはありませんが、亡国の吸血姫で記述のあった話が出てきますのでご注意ください
今後も同じことがあるかもしれませんので、亡国の吸血姫のタグを追加しました


第三章 エ・ランテル強襲
第16話 エ・ランテルへ


 第十階層、宝物殿の最奥に作られた霊廟。

 その手前にある、待合室の役割を持った部屋に置かれたソファに腰を下ろしたまま、ぼうっと視線を奥へと向ける。

 

 明かりの落とされた暗い空間は古墳が如き様相を見せ、本来は暗くて見えない奥のくぼみに置いている物も、己の特性によってはっきりと見える。

 それを見ながら、心の中に溜まり続ける暗い感情が抑制されるのを待つ。

 先ほどから同じことを数度繰り返しているが、暗い感情は一向に消えることはない。

 それでもそうせずには居られない。

 

 そんなことを続けながらどれほど時間が経過したのか、不意に後ろから足音が聞こえて振り返ると、そこには見知った姿があった。

 豪華なローブと派手なスタッフを持った骸骨は、このナザリック地下大墳墓の絶対的支配者、アインズ・ウール・ゴウン。

 その支配者が目の前に来たというのに、ソファに座ったまま出迎えるなど、守護者を始め全てのNPCが見れば怒り狂うことだろう。

 もっともこの光景を見た場合は、混乱してそれどころではないだろうが。

 

「お待たせして申し訳ございません」

 

「いや、ご苦労だったな。パンドラズ・アクター、もういいぞ。顔を上げろ」

 

 その言葉と共に、目前で深く頭を下げていた骸骨が顔を持ち上げる。

 同時にアインズそっくりの外見を持った骸骨は変化を解き、本来の姿に戻った。

 

「っ!」

 

「どうした?」

 

 何か驚いたように身を震わせたことを不思議に思って聞くが、パンドラズ・アクターは首を横に振る。

 

「いえ。失礼いたしました」

 

 軍帽に軍服を着込んだドッペルゲンガーの目に相当する部分にぽっかりと空いた黒い穴が、こちらをじっと見つめる様子はいつも通りだが、先ほどの驚きはやはり気になる。

 もう一度聞いてみようとしたが、その前にパンドラズ・アクターが動いた。

 

「改めまして。パンドラズ・アクター、ただいま戻りました!」

 

 アインズの姿を取っていたこともあってか、先ほどまで大人しかった動きが、本来の姿に戻ったことで解放されたかのようにオーバーなリアクションとなる。

 そのままキレの良い敬礼をしてみせるパンドラズ・アクターに、アインズは霊廟を見ていた時とは違った意味で感情が高ぶり、その後一気に鎮静化する。

 

「……」

 

 今度はパンドラズ・アクターの方が不思議そうに首を傾けた。

 

「如何なさいました? アインズ様」

 

「い、いや。それでシャルティアの件……デミウルゴスが立てた計画はどうなった?」

 

 アインズが完全な準備が整う前に皆の前に出ることを選んだのは──パンドラズ・アクターを使ってとはいえ──シャルティアが勝手な行動を取ったことを知ったアルベドが、デミウルゴスやコキュートスを伴い糾弾しようとしていることを知ったためだ。

 何とか守護者たちがぶつかり合う前に仲裁することが出来たが、同時にシャルティアの勝手な行動を正当化するために、相手の戦力もよく分からない内から王国の都市を襲う計画を、そのまま進めることになってしまった。

 場合によっては、この世界の者たちにナザリックの存在を気付かれる危険性があるが、デミウルゴスやアルベドだけではなく、アインズの格好をしたパンドラズ・アクターにも知恵を出して貰えば、ナザリックが見つかる可能性を低くできるはずだ。

 

「はっ。そちらは問題なく準備が進んでおります。それとナザリック地下大墳墓の隠蔽工作も、ほぼ完了いたしました」

 

