オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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少し話が戻って、隕石落下前後のエ・ランテル住人たちの話


第20話 エ・ランテルの狂宴

 エ・ランテルの墓地から大量のアンデッドが現れたのを見た瞬間、イグヴァルジの胸に湧いた感情は自分の読みがピタリと当たったことに対する喜びだった。

 やはり自分たちはこのために、エ・ランテルに残るように言われていたのだ。

 

 イグヴァルジ率いる冒険者チーム・クラルグラはミスリル級という、都市内に三組しか存在しない最高位チームである。

 それだけに仕事は殆ど途切れることなく入っているのだが、数日前、突然組合長のアインザックより少しの間仕事を受けず都市内に待機して欲しい。との要請を受けたのだ。

 理由も言わない一方的な要請に、初めは断ろうと思ったが、他の二組にも同様の要請があると聞いて考え直した。

 

 三つのチーム全てに声をかけたのならば、何か大きな仕事が入った可能性があったからだ。

 その際、自分たちだけ要請を拒否していては、手柄を残る二組に持っていかれかねない。

 そう考えて、チームのメンバーにも直ぐに動けるよう常に装備を整えさせた。

 

 更に何かあるとするならば都市の中心部ではなく、外と繋がる外周部だろうと踏んで、普段は衛兵や下っ端冒険者の仕事として、受けることのない墓地内の警備も率先して行った。

 チームのメンバーたちはその行動を訝しんでいたが、チーム結成以来メンバーの誰一人死なせたことがないというイグヴァルジの実績を知っているため、文句は言わなかった。

 しかしイグヴァルジ自身も、しばらく経ってもなにも起こらないことにやきもきしており、いい加減アインザックの下に出向き、かまかけの一つでもしてみるかと思ってた矢先、この事態が発生した。

 何の前触れもなく墓地内に現れた大量のアンデッド。

 自分たちは他の二組を出し抜いて、その最前線にいる。

 このまま事件を解決すれば、今までの功績と合わせて昇格は確実。

 それだけではない。

 

(これで俺も英雄になれる)

 

 いち早く都市内の異変に気づき、アンデッドの大群を打ち倒して都市を救った英雄だ。

 そう。かの十三英雄のような。

 子供の頃、村にやってきた詩人の英雄譚を聞いて抱いたイグヴァルジの夢が実現するときが来たのだ。

 アンデッドはミスリル級の自分たちであれば苦もなく倒せるものばかり。問題は数だが、それはどうとでもなる。

 周囲にはまだ逃げ遅れた衛兵や下っ端冒険者がいる。

 そいつらが逃げ出すだけの時間を稼いだら、後は隠れてアンデッドの大群をやり過ごす。

 そうした後、この異変の中心にいるであろう首謀者を打ち倒せばいい。

 アンデッドの大群を相手にするより、よほど名声を得ることができるだろう。

 

「お前たちは都市に向かい、このことを組合に知らせろ!」

 

 銅か、高い者でも鉄級の低位冒険者たちにまとめて命令する。

 

「イ、イグヴァルジさんは?」

 

「俺たちはここで時間を稼ぐ。とはいえあの数だ、全ては相手にできない。戻ったら虹や天狼に声をかけろ。あいつ等も今はエ・ランテルにいるはずだ」

 

 雑魚の相手は他のミスリル級チームに任せればいい。

 むしろそちらに専念してもらった方が、首謀者を突き止めるまでの時間が稼げると言うものだ。

 

「わ、分かりました」

 

 暗がりの中でもはっきりと分かるキラキラした目の輝きは、本物の英雄に憧れる子供のそれだ。

 ついに自分もそうした視線を向けられる存在になったのだと、胸が躍った。

 そうして衛兵や冒険者が逃げ出した後、チームメンバーの一人が声をかけてきた。

 

「おい、イグヴァルジ。大丈夫なのか?」

 

「俺を信用しろ。さっきも言っただろ。あれを全部相手にするつもりはない。適当に相手にしたら俺に付いてこい。この墓地の地形はとっくに頭に入ってる」

 

 本来は森が主戦場だが、どこまで行っても代わり映えのしない森よりこちらの方が格段に覚えやすい。

 動きの遅いアンデッド相手ならなおさら逃げるのは簡単だ。

 

