地下神殿内に居た雑魚の掃除を終え、この場にいた者たちを情報収集やアンデッド作成の素体として使用するため、生死を問わず全員ナザリックに送り込んでから、シャルティアは当面自分たちの拠点となる場所をぐるりと見回した。
奇怪なタペストリーが垂れ下がり、その下には血の練り込まれた真っ赤な蝋燭が幾本も並べられ、壁にはいくつも穴が空き、その奥からはアンデッド特有の死臭が漂っている。
自分の守護階層である墳墓にもこうした意匠の部屋は存在するが、装飾品や雰囲気、その場に満ちる死の気配。どれをとってもまるで比べものにならない、いや比べることすら烏滸がましいほどの稚拙さだ。
「しょせんは下等な人間どもでありんすねぇ」
思わずため息が漏れる。
それはこうした建物や装飾品などだけではない、先ほどの雑魚もそうだ。
この世界に来てそれなりの時間が経っているが、強さに於いて多少なりともまともだったのは、最初に戦った法国の特殊部隊である漆黒聖典とかいう部隊の者だけであり、それも完全武装したシャルティアと僅かな時間、戦いの真似事ができるレベルの力しかなかった。
ここを守っていた者たちも本人の弁が確かならば人間の中では最強に近いレベルの者たちらしいが、全員シャルティアと戦うどころか小指一本で倒せる程度。
なにより笑えるのはそいつ等に守られ、この場で儀式を行おうとしていた
数年掛かりで準備を進めていたというその儀式が、万が一にも主に危害が及ぶものであってはならないと
この世界に於いてアンデッドは自然に発生する。
そうして生まれたアンデッドが集まる場所には負の力が溜まり、より強力なアンデッドが生まれる。
それを繰り返してより強大なアンデッドを生み出し続け、都市そのものに死の力を蔓延させるのが、ここにいた者たちの計画だったらしい。
ここまではまだ良い。
最終的にどの程度のレベルのアンデッドが発生するかは知らないが、うまく行けば主の役に立つアンデッドも生まれるかもしれない。
だが、その儀式を行う真なる目的を聞いてシャルティアは思わず笑ってしまった。
何しろ、そうまでして集めた死の力を使い自らが不死者、つまりはアンデッドになることが目的だというのだから、力の無駄遣いにもほどがある。
「最終的にアンデッドには成れるわけでありんすから、感謝して欲しいわぇ」
手下とともにナザリックに送り、既にここにはいない男に対して告げる。
その声に反応したわけではないだろうが、雑用を命じていた悪魔が奥からシャルティアの居る広間に戻ってきた。
「シャルティア様。こちらの準備は整いました」
その悪魔には見覚えがある。
重要なのは、この魔将が今回の作戦の前線指揮を執ることになったことだ。
これは初めから作戦に組み込まれていた訳ではなく、急遽決まった。
シャルティアは作戦には直接参加しない。仮に魔将の手に負えない強者が現れた場合でもシャルティアが直接戦うことはせず、情報収集をした後はナザリックへの撤退を優先するように言われている。
つまりこの後のシャルティアの役割は、基本的には後方に待機して作戦の成功を見守るだけだ。
だとすれば、主への挨拶の時間を犠牲にしてまで、デミウルゴスに無理矢理たたき込まれたあの作戦会議は何だったのかと言いたくなる。
「ん。ならさっさと動きなんし。わらわは一つ仕事を片づけた後は、ゆ・う・げ・きとして遊んでいんす」
そうした憤りが、そのデミウルゴスの配下である魔将に向けられる。
シャルティアの嫌みを受けた魔将は、何と言っていいのか分からないとばかりに身を縮ませた。
レベルが八十台ならばナザリック内全てのシモベたちの中でもそれなりに上位に位置する強さを持つが、ナザリックに於ける序列は強さではなくその出自に由来する。
至高の御方々に直接創造された者とそうでない者だ。
同じ種族が複数いる魔将たちは当然後者、傭兵モンスターとしてユグドラシル金貨を用いて召喚された存在であるため、その地位はレベル一の一般メイドたちよりも下となる。
そんな魔将にとって、生まれや役職のみならず、強さに於いても己の遙か上をいくシャルティアを不快にさせたとあっては──直属の上司であるデミウルゴスの命だったとしても──生きた心地がしないといったところだろう。
