オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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時間は少し戻り、エ・ランテル占領後直ぐのナザリックの様子と次の計画の話
この辺りから少し話が重くなっていきます


第30話 その頃のナザリック

 絶叫と悲鳴が響きわたる。

 都市まるごとナザリックの支配下に置かれたこのエ・ランテルで、それはもはや日常の光景だった。

 その声を聞きながら、デミウルゴスは表情ひとつ変えずに都市中央の大通りを歩いていた。

 

 たとえ人間と敵対している亜人などの異種族であろうと思わず目を背けたくなるような残酷な実験や、巻物(スクロール)に必要な素材の回収を行っても何も感じない。

 むしろ、悲鳴が上れば上がるほど、暴れれば暴れるほど、嗜虐心が刺激されて愉悦を感じる。

 それが悪魔と言うものだ。

 しかし、今のデミウルゴスにそうした気持ちはない。それどころではないと言うべきか。

 

(やはり、目撃者はいませんか)

 

 デミウルゴスが探しているのはシャルティアが戦ったという、超広範囲に渡る転移阻害魔法を使用した鎧を操る謎の敵ともう一つ。

 自分直属の配下である憤怒の魔将(イビルロード・ラース)を誰にも気づかれず一瞬で殺した何者かの目撃情報だ。

 これが同一の存在、つまり鎧を操ってシャルティアと交戦しながら、本人が憤怒の魔将を殺した可能性はある。だがそんな真似ができるのなら憤怒の魔将を殺して直ぐに本体も参戦するはずなので、恐らくは別人だろう、と他ならぬ主が推察した。ゆえにデミウルゴスはそちらの目撃者を捜すために、こうして配下の悪魔に管理を任せているこの都市に出向いたのだが、空振りに終わってしまった。

 

 とはいえ、ある程度予想は出来ていた。

 現在この都市にいるのは運良く──あるいは運悪く──建物や路地の奥に隠れていたためアンデッドに見つからず偶然生き残った人間だけだからだ。

 アンデッドと戦った冒険者たちならもっと情報を持っていたかもしれないが、その者たちは勝ち目のない無謀な戦いを挑んで玉砕した為、生き残りは殆ど居ない。

 もっとも、彼らのそうした無謀な行動は別の冒険者グループを逃がすための囮であり、実際少数の冒険者が都市を脱出している。

 そうした生き残りが周辺諸国にエ・ランテルの話を広めて危機感を煽り、周辺諸国に連合を組ませることも目的の一つだったため、ある意味計画通りの行動なのだが、そちらにも気になることがある。

 知性の殆どないアンデッドではそうした者たちを選別して逃がすこともできないため、それらを巧く操って逃げ道を作るのも憤怒の魔将の仕事だったはずだからだ。

 つまり、魔将が死亡しアンデッドを操る者は居なくなった状態で、主謹製のデス・ナイトというこの世界では英雄と呼ばれる者たちでも勝ち目はないアンデッドの群を突破した者が冒険者の中に紛れていることになる。

 

 シャルティアと戦った全身鎧の騎士、憤怒の魔将を瞬殺した者、冒険者を率いてアンデッドの群れを突破した者、あの場にはデミウルゴスも想定していなかった三人の強者が存在していたのだ。

 そのうち多少なりとも情報を得ることができたのは、シャルティアが戦った鎧を操る者だけ。

 それも本人ではなく、あくまで操る鎧の力が分かっただけで、情報収集も巧くいったとは言えない。

 なによりも問題なのは、至高の御方が自分に授けて下さった憤怒の魔将を失ってしまったことだ。

 デミウルゴスが100時間に一度使用できる魔将を召喚する特殊技術(スキル)によるものと異なり、ユグドラシル金貨によって呼び出された傭兵モンスターは一度死亡すると復活させることはできない。

 ナザリックの総資産から比べればほんの僅かとはいえ、自らの判断ミスのせいで損害を与えてしまったのは事実。

 ナザリック随一の知恵者──当然主は別だが──として創造された自分にとって許しがたい失態だ。

 

 主自ら、ああした強大な敵勢力の登場は自分も予想していなかったので、デミウルゴスに責任はない、と言ってくれたが、その主自身が危険を冒してシャルティアを救いに行ったのは、デミウルゴスではこの事態に対処できないと思ったからかもしれない。

