エ・ランテルの北東にあるカルネ村へ続く道のりを、ツアーと悟は歩いていた。
カルネ村の位置は転移ポイントとして記憶していたので、転移で移動しても良いのだが、少し考える時間が欲しかったため、こうして歩いて移動することにしたのだが、肝心の考え事は上手く進まない。
この場に充満する空気のせいだ。
(空気が、空気が重い!)
チラリと後ろを見ると、白金の鎧が地面から僅かに浮きながら滑るように付いて来ている。
「なんだい?」
こちらの動きを察知して声を掛けてくるツアーの態度は、どこか冷たい。
「いや。もう少しでカルネ村に着くが、お前の立場をどうしようかと思ってな」
この話も本当はもっと早くしたかったのだが、場の空気に押されて口に出来ずにいた。
しかし、村まであと少し。もう時間がない。
「カルネ村には君の知り合いもいるんだよね?」
「ああ。百年ほど前に開拓を手伝ったからな。当時の人間はもう生きていないだろうが、その時知り合ったハムスケという魔獣が今でもいるらしい」
「ふーん。百年前ねぇ。ずっと大陸を旅していたんじゃなかったのかい?」
ツアーの声が低くなり、こちらを責めるようなニュアンスが含まれる。
再会したときにそんなことを言った気がするが、別に一度も来たことが無いとは言っていないはずだ。
「この間も話しただろう。俺はエ・ランテル近郊で揺り返しが来ることは知っていたんだ。百年前にも確認に来ただけだ」
「そのときは?」
「しばらくカルネ村に滞在して確認していたが、少なくとも俺は見ていない」
「……そうか。なら良い。私の立ち位置は向こうに着くまでに考えておくよ」
それだけ言って、ツアーは黙り込んでしまった。
(やっぱり怪しんでいるよな)
エ・ランテルを脱出した直後話し合いをして、協力関係は維持したままになったが、ツアーが未だに納得していないのは明白だった。
とはいえ、実際悟には未だ隠し事がいくつかある以上、迂闊なことは言えない。
(しかし、カルネ村か。まだあったんだな)
百年前。
百年ごとに現れる揺り返しの存在と、
そこで出会ったのが、広大で危険な森を一人で開拓して村を作ろうとしていたトーマス・カルネであり、その開拓予定の場所を支配していた、当時は森の賢王と呼ばれていた魔獣、ハムスケだ。
揺り返しが百年ごととはいえ、ぴったり百年である保証はなく、そもそも自分がこの世界に来た日を正確に覚えていなかったこともあり、余裕をもって少し早めに到着したトブの大森林で、縄張りを荒らされて怒ったハムスケに襲われそうになっていたトーマスを助けた後、成り行きで開拓を手伝うことにした。
木々を切り倒し、切り株を抜き、土地を均し、井戸を掘り、家を建て、畑を耕す。
そうした村づくりの工程は、ゲームと現実という違いや、規模もまるで異なるが、かつてナザリック地下大墳墓を作ったときのことを思い出してなかなか楽しかった。
だからこそ、だろう。
村が一通り形になり、村人も集まり出した頃、悟は村を離れることを決めた。
トーマスは悟の正体を知ってなお、共にカルネ村で暮らさないかと提案してくれたが、悟はそれを断った。
ならば付いていくと言い出したハムスケにも村を守るように命令して、逃げるようにその場を立ち去ったものだ。
(……おっと、いかんいかん)
思考が別の方向にいっていることに気付く。今は村の思い出より優先して考えなくてはならないことがある。
ナザリック内の戦力についてだ。
ユグドラシルからこの世界に転移する、ツアーの言うところの揺り返しは、
貴重な
そうしてこの世界にやってきたNPCは、魂が吹き込まれたように自分の意志で行動するようになるが、基本的には創造主であるプレイヤーに絶対服従であり忠誠を誓っている。
八欲王の残した浮遊城を守る都市守護者と呼ばれる三十人のNPCなどが良い例だ。
既に主である八欲王は全員死亡したというのに、最後の命令を機械的に守り続けている。
あの様子ならば、主から死ねと言われれば死ぬに違いない。
