十万を超える亜人の群れ。いや、もはやこれは軍と言った方が良い。
ただでさえ人間以上の強さを持つ亜人が、一つに纏まり軍を形成して進軍する。その勢いは凄まじいの一言だ。
無論、城壁の兵たちもその暴挙をただ見ていたわけではない。
ただ一人で城門に近づく仮面を付けた者を亜人軍の首魁だと見抜いた者たちは一斉に弓矢の雨を降らせ、中央砦に集められた兵力から選りすぐった精鋭部隊も送り込んだ。
それでも、敵の首魁を止めることは敵わなかった。
聖王国の誉れたる九色の一人、パペル・バラハ率いる弓兵隊の弓矢は悉く叩き落とされ、同じくただ強さのみで九色の座に就いたオルランド・カンパーノの猛獣を思わせる速さと圧力を纏った突撃すら戦いにもならず、ただの一撃で地に伏せた。
そのときになって彼らはその仮面を着けた亜人軍の首魁が、これまで目撃されたいかなる亜人よりも強大な力を持つ化け物であると認識したのだ。
だが、それに気づいた時には既に遅かった。
いかなる手段を用いたのか、その者が放った素手での一撃によって、ある意味で城壁よりも頑丈に造られた扉すら、あっさりと破壊されてしまったのだから。
こうして城壁が出来て以後、否、聖王国の歴史を紐解いても恐らくは歴史上初めてとなる、何の小細工も用いない正面突破によって亜人軍は聖王国の国土に侵攻を開始した。
予想される次なる目的地は城塞都市カリンシャ。到達までかかる時間は凡そ三日である。
「……信じられん。これは事実なのか?」
カリンシャ軍部の参謀長が、報告書を穴が開くほど見つめながら言う。
「砦からの定期連絡も途絶えておりますし、恐らくは間違いないかと」
部下の言葉を受けて更に血の気が引いていく参謀長を見ながら、グスターボもまた完全に再発してしまった胃の痛みを必死になって押し殺す。
(とんでもないときに来てしまったと言うべきか。それとも聖王国の危機に駆けつけられたことを喜ぶべきか)
広場に響いた鐘を聞いた後、グスターボは子細な情報を得るために、カリンシャに駐留している軍の本部に出向いた。
緊急時と言うこともあって、初めは警戒されたものの、身分を隠すことを諦めて聖騎士団副団長であることを証明すると、即座に全ての情報が集まっている参謀本部に通されたのだ。
長い沈黙を挟んだ後、参謀長はようやく報告書から視線を外し、そのままグスターボに顔を向けた。
「モンタニェス副団長。貴殿はこれを見越してカリンシャに来ていたのか?」
こちらの事情はまだ話していなかったため、参謀長がそう思うのも無理はないが、流石にここで嘘を吐くわけにもいかない。
「いえ。それとは別件ですが、聖騎士団の一員として当然私も協力いたします」
別件と聞き一瞬眉を顰めたものの、それどころではないと思いなおしたらしく、参謀長は破顔する。
「それはありがたい。聖王国最強部隊である聖騎士団の副団長である貴殿が力を貸してくれるのならば心強い」
本当は自分ではなくレメディオスか、同じ副団長でも九色の桃色を授かるイサンドロ・サンチェスの方が良かったと思っているのだろうが、それを微塵も感じさせず参謀長は頭を下げる。
時間もないため、取りあえず手に入った情報を基に軍議が始まり、グスターボもそのまま同席することとなった。
「報告書にも記載されていますが、軍勢の狙いは間違いなくこのカリンシャ。本当にただ真っ直ぐ進んでいます」
カリンシャは城壁から最も近い大都市だが、道中にはいくつも村や小都市や砦などが存在している。にもかかわらず、敵はそれらに一切目もくれずに突き進んできているというのだ。
「そこも理解ができませんね。中央砦が突破されたとしても、左右の砦や素通りした都市から軍が派遣されれば、挟撃や包囲される危険もあるというのに」
会議に参加した参謀の一人が口にした疑問に、参謀長があっさり答える。
「簡単だ。そうなる前にこのカリンシャを落とせると踏んでいるのだろう」
まさかと言うように目を見開いたが、グスターボは同意した。
