オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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様々な思惑がエ・ランテルに集まりつつある話


第18話 作戦当夜

 エ・ランテルにある安くも高くもない中堅宿屋の一室に、十数名の男たちが集まっていた。

 全員が魔化の施された同じ衣服鎧を身につけ、他の装備やアイテムもほぼ全てから魔法のオーラが漂っている。

 中堅宿の一室には不釣り合いな姿だが、彼らは初めからこの格好だったわけではない。

 

 この数日間、それぞれ別々の職業に扮して宿を取り、先ほどようやく全員が集まったため準備を整え、こうして一番広い部屋に集まっているのだ。

 とはいえ、元は三人用の部屋であるため、この人数が集まるとかなり手狭だ。

 やがて、全員の準備が整った頃合いを見計らい、その内の一人がマジックアイテムを使用して周囲の音を遮断する。

 これで会話をしても隣や上下の部屋には音が漏れることはない。

 それを合図に一人の男、スレイン法国特殊部隊、陽光聖典の新隊長であるイアンが全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

「各員傾聴」

 

 かつての上司が任務を開始する前にしていたやり方を真似てみたのだが、どうもしっくりこない。

 そもそも自分はまだこの状況を飲み込み切れていないのだ。

 陽光聖典隊長就任もそうだが、慣れない都市内部への潜入任務。

 なにより、これから彼らが始める任務の内容だ。

 

「我らはこれより日が沈むのを待ち、エ・ランテルを制圧する」

 

 そうした迷いを振り切るように、イアンは自分たちの任務を改めて口にする。

 他の隊員たちもすでに話は聞いていたはずだが、改めて聞いた任務の内容に、戸惑いを感じているのが手に取るようにわかった。

 そう。自分たちの任務は、秘密裏にエ・ランテルに潜入して合図を待ち、三重に築かれた防壁最内周部にある行政区を制圧することだ。

 法国が王国と戦争すること自体は聞いていた。その際に、自分たち陽光聖典が出陣することも。

 しかし、このようなやり方をするのは想定外だった。

 国と国との戦争──特に人間国家同士では──に於いて、宣戦布告もせずにこのような内部工作に走れば、それだけで周辺諸国から野蛮な国として非難を受け、その後の外交面で大きなマイナスとなる。

 そのことがわかっていないはずもないだろうに、最高執行機関は何故こんな方法を選択したのか。

 

(そもそも、戦争の目的はガゼフ・ストロノーフ抹殺ではなかったのか? エ・ランテルの奪還は二の次と言っていたはず)

 

 六色聖典直属の上司である、土の神官長レイモンからはそう聞いていた。

 戦争中にガゼフを抹殺した上で、帝国に力を貸して王国を併呑させることこそが、この戦争の最終的な目標だったはずだ。

 

(それともエ・ランテルそのものを帝国と同盟を結ぶための手土産にでもするつもりなのか?)

 

 王国併呑までの時間をさらに短縮するために、先に法国がエ・ランテルを奪っておき、無条件で帝国に明け渡すことで同盟を結ぶ。

 しかしそんなことをしては、法国だけではなく帝国も周辺諸国から責められることになる。

 強引なやり方はともかく、国家運営の手腕は歴代皇帝の中でも最高の人物だと聞いている皇帝ジルクニフが、そのことを理解せずこちらの思惑に乗るとは思えない。

 

「隊長、よろしいでしょうか?」

 

「ん? ああ、なんだ?」

 

 未だ隊長と呼ばれることには慣れないな、と心の中で苦笑しながら続きを促す。

 

「今回の任務。我々だけでなく増援も来ると仰っていましたが、それはいったいどの部隊なのでしょう? もしや彼らですか?」

 

 隊員が言おうとしているのは、陽光聖典がこの都市へ潜入するためにそれぞれのアンダーカバーや、魔術的なものを含めた偽装用のアイテムなどを用意した、六色聖典の中でも潜入任務に特化した部隊である風花聖典のことだろう。

 彼らは元から別の任務でエ・ランテルに潜入していたため、広大なエ・ランテル内の地理にも明るい。このまま手を貸してくれれば、作戦成功の確率は高まる。

 そう言いたいのは良く分かったが、イアンは無言で首を横に振った。

 

「風花聖典は別の任務があるため、既にこの都市を出た。増援に関しては、私も詳細は知らされていないが、法国内ではなく外部の者だと聞いている。その者が何らかの方法で最深部までの壁を無効化するそうだ」

 