 付け足すようにパンドラズ・アクターが口にした言葉にアインズは満足げに頷く。

 それもNPCたちの労働環境改善と共に命じたものの一つであり、敵の襲来を防ぐ対策の一つだ。

 

「この規模の建物を覆い尽くすには時間がかかるかと思っていたが、流石はマーレだな」

 

 ナザリックは地下墳墓だが、表層部分も直径二百メートルはある巨大な建造物だ。

 一応周辺の大地を盛り上げて隠してはいたが、壁に触れないような盛り上げ方をしたせいで隠蔽は完璧ではなく、広範囲に渡って幻術の魔法を使用し続けなくてはならなくなった。

 魔力はアイテムでも回復できないため、幻術を張り続けるには複数のシモベたちをローテーションさせなくてはならず、結果として多くの人手がいる。

 その無駄を省くため、周囲の地形に合わせる形でナザリックそのものも埋もれさせて、上空のみ幻術で誤魔化す方法に切り替えるように命じていた。

 シャルティアの行動を流用した、デミウルゴスの作戦が始まるまでには間に合えば良いと思っていたが、思った以上に早く完了してくれたようだ。

 

(パンドラズ・アクターには、攻め込んできても問題ないと言わせたけど、来ないに越したことは無いもんな)

 

 あの言葉はシャルティアの行動を正当化して守護者間の遺恨を残さないための方便に近く、わざと敵を呼び寄せる気はない。

 アルベドを始めとして守護者たちはナザリックの壁を土で汚すわけにはいかないと考えていたようだが、今のアインズにとって、それは余計な気遣いでしかない。

 アインズにとって、既にこのナザリック地下大墳墓はかつての仲間たちとの思い出の場所としてより、NPCたちを守るために必要な防衛設備とアイテム貯蔵庫としての価値の方が高いくらいなのだ。

 とはいえNPCたちにとっては創造主との思い出が残る大切な場所でもある以上は、罠や防衛設備の強化といった内部構造の改造まではするつもりはないが、外壁が土で埋もれるくらいは大した問題ではない。

 

「後は──我々が入れ替わっていることは誰にも知られてはならない。そもそも指輪が一つしかない以上、お前が外に出ているときは俺が、逆に俺が外にいる間はお前がここに待機していてもらう必要がある。いいな?」

 

 この宝物殿に出入りするためにはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの指輪が必要となるが、この指輪は転移門(ゲート)上位転移(グレーター・テレポーテーション)などと異なり、複数の者を転移させられるものではない。

 そのため、アインズかパンドラズ・アクター、どちらかは常にこの場所に残らなくてはならないのだ。

 

「はっ! 承知しております」

 

 間髪入れずに了承するパンドラズ・アクターからは不満の色は見えないが、ナザリック全体の労働環境改善を始めたアインズとしては、やはり気になる。

 

(うーん。本当はこいつにも部屋を用意してやるべきなんだろうけど)

 

 この宝物殿の領域守護者であるパンドラズ・アクターには、自分の部屋が決められてはいない。あえて言うのなら、この宝物殿自体が自室になる。

 同じく部屋が決まっていなかった──正確には玉座の間が部屋だった──アルベドには第九階層の予備の部屋を貸し与えたが、そもそもアインズの影武者でもあるパンドラズ・アクターの存在そのものを皆に知らせていないこともあって、ナザリック内に部屋を用意するわけにもいかない。

 その話は既にしてあり、代わりの褒美として何か必要なものはないかと訪ねた際、マジックアイテムと触れ合うことこそ褒美であり、ここが自室であることに何の不満もない。と力説されたこともあって、アインズもそれ以上言えずにいたのだが、影武者をさせていることも含めて、やはり何か別の形での褒美を考えておく必要がある。

 

「如何なさいました?」

 

 長い沈黙を不思議に思ったらしいパンドラズ・アクターの問いかけに、直ぐには応えず、アインズは思考を続ける。

 

