オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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この話を含めて三話分書き溜めがあるので、誤字脱字のチェックをしながら二、三日ごとに投稿します
それが尽きたら後は一週間に一度の投稿になる予定です


第1話 竜王国の救世主

 さほど広くはないが、豪華な装飾に彩られた部屋の中にただ一つだけ置かれた玉座。

 本来そこに座っているべき人物は、腕を組みながら落ち着きなく部屋の中を歩き回っている。

 彼女こそ、この竜王国を治める女王たる黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)、ドラウディロン・オーリウクルスその人だ。

 一国の君主たる者、もっと落ち着き払って堂々としているべきなのは、本人も理解していたがそれでも止められない。

 あるいはここ最近、作戦に参加する者たちへの激励として、本来の姿ではなく保護欲を唆る──宰相いわく──形態をしていたせいで、精神が外見に引っ張られたのかも知れない。

 

 とはいえ今日は謁見予定者もなく、現在この部屋には自分一人だけなのだから問題ないだろう。

 仮に誰か入って来るにしても、まさか女王の謁見の間に無断で入る者もいない。ノックか何かあるだろうから、それが聞こえるまではこのままで良い。

 自分にそう言い聞かせる。

 そもそもこんな時に落ち着いてなどいられるはずがない。

 何しろ現在竜王国は近隣にあるビーストマンの国から、今までにないほどの大軍を用いた侵攻にさらされているのだから。

 既に三つの都市が落とされた。

 竜王国の軍だけでは手が足りず、冒険者を多数動員することでなんとか押さえているが侵攻軍の勢いは止まらず、先日最後の希望を賭けて、敵の頭を潰すための選抜部隊を結成して、占拠された都市に送り込んだ。

 今はその結果を待っているところだ。

 

「くそ。法国が手を貸してくれれば、もう少しマシな作戦が取れたものを」

 

 思わず口から不満が漏れ出る。

 竜王国はこれまで軍事費の圧迫により国が破綻することを危惧し、国の防衛力を他国に依存して来た。

 その危険性は彼女自身よく理解していたが、他に選択肢が無かったのだ。

 それでも毎年少なくない金額を寄進していたこともあって、法国はそれに応えて、侵攻がある度に竜王国を救う戦力を内密に貸し出してくれていた。

 

 しかし、今回に限って法国からの救援は無かった。

 法国に存在する特殊工作部隊六色聖典。その中でも最強と唄われる漆黒聖典とまではいかずとも、例年貸し出してくれていた、多数の敵を一度に相手取ることに関しては他に類を見ない部隊、陽光聖典さえいれば都市が三つも陥落することも無かっただろうし、今回の選抜部隊による強襲の成功率も上がったはずだ。

 だが、その陽光聖典すらいないことで、今回は自国唯一のアダマンタイト級冒険者と、腕の立つワーカーを中心とした部隊で作戦を立てるしか無くなった。

 

「無い物ねだりをしても仕方ないか。頼むぞ、閃烈」

 

 法国への抗議は後で考えることにして、ドラウディロンは手を重ねて祈りを捧げる。

 人類の守護者と唄われるアダマンタイト級冒険者チーム、クリスタル・ティアのリーダーにして閃烈の二つ名で呼ばれている男、セラブレイト。

 間違いなく竜王国最強の存在である英雄だが、正直ドラウディロンは彼のことが好きではない。

 何しろ彼はその能力こそ確かだが、常日頃から保護欲を刺激するためのこの幼い姿に、はっきりとした欲情を込めた視線を送り、宰相からもロリコンだと断言されている男なのだ。

 しかし、今はそんなことは言っていられない。

 

「もし奴が成功させたのなら──」

 

 人知れず決意を固める。

 以前より、いつかは褒美としてその欲望を満たしてやらなくてはならないと感じていたのだが、この勝算の薄い作戦を成功させたのならば、その時こそ覚悟を決める時だ。

 これこそまさしく、国家の存亡を賭けた重要な作戦だ。その程度の褒美は出さなくてはならない。

 

 そう理解しているがやはり感情は別であり、深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせていると、何の前ぶれもなく扉が開いた。

 

「陛下!」 

 

「ひゃっ!」

 

 驚いて無様な悲鳴を上げてしまった事を誤魔化すように、見慣れた宰相に向け文句を口にする。

 

