そのせいで後半ちょっと詰め込み過ぎたかもしれません
「今のはなんでしょう。攻撃、ではなさそうですが──」
自分の体を通り抜けていった波動はそのまま外に向かい、半球状の膜のようなものがエ・ランテル全域を覆うほど広がって停止した。
「この範囲に影響を及ぼす魔法。クソ! 二人とも、こっちに! さっさと転移魔法で──」
「ダメだ! 転移魔法は使うな」
力強く叫んでから、悟は空に向かって顔を持ち上げ、憎々しげに舌を打った。
「こうなったか」
「なに?」
「サトル様。それはいかなる」
「この魔法の中では転移魔法は使えない。試そうともするな。相手に捕捉される」
「悟。お前、これについて何か知っているのか?」
先ほどの反応からして悟が何か知っているのは間違いない。と考えての問いかけに、悟は少しの間考えるような間を空けてから応える。
「……俺たちが使用する位階魔法とは別の魔法。真なる竜王と呼ばれる者たちだけが使える始原の魔法だ」
「なんだと!」
真なる竜王。
ドラウディロンの曾祖父を初めとして今では極少数しかいないらしいが、その力は強力無比。かつてはプレイヤーすら打ち倒したという化け物じみた力の持ち主だと聞いている。
そのときの戦いのせいで、竜王は未だプレイヤーを敵視し、竜帝の汚物という蔑称で呼んでいることも。
「これほどの力を持っていたのか」
転移阻害自体はモモンガも使える
少なくとも、その超位魔法も使えず、まともな装備も持っていない今のモモンガで太刀打ちできる相手ではない。
「それは。つまりアンデッドの召喚や、
ソリュシャンの推察に、悟は再度強く頷いた。
「プレイヤーと竜王は基本的に敵対関係にある。そして竜王の中には常にプレイヤーを捜している者もいる。それに引っかかったのだろう」
モモンガは頭の中で、これまでの状況を整理する。
(えーっと。つまりなんだ、俺が偶然この都市にきたタイミングで、悟も偶然来て、謎のプレイヤー勢力まで現れて、それを追って竜王も来た。と……いや、これ絶対偶然じゃないだろ!)
一つ二つまでなら偶然の範疇だろうが、それ以上の偶然が重なるとは考えづらい。
自分たちがこの都市に来たことすら、依頼をした何者かに呼び寄せられた可能性もある。
そうなると一番怪しいのは──
そこまで考えてハッと気がつき、僅かに視線を下に向けて考え込んでいる悟を見る。
モモンガにとって、正義の象徴とも言えるたっち・みーの鎧も中身が別人だと、何となく邪悪に見えてくるから不思議なものだ。
二百年という自分たちより百年長くこの世界にいて、この竜王固有の魔法に関してもそうだがこちらの知らない情報も多数持っている。
自分と同じ立場だからといって、安易に信用すべきではないのかも知れない。
「やはりここは一度引いた方が良いな」
モモンガがそう考えたタイミングで、悟が再度撤退を提案する。
こうなると、奴の思い通りにするのも危険に思えてくる。
「しかし、転移魔法は使えないのだろう?」
「あの魔法が阻害するのは転移のみだ。歩いて外に出れば問題ない」
「……ずいぶん詳しいな」
「当たり前だ。俺は一度竜王と戦っているからな。そのときは撤退を優先させたが、しつこくてな。撤退するだけでも面倒だった」
その時のことを思い出したのか、悟は重々しいため息の真似事をしてみせた。
演技には見えないが、やはり引っかかる。
「では。この都市にいる下等生物どもを盾や囮に使い、そこに紛れる形で撤退するのは如何でしょうか?」
何とか悟の思惑から外れたい。と頭をフル回転させていたモモンガに、ナーベラルが提案した。
ソリュシャンではなく、ナーベラルが提案するというのは珍しいが、それも彼女が成長している証だ。
(これは使えるのでは?)