そうして怯える様は厳つい外見には似合わないが、そのギャップも併せて元から嗜虐心の強いシャルティアの琴線に触れ、多少気分は良くなった。
「まあ。考えてみれば、知性も無い低級のアンデッドごときにいちいち細かな指示を出すなど、わたしにふさわしい仕事ではありんせんぇ」
「そ、その通りでございます。このような雑事は、階層守護者で有らせられるシャルティア様には似合いません」
震えた声で露骨な媚びを売る魔将の言葉に、シャルティアはさらに気分良く頷いた後、ふいにデミウルゴスから一つ釘を刺しておくように言われていたことを思い出した。
「ただ──」
「は、はっ! なんでしょうか?」
「分かっていると思いんすが、此度の作戦はおんしの上司であるデミウルゴスが作戦内容を考えて、このわたしが実行役に選ばれんした。つまり、作戦の失敗はわたしたち二人の顔に泥を塗ることになりんすぇ。くれぐれも注意しなんし」
にっこりと笑顔で釘を刺すと、魔将は先ほど以上にブルリと体を震わせながら必死に頷いた。
背中に生えた炎の翼もその震えに併せるかのように揺らめいており、その滑稽さを見て、シャルティアはようやく完全に溜飲を下げることができた。
「さあ。できるだけ派手に、凄惨に、この都市を地獄に変えて行きんしょう」
後は仕事を完璧に遂行し、愛しい主に誉めて貰うだけだ。
「〈
パンと手を叩き、シャルティアは作戦に必要な配下をナザリックから呼び出すため
・
全身に纏わりつく不愉快な人間どもの視線にも、今は気を払っている余裕はない。
それは隣を歩くソリュシャンも同じはずだ。
その証拠に、どちらかが提案したわけでもないのに、二人の歩みは主が命じた薬師の店がある方角に足を進めつつも、最短距離を通るのではなく人気の無い裏路地に向かっていた。
やがて周囲に人間が一人もいないことを確認して、二人は示し合わせたように足を止めた。
「さっきのモモンさん。変だったよな?」
こちらに視線を向けることなく呟くソリュシャンに、ナーベラルも同意する。
「ええ。あんなモモンさん、見たことがないわ」
ナザリック地下大墳墓に居たころから合わせると既に百年以上の歳月、主に仕えてきたがあんな様子は初めて見た。
怒りや苛立ちだけならばまだ分かる。
この百年、主は他者との接触を嫌い、人里離れた場所に建てた館で生活していたが、それでも完全に周囲との関係は切ることはできず──主はともかく、ナーベラルとソリュシャンは食事が必要である以上、食料の入手先を用意しておく必要があった──時折勘違いした人間どもや、人間では近づけない場所に建つ館に偶然訪れた亜人などが、主の偉大さや自分たちの美貌に目を眩ませ、強引にすり寄ってくることがあった。
基本的に慈悲深い主だが、そうした者たちに対しては明らかに不快感を滲ませ、怒りを露わにした。
それらに関しては、自分やソリュシャンが適切な処理を行い、大抵はソリュシャンの玩具兼食事になるのだが、そうした際の主の怒りは見ているこちらも少々臆してしまうほどだった。
そして今回、そうした感情が自分たちに向けられた。
こんなことは初めてだったため、知らないうちに何か主の不評を買ってしまったのではないかと思い、恐怖を感じた。
だが、こうして時間を置いて落ち着いて思い返してみると、あれは怒りだけではない。
「……そうだな。あんなモモンさんは、初めてだ」
ソリュシャンもまた一言一言噛みしめるように告げてから、ようやく視線を動かしこちらを見つめる。
その目を見て、ソリュシャンも自分と同じことを思っているのだと理解した。
同じく三女として創造された姉妹同士、口にしなくとも通じるものがある。
(いつも威厳に満ちたモモンガ様が、あんな、逃げ出したい子供のような)
至高の存在である主に対し、失礼なことを考えている自覚はある。
だからこそ、迂闊に口には出せないが、ナーベラルにはそう感じられたのだ。
ほんの一瞬のことであり、その後主は意を決したような態度を見せて、自分たち二人を遠ざけた。
これも珍しいことではない。
先の森の賢王に会うときもそうだったが、主は僅かでも危険がある場合、自分たちを遠ざけようとする傾向があった。