 陽光聖典は隠密行動には適さないことや、未だ戦力も半壊していることも併せて、今のままでは任務達成が困難であると考えたイアンが、自分たちの実力の無さを認めるという恥を忍んで、六色聖典のまとめ役である土の神官長レイモンに直談判したのだ。

 結果レイモンは増援を約束してくれたが、それが六色聖典どころか、スレイン法国の者ですらない外部の者だと聞いて面喰らったものだが、それは隊員たちも同じようだ。

 

「外部、ですか?」

 

 隊員たちの騒めきが強くなる。

 陽光聖典は最低でも第三位階の魔法が使える者しか就けない部隊であり、隊員たちは己を神に選ばれたエリートと考える者が多い。

 そんな彼らにとって他国の者は、同じ人間であっても本当の神の存在を認めず、異なる神を信仰している異教徒でしかない。

 そうした者たちの力を借りなくてはならないことに、彼らも憤りを感じているのだ。

 

(せめて部隊の戦力が減っていなければ……いや、何を考えているんだ私は)

 

 前隊長であるニグンに責任を押しつけそうになっている自分に気づき、イアンは無言のまま頭を振る。

 ニグンは誰より信仰心が強く、いかなる任務であって私情を挟まず確実にこなしていた男であり、イアンにとって未だ尊敬する人物だ。

 最後の時もおそらくは、漆黒聖典ですらほぼ壊滅状態まで追い込んだ破滅の竜王を相手に、最後まで戦い抜いたのだろう。

 そんな人物に責任を押しつけるなど。

 やはり自分はまだまだ隊長の器ではない。しかし、今はそんな泣き言を言っている余裕はない。

 最高執行機関がどのような意図でこの作戦の決行を決めたのかはイアンには理解できないが、漆黒聖典すらほぼ壊滅した法国にとって最悪な現在の状況を改善すべく、考え抜いた上での策に違いない。

 

(そのはずだ)

 

 迷いを振り切るかの如く、イアンは一度気持ちを落ち着けてから、改めて全員に向かって声を掛けた。

 

「そうだ。だからこそ、覚悟を決めておけ。これも我らの信仰心を試す神の試練だと考えよ。たとえいかなる者が来ても、作戦の成功を第一に考えるのだ。そう、異教徒であっても。いや、異種族であってもな」

 

 固くなった場の空気を和ませようと、つまらない冗談を口にする。

 しかし、この冗談も絶対にないとは言いきれない。

 今では考えられないことだが、かつて法国はエルフの国と同盟を結んでいたことがある。

 これほど長い間戦争を続け、互いに恨みも憎しみも積もり積もった状況で今更、手を結ぶとは考えづらいが、ドワーフなどの他の人間種ならば可能性はあるかも知れない。

 そうした意図を持って告げた言葉に、隊員たちもまた応えてくれた。

 

「では、異教徒や異種族であっても、我らの神の偉大さを教え込む準備をしておく必要がありますな」

 

「違いない。異種族でも分かるように文字ではなく、絵本の教典でも用意しておきますか」

 

 誰かの冗談に、ぎこちない笑いが起こる。

 それは新米の頼りない隊長を気遣ってのことなのだろう。

 今はその気遣いがありがたい。

 

「ガハハッ! それは良い。子供でも分かるものを用意しておくとしよう」

 

 皆に合わせるように笑い声をあげるが、力を入れ過ぎたせいか声が大きくなり過ぎた。

 しかしここでも隊員たちは未熟な隊長に合わせるかの如く、大きな声で笑う。

 そんな隊員たちに心の中で感謝しながら、イアンは考えを巡らせた。

 

(しかし、増援とはいったい。そもそも城塞都市と呼ばれるエ・ランテルの城壁を無効化するとは、どのような方法を取るつもりなのか)

 

 最高執行機関の考えが読めないことも含め、言いようのない不安がイアンの胸中に湧き上がった。

 

 

 ・

 

 

 エ・ランテルの外周部の四分の一を占める墓地の一角、霊廟に偽装された地下に続く入り口を降りた先にある広い空間。

 そこに繋がる扉の前に、六人の一団が集結していた。

 その内の一人、扉に背を預けるように立っていた筋骨たくましい男が動く。

 巌が如き様相の男の名はゼロ。

 王国全土に網を張る巨大犯罪組織、八本指の警備部門が長にして、闘鬼のゼロと呼ばれる八本指全構成員の中で最強と唄われる男だ。

 全員が集まったことを確認して、ゼロが口を開く。

 

