書籍版と異なり、マーレによるナザリック隠蔽は為されていません
「なん、だ。これは」
スレイン法国特殊工作部隊、六色聖典の一つである陽光聖典、その隊長ニグン・グリッド・ルーインは最高執行機関より下された王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ抹殺の任を受け、秘密裏に王国内に潜入していた。
潜入後、ガゼフをおびき出す罠として、帝国兵に偽装させた者たちを使用して、国境沿いの幾つかの村を焼き払った。
予定では、一つ前の村で戦士団もろともガゼフを討つつもりだったのだが、ガゼフたちが思った以上に早く移動を開始したことで取り逃がしてしまった。
そのため、次の目的地であるトブの大森林に隣接する形で作られた開拓村に兵を派遣する前に、今度こそ獲物を檻から逃がさないため、また、万が一逃げ出されても追い込むことができるように、周辺の状況も確認しておく必要があると考えて、事前に周囲を探索していた時、それは見つかった。
なにもない平原に現れた円形の壁を持つ、巨大な建築物。
トブの大森林も近い危険なこの場所に、人間がこれほどの建築物を造れるはずがない──現在国力が著しく疲弊している王国では尚更──だとすれば、考えられるのはトブの大森林に生息する亜人の仕業ということになるが。
「いや、ありえんな。あれほどの拠点を亜人どもが作れるはずがない」
手先が器用な亜人も存在してはいるが、法国が把握しているトブの大森林に生息している亜人の中に、これほど巨大で強固な壁を建設できる技術力を持った種族は居ない。
「となると、
隊員の言葉に、ニグンは間を置かず首を横に振る。
「いや、
口にしながら、一つ思いつく。
亜人の村や集落を殲滅する事を得意とし、隠密行動や野外での活動に適さない自分たち陽光聖典が、今回のような暗殺任務に駆り出されることになったのは、本来そうした任務を請け負うべき漆黒聖典が別の任務、真なる神器ケイ・セケ・コゥクの警護に当たっていたからだ。
その神器を用いて、破滅の竜王を法国の手駒とすることこそ、今の漆黒聖典の任務なのだ。
復活までにはまだ時間があるとされているが、これがその破滅の竜王復活に何か関係しているのではないだろうか。
(となるとこれは竜王の住処。あるいは復活をもくろむ何者かの拠点の可能性もある、か)
「隊長。何か心当たりでもあるのですか?」
部下の言葉にニグンは一瞬考える。
破滅の竜王復活の報は極秘扱いであり、部下にも伝えることは許されていない。
しかしこれだけの異常事態、先ずは隊の中で情報を共有するべきかもしれない。
(いや、駄目だ。情報が足りていない状況で神官長の命に背くことはできん)
よほどの緊急事態ならばともかく、まだこの建造物の正体も目的も分からない今、勝手な行動を採るべきではないと判断し、再度首を横に振った。
「……いや、どちらにせよ憶測でものを言うべきではない。先ずは最低限の情報収集だけは済ませた方が良いな」
神官長に報告をするのはその後で良い。
本国と連絡を取るにはエ・ランテルまで向かい、そこに入り込んでいる法国の間者と接触するしかないのだ。
そんなことをすれば、ガゼフを放置することになる。
そうしているうちに囮として使っている者たちが捕らえられ、帝国兵に偽装した法国の者だと気づかれたら、王国のみならず、帝国からも抗議を受けて国際問題に発展してしまう。
破滅の竜王も危険だが、自分たちの本命はあくまでガゼフの抹殺任務。
王国の至宝と呼ばれる装備を纏わず、少ない兵だけで行動している──本国が王国貴族に働きかけてそうしたらしいが──今を逃せば、暗殺の好機はもう巡ってこない。
だからこそ、先ずは情報を集め、優先順位を決めておく必要がある。
「し、しかし。危険ではないでしょうか?」
部下の表情は暗い。
ただでさえ、周辺諸国最強の戦士であるガゼフ抹殺という危険任務に加え、慣れない隠密行動や野外活動のせいで疲弊している状況で、得体の知れない場所の調査任務は避けたいというのが本音に違いない。
「心配するな。中にいるのがどんな亜人や魔獣だろうと、我々の敵ではない。こちらには切り札もある」
自らの懐を上から押さえる。
ここにあるのは六大神が法国に残した秘宝の一つ。魔神すら打ち倒した最高位天使を召喚するアイテムだ。
本来はガゼフ抹殺の為の切り札だが、もし本当に破滅の竜王の住処であり、なおかつ自分たちが捕捉されたとしても、これを使えば互角以上の戦いができるに違いない。
そう考えたからこそ、ニグンは調査を決断したのだ。
「そ、そうですね。それなら──」
「『その場から動くな』」
突如、静かな言葉が背後から聞こえ、同時にニグンの体がピクリとも動かなくなる。
(なんだ。これは、一体なにが!)
