オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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今回から新章に入ります
先ずは前回のエ・ランテルでの話を受けた各国の話


第四章 周辺国家同盟
第26話 各国の現状


 帝都アーウィンタールの中心たる帝城。

 その執務室でバハルス帝国の若き皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが報告書をテーブルに投げ捨てて、一つ鼻を鳴らした。

 涼しい顔を見せてはいたが、内心では僅かに苛立ちを覚えていた。

 

「結局、動きは無しか。こんなことなら戦争の用意をしていてもよかったな」

 

 本来ならばこの時期には、例年の王国との戦争準備を開始しているはずだった。

 しかし、今年はそうできない理由があった。

 王国の内通者からある情報が入ってきたためだ。

 以前より王国の内部では王派閥と貴族派閥が権力争いを続けているが、その貴族派閥の者がスレイン法国と組んで、王の懐刀にして戦争に於いても最大の障害だった王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを暗殺する計画を立てていたのだ。

 帝国にとっては歓迎すべきものであり、そんなときに戦争の準備をしては、それを理由に王が強権を発動して、折角国境近くにおびき出されたガゼフを呼び戻す口実を作ってしまう。

 だからこそ、ジルクニフはあえて何もしなかった。

 国境近くにある王国の村を帝国兵に偽装した法国──あるいは王国の貴族派閥──が襲ったと聞いた後でもそれは同じだった。

 とはいえ、残念ながらその作戦は失敗に終わったらしい。

 

「国内の裏切りに加えて、法国も手を貸したってのに暗殺が失敗するとは。流石は王国戦士長と言うべきですかね」

 

 雷光の二つ名を持つ帝国四騎士の一人バジウッドの声には、僅かに喜びが交じっていた。

 彼はかつてガゼフに四騎士全員で戦いを挑み、その内の二人を討ち取られるという完敗に近い状況に追い込まれたことがある。

 そのガゼフが暗殺されれば戦争が有利に進むと分かっていながらも、できれば暗殺などではなく自身の手で借りを返したいと考えており、そうした思いが漏れ出たのだろう。

 ジルクニフとて有能な人材であるガゼフを死なせるのは惜しいと考えていたが、彼は以前ジルクニフ自ら直接行った勧誘をキッパリと断っている。あの時の態度を見るにこちらに寝返ることはないと確信したからこそ、暗殺を黙認したのだ。

 

「いや、貴族派だけならともかく、あの慎重な法国が暗殺という危険な賭けに出たというのにあっさり失敗するのは解せない。最低でも偽の帝国兵を捕らえられなかった責任を取らせて更迭させるくらいの準備はしていると思ったが」

 

 国家全体の方針として、異種族を排除して人間種の存続を第一に考えているスレイン法国は、人間の国同士で争うことをよしとせず、例年の戦争に於いても口を挟んで来たが、それは直接的なものではなく、エ・ランテル近郊がかつてスレイン法国の土地であったことを利用して、土地の正当な持ち主であると主張することで、不当な権利を巡って争うのは遺憾である。と宣言を出すといった回りくどい方法だった。

 

 それが突然、王国貴族と手を組んでガゼフの暗殺。

 これは一見すると貴族派閥に手を貸しているように見えるが、実際には帝国に手を貸しているも同然だ。

 ただでさえ派閥争いが続いて国内がガタついている状況で、周辺国家最強と唄われ、その武勇だけで大きな影響力を持つガゼフがいなくなれば、今までのような時間をかけた小競り合いすら必要なくなり、一度の戦争で大勝を収めることができるのだから。

 

 つまり法国はこれまでの王国贔屓を止め、帝国に力を貸すことを選んだのだと考えられる。

 にもかかわらずガゼフ暗殺はあっさりと失敗に終わり、その後も動きを見せない。

 王国と異なり、法国は考え無しに動くような国ではない。

 当然次策は用意しているはずだ。

 

 ジルクニフはそれをガゼフが任務に失敗したことを理由に、王の側から遠ざけて貴族派閥の力を増す方法だと推察したからこそ、暗殺が失敗した後も戦争の準備はせずに静観していたのだが、王国の内通者からはそうした情報は入ってきていない。

 

「やはり、法国に何か起こったと考えるべきだな」

 