「ノックをしろ、ノックを!」

 

 憤慨するドラウディロンだったが、汗をかいて肩で呼吸をする宰相の姿に、作戦に関する報告を持ってきたのだと察して、思わず唾を飲んだ。

 作戦開始からは既に二日ほど経っている。

 情報の伝達にはそれほど時間が掛かる──伝言(メッセージ)などは信用性が低いため、他の手段も用いて情報を精査する必要がある──のだ。

 しかし作戦の進行状況によっては、もういつ報告が入ってもおかしくはない状況だったのだが、それを宰相自ら持ってくるとは思わなかった。

 これはよほど重大な報告に違いない。

 もしかしたら、作戦の結果が既に出たのかも知れない。

 そして、隠密行動によって敵陣内部まで移動して強襲するという作戦の性質上、これほど早く達成できるとも思えない。

 となれば──

 

「失敗、したのか?」

 

 早々に潜入が見つかり、ビーストマンの大軍に襲われ、精鋭部隊は全滅した。

 そう考えるのが一番自然だ。

 目の前が真っ暗になりそうな己を律し、ドラウディロンは宰相の呼吸が整うのを待つ。

 失敗したならしたで、急いで次の行動に出なくてはならない。

 次なる策は生き残りを全て首都に集め、相手の兵糧が切れるのを待つか、その間に改めて今度は法国だけではなく、帝国や都市国家連合なども含めた他国に救援を求めるというものだが、その場合、先にこちらの食糧問題の方が悪化することが予想されている下策だ。

 そうなったら、己のみが使える最終手段である、始原の魔法を使用することも考えなくてはならなくなる。

 たった一発放つだけで、百万を超える民の魂を犠牲にしなくてはならないその手段を取ってしまったら、それこそ国の滅亡を後押しする結果になりかねない。

 どちらにしても地獄しか待っていない未来がドラウディロンの脳裏に浮かび上がり──

 

「せ、成功です! 作戦が、成功しました!」

 

 宰相の叫ぶような報告によって掻き消えた。

 

「え?」

 

 思わず間の抜けた声が出る。

 

「複数の部族をまとめていたと思われる敵の本陣に潜入し、ビーストマンの総大将を打ち倒したとのこと。またその際に本陣を守っていた主力部隊も打ち倒したことで、敵の陣営は大混乱に陥りました。占拠されていた三つの都市も全て解放され、残ったビーストマンの軍勢が撤退するのも時間の問題とのことです」

 

「待て待て待て待て! 何故そうなる? 百歩譲って敵の総大将と本陣を落とすまでは良いとして、こんな短期間で占拠された都市の解放とか、絶対無理だろう!?」

 

 如何に人類の守護者と唄われるアダマンタイト級冒険者とはいえ、それぞれ距離があり別部族によって支配されているため、情報の共有もできないはずの三都市全てを、これほどの短期間で解放するなど、それはもはや人間業ではない。

 自分の曾祖父である、真なる竜王クラスの強さと移動速度でもなければ不可能な芸当だ。

 まさか今更曾祖父が力を貸してくれたとも考えられない。

 

「事実です。どうやったかはまだ不明ですが、殆ど同時に三つの都市を制圧、勿論都市に捕らわれていた人質などの犠牲はそれなりに出たようですが、解放されたのは間違いないと。複数の伝達手段によって情報が集まっています」

 

「あのロリコン、そんなに強かったのか。それともこれが欲望の力か」

 

 全身を包み込む歓喜とは別種の寒気が背筋を貫いた。

 覚悟はしていたが、これでセラブレイトは正しく救国の英雄。

 先ほどの予想が現実のものとなることが確定してしまった。

 

「いえ、どうやら作戦を成功させたのは彼ではないようです」

 

「なんだと? しかし、今回の作戦のリーダーはあいつだろう? トドメを刺したのは別ということか?」

 

「……こちらはまだ確定した情報ではないですが、クリスタル・ティアは最初の本陣突入の際に敵の主力部隊の手によって壊滅し、その後の作戦は同行したもう一チームが中心となって動いたそうです」

 

「もう一チームだと?」

 

 竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者チームの壊滅という一大事より、そちらの方が重要だと判断し、ドラウディロンは眉を持ち上げる。