モモンガが出したアイデアならば、同じ思考回路を持っている悟が読んでくるかもしれないが、ナーベラルやソリュシャンといったNPCの行動は読めないはずだ。
実際彼女たちが命令無視をしてこの場に駆けつけたことが、悟にとって予想外だったのは事実。
ならばその案を採用すれば、悟の思惑から外れるのではないだろうか。
「よし。それで行こう! 悟、かまわないな?」
悟が何か言う前に、今度はモモンガの方が先手を取る。
これで向こうがそれを却下したのならば、何かしら思惑があると見て間違いない。
「……しかし、お前たちもこの都市に来たばかりと言っていたが、宛はあるのか?」
「それならば問題ございません。共に依頼を行った冒険者や、冒険者組合の長とも面識がございます。あの者たちは私たちの実力の一端を知っておりますので、手を貸すといえば反対はしないかと」
今度はソリュシャンが補足を行う。
悟はさらに考えるような間を空けた。
やはりNPCたちの提案は、悟の思惑の外だったらしい。
「──ならば、それで行こう」
やがて吐き出された声には、ほんの僅かに不満の色が混ざって聞こえた。
それはモモンガの気のせいではなかったのだろう、悟はただ。と前置きをしてから言葉を続けた。
「そういうことなら、俺は別行動を取る」
「別行動?」
「ああ。俺はその冒険者組合の相手とは顔を合わせていないからな。説明も面倒だ。お前たちはその冒険者組合に紛れてそのまま都市を脱出。俺は別ルートから一人で抜け出す」
悟がそう言った瞬間、巨大な雷が空に走った。
天然の雷ではなく、魔法によって発生したものだ。
あの規模となると単体を狙う雷系魔法としては最高位の
プレイヤー側の勢力と竜王側の勢力が、戦い始めたのだろう。
悟自身が先ほど言ったようにプレイヤー側の勢力がナザリック地下大墳墓の一員、もっと言うなら本物の鈴木悟である確率は低い。
ここを離れるのが最良なのは間違いなく、戦いを始めた今ならば意識はそちらに集中するため、逃げるのならば今の内だ。
そのはずだ。
完全に信じきれないのは、やはり悟に対する疑念が晴れないためか。
戸惑っている様子や、一人で別行動すると言った提案すら、悟の予定通りだったら。
そんな風に考えてしまう。
いや。これほど複数の状況を自分の思い通りに操ることなどできるはずがない。単なる考えすぎだ。
と言いたくなるが──実際ナーベラルやソリュシャンはモモンガにそうした技能があると勘違いしている──悟には自分にはない百年分の経験値、いや、モモンガ自身転移してからの百年はほとんど引きこもって生活していたことを考えると、それ以上の経験がある。
人格や記憶はともかく、思考回路や頭の回転の速さなどは既に別人と考えた方が良い。
(そうは言っても既に作戦は決まってしまった。今から別の案を考えることもできないか)
「よし。分かった。悟とは別行動を取ることにしよう」
「後は集合場所だな。この結界の中で
ここだ。とモモンガは思いつく。
集合場所を悟に決めさせてはならない。
そこに悟が何らかの罠を仕掛ける可能性もあるからだ。
ならば確実に、それがあり得ない場所を選べばいい。
幸いモモンガと悟が知っている場所で、この百年、一度も悟が訪れていないと太鼓判を押されている場所がある。
「なら集合場所は、カルネ村でどうだ?」
その名を口にした瞬間、悟の体がピクリと反応した。
「……あの村まで知っているのか」
「私たちの行ってきた仕事がトブの大森林での薬草採取でしたので。ですが、悟様はどうして……」
モモンガの代わりにソリュシャンが答えながら、途中で気がついたとばかりに目を見張る。
ハムスケから聞いた情報については、二人には話していなかったため、カルネ村の開祖と呼ばれていた男が悟であることを二人は知らなかったのだ。
だが、悟が村の名前を知っていたことで、結びついたようだ。
「そう言うことらしい。悟、あの村の開拓にはお前が関わっていたそうだな。ハムスケが会いたがっていたぞ」
