彼女は何故か回復魔法や人間種魅了などの魔法が使用できる設定になっており、これは単純にゲーム独自の設定というだけかもしれませんが、実はそうではなく、ゲーム内のクレマンティーヌが誰かに助けられた際、実際は死亡していて、そこから復活したことでレベルがダウンし、その後奉仕活動を続けたことで戦士職ではなく信仰系魔法職を手に入れたのではないか。という考察を以前見かけました
この話でもその考察を使用し、クレマンティーヌはサトルさんに復活してもらった後、ネイアの布教活動を手伝ったことで、戦士職ではなくエヴァンジェリストの職を獲得しており、書籍版でネイアが持っていた洗脳スキルに加え、信頼を勝ち取るために奉仕活動もしていたので信仰系魔法も第一位階程度なら使用できるようになった。という設定にしています
「やっと着いたか」
王都ホバンスからプラートを経由して東に向かった先にある、聖王国で最も強固に作られた城塞都市であるカリンシャにたどり着いた、聖王国聖騎士団副団長のグスターボ・モンタニェスは、長旅の疲れを吐き出しながら言った。
ここまでの道すがら、ほとんど休むこともなく一直線に向かってきたため、体は悲鳴を上げているが、このまま宿で休むというわけにもいかない。
今は仕事で来ているのだ。
まだ日は高い。どの都市でもそうだが、夜になると動けなくなるため、休む前に最低限目星をつけておく必要があった。
「やれやれ。うまく説得できるといいんだが」
せり上がってくる胃の痛みを押さえるように手を当てながら、再び息を吐く。
そう。グスターボの任務とは、団長であるレメディオスによって聖騎士団を追放された聖騎士を捜し出して、ホバンスに連れ戻すことだ。
レメディオスの独断とはいえ、一度はこちらから追放した相手を再び王都に連れ戻す。
それも団に戻すためではなく、もう一度今度は聖王女自ら追放したという形づくりを行うためだ。
簡単な仕事ではない。
「直ぐに居所が見つかるとも限らないからな」
活気に満ちた町並みは、ホバンスにも劣らない。
カリンシャは城壁から最も近く、亜人が抜けて来た場合、最初に侵攻を受ける危険な場所だが、同時に国内で最も強固に作られた都市でもあり、南部との貿易の拠点となっていることもあって、物も人も集まりやすいからこその活気だろう。
それだけ人の出入りも激しいことに加え、彼らは半ば追放扱いでホバンスを出てこの地に来たばかり。その際教団の規模も縮小したことだろう。
ここで布教活動をする前に、生活基盤を作ることに注力するはずだ。
大々的に勧誘しているのならばともかく、そうして市民に紛れて生活している最中では、捜し出すのも容易ではない。
しかし、彼らが動き出すまで待っている余裕もない。
一刻も早く聖騎士たちを連れ戻さなくては、南部の貴族たちに聖王女を攻撃する材料を与えることになってしまう。
「先に頭首から捜してみるか。あの目つきなら印象にも残りやすいだろう」
一度見たら忘れられない殺し屋がごとき目つきの少女。
名はネイア・バラハ。
聖騎士の母と九色の父という、聖王国でも指折りの強者を両親に持つ彼女の存在こそが、仮にも聖騎士団の副団長である自分が、騎士団を離れて単独でカリンシャに出向くことになった理由でもある。
聖騎士団内で彼女の顔を知っているのは三人。
一人は当然彼女の母。
もう一人は彼女の教団が聖王女を批判していると聞いて、本部に直接乗り込んだレメディオス。
そしてそれを止めるために後を追いかけたグスターボだ。
その三人の中では、グスターボしか適任がいない。というより残る二人は冷静に説得できるとは思えないと言った方がいい。
特に事情を知った彼女の母の怒りは凄まじく、場合によっては責任を取らせると言ってネイアを斬り伏せかねない様子だった。
レメディオスもまた怒りを覚えており、そもそも彼女の場合は説得に向いている性格ではない。