「地形は全て確認したな?」

 

「もちろんだよボス。しかし、こんなところに地下神殿を造るなんて、連中何者なのかね?」

 

 きらびやかな格好をした優男、マルムヴィストがちらりと扉の奥に目を向ける。

 

「ほんと。私たち全員を雇う資金力もそうだけれど、あれだけの数の動死体(ゾンビ)を作り出すなんて、あの男魔法詠唱者(マジック・キャスター)としてもかなりの実力よね。ねぇ、デイバーノック。あの男に魔法を教わったらいいんじゃない?」

 

 薄絹を纏った女、エドストレームの問いかけに、ゼロは小さく眉を顰める。

 余計なことを。と視線でエドストレームを咎めようとするが、その前にデイバーノックが動いた。

 

「奴の力はあのマジックアイテムに由来する部分が大きいようだが──それも悪くない」

 

 デイバーノックが言っているマジックアイテムは、今回の依頼人にして警護対象である男が手にしていたイビツな形の水晶のような物のことだろう。モンクであるゼロは魔法のことはさほど詳しくないが、確かにあのアイテムからは禍々しい気配を感じた。

 

「あの男は最優先警護対象だ。余計なことはするなよ。これほどの力を持った組織、他の部門には知られることなく、我々のみ親交を深めておきたい」

 

 部下からカジットと呼ばれていたこの組織のリーダーらしき男もデイバーノックに興味を示し、ゼロにあれこれ聞いてきたがデイバーノックが自然発生したアンデッドだという話をすると、露骨に興味を失っていた。

 そうした分かりやすさも含め、あの手のタイプは懇意にしておけば何かと役に立つ。

 

「一見さん相手に、六腕全員を派遣するなんて無理を聞いたのもそれが理由かい?」

 

 マルムヴィストの言葉にゼロはニヤリと笑う。

 

「そういうことだ。あっさりとこちらに名を知られる迂闊さ、人間の死体の調達の仕方や相場も知らず、こちらの言い値で買おうとするところも含め、奴ら秘密結社を気取ってはいるが、犯罪組織としてはずぶの素人も良いところだ」

 

 今回の依頼は警護任務だが、同時にカジットたちは魔法儀式の為に大量の人間の死体を欲しているらしく、その調達も自分たちに依頼してきた。

 それは奴隷売買部門が最も得意とする仕事だが、八本指はそれぞれの部門ごとに仲が良いわけではない。

 むしろ表だって敵対することがないだけで、裏での足の引っ張り合いは日常茶飯時。

 これは多少裏社会に詳しいものなら誰でも知っている。つまり、その程度のことも知らないカジットたちは──

 

「いろんな意味で、良いお客様ってことね」

 

 ゼロが考えていたことを引き継ぐように告げるエドストレームに頷きを返し、ゼロは改めてデイバーノックに目を向けた。

 

「デイバーノック、もう一度言うが余計なことはするなよ。迂闊な奴らが相手ならば、あのマジックアイテムの出所も少しつつけば簡単に調べがつく」

 

 デイバーノックの目的は金銭などではなく、自分により高度な魔法技術を教授する人物を捜すことだ。

 その意味で言うとあのカジットなる男は、アンデッドを操るという死霊系魔法を使う魔法詠唱者(マジック・キャスター)ということもあって、条件に合致する。

 肝心のカジット本人がデイバーノックに興味を無くしたようなので、師事するのは難しいだろうが、だからこそ逆にデイバーノックの方からカジットに取り入ろうとする可能性はあるため、釘を刺しておく必要があった。

 

「……分かっている」

 

 恐らくデイバーノックも同じことを考えたのだろう。やや間を空けてから明らかに納得のいっていない返事をする。

 

(デイバーノックにはまだまだ力を振るって貰わねばならん。勝手な行動を取らぬよう、誰か見張りをつけるか)

 

 デイバーノックを六腕に誘う際、奴に渡したマジックアイテムの入手には、それなりに手間と金が掛かっている。

 その支出分を回収する前に、組織を抜けるようなことは許さない。

 そちらに関しては、今後何らかの手を考えなくてはならないが、それより先ずはこの仕事を成功させ、カジットの信頼を得ることが第一だ。

 

「それと。今回の相手について話しておく」

 

「俺たち六人を同時に雇うくらいだ。さぞかし手強い相手なのだろうな」

 

 これまで無言を貫いていた全身鎧の男、ペシュリアンが言う。

 

「……まあな」

 