(やはり呼び方か? いやしかし、兄と呼ぶのはなぁ。父と呼ばれるだけならまだいいんだけど、あのときは反射的に断ってしまったから今更父と呼ぶのだけは良いよ。と言うのも……)

 

 少しの間頭を捻っていたアインズだったが、直に小さく首を振る。

 

(褒美に関してはもう少し考えるとしよう)

 

 今の自分には他に力を入れなくてはならないことがあると心の中で言い訳をして、アインズは気を取り直す。

 

「いや、パンドラズ・アクター。次は俺がアインズとして皆の前に出るつもりだが、演技をする上で何か注意すべき点はあるか?」

 

 正直な気持ちを言えば、ナザリックの支配者という難しい役回りはパンドラズ・アクターに全て押し付けておきたいところなのだが、NPCの意識改革などはパンドラズ・アクターより元社会人のアインズの方が上手く進められる。

 難しい内容を聞かれた場合でも、直ぐには答えず時間を稼ぎ、ここに戻ってからパンドラズ・アクターと話し合った上で決定すればいいので、そこまで気負いもない。

 何より日ごろから支配者としての演技に慣れておかないと、いざという時にぼろが出かねない。

 

「そうですね……アルベド様のことなのですが」

 

 言いづらそうな態度で察する。

 

「ああ」

 

 最終日にモモンガを愛している。と設定を書き換えられたことで、アルベドは狂信的な愛をモモンガに捧げるようになった。

 その時の記憶もアインズはハッキリとは覚えていないが、同じ人格を持った者として、彼女には悪いことをしたと思っている。

 だからこそ、無理矢理心を書き換えられたアルベドの気持ちに応えるわけにはいかず、パンドラズ・アクターには適切な距離を保つように伝えていたが、流石に難しかっただろうか。

 

「どうなっている? アルベドの性格上、仕事中にまでそうしたものを持ち込むとは思えないが」

 

 押しが強すぎるようなら対策も考えなくてはならない。

 

「いえ。それが、思ったほどではないと言いますか。むしろそうした態度を表に出すことがなく困惑しております。代わりと言っては何ですがアインズ様のお慈悲に触れたことで、シャルティア様からのアプローチが激しくなっております」

 

「シャルティアが? まあ、あいつの設定上、考えられることではあるが」

 

 ペロロンチーノがあらゆる性癖を詰め込んで創られたシャルティアには確か、死体愛好家(ネクロフィリア)という設定も入っていたはずだ。

 加えて自分の失態を許してくれたこともあって、熱を上げても不思議はない。

 

「しかしアルベドはどういうことだ? まさか──」

 

 思いつく理由は一つしかない。

 

「ええ。私とアインズ様が入れ替わっていることに気づいている可能性がございます」

 

「確かに。俺とお前、両方に会ったことがあるのはアルベドだけだが……演技の違いでも見抜いたのか」

 

「いえ。恐らくなのですが、私がアインズ様の御威光を再現できていないことが原因かと」

 

「威光だと?」

 

「はい。アインズ様が生まれ持った御威光、支配者のオーラとでも呼ぶべき輝きを、私は再現し切れていないのでしょう」

 

 パンドラズ・アクターは嘆くように、大きく頭を振る。

 

「んん? 輝き?」

 

 初めは比喩表現か何かなのかと思ったが、詳しく話を聞いてみると違うらしい。

 どうやらナザリックに属する者は皆、オーラのようなものを纏っており、それで仲間かどうかを判別しているのだが、アインズのそれは非常に強いため、鎧などで姿を隠してもアインズが至高の存在であることを見抜いているそうだ。

 

「アインズ様のお姿になっている際は、私自身のオーラも強くなっていたため気付きませんでしたが、先ほどアインズ様と向かい合った際に気付きました。私のオーラはアインズ様のものと比べると僅かに劣っていたようです」

 

(あー、さっきの驚いたような反応はそのせいか)

