オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前回がエ・ランテル側の話だったので、今度はそれ以外の者たちの話


第21話 計画外の邂逅

「こ。これが合図ですか?」

 

「恐らくは、な」

 

 眼下に広がる地獄絵図とも言えるその光景にイアンは息を呑みつつ、部下の問いかけに答えた。

 断言はできないが、このタイミングから見て可能性は高い。

 人々の叫び声と、大通りを練り歩くアンデッドの大群。

 外周部に存在する墓地周辺から現れたアンデッドはそのまま都市の中心部、すなわちイアンたちが制圧する予定の防壁最内部へと向かっている。

 このままこのアンデッドたちが城壁そのものは無理でも、そこに続く扉を破壊して中に流れ込めば、内部は大混乱に陥る。

 その隙をついて、自分たちがエ・ランテルの中枢を押さえれば、都市は陥落したも同然だ。

 これが最高執行機関が増援として用意したという、外部の者が用意した策とみて間違いない。

 しかし、城壁を無効化する術があるとは聞いていたが、その手段がアンデッドだったとは。

 

 人間以外の全ての異種族を排除しようとしている法国だが、その中でも特に目の敵にしている種族が二つある。

 一つは悪魔。

 天使を単なる召喚モンスターではなく神の使いだと考える六大神信仰に於いて、その天使の対極に位置する悪魔は憎むべき敵だ。

 そしてもう一つの存在こそがアンデッド。

 こちらに関しては法国のみならず、あらゆる生者の敵として忌み嫌われている。

 戦争中の帝国と王国ですら、カッツェ平野という無尽蔵にアンデッドがわき出る危険地帯では、協力し合っているほどだ。

 最高執行機関はそんなものまで利用して、都市を手に入れようとしている。

 

 このままいけば、作戦はほぼ間違いなく成功するだろう。

 この都市の戦力は衛兵と冒険者だ。

 それをあのアンデッドたちが相手にすれば、中枢の守りはより薄くなる。

 

 そうして自分たちが都市の制圧を完了させれば、冒険者は手が出せなくなる。

 冒険者は国と国との問題に手を出してはならないという不文律が存在するからだ。

 しかし、そのためにはこのアンデッド騒ぎを法国の仕業だと認めなくてはならない。

 

 果たしてそれでいいのだろうか。

 これで法国は宣戦布告もせず、その上アンデッドまで利用して都市を落とした国だと公言することになる。

 そんなことをしては野蛮な国どころか、周辺国家全てから敵対扱いされるのではないか。

 先ほども考え、そして一度は最高執行期間を信じて否定した疑惑が、再度浮かび上がる。

 だが、だからといって今から本国に確認する時間などあるはずもない。

 すでに事は起こっている。

 自分にできるのは、何も考えず命令を実行するか、それとも──処罰を覚悟して、この場を離れるかの選択だけだ。

 

(いや、離れたところでどうなるというのだ。神の教えに従い、人間という種を守るためならばどのようなことでもする。そう誓ったはずではないか)

 

 ここで如何ほどの犠牲を出そうと、後でどれほど卑劣と罵られようと、手柄が全て別の誰かのものになろうと、それでも人間が生き残るためになるのなら、喜んで自分の身を差し出す。

 それこそが特殊工作部隊として表舞台に出ることなく非合法活動に全霊を注ぐ、六色聖典の理念そのものだ。

 

「これも、スレイン法国。そして人間のためだ」

 

 部下たちに、そして自分に言い聞かせるように強い意志を込めてイアンは言う。

 

「そ、そうですね。隊長の言うとおりだ。我々は人を守護するためにこそ存在する。この作戦もその一つだ」

 

 部下たちもまた、自分たちの迷いを振り切るように声を張った。

 全員の気持ちが一つになり、後はどのタイミングで動き出すか、と考えていると。不意に、自分の目の前に真っ黒な暗闇が現れた。

 

「なんだ?」

 

 それが何なのか考える間もなく、それは暗闇から出現した。

 