「ハムスケ、か。懐かしい名前だ。そう言うことなら話は早い。あの場所は俺も記憶している。脱出したらすぐ合流しよう。それと──もう一つ頼みがあるんだが」
昔を懐かしむように鼻を鳴らしてから、悟は気を取り直すように小さく首を振り、モモンガに向かってごく軽い口調で続けた。
「冒険者を使って逃げるのなら、ついでに英雄になってきてくれないか?」
・
エ・ランテルの冒険者組合。
アンデッドから逃げのび、どうにか転がり込んだ組合の中は、つい先日、漆黒の剣に護衛任務を頼みに来たときとはまるで違う騒々しさが溢れていた。
「あ、あの! 漆黒というチームのことを知っている方はいませんか!?」
息を整える間もなく声を張り上げようとするが、走り続けたせいで喉が乾き、大きな声が出ない。
それでなくても、せわしなく動く冒険者たちの悲鳴にも似た声に紛れて、ンフィーレアの言葉はかき消される。
だが、怖気付いてる暇はない。
モモンたちを呼ぶ時間を稼ぐために戦っている漆黒の剣や、祖母のリイジーを救いに戻らなくてはならないのだから。
「あの、モモンさんという剣士なんです。漆黒の全身鎧を着た」
近くにいた冒険者らしい男の肩を掴んで、直接声を掛ける。
「ああ!? しらねぇよ、そんなこと。冒険者じゃねぇなら隅っこにいってろ!」
それだけ言うと、男はンフィーレアを押し退けて行ってしまう。
走り続けた疲れのせいで思わず倒れ掛けるがなんとか留まり、再び別の冒険者に声をかけようとしたところ、後ろから声がかかった。
「ねぇ。その剣士ってバカデカい剣二つ持って、もの凄い美人を二人連れた人?」
驚いて後ろを振り返ると、そこには赤毛の女冒険者が立っていた。
彼女が口にしたのは、まさしく漆黒の三人。やはりここに来ていたのだ。
「そ、その人たちです! 彼らは今どこに!」
「こ、この騒ぎが起こるより前に、組合を出ていったよ。あんなご立派な鎧着た人がわざわざ裏口から出ていったから記憶に残ってたんだ」
思わず詰め寄るンフィーレアの勢いに押されるように、女冒険者は一歩後ろに下がる。
「そ、そんな」
入れ違いになったのだと気づき、力が抜けそうになるが、何とか堪える。
(いや、だったら。探しに行けば良いんだ)
あの三人がアンデッドに負けるはずがないのだから。
「裏口から出てどっちの方向にいったか分かりますか?」
「裏口から出たらあっちしか行けないけど……まさか捜しに行く気? あんた冒険者でもないのに、ここまで逃げてこられただけでも奇跡みたいなものなんだから、止めておきなよ。今のエ・ランテルじゃここが一番安全だよ。上で組合長と作戦会議してるけど、ミスリル級冒険者チームが二組残ってる。それに、もう入り口も塞いじゃったよ」
そう言われ、視線をンフィーレアが入ってきた扉に向けると、そこには既にバリケードが作られていた。
今更外に出たいから外してくれと言っても許してはくれないだろう。
だが、自分一人外に出るだけなら、それこそモモンたちが出ていったという裏口や、二階の窓から飛び出ることはできる。
リイジーや漆黒の剣の皆を助けるためにも、迷っている時間などない。
「ありがとうございます」
頭を下げ、走りだそうとした瞬間、バリケードの向こうにある扉からドン、と大きな音が響いた。
逃げ遅れた住人たちが助けを求めにきたのかと思ったが、そうではない。
扉を叩く音が違う。
腐った肉を叩きつけたような、水気を多く含んだ打撃音は人のそれではなく、
「クソ! ここまで来たか」
ンフィーレアを押し退けて、女冒険者が前に出ていく。
扉を叩く音は、より強く大きくなる。
その瞬間、背筋に寒気が走った。
ここまで無我夢中で走ってきたため忘れていたが、外に出ると言うことは、あの死を形にした存在である、アンデッドたちの群れが跋扈する中に戻ることに他ならない。
そのことに今更恐怖を覚え、手が震え始める。
外に出て、モモンたちが見つからなければ自分は死ぬ。
それは間違いない。
何より、ここまでアンデッドが押し寄せたということは、その手前で時間稼ぎをしていたはずの、漆黒の剣やリイジーは既に──
(でも!)