 

「なるほど。他の者たちと異なり、アルベドは玉座の間で会っていたから、その差異に気づけたということか」

 

「申し訳ございません。私がもっと早く気付いていれば……アインズ様に完璧な演者として創造された身でありながら、このような不始末を」

 

 落ち込むときまでオーバーなリアクションを取りながら、パンドラズ・アクターは頭を抱えた。

 

「なに気にするな。お前はよくやっている」

 

 むしろ、ろくに確認もせず慌てて送り出したのは自分である以上、責任はアインズにある。

 しかし、それをはっきりと告げることもできず、代わりに提案する。

 

「先ずはそのオーラとやらを隠すことができないか試してみよう。ここにあるマジックアイテムの中に、効果がある物があるかも知れない」

 

 宝物殿にある無数のマジックアイテムの中には、気配を遮断するようなものもある。

 それらを使えばそのオーラとやらも消えるかもしれないと考えた。

 

「だが、この膨大な数の中からそれを見つけるにはお前の力が必要だ。頼りにしているぞ、パンドラズ・アクター」

 

 その言葉は落ち込んでしまったパンドラズ・アクターを慰める意味合いもあったが本心でもある。実際、かつての仲間たち全員で集めたマジックアイテムの効果など、すべて覚えているはずもなかった。

 

「アインズ様……はっ! マジックアイテムのことでしたら、この私にお任せ下さい!」

 

 勢いよく敬礼を取るパンドラズ・アクターを見て、とりあえず元気づけることができたと、胸をなで下ろす。

 しかし、これも元を辿れば──

 

(全く。モモンガ、いや本物の鈴木悟はどこで何をしているのやら)

 

 鈴木悟が初めからナザリックに居れば、こんな面倒なことにならずに済んだものを。

 管理システムによって未だ生存だけは確認できている男に、思わず心の中で恨み言を呟いた。

 

 

 ・

 

 

「ほー。あれがエ・ランテルか。立地といい三重の防壁といい、三国の要所と言われるだけのことはあるな」

 

「でも、だからこそ検査も厳重らしいよ。騒ぎは起こしたくないし、どうやって中に入ろうか」

 

 王国帝国法国と三国に隣接していることで、各国の文化や流通の要となっているエ・ランテルは、その分入国の審査が厳しいと聞いている。

 ツアーには世界移動、サトルには転移魔法があるが、どちらも一度行ったことのある場所にしか移動はできない。

 多少無理をすれば方法など幾らでもあるが、ぷれいやーの正体が掴めるまでは目立つ行動は採りたくなかった。

 その手の方法は、ずっと旅を続けていたサトルの方が詳しいだろう。

 そう考えての問いかけに、しかしサトルは腕を組んで悩むように首を傾げた。

 

「うーん。そうだな」

 

「今まで都市に入るときはどうしていたんだい?」

 

 まさか毎回強行突破していた訳でもないだろう。

 

「いや、方法は色々あるんだが、どれも大陸中央の異形種国家だから通用した方法ばかりでな。いろんな種族がいる国家は楽で良いぞ。素顔のまま行って、俺はスケール族のサトルだ。と言うだけで通してくれたところもあった」

 

「ええ? なんだいそれ。まあ、本来生者の敵であるはずのアンデッドが友好的な態度を取ったら騙される、のかな?」

 

 国の出入りを管理する門兵は、対応を一つ間違えると国際問題に発展しかねないため、慎重な対応をすると聞いている。

 加えて大陸中央はどこから旅人が来るか分からないため、来訪する種族も多岐に亘り、場合によって本当にアンデッドそっくりの種族がいてもおかしくはない。と判断されたのかも知れない。

 

「自分たちが知らない種族の場合もあるからな。こう、強気な態度で行くことが肝心だ。後は不死者探知(ディテクト・アンデッド)に引っかからないような装備でも身につけておけばあっさり騙せる」

