前回の続き、今回は帝国編の準備回です
「竜王国の女王が?」
「はい。既に国を出立したとのことです」
秘書官の報告を聞いたジルクニフは、思わず眉間に皺を寄せた。
「女王自ら、それもこちらの予定も確認せずに国を出るとは。何を考えている」
通常首脳会談を行う際には──国同士の力関係によほど差があるか、属国などでもない限り──前もって連絡を取り合い、互いにスケジュールを合わせてから初めて出立するものだ。
あえて無理なスケジュールを押しつけて会談を行うことで、力の差を見せつけると共に圧力をかける強気の外交手段がないとは言わないが、そんなことをしても人間国家同士では無理を通した方が野蛮な国と扱われるだけで、外交面ではむしろマイナスでしかない。
更に言うのなら、帝国と竜王国の場合、力関係としては帝国の方が上である以上、そんな無理をしても簡単にはねのけられて余計に惨めな思いをするだけだ。
そうなると、女王自ら押し掛けなくてはならないような、緊急事態が起こったと考える方が自然だ。
「それで、用件は言っていなかったのか?」
「詳細は分かりません。緊急かつ重要な話があるので、歓迎の宴などは不要とのことですが……」
「立地的にエ・ランテルでのことは、竜王国には関係ないはず……またビーストマンでも現れたか?」
考えられる可能性はこれぐらいだ。
前回ドラウディロンと会ったのは、竜王国にビーストマンの軍勢が攻め込んでくる直前のことであり、ビーストマン討伐のために帝国の力を借りるためだった。
必死な様子で力を貸して欲しいと訴えるドラウディロンに、言葉ではなく実利を持ってこいと告げてにべもなく断ったものだ。
そうした態度を取ったのは、竜王国の女王は外見こそ幼い少女そのものだが、それが演技であると知っていたからに他ならない。
ドラウディロンもまたジルクニフにその演技が見破られていることを知りながら、それでも最後まで無垢な少女を演じ続けていた。
そうすることで、ジルクニフではなく周囲の人間の同情を買おうとしていたのか、あるいはそうした態度を取ったジルクニフに対する嫌がらせだったのかは良く分からない。
そう。分からないのだ。
演技だということは見抜けてもその本心が見えない。
才能ではなく、長い年月為政者として積み重ねてきた経験によって巧妙に隠された本心を見抜くのはジルクニフとて容易ではない。
外見年齢に引っ張られて感情のままに動いているように見えるときもあれば、逆にジルクニフと同等に近い鋭い読みを見せることもある。
その不安定さこそ、ドラウディロンがジルクニフの嫌いな女第二位の地位を守り通している理由なのだから。
「ですが、ビーストマンはつい先日、撤退したばかりと聞いています。これまでにない大軍だったこともあり、直ぐに再侵攻してくるとは考えづらい気もしますが」
「……そもそも、竜王国はどうやってビーストマンを退けたのだ? 我が国もそうだが、法国からの支援もなかったはずだ」
今になって考えると、その時点から既に法国内部で問題が発生していた可能性が高く、竜王国は自国内の武力しか使えなかったはずだが、竜王国には大した武力はない。
相手は成人すれば人間の十倍は強いと言われているビーストマンだ。
数に頼った戦いも出来ない以上、撤退させるだけでも簡単ではない。
「複数の冒険者チームやワーカーを動員したことに加え、アダマンタイト級冒険者チームの犠牲があって、何とか撃退できたとは聞いております」
確かにそうした報告を聞いた覚えがあった。
本来は戦争や政治に関わることが禁止されている冒険者だが、相手が人間ではないからこそ、特例的に戦争にも動員できる。
それぞれが並の騎士よりも強く、また亜人やモンスターと戦い慣れていることも合わせて、冒険者が発揮する力は大きな戦力となる。
群に勝る個の存在はジルクニフもよく理解している。
特にアダマンタイト級冒険者は人類の守護者と呼ばれる存在だ。
その者たちが死を厭わぬ覚悟で戦ったというのなら、撃退も不可能ではないと考えて、深くは追求しなかった。