 そう考えると己の不甲斐なさに腹が立つ。

 もちろん今回の作戦は、シャルティアの暴走によって急遽立案されたものであり、準備の時間が足りなかったと言えばその通りだが、そうした不測の事態も想定してもっと保険を掛けておくべきだった。

 

(……とは言え、いつまでも過ぎたことを考えても仕方がない。そちらの反省も行いつつ、次の作戦で挽回するより他にありませんか)

 

 次の計画。

 それはこのエ・ランテルを目立つ形で要塞化することで、ナザリック地下大墳墓ではなく、この場所に敵の目を集めることだ。

 そのためにもしばらくの間は周辺国家には手出しをせずに、エ・ランテルやナザリックの戦力強化も行うことが決定している。

 ナザリックの戦力強化については、今回得られた死体を使用して主の特殊技術(スキル)アンデッド製作でデス・ナイトなどの中位アンデッドを量産することを中心に考えられているが、エ・ランテルはそうは行かない。

 この地は基本的にデミウルゴスとその配下の悪魔が管理しているが、件の謎の勢力が再び強襲してくる可能性も考慮して、ナザリックの者たちは極力この地には配置しないことになっているからだ。

 周辺国家の目を集めるにはこれでは少々物足りない。

 

 そこでデミウルゴスが提案したのは、人間たちと敵対している亜人やモンスターを支配下に置き、この地に集める方法だった。

 現在対象となっているのは近くにあるトブの大森林や奥にあるアゼルリシア山脈に住む者たちであり、実行部隊として能力的に最適であるアウラとマーレ、そして現在これといった仕事のないコキュートスが担当することになっている。しかし、それらは未開の地であり不明な点も多いため、主より事前に慎重な調査をするよう厳命されている。

 

 だがそれでは時間がかかり過ぎるため、デミウルゴスには、もう一つ候補としている場所があった。

 かつて法国が大規模な討伐を行ったことで、既に情報も集まっているため直ぐにでも行動を開始することが可能な場所。

 法国と聖王国の間にあるアベリオン丘陵だ。

 ここの亜人たちを纏めてこの地に連れてくればこれまで人間と戦い続けてきた歴史も併せて、周辺国家の目を集めることができる。

 

「そのためにも早急にアベリオン丘陵を支配する。それと……もう少し人間たちの恨みを集めておきましょうか」

 

 この近辺に存在する周辺国家殆どが、より強大な種族から大陸の隅に追いやられた者たちが造り上げた国ばかりであり──先の三者のような強力な個は別として──世界征服の障害になるような国は存在しない。

 障害となりうるとすれば、そうした者たちを追い立て、大陸中央で覇を競っている六大国家と呼ばれる亜人種の国だろう。

 ここでの争いはナザリック地下大墳墓が世界征服に乗り出すための足場づくりの一環でしかない。

 余計な時間をかけないように、できれば一度に全ての国を相手にできるように、周辺国家全てを同盟に参加させておきたい。

 

 現時点でそれが難しいのは、異種族国家でありエ・ランテルから離れているため我関せずの態度を取れるカルサナス都市国家連合とアーグランド評議国だ。竜王国も離れてはいるが、あちらは人間国家であり、法国に借りがあるためそちらから圧力をかけさせることは可能だろう。

 そして、残る一国であるローブル聖王国も、距離が離れており法国とも宗教的に対立とまではいかずとも、仲が悪いため同盟に参加させるのは難しい。

 だが、アベリオン丘陵の亜人たちを巧く利用すればそれらの国を参加させることも可能となる。

 まずはそこから攻める。

 

 失態を取り戻すにそれ以上の働きを見せるより他にはない。

 今度こそ、一分の隙もなくあらゆる状況に対応できる計画を作り上げる。

 それこそがただ一人残られた慈悲深い主に報いる方法なのだと、改めて心に刻み込む。

 そのためにも先ずは現在トブの大森林で前線基地を作っているコキュートスに預けられたシモベを借り受けるべく、このままそちらに向かうことにした。

 

 

 ・

 

 

「あーちゃん! ペスは来てない!?」

 