 

 自慢するように言うサトルに、ツアーはため息の真似事をする。

 ツアーが永久評議員として所属しているアーグランド評議国も多種族国家であるが、大陸最北端に位置する評議国では現れる種族もある程度固定化されているので、そこまで杜撰な対応はしていないと信じたい。

 

「今回は駄目だよ。王国はあくまで人間国家。評議国の使者が出入りするのだって事前に根回しが必要なくらいだからね。王都に彼女がいなかったのは残念だったね。冒険者をやっている彼女ならこうしたことも慣れたものだろうに」

 

 ここに来る前に立ち寄った王都、リ・エスティーゼで冒険者をしているインベルン──冒険者としてはイビルアイを名乗っているらしいが──は残念ながら仕事で都市外に出ていたらしく会えなかった。

 

「……そうだな。キーノにも久しぶりに会いたかったが、仕事なら仕方ない。だが、少し調べただけで何をしているか分かるとは。ずいぶん有名になっているようだな」

 

 サトルは残念そうに言うが、早々に王都での情報収集を切り上げて、このエ・ランテルに向かうことを決めたのは他ならぬサトル自身だ。

 

「確か、蒼の薔薇という冒険者チームにいるらしいね。そこのリーダーが四大暗黒剣の一つを持っているらしいよ」

 

「四大暗黒剣? ああ、奴の剣か」

 

 思い出したようにサトルは頷く。

 思い描いているのは二人とも同じ、悪魔と人間の混血児であり、四本の暗黒剣を操った十三英雄の一人である暗黒騎士だ。

 

「ま。キーノの事は置いておくとして、人間の門番なら探知阻害の指輪と幻術で誤魔化せるだろ。念のため、鎧も地味な物に変えておくか」

 

 異種族の中には種族的な能力として幻術を見破ったり、特定の種族の存在を関知できるものもいるが、人間の場合そうした特別な能力はない。

 それも人間が弱小種族と言われる所以の一つだ。

 

「適当だなぁ」

 

 サトルのあまりにも軽い物言いにツアーは僅かに呆れて言う。

 慣れない旅で気を張って、慎重な行動を取ろうとしていた自分が馬鹿らしくなる。

 

「だったら私はここにいるよ。鎧の中身を創るのも大変だからね。サトルが中に拠点を作ってから転移で迎えに来てくれれば良い」

 

 ツアーの鎧は中身のないガランドウの鎧を操っているだけに過ぎない。幻術で中身を創るにしても、サトルのように骨格に幻術を纏わせるものと異なり、体の動きと幻術の人形を合わせて動かすのは難しい。

 下手をしたら、動きが合わず鎧をすり抜けて、中身が出てくるように見えてしまう。

 そんな面倒なことをしなくても、サトル一人を都市に入れて、拠点ポイントを作って貰ってから、一緒に転移する方が手っとり早い。

 

「おいおい。仮にも国の代表である永久評議員が不法入国していいのか?」

 

 仮面越しであり、また素顔を見ても表情など無いはずだが、サトルがからかうような不敵な笑みを浮かべて言っているのは、すぐ分かった。

 リグリットもそうだが、こうした軽口の言い合いは、案外楽しい。

 そもそもツアーは他者に会う機会も少なく、こんな会話が出来るのも、サトルやリグリットを始めとした十三英雄の仲間たちくらいなので尚更だ。

 

「私の本体はここにはないんだ。これは不法入国じゃなくて、鎧を一つ黙って入れるだけだよ。その分の税金くらいは許して貰うさ。これも世界を守護する為に必要なことだからね」

 

 サトルに合わせた軽口を叩くが、後半に関しては本心だ。

 そもそもツアーが動く理由はいつも同じ。

 この世界を汚す者を排除して、世界の安寧を保つ。

 それが力ある者の勤めであり、また全ての始まりがツアーの父親が起こした不始末が原因である以上、息子の自分が責任を取らなくてはならないという想いもある。

 魔神退治に出向いた時も、同じ理由だった。

 

