前回がモモンガさんの話だったので、今回はアインズ様の話
ナザリック第十階層、玉座の間。
アインズは玉座に腰を下ろしながら、
作戦内容は既に確認しており、この世界の人間たちの脆弱さも併せて危険はないと思われるが、やはり心配になったのだ。
とはいえ、シャルティアを信用していないと思われると困るので、彼女や他の守護者たちには知られないように、わざわざ立ち入りを禁じているこの玉座の間に移動したのだが。
そのシャルティアはアインズに見られているとも思わずに、暗記したデミウルゴスの計画書を思い出しながら作戦を進めている。
初めはその様子を微笑ましく見ていたが、シャルティアが
一つは言うまでもなくシャルティア。
彼女が無事だったことに胸をなで下ろす間もなく、その眼前に立ちふさがる白金の全身鎧を纏った騎士の姿が目に入り、アインズは思わず叫んだ。
「なんだこいつは!」
その騎士はシャルティアを前にしても動じた様子も見せない。もっともシャルティアの見た目は単なる少女でしかないため、侮られても仕方ないのだが。
問題なのはどう見ても
この世界のレベルでは
魔法ではなく特別なアイテムなのかもしれないが、どちらにせよ、この都市にこんな騎士が居るとは聞いていない。完全にイレギュラーな存在だ。
騎士とシャルティアは向かい合いながら何か会話をしているようだが、その声は届かない。
「くそ! 声が聞こえないのが痛いな」
別の魔法を組み合わせればできるが、コピーであるアインズはその魔法が使えなくなっており、魔法の
口の動きで会話を聞こうにも、騎士は全身鎧、シャルティアは仮面を付けているためそれも叶わなかった。
しかし、身振りや雰囲気で少なくとも険悪な様子なのは分かる。
「いざというときは撤退を優先しろと伝えてあるから大丈夫だとは思うが……」
しかし、パンドラズ・アクター曰く、アインズに対して並々ならない好意を向けているシャルティアは、今回の作戦にかける意気込みが半端ではないらしく、元からこの世界というよりナザリックに属する者以外全てを見下していることも併せて、撤退を選ばない可能性もある。
「
そんなことを考えている間に、騎士が片腕を持ち上げる。
同時に騎士を中心として、直径数キロはありそうな巨大な半透明の球状の空間が発生した。
「あれは──まずい!」
こういった空間に作用する魔法を初手で使う理由はほぼ間違いなく、外部との接続を断ち、相手を逃がさないようにするためだ。
それもこれだけの広範囲に亘って効果を及ぼすとなれば、通常の魔法や
こんな超位魔法に見覚えはないが、この世界ではいくつかの魔法の効果が変わっている物もあるので、アインズの知っている魔法でも見た目や効果が変わっている可能性はあった。
どちらにしても情報が足りない。
「くそ!」
思わず玉座から立ち上がり、もう気にしてはいられないとシャルティアに
「何だ、いきなり」
鏡に近づき腕を振って視点を動かしてみるが、何も映らないままだ。
「監視がばれたのか?」
思わず周囲に目を向ける。
あの半球状の結界が展開した後も普通に監視できていたのだから、これはあの魔法ではなく、別の魔法による阻害、あるいは
元から
効果が発揮された段階で、アインズに向かって攻性防壁が発動してもおかしくはない。
だが、一向に攻撃はこない。
ナザリックはそうした物に対する防御もあるが、その場合も攻撃を受けたという反応は残るはずだ。
「攻性防壁は使っていない? まさか!」
もう一つの可能性に思い至り、アインズは自分の背後にある巨大な水晶で出来た玉座に目を向けた。
諸王の玉座。
アインズ・ウール・ゴウンが所有する、
数も二百種類と多く、アインズもその全てを把握してはいない。
スレイン法国があらゆる耐性を無視して対象を魅了する傾城傾国を持っていたように、この世界にもアインズの知らない