それだけの忠誠心を持つ戦力がナザリックには複数いることになる。
もっともそれは、NPCだけでは無いようだが。
(あの悪魔。
エ・ランテルでツアーとシャルティアの戦いを監視していた最中出会った悪魔は、悟をナザリックに残してきたもう一人のコピーNPC──現在は自らをアインズと名乗っているらしい──だと勘違いしており、あの場でシャルティアの加勢に行かれても困るため、作戦が変更になったと嘘を吐いてあの場から排除することにした。
(ナザリックに戻ってから俺のことを話されても困るからああ言ってしまったが、死ねじゃなくて、俺に付いて来いって言うべきだったか。まさか何の躊躇いもなく死ぬとはなぁ)
忠誠心を試す意味合いがあったのは確かだが、NPCでもないのに、あれほどあっさり死を選ぶとは思わなかった。
つまり、絶対の忠誠を誓い裏切らない戦力には、NPCだけではなく、召喚された傭兵モンスターも含まれることになる。
そちらの対応も考える必要が出てきたのだ。
(その意味でいうと、やはりあの二人が異質なのか)
つい先日、エ・ランテルで再会した漆黒メンバー三人のことだ。
カルネ村を出た直後、悟はトブの大森林近くの平原で彼らを見つけていた。
悟が遊びで創ったコピーNPCが、自身をモモンガだと自覚しながら動いている所を見たときは流石に驚いたが、NPCの性格は創造した時に書き込んだ設定に由来することは、凡そ見当がついていたので、設定欄にも自らのコピーと書き込んでいるNPCに自分と同じ記憶や人格が宿ったことは、まだ理解ができる。
しかし、この都市で再会した残る二人のNPC、ナーベラルとソリュシャン。
あの二人は明らかに、悟の知るNPCからはかけ離れた行動を取っていた。
機械的に命令を聞くだけではなく、主を守るために自分の意志でその命令を破り、それぞれが自ら考えた意見も口にする。
それが百年という歳月を共に過ごしたことで、二人に芽生えた新たな感情だとすれば。
(あそこで俺の正体をばらさなくて正解だったな)
本来ならばプレイヤーであり、創造主の一人でもある悟の存在を知れば、彼女たちの忠誠は自分に向かうはずだが、この百年で得た感情によって、コピーであるモモンガに対する忠誠が悟に対するものを上回っている可能性がある。
そう考えたからこそ、モモンガには自分が本物ではなく同じ境遇のコピーだと思わせたまま、二人に対しては正体を偽り、アインズ・ウール・ゴウン四十二番目のメンバーを名乗ることにしたのだ。
(もし、ああした成長があの二人固有のものでなく、他のNPCや傭兵モンスターでもあり得るとすれば……急がないとな)
悟がろくに情報がないうちから、動こうと決めた理由がそれだ。
シャルティアをはじめとしたナザリック地下大墳墓にいる他のNPCがあの二人のように成長して、自分ではなくアインズを名乗るコピーの方を主と認識してしまうとすれば、悟の計画は全て台無しになる。
だからこそ、これほど急いで動くしかなかったのだ。
もっとも、それは理由の一つであり、動くしかなかった事情が他にもある。
それを思い出して、思わずため息を吐いてしまった。
「ふぅ」
「?」
ツアーがそのため息に即座に反応する。
「いいや。これからのことを考えると少しばかり憂鬱でな」
悟の返答にツアーは僅かに首を傾げたが、それ以上何も言わなかった。
しかし、悟に向けられた疑惑の眼差しは僅かに強くなった気がする。
無理もない。
ツアー目線で見れば、悟はいろいろと隠し事をしたまま、エ・ランテルにツアーを誘い出して事件に遭遇させ、更には偶然取った宿の中で敵勢力であるシャルティアと出会わせて戦わせた上、最後まで加勢もせずに黙ってその様子を観察していた。
これら全てを悟が自分の目的を叶えるために、計画したものだと誤解しているのだ。
そう、誤解だ。
確かに悟には何より優先しなくてはならない最終目的があり、そのためにツアーやモモンガ、他国の力を利用しなくてはならないのは事実。