「了解。任せるぜリーダー」

 

 ニヤリと笑って言う仲間たちを前に、イグヴァルジは小さく鼻を鳴らす。

 英雄扱いを受けて良い気分になっていたというのに、水を差されてしまった。

 アンデッドやその奥にいる首謀者だけではない。

 こいつらもそうだ。

 自分が英雄になるための踏み台でしかない。

 

「来るぞ!」

 

 アンデッドが直ぐそばまで迫る。

 これが最初の踏み台だ。さっさと終わらせて自分は本物になる。

 子供の頃から夢見続けてきた本物の英雄に。

 アンデッドの群に向かって、クラルグラは突進した。

 

 

 

「クソ!」

 

 目前のアンデッドと対峙しながらイグヴァルジは荒い呼吸と共に悪態を吐く。

 周囲に仲間たちの姿はない。

 既にやられてしまったのだろう。

 

「冗談じゃねぇぞ。こんな化け物が混ざってやがるなんて」

 

 雑魚しかいないと思われたアンデッドの中に、信じられないほど強大なアンデッドが混ざっていた。

 それも一体ではなく複数だ。

 巨大な体躯に剣と盾を持った騎士が如きアンデッド。

 多様なアンデッドが現れるカッツェ平野でも見たことがないそのアンデッドは、恐ろしいほどの強さを誇っていた。

 これまで戦った中で最強のアンデッドは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だが、その強さは魔法が一切効かないという特性によるものが大きく、ミスリル級のチームが対策を講じれば勝てない相手ではない。

 だが、目の前にいる周囲に死を振りまくこのアンデッド──仮称するなら死の騎士とでも呼ぶべきか──は違う。

 魔法が無効化されるわけでもないのに、まともにダメージが入った様子はなく、なにより素早い。

 勝てないことを察し、逃げだそうとしたイグヴァルジにあっさりと追いつき、いや追い越した上で剣を向ける。

 後ろから襲いかかるのではなく敢えて回り込むことで速度の違いを、まざまざと見せつけられる。

 そんな相手に純粋な戦士ではないイグヴァルジが、一人で戦って勝てるはずもない。

 だが、そうして回り込んでおきながら、死の騎士は攻撃を繰り出してこない。一瞬困惑したが直ぐに理解した。相手は自分に恐怖を与えるためにわざと手を抜いているのだと。

 生者を憎むアンデッドらしいその態度に、恐怖とは別に激しい怒りが浮かび上がる。

 もう少しだというのに、もう少しで本物の英雄に、憧れの存在になれるというのに。

 

「クソが!」

 

 相手がこちらを侮っている隙をついて、一か八か突撃しようとしたイグヴァルジの視界に、地面に倒れた男の姿が入った。

 破損してはいるが、ミスリル級に相応しいその装備は、自分のチームメイトのものだ。

 死の騎士に敗北して死んだとばかり思っていたが、まだ僅かに動いている。

 つまりは生きている。

 

(しめた。奴を囮にすれば逃げられる)

 

 痙攣するような不規則な動きからみて、相当な重傷なのだろうが生きていれば関係ない。

 生者を憎むアンデッドは、もうなにもしなくても死ぬような大けがを負っていたとしても、命さえあれば止めを刺そうとする。

 それを利用して死の騎士の前に仲間を差し出せば、自分が逃げる時間を確保できる。

 急ぎ仲間の下に向かう。

 何故か死の騎士は追いかけてこなかった。

 それを不思議に思いつつも、仲間の下にたどり着き、腕を取ろうとして──

 

「う、お、おぉ!」

 

 獣のような唸り声と共に、逆に腕を捕まれた。

 とても死にかけとは思えない力に、イグヴァルジは慌ててそれを引き剥がそうとする。

 

「なにしやがる、離せ!」

 

 突然の行動に思わず手に持っていたナイフを、無防備な背中に突き立てる。

 どうせもう死にかけだ。手を離させてから一瞬でも息があればそれで十分使える。

 そうした思惑に反し、手は外れない。

 むしろその強さは更に強くなった。

 

「な!」

 

「オ、ア、オォオオァァア」

 