 今回の作戦では秘密裏に動く必要があり、また前線での冒険者たちのまとめ役も必要だったため、クリスタル・ティアの同行者には他の高位冒険者ではなく、ワーカーチームを使ったはずだ。

 

「確か爆炎紅蓮は雇えなかったんだよな?」

 

 竜王国に存在する最強の冒険者チームはクリスタル・ティアだが、ワーカーチームは爆炎紅蓮だ。

 その中でも特に真紅の異名を持つ剣士オプティクスは、セラブレイトにも匹敵する実力者。

 しかし、冒険者と異なり高額な報酬を支払わなくては雇うことができないオプティクスはフルで雇うことができず、今までは危険な任務の際のみ一時的に雇っていたのだが、今回の作戦は事前に断られていた。

 

「はい。危険すぎるのでいくら金を積まれても断ると」

 

「そうだったな」

 

 セラブレイトとオプティクス。竜王国の個としては間違いなくこの二人が最高戦力であり、その二人が揃って初めて僅かな勝機が見いだせることを前提に立てられた作戦だった。

 そのオプティクスを欠いた状況では作戦の成功率も低く、そのためドラウディロンはいざという時でも兵たちに動揺する姿を見せないように、護衛を下げさせて一人で待機していたのだ。

 そして、その代わりを務めたのもワーカーだ。

 竜王国の危機を良い稼ぎ場だと考えたのか、ワーカーであることを差し引いても高額すぎる金額をふっかけてきた金にガメツい者たちだったと聞いた記憶がある。

 しかし、腕が立つことは確かであり、爆炎紅蓮が降りたことで他のワーカーたちが尻込みしている現状では他に選択肢はなく、最悪盾代わりにはなるだろうと考えて契約を結んだ。

 場合によっては、命を大事にして直前で逃げ出す可能性すら考えていたそのチームが、作戦成功の立役者になるとは思いもしなかった。

 だが、そうなったのならば、それ相応の対応を取らなくてはならない。

 ドラウディロンは必死に頭を回転させて考える。

 

「そのチームを急いでもてなし、いや救国の英雄として国を挙げて盛大な出迎えをした方がいいか?」

 

 金のためなら時に法律さえ侵すワーカーを英雄として迎えるのは、国家としてはあまり誉められたことではないが、そうした扱いに慣れていないワーカーだからこそ、気分も良くなるだろう。

 そうして救国の英雄として繋がりを持っていれば、今後も竜王国を拠点として活動してくれるかも知れない。

 クリスタル・ティアが壊滅した現状では、そのチームを何としても竜王国に留めておきたい。

 

「ええ。それが良いでしょう。詳しい情報を集めつつ、準備も同時に進めておきます」

 

「──ところで。今更なんだが、そのワーカーチーム。なんて名前だった?」

 

 先ほどからずっと思い出そうとしていたのだが、どうしても名前が出てこなかった。

 本来為政者として、一度顔を合わせた者や名前を聞いた者を忘れることなど無いはずなので、そもそもまともに聞いていなかったのかも知れない。

 そんなドラウディロンに、宰相は眉を顰め彼女を責めるような冷たい視線を向けた。

 

「し、仕方ないだろう。クリスタル・ティアが本命だったんだから……」

 

「それでは困ります。陛下には彼らがここに戻るまでの間に情報をたたき込んで貰います。もっともまだこの地に来たばかりでさほど情報があるわけではないので、そちらも今から集めますが、とりあえず彼らのチーム名とそれぞれの名前だけは覚えて下さい」

 

「無論だ。女王として一度聞いた名前は忘れぬ」

 

 ドラウディロンの言葉に、どの口が。とでも言いたげに鼻を鳴らしてから、宰相は改めて口を開いた。

 

「チームの名は漆黒、リーダーはモモンと呼ばれる戦士です」

 

 

 ・

  

 

 占拠された都市の城壁に、多数の亜人が群がっている。

 自分たちは陽動の役割もあるため、隠れることなく封鎖された都市の入り口に向かって歩いていると、こちらを発見した物見が慌てた様子で指示を出し、同時に一部の亜人がその場を離れていった。

 特に気にすることなくそのまま進み、頑丈そうな門の正面に立つと、いつの間にか城壁の上に離れていた亜人が戻っており、その手にはやせ細った人間の子供が捕らえられていた。