全身に力を入れようとしても全く力が入らない。むしろ今の姿勢を維持するために、体が勝手に全力を尽くしているかのようだ。
「なるほど。この程度でしたか。準備を整える必要はありませんでしたね」
穏やかな、それでいて背筋に怖気が走るような冷たさも持った声に聞き覚えはない。
しかし自分の中に、もう一つの他人の命令を聞くための器官が生まれ、それに従っているかのようなこの感覚には覚えがある。
(精神支配系の魔法か。くそ、この装備でなければ──)
戦士であり魔法の使えないガゼフを相手に想定していたため、今回は物理防御に重点を置いた装備にしていたのだが、それが裏目に出た。
相手が亜人の場合は物理防御ではなく、精神攻撃などに対する耐性を上げる装備に重点を置く。
亜人の中には種族独自の特殊能力により、声を使って相手を操る者も存在しているからだ。
しかし、それも本来は弱い者にしか効かず、自分のような強者には通じないか、効果が弱まり、そうした方が良い。と思う程度の誘惑を感じるだけのはずだ。
これほどの強制力を発揮することなどありえない。
「どうやらあなた方は、この世界について詳しそうですね、実に都合が良い。色々と教えていただきましょう」
そんなことを言いながら、声の主が移動を始め、ニグンの視界に入ってくる。
南方から時折入ってくる、スーツと呼ばれる衣装に似た服を身に纏った細身の男が立っていた。
姿形は人間に近いが、長く伸びた耳とゆらゆらと動く長い尻尾で、その正体を理解する。
(悪魔だと? なんと言うことだ。これほど強力な悪魔がこんな場所に基地を造るとは。なんとかこのことを本国に伝えなくては)
自分ですら抗えないと言うことは、隊の誰であっても同じだろう。
そして隊員は現在この場に全員集まっている。
別の場所に伏兵を配置しておくべきだったかと思うが後の祭りだ。
隠密任務に慣れていなかったことが、ここにきて徒となった。
(せめて、これが使えれば)
懐にある秘宝。
それさえ発動できれば、必ず勝てる。
今はその隙を待つしかない。
しかし、そんなニグンの心を読んだかのように、悪魔はさも今思い出したとばかりにニグンに告げた。
「ああ。そう言えば、先ほど何か言っていましたね。切り札がどうとか──」
悪魔が笑みを形作る。
動くなと命じられていなければ、ニグンの顔は絶望に歪んでいたことだろう。
「『何も言わず懐の中にある物を渡したまえ』」
ゆっくりと手が差し出され、ニグンは言われるがまま、懐から法国の秘宝である魔封じの水晶を差し出した。
何も言わずと付け加えられることで、手にした瞬間、魔法を発動させることもできない。
水晶を受け取った悪魔は、それを興味深そうに眺めている。
抵抗もできず、話すことすら禁じられては命乞いすら出来はしない。
相手は悪魔、このままでは間違いなく殺される。
(何故、こんなことに──)
国のため、人類のため、誰よりも神の教えを忠実に守り、努力してきた自負があった。
その自分がこんな目に遭わなくてはならないとは。
(これもまた我々人類に対する試練だというのですか? だとしたら、これは、これはあまりに酷い!)