ソリュシャンはそれを子供扱いと称している。
至高の存在に創造されたとは言え、隔絶した立場の違いが存在する自分たちを子供として扱って頂ける。
本来それは名誉なことではあるのだが、主の守護が何より重要な任務であるプレアデスにとっては本末転倒な話だ。
それに、本当は子供としてではなく──
(っ! 私はいったい何を。今はそんなことより)
思考が別の方向に行きかけていることに気づき、ナーベラルはそれを振り切るように、勢いよく後ろを振り返る。
あの主が逃げ出しそうになるほどの何かが、あそこにはあったはずだ。
最終的に主はそれと向き合う選択をした。
ならば、主のシモベとして例え役に立たなくても、自分もそこに居たい。
そう思った。
振り返った先には、今まで通ってきた道があるだけだが、ナーベラルにとっては違う。
この道を戻るということは、主の命令に逆らうことになる。
あれほど強く命じられた上、自分の実力では役に立てないかも知れない。
何か考えがあるわけでもない。ただ傍にいたいだけだ。
これではそれこそ子供のワガママでしかない。
「行くのか?」
「……ええ」
一瞬考えた後、強く頷くと、訝しげに眉を持ち上げていたソリュシャンの目が鋭くなった。
「あの御方は命令と仰ったのよ?」
目つきとともに話し方と声も変化する。
ワーカーチーム漆黒のソーイではなく、主に忠義を尽くす戦闘メイド、プレアデスのソリュシャン・イプシロンとして確認を取っているのだ。
主が命じた以上はどんな内容であれ、それに従わなくてはならない。
それは分かっている。
だが、しかし──
「それでも、よ。たとえ後で罰せられるとしても今はあの方の傍にいるわ」
プレアデスの一人としては間違っているかも知れないが、この百年の間ナーベラルは、至高の四十一人全員に忠義を尽くすプレアデスの一人としてだけではなく、主にのみ尽くすメイドとして生きてきた。
その主の危機に傍にいないなど、メイドとしての矜持が許さない。
例え力不足でも、主の命に逆らってでもだ。
(それを止めるのなら、ソリュシャンでも……)
こちらを観察するようにじっと見つめていたソリュシャンだったが、じきに口元に笑みを浮かべる。
「それは私も同じよ」
「え?」
思わず呆気に取られた。
ソリュシャンはどんな仕事であれ、主の命を忠実にそして完璧にこなしている。
メイドとしての技量は同等だとしても、それ以外に関してはソリュシャンの方が優秀だ。
主に対して敬語を排して接する演技や、下等で下賤な人間とも──少なくとも表面上は──打ち解けて情報収集を行うなど、ナーベラルでは頭では分かっていてもどうしてもできないことを、さらりとやってのける。
そんなソリュシャンが主の命を無視して、感情のまま動こうとしているのだ。
驚かない方が無理がある。
しかし、ソリュシャンは苦笑とともに続けた。
「なんて顔をしているのよ。戻りましょうナーベラル。私たちの主の下へ」
周囲に人の気配がないとは言え、ナーベではなくナーベラルと呼んだことで、彼女は自分の立場を明確にしたのだ。
ソリュシャンもまた、ナーベラル同様メイドとして今の主を放ってはおくことはできない、と。
ならば、やることは一つだ。
「ええ。行きましょうソリュシャン」
ナーベラルもまた同じようにソリュシャンの名前を呼び、二人同時にもと来た道を戻り始めた。
・
無言の案内に従って、路地の奥へと進む。
やがて二人はやや開けた場所に出た。
周囲に人影はなく、ここなら落ち着いて話ができそうだ。
相手もそう考えたのだろう。
足を止めて、モモンガに振り返った。
目の前に立ち、向かい合ってもまだ現実感がない。
百年ぶりに見た純白の鎧に身を包んだ騎士は、何も言わずただじっとこちらを見ている。
互いに探りを入れるように、どちらも口を開かずにいるが、いつまでもこのままというわけにはいかない。
覚悟を決めて声をかけようとした矢先、それを見抜いたかのように、向こうから口火を切った。
「信じてくれて良かった」
その声を聞いて僅かに疑問を覚える。
(俺の声はこんなだったか? それとも口唇蟲辺りで声を変えているのか?)