もっとよく調査しておくべきだったかもしれないが、そのときはガゼフ暗殺に関わる法国と王国の貴族派閥の調査に力を割いていて余力がなかったのだ。
それに。
「……もう一つ妙な噂があったな」
「たった三人のワーカーチームが三つの都市全てを解放して回ったという、あの話ですか」
思い出したように言うロウネに対し、ジルクニフは真剣な表情のまま頷いた。
「そうだ。あまりにも荒唐無稽なため、情報攪乱の一つだろうと考えて詳しく調べさせなかったが……その後何か情報はあったか?」
「いえ。一時期は国中で噂されるほどだったそうですが、それほどの偉業を成し遂げたにしては、勲章や国を挙げての式典などが開かれた話も聞きませんし、それどころか表舞台に出てくることもないため、やはりこちらの目を欺くための偽情報では無いかと」
ジルクニフもそう考えたからこそ、追求せずに他の調査に力を入れさせたのだ。
だが今になって考えるとおかしな点がある。
「それは誰に対するものだ?」
「……我が国を始めとした周辺諸国では?」
「確かに。力を見せつけることで竜王国は未だ健在だとアピールする方法もあるが、それにしてはやり方があまりにもお粗末だ。あの女王がそのことに気づかないはずがない。何かある。その噂話の元となるような、個の戦力……まさかとは思うが、竜王が戻ったのかもしれんな」
「竜王国を作ったドラゴンですか?」
伝承伝説に事欠かないドラゴンの中でも、ドラウディロンの曾祖父とされる七彩の竜王を始めとした、真なる竜王と呼ばれるドラゴンたちは高い戦闘能力のみならず、原始の魔法とも魂の魔法とも呼ばれる既存の位階魔法とは異なる体系の魔法が使用できると聞いた覚えがある。
その力は帝国史上最強最高の
「ああ。どのような事情で国を離れたのかは知らないが、あの国はかの竜王が創った国であるのは間違いない。亡国の危機にいよいよ国を救うために立ち上がった可能性はある」
「確かにそうですね。今回のビーストマンの侵攻はそれまでとは規模が違う大侵攻だったとも聞いております。法国や我が国が手を貸さなかった以上、竜王国だけでは国ごとビーストマンの牧場になっていてもおかしくはありません」
「そうなっていない以上、竜王でなくとも正体を隠さなくてはならない何かが居たのは間違いない……奴が帝都に着くまでの間、竜王国の情報を集めろ。何も知らないまま会談など行えばあれの思う壺だ」
「ですが、よろしいのですか? そうなりますとエ・ランテルの情報収集が遅れてしまいますが……」
自国内ならまだしも、他国の正確な情報を集めるためには多くのリソースを割かなくてはならない。
魔法を使えば人員自体は少なく済むが、魔法だけでは正確性に欠ける。
情報はなるべく早く、そして正確でなければ意味が無いため、複数の手段による裏付けが大事となり、結果的に多くの人手が必要となるのだ。
そのためそちらに力を注ぐなら、現在帝国で情報を集めているエ・ランテル壊滅の件が後回しとなってしまう。
「元からそちらに関しては、裏付けの一つでしかない。いくら王国とはいえ守護の要であるエ・ランテルを失ったのだ。王国も情報収集には全力を注ぐだろう。我々は奴らが必死に集めた情報を受け取ればいい、いつものやり方でな」
王国のトップである六大貴族の一人にして、王派閥に属しているブルムラシュー侯は随分前から王国を裏切り帝国に情報を流している。
国王もそれは薄々勘付いているいるだろうに、それでもブルムラシュー侯を罰することができないのが王国の現状を示している。
そこに付け込んで、今回も同じ手を使えば問題ない。
ただ一つ、懸念もある。
「ですが、王国守護の要であるエ・ランテルが陥落した以上、王国滅亡の危機とも言えます。そんなときにいつものように情報を流すでしょうか?」
己と同じ考えに行き着いたロウネの言葉にジルクニフも頷く。
「どのみち奴は最終的に帝国へ寝返るつもりだろうから、王国が滅亡しそうならば余計我々に媚を売るはずだが──王国にはあの化け物がいる。奴が国王に進言してブルムラシューに偽の情報を流す可能性はある、か」
だからこそ、帝国側でも裏取りをするために情報を集めさせていたのだが、ドラウディロン来訪はそれと同等か、場合によってはそれ以上に重要な案件になりかねない。