 思わず口調が苦々しくなる。

 己こそ最強と信じて疑わないゼロからすると、他者を強敵と認めるのはあまりいい気分はしない。

 五人ともそのことをよく知っている。

 それでもなお、ゼロが相手を強者と認めた台詞を吐いたことで場に緊迫感が満ちた。

 

「相手はスレイン法国の特殊部隊だ」

 

「ボ、ボス。それって、六色聖典のことか?」

 

 真っ先に声を上げたのは六腕の仲で最も格下のサキュロント。

 それなりに役に立つ男ではあるが、魔法系と戦士系、両方を並列して修めようとしたせいで、戦いとなれば同格どころか、自分より弱い相手にも負けかねない小物だ。

 周辺国家最強の武力を持つ法国。

 それも表に出ないまま、様々な逸話だけを残している特殊部隊六色聖典が相手と聞いて怖じ気付いたというところか。

 そんな反応を示すと分かっていたからこそ、ゼロも今までこのことを口にしなかったのだが。

 

「そうだ。奴らの仲間の中にかつて六色聖典の一人だったものがいるらしく、そいつは既にこの都市から逃げ出したが、そのことを知らない法国の人間が未だこの都市をかぎ回っているそうだ」

 

「まさか法国の連中に、目標は逃げましたよーって伝えるわけにもいかないものねぇ」

 

「ああ。そのせいで儀式に必要な人間の死体を確保することも難しくなったようでな。護衛と死体の確保。両方を解決するため、我々にコンタクトを取ってきたということだ」

 

「ってことは、俺たちは儀式終了までずっと護衛してないといけないのかい?」

 

 マルムヴィストの口調には不満の色が浮かんでいる。如何に上客とはいえ、六腕全員が長期間護衛をしていては、他の仕事に差し障りがあると言いたいようだ。

 

「いや、一時的であれ、六色聖典さえ排除できれば我々全員が残る必要はない。そのためにも先ずは──」

 

 話を続けようとしたゼロの耳に、突如として足音が届いた。

 それ自体はおかしなことではない。

 ここにいるのは自分たちだけではなく、入り口の警備として他の部下たちも連れてきているからだ。

 だがその足音は余りにも異様だった。

 一歩一歩、自分の存在を知らしめるかのように、わざとらしく音を鳴らしている。

 地下神殿であることもあって、その音は大きく響いた。

 自分の部下にこんなふざけた真似をするものは居ない。

 カジットやその弟子も今は儀式とやらの準備で奥に籠もっている。

 つまり近づいてきているのは全く別の第三者。

 

「早速来たか」

 

 部下たちの監視をくぐり抜け、あるいは音もなく打ち倒してここまで迫る実力者となれば、相手は限られている。

 最も可能性が高いのは、やはり六色聖典だろう。

 噂によると六色聖典の中には、一人一人が英雄級の実力を持った部隊も存在していると聞くが、噂には尾ひれが付くもの。

 何より自分ほどではないにしろ、ここにいる者たちも人類の守護者と唄われるアダマンタイト級冒険者と同等の実力を持つ者ばかり。負けることなどあり得ない。

 そう、思っていた。

 

「ここが、終着地点でありんすかぇ?」

 

 彫像品の様に整った顔に、不釣り合いな凄惨な笑みを浮かべた小娘が一人姿を表した。

 たかが小娘と侮ることはできない。

 エドストレームのように、女であろうと強者は存在する。 

 なにより、戦士として相手の強さを見抜く己の知覚能力が、全力で目の前の存在に対して危険信号を発していた。

 出し惜しみはせず、ゼロが瞬時に自分の持つ全ての特殊技術を発動させようとした瞬間。

 

「蹂躙を開始しんす」

 

 口元を裂いたような凄惨な笑みを浮かべ、その女──否、化け物が動いた。

 

 

 ・

 

 

 城塞都市、エ・ランテルの大通り。

 日が落ちかけている時間帯にも関わらず、未だ人通りは多い。

 基本的に夜が人の世界ではないのは、大都市であっても同じはずだが、この都市は余程発展しているのか、大通りには永続光(コンティニュアル・ライト)式の街灯が並んでいる。

 とは言え、夜が近づいたことで女子供は姿を消し、歩いているのは仕事帰りと思われる男がほとんどだ。

 そうした男たちを相手に、最後のひと働きとでも言うように、左右に並んだ露店の店主が客引きを行っている。

 そんな大通りの中をモモンガたち三人が、威風堂々と歩いていた。

 