 アウラが第六階層の見回りを終えて休んでいた──見回りの後は必ず休憩を取るように主から言われている──自室に突然ユリが現れて、開口一番そう告げた。

 普段のユリらしからぬ慌てように、思わず目をしばたかせてから、アウラは小さく首を横に振った。

 

「来てないけど。どうしたの?」

 

「どこにも姿が見えないの。彼女、この時間は休みじゃなかったんだけど、メイドの一人と休みを代わって貰ったらしくて」

 

「ペスが? 珍しいね」

 

 ナザリックの者たちにとって休みとは、本来歓迎すべきことではない。

 アウラもこうして休みを取ってはいるが、それはあくまで主からそう命じられているからでしかない。

 一般メイドを統括する立場であるメイド長であるペストーニャは余計にそうした傾向が強いはずだ。

 

 そのペストーニャが、自ら休みの変更を申し込むなど珍しいを通り越して、信じられない。

 誰かと休みを交換するということは、本来の仕事よりも優先すべき用事が他にあることを示しているからだ。

 ナザリック地下大墳墓に属する者がそんな考えを持つこと自体おかしな話だ。

 

「……この時間、セバス様も休憩を取っていらっしゃるの」

 

「ペスとセバス? 二人ってそんな仲良かった?」

 

 第九階層のメイドと使用人をそれぞれ統括する立場である以上、仕事の面で互いにサポートすることはあるだろうが、休憩時間を合わせて共に過ごすような仲だとは知らなかった。

 

「多分プライベートなことではなく……全く別の用件、だと思う」

 

「どういうこと?」

 

「……例のエ・ランテルの住人、死亡している者は第五階層に運んだのだけれど、アインズ様のお慈悲でエントマ用の食料として何名か第九階層にも運ばれたのよ」

 

「エントマって……あー」

 

 プレアデスの一人であるエントマは人を食料として見ていると聞いたことがある。

 それ自体はアウラも何とも思わないが、ペストーニャが相手となれば話は別だ。

 

「もしかして女とか子供だったり?」

 

「ええ」

 

「あちゃー」

 

 ナザリックに属する者は総じて人間を──ユリの末妹であるただ一人を除き──下等で脆弱な生き物と認識している者ばかりだが、例外がある。

 特にペストーニャは、ナザリック外の者にも慈悲をかける優しい性格に創造されている。

 そのペストーニャがエ・ランテルから運び込まれた女子供を見て同情するのは当然だ。

 既に死んでいる者たちならばともかく、エ・ランテルにはまだ生きている人間も多く、その管理はデミウルゴスに一任されているとも聞いている。

 そこでどんな扱いを受けているかは、ナザリックに属する者なら簡単に予想がつくのだから。

 

「でもさ、今更どうしようっていうのさ。エ・ランテルだっけ? そこで生き残っている連中を逃がすように言うつもり? あれだって色々と実験に使ってナザリックのために役立てるって聞いてるよ」

 

 そうした実験がナザリックの為になるのならば、止める理由はない。

 それはペストーニャも理解しているはずだ。

 

「それが分からないからこうして捜しているのよ。休憩に入る前にセバス様がアインズ様に会いに行ったとも聞いているし」

 

「アインズ様に?」

 

 現在プレアデスのメンバーは第十階層に繋がる扉の守護という本来の役回りをこなしているが、同時に主が玉座の間で作業をしている間の取り次ぎ役も担っている。

 そのセバスが休憩前にわざわざ主に会いに行ったのならば、一つの可能性が思いつく。

 

「もしかするとアインズ様に直談判するつもりかも知れないわ」

 

 いつだったか、一般メイドたちが休みが多すぎると主に直談判したと聞いた覚えがある。

 結果的にそれは却下されたらしいが、そうして自分の考えを伝えること自体は、シモベたちの成長に繋がるとして主も容認しているそうだ。

 セバスとペストーニャも同じことをしようとしているとユリは考えたのだ。

 

「でも、あのときとは状況が違うでしょ。あれはもっとナザリックのために働きたいって考えての行動だったけど、単純に可哀想だから助けてほしいなんて、アインズ様が許すはずないよ」

 

 そもそもアウラにしてみれば、ナザリックの者以外に慈悲をかける必要すら感じない。

 

「それは、そうなのだけれど……」

 