連れ戻せと言われれば、件の聖騎士たちを殴りつけて無理矢理引きずって連れ戻しかねない。
当然そんな真似をすれば、それだけで貴族たちに付け入る隙を与えることになるため、本人たちだけではなく、頭首であるネイアもなるべく円満に説得した上で、聖騎士を連れ戻すことが出来る者としてグスターボが選ばれたわけだが、正直気が重い。
先ずもって主である聖王女に忠誠を誓ったはずの聖騎士が簡単に裏切ったこと自体信じられない。
聖騎士は皆、神や聖王女自身に強い信仰を捧げた存在だ。
それもあって周囲から狂信者の集まりと揶揄されていることも知っている。
その言葉には少々思うところがあるが、他の何者にも負けない忠誠心を持っていることだけは間違いない。
それは団員一人一人に言えることであり、当然退団した聖騎士たちも同様だったはずだ。
その彼らを心変わりさせたのならば、相手はよほど弁が立つか、それとも何か特別な事情や能力でもあるのかもしれない。
どちらにしても、レメディオスがなにも考えないこともあって、戦いの際には参謀めいたことをすることがあるとは言え、所詮は素人でしかない自分が彼らを説得して連れ戻すことなど出来るのだろうか。
それこそがグスターボの胃痛の種だ。
再びキリキリとした胃の痛みを感じる。
副団長になって以後──正確にはレメディオスの補佐をするようになってから──幾度となく自身を襲ってくる胃の痛み。
あまりの頻度に、もはや根本原因の改善は諦めて、胃痛に慣れるか、簡単に治すことの出来る魔法の習得を考え始めているほどだ。
とはいえ、やはり痛いものは痛い。
ひとまず情報収取もかねて、胃に優しいものでも腹に入れてから探索を始めようとした矢先、グスターボの背に声が掛かった。
「もし」
落ち着いた優しい声に引かれ、振り返ったグスターボの目に映ったのは、真っ白なローブを頭から被った女性の姿。
ローブの影で顔ははっきりとは見えないが、年若く顔立ちが整った女性であることは見て取れた。
「私に何か?」
着いたばかりで顔見知りもいないカリンシャで、突然声をかけられたことを警戒しつつ返事をすると彼女は微かに首を傾げ、グスターボの様子を観察するように視線を動かした。
「どこか具合でも悪いのですか? 顔色が悪いように見えましたので」
「え? あ、ああ。いえ、何でもありません。単に旅の疲れが出ただけですよ。お気になさらず」
愛想笑いを浮かべつつ誤魔化す。
まさか、見ず知らずの女性に心配されるほど、自分の顔色が悪くなっているとは思わなかった。
実際、胃痛だけではなく、旅の疲れも出ていたのかもしれない。
やはり先ずは体を休めるべきか。
そんなことを考えた直後、その女性はそっと周囲を窺うような仕草を見せてから、グスターボに近寄り、手を差し出した。
「〈
何の前触れもなく発動した魔法によって、グスターボの胃痛が一瞬のうちに消え失せる。
「っ! 突然何を!?」
驚いたのは魔法の効果ではなく、別のことだ。
通常、回復魔法はすべて神殿勢力の管轄であり、寄付などの対価を支払わず使用することが許されていない。
冒険者仲間や自分たち聖騎士同士での回復ならばともかく、顔見知りですらない相手を無償で回復するなどしては、神殿勢力から睨まれる。
これもまた神殿勢力を俗世に落とさず、純粋に人のために働くという理念を守るために必要な措置であり、それは聖騎士である自分も承知している。
そうした大前提を無視し、こんな人の多い通りの真ん中で、なにより相手の許可も得ずに一方的に魔法を掛けてきたことに驚いたのだ。
「あ、貴女はいったい。神官、ですか?」
格好だけ見れば神官に見えないこともないが、正式な神官であれば、身体のどこかに所属する神殿や信仰する神の紋章をいれているものだが、そうしたものも見られない。
(もしや、ワーカーか?)