 この場から離れなければ人質を殺す。こちらに向けてそう喚いている亜人はビーストマン。

 二足歩行のライオンや虎に似た種族であり、成人すれば人間の十倍の力を持ち、肉食であることも合わせて弱小種族である人間にとっては天敵とも呼べる種族だった。

 こうして人間の子供を人質に取るあたり、人間の生態にも詳しそうだ。

 

「本陣を攻めていたアイツらは、どうなった?」

 

「……連絡が途絶えたそうです。如何なさいますか?」

 

「人類の英雄といってもそんなものか、まあ仕方ない。ならば後はこちらの判断で動こう」

 

 鼻を鳴らすような真似をしつつも、正直ほっとした。

 これで動きやすくなり、ついでに功績も独り占めできる。

 今後の作戦もやりやすくなったと考えるべきだ。

 

「何をごちゃごちゃと言っている! さっさと下がれ!」

 

 ビーストマンの咆哮が響きわたり、漆黒の鎧に身を包んだモモンガは思考を中断して、今度はため息の真似事をする。

 

「たった二人を相手に随分と慎重なことだな」

 

 さほど大きな声を出したつもりもなかったが、ビーストマンはその声に反応する。

 腕力だけではなく聴力も人間以上なのだろう。

 

「ふざけるな! 聞いているぞ。お前たちが奇妙な魔法を使って近くの収容所を襲撃したとな。だがこうされては手も足も出まい?」

 

 人間はこの手の手段に弱いからな。とビーストマンが続けて叫ぶ。

 今まで前線に出ていたのは国の軍隊だ。国属の兵士なら確かに国民の、それも子供が人質に取られたのならば、躊躇したかもしれない。

 しかし、その脅しは彼らにとっては全く無意味な物だった。

 

「とりあえず私が門を突破する。奴らが失敗したということは、内側のビーストマンは既に戦闘態勢に入っているだろうからお前は魔法で蹴散らせ」

 

 ビーストマンを無視して、隣に立つナーベラルに今後の作戦を伝える。

 先ほどの件からして、この会話も聞かれているだろうが、聞かれたところで問題はない。

 

「承知いたしました。捕らわれた下等生物(ヤブカ)どもは如何致しますか?」

 

 確認を取るナーベラルに対し、モモンガは改めてビーストマンに目を向けてから小さく鼻を鳴らし、背中に差した巨大なグレートソードの柄を握りしめる。

 

「お、おい! 待て、聞いているのか。こいつを殺──」

 

 人質を抱いたビーストマンがさらに大きな声で喚き出したが、これ以上聞く必要はない。

 背中に回ったナーベラルが剣から鞘を抜き取った後、剣を構えたモモンガは狙いを定め、その大きさに見合う質量を持ったグレートソードを人外の膂力を以て投げつける。

 恐るべき速度で放たれた剣は、狙い通りの場所に命中した。

 いくらビーストマンが人間の十倍の力を持っていようと、この威力の剣を受け止めることなど出来るはずもない。

 ビーストマンは最後まで言葉を言い切ることなく、モモンガが投げつけた剣によって腹を突かれ絶命した。当然、盾として抱き抱えていた人質もろともだ。

 貫いた剣はそれでも止まることなく、基地内に消えていく。

 

「関係ない。それは依頼の内には入っていないからな」

 

 ナーベラルと、そして既に死んでしまったがビーストマンの両方に対して答える。

 実力だけではなく、振る舞いや名声によって等級が決まる冒険者ならばそれなりの対応が必要になるが、自分たちは冒険者として登録していないワーカーだ。人質の生死を気にする必要はない。何よりそんなことをしては中にいる他のビーストマンたちに人質が有効だと示すことになり、任務達成の難易度が上がってしまう。

 安全を第一に考えなくてはならない今、それは困るのだ。

 

「承知いたしました。モモンガ様」

 

「……ナーベ、モモンだ」

 

 この仕事を始めて数ヶ月経っているが、呼び方に関してはもう何度訂正したか覚えていない。

 今のところ人前で口にしたことは無いから、あまり煩く言いたくはないが、危険性を考えるとその呼び方を許すわけにもいかない。

 

「も、申し訳ございません。モモンさ──ん」

 

 名前を訂正した直後、今度は様と呼びかけて、無理やりさん付けに戻すナーベラル。二度続けて失敗したことで、叱られた子供のように身を竦める彼女に、モモンガは気まずさを覚える。