 獣のようだった叫び声が、この世の物とは思えないようなものへと変質していることに気づき、イグヴァルジは身を竦ませた。

 同時に地面に伏していた仲間の顔が持ち上がる。

 口から血を吐き出すその顔に、生前の面影はない。

 既に死んでいたのだ。

 死んで奴らの仲間になっていた。

 ただの動死体(ゾンビ)ならば、自分の力なら簡単に引き剥がせるはずだが、腕の力はますます強くなっていく。

 同時に、イグヴァルジの背後に近づく足音があった。

 その正体に気づき、必死になって腕を振るがやはりその腕が外れることはなく、やがて足音が止まりイグヴァルジは恐る恐る後ろを振り返った。

 そこには悠然と剣を持ち上げる、死の騎士が立っていた。

 腐りかけの人間の顔が張り付き、表情など分かるはずもない。

 だが、死の騎士が直ぐに追いかけてこなかったのは、この光景を見たかったがためなのだと理解した。 

 

「あ、ああぁ! チクショウ、チクショウ! 俺は、英雄に──」

 

 最後まで言い切ることなく、イグヴァルジに向かって剣が振りおろされた。

 

 

 ・

 

 

「おばあちゃん! 戻ったよ!」

 

 既に日は落ちて店は閉まっているため、家の裏手に馬車を止めて、扉の鍵を開けて中に入る。

 声が興奮しているのが自分でも分かる。

 手に持った万能薬のせいだ。

 

「おばあちゃん! いないの?」

 

 声を出しても反応が無いことに不思議に思いながら、店の奥に行こうとして、後ろから声が掛かった。

 

「あの。ンフィーレアさん? この薬草は──」

 

「あ、すみません。店の奥に運んでいただけますか?」

 

 漆黒の剣のペテルに声を掛けられて、少し冷静になる。

 ワーカーであるモモンたちと漆黒の剣が一緒に居るのを見られるのは問題があるため、モモンたちは先に仕事の依頼主に万能薬を届けに向かい、その間に漆黒の剣には採取してきた薬草を店に運んで貰うことになった。

 その後、この店でモモンたちと待ち合わせをすることになった。

 そこで改めてこの万能薬の取り扱いに関する契約を結ぶことになっているのだ。

 だからこそ、祖母であるリイジーには事前に説明をしておきたかったのだが、出かけているのだろうか。

 

「なんだいンフィーレア。大きな声を出して」

 

 そう思ったとき、店の奥、薬の調合をする部屋からリイジーが出てきた。

 

「あ、おばあちゃん」

 

「ずいぶん早いじゃないか。もう一日二日掛かるかと思っていたよ」

 

 確かに予定ではもう少し時間が掛かるはずだった。

 薬草採取の時間を除いても、馬車で村とエ・ランテルを往復するだけで、本来はそれぐらいの時間は掛かるのだ。

 実際村に行くときはかなり慎重に進んだため、それ以上の時間が掛かった。

 しかし帰りは漆黒の三人が一緒にいたため、警戒は最小限で済み、通常の半分程度の時間でエ・ランテルに戻ることができたのだ。

 

「あ、うん。ちょっと色々あってね」

 

 どこから説明したものかと考えていると、薬草の束を担いだ漆黒の剣のメンバーが店内に入って来る。

 

「ンフィーレアさん。これはどこに置けばいいんですか?」

 

「ああ、ペテルさん。薬草はそちらの保管部屋にお願いします」

 

 快い返事が聞こえ、ペテルたちが薬草を運んでいく。

 

「あの人たちが依頼した冒険者かい?」

 

「あ。うん、そうだよ。銀級冒険者チーム漆黒の剣の皆さん」

 

 紹介をしている間に、一番最初に保管部屋から戻ったペテルが、リイジーの姿を認め近づいてきた。

 

「初めまして。今回ンフィーレアさんの護衛を担当させて貰った、冒険者チーム・漆黒の剣の、一応リーダーをしています。ペテル・モークです。よろしくお願いします」

 

 礼儀正しく頭を下げるペテルに、リイジーは一瞬、持ち込まれる薬草の束に鋭い視線を送った後、表情を戻して頷いた。

 

「おお。そうかいそうかい。これだけの量の薬草を採ってきたのならば、村から認められたということだね。なら、これからも一つよろしく頼むよ」

 

