オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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悟さんとカルネ村の人たちの話
今回は聖王国と王国の同盟説得編の前振りなので、あまり話は進みません


第31話 望まぬ信仰

 カルネ村を出てしばらく経ったが、悟たちは未だ目的地であるエ・ペスペルにたどり着けずにいた。

 総勢でも二百人ほどなので、悟の転移門(ゲート)を使えば一瞬で移動できるのだが、あえて魔法は使用していない。

 軽々に力を見せたくないというのもあるが、それ以上に今回の同盟設立にあたって最も説得が難しいのが王国だと判明したことで、時間を稼ぐ必要があったからだ。

 

 悟は王国の都市であるエ・ランテルが奪われたのだから、逆に王国が一番説得しやすいと考えていたが、法国の特殊部隊隊長であり王国の内情にも詳しいイアンによると、話はそう単純ではないらしい。

 

 奪われた都市を奪還するにあたり他国の力を借りれば、当然その見返りは王国が支払う必要がある。万が一現在戦争中の帝国などが最も大きな功績を挙げてしまうと、エ・ランテルの領有権を主張するかもしれない。

 王国はそう考える。

 

 ナザリックの戦力を知れば、それどころではないと理解できるはずだが、エ・ランテル周辺には既に見張りとしてアンデッドが配置されているため、王国ではまともに情報を集めることもできない。

 そもそも、それらすべてを知ったとしても、大人しく同盟に参加するか分からないというのが、イアンの見解だ。

 

 それは王国上層部が随分前から腐敗していることに加え、自国を過大評価していることに起因している。

 例年の帝国との戦争で徐々に国力が落ちており、エ・ランテルのことがなくとも、あと数年もすれば帝国に併呑される運命にあるというのに未だ国内は纏まらず、それどころか政治争いをして自ら王国の最高戦力である戦士長なる者を暗殺しようと法国と手を組む始末。

 そんな国がエ・ランテル奪還のためとはいえ、他国──戦争中の帝国までいればなおさら──と手を結ぶとは考えづらいというのだ。

 

 だからこそ、最低でもエ・ランテルの正確な状況と相手の戦力を国王に伝える必要があるのだが、何の後ろ盾も立場もない悟たちでは国王はおろか、これから出向くエ・ペスペルの領主であるペスペア侯なる貴族に会うことすら難しい。

 それを叶えるために必要となるのは権力だ。自分たちの中で表立った権力を持つのは評議国の永久評議員であるツアーだけだが、ツアーは直接表舞台に出ることは出来ず、評議国が今回の同盟へ正式に参加するかも決まってはいないこともあって、先にツアーを自国に戻して同盟参加の同意を取ってきてもらうことにしたのだ。

 その後悟たちが評議国の関係者を装えば、ペスペア侯と面会することが可能となる。

 今は評議国に戻ったツアーが戻るのを待っているところだ。

 

 そんなことを考えてから、何の気無しに後ろを見ると、少し遅れた位置に纏まって歩くカルネ村の住人たちの姿があった。

 評議国の関係者として情報提供を成功させれば、その見返りとして彼らカルネ村の住人を預けるくらいの我儘は聞いてもらえるだろう。

 悟の視線に気づいた村の住人の中でも幼い子供たちが、嬉しそうに両手を振ってくる。

 適当に手を上げて応えると、それだけで悲鳴のごとき歓声が挙がった。

 

(それにしても──やっぱりこれ恥ずかしいな)

 

 村人たちに英雄どころか、神様がごとき対応をされることもそうだが、なにより悟の下にある存在のせいだ。

 思わず大股に開いていた足に力が籠もる。

 悟が騎乗していたハムスケもその圧力を感じたらしく、振り返って悟に顔を向けながら──ハムスターの体では完全に後ろを見ることはできないが──問いかけた。

 

「殿、どうしたでござるか?」

 

「……いや。皆が少し遅れてきている。開けた所に出たら休憩を取るからお前もそのつもりでいてくれ」

 