 

(まあ、いきなり名前と態度を変えろっていうのも無理な話か。何しろ百年間もそのままだったしな。うーむ。何かいい方法は無いだろうか……)

 

 そこまで考えてから、余計なことを考えていることに気づき、モモンガは心の中で慌てて首を振って、気を取り直す。

 それに関しては後で考えよう。今は作戦に集中するべきだ。

 

「行くぞ」

 

「はっ!」

 

 新たに上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)の魔法で剣を造りだし、今度は門に向かって投げつけて戦闘開始の合図とする。

 同時にナーベラルが門に近づいていき、モモンガは討ち漏らしを狙うべく、その後に付いて走り出した。

 

 

「──こんなものか。少し慎重になりすぎていたな」

 

 数多のビーストマンの死体の山を前に、モモンガは小さく鼻を鳴らす。

 どのビーストマンもレベルで言えば十程度、本陣に居た強い個体でも二十程度の者しかいなかった。

 そのため途中から戦いではなく、狩りに近いものになっていた。

 この程度の相手に作戦を立て、一日の回数制限があるアンデッド作成の特殊技術(スキル)を使用した上、透明化まで掛けて伏兵を配置するという、慎重な方法を採る必要はなかったかも知れない。

 そう考えてからモモンガは直ぐにいや、と頭を振って否定する。安全第一と言ったのは自分ではないか。

 

(この世界のモンスターは個体ごとに強さにばらつきがある、それに俺の知らない魔法や武技もあるんだ。慎重に行動するに越したことはない。何しろこっちには復活手段が無いんだからな)

 

 この世界にも復活魔法が存在するのは知っているが──第五位階の死者復活(レイズデッド)すらかなり高位魔法扱いらしいが──彼女たちは普通の生物ではなく、NPCだ。

 ユグドラシルでは死亡した拠点NPCは魔法ではなくユグドラシル金貨を用いて、拠点でのみ復活させることが出来る。

 この世界ではそのルールが変更されて、普通に魔法で復活出来るかも知れないが、当然ながら実験出来ることではないため、その時がくるまで分からない。

 だからこそ、モモンガは慎重に慎重を重ねて行動する。

 

(むしろ、ワーカーになる前にもっと情報を集めておくべきだったか。戦いは始まる前に終わっている、ですよね。ぷにっと萌えさん)

 

 遙か昔、自分の過ごしてきた時間から考えれば、彼らと過ごした時間はほんの僅かな間でしかない。けれどそれ以降一人として友人を作らなかった自分からすれば、ギルドメンバーたちは今でも大切な友である。

 その中の一人が自分に教えてくれた言葉を思い出した。

 行動を起こした決断に今更後悔はないが、だからこそどんな場合でも慎重に、安全を重視しなくてはならないのだ。

 

「モモンさん。確認は終わったぜ。殆どのビーストマンは戦うこともなく逃げ出したみたいだな。ついでに生き残った奴らを集めといたけど、どうする?」

 

 唐突にモモンガの背後に突然声が掛かる。

 振り返ると声は綺麗だが粗暴な口調の女が、後ろに集められた人間たちを指しながら近づいていた。

 動きやすそうな軽装と長い金色の髪をひとまとめにしたポニーテイル。普段と異なる髪型と覇気を感じない気だるげな態度も合わさり、正体を知っているモモンガですら一瞬戸惑ってしまうほどだ。

 

「ソリュ──ソーイ。モモンさんに対してその口の利き方は無いでしょう」

 

「あん? 生まれつきの性格なんてそうそう変えられるかよ。モモンさんだって気にすること無いって言ってただろうが」

 

 不満げに眉を持ち上げて話す様は、とても演技には見えない。

 

(やはり、ソリュシャンは優秀だな)

 

 とはいえ、これは彼女自身の生まれ持った優秀さだけではなく、経験と努力の成果としてみるべきだ。

 モモンガの護衛として常に傍に付いているナーベラルと異なり、情報収集や依頼人との交渉も含めて複数の人間と接することのあるソリュシャンの方が演技が上手くなるのはある意味当然である。