「ずいぶん狭苦しくて汚い部屋でありんすねぇ」

 

 仮面で顔を隠した金髪の若い少女。

 金糸で飾られたドレスの仕立ては、法国でも見たことがないような見事な出来映えで、何よりそのドレスからは魔法の輝きが見て取れた。

 突然現れたように見えたが、転移魔法なのか、それとも何らかの手段で初めからここに隠れていたのかは分からない。どちらにしても相手は魔法詠唱者(マジック・キャスター)。それも自分たちより遥かに高いレベルの魔法を操る者だと直感した。

 

「あ、貴女が協力者ですか?」

 

 これだけの装備を持ち、自分も知らない魔法を使いこなす彼女こそ、レイモンが言っていた外部からの協力者なのではないか。

 そう考えて思わず問いかける。

 部下たちも突然の乱入者に驚きを隠せずにいたが、イアンの言葉におお。と安堵と畏怖が混ざったような息を漏らした。

 

「ん? ああ。神官長とやらがそんな話をしていんしたねぇ」

 

 目とその周りに金色の模様が踊る仮面の、恐らくは口に相当する箇所に指を押し当て、考えるような仕草を見せてから、少女は思いだしたように告げる。

 

「やはり! 我々は──」

 

「ああ。そういうのは結構でありんすぇ。計画は変更されんしたから」

 

「それは、如何なる……」

 

 ゾクリと背筋に冷たい何かが走った気がした。

 仮面の女はこちらに視線すら向けておらず、声にも何の変化も無いというのに、全身を悪寒が貫いたのだ。

 

「〈集団人間種支配(マス・ドミネイト・パースン)〉しばらく黙っていなんし」

 

 そして。その悪寒の答え合わせだというように、仮面の少女は一つの魔法を使用した。

 相手の精神を支配する魔法だ。

 しかし、最低でも第三位階までの魔法を使いこなせる信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の集団であり、装備によって抵抗力もあがっている陽光聖典の隊員ならば、この魔法に抵抗するのはそう難しいものではない。

 魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)などで成功率を上げていなければ尚更だ。

 だというのに。

 イアンの体は何の抵抗もできず、意識が支配される。

 直後イアンは、見ず知らずの少女を心の底から自分の主人だと認識してしまう。

 これはそういう魔法だ。

 相手は明らかに自分たちに害を為そうとしている。

 だというのに、何もできない。

 許しを乞いたいが、その許可すら貰えないのではどうしようもない。

 いったいこれから自分たちはどうなるのかを想像する。

 冷静に、想像することができる。

 今のイアンにとって、それが一番の恐怖だった。

 

 

 ・

 

 

「んー。こいつらは処分しても問題にはなりんせんよね」

 

 メモ帳を持って来ることができなかったため、デミウルゴスの立てた計画を頭の中で思い出そうとする。

 元々デミウルゴスが立てていた長期計画では、上層部を手中に収め自由に操れるようになった法国を使い、各国に戦争を仕掛けさせて国同士を争わせることで、周辺国家すべての国力の低下と、数少ない強者がどう動くのか見極める予定だったが、シャルティアが先走り、最高執行機関にこの都市の占拠を命じたことで、その計画は破綻した。

 

 それに憤慨したアルベドの糾弾によって、窮地に陥ったシャルティアを救ってくれた主の慈悲深さ。今思い出すだけでも、全身が幸福に包まれる。

 何より、アルベドや他の守護者たちが何を言っても玉座の間から出てくることのなかった主が、自分を救うために出てきてくれた。これが一番重要なのだ。

 はっきり口にしてしまえば、喧嘩どころか殺し合いに発展しかねないため、アルベドには言っていないが、主にとってこのシャルティア・ブラッドフォールンこそが、最も大切な存在だと言われたも同然なのだから。

 

「ああ、あの大口ゴリラの悔しがる顔が目に浮かびんすぇ。今更点数稼ぎをしても、あの御方の寵愛はもはや、このわたしのもの! はっ! ははは!」

 