それはパッシブで発動しているものであり、だからこそアインズはナザリックにいる間は
そもそも、
ユグドラシルのゲームでは他のどんな
ならば、装備が不可能な諸王の玉座でワールドのバフを得るにはどうすればいいのか。
実験したことは無かったが、今になって一つの可能性が思い浮かんだ。
諸王の玉座で個人に対してワールドのバフを得るためには、玉座に座る必要があるのではないかというものだ。
急いで玉座に座り直して鏡に目を向けると、そこには何事もなかったかのように、先ほどまで見ていたエ・ランテルの光景が広がっていた。
つまり──
「あの膜は
最悪だ。
シャルティアには
これはアインズのミスだ。
この世界にも
しかし、諸王の玉座やアルベドに預けられている
NPCたちを守ると誓っておきながら、この体たらく。
自分自身に激しい怒りを覚えながらアインズは、少しでも情報を得るべく食い入るように鏡を見る。
先ほど視点を動かしたからか、より上空から見るような視点に変わった鏡の中では、シャルティアと例の騎士が激しい戦いを繰り広げていた。
相手がシャルティアと同程度の戦いができることを確認した瞬間、アインズは再び玉座から立ち上がっていた。
もはや黙って見ていることはできない。
シャルティアを救いに行くため、必要な物を取りに行こうと、アインズは玉座の間を出て宝物殿に移動した。
・
「サトル? 聞いたことのない名前ね」
仮面の女が淡々と答える。
嘘を吐いているようには見えないが、本当に演技の巧い者は息を吐くように自然に嘘を吐く。
それを見抜けるほどツアーは己の見る目に自信を持っている訳ではない。
ならば後はサトルが来るまで、こちらの手を内を隠しながら戦う。
これが最良だ。
もっとも、その際にサトルが自分と仮面の女、どちらの側に立ったとしても動揺しないように覚悟を決めておく必要はある。
万が一、この女がサトルや自分に近しい実力を持っていたとしても、逃げるだけならばさほど難しくはない。
たとえ逃げられなくても、この鎧も所詮ツアーの道具の一つに過ぎない。
壊されたところで本体に影響はない。
その結果サトルが本当に自分の敵だと確信できる方がメリットは大きい。
そうなれば、ツアーもまたこの世界を守るため、かつての仲間と直接対峙する覚悟を決められる。
(どちらにしても、先ずは時間を稼ぐか)
「では改めて聞こう。お前たちは何者だ、目的はなんだ?」
真正面から問いかける。
こうした会話による情報収集を仕掛けられた場合の相手の反応はいくつかある。
問答無用で攻撃を仕掛けてくる。
普通に乗ってくる。
その場合でも本当のことを言うか、それとも嘘を混ぜるかで意味合いは異なる。
逆にこちらに質問を返す場合もあるが、その際、どこまで会話につき合うかも決めておく。
これもサトルに教わった方法だったな。と内心で苦笑するツアーに、女が答えた。
「……良いわ。答えてあげる。わたしたちはズーラーノーン。死を隣人とする秘密結社、そしてここはわたしたちの実験場になるのよ」
(ズーラーノーン? アンデッドを使う
ズーラーノーンは周辺諸国の殆どから敵として認識されている危険な組織らしいが、それはあくまでも人間たちにとってであり、世界の守護を第一に考えるツアーにとって動く理由にはなり得ない。
だからこそ今まで特に対策や情報収集も行っていなかった。
もちろん、最近になってぷれいやーと繋がりを得た可能性や、単純にそれなりに名が知られている組織であるズーラーノーンに罪を着せようとしているだけとも考えられる。
しかし、一都市のみを狙う作戦の規模や召喚されているアンデッドの弱さ、アズスに調べてもらった八本指というあくまでリ・エスティーゼ王国、一国のみで暗躍する程度の組織に救援を求めているあたりから、考えるとズーラーノーンは釣り合いのとれた相手だと言える。
