オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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ツアーとナザリック、それぞれが自分たちの目的のために準備を行う話
今回はまだ準備回なのであまり話は進みません


第17話 作戦準備

 頭上から飛来した深紅の鎧を出迎える。

 ツアーが座している玉座とも呼べる巨大な台座の上に直接ではなく、そこに続く階段の手前に着地した男は、いつも通り飄々とした足取りで階段を上り、改めてツアーの正面に立った。

 

「久しぶりだな。ツアー」

 

 ツアーの協力者の一人である王国のアダマンタイト級冒険者チーム、朱の雫のリーダー、アズス・アインドラの言葉にツアーも軽く頷いて応える。

 

「ああ。依頼を受けてくれて、ありがとう」

 

 三メートルはある鎧を着こんだアズスと対面すると、いつも使用している自分の鎧であれば見上げる形になっていたが、本体で対面となれば逆転し、あちらがツアーを見上げる形になった。

 

「たまたま評議国との国境近くで仕事していたからな……しかし、仮にも評議国永久評議員の住処としては少し見窄らしくはないか?」

 

 物珍しげに周囲を眺めていたアズスが、最終的に自分が入ってきた天井に空いた穴を眺めながら言う。

 見窄らしい。とはなかなか辛辣な物言いだが、ツアー自身が外に出なくてはならないとき、いちいち世界移動を使用するのは無駄が多いため、ここから直接外に飛び出せる方が手っ取り早いのだ。

 そうした理由があるのだが、説明をする時間も勿体ない。とツアーは適当な言い訳を口にする。

 

「人間にとってはそうかも知れないけど、ドラゴンである私にとっては、こうした場所の方が落ち着くんだよ」

 

「ふーん。そんなもんかね」

 

 アズス自身そこまで興味があったわけではないらしく、思いの外あっさりと納得を示した。

 と言うよりアズスの思考は初めから別の方向にあったようで、こちらを観察するように無遠慮な視線を向けてきた。

 

「……話は聞いていたが本当にドラゴンなんだな。いつもの鎧はどうしたんだ?」

 

 ギルド武器の置かれたこの場所から軽々に動くことはできず、そもそもギルド武器の存在はあまり多くの人に知られるわけにはいかないこともあって、ツアーが本体で人と会うことは非常に稀だ。

 最初にアズスと会った際も、普段使用している鎧姿で会いに行った。

 一応彼の信用を勝ち取るため自分の素性は正直に伝え、緊急事態に備えてこの場所のことも教えてはいたが、彼の言うように仮にもアーグランド評議国の永久評議員の住居であるこの場所に、いかにアダマンタイト級冒険者と言えど、ツアーの招きなく訪れることなどできるはずもなく、今までは直接会う必要もないと考えていたため、彼がここに来たことは一度もなかったのだ。

 ドラゴン、それも最高位の存在である竜王と直接対面するなど、普通に生きていればまず有り得ない。

 流石の彼でも驚きを隠せないようだが、ツアーにとっては予想していた問いかけでもあった。

 

「あれは別の用件で使っていてね。それに協力者である君には、いずれちゃんと姿を見せておこうと思っていたんだよ」

 

 だからこそ、ツアーは事前に用意していた答えを口にする。

 

「世界最強の竜王にそこまで評価してもらえるとは、光栄だな」

 

 どこか演技めいた口調だが、彼の場合一事が万事こんな様子なので、ツアーの言葉をそのまま鵜呑みにしたのか、それとも問い返しても無駄だと思って、それ以上追求することを止めたのかは判断が付かない。

 ツアーとしてもこれ以上その話を広げたくはない。実際にアズスをこの場所に呼んだのは彼を信用してのことではないからだ。

 理由はいくつかあるが、最大の理由はやはりサトルに怪しまれないようにするためだ。

 

 王都で情報収集をせず、エ・ランテルを目指したサトルに疑念を持ったツアーは、彼に気付かれないように部下に命じて、アズスに調べ物を頼んだ。

 そうして彼に集めてもらった内容は、最悪の場合この世界の命運を左右しかねない重要なものになると理解していたからこそ、人伝ではなくツアーが直接聞くために、サトルがエ・ランテルの検問に向かった間に改めてアズスに使者を送り、この場所に来てもらったのだ。