最悪の想像を振り切り、ンフィーレアは震える手を無理矢理握りしめて、拳を作る。
それと同時に扉から先ほどより更に巨大な音が轟いた。
今までにない轟音に、ンフィーレアも含め冒険者たちも身を竦ませる。
とうとう扉が破られるのか。誰もがそう考えた。
しかし、想像とは異なり、その音を最後にそれまで絶え間なく続いていたアンデッドが扉を叩く音が途絶えた。
いったい何がと思う間もなく、聞き覚えのある声が室内に響いた。
「おい! 外のアンデッドは片づけた。ここを開けてくれ! アンデッドはまだまだ増えてる。閉じこもっててもじり貧だ!」
「ルクルットさん?」
いつも軽薄で飄々としている彼らしくない、切羽詰まった声だが間違いない。
漆黒の剣のメンバーである彼が生きていたことに声にならない喜びを感じ、その直ぐ後聞こえてきた声で、彼がここまで生きてたどり着けた理由も分かった。
「まだですか?」
こちらはいつも通りというべきか、感情の起伏が薄く、冷淡さと抜き身のナイフのような鋭さだけが、はっきりと伝わる声にも聞き覚えがある。
ワーカーチーム漆黒の
ナーベがモモンを置いて一人で行動するとは考えづらい。
つまり外にはモモンもいる。
ルクルットが居るのなら、他のメンバー、それにリイジーも一緒のはず。驚きと喜びで足がもつれそうになりながら、扉に向かおうとすると、先ほどの赤毛の女冒険者がそれを止めた。
「あんた外の奴知ってるのね。さっき捜してた全身鎧の剣士?」
「いえ、彼は違います。でも──」
説明の時間ももったいないが、納得してもらわなければバリケードを外してもらえないかも知れないと話し始めた矢先、再びルクルットの声が響いた。
「いや、ナーベちゃん。それはまずいって。ちょっと! ああ。中にいる奴、死にたくなかったら扉の前から退けろ!」
先ほど以上に切羽詰まった声は、もはや悲鳴に近い。
それを引き出しているのがナーベだと気づいた瞬間、全身から血の気が引く。
今自分が立っているのは、扉の直線上だったからだ。
「こっちです!」
「ちょ! 何よ」
腕を掴み無理矢理引っ張りながら自分も真横に飛ぶ。
「〈
冷たい声と共に閃光が扉とバリケードを吹き飛ばしたのその直後だった。
「さっさと外に連れてきて下さい」
呆気に取られる冒険者を一瞥することもなくナーベは言い、ローブを翻して立ち去っていく。
「ホントクールだねぇ。ま、俺はそこに惚れたんだけど」
続いて姿を現したルクルットに、冒険者たちが僅かに安堵したような雰囲気となった。
銀級とはいえタレント持ちの
「ルクルットさん!」
改めて声をかけるとルクルットもまたンフィーレアを見つけ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「おっ。無事たどり着けたか少年。こっちも全員無事だぜ。お前のばあちゃんもな」
最後に付け加えられた言葉に思わず全身の力が抜ける。
「本当ですか。良かったぁ」
「だが、喜んでばかりもいられねぇ。みんな、俺は銀級冒険者チーム漆黒の剣のルクルット・ボルブだ! さっきも言ったように外に出てくれ。ここにいたって死ぬだけだ。だが、外には英雄が居る。あの人について行けば生き残れるぞ!」
途中からンフィーレアではなく組合内の全員に向かって告げてルクルットは破壊された扉の外を顎でしゃくった。
当然、ンフィーレアはその指示に従って外に出ようとする。
「なんなのよ。さっきの女は。英雄って何よ」
「外に出れば分かりますよ」
混乱する赤毛の女冒険者にそう告げて、ンフィーレアはさっさと外に向かう。
誰かが先陣を切らなくては、後に続く者は出ない。
壊れた扉から出た先には、ルクルットの言うように英雄が居た。
組合から少し離れた場所で両手に巨大な剣を一本ずつ携えて立つ、一人の男。
ここまでその双剣で、どれほどの
「あ、あれが?」
ンフィーレアの後を追いかけてきた女冒険者が震えた声を出す。