(だとすれば、サトルはあくまでそれを感知しただけ? しかし、私にそれを伝えない理由はなんだ? いや、決めつけるのはまずい。今はもう少し──)
「話は、終わりよ!」
声と共にツアーの目前に女が出現した。
世界断絶障壁内ならば転移は使えるが、これは違う。
常人では消えたようにしか見えない速度で、相手が突進してきただけだ。
その速度は明らかに、人間に出せるものではない。
そんな風に考えてしまった一瞬の油断。
鎧越しに見える視界が高速で流れていき、相手の拳によって吹き飛ばされたのだと気付く。
操っている鎧がダメージを受けたところで痛みはないが、鎧に強い衝撃が走る。
二百年前の魔神との戦いでも、これほどの衝撃はなかった。
やはりこの女はズーラーノーンなどではなく、揺り返しによって現れた世界を汚す力。ぷれいやーかえぬぴーしー以外あり得ない。
そう確信した。
「サトルにどんな思惑があっても、こんなに早く敵を見つけられたことは幸運に思うべきかな」
やれやれと心の中で気合いを入れ直し、ツアーはこれ以上の会話を諦め、戦いを開始した。
(強い)
圧倒的な膂力と魔法を組み合わせた戦い方は、これまでツアーが戦ってきた者の中でも最上位に位置している。
この鎧では手に余る。
それがツアーが仮面の女に抱いた感想だ。
(けれど、本体で戦えば勝てる)
確かに相手は強いが、自分もこの鎧では本気を出すことはできない。
相手にも多少の余力はありそうだが、それでも強さの底を推察できたことは大きな収穫だ。
気がかりなのは、いつまで経っても現れないサトルの存在だ。
ツアーを助けに来るでもなく、相手に加勢するわけでもない。
派手な魔法のぶつかり合いを何度も行い、これだけ時間が経っているのだから、いい加減こちらを見つけているはずだ。
「サトル。どうした、何か狙いがあるんじゃないのか?」
そうしたツアーの焦りが、思わず声になって外に漏れ出る。
ここまで来ても動きがないということは、どちらかの勝利が確定した段階まで動かないつもりなのかもしれない。
もしそうなら、これ以上の戦いは無意味だ。
相手は強いが、武器を持っておらず、攻撃力に欠けているため、こちらに決定打を打つことはできない。
それは本体ではないツアーも同じであり、結果的に戦いは、互いに決め手に欠けた消耗戦になりつつある。
世界歪曲障壁によって転移で逃げることのできない相手と異なり、ツアーはいつでも世界移動でこの場を離れることができるとはいえ、鎧に込められた力は徐々に減りつつある。
世界移動を行う分の力を残しておくことを考えると、そろそろ潮時だ。
サトルに関しては一度引いた後、捜し出して問いつめるしかない。
その答えによっては、その場でサトルを討ち、彼の持つ装備やマジックアイテム、
それらをツアーの部下や信頼のおける相手に渡せば、この女をここで取り逃がしても、次の戦いでは確実に勝つことができる。
世界移動を使用する隙を得ようと、相手を窺うと仮面の女は、突然何かに気付いたかのように視線を下に向ける。
唐突な行動に呆気にとられるツアーを前に、仮面の女はまたも何かに気付いたように、今度は視線を自分の横に向けなおした。
何をしているかは知らないがこれはチャンスだ。
ツアーは背後に浮かび上がらせた四本の武器を全て射出しようと腕を持ち上げる。
相手も気づき反応しようとするが、こちらが一歩早い。
射出を命じるために腕を振り下ろそうとして──
「そこまでだ」
突如男の声が聞こえ、女の横に漆黒のローブを纏った男が出現した。
いや、その姿は男や女というくくりでは語れない。
何故ならばローブの下にあったのは、肉や皮が一切着いていない、人間の骸骨そのものだったからだ。
なにより、装備こそ違えど、その声には聞き覚えがあった。
「……やはり君はそちらに付くのか」
完全武装を整え、女を守るように立つ古い友人の姿に、ツアーは持ち上げていた腕を下ろしながら呟いた。