 そうでなくとも、ここのところ法国の動きがぎこちないことはジルクニフも気づいていた。

 通常国というのは、権力が一ヶ所に集中すればするほど動かしやすくなる。

 その最たる例が帝国であり、権力がジルクニフ一人に集まっているため、どのような政策でもジルクニフ一人で決めることができる。

 派閥対立のみならず、派閥内でも力関係が存在し、根回しをしてもまともに決められない王国はその逆だ。

 その点法国は十二人いる最高執行機関による合議性だが、帝国に近い集中した権力構造になっている。

 

 本来なら各宗派や機関ごとに派閥ができあがってもおかしくないところを、異種族を排除して人類を存続させるという大義を前面に出すことで、行動指針を一本化している。

 宗教を使って国を纏め上げている法国ならではの方法だ。

 神殿勢力は帝国内ではほぼ唯一と言っても良い独立した権力を持つ存在であり、そこにはジルクニフも手を出せないだけに、心の中でうまくやったものだと舌を巻いていたのだが、そうして効率化を図っているはずの法国がここ最近何故か動きが鈍い。

 今更派閥の争いでも起こったのかと思っていたが、そうではない。あの国はトップに近づけば近づくほど、報酬を減らして純粋に人間のために働く人材を集めるという自浄作用があるため私欲が介入する可能性は低く、これほど急激な派閥争いが起こるとは考えづらい。

 むしろ逆だ。

 

「ヴァミリネン、各所の反応は?」

 

「はい。大きな問題は起きていませんが、重要な決定などを先延ばしにしている節が見受けられます。やはり以前陛下が仰っていたように、最高執行機関が機能不全に陥っているのでしょうか?」

 

 秘書官のロウネ・ヴァミリネンが報告書をめくりながら答える。

 

「……その可能性が高いな」

 

 これはジルクニフが想定した事態の一つ。

 人数の差こそあれ、法国が帝国と同じく権力が一ヶ所に集中しているからこそ予想がついた。

 権力が集中しているということは、素早く政策を決められる代わりに、トップに何かあったときは一気に機能不全に陥るという欠点があるということだ。

 そうした場合現状維持はできても、新たな指針を打ち出すことはできなくなる。

 ジルクニフが現在何でも一人で決めるのではなく、大まかな決定だけ行い細かなことは部下に任せられるように教育しているのもそのためだ。

 同時に後継者の育成と、それまでにジルクニフに何かが起こったときのために長期的なビジョンを描いておく必要もある。

 それが帝国にとって目下の課題でもあるのだが、ジルクニフは法国にも同じ問題が起こっていると推察した。

 

「ガゼフ暗殺というこれまでにない大きな動きを見せ、それが失敗したのにも関わらず何の行動も起こさないのならば、何か起こったのはその間と見るべきだな。それも一人や二人ではなく、最高執行機関の全員だ」

 

「全員、ですか? 可能性があるとすれば最高神官長に何かあったのではないか。と報告書にはありますが」

 

 事実上のトップである最高神官長はかなり高齢のため、後継者を決める前に死亡した可能性を言及しているのだろう。

 

「いや、法国の最高神官長の決め方は明確なルールが決まっている。後継者争いで混乱に陥る可能性は低い。そもそも権力を十二人に集中させている法国ならば一人二人欠けたところで問題になることはないはずだ」

 

「ですから全員に何かあったと?」

 

 信じられないとでも言いたげなロウネの問いに、ジルクニフは一つ頷く。

 

「確かに法国に潜り込ませた間者によりますと、以前より最高執行機関の面々が表舞台に姿を見せる頻度は減っているようですね」

 

「減っている……か」

 

 初めは何者かの手によって、最高執行機関全員が暗殺されたのではないかと考えていた。

 単純な軍事力だけでなく、魔法的な知識、六百年という歴史も併せて、周辺国家最強である法国のトップに危害を加えるなど不可能に思えるが、可能性はゼロではない。

 法国の敵は人間ではないからだ。

 異種族は平均値は高くとも、人間のように突出した個人は少ないというのが通説だが、何事にも例外はある。

 人間でいうフールーダのような逸脱者が存在すれば、法国の鉄壁の守りすら打ち破れるかもしれない。

 そのように推察して、対策も考えていたのだが、頻度こそ少ないが最高執行機関の者たちが再び表舞台にでるようになった時点でその可能性はほぼ無くなった。

 