 別の場所を指定して鎧で会っても良かったのだが、現在ツアーの鎧は無事に検問を突破して、エ・ランテル内部に入ったサトルが借りた宿の一室に置かれている。

 ツアーは複数の鎧を動かすこともできるが、その場合それぞれの鎧の強さが大きく下がる。

 現時点でそれをするのは危険だと判断したからこそ、この場所に来るように連絡したわけだが。

 

(とはいえ、サトルは一人でさっさと出かけてしまったし、こんなことなら世界移動で鎧を移動させれば良かったかな)

 

 サトルには評議国での仕事があるため、しばらく鎧は動かさず、こちらに集中すると言ったのだが、それを聞いたサトルはもう夜だというのに都市見物に出掛けてしまった。

 その時点でこの小細工は意味がなくなったのだが、一度は自分の拠点に呼び出しておいてやっぱりいつも通り鎧で会おうと言えば、それこそアズスの信用を失いかねない。

 

「それでアズス。早速で悪いんだけど、本題に入っていいかな?」

 

 人間同士、特に上流階級の者たちならばもっと決まった挨拶などがあるのかも知れないが、アズスは貴族を出奔した立場であり、そうした貴族的な儀礼を嫌っていると知っているからこそ単刀直入に話をする。

 その気遣いがアズスに伝わったかはともかく、彼も特に気にした様子もなく、立ったまま一つ頷いた。

 

「ああ。調べるのに苦労した。時間もない上に、あんな抽象的な情報だけだからな。随分金も使っちまった。そっちは別料金でいただくぜ」

 

「勿論だよ。重ね重ね済まないね。ただ、これはもしもの場合は早めに準備をしなくては王国にとっても大事になりかねない問題だ」 

 

「……王国生まれではあっても、俺は冒険者だ。国の行く末なんてどうでも良い」

 

 口ではそう言う彼が、王国貴族の身分を嫌っているのは確かだが、国そのものにはキチンと愛着を持っているのは見ればわかる。

 いざ国の危機となればこちらから頼まなくても、自発的に行動するだろう。

 しかし、それを指摘して不機嫌になられても困るので黙っていると、アズスは続けた。

 

「だが、俺の姪っ子はそうじゃないらしい。さっきも言ったが俺は今評議国の国境近くで仕事をしていて、王国には長らく帰っていない。だから勝手で悪いがラキュー、いや蒼の薔薇の手を借りた……問題有ったか?」

 

「……私のことも話したのかい?」

 

 アズスと蒼の薔薇のリーダーは叔父と姪という関係であり、仲も良好だと聞いていたため、この繋がりは予想できる話では有ったが、蒼の薔薇、正確にはその一人、現在はイビルアイと名乗っている彼女にツアーの行動が知られるのは少し不味い。

 そうした意図を持っての問いかけに、アズスは即座首を横に振った。

 

「それは当然言っていない。評議国でそんな噂を聞いたとだけ言ったら勝手に動いてくれたよ。あいつは王国のお姫様とも仲が良いからな、国の危機に繋がると聞いたら黙っておけなかったんだろうさ」

 

「それなら問題ないよ。私も確信を持ってのことではないから、迂闊なことを言ったと思われると問題になりかねないからね。でもその言い方だとやはり何か有ったのかい?」

 

「ああ。近々エ・ランテルで何か起こる可能性はないか。なんて情報だけでどこまで探れるかと思ったが、意外なところで意外な連中と繋がった」

 

「意外な連中?」

 

「王国の裏社会に、八本指って組織があるのは知っているか?」

 

「聞いたことはあるね」

 

 どんな国であれ清廉潔白ということはないが、王国の場合はそれが一つに纏まり、なおかつ王国の表側の権力にすら影響を与えるほど根深く巣くっていると聞いた覚えがあった。

 王国腐敗の原因の一つだ。

 

「蒼の薔薇は今、その八本指の動向を調査しているらしいんだが、その課程で掴んだ情報によると、八本指の警備部門に六腕とか言う、一人一人がアダマンタイト級冒険者にも匹敵するやばい幹部連中がいるそうだ」

 

「アダマンタイト級か」

 

 人類の守護者と呼ばれるアダマンタイト級冒険者も、ツアーと比べれば大した強さではないが、それこそインベルンのように正体を隠している強者や、アズスのように強力なアイテムを持っている者も居るかもしれない。

 王国にそれほどの逸材が複数いたとは知らなかったが、そもそも王国は二百年程前に、安全で肥沃な大地に作られた国だ。

 元から強者が育ちやすい環境ではあるのだろう。

 それが分かっていたからこそ、法国も何かと王国を気に掛けていたのも事実。

 もっとも、結果として安全すぎたために内部の腐敗が進行したことだけは法国にも計算外だったのだろうが。

 

