オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前回の続き
ちなみにこの時のサトルさんは口唇蟲を付けていないので声がそのままですが、これはここにネイアがいることをパベルから聞いていたので、声が変わっていると怪しまれると考えたからです


第38話 正義降臨(偽)

 突如目の前に現れた存在に、セバスは呼吸すら忘れた。

 これは創造主から与えられた感情を殺して、数千にも及ぶ弱者の虐殺を行ったことに後ろめたさを感じた自分が見せた幻なのではないだろうか。

 思わずそんな考えが浮かんでしまうほど、あり得ない光景だった。

 

 実際、軍士に関しては戦力を残す意味でも手加減をして、大半の者は直接攻撃するのではなく、殺気を解放することで戦闘不能にする程度に留めたが──それでも精神が死を確信したせいで、身体も死を選んだ者も居るだろう──セバスの殺気に耐えて、戦闘を仕掛けてきた者は手加減し切れず殺している。

 更にこれから城門を破壊して都市内に入った後は、恐らくはまともに戦う覚悟もなく、ただ集められただけの民兵を、できる限り直接虐殺することで、ナザリックへの忠義を示すつもりだった。

 創造主より与えられた本能である正義とは真逆の行動を取る己自身を、それこそ本能的に拒絶したセバスが見せた幻覚。

 そうであって欲しい。

 

 そんなことを考えていたセバスをあざ笑うかの如く、純白の全身鎧を纏った騎士が動き出す。

 金属同士が擦れ合う僅かな音と、圧倒的な存在感によって理解する。

 これは幻などではなく、確かにその場に存在している、と。

 

 そして、もう一つ。

 その動きを見て、セバスはあることに気付く。

 あの鎧は己の創造主が使用していた世界にただ一つしか存在しない至宝、コンプライアンス・ウィズ・ローに間違いないが、その中に入っているのはセバスの創造主ではない。

 セバスのような戦士であれば、相手の動きを少しでも見れば、その技量は見て取れる。

 まして己を創造して下さった御方の動きを見間違うはずがない。

 

 つまり、何者かがこの鎧を勝手に使用している。

 その事実を理解した途端、頭に血が上り、身を焼き焦がさんばかりの怒りが吹き上げた。

 この場で叩きのめし、その鎧を回収しようと動き出そうとした瞬間、その者はちらりと自分、そして先ほどまで自分と戦っていた金髪の若い女性に顔を向けてから口を開く。

 

「信じられないなら、触ってみろよ」

 

 相手が口を開いて、やはり幻などではないと確信すると同時に、その声を聞いたことで、動き出そうとしたセバスの体はピタリと停止した。

 同時に頭へ上がった血が一気に下がる。

 

(まさか。アインズ様? しかし、何故ここに)

 

 あの声は主のものに違いない。

 そもそも、よく考えてみれば、この鎧は現在宝物殿に納められているはずだ。

 以前、まだ主が玉座の間に閉じこもっていた際にセバスが思い出した記憶。

 純白の鎧をまとった何者かが、自分とユリを置いて空へと昇っていく後ろ姿。

 あれが現実に起こったことなのか、どうしても知りたかったセバスは、以前主に確認を取っていたのだ。

 そのとき主は、コンプライアンス・ウィズ・ローは他の至高の御方々の装備とともに宝物殿に保管していると断言したではないか。

 

 隔離された空間に存在する宝物殿に自由に出入り出来るのは、主ただ一人である以上、この鎧の中身は主しかいない。

 その事実に気付けず、主に殺意を向けるなどという愚かな行いをした自分を恥じいる。

 しかし、その咎を償うのも後回しだ。

 デミウルゴスの計略により、多少の作戦変更はあったものの、基本的には計画書の予備プラン通りに事を進めていたセバスの下に、連絡もなく主が現れたのならば、何らかの作戦変更があったと見るべきだからだ。

 先ずはそれを確かめなくてはならない。

 そう決断したセバスに合わせるように、主が動き出した。

 