「でしょうね。敵は最短距離でこちらを目指してくる。対して左右の砦の兵は中央砦の穴を塞いでからでないと動きは取れない。素通りされた都市にしても、亜人軍が見えた時点で籠城の準備を始めていたでしょうから、直ぐに追いかけることはできない」
「た、確かにそうですが、カリンシャは強固な城塞都市です。簡単に突破など──」
話している途中で理解したらしい。部下はそのまま口を閉ざす。
カリンシャを始めとした城塞都市攻略で最も難しいのは堅い城門や高い城壁、これを乗り越えることだ。
敵にはそれを可能とする術がある。
「如何にカリンシャの城門とはいえ、要塞線の城壁ほどではない」
深い堀などで物理的に軍を近づけさせないなどの対策が採られていればまだしも、カリンシャは丘の上に建つ城塞都市だ。
これはこれで隠れる場所が無いため迂闊に近づくことが出来ず、仮に近づかれても高低差を利用して弓などで攻撃できるため防衛力は高いのだが、今回の相手のように隠れて近づくつもりなど毛頭なく、真っ直ぐ攻めてくる相手に対しては、真正面から受けるしかない。
すなわち、基本的な戦術は矢などの遠距離武器で牽制して近づかれないようにすることと、門と城壁を守って中に敵を入れないようにする籠城となる。
しかし、今回の場合、相手はカリンシャの入り口より遙かに強固な城門を破壊して侵入してきた。
破城槌などの物量兵器ならば、移動にも時間が掛かり、それを狙って集中攻撃をすれば近づかせないようにすることもできるが、相手は個人。
それも聖王国最高の弓兵隊の矢を打ち落としながら城門までたどり着くような者だ。ここにいる者たちの実力では、止めることはできないだろう。
「そして城門が破壊されてしまえば、亜人共がなだれ込んでくる。それを止める力はこのカリンシャにはない」
参謀長が重々しく言う。他の都市に比べれば、カリンシャは多くの軍士が駐留しているが、それでも一万にも届かない。
人間より遙かに強い力を持った亜人軍が相手では、その戦力差は十倍どころではないだろう。
「打つ手無しということですか?」
「バカなことを言うな! それを考えるのが我々参謀の仕事だ!」
弱気なことを言う部下に参謀長は目を尖らせながら怒鳴り声をあげ、その顔のままグスターボに顔を向けた。
思わず身構えそうになるのを押さえ、言葉を待つ。
「モンタニェス副団長。この報を聞いた場合、陛下はどう動くとお考えですか?」
参謀長がグスターボを正面から見据える。
本来聖王女の配下である自分が主の行動を想定し、それを元に計画を立てるなど許されることではない。
もし間違ってしまえば、その責任は自分だけで償えるものではないからだ。
だが今は非常事態。
悠長に確認を取っている暇などない。
胃からせり上がってくるものを無理矢理押さえ込み、グスターボは自分の考えを話すことにした。
「城壁が突破されたと知れば、陛下は国家総動員令を発令してでも全ての戦力をこのカリンシャと、南部の要所であるデボネに派遣されるでしょう」
強く断言するグスターボに、参謀長以外の者たちは驚きを隠せないようだ。
国家総動員令が発令されたのはこれまで一度きり。
聖王国の民全員に徴兵制を布いた時だけだ。
元々南北で不和のある聖王国に於いて、国民全員を問答無用で動かすこの法律は当然、様々な方面から軋轢を生む。
八方美人で強い政策が取れないとされている聖王女にそれができるのか。と言いたいのだとすれば、実に不敬な考えだ。
聖王女がそうした対応を取っているのは、全て弱き民のため。
こちらの都合など関係なく常に亜人たちに狙われ、その防衛を第一に考えなくてはならない聖王国にとって、国内でのもめ事や、まして他国と外交問題でも起こし戦争にでも発展してしまったら、その時点で戦線を二つ抱えることになる。
だからこそ、聖王女は甘いと言われようと、周囲と諍いを起こさないように行動するしかないのだ。
しかしそれは同時に、国民を守るために必要ならば、心を痛めつつも非情な決断を下せるということだ。