普段自分が聞いている声と、実際周囲に発している声が違って聞こえるのは良く聞く話だ。かつてモモンガも録音した声を聴いた際、その違いに驚いた覚えがある。
しかし、現実世界と異なり声を録音する手段が存在しないこの世界では、自分の声を聞くのは難しい。
ナザリックにあるマジックアイテムや、いくつかの魔法を組み合わせれば録画や録音をすることもできるが、そもそもそんなことをする意味も機会もなかったため、百年前に聞いた自分本来の声などもはや覚えていない。
「しかし驚いた。こんなところで再会するとはな。黄金の輝き亭、だったか? 都市一番の高級宿を借りるとは。随分儲けているようだな」
黄金の輝き亭とは、ンフィーレアから聞いたこの都市で一番の宿の名前だ。
ンフィーレアや漆黒の剣と共にいるところを冒険者組合に知られるわけにはいかなかったため、エ・ランテルに戻る時間をずらすことにしたのだが、モモンガたちが先に着いたため部屋を取って時間を潰していたのだ。
「何故それを……」
いったいいつから監視されていたのかとモモンガが問う前に、自分から答えを口にした。
「俺もその宿を取ろうとしたんだが、あの時点では鉢合わせるわけにはいかなかったからな。おかげでこっちはもっとランクが下の宿を取るはめになったよ」
場の空気を変えようとしたのか明らかな軽口を叩くが、モモンガが反応せずにいると、騎士は小さく肩を竦めて続ける。
「早速だが、お前のことはモモンガと鈴木悟。どちらで呼べばいいんだ?」
その台詞を聞いて、ようやく確信した。
自ら鈴木悟の名前を出した以上、この騎士がハムスケが言っていた百年前にカルネ村に現れたサトルを名乗る人物で間違いない。
そして、自分が捜し求めていた相手でもある。
「悟はそっちが使っているのだろう? 俺はモモンガ、この姿の時はモモンと名乗っている」
動揺を隠すようにモモンガは一つ鼻を鳴らす真似事をして、自分が既に情報を得ていると知らせてみせるが、悟は動揺した様子も見せずに頷いた。
「では、ここではモモンと呼ぼう」
「そっちは悟でいいのか?」
「それで良い」
互いの呼び名を決めあったところで、再び沈黙が流れた。
聞きたいことはいくらでもあったはずだ。
一体いつからこの世界にいるのか。これまでどうしていたのか。他のNPCは一緒ではないのか。
頭の中でグルグルと回る疑問をどれから聞いたものかと考えていると、再び悟が沈黙を破った。
「一緒にいたのは、戦闘メイドの……なんて名前だったかな」
何気なく告げられた言葉に思考が止まり、代わりに怒りが湧き上がる。
百年以上、普通の人間であれば一生以上の永きに渡って自分に、いやアインズ・ウール・ゴウンという組織に忠誠を尽くしてくれている二人の名前すら忘れたことに対する怒りだ。
だが、それもアンデッド特有の精神抑制によって直ぐに収まる。
「ソリュシャン・イプシロンとナーベラル・ガンマだ」
精神鎮圧で落ち着きはしたが、それでもまだ声に怒りが籠もっているのが自分でもよく分かった。
悟にもそれは伝わっただろうに、特に気にした様子も見せない。
「ああ。そうだったそうだった。金髪の方がソリュシャンで黒髪がナーベラルだったな。転移する前に全員分覚えたはずだが、流石に二百年も経つと忘れてしまうな。話し相手でもいればともかく、俺はお前たちと違って一人でこの世界に転移したからな」
一人で転移したという点も気になったが、それ以上に気になることがあった。
「二百年? じゃあお前は俺より百年も前、前々回の揺り返しでこの世界に来ていたのか」