だが、ナザリックがエ・ランテルを襲ったことも含めて全て悟の計算通りに動いているなど、あるはずがない。
あの日、エ・ランテルで事件が起こったのも、あの宿を取ったのも、ツアーとシャルティアが戦ったのも、なんならモモンガたち三人が来ていたことすら、全ては偶然だ。
悟はツアーがそう勘違いしていると気づいたからこそ、それに乗って嘘を吐き、こうして行動を開始したに過ぎない。
(ああ、存在しない胃が痛い。こんなの何十年、いや百何十年ぶりだろう)
もう一度ため息を落とすが、今度はツアーも何も言ってはくれなかった。
やはり未だ怪しんでいるのだろう。
そのことを多少残念に思いながら、ちらりと後ろを振り返ると、いつの間にかにツアーは移動を止めて地面に足を下ろしていた。
「どうした?」
「誰か来る」
「何!? 追っ手か?」
悟に足音は聞こえなかったが、元より高い知覚能力を持つドラゴンの中でも、真なる竜王であるツアーの知覚能力はズバ抜けており、その力は鎧になっても健在で悟より遙かに広い距離を監視できる。
そのツアーが言うのだから間違いはないだろう。
「いや、この足音は人間のものだ」
「人間?」
モモンガたちが来たのかと思ったが、ツアーが転移した位置はカルネ村とは反対方向だったため、モモンガたちがこの道を通ることはないはずだ。
ではいったい誰が。
答えを予想する前に悟の耳にも複数の足音が聞こえ、魔法の力が込められた法衣を着た複数の人間たちが姿を現した。
見覚えがある気がするが、それが何処でだったのかは思い出せなかった。
・
「なんと! そのようなことが起こっていたでござるか!」
エ・ランテルを脱出して約束通りカルネ村に到着したモモンガたちは、まだ悟が到着していなかったこともあり、とりあえず村人とハムスケを呼び出してエ・ランテルで起こった状況を説明した。
話を聞き終えた後、一番先に反応したのはハムスケだった。長年村の危機を救って来たハムスケだからこそ、ことの重要性を理解できたのだろう。
「その者たちは、この村にも来るでござるか?」
珍しく真剣な声を出すハムスケに、モモンガは一つ頷く。
「ああ。エ・ランテルが壊滅した以上、ここにも敵の勢力が手を伸ばす可能性はある──俺も全ては相手に出来ず、こうして撤退を余儀なくされた」
「モ、モモン殿がでござるか?」
モモンガの言葉を受けて、ハムスケの尻尾の蛇がブルリと震える。
記憶操作でハムスケの記憶をいじり、モモンガの正体を見せたことや悟と兄弟だと偽ったことを消去し、代わりにハムスケと一対一で勝負してモモンガが勝利した記憶に書き換えた。だが、記憶操作は時間と共に大量の魔力を消費するため、細かな操作をしていては魔力が尽きてしまうこともあり、殆ど一方的に勝利したことにしたのだ。
そのせいで、ハムスケの中でモモンガの強さは相当高いものになっており──実際は素の実力ではせいぜい三十レベル前後の戦士程度の力しかない──そのモモンガが撤退するしか無かった相手と聞いて、相手の強さに恐怖したのだろう。
そうしたハムスケの態度を見て、カルネ村の住人もようやく自分たちの身に迫る危機に気づいたようだ。
「で、では。私たちもすぐにここから脱出を。もしもに備えいつでも村を出る用意は出来ておりますので」
震えるような口調だが、毅然とした態度で村長が言う。
通常こうした小さな集落の者たちは、たとえどんなに危険が迫っていても住処を出ようとはしない。
家や畑を失っては、例え別の場所に逃げても暮らしていくことが出来ず、路頭に迷うことになるからだ。
しかし、カルネ村の住人は違う。
ンフィーレアに聞いたところ、この村ではいざというときは村を捨ててでも生き延び、その上で別の場所でも暮らせるように備えをしていたらしい。
これも悟の教えのようだが、生き残ることが第一という考え方は、やはり自分と同じだな。とも思う。
モモンガも今は悟の言ったとおり英雄として行動しているが、相手プレイヤーの情報を集めてナザリックと関係ないと確信が持てた場合、漆黒は戦死したことにして、また三人で以前暮らしていた屋敷に戻ろうと考えていた。