「お任せください。ンフィーレアさんとは、今後も長いお付き合いをさせていただきたいと思っています」

 

「それはありがたいねぇ……ただ、気を付けなさい。わしもこの都市は長い。妙な噂が流れると、すぐに耳に入るからねぇ」

 

 リイジーの眼光が鋭くなる。

 これは言うまでもなく、漆黒の剣に対する脅しだ。

 都市一番の薬師であり、都市の顔役の一人になっているリイジーを敵に回せば、この都市で冒険者を続けていくのは難しくなる。

 本来はこのやり方で、依頼をした冒険者に村の秘密を守らせるはずだった。

 もっとも、今回の依頼を通して漆黒の剣のメンバーがそんなことをする事はないと理解しているし、もう一つの漆黒の三人にとってはリイジーの力でも抑止力にはなり得ないため、慌てて話を止めようとするが、その前にペテルは深々と頷いた。

 

「勿論です。仕事もそうですが、村の秘密も決して誰にも漏らしたりはしません!」

 

 歪曲した物言いに対し、実直に返すペテルを見て、祖母は僅かに驚いたような顔をしたが、すぐに破顔した。

 

「この人なら大丈夫そうだねぇ。ただ、そんなに素直な性格をしていると、なんかの拍子にポロッと言ってしまわないか心配だけどね」

 

 ペテルが謀などできないと理解したらしいリイジーは、苦笑しながらそんな冗談を口にする。

 

「そっちは俺たちが見張っておきますから、任せてくださいよ」

 

 いつの間にか薬草をすべて馬車から卸した残る三人のメンバーたちがペテルの後ろに立ち、代表してルクルットが告げた。

 それの答えにリイジーも満足げにうなずき、改めて漆黒の剣の面々の顔を眺める。

 

「これからは薬草の採取をンフィーレアに全部任せて大丈夫そうだ。これだけ早く、それもこんなにたくさん持ってこれるとは。おぬしたち、銀級と聞いていたが強さの方は相当なものだねぇ」

 

 うんうん頷きながら言うリイジーに今度は、漆黒の剣が苦笑を浮かべた。

 

「あ、いえ。それは私たちの力ではないと言いますか」

「ああ。モモンさんたちのおかげだからなぁ」

 

「どういうことだい?」

 

「実は──」

 

 そう切り出して、今回の依頼で起こったこと、そしてモモンたちのことを話し始めた。

 

 

 

「なんと。あの精強な魔獣、森の賢王を倒せる冒険者がいるとは。それもたった一人でとな」

 

 ンフィーレアより遙かに長い間カルネ村に出入りして、森の賢王とのつき合いも長くその強さもよく知っているリイジーは、信じられないと言うように、首を横に振る。

 

「間違いありませんよ。私も森の賢王に直接聞いてみたのですが、事実だと言っていました」

 

 全ての薬草を保管部屋に運び終えた漆黒の剣を労うために出した果実水を飲みながら、興奮しながらペテルが言う。

 あのときは話が途中で途切れてしまったが、やはり同じ戦士として気になっていたペテルが、休憩中の森の賢王に戦いの様子などを聞いていたのだ。

 それによると激しい戦いどころか、ほとんど一方的にモモンに攻め込まれて負けを認めたそうだ。

 

「それほどの戦士が、お前の仕事を手伝ってくれたとはのぅ。報酬は大丈夫だったのかい?」

 

 ペテルの熱弁でようやく信用したリイジーは感嘆の息を吐きながら、ふと思いついたようにンフィーレアに目を向けた。

 その瞬間、ンフィーレアもまた、言い忘れていた事実を思い出す。

 初めて一人でカルネ村に出向き、モンスターとの遭遇や、英雄に等しい実力のモモンとの出会いなど、ある意味初めての冒険とも言える出来事を経験したことで、つい話が盛り上がってしまったが、そのモモンたちが来る前にリイジーと話し合いをしておかなくてはならなかったのだ。

 

「おばあちゃん。その話なんだけど……報酬自体は森の賢王に森の中を案内してもらうことで相殺できたから問題はないんだけど。その後、モモンさんと新しい契約を結んだんだ。モモンさんが手に入れた薬草を研究して、同じ効能を持った薬を作って渡すって言う契約で」

 

「……こっちの取り分は幾らだい?」

 