 まさかお前に乗っているのが恥ずかしいんだ。とも言えず、適当に誤魔化す。

 実際に単なる村人にしては頑張っているが、老人たちも多く、時間経過とともに足取りが重くなっているのも事実だ。

 

「了解でござる!」

 

 ハムスケの尻尾の蛇が喜びを表すように唸りを上げる。

 その直後、悟たちの下に近づいてくる足音が聞こえた。

 

「サトル殿。少しよろしいか」

 

 近づいてきたのは、村人の護衛を担当していたイアンだ。

 

「どうした?」

 

「先行させていた隊員から報告が入ったのですが、どうもここから北に向かったところにある小都市に、兵士が待ち構えているそうです」

 

「北?」

 

「そうです。我々が目指すエ・ペスペルではなく、同じく六大貴族の一人であるレエブン侯の治める小都市です。我々というよりカルネ村の住人から話を聞きたいらしく、そのままエ・レエブルまで出頭させようとしているみたいですな」

 

「なるほど。レエブン侯か──」

 

 神妙に頷いてみるが正直貴族の名前など聞いても分からない。そんな悟の考えを読んだのかは知らないが、イアンは声を落としてその貴族について語り始めた。

 

「……レエブン侯は王国の貴族派閥と王派閥を行き来するコウモリとも揶揄される男。王国腐敗の一端を担っているとも聞いています」

 

 イアンの口調には含むところがあった。

 

「うーむ」

(出頭命令に逆らったら面倒になるのは目に見えているし、むしろこれはチャンスじゃないか?)

 

 王国貴族のトップである六大貴族がわざわざ自分の住む都市に出頭命令を出したのなら、本人が話を聞こうとしていることになる。

 それなら評議国を後ろ盾にして、その関係者を装うといった面倒な方法も必要なくなるのではないだろうか。

 加えて、そのレエブン侯なる貴族がどちらの派閥にも顔が利くのならば一人に話すだけで王国上層部全てに話が伝わることになる。

 評議国を使って圧力を掛けるにしても、エ・ランテルの情報を渡してからの方が、話はよりスムーズに進むかもしれない。

 

(でも王国の腐敗を知ってるコイツがわざわざ話してきたってことは、そのレエブン侯っていうのもロクなやつじゃないんだろうなぁ)

 

 帝国との戦争が劣勢に関わらず派閥争いを止めない王国上層部ならば、これを王派閥の力を落とすチャンスだと考えて、情報を握り潰そうとするかもしれない。

 イアンがレエブン侯の話をしたのは、彼がそうした考えの貴族で情報提供者であるカルネ村の住人を口封じするために呼び寄せている。と暗に告げているのかも知れない。

 カルネ村の住人に負い目があるからこそ、村人の身を案じているのだ。

 

「……次の休憩の時に、俺から村長に話してみよう」

 

「分かりました。くれぐれもよろしくお願いします」

 

 小さく頭を下げ、イアンが離れていく。

 その声には念押しをするような響きがあった。

 

「俺としてはそっちの方が色々と都合が良いんだがな」

 

 イアンが離れてから思わず呟く。

 イアンの気持ちは分かるが、メリットで言えばそちらの方が遙かに大きいのは間違いない。

 悟個人としても、交渉も含めてカルネ村の住人に丸投げ出来るレエブン侯の方が都合が良いのだ。

 

「やっぱり、ここで別れた方が良いかもな」

 

 思わず口から洩れ出た呟きを聞いて、ハムスケの髭がピクリと反応した。

 

「殿ぉ。もしかして、カルネ村の皆とは次の村でお別れなのでござるか?」

 

 寂しげなハムスケの声を聞き、悟は頭に手を乗せてそのまま撫でてやる。

 百年間一緒にいた村人のことは気になって当然だろう。

 しかしこれは好都合だ。

 いつまでもハムスケに乗っているのも恥ずかしいし、村人たちと別れるのならば、住人たちを守らせる意味も込めて、ハムスケもそちらに一緒に付いて行かせよう。

 

「心配するな。お前も一緒だ」

 

 ハムスケを置いていくと言えばゴネかねないと思っていたが、この分だと大丈夫そうだ。

 

「……そうはいかないでござる」

 