ナザリックと関わりのない者たちとわざわざ戦う必要はない。
万が一見つかった場合にも敵対せず、友好的な関係を構築するためには、この同盟からは抜けていなくてはならない。
そうして百年後の揺り返しを待つつもりだ。
しかし、モモンガたちはそうして戻る場所を事前に確保しているから良いとして、カルネ村はそのあたりを考えているのだろうか、とふと思いつき聞いてみることにした。
「逃げるといっても、どこに逃げるつもりですか?」
モモンガの問いかけに、村長は眉間に皺を寄せ、僅かに考えてから応えた。
「近隣の村は以前の帝国兵の襲撃により壊滅しているところが殆どですので、エ・ランテルから離れる意味でも、西に向かおうかと」
「村人全員養うとなると、小さい村とかじゃ無理だろ? 西の大都市って言えば、エ・レエブルかエ・ペスペルだな」
話を聞いていたソリュシャンが言う。
王国の地理や大都市の情報まで頭に入れていたとは知らなかったが、これから先のことを考えると実に有り難い。
やはりソリュシャンは優秀だ。
「はい。エ・ペスペルは六大貴族のお一人が治めているそうで、代替わりをしたばかりですが、先代は立派な方だったと伺っておりますので、そちらに向かおうかと」
村長も村長で、基本的に村から出ていないはずなのに、異様なほど情報通だ。
これも悟の教えの一つなのだろうか。
「ですが、この人数全員で脱出するのは難しいでしょう。護衛が必要だな」
「護衛、ですか」
村長がちらりと周辺の警戒をしている冒険者たちを見る。
彼らに護衛を頼みたいと言いたいのは直ぐに分かった。
正直モモンガとしてもいつまでも彼らを引き連れるつもりはないので、厄介払いをする意味でもそれに同意したいところだが、英雄となって冒険者と共に都市を脱出するように言ってきたのは悟だ。
何か使い道があるかも知れない以上、簡単に返事は出来ない。
そんなことを考えながら、モモンガも冒険者たちに目を向ける。
警戒を続ける彼らの顔色には、恐怖と焦りの色が見えた。
いつエ・ランテルからアンデッドが追いかけてくるかも知れない状況で、こんな近くの村に留まっている意味が分からないのだろう。
それに関してはモモンガも同じ気持ちだが、それも悟が来ない以上どうしようもない。
(全く。転移で直ぐに来られるんじゃなかったのか)
そもそも悟は、冒険者を引き連れたせいで徒歩で移動しなくてはならなかった自分たちより先にカルネ村に到着していなければおかしい。
やはり何か企んでいるのか。と疑い始めた頃、冒険者たちから騒めきが聞こえてきた。
恐怖ではなく戸惑うような騒めきにピンと来て、モモンガは安堵の息を吐く。
「来たか」
「誰でござるか?」
(そう言えばハムスケに伝えていなかったな。絶対騒ぎそうだけど、まさかアンデッドどうこう言い出さないだろうな)
モモンガがアンデッドである記憶は消したが、ハムスケは悟がアンデッドであることは知っている。
再会の喜びのあまり余計なことを言い出さないか、今更心配になった。
(先に話すか? けど記憶消したから探す約束したこととかも覚えてないからなぁ)
「モ、モモンさん! エ・ランテルから……」
思考を続けるモモンガの元にペテルが駆け寄ってくる。
悟が来たことを知らせに来たのだろう。
「分かっている。彼は私の友人であり情報提供者だ。ここまで連れてきてくれ」
悟の名前は出さなかったが、情報提供者の存在についてはエ・ランテルでも口にしていたので問題ない。
しかし、ペテルはモモンガの言葉に不思議そうに首を傾げた。
「あ、えっと。彼とは、どちらですか? 全身鎧を着た騎士と、法衣を纏った神官らしい人が来ていますが」
「……なんだと?」
・
「殿~!!」
百年ぶりに再会したハムスケが全身を使って体をすり寄せてくる。元々鋼鉄に近い強度を持ち、肌触りもゴワゴワした硬い毛皮によって、鎧とぶつかり合って硬質な音を掻き鳴らした。