 興奮して思わず声を張り上げた直後、今はそれどころではないということに気が付くが、それでも抑えきれずに口元に浮かぶ笑みを、シャルティアは意志の力で無理矢理抑え込む。

 今はなにより、その主の慈悲により、変更された計画の遂行を第一に考えるべきだ。

 デミウルゴスも言っていたではないか。

 このエ・ランテルを占拠し、ここに存在する全てをナザリックの資源として利用する。その戦果を主に報告し、出立の際に見せられなかったこのドレス姿をお披露目する。

 その時こそ、この自分の胸に溢れんばかりに募った主への愛を伝えるのだ。

 

「んんっ。少ぅし、興奮してしまいんしたね。えーっと、なにを考えて──」

 

 一つ咳ばらいを入れてから視線を動かして、未だ固まったままの人間たちを見て思い出す。

 この者たちはシャルティアの眷族となった、スレイン法国最高執行機関の下にいる特殊工作部隊の一つ、陽光聖典。

 ただし、既に隊の半数以上の人員が愚かにもナザリック地下大墳墓に侵入したことで、隊の戦力は半減、あるいはそれ以下となっている。

 そもそも、他の六色聖典は情報収集やゲリラ工作など──人間にしてはと前置きをした上でだが──使い道がある者たちだが、この陽光聖典の基本任務は亜人集落の殲滅であり、その実力も第三位階の魔法が使える程度。

 ナザリックに自然と湧いてくるモンスター程度で簡単に代用ができる。

 

「やっぱり、こいつらに使い道はありんせんねぇ」

 

 だからこそ、この者たちが今回の作戦の責任を追わせるためのスケープゴートとして選ばれたのだ。

 元々は六大神とやらの信仰に従って亜人虐殺を行っていた陽光聖典が、信仰が行きすぎた結果、亜人や異種族だけではなく異教徒もまた自分たちの敵だと認識したことで暴走し、法国から出奔して手始めに三国の要所であるエ・ランテルを狙った。という筋書きだった。

 

 もちろん一部隊で都市を占拠するのは不可能なので、とある強大な力を持った存在が背後にいる設定となっている。

 本来それはシャルティアの役目だったはずだが、直前の作戦変更によってその役割を担うのは、あの憤怒の魔将(イビルロード・ラース)となってしまった。

 そうした強大な力を持った存在がエ・ランテルを占拠することで周辺諸国を煽り、場合によっては団結を促し、各所に存在する個としての強者も釣り上げるのが、この計画の本当の目的だ。

 その際は当然、法国も仲間に入れさせて、こちらに情報を流させる手筈だ。

 

 発端となったのが陽光聖典ならば、法国も各国から非難は受けるだろうが、完全に敵対されるほどではない。

 何しろ人間たちにとって法国は周辺国家最強と呼ばれる国。

 強大な力を前にすれば、味方は多ければ多いほど良いと考えるはずだ。

 

 当初はそのように考えられていたのだが、土壇場になってズーラーノーンというそれなりに名の知られた秘密結社がエ・ランテルに潜伏しているとの情報を、風花聖典という六色聖典の別部隊が入手したため、そちらをスケープゴートに使用することになった。

 これならば法国は何の警戒もなく周辺諸国同盟に加わることができる。

 その時点で陽光聖典には何の価値もなくなった。

 ついでに新しく隊長になった者が最高執行機関の決定に不満を覚えているらしいとの情報も得たため、黒幕の役割を憤怒の魔将(イビルロード・ラース)に取られて、やることのなくなったシャルティアが、遊びついでに処分する事にしたのだ。

 

 とはいえ、これはデミウルゴスの計画には無いこと。

 もう一度問題がないか、きっちり考えてから実行に移すべきだ。

 そう考えて再びチラリと陽光聖典に目を向けると、先頭に立っていたむさ苦しい外見の男が、何か言いたげにこちらをじっと見ていることに気付く。

 