 ポツリと呟いたハムスケの声は、悟には届かなかった。

 

 

 

「というわけで。レエブン侯なる貴族が皆に話が聞きたいそうだ。情報提供と引き換えにすれば、その後エ・レエブルで面倒を見てくれるかも知れないが、確証はない。このまま無視してエ・ペスペルに向かう手もあると思うが、皆の意見を聞きたい」

 

 四方を遮る物の無い開けた場所に到着した悟たちは、早速村人を集めて先ほどの話をした。

 都市と都市を繋ぐ街道が、ここから北と西に道が分かれている。

 人の住んでいる領域と粗末な街道以外まともに開拓されていない王国領内では、大人数が移動するにはここを通る他にない。

 ここから北に進めばもう他に道はなく、そのまま少し進むとレエブン侯の使者がこちらを待ちかまえている小都市に着く。当初の予定ではそこで休息を取ることになっていた。

 逆にレエブン侯の提案を蹴るのならば休息は取らずにこのまま西に進み、改めてエ・ペスペルを目指すことになる。

 正に最後の分岐点だ。

 

 悟としては彼らにはレエブン侯の下に行ってもらいたいのだが、それはあくまで悟の都合であり、イアンの目もあるため、露骨にそちらを推すのも気が引ける。

 そこで、まずはあえてどちらがいいとも言わず、ただ事実だけを話して彼らに選択を委ねてみることにした。

 村人でありながら国内情勢や貴族間の力関係なども知っている村長たちの意見を聞いた方が、もっと良いアイデアが浮かぶかもしれない。

 そんな期待を込めた悟の話を聞き終えた村人は、少しの間ざわめきながら小声で話し合っていたが、直に全員の視線は村長に集まった。

 彼の選択に委ねるという意味なのだろう。

 村長もまたその視線を受けても、慣れたこととでも言うように一つ大きく頷くと、悟の顔をまっすぐに見つめた。

 

「開祖様にお尋ねいたします。その選択、どちらの方がよろしいでしょうか?」

 

(いや、だから! それを聞いているのに)

 

 思わずため息を吐きたくなる気持ちを押さえ込み、悟は村人たちに告げる。

 

「皆に改めて言っておく。俺の言うことが全てではない。一つの考え方に囚われず、常に最善を選ぶために考え続けることこそが、生き残るためになにより重要なことだ」

 

 これはかつての仲間から教わった言葉であり、同時に村を一緒に作ったトーマスやハムスケに残した言葉の一つだ。

 ハムスケは悟の残した教えが、村に根付いていると言っていたが、この考えは残らなかったのか、それとも殆ど教祖扱いの悟に会えたことで、盲目的になり過ぎているのか。

 どちらにしても、こうして言葉にすることで改めて自分で考えることの大切さを説こうとする。

 

(決して、俺が責任をとりたくないわけではない!)

 

 心の中でそんな言い訳をしつつ口にした言葉を受けても、村長を始め、村人たちに戸惑いは見られない。

 むしろどこか恍惚としているようにすら見える。

 

「開祖様から直々にそのお言葉を賜れましたこと、ありがたく思います。ですが、既に私たちは十分に考え抜いた上での決断でございます」

 

 それはより優秀な人物に決断を託そうということだろうか。

 確かに相手のことをよく理解している前提ならば、これも選択としては有りなのは間違いない。

 問題なのは、それを託される悟が優秀ではないという点だ。

 レエブン侯の方に行って貰った方が助かるのは確かだが、そう言われると、本当にこれが正しいのかも分からなくなってくるくらいなのだから。

 

(クソ。どうする? 俺が大して凄くないと言っても信じないだろうなぁ)

 

 一度相手の中に作られた人物像を崩すのは簡単なことではない。NPCであるソリュシャンとナーベラルから絶対者として見られているせいで、精神的に疲労していたモモンガの様子を見ているとなおさらそう思える。

 

「いや。この手の話はどちらを選んでもメリットデメリットがあるもの。村の状況や王国内の情勢はお前たちの方が詳しいのだから、まずはお前たちの意見を聞いてだな……」

 