 ユリが言葉を濁したのは、彼女もまたナザリックの者にしては珍しく、性根が善に近い者として創造されているため、セバスたちの気持ちもある程度理解できているからだろう。

 だからこそ、なるべく騒ぎにならないように、こうして一人で捜しているのだ。

 

(デミウルゴスとかアルベドに知られたら、きっと面倒なことになるしなぁ)

 

 ただでさえエ・ランテルでの作戦中、想定外の事態がいくつも起こったことでデミウルゴスとアルベドはピリピリしているのだ。

 特にデミウルゴスは失態を取り戻すべく、主により新たに命じられたエ・ランテルの全権と、あの地に仮初めの本拠地を造って、周辺諸国の目を集める計画の遂行に全力を注いでいる。

 アウラとマーレ、そしてコキュートスも現在その計画の一端を担うべく、先兵となりうる異種族や亜人の調査を開始しているが、デミウルゴスの力の入れ様はそれ以上だ。

 そんなときに、そのエ・ランテルの人間たちに慈悲を与えるべきだ。などと主に進言するようなことがあれば、元から不仲であるセバスとデミウルゴスがぶつかり合うのは目に見えている。

 

「分かった。あたしも探すよ。こんなときはニグレドに頼るのがいいんじゃないかな?」

 

 探知魔法に特化した彼女の力ならば、ペストーニャとセバスを捜すことも簡単だ。

 

「そうね。ニグレド様なら……」

 

「あたしからコキュートスに話してあげるよ。でも、なんで捜しているか気づかれちゃだめだよ。ニグレドはほら赤ん坊相手だと」

 

 人間にも優しい性格をしている者の筆頭はペストーニャとセバスだが、こと人間の赤ん坊に関してはその優しさがペストーニャすら凌ぐのがアルベドの姉であるニグレドだ。

 捜している理由を知られたら、間違いなくセバスたちの味方になってしまう。

 

「ええ。もちろん」

 

 力強く頷くユリにアウラも頷き返し、ニグレドの居城である氷結牢獄が存在する第五階層の階層守護者であるコキュートスに許可をもらうべく、先ずは一緒にトブの大森林内で前線基地を作っているマーレに通信を繋いだ。

 

 

 ・

 

 

「──話がそれだけならば私は戻るが?」

 

 ナザリック地下大墳墓、第五階層氷結牢獄の中で、アインズは眼前の三人に対して冷たく言い放つ。

 なるべく感情を込めないように言ったつもりだが、存在しない胃がキリキリと痛むのが分かった。

 

(やっぱり、パンドラズ・アクターを派遣するべきだったか)

 

 この場の領域守護者であるニグレド、そしてセバスとペストーニャという三名に極秘で呼び出されたことでなんとなくイヤな予感はしていたのだが、ビンゴだった。

 この三人に共通しているのは、カルマ値が善側に偏って創造されたことで、現地の人間に対して慈悲深さを持っているという点だ。

 彼らはエ・ランテル内で生き残っている人間たちが、様々な人体実験の材料に使われている話を聞いて、それを止めさせるべくアインズに懇願してきたのだ。

 そうした直談判自体は別に問題がない。

 そもそも本物の鈴木悟ですらないアインズには、彼らの性格や生まれ持った性質、つまりはギルメンが定めた設定を無理に変えさせる資格など無いのだ。

 だからメイドたちがもっと働きたいと直訴しに来たときも、アインズの決定に異を唱えること自体不敬だと怒りを露わにした者たちに適当な言い訳をして宥めた。

 

 もっとも、ナザリック──正確にはNPC──を守ることがアインズの使命であると考えている以上、例え彼らの設定に沿った願いだったとしても、何でも受け入れる気はなく、メイドたちにも休みを少し減らすという妥協案で納得してもらったのだが。

 

 それは今回も同じだ。

 三人が人間に慈悲を与えたい気持ちは分かるが、役に立たない大量の人間たちをナザリック内で世話し続ける余裕などないため、その場合はエ・ランテルから解放して別の地に逃がすことになるが、それではこちらの情報が王国に伝わる可能性がある。

 世界級(ワールド)アイテムを持っているとおぼしき勢力の介入があったばかりの現状、僅かでも情報が漏れることは避けたい。

 

「まだですわん!」

 