「無論、軍だけでなく王都にいる聖騎士団や神官団の精鋭たちも、すぐに派遣してくれるでしょう」
「聖王国最強の騎士であるカストディオ団長率いる聖騎士団ならば──」
グスターボの言葉を受けて、参謀長は考え込む。
実際、報告書の内容まで聖王女が把握していれば、聖騎士団を派遣するのは間違いない。レメディオスの妹であるケラルト率いる神官団もまた同様だ。更にもう一つ。
(陛下御自ら、参戦してくださる可能性もあるが、それはまだ言えないな)
聖王女が他国の為政者と異なる点として、聖王女自身も高位の信仰系魔法を操る
そんな聖王女のみが使用できる最強の一撃こそ、聖王家に代々伝わる王冠を用いた大儀式魔法
これこそが聖王国内で最も強力な一撃である以上、今回のような個人で強大な力を持つ相手が現れた場合、本人自らが出陣する可能性もあるのだ。
もっとも、国家総動員令や聖騎士団派遣と異なり、こちらに関してはグスターボも確信は持てないため、この場で口に出すことはできないが。
「失礼いたします!」
ノックもなく部屋の扉が開き、伝令役らしい兵士が入ってくる。
緊急事態のためか、参謀長も咎めることなく報告を促した。
「追加の報告です。聖王女陛下が全ての国民に対し厳戒態勢を取る国家総動員令を発令。早急に軍を纏め、陛下御自ら聖騎士団、神官団を率いてこのカリンシャを目指して既に出立したとのことです」
伝令の言葉に参謀長はグスターボに目を向ける。
その視線を受けたグスターボは、改めて己が忠義と正義を誓った主は素晴らしい御方だと確信しながら強く頷いた。
そして──
「これで我々のすべきことは決まったな。陛下がいらっしゃるまでなんとしても時間を稼ぐ。ある程度稼げれば砦に残った兵力も追いつくはずだ。陛下のご到着と時を合わせれば、挟撃にて亜人どもを一網打尽にできる」
「しかし、どうやって」
再び最初の問題に戻る。
個人で城門を破壊できる者を相手取り、如何にして軍が到着するまでの時間を稼ぐかを考えなくてはならない。
「……城壁で待ち受けているだけでは確実に城門は突破される。ならば、こちらから討って出るしかない」
「それはつまり、都市外の平原で十万の亜人軍とぶつかり合うと?」
「そうだ」
無謀も良いところだ。
人間より遙かに強力な亜人を相手に小細工の通用しない平原での戦い。
カリンシャにいる軍士だけでは数の上でも勝ち目はない。
ここにいる者たちにもそれが伝わったのだろう、場に暗い空気が満ちていく。
「それしかないならそうしましょう。我々は軍士、この国を守るために命を張るのが仕事であり、使命でしょう。それに我々が全ての亜人の足止めをする必要はない。そうですよね?」
そんな空気を払拭し、兵士たちを鼓舞するためにグスターボは立ち上がり声を張りながら、参謀長に言う。
「その通りだ。我々の狙いはあくまでも敵の首魁ただ一人。奴らが脅威なのはあくまでも城門を破壊する力を持った亜人の首魁の存在あってこそだ。そのものさえ打ち倒せば、カリンシャは落ちない」
そう。一見無謀この上ない参謀長の策だが、目的をただ亜人の首魁を打ち取るという一点に絞れば可能性はある。
軍に匹敵する力を持った個人は確かに存在するが、そうした者であっても長時間戦い続ければ体力は低下し、
魔法などで大人数を一度に倒せる
仮に倒せずとも、最低限門を破壊する術を使えないようにさせればいいのだ。
報告書には、城門を破壊したのは素手での一撃などと記載されていたが、流石にそれは荒唐無稽すぎるため、何らかの魔法や
聖剣にも一日一度しか使えない大技があるように、そうした技は殆どの場合、回数制限がある。
その技を城門にではなく自分たちに向けさせて、使用回数を使い切らせればいい。
「そ、そうですね。それなら」
「首魁さえ打ち取れば、纏まりのない亜人共のこと。同士討ちを始めるかもしれませんしね」
「やりましょう。我々の手でこのカリンシャを、いえ、聖王国を守りましょう!」