揺り返しが百年単位なのは聞いていたが、同じナザリック地下大墳墓内にいたはずの自分たちと悟で転移時期が異なるのは大きな発見だ。
今回、あるいは今後の揺り返しでナザリックの者たちが転移してくる可能性があるからだ。
「ほう。揺り返しについても知っているのか。評議国では無いだろうから、この辺りだと法国か、竜王国ぐらいしか知らないはずだがな」
モモンガの言葉に、悟は初めて感心したような気配を見せる。
情報源である竜王国の名を挙げられて思わず動揺しかけるが、百年掛けて身につけた何事にも動じない支配者の演技でそれを誤魔化した。
「しかし、知っているなら話は早い。今俺は今回の揺り返しによって現れた存在について調べている。モモン、お前は何か知っているか?」
「待て! そちらの都合ばかりで話を進めるな! 俺もお前に聞きたいことが山ほどある」
「それは分かるが時間がないのはお前も同じはずだ。今はあの二人に俺を会わせるわけにはいかないだろ?」
「ぐっ、それは」
痛いところを突かれた。
ここにいる悟はほぼ間違いなく、勇者パーティーの一つとして作られたコピーNPCの方だろう。
たっち・みーの鎧がその証拠だ。
あの鎧は鈴木悟が最終日に誰も来てくれなかったことへの意趣返しとして、コピーNPCに装備させた物であり、ワールドチャンピオンの証であるあの鎧はこの世に二つと存在しない。
それを本物が装備しているはずもないので、必然的に自分と同じコピーNPCということになる。
(だが、こいつの考えが分からない。俺と同じようにナザリックの関係者を探している訳ではないのか?)
揺り返しについて調べているとは言っていたが、それがナザリック捜索の為なのか、それとも別の理由で探しているのか。
自分と同じ記憶と人格を持っているとは言っても、相手は自分より更に百年長く生きている──アンデッドが生きたとはおかしな話だが──ため、人生経験はあちらが上だ。
二人の名前すら忘れていることも加味しても、考え方や性格が変わっていても不思議はない以上、バカ正直にすべてを話すのは悪手だ。
「……今ある人物に頼んで調べてもらっているが、まだ何の情報も掴んではいない」
一応情報源であるドラウディロンのことは伏せておく。
これ以上のことは悟の対応をみてから決めるしかない。
「なるほどなるほど。ではナザリック地下大墳墓も見つかっては居ないのだな?」
「っ! やはり拠点ごとこの世界に来ることもあり得るのか?」
揺り返しによって、プレイヤーがこの世界に転移するのは間違いないが、拠点に関しては様々な文献や情報を見ても確証が得られなかった。
南方にある浮遊都市などは、ギルド拠点である可能性が高いと思うのだが、プレイヤーが時間を掛けて、魔法やマジックアイテムを駆使すれば、そうした拠点をこの世界に造ることも不可能ではないからだ。
「そうだ。ナザリック地下大墳墓は確認されていないが、世界中にはいくつかそうしたギルドの拠点が存在する。南方にある浮遊都市に至っては内部にNPCが残っているのも確実だ」
ちょうど思い浮かべていた浮遊都市のことを耳にして、モモンガは存在しない心臓が飛び跳ねたような驚きを覚えた。
同時に一筋の光明が見えた気分だ。
拠点そのものがこの世界に来ることがあるのならば、ナザリック地下大墳墓が転移してきても不思議はない。
いや、時間差こそあれ、悟と自分たちが来ているのだからナザリックも転移する条件を満たしている可能性は高い。
そしてもう一つ。
「お前もナザリックを探していたんだな」