「えっと。それを研究するのが報酬というか。その……」

 

「なんだいそれは。呆れた子だね」

 

 ため息混じりにリイジーが言う。

 長年店を運営してきただけあって、リイジーは金勘定に対しては厳しい。

 もっとも、それはあくまで研究資金に直結するからこそであり、その研究のためならば、幾らでも金を出すタイプなのだが。

 

「大方、そのモモンという御仁と今後も縁を繋ごうとしてのことじゃろうが、そうした強者は薬を使うことは少ないぞ。それでも準備は怠らん者が多いから定期的に買ってくれるが、それでもねぇ」

 

 妙に実感の籠もった言い方は、もしかしたらモモンが語っていた、前回薬草を取りに来たというアダマンタイト級冒険者のことを言っているのかもしれない。

 どちらにしても、漆黒の剣の面々もいる中で説教が始まるのは困ると、ンフィーレアは祖母の言葉を遮ってテーブルの上に預かってきた薬草を置いた。

 

「ち、違うんだよおばあちゃん。ちょっとこれ、鑑定してみてよ」

 

「……見たことのない薬草だね。どれ」

 

 不思議な光沢のある苔に似た薬草をジロリとひと睨みすると、リイジーは手を伸ばし、魔法を発動させる。

 道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)付与魔法探知(ディテクト・エンチャント)

 二種類の魔法を薬草にかけるリイジー。

 その様子をンフィーレアだけではなく、漆黒の剣も固唾を呑んで見守っていた。

 村に戻ってからナーベがこの薬草を鑑定したがその結果は自分たちには教えてくれなかった──本物です。と一言言っただけだった──ため、これが本物の万能薬、そして劣化しない完成されたポーションである神の血の原料になりうる物なのか、確信が持てなかったのだ。

 

「──どう? おばあちゃん」

 

 魔法をかけたままピクリとも動かなくなってしまったリイジーを急かすようにンフィーレアが問いかける。

 その言葉に反応して、リイジーの表情に驚愕と歓喜の色が浮かんだ。

 

「くくっ……ふぁふあははは!」

 

 突如壊れたような笑い声をあげるリイジー。こんな祖母の姿を見たのは生まれて初めてだった。

 だからこそ、理解した。

 これが本物だと。自分たち薬師や錬金術師、ポーション生成に係わる全ての者が夢見た完成されたポーション。

 それを生み出すために必要なものなのだと。

 

「ンフィーレア! これは一体、これをどこで! これは、この薬草には劣化しない特性が付与されておる!」

 

 興奮冷めやらぬ様子で目を見開き、薬草を指さして告げるリイジーにンフィーレアもまた、長い前髪の奥で目を見開いた。

 

「やっぱり、そうなんだ。この薬草はね。森の賢王の主だったっていう剣士が百年も前に採取した薬草なんだ。それからずっと、劣化せずに残り続けていたそうだよ」

 

「なんと! 森の賢王め。そのような話、儂には一度もせなんだ」

 

 悔しそうに唇を噛みしめるリイジーに漆黒の剣の面々もおお。と関心を示した。

 

「それじゃあやっぱり、それが神の血、でしたか? そのポーションの原料になるんですか?」

 

 ペテルの物言いは、やはりまだどこか暢気に聞こえる。

 とはいえ、完成されたポーションの価値がわかるのは、ポーション生成に係わる人物だけなので仕方ないのかもしれない。

 リイジーもそのことは承知しているはずだが、この興奮具合では理解されないことを不満に思って怒鳴り声をあげないかと冷や冷やするが、見開かれたリイジーの目にどこか寂しさのような物が混じった気がした。

 

「……いや。こんなことは言いたくないけどね。この薬草の価値は、神の血、つまり完成されたポーションだけで収まるような物じゃないよ」

 

「どういうこと?」

 

 薬師の夢である神の血すら超えると言われても、今度はンフィーレアがピンと来ない。

 

「この薬草には、使用されない限り永遠に劣化せずこの形と効能を保ち続ける。いわば保存の魔法が永続的にかかり続ける効果があるんだよ」

 

 どこか元気なく語るリイジーに、反応したのは黙って話を聞いていた術師のニニャだった。

 

「待ってください! それじゃあ──」

 