 やはりというべきか、この中で恐らくもっとも慈悲深い──セバスは設定的なものではなく、あくまでカルマ値のみ、ニグレドの優しさは赤ん坊に限定されている──ペストーニャは諦めずアインズの説得を続ける。

 その後長々と連ねられた彼女の言葉を纏めると、このエ・ランテルはこのままナザリックが支配していくのだから、子供や赤ん坊の頃からナザリックの良さを教え込みながら育てることで、ゆくゆくはこの地を守る先兵として成長するはずというものだった。

 確かに一理ある。

 デミウルゴスが新たに立てた計画でも、ナザリック本体が攻め込まれないように、エ・ランテルそのものを改造して、人員を配置することで周辺諸国の目を集める、いわば偽りのナザリックを創造する計画が立案されている。

 そこにナザリックの者たちを派遣することはできないので、現地から兵を調達する話も出ていたはずだ。

 しかし、ペストーニャのやり方では時間がかかり過ぎる。

 僅かに思案する間を空けてから、アインズは再び提案を却下した。

 

「だが、それではまともに使えるまで数年、下手をすれば十数年かかる。そんなことをするくらいならば、初めから戦える亜人やモンスターを集めてくる方が手っとり早い。実際既に近隣のトブの大森林やアゼルリシア山脈から集める計画が動いている」

 

「今回の周辺諸国との戦いには間に合わないでしょうが、アインズ様は将来的にこの世界全てを支配なさるお方です。今からそうした人員を育てておけば無理矢理の集めた者たちと違って裏切る心配もなく、情報漏洩にもならないはずです。あ、わん」

 

 一つ頷いてから、チラリと視線をセバスに向ける。

 ここに至るまで一言も話していないことが気になったのだ。

 

「私もペストーニャと同意見です。単なる兵士だけではなく、使用人やメイドとしての教育も施せば、各地に拠点を作った際にも役立つのではないかと愚考いたします」

 

「私もそう思います。赤ん坊には無限の可能性があります。想定以上の強さを持った者や、便利な特技を持った者が生まれるやもしれません」

 

 セバスの言葉にニグレドも同意を示す。

 

「ふむ。なるほどな」

 

 そちらも理に適った意見ではある。

 この周辺諸国を平定した後は、本物の鈴木悟や、もう一人のコピーNPC、そして行方知れずのプレアデスの二人を捜す意味でも、アインズ自らが他の土地に攻め込んでいくつもりだ。

 その際に現地を制圧し、そこでしばらく過ごさなくてはならない場合でも、ナザリックの者たちは確実にアインズに付いてこようとするだろう。

 だが、安全が確保されていない場所に一般メイドたちを連れていくことはできない。

 そもそも単純に仕事量の意味でもそんな余裕はない。

 この広すぎるナザリック地下大墳墓をセバス配下の使用人や、プレアデスを入れたとしても百人にも満たない数で清掃していること自体仕事量としては過剰もいいところなのだ。

 今のセバスの意見はそれを解決する手段になりうる。

 しかし。

 

「お前の意見はもっともだ。私も今後のことを考えると、下働きを増やすことに意味はあると考えている」

 

「では!」

 

 パッと場の空気が明るくなったことを察し、アインズは言い方を間違えたと心の中で顔をしかめた。

 先に結論を言うべきだった。

 これではぬか喜びさせただけだ。

 口下手な自分を心の中で罵倒しつつ、アインズはそれをなるべく表に出さないように努めて首を横に振った。

 

「しかし、今回はダメだ。お前たちも知っているだろう。あのシャルティアを以てしても仕留め切れない強さと、世界級(ワールド)アイテムを持った未知の勢力が我々と敵対している。少なくともその正体が判明するまではほんの僅かであろうと、情報漏洩の危険は回避しなくてはならないし、ナザリックを強化するための実験も必要不可欠だ」

 

 アインズとて、デミウルゴスが主導して行っている目を覆いたくなるような実験結果を記した報告書を見て、なにも思わなかったわけではない。

 しかし、今は時期が悪い。

 シャルティアと守護者たちがぶつかり合うのを防ぐためとはいえ、事前に調べておくべきナザリックの防衛機構の確認や、この世界に来て効果の変わったものもある魔法の調査、なにより現地勢力の情報、それらが集まりきらないうちに動いてしまった結果、明らかにナザリックに敵意を持った強者と敵対する羽目になったのだ。