「では、王国に関してはパラダイン様に裏取りをお願いするのはいかがでしょうか?」
「ほう?」
ロウネの提案にジルクニフは感心を示した。
フールーダは主席宮廷魔術師であると同時に帝国魔法省のトップでもある。
そのため、基本的にフールーダに頼みごとや命令を下せるのはジルクニフだけであり、秘書官であるロウネがこうした提案をしてくることなど今まで無かったことだ。
無言で続きを促すとロウネは続けた。
「魔法による情報収集の精度が低いのは術者の技量不足だと聞いております。パラダイン様とそのお弟子の方々ならば、少数、それも短期間のうちに情報を集められるかと」
フールーダから習った魔法の授業でもそんな話があった。
例えば距離の離れた相手と会話する
王国が魔法を軽視していることも併せて、フールーダとその直属の弟子である選ばれし三十人ならば少数だけで王国の機密を調べ上げることができるだろう。
「確かに爺ならば可能だろうが……」
「勿論その間の帝国魔法省の業務は私も含めた秘書官が全力でお手伝いいたします」
提案の問題点を指摘する前に先回りして回答するロウネに、ジルクニフは僅かに口元をほころばせた。
「分かった。爺には私から話す」
全てをジルクニフが決めるのではなく、部下たちに考える力を養わせる計画も順調に進んでいるようだ。
「よろしくお願いいたします」
「しかし、こうして何でもかんでも爺に頼るのも良くないな。本来ならばこうした時こそ、帝国情報局だけで対処できるようにすべきなのだがな」
「パラダイン様がいらっしゃるお陰で我が国は謀略とは無縁。そのため情報局も経験が足りていないのは事実です。そちらの練度不足解消も考える必要がありますね」
「まあ、それも今回の件が片づいてからだ。情報局には竜王国の情報収集に力を入れるように命じ、フールーダには私の下まで来るように伝えておけ」
「承知いたしました」
一礼の後、部屋を出ていくロウネを見送ってから、ジルクニフは小さくため息を漏らす。
法国の不可解な行動から始まり、エ・ランテルの陥落、そしてドラウディロンの突然の来訪。
帝位に就いて以後、初めて迎えた難局を前に、それでもジルクニフは笑みを浮かべる。
考えようによってはこれも良い機会だ。
この難局を乗り切れば、混乱の続く法国に代わって、帝国こそが周辺諸国最強の覇権国家として君臨することになるだろう。
歴代の皇帝が破壊した古い帝国とは違う、ジルクニフが生み出す新たな国家の誕生としてはこれ以上無いスタートを切ることができる。
「さて。あの若作りの婆め。今頃何を考えているのやら」
気合を入れなおす意味も込めて、ジルクニフはこちらに向かって馬車を走らせているであろう、舌戦相手に思いを馳せた。
・
(生きた心地がしない)
帝都が近づくにつれ、益々整備が行き届いた街道を進む。
竜王国と帝国の間に跨るカッツェ平野を通っていた時に比べれば、馬車の乗り心地は格段に良くなっているはずだが、それに反比例するかのようにドラウディロンに向けられる殺意は、重さを増していく。
目の前に座るナーベから向けられたものだ。
この馬車の中には現在、ドラウディロンと副官として連れてきた彼女の正体を知っている近衛騎士、そしてナーベの三人しかいない。
本来はモモンとソーイも乗せるつもりだったのだが、そもそも馬車に乗れる人数に限りがあり、いざ敵に襲われたときのことを考えて、探知役であるソーイと戦闘役のモモンは馬に乗って馬車に追従する形で護衛を行うことになったのだ。
ナーベはいざというとき転移魔法でドラウディロンを逃がすために、この配置になった。だが、彼女にとっては自らの主であるモモンを外に追いやり、自分だけが馬車の中にいる状況そのものと、それを指示したドラウディロンのことが気に入らないらしく、馬車の中に入ってから仕事以外のことでは一切口を開かず視線すら合わせようとしない。
しかし、己に流れるドラゴンの血によって一般人よりは精度の高い知覚能力を持つドラウディロンにはたとえ視線が向いておらずとも、殺意だけはひしひしと感じられるのだから、まさしく生きた心地がしないという感想しか浮かばない。