その後ろからもチラホラと冒険者たちが続いているのが見えた。
破壊された組合の入り口近くに、人溜まりができた頃、ようやくモモンが動く。
アンデッドの群れはモモンを取り囲むだけで、それ以上近づいてくる様子はない。
生者を憎むこと以外の感情など存在しないはずのアンデッドが、まるで彼の力を恐れているかのようだ。
しかし、そんなモモンの背後を突く形で二体、巨大な剣と盾を持った騎士のような風体のアンデッドが飛び出してきた。
モモンよりも遙かに巨大なそのアンデッドは左右から同時に襲いかかり、振り被った剣を一直線に叩きつける。
だが、その奇襲にもモモンは動じない。
「まったく、しつこいアンデッドだ」
振り返ることもせずに煩わしそうに言うと、自身の剣を相手の剣にぶつけるように振り上げる。
年季が入りながらも、一目見ただけで業物だと分かるアンデッドのフランベルジュはモモンのグレートソードとぶつかった瞬間砕け、モモンの剣はそのままアンデッドの頭を粉砕した。
崩れ落ちていく二体のアンデッドには最後まで目もくれず、モモンはそのまま周囲のアンデッドを打ち倒し始める。
ナーベとソーイもそれに加わり、この一帯に群がっていたアンデッドの群が一掃されるまで、時間は掛からなかった。
ここにいる誰もが、その強さに口を閉ざし、固唾を呑んで見守る。
「漆黒の英雄」
誰かが呟いたその言葉は、まさしく彼を称するに相応しいものに思えた。
・
突然現れ、ミスリル級冒険者チームでも足止めがせいぜいだった、強大すぎる力を持ったアンデッドの騎士をあっさり打ち倒し、その後周囲に群がっていた多数のアンデッドをも一蹴した、ワーカーチーム漆黒の登場は、この場にいる全員に鮮烈な印象と希望をもたらした。
彼らがいればこの難局も乗り切れる。
このアンデッド騒ぎの首謀者を討ち取ってくれる。
誰もがそう思っていただけに、モモンが発した言葉には驚愕させられた。
「さぁ、この都市を脱出するぞ。助かりたければ、この私、モモンに付いてこい!」
冒険者たちが困惑する中、慌てて二階から降りてきたアインザックが前に出る。
「ま、待ちたまえモモン君。脱出とはどういうことだ? エ・ランテルを見捨てるとでも言うのか?」
その問いかけに、モモンは何でもないように頷いた。
「その通りだ。もはやこの都市は助からない」
「何を言っている! この都市には未だ何万、いや何十万という人々が居る。それを見捨てて逃げ出すなど──」
「冒険者は国属意識が薄いと聞いていたが、そうでも無いようだな」
「なにを」
アインザックが言葉を続ける前に、モモンが上を指した。
「組合長、先ほどから上空で何者かが戦い始めたのは知っているだろう?」
確かに行政区が存在する城壁最深部の頭上で、人知を超えた何者同士が戦いはじめているのは見えていた。
その戦いは、冒険者として様々な強者や強大なモンスターを見てきたアインザックをして、今まで見てきたものが児戯だと思えるほど。まさしく神話の領域にあるものだった。
「あ、ああ」
「これは私の情報提供者から聞いた話だが、奴らはこの件の首謀者と、それに敵対する第三勢力の何者か、らしい」
情報提供者。とやらが何者かは気になるが、ワーカーチームは組合などが存在しない分、特別な情報網を持っていると聞いているため、そこには触れずモモンに詰め寄る。
「ならば尚更。この手のアンデッドは召喚者を討てば楔を失い消滅するはずだ。君の実力は私も見た。間違いなく君はアダマンタイト級冒険者と同等あるいはそれ以上。その君が第三勢力と協力すれば──」
あれだけの者たちの戦いの前には、都市最強のミスリル級冒険者チームですら何の役にも立たないのは事実。
しかし、そのミスリル級冒険者チームでも相手にならなかったアンデッドの騎士を二体も同時に葬ったモモンならば。