「世界の守護か。何とも大きな話だな。頭が下がる」

 

 全くそんな雰囲気は感じさせないまま、サトルは言う。

 他の十三英雄にはツアーと同じ志があったように思うが、その中で彼だけは違う。

 彼が行動を起こすのはいつも自分のためだ。

 魔神退治に誘ったときもそうだった。

 このまま魔神に暴れられては、旅どころではなくなる。というのが彼の参戦動機であり、実際すべての魔神を討伐ないし封印した後はさっさと旅に出てしまった。

 それはきっと、今回も同じなのだろう。

 羨ましくないと言えば嘘になるが、今更自分がサトルのように自由に生きられるはずもない。と今度はサトルの軽口に乗ることなく、ツアーは話を打ち切った。

 

「じゃあ。よろしく頼むよ」

 

「……ああ。折角だから都市一番の最高級宿を取ってくる。楽しみに待っていろ」

 

 ツアーの内心に気づいていないのか、いや。気づいているからこそだろう。

 サトルは軽口を続けたまま、軽やかな足取りで歩き出した。

 それを見送ってから、ツアーは改めてエ・ランテルに目を向ける。

 

 三国の要所であるこの場所なら、他国の情報も入りやすいのは間違いない。

 サトルに提案されるまでもなく、ツアー自身もそう考えていたのは事実だが、この地に何かあると確信があるわけでもない。

 少なくとも王国のことであれば王都で情報収集を続けるのが上策だったはずだ。それでもなお王都を出てエ・ランテルに向かうことを強く推したサトルに、ツアーは僅かな疑念を抱いていた。

 

「さて、こちらも動くか」

 

 先ほどサトルに語った内容はすべて本心だが、それとは別に、一人になる機会を窺っていたこともまた事実。

 ツアーは遠隔操作していた鎧との繋がりを一時的に切断する。

 同時に視界が切り替わった。

 正確には遠隔操作の最中でも本体の視界も共に見えては居たのだが、やはり二つのことを同時にこなしていると、ミスが発生しかねない。

 

「サトルが戻る前に済ませよう」

 

 自分の持つ疑念が、杞憂であることを望みながら、ツアーは行動を開始した。

 

 

 ・

 

 

 城塞都市エ・ランテル。

 三国の境界線に位置しているこの都市は、トブの大森林やカッツェ平野など、モンスターが多発する危険地帯が近いこともあって、王国の軍隊とは別に独自の軍事力を必要としていた。

 その役目を担っているのが冒険者組合であり、ここエ・ランテルの冒険者組合は他の組合と比べても活気がある。

 そんな冒険者組合の長、プルトン・アインザックは組合お抱えの調査チームに命じていた仕事の報告書に目を通し、驚いたように唸り声を上げた。

 

「受けたのか?」

 

 アインザックのかつてのチームメイトであり、現在も組合の長同士として交流を続けている魔術師組合の長、テオ・ラケシルがアインザックに問いかける。

 

「ああ。竜王国の女王陛下と接触をしたと聞いたから、てっきり竜王国専属になったかと思ったが、あっさり受けて竜王国を出たそうだ」

 

「それにしても、ワーカーを冒険者として登録するなど、なかなか思い切った行動に出たな」

 

 感心したように告げるラケシルに、アインザックはニヤリと笑う。

 

「前例がない訳でもない。まだ活動を始めたばかりならば、非合法な手段に手を染めている可能性も低いからな」

 

 通常一度ワーカーに落ちた者が再度冒険者として登録するのは非常に難しく、厳しい審査が必要となるが、彼らは冒険者をドロップアウトしたのではなく、最初からワーカーとして活動している。

 その間も冒険者組合として問題になるような行動を取っていた記録も無い以上、彼らが望めば冒険者として登録することに大きな問題はない。

 