それでも少し前までは、急いで国を出てきたせいで残っていた仕事──当然ナーベに見られても問題のない物だけだが──に全神経を集中することで現実逃避をしていたのだが、それももう終わってしまい、することがなくなったことで逃げ場を失ってしまったのだ。
(仕方ない、今のうちに奴との会談に備えておくか)
改めて逃避の意味も込めて、皇帝との会談に備え思考を巡らせることにした。
実際、為政者としてはドラウディロンを遙かにしのぐ化け物じみた才覚を持つ皇帝との会談も、考えただけで胃が痛くなるが、それでもこのままこの殺意に晒され続けるよりはマシだ。
(あの小僧の考えは読みづらいからな。ある程度はこちらの意図が見抜かれていると思った方がいい)
この首脳会談の表向きの目的は、帝国に同盟への参加を呼びかけることだが、それに関しては大した問題ではない。
そもそも立地的に帝国は今後のことを考えて、エ・ランテルをそのままにしておくことなどできるはずがない。
ドラウディロンが言わずとも、同盟には参加するだろうし、その間エ・ランテルに集中できるように──後顧の憂いを断つ意味で──積極的に都市国家連合との同盟も呼びかけてくれるはずだ。
だからこそ、ドラウディロンは交渉よりも、漆黒をジルクニフに引き抜かれないように見張ることに注視しなくてはならない。
流石に仮にも友好国である竜王国の女王が連れてきた護衛を目の前で勧誘するとは思えないが、相手はあのジルクニフだ。
どんな手で来るか分かったものではない。
(そう考えると、漆黒の護衛は城までにして、直接会わせないのが確実か──いや、目を離すとそれはそれで帝国の者が接触してくる可能性もあるな)
アダマンタイト級冒険者になったとはいえ、それはあくまでエ・ランテルの冒険者を纏めるための緊急手段としての意味合いが強く、漆黒の知名度は殆ど皆無と言ってもいいため、帝国にまで名が知られているはずはないのだが、それもまたジルクニフならばあるいは。と思ってしまう。
(……まあ、その場合はこいつらが何とかするか)
チラリと一瞬だけナーベに視線を向ける。
「何か?」
「い、いや。そろそろ皇帝の直轄領圏内に入る。モンスター襲撃の危険は減るだろうから、警戒より見栄えを考えて隊列を組み直す必要があると思ってな」
「分かりました。次の休憩の際にモモンさんに伝えておきます」
「あ、ああ。頼んだ」
ぶっきらぼうながら会話自体は普通に成立するのだが、その言葉に内包された殺意は隠し切れていない。
というより、あえて隠そうとしていないのだろう。
(ああ。せっかく現実逃避していたのに、また思い出してしまった)
刺すような殺気に全身が貫かれるような思いを抱きながら、ドラウディロンは思わずため息をつきそうになり、意志の力で何とかそれを抑え込んだ。
・
(竜王国やエ・ランテルより発展してるなぁ)
石畳の敷かれた帝都の町並みを、豪華な馬車が走り抜ける。
帝都の入り口から帝城まで続く大通りはドラウディロン来訪の為に完全に封鎖されており、先ほどまでは帝都中に響き渡る祝賀の鐘が鳴らされていた。
ドラウディロンの態度や性格が気安いせいか忘れがちになるが、彼女も一国の女王。
他国に来賓として来るとなれば、こうした扱いは当然なのだろう。
しかし、その護衛役でしかないモモンガたちが乗る馬──モモンガは普通の馬には乗れないので、
(俺たちが警戒されているわけではないよな?)
ここでのモモンガたちの立場は、女王直属の護衛だ。
竜王国の宰相が言っていたように、ここに来るまで間経由したいくつかの都市で、モモンガたちを含めた冒険者も竜王国の関係者として扱われ、入国審査や武器の押収などもなく、ほとんど素通りする事ができた。
流石に帝都へ入る際は安全のため、冒険者たちの武器を一時預けるように言われたが、モモンガたちだけは特別に帝城までという条件で帯剣が認められている。
そこからして不思議だ。
直属の護衛とは言うが、モモンガたちはあくまで冒険者。
竜王国預かりの立場だとしても、正式な竜王国の使者ではない。