「あ」

 

 作戦内容を思い出す最中、殺すと明言した上、他の内容に関してもいくつか声に出してしまったことに気付く。

 万が一にでもこの者たちを逃がすとこちらの情報が漏れてしまう。となるとやはりここで殺すのが得策だ。

 

「死体を持ち帰れば問題ありんせんね。殺しんしょう」

 

 いざというときに備えて魔力節約のために、鮮血の貯蔵庫(ブラッドプール)の材料にでもするのが一番だろう。

 そうと決めたシャルティアは良く血の吹き出しそうな首でも切り落としてやろうと爪を伸ばし、一人目の首を刈り取るべく、手刀を振り上げた。

 

「全く。なにが最高級宿だと思ったが、当たりを引けたという意味では確かに最高の宿だったらしいね」

 

 場違いに静かな声を、吸血鬼として人間などより遙かに発達したシャルティアの聴覚が捉える。

 その瞬間、シャルティアは陽光聖典の男ではなく、声が聞こえた壁に向かって拳を振り抜いていた。

 何の抵抗にもならず簡単に壁が砕け落ちると同時に、凄まじい速度の何かがシャルティアに向かって放たれた。

 

「くっ!」

 

 守護者最強であるシャルティアの身体能力を以て、辛うじて避けることができたその攻撃は、これまで見てきたこの世界の雑魚どもとは一線を画す速度と威力を誇っていた。

 

「何者!?」

 

 シャルティアの問いかけには答えず、壁の向こうから現れた乱入者は、竜を象った白金の全身鎧を身に纏い、その背後に複数の武器を浮かび上がらせながら呟いた。

 

「それとも。これも計画の内かい?」

 

 その言葉はシャルティアではなく、この場にいない別の何者かに向けられているように聞こえた。

 

 

 ・

 

 

「よし。逃げよう」

 

 鏡に映る阿鼻叫喚の地獄と化した都市内を眺めながら、悟が言う。

 その口ぶりは実に軽いものだった。

 

「逃げる、ですか?」

 

 ナーベラルとソリュシャンが、目を合わせた後、モモンガに視線を向ける。

 悟の意見を聞くべきか、モモンガに伺いを立てているようだ。

 二人は悟のことを四十二人目のギルドメンバーだと勘違いしているが、彼女たちにとって至高の存在とは四十一人のみ。

 モモンガが同格だと認めたため相手を立ててはいるが、命令を無条件で聞く気は無いと言いたいのが見て取れる。

 どこまでいっても彼女たちにとっては至高の四十一人こそが全てであり、それ以外に忠誠を誓うことはない。

 それはつまり本物の鈴木悟を見つけた後、彼女たちは間違いなく自分ではなく、本物の側に付くことを示していた。

 百年間変わることの無い、底なしの忠誠心を間近で見続けてきたモモンガには分かりきったことだったが、ショックを受けている自分に気づく。

 

(何を今更)

 

 一つ自嘲した後、モモンガは頭を切り替えて悟に顔を向けた。

 

「逃げるとは、どういうことだ?」

 

「そのままだ。相手は第十位階魔法の使い手、まず間違いなくプレイヤーに属する者だろう。その強さも分からないうちに戦う必要はない。俺たち、いやアインズ・ウール・ゴウンの戦いは始まる前に終わっていなくてはならない」

 

 そうだろう? と続ける悟は、どこか昔を懐かしんでいるようだ。

 確かに言っていることは正しい。

 相手がプレイヤーにしろ、NPCにしろ、第十位階の魔法が使えるとなればそのレベルは最低でも七十以上。

 魔法職に完全特化すればもう少しレベルは下がるが、どちらにしてもモモンガや悟はともかく、ナーベラルやソリュシャンよりは格上の相手であることは間違いなく、相手が一人とも限らない。