「敵の敵が味方ならばそれも良いだろう。だが、アンデッドを召喚した者はもちろん、それと敵対する第三勢力が我々の味方とは限らない。それにあの膜を見ろ。あれは転移魔法を阻害する魔法だ。恐らくはアンデッド召喚者を逃がさないために第三勢力側が使用したもの。上で戦っているのはそんなレベルの連中だ」
モモンの言葉に周囲の者たちが騒めく。
「あれだけのアンデッドを召喚する奴と、あんな範囲魔法を使う別勢力までいるってのか?」
「おまけに転移魔法って、第五位階の魔法だろ?」
「そんなもんを使うやつらが相手なんて、勝てるわけがねぇ」
「……だとしたら、確かに逃げるのは今しかないんじゃないか?」
モモンの言っている言葉の脅威を理解できる冒険者だからこそ、その言葉に従うべきではないかという意見が広がり始める。
「みんな落ち着け、まずは冷静に──」
「アインザック!」
皆を落ち着かせようと声を張り上げた瞬間、背後から声を掛けられ、そちらに目を向けると都市長へ報告に向かったラケシルが戻ってきた。
「おお、ラケシル。都市長は?」
問いかけた直後、暗い表情になり首を横に振ったラケシルの様子で全てを理解した。
考えてみれば当然だ。
都市長のいる行政区はあの戦いが行われている場所の真下、あれだけ派手な戦いに巻き込まれないはずがない。
これで冒険者組合は独自の判断で動くしかなくなった。
「やはり、逃げるしかないようだな」
ラケシルとアインザックの無言のやりとりを見ていた、モモンが言う。
「……しかし、あの膜は突破できるのか?」
「あの魔法が阻害するのは転移のみだ。歩いて突破するのは問題ない。そこまでの道も私たちが先導する」
モモンの言っていることは理解できるが、やはり軽々には決断できない。
自分たち冒険者は人々を守るためにこそ存在する。
その守るべき人々を見捨てて、自分たちだけ逃げ出すことに対する後ろめたさがあった。
そんなアインザックの心を見透かしたようにモモンは続ける。
「敵は
十三英雄の英雄譚に登場する、配下の悪魔を引き連れて世界を滅ぼし掛けた存在、魔神。
それが単なるおとぎ話でないことは、冒険者ならば誰もが知っている。
モモンは今エ・ランテルで起こっている事件が、その再来ではないかと言っているのだ。
本来ならば荒唐無稽と笑いとばすところだが、数千を超えるアンデッドを召喚する者に、都市ごと覆う規模の魔法を使用する者。
既に二つの規格外の存在が現れた今、それを笑うことは出来ない。
モモンはそれを見越した上で、都市ではなく人そのものを救うべく、最も可能性の高い方法を実行に移そうとしているのだ。
それでも。
モモンの言っていることはあくまで最悪の場合だ。
アンデッドを召喚した側は明確な敵意があるにしろ、もう片方は分からない。
案外あの魔法は単純にアンデッドを召喚した相手を逃がさないために使用しただけで、そちらに勝利すれば、そのまま去っていくかもしれない。
それに、都市の人間を見捨てるという事は、この地に住む自分の家族も見捨てることになる。
冒険者の前に一人の男として、それは受け入れがたい。
(だが、そうでなかった場合を考えると──)
思考が堂々巡りを繰り返し、答えが見つからない。
「モモンさん! またアンデッドが集まって来たぜ」
「私たちが先に露払いをしてきます」
周囲の警戒を行っていた、漆黒の残りのメンバーが声を上げる。
「ああ。頼む」
視線を周りに向けると、確かにモモンたちが蹴散らしたアンデッドが再び集まり始めていた。
このままでは再びアンデッドに囲まれるのも時間の問題だ。
決断は急がねばならない。
そう分かっているのに未だ決断できないアインザックを他所に、モモンは周囲の冒険者たちに言い聞かせるように告げた。
「国や都市、家族ではなく、もっと広い視野を持ち、人々を守るために動く。それこそが本当の冒険者ではないのか?」
思わず顔を持ち上げ、モモンを見つめる。
「もし君たちにその覚悟があるのなら付いてきたまえ。道は私が切り開く」