「……あるいは機能不全ではなく、最高執行機関の面々に何か意識改革のようなものが起こり、上層部と各現場との間に摩擦が起きて、一時的に動きが鈍くなった可能性はあるか」

 

 ふと別の可能性を思いついて口にする。

 

「意識改革。それは例えば最高執行機関の信仰が揺らいでいるなどでしょうか? いったいどうして」

 

「今それを考えても答えは出ない。そうした可能性を考慮しろと言っている」

 

「も、申し訳ございません」

 

 ジルクニフの指摘に、ロウネはすぐさま謝罪を口にした。

 それを軽く受け流しながら、ジルクニフも思考を続ける。

 

(そう。細かな内容など今は考えても仕方ない。問題はこの状況をどう利用するかだ)

 

 そもそも理由など考えても完璧な正解など出るはずがない。

 あくまでそうした可能性を考慮しながら、最終的には帝国の利益を目指すことが重要だ。

 今ある情報を基に、その方法を考え始める。

 

 突如としてノックもせずにドアが開く。

 無礼な態度に四騎士を始め、従者たちが警戒の態勢をとろうとするが、入ってきた人物を見て構えを解いた。

 そちらを見ずともジルクニフは相手が誰かは分かっていた。

 皇帝であるジルクニフの執務室にこんな態度で入ってこられる者は一人しかいない。

 

「陛下! 厄介ごとですぞ」

 

 帝国の歴史上最高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして、周辺国家にも三重魔法詠唱者(トライアッド)として名を轟かせる大賢者、フールーダ・パラダインだ。

 その彼がここまで慌てている様子は、ジルクニフとて見たことがない。

 

「どうした、じい」

 

 内心では驚きつつも、皇帝として余裕を持った態度は崩さずに視線だけを向ける。

 

「エ・ランテルが陥落いたしました。それも一夜にして」

 

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 王国帝国法国の三ヶ国に隣接する王国の都市エ・ランテルは、ガゼフと並んで王国との戦争上、数少ない障害の一つだったからだ。

 あの三重の城壁と豊富な備蓄により、都市内に籠もられたら、たとえ帝国全軍で攻めても落とすのは難しい。

 できたとしてもどれほど時間がかかるか分かったものではない。

 それを誰にも気づかれることなく、たった一晩で陥落させた。

 これが事実なら、厄介ごとですませられる話ではない。

 

「いったい何が起こっている」

 

 法国の件といい、何かがおかしい。

 帝位に就いて以後、一度として間違った手を打たず、全て想定通りに駒を動かしていたはずの盤上に、存在もしていなかった駒が突如として出現したような、得体の知れない気味の悪さを覚えた。

 

 

 ・

 

 

「まだ情報は集まらないのか!?」

 

 ヴァランシア宮殿の一室、各尚書の殆どが出席した会議の最中、リ・エスティーゼ王国の王、ランポッサⅢ世の怒声に近い声が室内に響きわたる。

 その父王の様子に、二つ隣の席に着席していた王国第二王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは些か驚いた。

 基本的に穏和な父がこうした態度を取るのは珍しい。

 

「申し訳ございません。何分、生き残った者がいるかどうかさえ、不明な状況のようでして」

 

 いつもとは違うランポッサⅢ世の態度に、内務官の一人が震えた声で答えた。

 とはいえ、父の焦燥も理解はできる。

 国王の直轄領にして、国防上でも貿易の観点からも王国最重要の都市であったエ・ランテルが、何の前触れもなく壊滅したというのだから。

 

(確か、あそこの都市長は父上の腹心の部下だったか)

 

 つい先日、とある理由によって互いを認め合って手を結んだ、六大貴族の一人であるレエブン侯からそうした話を聞いた覚えがあった。

 その都市長の安否も含め、詳細が未だ掴めていないとなれば、焦る気持ちは分かる。

 ただでさえ内部から腐敗を続け、帝国との戦争でもじりじりと追いつめられている状況で、追い打ちをかけるように起こった異常事態。

 父王が情報を欲しているのは、詳細を知りたいというよりは、何かの間違いだったと言って欲しいように見える。

 