「それに、俺だけではない。よその冒険者組合も動き始めているはずだ」

 

 独自の情報網を持つ各冒険者組合が、たった一チームでビーストマンの軍勢から竜王国を救った英雄である漆黒の実力を把握していないはずもなく、自分の管理する組合に加入させるべく、各々が水面下で行動しているのはアインザックも承知していた。

 

 本来ならば、彼らが現れた竜王国の組合が一番に手を挙げるべきなのだが、今回ばかりはそれができない事情がある。

 それが竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者チームだったクリスタル・ティアの存在だ。

 漆黒が活躍した戦場には、クリスタル・ティアも同行していた。いや、そもそもはクリスタルティアが作戦の本命であり、漆黒はサポート役だったそうだ。

 しかし敵の本陣に潜入するはずだったクリスタル・ティアが、ビーストマンに討たれたことで漆黒が後を引き継ぎ、作戦を成功させたらしい。

 竜王国の冒険者の中には、漆黒が自分たちが活躍するために、クリスタル・ティアを罠に嵌めて、わざと敵に気づかせた上、助けにも行かなかったと思っている者がいるのだ。

 一歩間違えば国が消滅しかねない大侵攻をくい止めなくてはならない状況で、そんなことをする理由はないのだが、その気持ちも分からないでもない。

 

 アダマンタイト級冒険者は人類の守護者と呼ばれるほどの存在であり、現代を生きる英雄だ。

 冒険者を志す者の中には、古くから伝わる英雄譚ではなく、彼らに憧れている者も多い。

 いくら冒険者が国属意識が薄い存在といっても、自分たちが所属する冒険者組合のアダマンタイト級冒険者は目標であり尊敬の対象でもある。

 そんな存在が任務に失敗し、日ごろから蔑んでいるワーカーが代わりに活躍して国からも褒め称えられている。

 竜王国の冒険者にとっては面白くないのは間違いない。

 

 只でさえビーストマンの侵攻の際に本拠地(ホーム)を変えた冒険者も多い中で、竜王国の冒険者組合が漆黒を迎え入れでもしたら、残っている他の冒険者も離れていってしまう。

 いくら漆黒が強くても、数がいなくては複数の依頼に対応できず結果的に組合は瓦解する。

 そのため、竜王国の冒険者組合は手を出すことができなくなってしまったのだ。

 

「竜王国の組合には悪いことをしたな」

 

「心にも無いことを。どうせ今まで貸し付けていた借りを返せなどといって脅したのだろう?」

 

 必要であれば腹芸も躊躇なく使用するアインザックの性格を誰よりも理解しているラケシルの皮肉に、アインザックは再度笑みを浮かべた。

 

「バカを言うな。お互いに損のない取引を持ちかけただけだ」

 

 実際にこれは竜王国の冒険者組合にとっても利益がある。

 アインザックは漆黒の実力を知ると、急いで竜王国の組合長にコンタクトを取り、漆黒をエ・ランテルの組合で引き受けさせて欲しいと頼み込んだ。

 アダマンタイト級冒険者レベルの実力が無くては達成できない高難易度の依頼が来ていたが、エ・ランテルの組合は現在、最高位でもミスリル級の冒険者チームしか在籍していないため、是非とも強力な力を持ったチームが必要だ。というのが表向きの理由である。

 竜王国の冒険者組合としては、冒険者として抱えられなくても最低限ワーカーとしてでも良いから、竜王国に残って貰いたかったのは間違いないだろう。

 

 しかし、現実問題として実力のあるワーカーを見返りもなしに、一ヶ所に留めておくことはできない。

 それならば竜王国に最も近いエ・ランテルの組合に在籍してもらい、彼らの力が必要な場合は、こちらから漆黒に竜王国への派遣を打診する。

 そうした契約を竜王国の組合長に持ち掛けた。

 相手もまた完全に縁が切れるよりはマシと考えてそれに乗り、漆黒の詳しい情報や仕事の依頼をさせるために派遣した職員の滞在先の手配や、安全の確保などにも協力してもらった。