例え命の危機に瀕している相手を前にしても、対価なしには回復魔法一つ掛けてやることかできない今の神殿勢力を嫌った神官が、無償で治療を施すためにワーカーになるという話はどこかで聞いた覚えがあった。
本来、神殿勢力と協力関係にある聖騎士としては、都市の司法機関などに引き渡すことを考えなくてはならないのだが、今グスターボは聖騎士としてではなく、一介の旅人を演じている身分だ。
下手な行動はとれないどころか、こんな場面を人に見られては、自分もまた司法機関の調査を受けさせられかねない。もちろん相手が勝手にやったことなのできちんと説明すれば誤解は解けると思うが、その場合、ただでさえ貴重な時間を失うだけではなく、聖騎士団の名誉にも傷が付きかねない。
せっかく治った胃の痛みがぶり返しかねない、苦悩に襲われるグスターボに対し、女は薄く笑みを浮かべた。
優しげな聖女然とした笑みでありながら、同時に薄ら寒い何かが背筋を貫く。
この笑みには覚えがある。
レメディオスの妹にして神官団の団長、ケラルトが浮かべている笑みにそっくりだ。
「いいえ。私は神官などではありません。ただの、そう。何の力も持たないただの一市民です」
第一位階とはいえ、この若さで魔法の力を使える時点で、それなりに優秀だとは思うが、女が言いたいのはそうしたことではないようだ。
「だからこそ、貴方のような強い御方には常に万全で居ていただきたいのです。この国の最高戦力である聖騎士団の副団長であらせられる貴方には」
「な!」
自慢ではないが、グスターボは聖騎士団の中でも目立たない存在だ。
団長やもう一人の副団長であるイサンドロ・サンチェスと異なり、九色を授かっている訳でもなく、これといった武勇を持つわけでもない。
ホバンスならばともかく、このカリンシャで自分を知っている者が居るはずなどない。
可能性があるとすれば──
「お忘れですか? モンタニェス副団長とは、一度ホバンスでお会いしております」
「やはり。あの教団の関係者でしたか」
あのとき教団の本部──実際には本部とは名ばかりで公用の広場に集まっているだけだったが──に居た関係者なのだろう。
頭首の少女と聖騎士たちばかりに目が行っていて他の関係者の顔までは把握していなかったが、あちらからすれば突然現れて教団を批判してきた上、結果的に王都から追い出した者たちの片割れだ。顔を覚えていたとしても不思議はない。
「はい。私はクレマンティーヌ。教団の代表であるネイア・バラハの秘書のようなことをしております」
クレマンティーヌと名乗った女はそう言って小さく頭を下げたが、こちらから視線は外さない。
その視線は常に相手の弱みを探っているかのごとく、こちらを観察しているのが分かった。
これは一筋縄でいく相手ではない。
そう理解したことで、やはりというべきか、せっかく完治した胃の痛みが再びぶり返してくるのを実感した。
幸いにも魔法を掛けられた瞬間は誰にも見られていなかったようだが、それなりに長い間話し込んでいたことで周囲の視線も集まりだしてしまい、グスターボとクレマンティーヌはとりあえずその場を離れることにした。
彼女はグスターボがカリンシャに来た理由にも見当がついているらしく、頭首と元部下である聖騎士たちが集まっている場所に案内してくれることになったのだ。
あちらのペースで話を進められていることは気になるが、時間が無い自分にとっては、多少強引にでも話を進めなくてはならなかったのは事実。
大人しく彼女の後を付いて歩いていると、彼女が多くの市民から慕われていることに気づいた。
歩いているだけで様々な者たちから声を掛けられ、その度にクレマンティーヌは足を止めて丁寧に対応する。
その姿を見ていると、先ほどまで彼女に抱いていた表裏のある姿が嘘のように思えるが、本当に演技が達者な者はそれぐらいの擬態は易々とこなすもの。
気を抜くことは出来ない。
むしろ、問題なのはまだ都市に来て日も浅いはずの彼女が、既にカリンシャで名が知られている事実だ。