それなのに武器の携帯許可や、騎士による馬の先導などされるものなのか。
これではまるで自分たちも、貴賓として扱われているかのようだ。
(うーむ、よく分からんが。まあどっちでも良いか。楽なのは間違いないし、どうせ俺の役目は帝城までだ)
この後ドラウディロン率いる竜王国の関係者は帝城に入り、全員来賓用の貴賓館に宿泊することになっている。
その後すぐドラウディロンは皇帝と会談をするらしいが、城中まで護衛が一緒では帝国を信用していないと思われてしまうため、モモンガたちが付いていくことはない。
仕事もここで一区切りになるわけだ。
(俺たちだけで来ていたら大変だったな)
本来はドラウディロンに紹介状だけ書いて貰い、皇帝を説得するのはモモンガたちが行う予定だったのだが、女王自らが説得すると決まった時点でその必要もなくなった。
これほどまでの歓迎を受けるのはあくまで主賓が女王であるドラウディロンだからであり、モモンガたちだけではこうはならなかっただろうが、それでもその場合は冒険者を率いているモモンガが竜王国の使者に近い立場の主賓として扱われていたかと思うとぞっとする。
元ワーカーの冒険者という立場なのだから、礼儀作法を知らなくても問題はないと考えていたが、そのせいで皇帝を怒らせて説得に失敗しようものなら、悟がどんな反応を示すか分かったものではない。
その意味でもドラウディロンが一緒に来てくれて助かった。
皇帝説得は彼女に任せて、その間モモンガたちはこの都市の冒険者組合に顔を出してエ・ランテルのことを伝え、協力を仰ぎに行く予定だ。
相手が組合長なら、説得もずいぶん気楽になるというものだ。
そんなことを考えている間にもパレードは続き、やがて竜王国の城よりも造りも新しく立派な城の前にたどり着いた。
先ずは一緒に付いてきた数少ない竜王国の人間である近衛騎士──モモンガたちとドラウディロンが会談した際に居た、彼女の正体を知っている騎士だ──が帝国側の人間と話をしていたが、やがて近衛騎士は血相を変えてドラウディロンの乗る馬車に移動した。
モモンガは女王の護衛という立場なので、その馬車の近くに居たのだが、流石に内部の声までは聞こえない。
と言ってもあの馬車には転移担当としてナーベラルも同乗しているので、何かあっても後で聞けば問題ない。
そんな風に呑気に構えていると、馬車の扉が開き先ほどの騎士が今度はモモンガの下にやってきた。
「モモン殿、陛下がお呼びです」
「女王陛下が? 分かった。ソーイ、私の馬を頼む」
この馬は召喚されたものであり、召喚者の命令でしか動かないため暴れることなどあり得ないが、周りがそのことを知るはずもないので離れる際はこうしてアピールしておかなくてはならない。
「ああ。了解」
頷くソリュシャンに馬の手綱を預けてから、ドラウディロンの馬車に向かう。
許しを得て、モモンも馬車の中に乗り込むと中には、子供姿のまま眉間に皺を寄せて考え込むドラウディロンと、その向かい側に涼しい顔をして座っているナーベラルの姿があった。
そのナーベラルも、モモンガが顔を見せると僅かに顔を綻ばせる。表情の変化はごく僅かだが百年のつき合いともなれば、それぐらいは判別できる。
労いも込めて、彼女に一つ頷いてからモモンガはドラウディロンに声を掛けた。
「陛下。お呼びと伺い参上致しました」
「モモン。少し面倒なことになった」
対するドラウディロンは余計な挨拶もせずに、眉間に皺を寄せたまま切り出した。
「面倒、とは?」
「お前たちには帝城に入った後は冒険者組合に行って貰う予定だったが、予定が変わった。帝国の皇帝がお前たちに会いたいそうだ」
「私たちに、ですか?」
一体何故だろうか。
モモンガたちは一応アダマンタイト級冒険者ではあるが、その名が帝国内では全く広まっていないのは、ここに来るまでに通った都市で確認済みだ。
そもそも王国に近い都市ですら、エ・ランテルで何が起こったか知っている者は殆ど皆無なのだ。
そこで活躍した冒険者モモンのことなど知るはずがない。
(にも関わらず俺たちに会いたいとは。皇帝には独自の情報網でもあるのか?)