神に選ばれた種族でありながら、異種族よりも肉体的にも精神的にも弱い人間は、だからこそ団結が必要だ。
けれど各国は団結することなくそれぞれが問題を抱えている。
肥沃な大地で新たな英雄を生み出すはずだった王国は内部から腐り果て、帝国はそんな王国を狙って戦争を起こした。
竜王国ではビーストマンの大群が現れ、聖王国はアベリオン丘陵に住む亜人たちと未だ果ての見えない戦いを強いられている。
法国ですら、裏切り者の
これが人類の現状。
それも全ては神の試練だと考え、必死に任務をこなしてきた自分が、こんな誰も知らない場所で任務を遂行することすらできず、無様に死ななくてはならないとは。
こんな理不尽が許されるはずがない。
(神よ。私たちを、いいや! 私だけでもお助けください!)
ニグンは信仰し続けてきた神に対し、心の中で必死になって訴える。
「さて、それでは行きましょうか。貴方は隊長らしいですから、じっくりとお話を伺いたい」
そんなニグンの願いを嘲るように悪魔は笑い、改めて命を下した。
「『全員、大人しく私についてきなさい』」
今までピクリとも動かなかった足が動き出す。
地獄に自らの足で向かっていく恐怖。
巨大な壁の向こうには一体何があるというのか。
どちらにせよ、ニグンを始めとした陽光聖典の者たちに、神の加護が降り注がないことだけは確かだった。
・
「つまり、そのスレイン法国というのが、この周辺諸国で最も強大な力を持った国ということね」
「はい。南方にはより強力な亜人国家が存在しているようですが、法国の働きにより人間の住処であるこちらまでは攻め込んで来ていないようです」
同格の守護者ではなく、役職上の上役である守護者統括に敬意を払った態度でデミウルゴスが告げる。
ここは第九階層に存在する会議室。
本来の居場所である玉座の間への立ち入りを禁止されたことで、アルベドはこの場所を仮の職場として、ここから各階層守護者や配下のシモベたちへの指示を出していた。
アルベドは守護者統括として、ナザリック全体を確認できる管理システムを操作することが許されているのだが、そのシステムの起動は玉座の間でしかできないらしく、現在ナザリックの運営管理は直接現場で行う必要があったからだ。
各階層から集まった大量の情報をデミウルゴスが一度纏めて、精査した上でアルベドに提出し、それらをアルベドが確認した上で改めて守護者に連絡して対処する。
現在はそうした非効率的な方法を取らなくてはならない状況であり、そのために広いスペースが必要となったため、この部屋を使用することにしたのだ。
そんな中、デミウルゴスが捕らえてきた現地の人間から収集した情報に目を通し、アルベドは僅かに思案する。
「しかしながら、彼らには
「どちらにせよ、周辺国家でも有数の実力者であっても私たちの敵ではないのはほぼ確実ね」
「ええ。彼らが言うところの英雄と呼ばれる伝説的な存在であってもレベルで換算すれば、せいぜい三十程度。我々の敵にはなり得ません」
それだけならば世界征服もそう難しいことではないが、デミウルゴスはまだ何か続けたそうな表情をしている。
無言で続きを促すと、デミウルゴスは僅かに声を落とす。
「ただ、竜王や魔神、最高位天使や神人など、彼らからすれば桁違い過ぎて力を計ることのできない強者も存在しているとのことです。そちらに対する警戒は必要でしょうね」
「確かに。そうした強者の情報はなるべく早く集めたいところね」
ナザリック内の現状把握や管理運営がもう少し進めば、手が空く者たちも増えてくるのだが、今はまだ手が足りない。
情報収集の為に各所に人員を配置するなどはその後になる。
「そうですね。後はナザリック自体の隠蔽も必要かと。ここは遮蔽物のない草原ですので目立ちすぎます。そのせいで彼らにも見つかった訳ですからね」
「とはいえ、栄光あるナザリックの壁を土で汚す訳にもいかないわ」
ナザリックを隠蔽するには、マーレが使用できる広範囲魔法によって壁に土を被せ草を生やすことで丘のように見せかけ、上空のみ幻術を展開する。というのが手っ取り早く効果も高い。
しかし、それは主の許しなくできることではない。
デミウルゴスもそのことは承知しているようで、少し考えてから提案する。