懐かしい気持ちもあるが流石にしつこ過ぎるし、そもそも今はこんなことに時間を掛けている暇はない。
「いい加減に離れろハムスケ。今はそれどころではないと言っているだろう!」
思わず声を荒げる。
しかし、ハムスケはそんな声をものともせずに抱きつき続けた。
その様子をモモンガを初めとした冒険者たちは呆気に取られたように見ていたが、村人たちは違った。
皆が皆、驚愕に目を見開き、何か言おうとタイミングを計っているように見えた。
「あ、あの!」
そんな村人の中から、押されるように抜け出た一人の少女が緊張した面もちで悟に声をかけてきた。
「ん? 君は?」
「た、ただいま守護獣様のお世話係を任されております。エンリ・エモットと申します!」
「守護獣様? お世話係?」
そんな偉い立場になっていたのか。と思わずハムスケに目を向けるが、ハムスケはエンリなる少女の声はおろか、悟の声も聞こえていない様子で未だ体をすり付け続ける。
「は、はい! え、えっと、その。守護獣様のご主人様でいらっしゃる貴方様は、もしかして、この村をお作りになった開祖様なのでしょうか?」
「んん? 開祖?」
「殿のことでござるよ! 村の住人はみんな殿の教えを守って生活しているのでござる!」
確かに、トーマスや他の村人、ハムスケにも色々と生きていくための知恵。と言うより情報収集と備えの重要性を説いていた。
それが生活の基盤になっているのなら、開祖と呼ばれる理由も分かる。
「あ、ああ。確かに俺は百年前、トーマスと共にこの村を作った」
おおっ。と喜色の籠もった声が、村人中から響きわたる。
その後は口々にカルネ村を生み出してくれたことや、ハムスケのおかげで、村が守られてきたことに対する感謝が述べられる。
いや、それはもはや感謝というより崇拝に近い。
(ハムスケは守護獣様で、俺は開祖様か。まるきり宗教の教祖だな。六大神じゃあるまいし)
ハムスケどころか自分まで神や教祖様扱いを受けていることに、力の抜ける思いになるが、それならそれでやりやすい。
「百年前って。あの人、人間なのか?」
「
「ドワーフには見えねぇから
モモンガが連れてきたエ・ランテルの冒険者たちは、こちらを窺いつつコソコソと語り合っている。
王国では奴隷売買が禁止されているらしいので、帝国や法国に比べ、他の人間種や友好的な亜人種ならば、出歩いていてもそこまで恐れることはないのだろう。
少なくともアンデッドとばれさえしなければ、何とかなりそうだ。
「皆。感謝の言葉は受け取ろう。だが今は時間がない。いつアンデッドの大群が攻めてこないとも限らない。先ずは今やるべきことを確認しよう」
「はいっ!」
その一言だけで一斉に口を閉ざし、無言のまま悟の言葉を待つ様子はまさしく神の言葉を待つ信者そのもので、思わずため息を吐きたくなる。
そしてそんな悟の様子を、モモンガが口を挟むこともせずに、じっと見つめていた。
鎧越しのため──素顔でも同じだが──何を考えているかは分からないが、これまでの様子を見るにモモンガもまた、エ・ランテルの件に悟が関わっていると勘違いしている。
(ツアーはまだしも、俺がそんなことが出来るはずがないことはお前が一番よく知っているだろうに)
とはいえそれを証明することは出来ないし、実際ツアーのことや、四十二人目のメンバーを名乗った理由など、説明出来ないことは多いので仕方ない。
「何より重要なのは、エ・ランテルでの事件の顛末を速やかに各国の上層部に伝えることだ」
「各国とは?」
モモンガの言葉にここに来るまでにツアーと話し合って決めた周辺国家の名を挙げた。
「王国、帝国、評議国、竜王国、聖王国、都市国家連合の六ヶ国だ。私は評議国に伝があるから、先ずはそちらに向かい、道中王国と聖王国に声をかけて回る」
評議国はツアーが居るから問題はない。
王国もエ・ランテルを襲われた上、隣国である評議国から圧力を掛けて貰えば動くはずだ。