 気持ちは分からないでもないが、王としては甘い考えだ。

 王たる者、むしろより最悪な事態を想定すべきではないのか。

 そうは思うのだが、流石に進言はできない。

 そもそも自分が出しゃばると、隣に座るザナックの兄である第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフが騒ぎだすだろう。

 今の時点で、それはまずい。

 己に協力してくれる力ある貴族は今のところレエブン侯のみである以上、力を付けるまで大人しくしておくべきだ。

 そう考えた矢先、件の兄が立ち上がった。

 

「父上。自らの直轄領を心配するお気持ちは良く分かります。そのような卑劣で恥知らずな真似をするのは、どうせ帝国の偽帝に他なりません。ならばこそ、一刻も早く兵を徴収してエ・ランテル奪還のために進軍すべきでしょう」

 

 自信満々に帝国の仕業だと決めつける様に、ザナックは頭痛を覚えた。

 異種族ならばともかく、人間国家で宣戦布告もなしに都市に攻め込めば、他国から野蛮な国と認定されて外交面で大きな打撃となる。

 あの皇帝がそんな愚かな真似をするはずがない。

 万が一帝国の仕業だったとしても、こちらが早々に軍を起こして対抗すれば、他国からはいつもの戦争の延長線上だと見なされる。

 何より先ず相手が何者なのかを調べ、必要ならば他国に救援を求め外交的手段で圧力をかけるべきだ。

 

 軍事に疎い自分でもそれぐらいは分かる。

 しかし、誰もそのことに口を挟まない。 

 仮にも王位継承権第一位のバルブロに表だって反論することを恐れているのだ。

 何しろバルブロは義父である貴族派閥の盟主ボウロロープ侯だけではなく、王派閥に属しているウロヴァーナ辺境伯からも支持を得ている。

 どちらの派閥に属していようと、バルブロを怒らせれば自分の立場が不利になる。

 尚書たちはみな、そう考えている。

 いつもであれば非難覚悟で口を挟んでいるガゼフですら口を噤んでいるのは、前回の帝国兵討伐の任が失敗したことで、自らの立場が悪くなったことを理解しているからだろう。

 

(いや。戦士長は己の立場ではなく、自分のせいで父上の立場が悪くなることを懸念しているのか。ならばここは父上自ら否定して頂くしかないが──)

 

「いや、それは。確かに一理はあるが──」

 

 その父王までも煮えきらない返事をしたことに、ザナックは愕然とした。

 確かにランポッサⅢ世は、王としてそこまで有能な人物ではない。

 慈悲深いがそれだけだ。

 とは言え仮にも四十年近く国王として国を動かしてきた人物であるのは間違いない。

 バルブロの提案がおかしいことぐらいは理解できているはず。

 それでも尚却下しないのは、仮にも王位継承権第一位であり、貴族派閥との繋がりも強い兄を皆の前で貶めることで、派閥間の溝がより深まるのを恐れているからなのだろうか。

 

「やはり父上もそう思いますか! ご安心を。今回は事情があって宮殿に出向くことはできませんでしたが、我が義父ボウロロープ侯には私から助力を願いましょう。もちろん、私も同行致します」

 

 己が肯定されたと勘違いしたのか、それとも歯切れの悪い父王の弱みにつけ込んだのか、バルブロは更に勢い良く言い放つ。

 

(要するに相手が誰であろうと関係なく、自分が武功を挙げるために、いきなり戦争を始めたいだけだろうが)

 

 確かに、エ・ランテルを奪還できたのなら、あの地が王家の直轄領であることも含め、貴族派閥とバルブロの力は更に強大となる。

 いや、そうなればもはや王位は確実と言えるだろう。

 

(あー、クソ。やっぱり俺が言うしかないのか)

 

 誰も動かないのであればそうするしかない。

 一つ咳払いを入れて立ち上がろうとした瞬間、一人の男が立ち上がった。

 

「お待ちください、バルブロ殿下。軍を起こされるのは反対です」

 

 バルブロの提案を真っ向から否定したのは、四十過ぎの痩せ型の男だった。

 

「何だと? もう一度言ってみろ、軍務尚書」

 