「ナザリックには触れないよう、周辺全体の大地を盛り上げて隠すのが最良でしょうか。その上でナザリック自体は幻術で隠すしかないかと」
視覚を誤魔化すだけの幻術では心許なく、維持に掛かる人手の問題もあるが仕方ない。
「そうね。後は隠密行動が得意なシモベを周辺に配置して常に警戒を怠らないようにして」
「承知いたしました。それともう一つ、早急に準備を整えなくてはならないことがあります」
「何?」
「先にも挙げた神人という神の血を覚醒させ、桁違いの実力を持ったものが存在するそうなのですが、その者を含んだ部隊が近々復活を予知されている、破滅の竜王なるものを配下にすべく出陣するそうです」
デミウルゴスの説明を聞いて、すぐに何が言いたいのか理解する。
「なるほど。その破滅の竜王も含めて、強さが不明な強者の力を見るには絶好の機会ということね。うまく行けばそれらも捕らえることができると」
「ええ。何より法国は少数の最高執行機関のみで国の運営を行い、それに異を唱えることは誰もできないそうです。加えて秘密主義のため、自分たちが崇拝する神の情報や残された秘宝なども秘匿している」
「……つまり、上層部さえ秘密裏に押さえることができれば、法国そのものを私たちの手駒にできる」
宗教によって国が団結し、上層部のみで全てを決定しているとなれば、そこを押さえて洗脳するなり、化けたドッペルゲンガーと入れ替えるなどして、人類のためという名目を掲げさえすれば、国民全体すら自由に動かせるようになる。
「その通りです。人手が足りていない現状では、先ずはそこから手を着けるのが最善かと」
「いいわ。デミウルゴス。その件は貴方に一任します。私たち守護者の裁量で動かせるシモベやアイテムであれば自由に使って構わないわ」
「分かりました。本来はもっと時間を掛けて確実に行うべきですが、今は時間がありませんからね」
「そうね」
ツイと視線を床に向ける。
正確にはその下、現在誰も立ち入ることの許されていない第十階層、玉座の間に居る主に目を向けたのだ。
デミウルゴスの言うとおり、本来はナザリックの運営が安定し、周辺諸国全体の情報を収集してから動くのが被害も少なく確実なのだが、いつ何時主が自分たちを置いて、この地から離れてしまうとも限らない。
あまつさえ、あの裏切り者どものところに行ってしまったら。
そうなった時、アルベド自身どうなるかわからない。
幸い、主は完全に自分たちを拒絶しているわけではなく、アルベドが送る
大抵は主から何かを確認するかのような質問があるだけで、アルベドが玉座の間から出てきて欲しい、あるいは自分を入室させて欲しい、と懇願する声には応えてくれない。
だからこそ、今何より優先すべきは一刻も早く結果を出して、主に示すことだ。
「デミウルゴス。期待しているわ」
「はい。必ずや守護者統括殿の期待に、そしてモモンガ様に認めて頂ける働きをお約束いたします」
一礼しながらデミウルゴスはそう言い残し、颯爽と部屋を後にする。
残されたアルベドはしばらくの間、名残惜しげに床を眺めていたが、直に感情を切り替えて手元の書類に目を戻した。
・
「……やっぱり、間違いないな」
玉座に腰掛けた状態でため息の真似事をする。
彼はユグドラシルのサービス終了と同時に、目を覚ました。
こう言うのが正しいのかは分からないが、他に言いようがない。
自分の名前やこれまでの記憶はあるのだが、サービス終了日の行動がいまいち思い出せないのだ。
断片的な記憶はあるが、それらは現実感の薄い夢のようにぼんやりとしたものばかりである。
しかしそれも今の自分の状況に比べれば些細なことだ。
何しろ本来は単なるアバターであるはずの、骸骨の体で口が動いて声を発生するようになり、電脳法に規制されている触覚も、生身の体と同じかそれ以上にしっかり感じられ、完全に禁止されているはずの嗅覚までも機能しているのだ。
これは仮想世界であるはずのゲームが現実にならない限りあり得ない。
いくつも実験を重ねたことで、それが最も可能性が高いことを理解した。
それ自体は良い。
いや、それもまた大きな問題ではあるのだが、会社に行き、仕事をして、帰って寝る。
その合間にユグドラシルに入っていつ仲間たちが戻ってきても良いようにナザリックの維持をしていたが、それももはや必要ない。