これを確認できたのは大きい。
「ん? ああ、俺は……」
何か言おうとした悟が、不意に顔をモモンガの背後、つまりここまで歩いてきた道の奥に顔を向ける。
一体何を。と思ったが、その理由は直ぐに分かった。
この百年何度も聞いてきた足音を、モモンガが聞き間違うはずがない。
しかし、驚きだ。
彼女たちはこれまで一度としてモモンガの命令に背くことはなかった。
進言や疑問を述べることはあったが、少なくとも命令だと言った後ならば、黙って従っていたはずだ。
それが何故、それも今このときなのか。
思わず舌打ちをしそうになるモモンガを他所に、どこか面白そうに悟が笑った。
「命令違反とは。どうやらNPCも成長するらしいな」
「モモンさん!」
一応ワーカーとしての体裁は保ちつつ、路地裏の広場に飛び込んできたのは案の定、ナーベラルとソリュシャンの二人。
彼女たちは自分と悟の間に割り込むように移動すると、悟に対して武器を構えた。
「お前たち!」
「ご命令に背いたことは後ほど、この命を以て償います。ですが、今は──え?」
モモンガの言葉を遮るという、これもまた彼女たちらしからぬ行動を採ってから、視線を前方、つまり悟に戻した瞬間、二人は絶句した。
「……たっち・みー、様?」
常にワーカーとしての完璧な演技を貫いていたソリュシャンの仮面が崩れ、明らかにソーイではなくソリュシャンとして相手の名を呼んだことで今更ながら気づいた。
あの鎧は本来たっち・みーの装備品なのだ。
それをコピーNPCに持たせたのは本物の悟のお遊びのせいだが、転移前の記憶もあるモモンガと異なり、二人は転移前、つまりユクドラシル時代の記憶は朧気にしか記憶していない。
ならば二人がこの鎧を見て、たっち・みーの方を連想するのは当たり前だ。
(そうか。そうなるよな。あー、クソ! どうする? このままたっちさんだと思わせるか? いや、しかし)
ナザリック地下大墳墓がこの世界に転移している、あるいはこれからする可能性があると知ったばかりなのだ。
今後は、そのときのことも考えながら行動しなくてはならない。
どうする。どうする。と頭の中で唱える度に振り切れた精神が鎮圧するが、何度繰り返しても建設的な意見は出てこない。
「そうか。そうなるのか……」
知らず知らず、自分が思っていたことを口に出したのだと思ったが、そうではなかった。
それを口にしたのは悟の方だ。
流石は自分と同じ記憶を持っているコピーというべきか、悟もモモンガと同じ思考に行き当たったらしい。
しかし、何も考えつかないモモンガと異なり、悟の動きは速かった。未だ呆然としている二人に向かって、後一歩前に出た。
「残念ながら俺はたっちさんではない」
チラリとモモンガを窺ってから口火を切る悟に、モモンガは慌てる。
(おいおい、なにを言い出すんだこいつは)
今の合図はモモンガに話を合わせろと告げるための物だろう。
まだなんのすり合わせもできていないのに、このまま話を進めていいのだろうか。
ここは一度混乱している二人に再度、今度は本気で命令してこの場を離れさせ、話し合う方がいいのではないか。
そんなモモンガの思考を余所に悟は続けた。
「俺の名はサトル。アインズ・ウール・ゴウンの正式なメンバーではないが、たっちさんも含めた皆と面識もある……そう、言うなれば四十二人目のギルドメンバーだ!」
「四十……」
「二人目?」
ソリュシャンとナーベラルが息ぴったりに言葉のリレーをして驚く中、恐らくはそれ以上に驚いていたのはモモンガの方だ。
(そうくるか!)