 そもそもユグドラシルはレベル上げが容易なこともあって、プレイヤーはその多くがレベル百になっている。

 対してモモンガも悟も、レベルこそ百だが本物に比べると、使える魔法も半分以下で、まともな装備も持っていない。

 悟はコンプライアンス・ウィズ・ローを持ってはいるが、完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)の魔法使用中しか着けることはできず、その場合でも戦士系の特殊技術(スキル)は使えないので戦士としての強さも微妙だ。

 結果として、相手が上位のプレイヤーであったなら、例え四人がかりであっても勝てるとは言い切れない。

 相手が二人以上ならば、負けは確実だ。

 だからこそ、戦わず逃げようと言う悟の考えも分かるが、同時に疑問もある。

 

「しかし、アインズ・ウール・ゴウンに関係する相手の可能性もある。先ずは隠れながら様子を見て情報を集めるべきではないのか?」

 

 今は百年に一度の揺り返しの時期と合致しているのだから、あり得ない話ではない。

 それを確かめてからでも遅くはないのではないか。

 モモンガの言葉を聞いて、ナーベラルたちもピクリと体を反応させた。

 もしアインズ・ウール・ゴウンの関係者であっても、ギルドメンバーは最終日にログインしていないため、彼女たちが最も会いたい存在であろう、自らの創造主に会える可能性は限りなく低い。

 だが、数多く創造したNPCたちのいずれかならば、まだ望みはある。

 残念ながら二人の姉妹であるプレアデスのメンバーは第十位階魔法を使えない──オーレオールオメガは使えるが、彼女は支援魔法に特化していたはずだ──ので除外となるが。

 そんなモモンガの提案を悟は即座に切って捨てた。

 

「それは無いな」

 

「何故、でしょうか? 悟様」

 

 モモンガが問う前にソリュシャンが問う。

 そこには百年ともにいたモモンガでなければ分からないほど、僅かな不満が滲んでいた。

 彼女たちはモモンガを、如何なる場合に於いても完璧な絶対者としてみている。

 その虚像は百年掛かっても修正できなかった。

 だからこそ、そのモモンガの提案を即座に却下したことに不満を抱いているのだ。

 そんな二人の様子に気づいているのかいないのか、悟はこれまで通り淡々と言葉を紡ぐ。

 

「仮に。相手がアインズ・ウール・ゴウンの者なら、今言った理屈を相手も理解しているはずな以上、こんな危険は犯さない。違うか? それに情報収集ならこんな危険な場所ではなく、逃げた後で外から行えばいい」

 

「あ」

 

 確かにその通りだ。

 ナザリック地下大墳墓が来ているのなら、そこには本物のモモンガ、いや鈴木悟がいるはず。

 そして百年単位で転移する揺り返しの性質上、最近来たばかり。

 そんな状況でこんなリスクを冒すとは考えづらい。

 ならば一度ここを離れても問題はない。

 悟の言うように、誰も見ていない場所でならば、この鎧を解いて魔法的な手段で監視する方法はいくらでもあるのだから。

 

(しかし、即座にここまで考えるとは。こいつ本当に俺と同じコピーか?)

 

 悟は二百年前に来たと言っていたが、これが百年分の経験の差なのかもしれない。

 だがこれはチャンスだ。

 ここで悟の方が格上であり、モモンガが万能の絶対者などではないと、二人に伝えることができれば、今後行動の指針をモモンガ一人で決めることなく相談して決められる。

 

(むしろ今後は悟の方に絶対者として動いてもらえば──)

 

 チラリと視線を動かすと、悟は一瞬何かに気づいたように体をびくつかせた後、一つ咳払いを入れた。

 

「……とまぁ。こんなものでどうだモモンガ。俺もまだまだ錆び付いてはいないだろう」

 

「んん?」

 

 突然軽い口調に変わった悟に、二人は答えを求めるかのようにモモンガに目を向けた。

 当然何のことかわからないモモンガは内心大いに慌てるが、それも直ぐに鎮静化する。

 その一瞬のラグを狙ったかのように、悟は不思議そうにしている二人に言葉を掛けた。

 