 その言葉を聞いた瞬間、バルブロの顔が怒りによって歪む。

 それでも、男は顔色一つ変えず淡々と続けた。

 

「何度でも。エ・ランテルの状況も確かめず、先に軍を起こす必要などありません。先ずは調査団を派遣し、その結果相手が帝国であれば直ぐに抗議文を送り、同時に各国への根回しに入る。正式に軍を起こすとすればその後でしょう」

 

 ザナックが考えたこととほぼ同じことを言う軍務尚書に、近くに座っていた外務尚書が口を挟んだ。

 

「おい。外務担当は私だ。軍務尚書が首を突っ込むな」

 

 外交に口を出したことへの抗議だろうが、先ほどまでの沈黙ぶりが嘘のような力強い声だ。

 

「失礼致しました。私が言うまでもなく理解されているのは分かっておりましたが、みなさまが何も仰らなかったものですから」

 

 バルブロを恐れる外務尚書の代わりに自分が言ったのだと言外に告げる様に、外務尚書もまたバルブロ同様怒りに顔を染めあげるが、本当のことだからか何も言わずにいると、軍務尚書は次いでランポッサⅢ世の後ろに立つガゼフに目を向けた。

 

「あのような無謀な策を実行すれば、王国にとってどれほどの不利益になるか。戦いにお詳しい戦士長殿も良くご存じでしょうに」

 

 その視線は冷たく、隠しきれない嫌悪感すら滲んでいた。

 

(おいおい。兄上の暴走を諫めたのは良いがずいぶん辛辣だな。宮廷会議にはあまり出てこなかったが、そう言えば戦士長とは不仲だったか)

 

 軍務尚書は日和見主義が多い尚書の中で、唯一と言っていい有能な人材だとレエブン侯が太鼓判を押す人物だが、ガゼフのことを嫌っているらしく、そのガセフを大事にするランポッサからは重用されていなかったとも聞いた覚えがあった。

 しかし、誰にでも辛辣な態度を取っているこの様子を見ると、遠ざけられていたのはそれだけが理由ではなさそうだ。

 あるいはそうした態度をわざと取ることで、父がどう動くか試しているのかも知れない。

 

「いい加減にしろ! 軍務尚書風情が、王族である俺に楯突く気か! 不敬罪でひっとらえるぞ!」

 

「止さぬか、バルブロ」

 

 テーブルを叩きつけて怒鳴りつけるバルブロをランポッサが諫め、そのまま軍務尚書にも目を向けた。

 

「言いたいことは分かった。内容はこれから改めて吟味するが、軍務尚書も諍いを招くような物言いは止せ」

 

 疲れたように告げるランポッサに対し、軍務尚書は深々と頭を下げた。

 

「申し訳ございません陛下。バルブロ殿下にも大変失礼なことをいたしました。謝罪いたします」

 

「フン。お前のような者が居ては会議の邪魔だ。さっさとこの場から出て行け! 父上、よろしいですな?」

 

 軍務尚書の謝罪にもバルブロは怒りは収まりきらなかったらしく、そう吐き捨てた後、父王に同意を迫る。

 

「──軍務尚書、済まないが……」

 

 短い沈黙の後告げられた言葉は、諍いを嫌う父らしいものだった。

 

「承知致しました。では、私はこれで失礼致します」

 

 そうした王の態度に、軍務尚書本人もまた何かを諦めたかのように大人しく従って退室していく。

 去っていく軍務尚書の背を見ながら、外務尚書のみならず他の尚書たちまでもが良い気味だ、とでも言いたげな嫌らしい笑みを浮かべる様子を見てザナックの背筋に寒気が走った。

 

(軍務尚書の言っていることは何も間違っていないというのに。これは……本格的にまずいぞ)

 

 国の重要都市の壊滅という一大事に派閥争いだけでなく、王宮の重臣であり、国をより良い方向に導かなくてはならない尚書までもが足の引っ張り合いをしている現実と、それを諫めることもできない父の優柔不断さが合わさり、国が最悪の方向に突き進んでいることを肌で感じた。

 

 もはや一刻の猶予もない。

 自分が兄から王位継承権を奪って王になるか、せめて力ある大公にでもならなければこの国は終わりだ。

 

(そのためには──)