 

「しかし、あの薬草を取りに行かせるとは。テストにしては少々キツすぎではないか? 只でさえここ最近、トブの大森林は荒れていると聞くが」

 

「もちろん彼らだけを行かせるつもりはない。少し調べれば、この依頼の難しさに気付くだろう。ワーカーはそうした調査も自前で行うからな。その後こちらから接触する。彼らにはかつてこの依頼を成功させたアダマンタイト級冒険者同様、ミスリル級チーム二つをアシストとして付けるつもりだ」

 

 前回は三十年前ということもあって詳しい情報は残っていないが、強力なモンスターや魔獣、亜人なども生息するトブの大森林の奥地に生えた薬草の採取は、それだけ危険を伴う難しい依頼なのだ。

 加えて、こちらから力を貸すことで借りも作り、その後の冒険者としての勧誘をやりやすくする狙いもあった。

 

「抜け目ない奴め。となると、クラルグラ、天狼、虹から出すのか。この都市最高位の冒険者チームをアシストとは豪華な話だな」

 

 この三組はいずれもミスリル級冒険者チームとしては申し分ない実力を持っており、エ・ランテルの冒険者組合のトップチームだ。

 それをワーカーの手伝いに付けるとなれば反発を招きかねないが、これは漆黒の監視と実力を見極めて貰う意味もある。

 しかし、流石に最高位冒険者チーム全てを長期間エ・ランテルから離しておく訳には行かないので、二組としたのだ。

 

「……率直に聞くが、その中から二組選ぶとしたらどうする?」

 

「協調性が重要な任務だ。答えは決まっているようなものだろうが──そうか。森となれば奴の主戦場か」

 

「そこだ。イグヴァルジは自分たちが手伝いに過ぎないと知れば確実に反発する。仕事の邪魔をするかも知れない。あれはそういう男だ。しかし、深い森の探索となればフォレストストーカーである奴の力は必須になる」

 

 クラルグラのリーダーであるイグヴァルジは実力は確かだが、虚栄心が強く、そのために他者を貶めようとする傾向がある。

 その意味で、協調性や各チームとの連携が重要な任務には向いていないのだが、同時に彼の能力は野外活動に特化しており、森での任務には必ず必要となる。

 だからこそ、アインザックも頭を悩ませているのだが。

 

「まあどちらにしても時間はある。説得方法も含めてゆっくり考えてみるしかないだろう」

 

「そうだな。竜王国からエ・ランテルまではカッツェ平野もある。いくら強力なチームでも時間は掛かるだろうしな。急いで着いたとしても、まさか、いきなりトブの大森林に向かうようなことはせず、先ずはこの都市に拠点を置いて、情報収集を始めるだろう。それまでに──」

 

 そこまで口にした時、部屋の扉がノックされたため、話を一時中断して中に職員を招き入れる。

 

「失礼いたします。組合長、お客様がいらしたのですが……」

 

 歯切れの悪い物言いに、アインザックは眉を顰めた。

 この時間はラケシルとの会談を入れていたため、他の予定はない。

 都市の顔役の一人でもあるアインザックの下には偶にそうした礼儀知らずも訪れるが、大抵は職員が対応し、こちらまで指示を仰ぎに来ることはない。

 今回そうしないと言うことは、貴族や大商人などの立場がある者だろうか。

 

「予定はなかったはずだが、誰だ?」

 

 そんなことを考えながら、問いかけると職員はやや言いづらそうな間を空けてから告げた。

 

「依頼の品を持ってきた、ワーカーの漆黒と言えば分かる。とのことです」

 

 その言葉を聞いて、アインザックとラケシルは思わず顔を見合わせた。




明日からしばらく忙しいので、来週の投稿はできないと思います
ですので次の投稿は二週間後になります
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