残る聖王国はまだ方法は思いつかないが、その辺りもツアーに頼めば何とかなるだろう、そもそも聖王国は立地的にほぼ独立しているため、最悪の場合居なくても何とかなる。
「モモン、そして冒険者の君たちは東側、竜王国や帝国、都市国家連合を頼む。冒険者という国の垣根を超えて活動することも多い君たちならばできるはずだ」
ツアーにも話したが、ビーストマンの大群を漆黒だけで追い払った話は聞いていた。
話を聞いた段階では、それがモモンガたちのことだとは思わなかったが、この世界で英雄と呼ばれる者たちでもできない偉業を成し遂げた漆黒の情報を事前に持っていたからこそ、悟はエ・ランテルで見つけたモモンガたちが、百年前に見かけた自分のコピーだと確信できたのだから。
「待て。法国はどうする?」
ツアーと相談したときは聖王国と都市国家連合は除いて、代わりに法国が入っていたが状況が変わった。
「法国はだめだ。あの国の上層部は既にエ・ランテルを襲撃した組織に支配されているそうだ」
「なんだと?」
モモンガだけではなく、周囲の冒険者や村人たちも驚いている。
何も知らないものたちから見れば、法国は人間にとって危険な存在であるモンスターや亜人の襲撃から、人々を守ってきた存在だと思われているのだからそれも当然だ。
「そこから先は私から話をしましょう」
無言で悟が合図を送ると、これまで黙って自分の背後に控えていた法衣の男が口を開く。
この男はイアン。六色聖典の一つ陽光聖典の隊長にして、法国とナザリックの繋がりを知る男だ。
法国上層部の決断に疑念を持ったことで、シャルティアに殺されそうになった際、偶然居合わせたツアーに救われ、その後命辛々エ・ランテルを脱出したところを、ツアーと悟が発見してここまで連れてきたのだ。
とは言え、法国と何らかの因縁があるらしいツアーは、全面的に信じることはできないと、本来は共にカルネ村に来る手筈だったところを、少し離れた場所でイアンの部下たちを監視する名目で待機することになった。
これは正直助かった。
ここに来てから始めて思い出したのだが、悟は口唇蟲で声を変えているからいいものの、モモンガは鈴木悟本来の声をしたままなのだ。
ツアーと対面すれば、先のアインズ同様、声が同じことに気付かれる。
そうなるとまた色々と面倒なことになってしまう。
今更ながら思い付きで行動すると、こうした帳尻合わせに苦労する物だと実感できた。
悟が心の中で深い溜息を吐いている最中もイアンの話は続く。
要するに彼らは本国に戻ることもできず、かと言って自分たちだけでは、ナザリックの脅威に対抗する手段がないことを理解しているため、ツアーに命を救われたことも含め、このままこの同盟に協力することを約束したわけだ。
そうした話も含め、すべてを語り終えたイアンは、未だ半信半疑と言った様子のカルネ村の住人たちを正面から見つめた。
「──私が知っていることは以上です。上層部がいったいいつから奴らと手を組んでいたのかは分かりませんが、我々はみなさまに謝罪をしなくてはなりません」
イアンは一度言葉を切り、深く頭を下げて続けた。
「……以前、国境近くの村々を、そしてこの村に兵を派遣したのは法国です。誠に申し訳ありません」
「なっ! あれは帝国の仕業だったんじゃ」
「いえ。帝国兵に偽装させた兵を送り込みました。全ては帝国と王国の戦争を早期に終わらせるため、障害となる王国戦士長を呼び寄せ暗殺しようと上層部が命じたこと。そして、その際に戦士長を討つのは我々陽光聖典の役目でした」
その言葉でざわめきは更に大きくなり、事態を把握し始めた村人たちの目には怒りが漲る。
何も正直に言わなくても。とは思うが、後でバレる方が厄介なのも事実だ。
(しかし、もう少しうまい言い方もあるだろうに)
「お前たちのせいで村は滅茶苦茶だ。けが人だって大勢出たんだ」
「別の村は壊滅させられたって聞いているぞ」
「今回の件だって、本当はお前たちの仕業なんじゃないか?」
「俺たちを騙してエ・ランテルに送り込もうとしているんじゃないか?