理由は不明だが、どちらにしても皇帝になど会いたくはない。
ドラウディロンも会わせたくないように見えるのは、礼儀も知らないモモンガが皇帝の前で粗相をするのが想像できるからだろうか。
だとすれば、自分たちの利害は一致している。何とかドラウディロンに皇帝を説得して貰って会わない方向に持って行けないかと考えたが、その前にナーベラルが口を開いた。
「どうもその皇帝とやらは既に城の入り口に来ているようですね。無駄に派手な騎士が集まっています」
それを聞いたドラウディロンが小さく舌打ちをした。
「やはりか。あの男が出迎えに来るとはな。城の中にいるか、出迎えるとしてもせいぜい入り口までだと思っていたが、断らせないようにする気だな」
憎々しげに言う。
モモンガたちを皇帝に会わせないようにしようにも、既に直ぐそこまで出迎えに来ているため、逃げ場がないということだ。
それを調べるため、ナーベラルに魔法による遠視を頼んだのだろう。仮にも他国の城内を監視させるとはなかなか思い切ったアイデアだ。
それほど皇帝が警戒に値する人物だというのなら、会いたくない気持ちがますます強くなるが、長い沈黙の後でドラウディロンが告げた言葉によってその思いは砕かれた。
「……モモン、済まないが近衛と共にお前も来てくれ、できれば一人で」
一人でと言いながら、チラリとナーベラルに視線を向ける。
既に一度、一国の主であるドラウディロンに危害を加えようとした前科のあるナーベラルとソリュシャンは皇帝に会わせたくない気持ちはよく分かる。
実際皇帝がモモンガに何か失礼なことを言えば、再び暴走しかねないのは確かだ。
「分かりました。ナーベ、お前は私の馬を連れてソーイと共に冒険者たちと予定通り冒険者組合に向かってくれ」
「……分かりました。モモンさん、お気をつけて」
無言の熟考の後ナーベラルも了承する。
ここでまた命令無視でもされたらどうしようかと思ったが、大人しく頷いてくれて助かった。
こうなるとこちらも覚悟を決めるしかない。
皇帝がモモンガに何の用があるのかは知らないが、なるべく目立たないように黙っていようと心に決めて、改めてドラウディロンと視線を合わせて小さく頷き合う。
皇帝の前で粗相を見せたくないと言う自分たちの思いは同じはずだ。
その辺りのフォローも彼女に期待するしかない。
後ろ向きな覚悟を決めつつ、モモンガとドラウディロンを含めた少数の人員は、改めて馬車に乗り込み、帝国騎士の先導に従って帝城内部に足を踏み入れた。
帝城内にはナーベラルが言っていたように、大量の騎士が左右に分かれて直立不動の姿勢を取っていた。
それらの纏った武具はここに来るまでに見た帝国兵とは異なり、全ての武具に魔法の輝きが見て取れる。
「ほう」
思わず感心する。
この世界に於いて魔法の武具は弱い物であっても非常に高価な品であり、冒険者やワーカーでも持っている物は少ない。
それを一部隊丸ごと用意するのは相当金が掛かっていることだろう。
少なくとも、この百年の間に見たいずれの軍隊より見事な装いだ。
上空にも同型の装備を纏い飛行魔獣に乗った騎士の姿が見え、その真下にはさらに雰囲気の違う漆黒の鎧に身を包んだ四人の騎士が待機している。
そして、その中心に一人の男が立っていた。
まだ若い金髪の男は、これもまた世界で見た内では、もっとも豪勢な服に身を包み、腰には王笏を差しているのが見えた。
間違いなくあれが、鮮血帝として周辺諸国に名を轟かせている帝国の皇帝に違いない。
ただ立っているだけなのに気品だけではなく、絶対者としての自信も漲っている姿は、これぞ支配者という感じがする。
(あれが支配者らしい立ち方という奴なのか。こんな時でなんだが、勉強になるな)
モモンガがそんなことを考えている間に、再び祝賀の鐘が鳴らされ、改めて左右を固めた騎士たちが礼を取る。
それを確認してから、こちらもまた支配者らしく威風堂々たる歩き方でその間を通ったドラウディロンと皇帝は向かい合った。
「この度は、ご無理を聞いていただきありがとうございます。まさか皇帝陛下自ら出迎えてくださるとは思いませんでした」
天真爛漫な子供が精一杯背伸びをして女王らしく振る舞っているようなこの姿はもう何度も見てきたが、相変わらず演技には見えない。
相手もそれを見抜けていないのか、鮮血帝という呼び名には似合わない物腰柔らかな態度と声を返した。
「何を言う。竜王国の女王陛下の頼みだ。友好国としてできうる限りの対応はさせていただくさ」
「皇帝陛下の厚い親愛の念には感謝の言葉もございません」
世辞を含んだ挨拶を交わしながら再会を喜び合っても緊張感はなく、どことなく和やかな空気さえ感じられた。
特にモモンガに対して言及もなく、このまま帝城内で晩餐会を行うということで話が纏まり、ドラウディロン指示の下、全員が立ち上がった時初めて皇帝の視線がモモンガに止まった。
ドラウディロンが動揺したような動きを見せるが既に遅く、彼はモモンガに対しても人当たりの良い微笑を浮かべたまま口を開いた。
「貴殿が噂の漆黒か。他二人は……いないようだな。とびきりの美女と聞いていたので会うのを楽しみにしていたのだがな」
軽口を叩いてから一度言葉を切った皇帝は、何と答えていいのかわからず戸惑うモモンガの前に悠然と手を差し出した。
「率直に言おう。貴殿を帝国に迎えたい。無論、実力に見合った報酬は約束しよう」
差し出された手は断られることなど微塵も考えていない強い自信に満ちていた。
今回の同盟設立編の主役は聖王国と王国なので、帝国の話は次で一端終わる予定です