「そっちの坊やは分かったみたいだね。そうだよ、この効能だけを抜き取ることができれば、ポーションなら劣化せず、食べ物に使えばずっと腐らず、剣に使えば錆びたり切れ味が鈍ったりする事もなくなるかもしれない」

 

 ごくりと全員が息を呑む。

 そこにはンフィーレアも含まれている。

 リイジーが今言った内容が本当なら、確かにポーションだけに止まらず、人々の生活そのものが一変しかねない。

 そこまでの効能があるとは思いもしなかった。

 

「もっとも、これが薬草の効能なのか、それとも、何らかの魔法に似た力が初めから込められているのか。もっと詳しく時間をかけて調べてみないことにはねぇ」

 

「そんなにすごい物だったなんて──」

 

「それでンフィーレア。これはトブの大森林で採れたものなんだね?」

 

「あ、えっと……う、うん」

 

 ジロリと急かすようなリイジーの目に射抜かれ、ンフィーレアはコクコクと頷く。

 

「ならさっさと準備するよ」

 

 薬草を大事そうに包み直すと、リイジーは勢いを付けて椅子から立ち上がった。

 

「え? 準備って」

 

「決まってるだろう。そのモモンさんとやらの契約が済んだら、直ぐカルネ村に行って森の賢王から詳しい話を聞くんだよ。長居することになるから準備もしっかりしていくよ。場合によってはそのまま向こうで暮らすことも考えないといけないからねぇ」

 

 ごく当たり前のように言われて、ンフィーレアもまた慌てて立ち上がる。

 

「おばあちゃん。それ、どういうこと?」

 

「何言っているんだい。薬草はこれで最後なんだろう? だったら失敗はできないんだから、森の賢王に話を聞いたり、同じ薬草が残ってないか森中を探したり、やらないといけないことは幾らでもあるだろう」

 

「で、でも。このお店は? せっかくおばあちゃんが頑張ってここまで有名にしたのに」

 

 リイジーの提案は、ンフィーレアが望んでいたものだが、あっさりと向こうから提案されると気になってしまう。

 

「そんなもんはどうでもいいんだよ。さっきはああ言ったけどねぇ。わしにとっては神の血を完成させることが何より大事なんじゃ。それにお前もそっちの方がいいんじゃないのかい?」

 

 先ほどとは違った意味で、ニヤリと笑うリイジーの表情に、何が言いたいのかすぐ分かった。

 トブの大森林で、ンフィーレアがエンリへの気持ちを知られて漆黒の剣にからかわれたときと同じ表情だったからだ。

 

「お、おばあちゃん!」

 

「お前の気持ちは分かっておったよ。だからこそ薬草採取はお前に任せて、ゆくゆくはカルネ村に移住して貰って、ときどき薬草だけ運んで貰おうと考えおったのだが」

 

「あ──」

 

 突然ンフィーレア一人に薬草採取を任せたのはそういうことだったのか。と今更ながら気が付いた。

 

「良かったじゃないですか。ンフィーレアさん」

「うむ! ンフィーレア氏の夢が叶いそうでなによりである!」

「うまくいくと良いですね」

 

 ペテル、ダイン、ニニャと次々に祝いの言葉を口にする中、ルクルットだけがやや言いづらそうに頭を掻いた。

 

「ってことは、俺たちとの仕事は今回で終わりってこと?」

 

「あ」

 

 そうだ。

 漆黒の剣には今後も定期的に仕事を依頼すると言ったばかりだった。

 ンフィーレアにとっては理想的な展開だが、彼らにとってはせっかくの定期収入が一度だけで終わってしまう結果になったのだ。

 今回の依頼でも彼らには大いに助けられたというのに、これでは余りに不義理ではないだろうか。

 そう考えたンフィーレアにリイジーが助け舟を出す。

 

「心配いらないよ。店はしばらく閉めるけど、薬師組合にポーションを納品したりはするからねぇ。逆に錬金溶液なんかはエ・ランテルでないと手に入らないから、あんたたちには定期的にそういうのの荷運びを頼みたいね」

 

 その言葉に漆黒の剣の面々、そしてンフィーレアも安堵した。

 これでエンリの傍にいながら、彼らとの縁も維持できる。

 皆にとって最高の結果ではないだろうか。

 