アインズ・ウール・ゴウン四十二人目のメンバー。
それは確かに実在する。
ギルドに入っていたわけではないが、ギルドの証であるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも渡すつもりで用意していた、正しく四十二人目のメンバーと言える存在。
悟はNPCたちがそうした事情を知らないのを良いことに、その席に自分を据えようとしているのだ。
正式メンバーではないとは言え、その存在を乗っ取ろうとするのはいい気分がしないが、モモンガが二人──あるいは本物もいれて三人──居るという状況よりは言い訳がしやすい。
はじめからこの言い訳を考えていたのか、それともこの場で思いついたのかは知らないが、流石自分より百年多く経験を積んでいるだけのことはある。
「そのような御方がいらっしゃったのですか?」
「え、あ、いや──うむ。奴の言っていることは事実だ。確かに正式ではないが、そこにいる悟は我々、アインズ・ウール・ゴウンの……仲間だ」
ソリュシャンの問いかけに対し、一つ咳ばらいを入れてからモモンガが答えた途端、二人は同時に悟に武器を納め、悟に対して頭を下げた。
「至高の御方々に近しい御方に、武器と敵意を向けたこと、お詫び申し上げます」
「お、おぅ」
深々と頭を下げる二人に悟が僅かに身じろぐ。
自分と異なり一人で転移したのならば、こうしてNPCたちに傅かれるのも初めてに違いない。
こうした態度には、転移当初モモンガも随分苦労したものだ。
頭の回転の速さや余裕を崩さない態度も併せて、先ほどからなにを考えているかいまいち分からなかった悟が戸惑う姿を見て、ようやく彼が自分と同じ記憶と人格を持った人物であることを理解した。
(同じコピーNPC同士、これなら上手くやっていけるかもしれないな)
そう考えたとき、何の前触れもなくモモンガたちの頭上に光が弾けた。
「なんだ! この光は!」
日は完全に落ち、夜の世界へと移行した空を照らし出すものは月と星明かりくらいしか存在しないはずだ。
既に忘却の彼方に向かいつつある現実世界のスモッグまみれの夜と比べれば、これだけでも十分明るいが、その輝きは明らかに異質なものだった。
モモンガはすぐにそれが魔法的な手段によるものであると気づいた。
それもこの世界で一般的に使われるものではなく、高位階魔法によるものだと。
本来ならば即座に転移魔法で逃げ出すところだが、モモンとして漆黒の鎧を纏っているせいで一手反応が遅れる。
「チッ! お前たち、こちらに!」
鎧を解除する前に二人を呼び戻そうとしたが、その声より先に二人はモモンガを守るように移動を始めていた。
(よし。とにかく、この都市から──)
逃げ出す算段をした直後、じっと空を眺めていた悟がぽつりと呟く。
「
巨大な隕石を上空に召喚して対象にぶつける第十位階魔法の名前だ。
つられるように上空を見ると、確かに赤く焼けた隕石が尾を引きながら西方に向かって飛んでいくのが見えた。
それを見て、モモンガは鎧を解くのを一時取り止める。
その上攻撃対象は西であり、自分たちを狙ったものではないのならば、情報収集が先決かもしれない。
頭の中で今後の計画を立てている最中、一際大きな音と共に西方の一角に星が落ちた。
ちなみに四十二人目のメンバーについては、書籍版の中ではっきり明示されたわけではありませんが、何度かそれらしい存在が示唆されていたので、この話ではそうした人物がいたということで話を進めています
とはいえ実際にその人物が出てくるわけではありませんが……