「問題はそいつ等の今の仕事だ。その六人が纏めて、別の組織の護衛として派遣されているらしい。おかげで蒼の薔薇の仕事はやりやすくなって助かってるようだが、その派遣先ってのが──」

 

 言葉を切り、こちらを伺うように見るアズスの言葉を引き継ぐ。

 

「エ・ランテルだと?」

 

「そうだ。八本指を雇うくらいだ。相手も後ろ暗い連中なんだろうが、だからこそ、何のためにそれだけの連中を雇ったのかがわからない。エ・ランテルはデカい都市で軍事力も相当なもんだが、個としての力を持つ奴は殆どいない。あそこの冒険者は最高位でもミスリルだからな」

 

(それだけの力を必要とするほどの何かが今、エ・ランテルにあると言うことか。私たちが都市に入ったことが知られた? いや、それにしては動きが早すぎる)

 

 自分たちがエ・ランテルに着いたのは今日のこと。

 その前に護衛を頼んでいたのだから、時期が合わない。

 むしろ逆の可能性の方が高い。

 目的地をエ・ランテルに決めたのはサトルである。

 つまりサトルは、エ・ランテルで何かが起こることを事前に察知していたのではないだろうか。

 

(サトル。やはり君は──)

 

「それでツアー。これはいったいどういうことなんだ? いつだったか、俺に話してくれた世界を汚す力、だったか。それと何か関係があるのか?」

 

 ぷれいやーなどの直接的な単語は使っていないが、アズスには二百年前の魔神のように強大な力を持った存在が実在し、それらは今でも世界に現れることがあるとだけ話してある。

 ツアーはそのために行動しており、場合によってはアズスの持つ鎧の力が必要だ、とも。

 

「正直、まだ分からない」

 

 サトルがツアーに何かを隠しているのは間違いない。

 そもそも、この場所で再会した際、サトルは今回の揺り返しに付いて気になることがあると言っていた。

 その内容については未だ話してくれないが、何かしら情報を持っているのは確かであり、今回の件もその一つだと考えられる。

 どちらにしても、その話をアズスにして万が一にもインベルンに話がいっては困る。

 

「とにかく私はその情報を元にエ・ランテルを探ってみる。何か企みがあれば止められないか動いてみよう」

 

「……俺に何か手伝えることはあるか?」

 

 アズスに頼んだのはあくまで情報収集まで。つまりこの先はアズスの意志ということになる。

 やはり王国の危機は気になるらしい。

 アズスの鎧はぷれいやーとの戦いに於いても大きな戦力となるのは間違いないが、しかし、それもまた問題がある。

 ツアーの目的はあくまで世界の守護で在り、一都市であるエ・ランテルにはさほど思い入れはない。

 こちらで探るとは言ったが、相手の強さや戦力も分からないうちに派手に動くつもりはないのだ。

 むしろ、先ずは相手方の出方を見ることで、サトルの狙いも見極められるかもしれない、とすら考えていた。

 しかし、王国のために動こうとしているアズスはそれを許さず、場合によっては勝手に飛び出していきかねない。

 

「いや、アズスにはその後のことを頼みたい。もし止められなかった場合、その余波は王国どころか帝国や法国にも及びかねないからね」

 

「それほどか。いや、魔神級の実力を持つ相手ならそれも当然か。あのときも世界規模での戦いだったんだろう?」

 

「そうだよ。だからこそ、最悪の事態を想定して、慎重に行動しなくてはならない」

 

 アズスを説得するために告げた、その言葉はツアーにとって、まるで別の意味を持って聞こえた。

 そう。

 かつての仲間を疑い、監視しようとしている自らの行いを正当化するために、自分に言い聞かせているように聞こえて仕方なかったのだ。

 

 

 ・

 

 

 主が玉座の間から自室に戻ったとの報告を聞いたシャルティアは、すぐさま自室を飛び出した。

 もうあまり時間は残っていないため、愛しい主に出立の挨拶も出来ないことに気落ちしていたが、ギリギリとはいえ間に合ったのは実に運が良い。

 いざというときのために、服装だけは完璧に整えていた甲斐があるというものだ。

 本来ならば転移門(ゲート)で、一気に第九階層、いや主の部屋の中に飛び込みたいところだが、ナザリック内は基本的に転移が制限されており、特に別の階層に行くには各所に設置された転移門を正規のルート通り順番に使って移動するしかない。