徐々に声が広がり、狭い会議室に熱気が帯びていくが、それはグスターボの鼓舞に乗ったというよりは、ある程度現実的な案が出たことで、微かに見えた光明に縋っているようにしか見えない。
レメディオスならば作戦のことなど知らずとも、言葉だけで兵士たちを鼓舞できたに違いない。この辺りが自分とレメディオスとの格の違いだ。
「ですが、その作戦が成功したとしても、恐らく我々の軍はほぼ壊滅します。それでは籠城に割く戦力が足りないのではないでしょうか?」
ふいに一人の参謀が声を上げる。
必死になって気力を振り絞っているこの場に水を差すのは心苦しいのか、恐る恐るといった様子だが、その言葉には一理ある。
上手く敵の首魁を倒せたとしても、数で圧倒的に劣る自分たちを残る十万の亜人軍が見逃すはずがない。取り囲まれて全滅するのは目に見えている。
そうなった際、籠城の指揮をどうするのかという問題だ。
籠城はあくまでも聖王女率いる聖王国の本軍が到着するまでのわずかな間だが、それでも敵を近寄らせないためには、矢による牽制や、城壁を上ろうとする者を打ち落とす者が必要であり、城壁の上には多くの兵を配置しておかなくてはならない。
しかし、そちらに兵を割けばただでさえ少ない軍を二つに分けることになるので、共倒れになりかねない。
「……確かにそちらに割く余力はない。だからこそ、ここは民の力を借りるしかない! まずは彼らを説得しよう」
確かに軍士だけで頭数が足りないのであれば、都市内の国民を徴兵するしかない。
幸いにも聖王国の民は、徴兵制によって成人であれば誰もが戦う術を身につけている。
聖王女の国家総動員令も発令されているのだから、断ることは出来ないはずだ。
「民の力、なるほど。ですが全員を集めて連絡している余裕はありません、先ずは都市の顔役となっている何名かには話を通し、それぞれの下に徴兵して臨時の隊を作るべきでしょうね」
先ほど問題点を提示した参謀が納得したようにうなずき、早速とばかりに広げられた地図を前に、カリンシャで有名な市民たちの名を挙げ始める。
(しかし、国家総動員令が発令したとはいえ、正式な布告官が来たわけでもない状況で、民が大人しく従ってくれるだろうか?)
そもそもグスターボを始めとした聖騎士にとって、民はあくまでも守るべき対象で在り、積極的に戦いに駆り出すべきものではない。
それしか方法がないのも理解しているが、だからこそ民たちが、危険の大きいこの戦いに参加してくれるのか甚だ疑問だ。まだ時間はあるのだから、その前に逃げ出そうとしても不思議はないのだ。
それでも聖王女本人でなくとも、それこそレメディオスや聖王国に五人しかいない将軍職に就く者たちのような、一般にも名の知れた者ならば民衆を鼓舞して戦いに駆り立てられたかもしれないが、ここに残っているのは自分を含め一般市民からすれば、名も知らぬ一軍士でしかない。
そんな自分たちの説得を、民が受け入れてくれるだろうか。
ちらりと参謀長を窺うと、部下たちが都市で名の知れた顔役を挙げている中、眉間に皺を寄せて腕を組んで考え込んでいた。
参謀長もまた、グスターボと同じ疑問に行きついたに違いない。
その上でどうやって説得すればいいのか考えているのだ。
「後は……最近噂になっている顔なしの伝導師が率いる団体でしょうか」
そんな中、参謀の一人が告げた言葉を聞いた瞬間。
グスターボの脳裏に、自分がここにきた目的である教団と、既に多くの人々の心を集めていたあの少女の顔が思い浮かんだ。
・
突然の亜人襲来の報に加え、以前王都で顔を合わせたことのある聖騎士団副団長グスターボ・モンタニェスから自分に会いたいと告げられたことで、ネイアの緊張は限界に達していた。
それも呼び出されるのではなく、グスターボの方からネイアが常駐している宿に来るとなればなおさらだ。
それでも怖じ気付きそうな気持ちをバイザーで隠し、ネイアは会談に応じることにした。