「モモンガならこの程度のこと気づいていたに決まっているだろう。俺がアインズ・ウール・ゴウンのやり方を忘れていないか試した。そういうことだろ?」

 

 その説明を聞いて、ナーベラルとソリュシャンはああ、と納得したように頷いた。

 

「なるほど。流石はモモンガ様」

「それに即座に気づき、対応なさるサトル様も流石は、至高の御方々と同じ地位にいる御方。お見事です」

 

「いやいや。モモンガとはよくこうして互いに試し合いをしていたからな。なあモモンガ」

 

「あ、ああ。そうだな、悟!」

 

(こいつ、自分が俺と同じような立場になるのがイヤで逃げやがったな)

 

 誤魔化し方が巧くなり、頭の回転も自分より遙かに早いが、性格や考え方自体はモモンガと大差がないことを理解する。

 

(やっぱりこいつ俺だわ)

 

 どうせ今頃は心の中でガッツポーズでもしているに違いない。

 その光景をはっきりと思い浮かべることができた。

 

「ともかく、行動が決まったのならさっさと移動しよう。転移魔法なら一発だ」

 

 鎧を身につけたままで使える魔法は五つだが、その中に転移系の魔法は入っていないため、モモンガは改めて魔法で作った鎧を解こうとする。

 その瞬間、見えない波動──大気の歪みのようなものが上空から迫り、体を貫いた。

 

 

 ・

 

 

 宿の壁を突き破って外に飛び出した仮面を付けた女を追いかける。

 そのまま逃げるつもりかと思ったが、ある程度の高さまで到達すると女はその場で静止し、クルリと反転してこちらを見た。

 位置も併せて、実に好都合だ。

 

「世界歪曲障壁」

 

 相手が何かするより先に手を打つ。

 使用したのは転移を阻害する結界だ。

 この魔法の範囲は数キロに渡る。ちょうどエ・ランテルの中心である最内部の上空にいることが幸いした。

 ここでこの魔法を使用すれば、エ・ランテルのほぼ全てを包むことができる。

 本来はより上位の魔法であり、転移だけではなく物理的な手段での出入りも防ぐ、世界断絶障壁を発動させたいところなのだが、そうするとエ・ランテルの住人も外に逃げ出せなくなる。

 とはいえ自分にできるのはここまで。アンデッドに関してはこの都市の冒険者や衛兵たちに何とかしてもらうしかない。

 どちらにせよ、これでこの空間を自由に転移で移動できると確定しているのは、自分と揺り返しの要である世界級(ワールド)アイテムを持っているサトルの二人だけ。

 目の前の女が何者なのかは不明だが、揺り返しによって現れた存在ならば、相手も世界級(ワールド)アイテムを持っている可能性はあるが、それでも基本的にそのアイテムを持っているのは揺り返し一度に付き一人だけのはずだ。

 つまり、この場で戦いになったとしても、自分とサトルの二人掛かりならばまず間違いなく勝てる。

 

「お前の名は?」

 

 どうせ答えないだろうが、一応聞いてみる。

 案の定、女は答えずに指先を頭上まですっぽりと覆った、世界歪曲障壁によって生み出された半透明な膜に向ける。

 

「……あれは何?」

 

 淡々とした語り口だが、内心に苛立ちを内包しているのが分かる。

 いつものツアーならば、相手がこちらの問いに答える気がないと理解した時点で、問答無用で攻撃に移るところだが、今回はまだ早い。

 サトルに自分たちを見つけてもらわなくてはならないからだ。

 サトルを初めとした、この世界の者たちが長距離通信を行う際に使用する伝言(メッセージ)なる魔法を、ツアーは使うことも受けることもできない。

 あれはあくまでも八欲王が世界を汚したことで広めた位階魔法であり、始原の魔法を操る竜王はそれを使用することができないためだ。

 ツアーがこの女との戦いの場に上空を選んだのは、それが理由だった。

 ここで戦いを始めれば、直ぐにサトルが気づいてくれるはずだ。

 それまでの時間稼ぎを行わなくてはならない。

 そう考えたツアーは、問われたことに正直に答えた。

 