・
(九十レベルくらいのタンク職。といったところね)
数度のぶつかり合いの末、互いに一度距離を取ったことで、シャルティアに相手の戦力分析を行う余裕が生まれた。
相手はこの世界では破格の強さだが、シャルティアに動揺はない。
全力を出せば、すぐにでも勝負を決めることができるからだ。
そう。この程度の相手なら、
それをしないのは、デミウルゴスから万が一強敵とぶつかったときは、こちらの切り札は見せず、情報収集を第一にしろと指示を受けていたからだ。
(これを知っていたわけではないでしょうけど。デミウルゴスの言うことを聞いておいて良かった)
指示を聞いたときは、なぜそんな面倒なことをと思ったものだが、今回に限ってはそれが正解だった。
外見上は鎧を纏った人間、あるいはそれに類する種族──少なくとも異形種には見えない──に見えるが、動きが明らかにおかしい。
人体の構造を無視した動きでこちらの攻撃を回避する様を見るに、鎧の中は空になっていて、
ここで戦っているのは別の何者かが操っている末端に過ぎない。
つまり、相手もまたデミウルゴスと同じように、本気を出さずに情報収集をしようとしていることになる。
(デミウルゴスと同じようなことを考える奴がいるなんて)
雑魚ばかりだと思っていたこの世界の者たちも侮れない。
だからこそ、シャルティアはこの決め手に欠ける装備のまま戦うしかない。
相手の目的がこちらの戦力を調べることならば、それをむざむざ渡して、ほんの僅かでも主に不利益をもたらすことなどあってはならない。
その意味では、相手に生身の体が無いことも幸いした。
同じ操り人形でも、生き物を操る方法もある。その場合、相手にダメージを与えて血を浴びると、シャルティアの
あれが発動した場合、こうして冷静に考えながら戦うことなど出来はしない。
それにしても──
(あの魔将はいったい何を)
ここまで派手に戦っているというのに、今回の作戦に於けるシャルティアの副官として派遣された、あの憤怒の魔将が加勢に来る気配がない。
この膜はエ・ランテル全域を覆っているのだから、外に取り残されて入ってこられないはずもなく、既に
この場合の最適解は、さっさと魔将が参戦して二人で戦い、この鎧を破壊することだ。
魔将は金貨さえ消費すれば、誰でも傭兵として召喚できるモンスターなので、シャルティアの切り札や装備などが知られるよりは、相手に渡る情報が少なくて済む。
デミウルゴスの作戦でも、万が一の際はそうするように指示が出ていたはずだ。
これほど時間を掛けても現れないのならば、既に他の敵に敗北し死亡している可能性もあるが、それならば死ぬ前に
そもそもレベル八十台の魔将をこの短時間で、それもこちらに気づかれることなく倒すことなどできるとは思えない。
(何か変ね)
本体ではなく鎧を用いて情報収集を行い、このエ・ランテルでの作戦を事前に見ぬいていたとしか思えないタイミングで、突然現れたこともそうだが、仮にナザリック随一の知者であるはずのデミウルゴスの策がことごとく後手に回っている。
相手はデミウルゴス以上の策士なのか。
そうだとすれば、自分はどうするべきなのだろう。
このまま時間稼ぎにつき合った方が良いのか。それともデミウルゴスの策がすべて読まれている前提の下、情報漏洩の危機を無視してでも全力で戦うべきか、一度撤退を試みるべきなのか。
最も主のためになるのは、どの選択なのか。
そんなことを考えていたシャルティアの視界の端に、一瞬大きな輝きが見えた。
「え?」
思わず、戦闘中であることも忘れて視線を向ける。
すでに消えてしまったが、あの輝きはナザリックに属する者特有のものだ。それもあれだけ強い輝きを持っているのは主しかいない。
だが主がここに来ているはずはない。
愛しい主のことを思うあまり、幻覚でも見たのだろうか。