 モモンガが先頭に立ち、その後ろにナーベラルとソリュシャンが続く、安全が確保されている町中を歩く時の基本的な隊列だ。

 同時に、これもいつも通りだが、特に目立つ行動を取っているわけでもないのに、周囲の視線は自然と三人の下に集まってくる。

 二人の美貌が理由なのは間違いないが、モモンガが着用してる漆黒の全身鎧もこの世界では相当目立つ。

 その二つの相乗効果によって、これほど注目を集めることになるのだ。

 ワーカーに成ってまだ数ヶ月程度だが、新しい町に来る度にこうなのでいい加減慣れた。

 それは二人も同じのようだが、ナーベラルだけは下等生物として見下している人間たちに、じろじろ見られるのが気に入らないらしく、不愉快そうに周囲へ睨みを利かせていた。

 

「にしても、さっきの組合長には笑わせて貰ったな。あたしたちが助力を乞いに来たと勘違いしてやがってよ。依頼の品渡した時の顔ったらなかったぜ」

 

 そんなナーベラルの不満を察知したらしく、ソリュシャンが場の空気を変えるように軽口を叩く。

 

「この都市に居たというアダマンタイト級冒険者でも依頼達成までにはかなり時間を要したらしいからな。依頼をしてからまだ数日、それも仕方あるまい」

 

 本当の依頼人──正確にはその仲介役なのだろうが──であるエ・ランテルの冒険者組合の長は、モモンたちが現れることを事前に予期していたらしく、突然押し掛けても驚いた様子もなく自分の部屋に通して対応した。

 不思議に思ったが、その理由もすぐに分かった。

 組合長はモモンガたちが、薬草採取に必要な人手を借りに来た。つまりモモンガたちだけでは達成不可能なので、冒険者の力を借りたい。そう交渉するために訪れたのだと思ったようだ。

 彼からすればそれも思惑の内、大方受ける代わりに何かこちらに条件を出そうとしていたのだろうが、その前にモモンガたちが依頼の品を持ってきてしまったことで意味が無くなってしまった。

 それを知らされた際の組合長の様子は確かにおかしかった。

 その場でこそ取り繕っては居たものの、モモンガたちが依頼の品を渡して、それが本物であると確認した後は目に見えて動揺し、報酬金を受け取って──一応依頼人は組合とは関係ないことになっているはずなのに、すんなりと渡してくるとは思わなかった──モモンガたちが外に出た瞬間、あり得ないだろ。と全力で叫ぶ声が聞こえたときは、その声の大きさにモモンガ自身が驚いてしまい、誤魔化すのが大変だったほどだ。

 

下等生物(ゾウリムシ)ごときの尺度で、モモンさんを測ろうなどと考えること自体が間違いなのです。あの愚かな男も早晩モモンさんに頭を下げにくるかと」

 

 どこか自慢げに語るナーベラルの様子はいつもより少し幼く見え、その様子に微笑ましさを感じながら一つ頷いたモモンガだったが、ふと、その言葉の中に違和感を覚えた。

 

「そうだな……ん? 頭を下げに?」

 

 何の話だろう。

 今回の依頼はこれで終わりだが、また似たような冒険者組合では対応出来ないような仕事が入った時、漆黒を頼ろうとすると言いたいのだろうか。

 

「はい。組合は私たち漆黒を冒険者として勧誘するつもりなのでしょう。モモンさんもそれを承知で組合がらみのこの仕事を受けたのでは?」

 

「……それ言ったのはあたしなんだが?」

 

「あら。そうだった?」

 

 姉妹のじゃれ合いを後目に、モモンガは内心で頭を抱える。

 

(あー、ソリュシャンが調査の後、改めて依頼を受けるか聞いてきたのはそういうことだったのか!)

 

 ソリュシャンが他国の冒険者組合が絡んでいることを掴んだ後で、わざわざもう一度依頼を受けるかどうか、確認を入れてきたことを思い出した。

 依頼人が誰であろうと関係ないだろうとあっさりとオーケーしたが、今考えるとそれが最終確認だったのだ。

 そもそもワーカーである漆黒に依頼をする以上、幾ら口止めをしたところで情報が洩れるのは止められない。

 

 ならばどうすればいいか。

 簡単な話だ、漆黒をそのまま組合に取り込めばいい。

 ペテルがンフィーレアが持つカルネ村の秘密を守るために合同任務にして守秘義務を発生させようとしたことと同じだ。

 組合長が事前にこちらの動きを予想して、他のチームを同行させようとしていたのも、冒険者に成れるかどうかの確認する意味合いもあったに違いない。

 あそこまでショックを受けていたのは仕事が早く片づいただけではなく、その目論見が失敗に終わったからだったのだ。

 