(モモンさん、早く来ないかな)

 

 これからはエンリの傍で彼女を守ることができる。そのことをモモンにも伝えたい。と逸る気持ち抑えるように、窓の外に目を向けると突如として光が走った。

 

「え?」

 

 次の瞬間、地面が大きく揺れた。

 

 

 ・

 

 

「なんだこの揺れは!」

 

 突然窓の外から光が射し込み、巨大な破壊音と共に大きな揺れが起こる。

 冒険者組合の組合長室の窓を開け、外を見る。

 大都市エ・ランテルとはいえ、既に日が落ちたことで大通り以外は灯りもなく暗闇が広がっているはずの西側から、炎と煙が立ち上っているのが見えた。

 

「バカな! 壁が破壊されているぞ!」

 

 煙のせいで見えづらいが、本来はこの位置からでは直接見えないはずの、外周墓地へと続く三重の城壁。

 そこに向かって巨大な何かか通り抜けたかのごとく、穴が空いているのが見え、信じられないというようにラケシルが叫ぶ。

 そんなラケシルを押し退けて、ラケシルの指した方を見たアインザックもまた、その光景に絶句した。

 

「あの頑強な城壁を、それもこれほど長距離に渡って破壊するなど。一体誰が、どうやって!」

 

 籠城すれば帝国全軍を以てしても容易には攻め落とせない、頑強な城塞都市として作られたエ・ランテルを象徴する三重の城壁。

 それが内側から破られるという異常事態にアインザックの頭は真っ白になる。

 

「おい! アインザック、あれはアンデッドではないか?」

 

「なに!?」

 

 徐々に煙が薄れ、月明かりに照らされた破壊跡の上を、大量の何かがノソノソと蠢いている。

 その特徴的な歩き方には覚えがある。

 冒険者として活動している最中に何度となく見てきた動死体(ゾンビ)のそれだ。

 

「あちらは──墓地か。しかし、あの量は」

 

 エ・ランテル外周部の四分の一を占める広大な墓地には常時死が蔓延しており、動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)を初めとした複数のアンデッドが確認されるが、だからこそ日頃から衛兵のみならず、冒険者も見回りを行っている。

 そうしなければアンデッドの数が増えるだけではなく、より強力なアンデッドの発生に繋がるからだ。

 稀に見回りが疎かになってアンデッドが複数発生することはあるが、あれほどの数まで膨れ上がるとは考えられない。

 

「と、とにかく。俺は残っている冒険者を集める。ラケシル、済まないがお前は都市長に報告を頼む」

 

 骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)程度なら、衛兵でも何とかなるだろうが、徐々に姿が見えるようになったアンデッドたちの中には他にも複数の種類、食屍鬼(グール)腐肉漁り(ガスト)黄光の屍(ワイト)膨れた皮(スウェル・スキン)崩壊した死体(コラブト・デッド)などのそれなりに強力なアンデッドの姿も確認できた。

 あのレベルになると、衛兵だけでは太刀打ちできない。

 

「わ、分かった。魔術師組合の者たちもここに集まるように指示を出す」

 

「頼む」

 

 この状況を切り抜けるには、冒険者や魔法詠唱者(マジック・キャスター)の力が絶対に必要不可欠。元冒険者であるラケシルもそのことは当然理解している。

 都市長であるパナソレイも貴族だが柔軟な考えを持っている人物だ。

 ラケシルが状況を伝えれば、そのことを直ぐに理解してくれるはずだ。

 その前にアインザックは冒険者を中心とした戦い方を模索しておく必要がある。

 つまり冒険者と衛兵でチームを組み、冒険者が強い個体を倒し、数の多い動死体(ゾンビ)などを衛兵たちが狩っていくことで数を減らす。

 それしか方法はない。

 

「……アインザック」

 

 部屋を飛び出す直前、ラケシルはアインザックを真っ直ぐ見た。

 

「ん?」

「死ぬなよ」

 

 不敵な笑みはラケシルが魔術師組合長になってからは見たことのない、かつての冒険者仲間に向けるものだった。

 

「お前もな」

 

 アインザックもまた、同じように笑みを返す。

 

(しかし、あの数では──)

 