 もはや一刻の猶予もない。

 ナザリックの強化に繋がる実験ならば、どのような非道であろうと進める必要がある。

 案の定ぬか喜びさせてしまったことでより、暗くなった場の空気を払拭するかのごとくアインズは覚悟を決めて続けた。

 

「今の意見に関しては、この都市以外、それこそ周辺諸国を平定した後で考えよう……お前たちの創造主が定めた想いを曲げさせるような真似をして申し訳ないと思っているが、今は堪えて欲しい」

 

 そう言ってアインズは頭を下げた。

 そもそもの発端となったシャルティアの暴走や、それを止めようとした守護者の行動は、全てアインズがうだうだ考え込んで玉座の間に引きこもっていたことが元凶だ。

 もっと早く外に出ていれば、こんなに早く行動を起こすこともなかっただろうし、エ・ランテルを襲撃するにしても、女子供だけでも助けるといったような、この三人の意に添った形で動くこともできたはずだ。

 なにより、本来彼らと同じ立場であるコピーNPCの自分が、好き勝手に命じていいはずがない。

 けれど、ここで全てを打ち明けることもできないアインズはこうして謝罪するしかなかった。

 

「お、お止めください! アインズ様。我々に対しそのような」

 

「そうです! 私たちの心を思いやるアインズ様のお優しさは良く理解いたしました。どうか、どうかお顔をお上げください!」

 

「私たちの方こそ、ワガママを言ってしまって申し訳ございません!」

 

 慌てふためく三人。ペストーニャに至ってはとうとう語尾をつけることすら忘れてしまっている。

 彼らにとって見れば、自分たちの主に謝罪させてしまったことを悔いているのだろうが、それもまた彼らの忠義を利用しているのだと気づき、アインズはしばらく顔を上げることができなかった。

 

 

 ・

 

 

(私はなんということを)

 

 自室に戻ったセバスは己を恥じていた。

 主を呼び出して自分たちの考えを押しつけ、あまつさえ主に謝罪をさせてしまった。

 常に主の傍に仕え、そのサポートをするのが執事の役目だというのに、自分の行なったことは全く逆だ。

 

 ペストーニャとニグレドはまだ理解もできる。

 彼女たちは己の創造主からそうあれと定められた感情に従って行動したのだから。

 だが、自分は違う。

 

 セバスは己を創造主より、そうあれ、と定められたわけでもないのに、弱者を助けることを正しい行いだと信じている。

 そうした想いは言葉にせずとも、創造主より受け継がれたものだと信じていたからこそ、誰になんと言われようと間違っているとは思わなかった。

 その結果がこれだ。

 

 他の二人はここまで思い詰めることはないだろう。

 主に謝罪させてしまったことはともかく、現在生き残っている者たちを少しでも救おうと考えたことに関しては、未だ間違ってはいないと信じているはずだ。

 それこそが彼女たちの創造主の願いなのだから。

 だがそうした定められた願いもなく、ただ本能的な感情に従って主の決定に異を唱えた結果、こともあろうに主に頭を下げさせてしまったことで、もはやこの感情を誇っていいのか分からなくなっていた。

 

「これは呪いなんですかね」

 

 思わず、自嘲気味に呟く。

 創造主の想いが見えない枷となって自分を縛り付けている。そんな幻想を抱いた。

 

「たっち・みー様。私はいったいどうすれば──」

 

 縋るように創造主の名を呟いた瞬間、部屋の前に人の気配を感じ、セバスは即座に時計に目をやった。

 まだ休憩時間内であることを確認後、それでもセバスは扉の前に立つ。

 やがて、小さく硬質なノック音が響き、セバスは無言で扉を開けた。

 相手が誰であるか何となく察しがついたからだ。

 

「やあ、セバス。休憩中にすまないね」

 

「……デミウルゴス様」

 

 本来第九階層のまとめ役であり、強さ的にも階層守護者と同格のセバスは、例え相手が守護者であっても──プライベートな場面に限れば──様付けで呼ぶ必要はないのだが、先ほどの失態ゆえか、必要以上に執事としての体面を気にしている自分に気がつく。