(……いや、別に問題はない、のか? 突然のことではあるが、これから名声も稼ぐとなればワーカーより冒険者の方が通りが良い)

 

 実際、漆黒の剣の面々もモモンガたちがワーカーだと知ったときは警戒していたようだった。

 竜王国ではともかく、他国では漆黒の名はまだまだ知られていない。

 だがアダマンタイト級ともなれば、人類の守護者と唄われ、他国にも名が知られている冒険者ならばもっと名前を売ることが出来る。

 そうなればドラウディロン以外にも、他国の権力者とも知り合えるのではないだろうか。

 ドラウディロンの名を頭の中で思い出したことで、はたと気がつく。

 

(そう言えばドラウディロンとの契約がある状況で、エ・ランテルの組合に属するのはどうなんだろう。転移があるからいざという時でも駆けつけることはできるが、そもそも掛け持ちして良いものなのか。事前にわかっていればこの辺りのこともちゃんと調べられたのに)

 

 如何に百年の歳月を過ごそうが、こうした部分の成長が見られない自分に腹が立つ。

 こんなことで、ナザリック地下大墳墓や、鈴木悟を見つけることなど──

 

「……モモンさん?」

「モモンさん。如何なさいました?」

 

 ピタリと足を止めたモモンガに後ろを歩いていた二人が追いつき、真横に止まって左右から不思議そうに問いかける。

 その声も、モモンガには届いていなかった。

 いや、正確には聞こえてはいた。

 だからこそ、次の瞬間即座に二人に指示を出すことが出来たのだ。

 

「二人は予定通り、ンフィーレアの店に行け」

 

「モモンさんは?」

 

「私は──少しするべきことが出来た」

 

 モモンガの様子がおかしいことに二人も気づいたのだろう。

 どんな内容であれ、モモンガの命令は全て即座に了承する二人が、戸惑うような様子を見せつつ動かないことに、理不尽と知りながら僅かに苛立ちを覚えモモンガは更に強く命じた。

 

「行け」

 

「……御身の望むままに」

「何あったら直ぐに連絡してくれよな」

 

(二人とも、すまない)

 

 先ほどまでとは異なり、どこか寂しげに寄り添い歩いていく二人の背中に、心の中で詫びを入れる。

 だが、まさかこんなに早いとは思わなかった。

 こんなに早く、それもあちらからコンタクトを取ってくるなど思っても居なかったのだ。

 

『わき道の奥だ』

 

 突如として、頭の中に届いた伝言(メッセージ)の声に導かれるまま、大通りから逸れたわき道に目を向ける。

 既に日が落ちかけていることと、街灯の明かりも届かないわき道ということもあって暗く、闇視(ダークヴィジョン)の特性があるモモンガでなければ確認することはできない暗闇だまりに佇む、一人の男の姿があった。

 モモンガはゆっくりと深呼吸の真似事をしながら、改めてそちらに視線を向けなおす。

 同時にモモンガの視界に映る男が、身につけていたローブを掴み、もぎ取るように手を動かした。

 

「っ!」

 

 瞬間、ローブの下から鎧が姿を現す。

 いや、正確にはローブの下にその鎧を着ていたわけではないはずだ。先ほどまでとは、シルエットそのものが異なっている。

 恐らくはそのローブに速攻着替えのデータクリスタルが埋め込まれていたのだろう。

 そうして現れたあの鎧と兜。

 百年経ってもそれを忘れるはずがない。

 かつてユグドラシルに嫌気が差していたモモンガを救ってくれた大切な友人が身につけていた物。

 ユグドラシルの最終日、鈴木悟が勝手に持ち出してコピーNPCに装備させてしまった、ワールドチャンピオンの証にして神器級を超え、ギルド武器にすら匹敵する純白の鎧、コンプライアンス・ウィズ・ロー。

 それを装備した男がこちらをジッと見つめていた。

 意を決し、モモンガはまっすぐにそちらに向かって歩き出す。

 

「鈴木、悟」

 

 フルネームで口にしたのは何年ぶりか。

 口にすると同時に耳に入ってきたその音は、まるで他人の名のような違和感があった。 




もう少し話が進むかと思いましたが、今後必要な情報などを入れているとなかなか話が進まなくて困ります
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