そんな世界に未練はなく、帰還する意味もない。
だから自分がゲームの中に閉じこめられようと、骸骨の体に成ろうと大した問題では無かった。
今最も重要なことは別にある。
自分が何者なのかということだ。
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長にして死の支配者であるオーバーロード。
鈴木悟がアンデッドの魔法使いというロールプレイをしていたことで生まれたアバター、それがモモンガだ。
それらの記憶はあり、実際に魔法を使うこともできる。
しかし、全てが使えるわけではなかった。
使えなくなっている魔法がいくつもあり、また仲間たちの承認を得て常に自分が装備していたはずの
それらを単純に仮想世界が現実になった影響と考えることもできたが、別の
つまり
そして、使えなくなっている魔法に関しても思い当たる節がある。
「俺が作ったNPCに覚えさせなかった魔法ばかりだ」
使えなくなった魔法の中で、一番分かりやすいのは超位魔法だ。
これはプレイヤーだけの特権であり、たとえ百レベルであっても拠点NPCに覚えさせることはできない。
そして通常の魔法に関しても、モモンガは通常のプレイヤーより遙かに多い、七百個以上の魔法を修得していたが、それは特別な課金アイテムを使ったりイベントをこなしたりしたことで増えたものであり、通常の魔法職であれば一レベルに付き三つ、積み重ねて百レベルで三百の魔法が限界だ。
コピーとは言ってもそのために、わざわざ課金アイテムなどで修得魔法の限界値を増やすような真似はせず、よく使う魔法を中心に選別し直した。
結果として半分以上の魔法が使えない死霊系
現在使えなくなっている魔法は、その際に不要と判断してコピーNPCに覚えさせなかった魔法ばかりだった。
つまり鈴木悟の意識が宿ったこの体は、元々自分が使っていたアバターではなく、そのコピーとして創ったNPCの可能性が高い。
プレイヤーですらない、NPCが意志を持つというのはおかしい話だが、自分が意識を回復させた時、傍にいたアルベドが、命を吹き込まれたように会話できたことで、その可能性もあることは理解した。
混乱する頭を整理するために一度部屋から追い出したアルベドがその後、何度となく
「だけどあれは、俺じゃなくて、ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者、モモンガに対してなんだよなぁ」
彼らにとってモモンガとは鈴木悟という人間が操るアバターではなく、それこそ死の支配者であるアンデッドとして存在しているらしく、NPCたちはそのモモンガを始めとした創造主であるギルドメンバーに忠誠を誓っている。
だからこそ、ここを出ていけない。
もし、自分が本物のモモンガだったのなら、彼らの忠誠に報いる意味でも、絶対的支配者としての演技をしていただろう。
しかし、自分は本物のモモンガではない。
これもアルベドの話し方や性格からの推察だが、どうやら創られたNPCには制作者が書き込んだ設定が反映されているらしい。
ゲームの設定が性格に反映されるというのなら、その設定にモモンガのコピーと記載されている自分が鈴木悟の性格や記憶を持っている理由にも一応説明が付く。
そして自分がコピーであるのなら、その元となった本物のモモンガもどこかに存在していることになる。
それはマスターソースのギルドメンバー欄で、モモンガ一人だけがインしている状態になっていることからも間違いない。
同時にNPC欄にモモンガという、名前すらそのまま同じNPCが載っており、その配置場所が玉座の間と記されていたことから、自分が本物ではない確証にも繋がった。
「そう言えば、もう一人のモモンガはどこにいるんだ?」
自分と同じもう一人のNPCであるモモンガの居場所は本物と同じく空欄になっており、これはナザリック内に居ないことを示しているようだ。
だとすれば一体どこにいるのか。
「……いや、それより今は本物の方だ」
思考を切り替え、考える。
仮に自分がここから出て、モモンガの振りをしたままナザリックの支配者として行動したとして、その後本物のモモンガが見つかった場合、NPCたちはどちらに付くだろう。
「本物の方に決まっている」