 同時にデミウルゴスがいつものように不敵な笑みを浮かべつつも、その奥でマグマのように沸騰し続ける怒りと殺意を抱いていることにも気づいた。

 

 先ほどの件が知られたのだと、瞬時に理解する。

 そして、彼がなんのためにここに来たのかも。

 それも仕方ない。

 

「君に相談があってね。休憩中で申し訳ないが、聞いてもらえるかな」

 

 表面上は友好的な声色で告げるデミウルゴスに、セバスは瞬時に答えた。

 

「もちろんです。何なりと」

 

 デミウルゴスが何を考えているにしろ、あれだけの失態を犯したセバスに拒否権はない。

 よりにもよって、本能的に苦手としているデミウルゴスが相手というのは気になるが仕方ない。

 そう考えたセバスの前にデミウルゴスが紙の束を差し出した。

 

「これは?」

 

「次の作戦の追加計画書だよ。君も聞いているだろうが、エ・ランテルに亜人やモンスターを集めて、軍団を編成し周辺諸国同盟の目を集める計画が立てられている」

 

 先ほど主が言っていたものだろう。

 しかし渡された書類には追加計画書の言葉通り、聞いていた内容とは異なる部分が存在した。

 

「目的地は、アベリオン丘陵……ですか」

 

「そう。今回エ・ランテルに現れた不確定勢力が動けば、周辺諸国同盟の動きも早まるかもしれない。今から調査を開始するトブの大森林やアゼルリシア山脈では戦いに間に合わない可能性があるだろう。しかしアベリオン丘陵は以前法国が大侵攻を仕掛けたときの情報が残っているから調査の必要がない。先にそこを襲撃し亜人部族を纏めあげて軍勢を作る計画だ」

 

「それで私に何をせよと?」

 

「私はエ・ランテルの実験で忙しくてね。他の守護者たちも仕事が多い。そこで君にこの仕事を任せたいと思ったのだよ。君は私たち守護者に近しい実力の持ち主。力に従う傾向の強い亜人を纏めるには最適だ。何より、今執事としてアインズ様に仕えるのは君としても不本意ではないかと思ってね」

 

 遠回しだが、執事失格と言われたも同然の台詞に、けれどセバスは反論できない。

 

「……ご配慮感謝いたします」

 

 絞り出すように告げた言葉にデミウルゴスは満足げに頷き、更に続けた。

 

「最後のページも確認してくれたまえ」

 

「最後?」

 

 子細な計画書をめくり、最後のページに目を通したセバスは絶句する。

 

「これは……」

 

「見ての通り、亜人連合を纏めたら、先ずは一度聖王国に攻め込んで欲しいのだよ。全滅させる必要はないが、聖王国から望んで周辺国家同盟に参加したいと願い出るほど、残酷な宴を見せて欲しいね」

 

 この計画通りに進めば、セバスは自らの手でエ・ランテルと同じか、それ以上の破壊をすることになる。

 これは絵踏みだ。

 セバスが本当に先ほどの件を反省し、ナザリック地下大墳墓の執事としての責務を全うできるのか、それが試されているのだ。

 当然、創造主よりかけられた見えない枷は、その事実を真っ向から否定している。

 そのような行いを容認できないと叫んでいる。

 だが、それがこの地に残られた最後の主人に二度とあのような真似をさせないために必要なことならば──

 

「……承知いたしました。この計画に参加させていただけるよう、私からアインズ様に願い出ます」

 

 セバスの返答にデミウルゴスは今度こそ満足げな、そして悪魔らしい笑顔を浮かべた。

 

「よろしく頼むよ、セバス」




最後でデミウルゴスが全て知っていたのは、デミウルゴスがコキュートスの下に出向いたときに、アウラからマーレに連絡が入り、その様子を見てセバスたちの不穏な気付いたデミウルゴスがアルベドと連携して情報を集め、三人の行動を知ったという経緯になります

ちなみに十四巻では嘆願するのはペストーニャとニグレドだけでセバスはアインズ様を呼び出しただけでしたが、この話に於いてツアレを助けてナザリックに迷惑をかけた一連の出来事が起こっていないため、セバスはまだ優しいというか甘い性格をしているため、一緒になって嘆願したという設定です
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