「い、いえ。私たちは決して──」
案の定村人たちは怒りを爆発させ、イアンの言葉にも全く耳を貸そうとしない。
場に剣呑な空気が溢れて出し、村人たちがイアンを囲むようにジリジリ動き出す。
仕方ない。
陽光聖典には、まだ法国の内部事情を話して貰わなくてはならない。
何よりこれから法国を除いて、周辺国家の連合を作るにあたり、初めから妙な遺恨が残っていては困る。
ここは神が如く崇められている自分がいさめるしかない。
そう考えて悟が動こうとした矢先、モモンガが先に動いた。
「まあ皆さんの怒りも分かりますが、落ち着いてください」
「モモン殿」
村人とイアンの間に割り込んだモモンガはそのまま村長に話しかける。
「こうしては如何でしょう。先ほどのエ・ペスペルへの護衛を彼らに頼むというのは。その働きを見て、許すかどうか改めて決めればいい。もし許せないのならば、そのままエ・ペスペルの領主に引き渡せば良い」
モモンガの説明を聞いて、村長を始めとした村人たちの中にあったざわめきの種類が変わる。
怒りではなく、戸惑いに。
殆ど神として崇めている悟ではなく、モモンガの説得でも簡単に揺らぐと言うことは、村人たちもまた何らかの弱みがあると言うことだ。
(ハムスケも居たわけだし、偽装した兵たちを殺したか何かしたんだろうな。それなら後は簡単だ)
「それは悪くないな。そこまでは監視として俺も付いていこう。それならば問題ないだろう」
周辺国家連合を作るにあたり、説得しなくてはならない国の内、ツアーの居る評議国は北西側に位置している。
元から悟とツアーはそちら側評議国がある東側を担当するのだから問題はない。
「開祖様がそう仰るのでしたら」
村人たちは思いの外あっさりと怒りを静めた。
これは悟が言ったからだけではなく、事前にモモンガが相手の弱みを思い出させたことも大きい。
いわば悟とモモンガの協力プレイというわけだ。
「分かりました。皆さまは必ずや我々が安全に送り届けてみせます」
力強く拳を握って宣言するイアンに皆の目が向けられた隙を突き、悟はモモンガに対して、うまくいったなと告げるように親指を立ててみせる。
モモンガは一瞬驚いたように反応を示したが、直ぐに同じように親指を立てた。
そんなことが妙に懐かしく、そして嬉しく思う。
今はまだ話すことはできないが、悟の計画が終わる前にモモンガにだけは全てを伝えようと心に決める。
後は──
(奴を魔王にしてアインズ・ウール・ゴウンに縛り付けた責任は、俺が取らなくてはならない)
たとえ、どんな手段を使っても。
そっと北東の方角に目を向ける。
そこに居るであろうもう一人のコピーNPCに対して、悟は心の中で決意と共に拳を握りしめた。
ということで、二百年経っても悟さんは性格的には特に変化はしていません
ただし最終的な目的が誰とも違うため、それを隠して行動しているから怪しく見えるだけです
次から新しい章として各国説得編になる予定ですが、複数の国を同時進行で進めるか、一国ずつ進めるかはまだ決めていないので書きながら考えます