 そのことに少々ヤキモキしながらも、出来る限り急いで移動する。

 

 第四、第五、第六階層と進んで、目的地の一つ手前である第七階層──第八階層は現在封鎖されており、切り離して第七階層から第九階層に続く道が作り出されている──に到着して、そのまま通り抜けようと次の階層へ繋がる転移門が置かれた、デミウルゴスの居城でもある赤熱神殿に到着したシャルティアの行く手を遮る者が現れた。

 

「お待ち下さい。シャルティア様」

 

 野太い声とシャルティアより遙かに高く大きな体躯。

 空気そのものが赤い光を持ったかの様なこの第七階層に相応しい、身体に炎を纏った姿。

 憤怒の魔将(イビルロード・ラース)と呼ばれる八十レベル代の悪魔だ。

 

「あ?」

 

 愛しい主への謁見を邪魔されたと言う思いがシャルティアに不快感を抱かせ、その殺意が目の前の悪魔に向けられる。

 

「も、申し訳ございません。ですが、デミウルゴス様より、シャルティア様をお連れするように仰せつかっておりまして……」

 

「デミウルゴスが?」

 

 恐らく第七階層に移動した時点で、シャルティアの存在に気づき、赤熱神殿の周辺警護を担当していたこの魔将に命じたのだろう。

 しかし、理由がわからない。

 ぱっと思いつくのは、無断で自分の守護階層に入ったことに対する抗議だが、現在ナザリックのシモベたちは主の命により、様々な実験や検証を行っているため、階層を跨いで移動することも多く、守護者も忙しい者ばかりであるため、階層間の移動には特に許可など取らずとも問題はないはずだ。

 

 そのことを重々承知しているはずのデミウルゴスが呼び止めると言うことは他に何か用があるのかも知れない。

 今回の作戦を練ったのはデミウルゴスである以上、無視するわけにも行かない。

 

「チッ。わたしは急いでいんす。さっさと案内しなんし」

 

 とはいえ、折角の挨拶を邪魔されるのは気分が良くない。

 そのことを隠しもせず、シャルティアは吐き捨てる。

 

「は、はっ! こちらです!」

 

 声を震わせながら、案内を開始するデミウルゴスの部下の後を歩きながら、さて邪魔立てしたデミウルゴスにはどんな態度で接してやろうかと、シャルティアは思案を始めた。

 

 

 ・

 

 

 自分の守護階層である第七階層に、シャルティアがやって来たと聞いて、デミウルゴスは思わず感心した。

 

「私の方から出向くつもりでしたが、まさか彼女の方から動くとは──」

 

 主が玉座の間を出てから初めてとなるこの大規模な作戦の詳細は、デミウルゴスが考えたものだが、現場での総責任者はデミウルゴスではなく、シャルティアに一任されている。

 計画から遂行まですべてをデミウルゴスが行っては、本来の発案者であるシャルティアの立場が無くなると考えた、主の慈悲によるものだ。

 主の命令に異を唱えるつもりなど毛頭ないが、現場の総指揮という臨機応変な対応が求められる役割を、あの直情的なシャルティアに任せて大丈夫なのかという不安はある。

 新たに判明した情報もあったため、それも含めてデミウルゴスはこの後、シャルティアの下に出向き、より詳細な打ち合わせを行うつもりだった。

 その情報はシャルティアの眷族である、法国の最高執行機関からもたらされたものであるため、当然シャルティアも知っているはずだ。

 シャルティアの方から動いたのは、その情報によって作戦内容が変わる可能性を理解したと考えれば、説明も付く。

 

(どちらにせよ、シャルティアは現在の状況に呑まれてはいなかったようですね)

 

 そう。現在ナザリックのシモベたちの多くは主が戻ってきたことにより、心のゆとりが生まれていた。

 玉座の間を出た主が、これまでの沈黙がなんだったのか。と思うほど精力的に動き始めたことに関係しているのだろう。

 シモベたちに新たな装備を配ったことを皮切りに、ナザリック地下大墳墓の隠蔽や防衛力、戦力の増強。

 そうした主の行動を目の当たりにしたことで、これまで主が自分たちを置いて他の至高の御方々と同じ場所に行きかねない、と怯えながら行動していたシモベたちも、今では主のために働けることに心の底から感謝しながら、己の職務を全うしている。

 