そう言ってモモンは、都市の出入り口である東側の門に向かって巨大なグレートソードの切っ先を向ける。
国や都市では対処できない脅威から、人々を守る。
今でこそ、モンスター専門の退治屋と揶揄されているが、それこそが冒険者本来の役割。
モモンはワーカーでありながら、それを実行しようとしている。
同時に、その言葉に感銘を受けている者たちがいるのに気がつく。
それとは逆に反発している者も。
反発しているのはこの都市に昔からいる古株の冒険者たちだ。彼らの中にはアインザックと同じようにこの都市に家族がいる者も居る。
何より強さを示したとはいえ、新参者で冒険者ですらないモモンが勝手に方針を決めていることに不満を抱いているのだ。
逆に若い冒険者たちは、おとぎ話の中から出てきた英雄のようなモモンに憧れを抱き始めている。
それを理解したとき、アインザックは一つの解決策、いや自分自身を納得させる方法を思いついた。
「……モモン君。私の頼みを聞いてはくれないか?」
「頼み?」
「ああ。ワーカーチーム漆黒。君たちに冒険者となって貰いたい」
「冒険者に?」
「そうだ。今の君こそ、本物の冒険者と呼ぶに相応しい」
手放しでモモンを誉めるアインザックに、新人冒険者は更に瞳を輝かせ、逆に古参冒険者はますます不満を露わにしていく。
だが、それでいい。
「……分かりました。謹んでお受けしましょう」
「うむ。ではモモン君、最初の依頼は私から出させて貰おう」
アインザックの言葉に、モモンは分かっているとばかりに頷いた。
万能薬採取の依頼での受け答えや、ここまでのやりとりで何となく分かっていたが、やはり彼は察しがいい。
「アダマンタイト級冒険者・漆黒。君たちはこれより他の冒険者を引き連れ、エ・ランテルを脱出し、この危機を王国のみならず周辺諸国すべてに伝えてくれ」
周囲の騒めきがいっそう大きくなった。
それも当然だ。アダマンタイト級冒険者はエ・ランテルでは長らく空位であった、冒険者の頂点に与えられる位なのだから。
「アダマンタイト?」
「ああ。この冒険者組合の長。プルトン・アインザックが認めよう」
そう言ってアインザックは事前に用意していたアダマンタイト級のプレートを持ち上げる。
本来は事件解決の報酬として、彼らに共に戦ってくれと言うつもりで用意していたものだ。
「おいおいいきなりアダマンタイトってマジかよ」
「いや。モモンさんたちなら納得できる。あの人は、森の賢王に勝ったんだからな」
「森の賢王ってあの!?」
(なるほど。あの万能薬をこれほど早く取ってこられるはずだ)
トブの大森林の南方を支配する白銀の四足獣。それを打ち倒したのならば、森の探索も苦ではない。
最後に謎が解けて良かった。とアインザックは心の中で苦笑しつつ、さあ。とアダマンタイトのプレートをモモンに押しつける。
「分かりました。その依頼受けましょう。では組合長。隊列を組み、手薄な東側の門から──」
「いや。私は付いていかない」
モモンの言葉を遮ったアインザックに再び視線が集中する。
「では組合長はどうするのです?」
「私はここに残る。まだ都市内で戦っている冒険者チームや逃げられない住人もいるからな。彼らを見捨てることはできない」
「しかし──」
「それにだ。案外モモン君は心配し過ぎで、上にいる何者かがアンデッド召喚者を打ち倒し、そのまま都市を救ってくれるかもしれん。そうなったとき、対応できる者がいなくては困るだろう」
あえて豪快に笑う。
同時に再び空に巨大な雷が走り、轟音が鳴り響いた。
未だ決着はつかないようだ。逃げるのならば今しかない。
「そういうことだ。皆もモモン君に付いていくか、それともここで戦うか、決めて良い。どちらにしても依頼金は組合から出そう」
事の成り行きを見守っていた冒険者たちに提案する。
もっとも、依頼金の支払いは組合が残っていればの話なのだが。
そうして僅かな時間だが、これからの身の振り方を決めさせるための時間を与え、アインザックはその様子を少し離れた場所から見守っていた。