記憶と性格をコピーしただけで、自分たちと同じ拠点NPCとして創られただけの存在と、彼らにとっては神も同然の絶対的支配者であるモモンガ。どちらを選ぶかなど聞くまでもない。
その名を騙り、この玉座の間を占拠しているというだけで、すでに殺されても不思議はない蛮行だ。
本当はすぐにでも外に出て、自分にモモンガの記憶があることを説明した上で、悪気はなかったことを伝えるのが最善だ。
それは分かっている。
それでもここを動く勇気が出ない。
頭の中に浮かぶ強烈な意志に、自分が支配されそうになっているからだ。
「これは……アンデッドになったせいなんだろうか」
アンデッドの特性である精神作用無効を再現しているのか、ある程度精神が高ぶると自動的に抑圧されることもあって、今のところ押さえられている。
この感情もまた、生者を憎むアンデッドの特徴を表しているものなのだろうか。
「いや、あれのせいだよな」
力なく首を振る。
アルベドの設定欄の末尾に書かれた、ちなみにビッチである。という内容を不憫に思った鈴木悟が気まぐれに書き直した、モモンガを愛している。という設定に従い、彼女はモモンガに忠義とは別の愛情を向けている。
ここから出てくるように懇願する言葉の端々から、それを感じ取ることができた。
そして、本物のモモンガがアルベドの設定テキストを書き換えた際、彼は同じようにもう一つのNPCの設定テキストにもお遊びで手を加えた。
モモンガのコピー。
本来はその一文だけだったテキストに加えられたもう一つの言葉を思い出しながら、
同時に黒いオーラが全身にまとわりつくように発生した。
傍に浮かんでいるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに手を近づけると、そこから立ち上るオーラのエフェクトも合わさり、さらに威圧感が増す。
装備やエフェクトも含めて自分でそういうものを選択した。
徹底して悪のロールプレイを貫いたアインズ・ウール・ゴウンのギルド長として恥ずかしくない姿を目指して創ったアバター。
しかし、こうして改めて見てみるとこの姿は、アンデッドの
「魔王である」
加えられたテキストの文を思い返しながら、頭に手を置く。
湧き上がるこの想いは、きっとこの設定文のせいだ。
そう自分に言い聞かせる。
本来、鈴木悟にとっては大切な友であるギルドメンバーこそが全て。
だからこそ、彼らとの思い出の地であるこのナザリック地下大墳墓と彼らの忘れ形見であるNPCを守る。
自分が本物のモモンガならばそのように行動するはずだ。
だが、今の彼にはそうした思いはない。
ギルドメンバーを、そして皆で作り上げたこのナザリックのことを思うと、途端に空っぽな胸の中にどす黒い何かが溜まりだすのだ。
ギルドメンバーなどどうでも良い、このナザリックにも守る価値など見いだせない。
そんなことを考えてしまいそうになり、直ぐに鎮圧される。
それを繰り返している。
「アルベドたちにはそんな感情を抱かないのが救いだな」
再度ため息の真似事をする。
何度も
しかし、こんな状態のままNPCの前に出たら、今の自分が彼らにどんな命令を下すのか、分かったものではない。
そう思うからこそ、ここを出る勇気が出ないのだ。
「クククク」
自嘲気味に口から漏れ出た笑い声は、意図していなかったが、まさしく魔王のそれだった。
アルベドがモモンガを愛している。と書かれただけで何故かギルメンを憎んでいるのは、その時の鈴木悟の複雑な内面が反映されたから
という考察がありますが、この話でもそれを採用して、同時に設定を書き加えられたナザリックのモモンガさんにも同じように、ギルメンに対して黒い感情が芽生えました
しかし鈴木悟としての理性と精神鎮圧のおかげでそこまで問題にはなっていません
ちなみにモモンガさんは、それを魔王と書き込まれたせいだと思い込んでいますが、実際はそうではなく、書き込まれたのがギルメンが一人も来なかった後の鈴木悟さんの内面が反映されたためです
前話に出てきた百年前に転移したモモンガさんは、設定の書き換えは行われておらず、創造されたのもまだ最終日にギルメンが来てくれると思っていた時期なので、ギルメンやナザリックに黒い感情は持っておらず、書籍版のアインズ様に一番近い性格になっています