 慌てる内心を隠しながら、なんとか誤魔化そうと言葉を重ねる。

 しかし、適当に言ったにしてはいい内容だ。

 実際王国内の状況や貴族の力関係などは悟より、本来村の運営には必要ない情報の収集も行っている村長の方が詳しいのは間違いない。

 これはうまく誤魔化せるのでは。そう思った悟に、村長は笑顔を見せた。

 

「もちろん、私が調べた情報もお話しします。その上で、私たちがどうすればいいか、いえ。私たちがどうすれば開祖様にとって一番良いのかを教えてください。私たちは皆、それに従います」

 

「俺にとって? 自分たちの最善ではなく?」

 

「はい。私たちが今日まで生きてこられたのは、開祖であるサトル様の教えと、守護獣様のお力によるもの。いつかサトル様がカルネ村に戻ってきた時は、その恩義を返すために行動する。そう決めておりました」

 

 村長の言葉に他の村人もまた強く頷く。

 その様子に、今更ながら悟は自分の勘違いに気がつく。

 村人たちは初めから、自分のことより悟を優先して動いていたのだ。

 

(……まったく、これじゃあ本当に神様だな──トーマス、こうなる前にお前がもう少しは諫めてくれても良かったんじゃないのか?)

 

 頭痛を抑えるように頭に手を乗せつつ、心の中でかつての知人に毒づいた。

 

「サトル様?」

 

 突然の行動に困惑する村長に、悟は迷いを振り切るように小さく鼻を鳴らす。

 

(もう知らん! 自分たちのためではなく、俺の役に立ちたいって言うのならそうしてやる)

 

 悟の最終目的を達成するためには、この周辺国家同盟の設立は絶対条件なのだから。

 悟がなんと答えるか理解したのか、イアンを始めとした陽光聖典の隊員たちは渋い顔をしていたが、そんな彼らだからこそ、領地までの護衛もしっかりこなしてくれるだろう。

 そう信じて悟は改めて村人たちに声をかけた。

 

「では、俺の考えを話そう──」

 

 

 

「開祖様! ここまでありがとうございました!」

 

「再建したカルネ村で必ずまたお会いしましょう!」

 

「守護獣様もー。また一緒に暮らしましょう!」

 

 口々に感謝と別れ、そして再会を望む言葉を告げながら、村人たちが離れていく。

 それに軽く手を振って答えながら、悟は自分の横で尻尾の蛇を振って別れを惜しんでいるハムスケに目を向けた。

 

「それで。なんでお前は一緒に行かなかったんだ?」

 

 村人たちには護衛として陽光聖典が一緒に向かうことになったが、村を襲った者たちの仲間である彼らは未だ信用されているとは思えず、それもあっててっきり村人たちと一緒に行くと思われたハムスケは当然のように悟と共にいることを選び、村人たちもそれを当たり前に了承していた。

 あまりに当然のようにことが進んで、口を挟めなかったが、何か理由があるのだろうか。

 

「それがしは殿の騎乗魔獣。一緒に行くのは当然でござるよ!」

 

「いやしかし、大丈夫なのか? まだ村人はイアンたちを信用していないだろう」

 

「大丈夫でござる! 村の者たちはもうあの人間たちと仲直りしているでござるよ」

 

「仲直り?」

 

「そうでござるよ。元々目的地に着いたら殿とは別れることになっていたでごさろう? そのとき、殿に心配をかけたくなかったそうでござる」

 

 フフン、と自慢げに鼻を鳴らしながら言うハムスケに、悟は曖昧に頷く。

 

(別にそこまで心配はしてないが──まあ、それならそれで良いか。人前でなければ乗っていても恥ずかしくないしな)

 

「君のために自分たちの村を襲った者たちを許すなんて、凄まじい忠誠心。いや、あれはもはや信仰だね」

 

「! 誰でござるか!?」

 

 聞き覚えのある声に悟より早くハムスケが反応する。

 そのおかげで悟は慌てることもなく、一つため息を吐いてからその声に答えた。

 

「隠れて見ているとは性格が悪いな」

 