「転移魔法を阻害する防壁だ。つまり、お前が臆病風に吹かれて逃げ出ようとしても無駄だということだよ。信じられないのならば試してみると良い」

 

 時間稼ぎと挑発を兼ねた発言だ。

 世界歪曲障壁はあくまで転移で外に出ることを阻害するだけのものなので、実際に転移魔法を使用され、膜に近づかれると歩いて外に出られることに気づかれかねないのだが、先ずは情報が集められればそれで良い。

 これで相手が挑発に乗り、転移魔法で外に出ようとするだけで様々な情報が得られる。

 普通に障壁外へ転移できれば、相手が世界級(ワールド)アイテムを持っていると証明できる。つまりぷれいやーである可能性が高まる。

 逆に転移が失敗した場合でも、この中では転移そのものが発動しないわけではないため、転移で目的地に指定した方向の直線上にある膜の手前に転移することになる。

 つまり、その位置を確認すれば相手の拠点がある方向を知ることができるのだ。

 

(そう言えばこのやり方も、サトルが教えてくれたんだったな)

 

 かつて十三英雄の仲間たちと魔神退治をしていたときの話だ。

 徒党を組んでいた複数の魔神の内の一体を追いつめたのだが、転移で逃げ出そうとしたため世界断絶障壁を使用した。

 その時に転移失敗の法則に気づいたサトルが、転移しようとした方向を割り出したことで、他の魔神たちの拠点を早期に見つけることが出来たのだ。

 さて、今度の相手はどう出るか。と出方を窺っていると、仮面の女は僅かに首を傾げ、低く唸り声を上げた。

 

「ああ?」

 

 その声と、鎧を通じて本体であるツアー自身にすら伝わるほどの殺意を漲らせる様を見て、瞬間的に理解する。

 やはりこの者は、本質的には悪。世界に協力するものではなく、世界を汚す側だと。

 

「このわたしが逃げる? 調子に乗るなよ」

 

 逃げるという言葉に反応したのだとしたら、単純に挑発に乗りやすいタイプなのか、それともプライドが高いのか。

 だが、逃げないのならばそれでも構わない。

 戦いになれば、直ぐにサトルが気づく。

 だが、その前にもう一つだけ確認をしておかなくてはならないことがある。

 自分たちがエ・ランテルについて早々にこの事件は起きた。

 アズスに調べてもらった八本指の件と合わせても十中八九、サトルはこの件を知っていたのは間違いない。

 その上でツアーに黙っていたのだ。

 それは何故か。

 

 単に確証が得られなかったため。

 情報漏洩の可能性を少しでも下げるため。

 実はこの事件の裏に評議国が絡んでいて、永久評議員の自分に知らせるのを躊躇った。

 可能性だけならいくつも考えられる。 

 だが、もっとも可能性が高いのは──

 

(ここに私をおびき寄せて、サトルとこの女の二人掛かりで叩くつもりだった)

 

 つまり、サトルがツアーを裏切った。

 そうであったのなら、それはとても悲しいことだ。

 だが同時に覚悟を決めることもできる。

 世界のために、かつての仲間であり友であるサトルをこの手に掛ける覚悟。

 そのときはエ・ランテルのことも気にしている余裕はなくなってしまうが、それもまた世界の守護という大局から見れば、小さな犠牲でしかない。

 

「戦う前に聞いておこう……サトルという名を知っているか?」

 

 意を決して問いかけるツアーの言葉に、再び女は僅かに首を傾げた。

 女が口を開くまでの時間が、まるで永遠であるかのように長く感じられた。




世界歪曲障壁で転移失敗の際どうなるかなどは、十四巻で出てきた世界断絶障壁の描写を参考にしています
ツアーが世界歪曲障壁を使用可能という描写はありませんが、より上位の魔法らしい世界断絶障壁が使えていたので使えることにしました
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