それは同時に、あの教団も知名度を上げていることになる。
王都からでは目の届きにくいカリンシャで、聖王女とは異なる思想を持った教団が力を付けている。
自分の元部下である聖騎士がその一役を担っているのならばなおさら問題だ。
(やはり一刻も早く、あいつらを陛下の元にお連れしなくては)
この求心力の理由が聖騎士ならば、それを連れ出すだけでもある程度、布教の歯止めになるはずだ。
改めて自分の仕事の重要性を確認していたグスターボの耳に、大勢の人々が集まったとき特有の喧噪が聞こえてきた。
「ちょうど今、我々の活動を皆に知っていただくために広場で講演を行っているところです。バラハさんとの面会はその後でお願いします」
そう言われた言葉も、グスターボの耳には届いていなかった。
それなりの大きさの広場に詰めかけられた大量の市民と、即席の壇上に立つ少女の姿が目に入ってきたためだ。
優に数百人はいる。それだけ大勢の人々の前でも臆することなく、ネイアは大仰な身振り手振りを以って自分の正義を語り掛けている。
(この短期間でこれほどの影響力を持つとは)
やはり、この教団は危険だ。
たとえ神を信仰しておらず、自分たちが信仰する四大信仰に害を及ぼさないとしても、このまま教えが広まり続ければ、聖王女を含めた支配者層の立場を揺るがしかねない勢力となる。
悠長に説得している余裕などなかったのだ。
こうなればレメディオスに倣い、強引にでも聖騎士を連れ戻すしかない。
後で貴族連中に聖騎士団が責められる口実を作ったとしても、その時は自分がすべての泥を被ればよい。
覚悟と共に選択を下し、歩き出そうとしたグスターボの耳に、突如として巨大な鐘の音が響き渡った。
思わず顔を顰め、音の発信源に目を向ける。
ネイアが演説をしている檀上の真後ろ、物見塔の最上部に取り付けられた鐘を衛兵が必死に鳴らしていた。
ネイアも含め、その場にいる全員がそちらに視線を向ける。
このカリンシャで緊急を知らせる鐘が鳴る理由など一つしかない。
すなわち──城壁を抜けた、亜人の影あり。
・
進軍する十万の亜人軍。
目的に向かって突き進み、障害となるもの全てを飲み込む破壊力を秘めた軍勢は、まさしく破竹の勢いと呼ぶにふさわしい。
この勢いを止められるものなど存在しない。
亜人たちもまたそうした絶対的な高揚感に酔いしれ、多少の無理を推しても進軍を続けてきたが、長年亜人たちの侵攻を妨げてきた聖王国の要塞線、その要である城壁を破壊して国内への進軍を開始し始めた頃になると、流石に勢いだけでは誤魔化しが利かなくなってきた。
それも当然といえば当然の話で、いくら亜人とはいえロクに休みも取らずに進軍を続ければ、体力も落ちてくるものだ。
そんな状態で昼夜を問わず進軍し続けるわけにもいかず、目的地であるカリンシャに向かう前に一度休養を取ることになった。
とはいえ、亜人にとっては敵地のど真ん中での休養であり、周囲の警戒は続けなくてはならないため、まともに休養が取れているかは怪しいところだが。
そんな中、亜人軍の総大将となったセバスは、自身のために用意された天幕内にいた。
今はあくまで亜人軍の総大将という立場であり、天幕内にも彼のために玉座が用意されているが、執事としての矜持からそれに腰掛けるようなことはせず、いつも通り背筋に鋼を通したかのごとく堂々たる立ち姿で、これから向かう聖王国の城塞都市カリンシャの方角を眺めていた。
「セバス様。ロケシュでございます。お耳に入れたい話があって参りました」
ふいに背後から声が掛かる。
天幕に近づいてくる足音には気づいていたが、声を掛けられたことでようやくセバスは体を声の方角に向け直し、許可を出した。
「どうぞ」
「失礼いたします」
天幕の入り口を持ち上げて入ってきたのは、亜人軍の総指揮役を任せた、蛇に手を生やしたような亜人、七色鱗の二つ名を持つ