 

 眼球だけ動かして兄とは逆側に座っている自分の妹である第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフに目を向けた。

 自分はただのお飾りです、とばかりに先ほどから何一つ発言してはいない。

 だが、この中でザナックだけはラナーの正体に気付いている。

 宮殿の中から言葉一つで貴族たちを自分の思うままに操る叡智の化け物。

 それが根回しも知らない世間知らずの王女の皮を被り、民からの人気も高くその美貌と併せて、人々から黄金と称されているこの女の正体だ。

 その異常性に気付けた者同士というのが、自分とレエブン侯を結び付けたものなのだから。

 

 自分より遥かに優れた頭脳を持つラナーが相手では、いずれ自身も操られて利用されてしまうかもしれない。

 その危険性を理解していたとしても、この難局を乗り切るにはラナーの頭脳が必要不可欠だ。

 そう考えたこちらの心を読んたかのように、ラナーもまた瞳だけ動かしてザナックを目を向け、ほんの一瞬だけ口元に薄い裂けたような笑みを浮かべてみせた。

 言いたいことは分かっている。とばかりの様子に、ザナックは先ほどまでとは違う寒気を感じて、身を震わせた。

 

 

 ・

 

 

「うへぇ。こんなにあるのか」

 

 竜王国の執務室。

 大量の書類をかき分けて、ドラウディロンは執務机に倒れ込む。

 

「竜王国内とその周辺、果ては大陸南部から伝わってきた噂話まで含まれていますので」

 

 宰相の言うように、ここに集められた情報は竜王国内だけではなく、南方の亜人国家から集められたものもあり、その中には憎きビーストマンの国から流れてきたものまである。

 真偽の怪しい噂話から、明らかにおとぎ話として作られたものまで混ざっているが、共通しているのはこれらはこの世界の者たちの常識では到底あり得ないような強大な力を持った者たちに関する話という点だ。

 

「これを全部精査しろっていうのか? 私には女王としての仕事もあるんだぞ!」

 

「そちらは私が補佐しますのでご心配なく。ですが、ぷれいやーなる者たちに関する情報は、陛下でなくては判断が付きません」

 

 涼しげな顔できっぱりと言い切られ、ドラウディロンはもう一度大きくため息を吐いた。

 確かにぷれいやーに関する情報は王家のみが受け継ぐ秘匿であり──既にモモンたちに見せたとはいえ──たとえ宰相でもその内容については知らされていない以上、この大量の噂話の中からどれがぷれいやーに関係しているのか見極められるのはドラウディロンだけだ。

 だからといって、この量は酷すぎる。

 政務の方も宰相が肩代わりをするのではなく、補佐するだけである以上、仕事量は大きく変わらないだろう。

 

「せめて酒でも飲みながら──」

 

「ダメです。酔っぱらって見落とされたら困りますから」

 

「ぐへぇ」

 

 悲鳴にも似たため息を吐いた後、仕方なしに一枚目を手に取って目を通しながら、ふと思い出した。

 

「そういえば、肝心の漆黒は今なにをしているんだ?」

 

「それが……どうも竜王国を出て王国に出稼ぎに行っているようでして」

 

「は!? なんだそれは。そんな話聞いていないぞ。情報を渡す代わりに竜王国に残ってくれる約束じゃないか」

 

 竜王の怨敵であるぷれいやーの子孫と手を結ぶという、場合によっては曾祖父すら敵に回しかねない危険な契約を、悪魔と手を結ぶ覚悟で実行に移し、今まさにそのせいでこれほど辛い目に遭っているというのに、肝心の契約相手が国を出て、王国に出向いているなど明らかな契約違反だ。

 

「いえ。正確には竜王国を出ないのではなく、外敵から竜王国を守る契約ですので」

 

「同じだろうが。今すぐビーストマンが攻めてきたらどうする気だ」

 

 漆黒の活躍でビーストマンの軍勢は完全に撤退した以上、すぐさま戻ってくることは無いはずだが、絶対ではない。

 奴らはあくまで複数部族の集団に過ぎないのだから、今回参加しなかった部族が力を示すためにもう一度現れるかもしれない。

 