 空間が揺らぎ、ドラゴンを模した白金の鎧が姿を現す。

 

「な、なんでござる、この鎧は。殿の知り合いでござるか?」

 

 そう言えばツアーは結局ハムスケやカルネ村の住人たちに姿を見せる前に評議国へ戻ったので、互いに顔を合わせるのは初めてだった。

 

「ああ。心配するな。何度か話していただろう。先に評議国の説得をしていた俺の協力者だ」

 

「……それが森の賢王かい。なるほど精強な面構えだ」

 

「いやぁ。照れるでござるよ」

 

「世辞だ。本気にするな」

 

 ツアーの言葉にあっさり警戒を解いて照れる様子に、僅かに苛立ちを覚えて悟は思わず頭を軽く小突く。

 痛いでござる。と叫ぶハムスケを尻目にツアーは苦笑を洩らした。

 

「そんなことはないさ。かつての私たちの仲間である彼らに近い強さがあるのは分かるからね」

 

 十三英雄のことだろう。

 確かに彼らも今の世界でいう英雄級、レベルでいえば三十超え程度の力しか持っていなかった。

 魔法職も合わせれば、レベル三十以上はあるハムスケとは互角程度の強さではあるはずだ。

 しかしそれを直接話してこれ以上、ハムスケを調子に乗らせるのも何なので、その話は流して改めてツアーに問いかける。

 

「それで。なぜ隠れていたんだ? 村の連中にも顔ぐらい見せておけば良かっただろう」

 

「陽光聖典がいたからだよ。正直、私は彼らをまだ信用できない」

 

「奴らにとってお前は命の恩人だろう?」

 

 そもそもシャルティアに殺されそうになっていた陽光聖典を助けたのはツアーだ。

 

「だとしても彼らの祖国スレイン法国は宗教国家。行動原理は全て彼らの神、つまり六大神の定めた法こそがすべてと考えている。そうした感情はときに恩義や利益をも上回るものだ。油断はできないよ。私に助けられたことすら計算の内かも知れない」

 

「法国の上層部に裏切られて殺されそうになったことすら演技だと?」

 

「その可能性もあるというだけさ」

 

 確かに一理ある。

 実際、悟が取った宿の隣の部屋にいたというのは、偶然と呼ぶには出来すぎている。

 命を狙われた現場を見せることで信用を勝ち取り、懐に忍び込んでこちらの動きを調べようとしているのかもしれない。

 しかし、と悟はツアーの鎧をマジマジと見た。

 

「お前も疑り深くなったな」

 

 昔はもっと直情的というか、とりあえず攻撃してから考える脳筋タイプだったはずだが。

 

「君に教わったんだよ」

 

 しれっと嫌みを返すツアーに鼻を鳴らして答えてから、改めて問いかける。

 

「で? そっちはどうだった?」

 

 陽光聖典を警戒して姿を見せなかったツアーがこうして姿を見せた以上、もうツアーの仕事は終わったはずだ。

 

「永久評議員の説得は終わった。アーグランド評議国は正式にこの同盟に参加する」

 

「そうか!」

 

「ただし、サトルも知っての通り評議国は異種族国家だ。王国側を完全に説得しないと連携は難しいよ。軍隊を派遣するには王国領内を通らないといけないからね」

 

「ということは、これからの仕事は王国の説得か……とはいえ、そっちは先ずカルネ村の連中から情報を得た貴族の動きをみてからだな」

 

 村長には伝言(メッセージ)巻物(スクロール)をいくつか渡して折を見て報告するように言ってある。

 本来カルネ村には魔法の素養がある者は存在していなかったので巻物(スクロール)も使えないのだが、エ・ランテルからモモンガたちと共に逃げてきた、魔法が使える薬師の老婆とその孫が一緒に来てくれていたので助かった。

 

「それより殿。あの法国の人間が敵だったのなら、村の者たちは大丈夫でござろうか」

 

 ハムスケが心配そうに告げる。

 ツアーの言葉で、陽光聖典が敵かも知れないと気づいたのだ。

 

「……確かにその場合は、貴族との接触を邪魔するかもしれないか。ハムスケ、心配なら今から追いかけても良いぞ」

 