異名通りの虹色の光彩を放つ鱗の硬度はドラゴンに匹敵するとも謳われ、魔法耐性を持った魔法の鎧と大盾を持った姿から、アベリオン丘陵で最も堅牢な存在と言われていた亜人の王の一人だ。それ故にアベリオン丘陵を纏める戦に於いては、己の部下たちが敗北しても、負けを認めることなくセバスに戦いを挑んできた数少ない亜人の一人だ。
その戦いの際、ただの一撃によって自慢であった鎧と盾、そして鱗までも一度に砕かれたことで完全に敗北を認め、今では完全に恭順を示すようになっていた。
だからこそだろう。
話しかけてくるだけでも緊張しているのが手に取るように分かった。
「どうしました?」
蛇に似た亜人であるロケシュは、その表情から考えを見抜くのは難しいが、それはあちらも同じなのか、セバスの感情を探るような口調で語り始める。
「……我々の軍勢内に不満が溜まっております。人間どもの都市までこの分では後三日といったところですが、この分では到着前に問題が起きかねません」
「不満?」
セバスの眉がピクリと動くと同時に、ロケシュは身を震わせる。
セバスの圧倒的な力を知っている彼からすれば、この発言でセバスの怒りを買い、その矛先が自分に降り懸かることを懸念したのだろうが、それでもロケシュは恐怖を押し殺すように身を硬くしたまま続けた。
「はっ。我々にとってあの壁を乗り越えてこの地に攻めこみ、ここに住まう人間を思うがまま蹂躙することは長年の夢でした。それが叶ったというのに、何故砦や集落を無視して進軍を続けるのかと不満に思う者が出てきているようです」
おそらくは、その不満の元は亜人たちが人間を蹂躙したいというだけではなく、強行軍を続けたことによる疲労や兵站の問題もあるのだろう。
それなりに食料は持ってきているが、複数いる亜人種族ごと好みの食料を用意することもできないため、多くの種族が食べることのできるパンに似た食料しか持ってきていない。
亜人たちにとっては人間も食料の一つ。いや長年にわたり城壁を越えようと試みている部族が複数いることを考えると、人間を食料として好んでいる部族が多いのだろう。
そうしたものたちからすれば、せっかく壁を破壊して国内に入ったというのに、ロクに暴れることもできず、大好物まで我慢させられているとなれば不満をため込んでも仕方がない。
順序だてて考えれば、むしろ当たり前のことだ。
(ナザリックの者では絶対にあり得ない考えだけに見落としていましたね)
ナザリック地下大墳墓に属する者にとって主のために働くことこそが全てであり、不平不満など──もっと働きたいなどの欲望は別として──唱えることなどあり得ないため、そうした考えをすること自体頭からぬけ落ちていたのだ。
問題は理解したが、セバスの本分はあくまでも家令であり執事。
軍を率いた経験もないため、こうした場合どのようにして不満を解消するのが正解なのか、即時に判断することができず、無言で思考を巡らせているとその沈黙を勘違いしたのか、ロケシュは慌てたように告げた。
「無論奴らもセバス様に逆らおうなどと考えているわけではなく、中にはまだ代替わりをしたばかりのためか、功を焦っている者もおります。このままでは都市に到着した際、そうした者たちが暴走してしまうのではないかと危惧した次第です」
その言い方で、ロケシュはセバスにそれを止める方法を聞きに来たわけではなく、何か解決策を持った上で、実行に移す許可を貰いに来たのだと理解した。
ならば決断を下すのは、それを聞いてからで良い。
「ふむ、なるほど。それで総司令官である貴方は、どうすればその暴走を未然に防ぐことができると思いますか?」
「はっ! 先遣に出た者たちからの話によりますと、目的地である都市の少し手前に、規模は小さいものの人間たちの集落が存在するとのこと。本命を攻める前にそこを襲い、息抜きと共に腹ごしらえをして英気を養わせるのは如何かと」
完全に人間を食料、彼らが住んでいる都市を牧場か何かとしてしか認識していない言い方に眉を顰めそうになる。
おそらくその集落は砦や兵士たちの駐屯基地などではなく、カリンシャと他の都市との中継地点として創られた小都市だろう。