「漆黒の方々は常駐していた宿にマジックアイテムを残しておりまして。それを使用すればすぐに本人たちに連絡を取れるため、危機が迫ったら転移魔法で戻ってくるとのことです。転移魔法は伝説と謳われる高位階魔法。にわかには信じられませんでしたが、陛下には伝えてあると窺っておりますが?」

 

「転移魔法? ……あ」

 

 思い出した。

 確かにあの黒髪の女、ナーベが長距離を一瞬で移動する転移魔法が使えると言っていた。

 それを利用すれば確かに、何かあっても直ぐに竜王国に駆けつけることはできるだろう。

 

「はぁ。いい加減、彼らが何者で、どんな力を持っているのか話していただけませんかね。そうでないとまた今回のようなことが起きかねませんので」

 

 深いため息と共に宰相が言う。

 彼らがぷれいやーの子孫である話は宰相も聞いているが、肝心のぷれいやーについての情報を知らないため、彼らの実力を推し量ることができないのだ。

 

「しかしだな。緊急時ならともかく、今はある程度国も安定している。これも一応王家の機密と言えば機密だ。軽々に話すわけにはいかん」

 

 どんな力があるのかを正確に伝えるには、ぷれいやーの存在についても話さなくてはならない。

 もっと切羽詰まった状況ならまだしも、漆黒の活躍で数年程度の安寧が確保された今、先祖代々から受け継がれてきた決まりを自分の勝手な判断で破っていいのかわからなかった。

 

「いつビーストマンが現れるか分からないと仰ったのは陛下ですがね」

 

「ぐっ」

 

「まぁ良いです。それなら、今後は陛下ご自身で漆黒の方々と交渉してください。個人的な繋がりだけでも保っていて損はないでしょうから」

 

「分かっている。とりあえず漆黒が戻ったらここに呼んでくれ。釘を刺してみる」

 

「むしろおだてて自らの意志で残るようにし向けた方がよいのではないですか? この間のように怒らせても困りますので」

 

 竜帝の汚物と呼んだことで、モモンの従者である二人の怒りを買ったことを言っているのだ。

 

「あれは突然のことだったから──」

 

 そこまで言ったとき、執務室の扉がノックされた。

 

「陛下、よろしいでしょうか?」

 

 その声には聞き覚えがある。

 城の警備を任せている近衛騎士の一人だ。

 それが執務室まで来ることは殆どない。何か火急の用事に違いない。

 了承の返事をしようとした矢先、宰相が珍しく慌てた様子でそれを押しとめた。

 

「陛下。形態を戻して下さい」

 

 言われてみれば、現在はごく一部の者を除いて城の者にすら見せていない成長した本来の姿になっている。

 

「戻すってなんだ、これが本来の姿だ。あと形態と言うな!」

 

 すぐさま否定するが、このまま会っては長年姿をごまかしてきた意味が無くなるのも事実。

 しかし、誰でも着ることのできる魔法の服ならともかく、今の服装では戻した途端、服がずり落ちてしまう。

 先に着替えを用意させなくてはならない。

 

「う、うむ。し、しばし待て! 先に用件を頼む」

 

 精一杯子供らしい声を出しながら用件を聞く。

 本来はこうした返事も王女自らすることではないのだが、常日頃天真爛漫な子供の演技をしていることもあって、わざわざ他者を使うよりこうした態度を取る方が自然なのだ。とはいえ、この姿で子供の演技をするのは精神に辛いものがあった。

 

「はっ! アダマンタイト級冒険者チームの方々が面会を求めております」

 

「アダマンタイト冒険者?」

 

 竜王国にただ一組存在したアダマンタイト級冒険者チームは壊滅している。

 新たなアダマンタイト級冒険者チームが出来たとは聞いていないので、他国の冒険者だろうか。

 

「は、はい。それが、以前いらしたワーカーチーム漆黒の皆さんが、王国でアダマンタイト級冒険者になったそうで。直ぐにでも陛下に伝えたいことがあるとのことです」

 

「な、なんだと!?」

 

 困惑した様子の近衛騎士の言葉に、ドラウディロンは思わず素の声で叫んでいた。




取りあえずそれぞれ勢力を平等に進めるのではなく、一国単位で纏めて書いていくことにしました
ですので次はこのまま竜王国の話になる予定です
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