「殿はどっちの方がいいでごさる?」

 

「俺個人としては、このまま様子を見たいところだな。ここで邪魔をするなら敵で間違いないし、この絶好の機会に動かないのなら、少なくとも陽光聖典に関しては信用しても大丈夫だと思う。どうだツアー」

 

「そうだね。動くとすれば悟も私もいない今が絶好の機会だ。ここで怪しい動きがなければとりあえず信じて良いと思う」

 

 それでも絶対ではないのだろうが、ある程度安心はできる。

 仮に動いて村の住人の口封じをしたとしても、その場合は改めて悟が元の予定通り評議国の人間を装ってエ・ぺスペルに向かえばいいため、村人たちのことさえ考えなければ問題にはならない。

 

「だったら村人たちはそのままで良いと思うでござる!」

 

「いいのか? 村人をおとりに使うことになるんだ。場合によっては口封じに殺されかねないぞ」

 

 相手がレエブン侯なら、自国民を殺したことが露見すると自分の立場が悪くなるため殺されるまではいかないかもしれないが、陽光聖典の場合口封じするなら殺すより他に方法はない。

 ハムスケにとっては百年一緒に過ごした者たちだ。

 おとりに使うなんて、と怒り出すかと思ったが特に気にした様子はないのを不思議に思っていると、ハムスケが再度自慢げに鼻を鳴らす。

 

「村長も言っていたでござろう? 村の者たちは殿の役に立つのならたとえ死んでも文句は言わないでござるよ」

 

 さも当然のように言われ、思わずため息の真似事と共に肩を落とした。

 

「俺の役に立ちたいとは言っていたが、そこまで覚悟が決まっているのか」

 

 悟に合わせるように、ツアーもまたため息の真似事をして言う。

 

「本当に、六大神みたいにならないでくれよ。悟」

 

 失礼な。と言いたいところだが、確かに共通点はある。

 常に絶滅の危機に晒されている脆弱な現地の人間たちにとって、自分たちを守り救ってくれる強大すぎる力を持った者は神も同然だ。

 六大神のように直接庇護していたわけでもないのに、これほど心酔しているのならば、これから直接守護し続ければいつか本当に神様扱いされかねない。

 

「心配するな。俺はそんなのごめんだよ」

 

 神様扱いを受け入れた六大神と異なり、悟にその気はない。その意味でも例え陽光聖典が動いたとしても助けない方が正解かも知れない。

 

「だったら良いけど……ちなみに、この辺りの国で他にも同じようなことはしていないんだろうね?」

 

「そんなこと──あ」

 

 ない。と言いかけて口を閉じる。

 以前立ち寄った国で亜人に襲われていた人たちを助けたのを思い出したのだ。

 あれは確か──

 

「聖王国でも亜人に襲われていた人間を助けたことがあったな」

 

 とはいえ、生活の知恵というか村の掟になっている教えを残したカルネ村と違い、人助けをしただけだ。その程度であれほどの信奉者になるとは思えない。

 

 実際似たようなことは、他でも何度もしている。

 直近ではツアーと再会する前、王国内を歩いていたときも同じようなことがあった。

 もっとも、その時の相手は亜人や魔獣ではなく野盗だったが。

 

 そもそも悟はこの二百年、基本的に人前に出るときは戦士化の魔法を使った上で、コンプライアンス・ウィズ・ローを着用していた。

 この鎧は悟にとってかつて自分を助けてくれたたっち・みーの残した鎧であり、それを着用しているときは、自然と彼に倣って正義に重きを置いて行動するようにしていたのだ。

 おかげで大陸中央では、人助けをする謎の純銀の戦士の英雄譚が生まれてしまったほどだ。

 

「なら、聖王国でも君の噂が広まっているかもね。でもちょうど良いよ」

 

「ちょうど良い?」

 

「聖王国は法国ほどじゃないけど異種族を嫌っているから、評議国とも仲が悪い。王国と違って国から圧力をかけたりするのは難しいんだ。正義の味方である君の言葉なら聞いて貰えるんじゃないかな?」