 そして彼女たちにとって、そうして人間に擬態して演技することそのものがどれほど苦痛になっているかも、分かっている。

 それでも彼女たちは不平不満を漏らすこともなく、モモンガの指示に従って行動してくれている。

 それは単純に、二人がモモンガのことを絶対的支配者だと認識していることもあるが、モモンガはそれだけではないことも知っていた。

 

(早く見つけてやらないとな)

 

 じゃれ合いのような言い争いを続ける二人を前に、モモンガは兜の中で眼光を細める。

 僅かとはいえ死の危険もあるこの仕事を始めようとモモンガが決断したのは、この二人の願いを叶えてやるためなのだから。

 

「あ、アンタたち──」

 

 震えた声に反応し二人がピタリと喧嘩を止めて声の方を向き、さりげなくモモンガを守るように移動する。

 こちらを窺っていた生き残りの人間の代表といったところだろう。

 

「冒険者、なのか?」

 

 ソリュシャンはまだ詳しい説明をしていないらしく、恐る恐ると言った様子で話しかけてくる中年男に、モモンガは一歩前に出ると首を横に振った。

 

「いや。私たちは冒険者ではなくワーカーだ」

 

 そう告げた途端、中年男と後ろの生き残りも緊張したように身を固くする。

 

(なにをそんなに)

 

「で、では報酬は……」

 

 震える声で言われてようやく理解する。

 冒険者と異なりワーカーは依頼額も高く、なにより組合などに属していないため、ルールなども存在せず、粗暴で横柄な態度を取る者も多い。

 例え命を救ってくれた恩人だとしても──人質を無視したやり口なども併せて──モモンガたちもそうしたならず者のワーカーにしか見えず、いったいどれだけの報酬を取られるか分かったものではないと考えたのだろう。

 加えて住民たちはモモンガたちの実力の一端を目にしている以上、反発することもできず、どれほどの報酬でも言われるがまま従わなくてはならない。

 そう考えているに違いない。

 

「安心しろよ。本来なら全財産毟り取ってやるところだが、今のあたしらは国に雇われてる。ここで下手なことすると、契約違反でそっちが無くなるからな。お前らからは取らねえよ」

 

 モモンガの代わりに、交渉役のソリュシャンが応える。

 

「あ、ありがとうございます。皆様は命の恩人です。皆を代表してお礼を申し上げます!」

 

 国に雇われたと聞いて、露骨に安堵する表情を隠すように中年男は深々と頭を下げた。

 それを目端で捉えたまま、モモンガは視線をちらりと奥の人だかりへと向ける。

 そこには頭を下げる代表者同様、こちらに感謝と生き残れたことへの安堵を示す者がほとんどだったが、中には剣呑な視線を向けてくる者も居た。

 きっと犠牲になった人質か、あるいは今日までの間にビーストマンに殺された者の家族だろう。

 要するに、何故もっと早く助けにこなかったのか。それだけの力がありながら、何故人質を見殺しにしたのか。

 そう言いたいのだ。

 

(そうしなければもっと多くの被害が出た。と説明しても無駄だろうな。これから先、名声を集める場合は、その辺りにも気を配る必要があるな)

 

 今回は依頼の達成と安全第一ということで、多少被害が出ると分かった上で効率的な方法を選んだが、広く情報を集める為には名声も必要になるかも知れない。

 今後はその辺りも考えることにしよう。

 

「お気になさらず。これも仕事です。顔を上げてください」

 

 未だ頭を下げ続ける男に目を戻し、モモンガは今更ながら、なるべく穏やかでそれで居て威厳を込めた話し方に切り替え、男に声を掛けた。

 突然の行動に、ナーベラルとソリュシャンが驚いているような気配を感じたが、今は気づかない振りをする。

 

 絶対的支配者であるモモンガが、人間相手に下手に出たことを驚いているのだろうが関係ない。

 自分たちの目的であるナザリック地下大墳墓。そしてそこに居るであろう他のNPCを探す為ならば、モモンガはどんなことでもすると誓ったのだから。




時系列としてはドラウディロンの話が後になります
モモンさんたちが一つ目の都市開放後、転移で移動してもう伏兵として隠す必要もないだろうとデスナイトやソウルイーターも使ってさっさと他の二都市も開放して回りましたが、情報の精査や伝達に時間が掛かり、全てが終わってからドラウディロンの元に届いたので、彼女が驚いている時には既にモモンさんたちは仕事を終えて一休みしています
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