グスターボが何の話をしようとしているか、何となく想像がついていたからだ。
恐らく、ネイアたちを亜人との戦いに参加させようというのだろう。
あの鐘は亜人がカリンシャ近くまで現れたことを示すもの。
つまり城壁が突破されたということだ。
それを迎え撃つのならば、兵がいくらいても足りない。ネイアたちの団体の理念を知っているグスターボならば、戦いに参加させようとするはずだ。
そこまで考えて、ふと心配事が思い浮かぶ。
(……お父さん)
ネイアの父であるパベルは現在、城壁守護の任に就いていた。
もし亜人と正面から激突したのならば、正直生存は難しい。
父の性格上、母や自分がいる聖王国の地に亜人を踏み込ませてなるものかと、最後まで戦い続ける様が容易に想像がつくからだ。
(今は考えるな。それより私のことだ。今度こそ、逃げずに戦ってみせる)
父のことを考えないように無理矢理気持ちを押し殺し、代わりに二年前スラーシュに襲われた時のことを思い出す。
あの時は戦うこともできず、神に祈るしかなかったが、今は違う。
気合を入れなおす意味で、腰に下げた短剣の柄に手を伸ばした。
これはネイアがまだ小さい頃、聖騎士を目指すと告げた際に練習用として母から譲り受けたものだ。
実家に置いてきたと思っていたが、いつの間にか荷物の中に紛れ込んでいたのだ。
そのまま短剣の柄をキュッと握りしめる。
これは不安を感じた時にする癖のようなものだが、今回ばかりはそれだけでは心が落ち着かず、それどころか僅かに手が震えていることに気付いた。
(違う。これは怯えているんじゃない)
自分に言い聞かせるように、心の中で何度となく唱え続けるネイアの肩に、優しく手が乗せられた。
振り返るとそこには、いつもの慈愛に満ちた笑みを浮かべるクレマンティーヌの姿があった。
「大丈夫ですよ」
クレマンティーヌには、スラーシュとの一件やそのときネイアが戦えなかったことも話している。
他の団員たちの目もあるためか、はっきりとは言わなかったが、それだけで彼女の気持ちは伝わった。
ネイアは一つ頷くと柄から手を放し、代わりに拳を握り締めた。
宿の主人に案内されたグスターボが現れたのは、手の震えが止まったのとほぼ同時だった。
「つまり軍士の方々はほぼ全員で平原に出て亜人とぶつかるため、城壁に配置する戦力として多くの民が必要ということですか?」
グスターボの話は凡そネイアの考えた通りだったが、作戦内容だけは全く想定外のものだった。
様々な情報が一気に入り込み、上手く考えを纏めることのできないネイアの代わりに、元軍士である仲間の一人が口を開く。
「ええ。先も言ったように亜人の数は十万を越える大軍。当然正面からぶつかっても勝ち目はない。そこで我々は標的を敵の首魁に絞ります」
誰も口は開かないが、視線に懐疑的な物が含まれる。しかし、グスターボはそれを無視して続けた。
「城門を破壊できる者さえいなくなれば、亜人どもは通常の攻城戦を採るしかない。陛下たちが軍を率いてカリンシャに到着するまでならば、頭数さえ揃えば民たちだけでも十分時間が稼げると考えている。君たちにはその先頭に立ってもらいたい」
グスターボの言葉を最後まで聞いてから、教団の中枢メンバー──聖騎士や元軍士、最初期から協力してくれた者など──は改めて顔を見合わせる。
確かに難しい戦術などは必要ない城壁の守護なら、専属軍士でなくとも、戦い方を学んでいるネイアたちだけで対処できるだろう。だが仮に侵入を許せば都市そのものが相手に奪われる危険もあり、そうでなくても都市自体が大きな打撃を受けるのは明白。
そもそも、如何に十万を超える亜人の軍を従えた強者といえど、常識で考えれば単独で城塞都市の頑強な城門を破壊する力など存在するとは思えない。
そんな本当にいるかも分からない者を前提とした作戦ではなく、軍士を含めた全員で籠城するべきではないのか。彼らの視線がそう言っている。
だが、ネイアは違う。
圧倒的強者である亜人の王すら一撃で下す本物の強者。