当然戦う力などなく、ここでロケシュの提案を聞けば、そこに住まう者たちは蹂躙され、一人残らず彼らの食料となり果てる。
その事実に、セバスが創造主より与えられた本能が不満と怒りを訴えたが、同時にセバスの冷静な部分は内心でそれを自嘲していた。
(なにを今更。私に怒りを覚える権利など無い。彼らの願いを無視した私に──)
アベリオン丘陵を平定した際に、恭順を示さなかった亜人部族のことだ。
セバスが持つ、弱者を助けるのは当たり前。という正義の対象はなにも人間だけではない。
そもそも外見こそ人間と変わらないセバスだが、その正体は人間ではなく竜人である。
故に、セバスが助けたいと考える対象は、種族に関係なく、力を持たない全ての弱者だ。
しかし、セバスはここに来る前に、自らの意志でそうした弱者を見捨てていた。
基本的に平定そのものはセバスではなくデミウルゴス配下の悪魔たちが行っており、セバスの役目は進捗状況の確認と、ここにいるロケシュのような亜人の中でも武勇に優れた強者を叩きのめすことで力を示して恭順させることだった。だが悪魔たちのやり方は時間が無かったこともあって強引な手段となり、部族のトップをセバスに打ち倒されても反抗をやめることの無かった者たちは見せしめとして、部族ごと壊滅させられ、戦いに参加しなかった非戦闘員である女子供は、デミウルゴスが実験のために作り上げた牧場に運ばれていった。
そのときになって初めて恭順することを誓い、総大将であるセバスに対して亜人たちが訴えた懇願、悲鳴や怨嗟の声は未だ耳に残っている。
当然その声を聴いて、セバスの胸中から彼らを助けよ、という創造主の声無き意志が湧き上がり続けていたが、セバスはそれを無視した。
全ては作戦を成功させるため。
そして慈悲深き主に、これ以上余計な心労を与えないために必要なことなのだ。と言い聞かせて。
そのセバスが今更人間を救うために行動するなど、笑い話にもならない。
今必要なのはそうした感情による判断ではなく、作戦を成功に導くための合理的な思考、それだけだ。
今回の作戦で重要なのは、聖王国の主戦力を壊滅させることではない。
むしろ戦力を温存させながら、一般市民にのみ被害を与えることで、亜人に対する怒りを集め、そのまま亜人を率いてエ・ランテルに向い、聖王国を周辺諸国同盟に参加させることが狙いとなっている。
だからこそ、城壁の破壊も最小限に留め、そこにいた戦力も極力殺さないように指示を出しておいた。
(聖王国の女王が最速で軍を編成してこの地に向かわせるにしても、まだ時間は掛かるでしょうね)
本来、城壁を破壊した後は後顧の憂いを断つ意味でも、中央砦だけではなく左右の砦や城壁そのものを破壊するなどして、城壁に詰めていた聖王国軍が追いかけて来られないようにするべきだが、そうすると亜人軍が到着する前に、聖王女が軍を纏めてカリンシャに到着してしまうかもしれない。
そう考えたからこその強行軍だったのだが、今度はその進軍速度が速すぎたことで想定よりも時間の余裕が生まれていた。
もっとも、流石に小都市を襲ってからカリンシャに向かいなおすのでは、時間的にぎりぎりになってしまうかも知れないが、軍を纏める意味で必要だというのなら、一考の価値があるのは間違いない。
「如何でしょうか? お許しいただけるなら、斥候を派遣いたしますが……」
畳みかけるようなロケシュの言葉に、セバスは一度目を閉じ、思考を巡らせる。
自分の感情は排斥し、あくまでも作戦のため、そして主のためにどうするのが一番いいのか、慎重に考え続け、やがて一つの結論を出した。
「いえ。必要ありません。その小都市の人口がどれほどかは分かりませんが、ここにいる十万の兵が満足できるほどとは限りません。目的地であるカリンシャまであと三日ほど。暴れるならそこで。それまでの間は貴方や他の者たちで部下を押さえさせなさい。勝手な行動を取る者がいれば、私の名を出しても構いません」