そう考えた瞬間、今度は事前に使用していた
先ほどの輝きの件もあり、シャルティアはまたも視線をそちらに向けてしまう。
そんなシャルティアの行動を二度も見過ごすはずもなく、相手が動き出しシャルティアも慌てて視線を戻す。
騎士が腕を振り上げると、それまで一つずつ射出するか手に持って使用していた武器が一斉に動き出した。
装備を完全武装に変更する早着替えのアイテムは持っているが、それを使っていては間に合わない。
取りあえずこのまま被弾覚悟で、あの攻撃をやり過ごすしかない。
シャルティアが覚悟を決めたと同時に、先ほど感じ取った転移の気配が形を成した。
そこから現れた存在に、シャルティアの動くことのない心臓が跳ね上がった。
やはり先ほどの輝きは見間違いではなかったのだ。
「そこまでだ」
その美しき玉体と、この全身を震わせる低く威厳に満ちた声は、まさしく主のもの。
「ア──」
主の名を呼ぼうとしたシャルティアの声を騎士が遮る。
「……やはり君はそちらに付くのか」
「何?」
「いつかこんな時が来るとは思っていた。君たちをこの世界に招いたのは我が父の過ち。だからこそ、私は私のやり方でこの世界を守る。どんな手段を使ってもだ」
相手が何を言っているのか、シャルティアには良く分からなかったが、主は当然のように気付いているらしく、小さく鼻を鳴らした。
「……できるのかね。君にそれが」
「それができるのは、私だけだ」
主の威厳を前にしてなお、尊大な態度を崩さないまま騎士は言うと、下ろしていた片手を再び持ち上げた。
シャルティアに使用しようとしていた四本の武器による一斉攻撃を行うつもりだ。
そう気づいたシャルティアは、主を守るように前に出る。
しかし騎士はこちらには目もくれず、主を見たまま言う。
「──世界移動」
その言葉と共に騎士の姿が消え、同時にこの都市全てを覆っていた半透明な膜も消失した。
それを確認してから、シャルティアは主を振り返る。
「ア、アインズ様。どうして」
「話は後だ。先ずはナザリックに戻るぞ」
「は、はい。ではわたしが」
「……いや、あの膜の効果が完全に消えたとは限らん。私の転移で飛ぶ」
そう言えばあの膜は転移を阻害するものだと言っていたはずだが、主はごく普通に転移で現れた。
単なるはったりだったのか、それとも偉大な御方にはその程度の魔法など効かないということだろうか。
そんなことを頭の隅で考えつつも、シャルティアはこれ幸いと主の体に抱きついた。
こんなに近くにいなくても転移はできるのだが、これも役得だ。
「んんっ。では行くぞ、〈
直ぐに景色が変わり、幻術で隠されたナザリック地下大墳墓の上空にたどり着くが、入り口には誰もいない。
このナザリック地下大墳墓の唯一にして絶対なる支配者である主が戻ったのだから、出迎えに出るのが当然だというのに。
その怒りはある一人に向けられた。
「あの大口ゴリラ。これほど大事な仕事をほったらかしにするなんて。職務怠慢でありんすぇ! アインズ様。あの愚か者にキツい罰が必要だと思いんす!」
アルベド本人が出ずとも、手すきのメイドたちに命令して主の出迎えを指示させるのは、ナザリックの内政を任されているはずのアルベドの仕事のはずだ。
主への点数稼ぎのつもりか、最近妙に大人しく仕事に打ち込んでいると聞いていたが、その結果、主の出迎えという大切な仕事もできなくなるのでは意味がない。
憤慨するシャルティアに、主は僅かに苦笑したような気配を見せた。
「そう言うな。今回は私が勝手に飛び出したことが原因だ」
「ですが──」
それでもナザリックの内政を任された守護者統括としてあるまじき行為だ。と続けようとするシャルティアの頭に主は手を乗せ、優しく撫でて、その言葉を封じた。
「あ、あいんずさま?」
その極上の感触は、シャルティアの身も心も溶かし、声からも力が抜けていく。アルベドに対する怒りなど、些末なことに思えてきた。