 

 簡単に告げられて、悟は慌ててそれを否定する。

 

「いやいや。山の中で亜人の群に襲われてた一家を助けただけだぞ?」

 

 もう少し言うのなら、元々サトルがその亜人の縄張りに不用意に入ってしまったせいで、気が立っていた亜人たちがたまたま近くでキャンプをしていた人間を襲ったため、仕方なく助けることにしただけだ。

 

「……なら地道に行くしかないか。幸いというか聖王国の女王は人が良いことで有名だからね、直接会えれば説得できるかも知れない」

 

 すこし考え込んだ後で言うツアーの言葉を聞いて、再び記憶が呼び戻され、思い出したことをそのまま話していた。

 

「だが、人が良すぎるせいで、強い政策を取れないとそのときに聞いたぞ?」

 

 確か、助けた人物の一人がそのような愚痴をこぼしていた。

 本当はもっと大々的に国内の亜人を捜すべきなのに、それぞれの領地を治めている貴族たちに遠慮した王女は強い政策を取れず、捜索できないのだと。

 

「……そんなことまで知っているなら、やっぱり悟が助けたのは単なる一般人じゃないんじゃないか?」

 

「言われてみれば確かに。結構亜人も倒していたし、人間にしては強かったような気がする」

 

 とは言えレベル百の戦士になっていた悟から比べれば大した違いはなく、そもそも本物の戦士ではない悟では相手の強さなど見ただけでは分からない。

 

「王国側に動きが出るまでしばらく時間がかかるだろうし、先ずは私たちだけで聖王国に向かって、その人を捜してみよう。行ったことがあるのなら転移魔法ですぐにいけるだろう?」

 

 確かに陽光聖典が裏切ることなく、カルネ村の住人がレエブン侯に情報を流したとしても、その結果王国がどう動くかは未知数であり、時間もかかる。

 竜王国と帝国、そして都市国家連合の説得に向かったモモンガたちからも連絡は来ていない以上、悟たちが今すぐやらなくてはならないことはない。

 聖王国の説得が仮に失敗したとしても、あの国は立地的に同盟に組み込んでも組み込まなくても正直どちらでも問題なく、気楽に動くことができるため、その意味でも息抜きにはちょうど良い。

 

「よし、決まりだ。目的地は聖王国。ハムスケ、お前も付いてくるか?」

 

「もちろんでござる! 殿の騎乗魔獣として頑張るでごさるよ!」

 

 気合いを入れ直すハムスケの様子に、人前で巨大なハムスターに跨るあの恥辱を思い出して憂鬱な気持ちになるが、今更やっぱり置いていくとは言いづらい。

 

「それで。その助けた人の名前は覚えているのかい?」

 

「なんて言ったかな。二、三年前のことだしなぁ。妙に目つきの悪い親子だったことは覚えているんだが──」

 

 名前も聞いたはずだが、正直記憶に残ってはいない。

 覚えているのは、せっかく助けたというのに殺し屋のごとき目つきで睨みつけられて、もしや悟がアンデッドであることを見抜かれたのかと内心身構えたことぐらいだ。

 親子ともに同じ目つきだったので、睨んでいるのではなく生まれつき目つきが悪いだけだと気づかなかったら、亜人と一緒に切り捨てていたかも知れない。

 

「目つきねぇ。それだけで探すのは難しそうだけど──まあ、そういうのも楽しいかも知れないね」

 

 他の人間たちが見たら、今まさに世界の危機が迫っているかも知れない状況で何を。と思うかも知れないが、悟もまたツアーの言葉に同意する。

 久しぶりに大人数で動いてみて、ほとほと実感した。

 この二百年一人で旅を続けていた悟にとって、今更大人数で動くことは苦痛でしかないのだと。

 

「ああ。束の間の休憩だ。楽しんで行こうじゃないか」

 

 同盟設立後は直ぐにナザリックと敵対することになる。

 こうして暢気に旅ができるのも、これが最後になるかも知れない。

 そんな思いを抱きながら、悟はハムスケに跨った。




次からしばらく聖王国の話になる予定です
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