 破壊された道を通り、大通りに現れ始めたアンデッドの列は途切れることを知らない。

 数百では利かない、下手をすれば数千単位のアンデッドの群だ。

 幸いにも都市最高位のミスリル級冒険者チームは三チームとも、エ・ランテル内に留まっている。

 彼らが外の状況を把握すれば、直ぐに戦う準備を始めるはずだ。

 それぐらいでなければ、ミスリル級冒険者になどなれるはずがない。

 

「偶然とはいえ助かったな。彼らを呼び出し、他の冒険者と組ませて……」

 

 いつの間にか声に出して言いながら、ふと思い出す。

 彼らがここにいるのは偶然などではない。

 アインザックがそのように頼んでいた。

 その目的は一つのワーカーチームの審査を頼むためだ。

 彼らがいつ来ても言いように、三チームには詳しい理由こそ説明しなかったが、少しの間仕事は受けずに、都市に残って欲しいと依頼していた。

 そして、そんな想定すら意にも介せず、最速最短でかつてのアダマンタイト級冒険者チームですら、苦戦した依頼を達成したワーカーチーム漆黒。

 三つのミスリル級冒険者チームと漆黒さえいれば、この危機も乗り切れるかも知れない。

 

「そうだ。彼らを呼ばなくては」

 

 これほどの大事件、早く手を打たなくてはどれほどの被害が及ぶか分かったものではない。

 冒険者への説明と彼らの捜索を開始すべく、アインザックは動き出した。

 

 

 ・

 

 

 複数の防御魔法が込められた巻物(スクロール)を使用して身を守ったナーベラルが、千里眼(クレアボヤンス)水晶の画面(クリスタル・モニター)の魔法を発動させる。

 モモンガと悟は並んでその様子をじっと見つめていた。

 映し出す場所は当然先ほどの隕石落下(メテオフォール)が落ちた場所。

 ここから完璧に位置の特定はできないが恐らく、目標は三重の壁の一つだろうとあたりをつけたところ、見事に正解した。

 映し出された画面には、隕石落下(メテオフォール)によって破壊されて作られた道を埋め尽くさんばかりに行進する無数のアンデッドの姿があった。

 数えることなどできないが、数百では済まない。

 最低でも千は超えている。

 だがアンデッドばかりで、肝心の魔法を放った者の姿は見あたらなかった。

 

「既にいないか……しかし、あれだけの数のアンデッドを召喚するのは通常の死者召喚(サモン・アンデッド)では無理だな。不死の軍勢(アンデス・アーミー)あたりか?」

 

「中にはデス・ナイトも少数混ざっているようですが、そちらはまた別の方法での召喚でしょうか」

 

「だろうな。一般人は不死の軍勢(アンデス・アーミー)に、そしてある程度の強さを持った冒険者相手にはデス・ナイト、なるほど合理的だ……この分では他の出入り口も塞いでいそうだな」

 

 生者を率先して狙う特徴を持つアンデッドは、逃げまどう人間たちを襲い続けている。

 アンデッドが外周部から現れたことを考えると、他の入り口さえ塞げば住民たちには逃げ場はなく、モモンガたちが何もしなければ都市ごと全滅するだろう。

 その様子を無感情に眺めているナーベラルにちらりと目を向ける。

 

(ナーベラルたちがこっちに来てしまったからな。ンフィーレアたちはもう間に合わないかな)

 

 万能薬を使った新たなポーションの精製や、どんなマジックアイテムでも使えるンフィーレアのタレントは少し惜しいが、わざわざ危険を犯して助けにいくほどではない。

 だが、このまま何もせず直ぐに逃げるのも良策とは思えない。

 それは当然人間たちへの同情などではなく、この事件を引き起こした首謀者がプレイヤーに関係する人物である可能性があるからだ。

 もっと言えばナザリックのNPCや、本物の鈴木悟かも知れない以上、このまま情報収集を続けるか、あるいは積極的に事件解決を目指して行動することで首謀者を誘き出す。そのどちらかを選択するべきだ。

 そう考えて提案しようとした矢先、悟は一つ頷くとモモンガより先に告げた。

 

「よし。逃げよう」




今回はあまり話は進みませんでしたが、この物語は現地側も割と重要な位置を占めることになるので、入れることにしました
次回はもう少し話が進むはずです
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