アインザックが想像した通り、モモンに憧れていた者たちは付いていこうとしており、逆にモモンに反発していた者たちは都市に残ろうとしている。その中には二組のミスリル級冒険者チームの姿もあった。
「これも計算通りか」
「ラケシル」
「お前や彼に不満を持った古株の高位冒険者が一緒に行けば、道中必ず衝突する。そうさせないためだろう?」
小声で言うラケシルに、アインザックは苦笑で応える。
「まさか天狼や虹も残ってくれるとは思わなかったがな」
「奴らもお前の考えを理解しているんだろう。あるいは先に戦ったクラルグラには負けていられないと考えたのかもな……しかし、良いのか?」
「なにがだ」
「モモン君は俺たちが若い頃憧れた、世界のために戦う本物の冒険者そのものだ」
ラケシルの言いたいことは分かったが、口は挟まず続きを待つ。
「彼に付いていけば、お前もその一員になれるかも知れないぞ」
その言い方は、この都市に残っても先はないことを理解している様子だった。
それはラケシルだけではなく、天狼や虹も含め、何度も死地を経験した古参の冒険者も同じはずだ。
それでも残ろうとする者は、単純にモモンに反発しているだけではなく、よほどこの地や住人に思い入れがある者たちに違いない。
「ラケシル。確かに俺は本物の冒険者とやらにはなれなかったが、本物の冒険者を送り出すことはできた。それで十分だ」
モモンに目を向ける。
こんな暗い中でも存在感のある漆黒の鎧の胸元には、アインザックの渡したアダマンタイトプレートが輝いている。
「それに俺は、自分の都市に住んでいる人々を守るだけの冒険者も、そんなに嫌いではないからな」
モモンも言っていたが、冒険者は国属意識が薄いと言われているが、そうした冒険者ばかりではない。
モモンが言う本当の冒険者とは違うが、そこに住んでいる人々のために命を懸けて戦う、そんな冒険者もいる。
これが自分が組合長として作った、冒険者の形なのだと思うと悪い気はしなかった。
アインザックの言葉を聞いて、ラケシルは小さくため息を吐く。
「ならば、俺もそれに付き合うとするか」
「良いのか?」
魔法の研究一筋であるラケシルは、アインザックのように家族は持っていなかったはずだ。
都市に残る理由は薄い。
しかしそんなアインザックの問いをラケシルは笑い飛ばした。
「皆まで言うなよ。俺たちはチームメイトだろう?」
「……助かる」
万感の思いを込めて頷き合い、二人は何の合図もなしに再びモモンに目を向けた。
先ほど露払いだと行って近くのアンデッドを狩りに行ったモモンのチームメイトも戻り、冒険者たちの決断も粗方済んだようだ。
後はそれぞれの立場に分かれて行動を開始するだけ。
都市に残る自分たちの役割は、取り残された人々を救いながら都市の外に誘導することと、モモンたちが脱出するまでアンデッドを引きつけて時間稼ぎを行うこと。この二つだ。
とはいえ、後者に関しては、これだけのアンデッドの大軍が方々に広がっている以上、引きつけられるのはごく僅か、大した手助けにはならないかも知れない。
だが、アインザックはさほど心配してはいなかった。
モモンが本物の冒険者、いや英雄ならば、この程度の危機、容易に乗り越えてくれるはずだからだ。
「さあ! 皆もそろそろ決めたか?」
全員に向かって声を張り上げると、冒険者たちが一斉にこちらを見る。
皆が頷くのを見届けてから、アインザックは更に大きく声を張り上げた。
「どちらを選んでも、エ・ランテルの冒険者として恥じない活躍を期待する!」
一拍の間の後、力強い叫び声が周囲に響きわたった。
ちなみにどんな攻撃でも一度は耐えるデスナイトをモモンさんが一撃で倒しているのは、冒険者たちに良いところを見せるため、事前にダメージを与えておいたからです
次はシャルティアとツアーの話になる予定
エ・ランテルでの話は後二話か三話で終わるはずです