 それ自体は素晴らしいことであるが、それは同時にシモベたちから緊張感を薄れさせた。

 もちろん、手を抜いているということではない。そのため注意もできないが、これがいつか致命的な失敗を招くのではないかと心配になる。

 デミウルゴスが気になるのは、そうした改革案が全て主のためではなく、自分たちシモベのために行われていることだ。

 主のためにこそ存在するはずの自分たちを、そこまで大切に考えてくれているというのは、実に名誉でありがたいことなのは理解しており、アウラ、マーレなど精神的に幼い者たちは──シャルティアもその中に入っているかと思っていたが、そうではなかったようだ──素直にそれを喜んでいるが、デミウルゴスは手放しでは喜べない。

 

 そもそも自分たちが世界征服に乗り出したのは、世界を主に献上することで、自分たちの有用性と力を示すためだったはずだ。

 しかし実際は一国も支配できないうちに主が戻り、指揮を執り始めた。

 主が玉座の間にいる間も自分たちの働きを確認していたのならば、主はその様子を見て自分たちでは力不足だと考えたからこそ、玉座の間を出たとは考えられないか。

 

 シモベたちの装備の変更や、ナザリックの強化も、自分たちに足りない部分を補わせる目的だったとしたら。

 ナザリックに敵を招いても問題ないと言ったのも、また同じ。

 ナザリックに敵が攻め込んで来ないように気を使い慎重に行動していては、世界征服までに時間が掛かりすぎると思ったのではないか。

 つまり主が玉座の間から出たのは自分たちの力を認めてくれたからではなく、その逆。

 主が庇護しなければ危険だと、理解したためと考えると納得がいく。

 

(もし本当に、アインズ様が我々の力を認めていないのであれば、世界征服が成った後も私たちの上に君臨し続けてくれるかは分からない……だからこそ、失態は許されない)

 

 これこそがデミウルゴスの抱いている懸念の根幹にあるものだが、流石にこれは口には出せない。

 シャルティアがそのことを全て気づいているとは思えないが、少なくとも作戦を成功に導くために努力しようとしているのは好感が持てる。

 

「まあ、事前に連絡をいただければ、なお良かったのですが、良しとしましょう」

 

 シャルティアは元から行動力だけはある。

 例の暴走の際はそれが悪い意味で作用したわけだが、今回は良い方向に向かってくれればいい。

 いや、そうするのが計画を練った自分の仕事だ。

 

「そろそろですかね。シャルティアの出迎えを」

 

 赤熱神殿の周辺警護を担当している魔将の一人に声を掛ける。

 

「はっ! 直ちに」

 

 

 

 魔将を送り出してしばらく経ち、デミウルゴスの前にシャルティアが現れた。

 しかし、どうにも様子がおかしい。

 シャルティアは不満げな態度を隠そうともせず、赤熱神殿の中央に位置するデミウルゴスに用意された白い玉座の前まで近付いてくると、こちらが何か言う前に、吐き捨てるかの如く口を開いた。

 

「デミウルゴス。わらわになにか用でありんすかぇ?」

 

 声にも不機嫌さがにじみ出たその言葉を聞いた瞬間、理解する。

 シャルティアが第七階層に来たのは作戦内容の確認などではないということを。

 

(少しでも、彼女に期待した私が間違っていた)

「……シャルティア。君は今からどこに行くんだい?」

 

 何とか怒りを押さえ込みながら問うと、シャルティアは小さく首を傾げた後、ああ。と言うように頷いた。

 

「もちろんアインズ様に出立のご挨拶でありんすぇ。作戦が終わるまで少ぅしばかりナザリックに帰還し難くなりんすから。アインズ様もなかなか玉座の間からお戻りになりんせんし、色々と悩んで決めたこの服のお披露目もできないかと思いんしたが、間に合って良かったでありんす」

 

 確かにシャルティアの格好はいつもの漆黒を基調としたものではなく、純白に金の刺繍が施されたドレスに変わっている。

 万が一を考え、現場指揮を執るシャルティアにいつもの格好ではなく、変装をするように言ったのは自分だ。

 だからそれは問題ではない。

 問題は今シャルティアが口にした言葉の中にあった、色々と悩んで決めた。この部分だ。

 

「……シャルティア。君は作戦の準備をしていたと聞いていたが、そちらは済んでいるのかい?」

 

「もちろんでありんす。デミウルゴスから聞いた計画はちゃーんとこのメモ帳に書き移していんす。なにかあってもこれでバッチリでありんすぇ!」 

 