世界にはそうした絶対的な力を持った者が存在することを彼女は知っている。
同時に、たった一人で複数の亜人部族を纏めあげて軍を作り出したという首魁の存在が気になった。
「あ、あの! その亜人の首魁とはどのような外見をしているのでしょう?」
「外見?」
能力や本当に実在するかなどではなく、第一に外見を聞くネイアをグスターボは不思議そうに見つめるが、直に気を取り直したように話し始める。
「種族は不明だが、大きさや体型は人間に酷似しているそうだ。仮面を付けているため顔は分からないが、髪は白く、執事服に似た衣装を纏っている。そして……信じられないだろうが、城門を破壊したときは素手の一撃によるものだと報告を受けている」
それを聞いてネイアは僅かに胸をなで下ろした。
服装や白髪、そして素手での破壊。
どれもネイアを救ってくれたあの騎士の特徴とは一致しなかったからだ。
自分の信じた正義そのものである騎士が、亜人の首魁などでは無かったことに安堵する。
「素手、ですか? まさかそんなことあり得ません」
ネイアとは対称的に、元聖騎士の一人が引きつった声を上げる。
この中で最も亜人の生態や強者の上限を理解していることもあり、武器も持たず素手の一撃で城門を破壊したなど信じられないのだろう。
そんな聖騎士に、グスターボはジロリと責めるような目を向けた。
その視線に射抜かれ、身を固くする。
聖騎士団時代に何かあったのだろうか。
ネイアが考えた矢先、グスターボはふっと表情を崩すと小さく肩を竦めた。
「分からんぞ。我らが団長殿ならば、あるいは出来るかもしれん」
明らかな軽口に、元聖騎士の二人は顔を見合わせてから苦笑した。
「そうですね。カストディオ団長ならやるかも知れませんね」
合わせるように笑ってから元聖騎士は顔を引き締めて、グスターボの顔を正面から見据えて告げた。
「まあ、今のところ軍部の推察としては、武技や特殊技術、魔法などといった要素に加え、伝説級のマジックアイテムなどを併用するなどの、回数制限付きの手段だと見ている。だからこそ、たとえ首魁を討てずとも最低限使用回数だけは使い切らせてみせる。我々の命を賭してでもな」
命を賭してでも。聖騎士らしいその言葉には気迫と覚悟が籠っていた。
弱者のために命を賭ける聖騎士の矜持は、かつてネイアが持ちえなかったものだ。
「モンタニェス副団長、我々は──」
「おっと。その話は後だ。私もお前たちに言いたいことがあってここに来たが、今はそれどころではない。話は聖王女陛下がいらしてからその御前でするといい。それまで生き残れよ」
「はっ!」
力強い返事に満足げに頷いてから、グスターボは改めてネイアに顔を向けた。
「どうだろう。非戦闘員は当然逃がすことになるが、徴兵を受けた者は基本的に参加させるつもりだ。しかし、訓練を受けていても実戦経験の少ない者たちでは戦う気概を持つことがなにより難しい。君たちが率先して動いてくれれば後に続く者も出てくると思うのだが」
グスターボの言葉に、ネイアはほんの短い時間考えを巡らせるが、答えなど決まっている。
自分が目指した正義。それは国民一人一人が戦う力を持ち、皆で国を守るのが基本的な考え方だ。
たがらこそ、自分たちが戦いに出向くのは当然のことであり、その覚悟は出来ている。
「分かりました。私たちも協力します」
「そうか! それは良かった。では早速で悪いんだが、君たちの教団以外の市民たちにも広く呼び掛けて欲しい。既に例の広場に人を集めるように言ってある」
「え?」
戦いに出ることだけではなく、民衆の鼓舞という役割を押し付けられたことに今更気づき、ネイアは思わず言葉を失った。
実際問題として、個人で城門を破壊できるような戦力がいたら、籠城なんてできないよねという話です
本当はもう少し話を進めたかったのですが、状況説明や作戦やらを入れると、どうしても話が長くなってしまいますね
次はこの続きのネイアの演説シーンからになる予定です