「とにかく。お前が無事で良かった」
「アインズ様!」
鋭い声と共に、ナザリック入り口より完全武装を整えたアルベドが姿を見せた。
出迎えにしては物々しい姿は、恐らく主がナザリックを飛び出したことを聞いて、加勢するために装備を調えていたのだろう。
主の帰還に気づくのが遅れたのはこれが理由らしい。
「アルベドか。心配をかけてすまないな。だがこの通り、私もシャルティアも無事だ」
「……このナザリック地下大墳墓において、アインズ様の行動は全てが是となります。私に謝罪する必要はございません……ですが! 私たちは貴方様を守るためにこそ存在します。有事の際には先ずは私たちをお使い下さい」
主に刃を向けないように、バルディッシュを背後に回して、アルベドは深く頭を下げる。
その言葉で、シャルティアも理解する。
主が自分を助けに来てくれたことを素直に喜んでいたが、確かにあれは危険すぎる。一歩間違えば、相手がもっと強ければ場合によっては主の身が危険に晒されていたかも知れない。
それが自分のため、いや自分のせいであったら、シャルティアはどう償っていいか分からない。
「そうだな。先ずはアルベドに声を掛け、派遣する者を選抜するべきだった。しかし、時間が無くてな」
まるで言い訳をするように、顎先に手を持って言う主に、シャルティアは抱きついたままの姿勢を解いて距離を取る。
そのまま、主の白磁の
「アインズ様。今回ばかりはアルベドの言うとおりです。アインズ様の身が危険に晒されるくらいでしたら、どうぞ、わたしのことなど見捨てて下さい」
これは紛れもない本心だ。
自信の命と主の安全。秤に掛けるまでもない。
そんなシャルティアの懇願を、主は間髪入れずに一喝した。
「バカを言うな!」
その強く鋭い声に、シャルティアは思わず身を竦ませた。
「アルベド。お前にも言っておく。確かに今回の私のやり方は無謀すぎた。相手の強さや情報も集まっていないうちから感情に任せて動くなど、私の、アインズ・ウール・ゴウンのやり方ではない」
「……」
「だが、私にとってお前たちは、替えの利く単なるシモベなどではない。お前たちを守ることこそが、今の私の全てだ」
力強く宣言したその言葉を聞いて、シャルティアは先ほど主に撫でられた際にこれ以上ないと感じた幸せが、即座に更新されたことに気が付いた。
このナザリック地下大墳墓の絶対の支配者にして、自分たちを見捨てずに最後まで残られた唯一の御方。
そんな御方が、シャルティアたちを守ることが全て。と言い切る。
自分たちの生まれた意味を考えれば、それを喜ぶことは不敬にすら値するはずなのに、シャルティアはその幸せを抑えることができなかった。
「っ! アインズ様。貴方様は──」
「アインズ様ー!」
「うおっ!」
アルベドが何か言っている気がしたが、そんなことを考えている余裕もなく、シャルティアは再び主に抱きついた。
魔法職に特化した主と、魔法も肉弾戦もこなせるシャルティアでは力が違うため、主は抱擁を受け止めきれずにたたらを踏む。
それでもシャルティアは主から離れることなく体をすり付けた。
骨格のみで構成された肢体には、体をすり付けると僅かな痛みがあったがそれすら、いやそれこそが愛おしい。
「このヤツメウナギ! 今私が大事な話を」
「お、落ち着けアルベド」
負け犬の遠吠えが聞こえる。
そんな負け犬に構っている主の慈悲深さが、今は少しだけ残念だ。
もっと自分を、自分だけを見て欲しい。
そんな思いを込めて、シャルティアはこの世の何より愛しい主を抱きしめた。
戦うシーンを細かく書くと長くなるため、必要な時以外は基本的に飛ばします
ちなみに、諸王の玉座に座っている間だけワールドのバフが付くというのは、自分の勝手な想像です
実際、装備できないタイプの世界級アイテムでワールドのバフを付けることってできるんですかね