 中身を見せびらかすように差し出されたメモ帳には、びっしりと細かな字でデミウルゴスが口にした内容が書き込まれている。

 ここまで詳細に記憶していること自体は──シャルティアにしては──大したものだが、それはあくまでデミウルゴスの計画をそのまま文章に起こしたものに過ぎず、本来あるべき予想される不測の事態や、それに対する対応などは一切書かれていない。

 そもそも何故口頭で説明したのかすら、シャルティアは理解していなかったようだ。

 

「これだけ予習していんすから、作戦成功は間違いなしでありんす」

 

 自信満々に言い切るシャルティアに、デミウルゴスは頭の痛みと沸き上がる怒りを抑え込みながら、なるべく優しく語りかける。

 怒りに任せて文句を言うのは簡単だが、シャルティアの性格上、そんなことをすれば余計に反発するだけだと理解していたからだ。

 

「シャルティア。計画を完璧に把握しているのは素晴らしいが、万が一そのメモ帳が何者かに奪われた場合はどうするつもりだい?」

 

 法国から得た情報によると、この世界には警戒に値する強者も少なからず存在する。

 そうでなくても盗賊の特殊技術(スキル)を持つ者や一部のモンスターには、相手の装備品を奪う能力を持ったものもいる。

 この世界には異なる言語を解読する魔法も存在している以上、そうした者たちが戦いではなく、情報収集を第一にした場合、そのメモ帳は値千金の情報源となってしまうのだ。

 

「……あ」

 

 今更気づいたと言うように間の抜けた声を出すシャルティアにデミウルゴスは更に続けた。

 

「それに。メモに書いてあることだけを暗記しても、不測の事態が起こった場合のことを考えていなければ、なんの意味もない。済まないがシャルティア。アインズ様へのご挨拶は取りやめて貰わなければならないようだ」

 

「そんな! アルベドが大人しい今がアインズ様との距離を詰める絶好の機会なのに!」

 

 創造主からそうあれ、と定められた言葉遣いも忘れてシャルティアが喚く。

 いっそ病的と言ってもおかしくないほど、主の寵愛を欲していたアルベドが、主が戻ってから妙に大人しく、むしろ今まで以上に仕事に打ち込んでいるのは聞いている。

 他の守護者たちや主すらも不思議に思っているようだが、デミウルゴスにはなんとなく想像がついていた。

 恐らくアルベドが動いていないのは、彼女もデミウルゴスと同じ懸念を抱いているためだ。デミウルゴスとは異なる形で、改めて主に自分たちの有用性を示そうとしているのだろう。

 シャルティアはその隙を突く形になっているわけだが、それは別に問題はない。

 彼女たちが主の寵愛を欲しているのは知っているし、それが何れ主のお世継ぎ誕生に結びつくのであれば、デミウルゴスとしても協力するのはやぶさかではない。ただ今はもっと優先すべきことがある。

 

「それは、この計画を完璧に遂行し、戦勝報告の際に存分にしたらどうだい?」

 

 再度彼女が気に入りそうな言葉を口にすると、シャルティアはあっさりと表情を変えた。

 

「なるほど! それは良き考え。作戦を見事果たしんして、このペロロンチーノ様より与えられたドレス姿をお見せしんすぇ。そもすれば、アインズ様も『完璧な仕事ぶりに加え、その美しさ。お前こそ私の横に立つに相応しい』と仰るに違いありんせん」

 

「……そうですね」

 

 言いたいことはいくつかあるが、今は時間がない。

 やる気になってくれるのであればそれに越したことはないのも事実。

 

「では改めて作戦会議といこうか。ああ、その前に。法国の最高執行機関から、今回の計画の目的地であるエ・ランテルで使用する拠点に相応しい場所と、スケープゴートになりうる組織の存在が見つかったと報告があったが、それは当然聞いているんだろうね?」

 

 先ほどの反応からして、答えを半ば予想しつつした質問に、シャルティアは案の定予想通りの反応を示した。

 

「なんの話でありんすぇ?」

 

 玉座に体を預けながら、デミウルゴスはシャルティアには気づかれないようにそっとため息を吐いた。




ちなみにこの話では、シャルティアの洗脳も起こっておらず、法国もあっさり掌握されていることもあって、アインズ様も含めたナザリック全体が慎重に行動しているつもりでも、内心では未だに現地世界の勢力を舐めています
アインス様が深く考えずシャルティアに作戦の総指揮を任せたのは、それが理由です

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