提案を却下し、セバスはそう答えた。
断られるとは思っていなかったのか、ロケシュは僅かに動揺したような動きを見せたが、直ぐに姿勢を正す。
「……承知いたしました。我ら十傑の名の下に、配下たちはしっかりと押さえ込んでみせます」
それだけ言い残し、去っていくロケシュに視線を向けながら、セバスは小さく息を吐いた。
「よろしいのですか? セバス様」
セハズしかいない天幕の中に、再び声が響く。
連絡役としてデミウルゴスから預かり、普段はセバスの影に潜んでいる、
ただし、その役目は連絡役や護衛というよりは、未だセバスを信用していないデミウルゴスが付けた監視の意味合いが強い。
つまり、先ほどの提案を却下したことも直ぐにデミウルゴスに伝わるということだ。
だからこそ、ここでその理由をしっかりと説明しておかなくてはならない。
これはあくまで作戦のためにしたことであり、自分の内から湧き出る感情に従ってのものではないのだと。
セバスは一つ呼吸を置いてから悪魔に笑みを向けた。
「問題ありません。むしろそうしたワガママを聞いてしまえば我の強い亜人たちは私を侮りかねません。ゴネれば言うことを聞く相手だと思われる方が心外です。貴方も十傑の動きを見張っていてください」
「……畏まりました。では勝手な行動を取らないように監視いたします」
「むしろ多少想定外の行動を取っていただいた方がよいかも知れませんね。良い見せしめになります。どちらにせよ、動きがあったら私に報告をお願いします」
この作戦の後、亜人たちはエ・ランテルに連れていくことになる。
そのときに、またこうした不満が出ないように恐怖で縛っておくのも有効な手段だ。
「承知いたしました。では──」
その言葉と共にセバスの影の中で悪魔が蠢く気配があり、影の悪魔は影から影に移って移動を開始した。
(問題はない。これは人を助けるためではないのですから)
そうでなくても、もし聖王女がこちらの想定より早く行動した場合、亜人軍と聖王国の主力軍がぶつかり合ってしまう。その可能性を下げておくことは正しい選択だ。
なにより、セバスの行動によってその小都市とやらは救われたかも知れないが、カリンシャはそうではない。
亜人たちは鬱憤を晴らすかのごとく、カリンシャ内にいる全ての住人を思うまま虐殺することだろう。
それをセバス自身が指示を出し、場合によって前線に立って自らの手で実行する。
そうすることで作戦を成功させるとともに、ナザリック地下大墳墓、そして己が主への忠誠を示す。
例え自分の創造主の想いから生まれた感情を裏切ることになったとしても、もはや迷いはない。
しかし、何故だろうか。
合理的な判断を下したつもりでも、この選択が己の手で弱者である人間を虐殺する行為を先延ばししているように感じてしまうのは。
「後、三日。ですか」
セバスは拳を深く握りしめながら、三日後、惨劇の舞台となる都市に視線を向けなおした。
クレマンティーヌがグスターボにいきなり回復魔法を掛けたのは、グスターボを仲間に引き入れるためです
彼女の持つ洗脳スキルは書籍版のネイア同様心に傷のあるものにしか通用しないため、神殿勢力と協力関係にある聖騎士でありながら違法な回復魔法を受けた。という弱みを作り出すことで、洗脳スキルが使えるか試すためだったのですが、流石にそれだけでは通用しなかったため、今度はネイアの下に連れ出し既にかなりの数の協力者がいることを見せつけることで強引な手段を取らせ、それを責め立てて弱みにするという第二プランに移行した形になりますが、亜人襲来の鐘のせいでその計画は頓挫しました
ちなみに前半と後半の時系列は大体同じです
城壁を破られたあと、生き残りが聖王国内に広げた情報がカリンシャに到達し、その後亜人軍が確実にカリンシャに向かっていると確信したことで、カリンシャ内の上層部が鐘を鳴らして非常事態であることを市民にも伝えることにしたという感じですので、亜人到着まで三日ほど猶予があります
次の話はその三日の間の話になる予定です