「──できるものならな」

 

 手にしていた剣の切っ先をセバスへと向け、力強く断言する。

 主がセバスと敵対の立場を取ったことで、やはり作戦が変更されたのだと理解すると同時に、一つの可能性に思い至る。

 もしそうだとすれば──

 いや、決断を下すのはまだ早い。

 ゴクリと喉を鳴らしてから、セバスは姿勢を正し、深々と頭を下げながら告げた。

 

「……このような国で貴方のような強者と巡り会うとは。まずはお名前をお窺いしても? ちなみに私はセバス・チャンと申します」

 

 主がどういった立場でセバスと対峙しているのかを確かめるために投げかけた言葉を受け、こちらを向いていた剣先が僅かに揺れる。次いで何かに気づいたように身体がピクリと動いた。

 

「んん? セバス? ……なるほど、そういうことか」

 

 一度言葉を切り、少し考えるような間を空けた後、主は覚悟を決めたかのごとく一つ頷くと口を開いた。

 

「良いだろう。俺の名は、サトルだ」

 

 聞き覚えの無い名だ。

 偽名なのは間違いないが、何か意味があるのだろうか。

 疑問に思うが、そちらも後回しにして確認を続ける。

 

「貴方がこちらにいらした目的を、お聞きしてもよろしいですか?」

 

「無論。お前を打ち倒し、この都市を守ることだ」

 

 なるほど。と口の中で唱えつつ、先ほど思い至った可能性通りの返答に、セバスは感動に身を震わせた。

 

(この御方は、なんと慈悲深い)

 

 セバスの想像通りならば、主はデミウルゴスの計画を止めるため、もっと言えばセバスがナザリックへの忠義を示そうと、己の正義を捨てて行おうとしていた虐殺そのものを止めようとして来たのではないだろうか。

 恐らくはあのとき、セバスが主に行った直談判をきっかけにして。

 あのときも主はセバスたちが、創造主の定めた想いを曲げさせなくてはならないことを悔い、謝罪まで行った。

 たとえセバスの想いが、そうあれ、と定められたものではないとしても、デミウルゴスの計画によって引き起こされる虐殺を行わせるわけにはいかないと、こうして主自らが作戦に介入したのではないだろうか。

 

 実際、この時点で最初の目的自体は達成されている。

 たった一人で数千の軍士を相手取る、この世界の常識から考えればあり得ない力を持った存在が、亜人を率いていると分かった以上、この後セバスがエ・ランテル襲撃にも関わったことを匂わせれば、聖王国は今回のようなことを二度と起こさないためにも、元を断とうと行動を起こすはず。

 結果、周辺国家が同盟を組んだ対策に当たっていることを知れば、自ら望んで同盟に参加しようとするだろう。

 ここから先のカリンシャでの虐殺は、作戦に必要不可欠な要素ではなく、セバスのことを信用できていないデミウルゴスによる踏み絵の意味合いが強い。そこで主自らが介入することにより、その必要はないとセバスのみならずデミウルゴスにも示そうとしている。

 

(いえ。きちんと確認しておかなくてはなりませんね)

 

 あまりにも都合のいいように解釈している自分に気づき、セバスは改めて主を見据えた。

 本来ならば歪曲した物言いではなく、はっきりと確認したいところだが、クレマンティーヌと名乗った女性が傍にいる以上、そうもできない。

 少なくともナザリック最高の知恵者であるデミウルゴスやアルベドなどより遙かに偉大な叡智を持つ主ならば、セバスの言いたいこともすぐに分かるはず。

 むしろ問題はセバスがそれをキチンと受け止められるかどうかだ。

 緊張を隠し、セバスは問いかける。

 

「では、私たちは戦うしかないのですね?」

 

「そう言ったはずだが?」

 

 間を置かず主は答えた。

 やはり主には全てお見通しだ。

 

「なるほど。ではここで貴方を打ち倒させていただきましょう」

 

 構えを取りながら更に問うのは勝敗の決め方。

 この問いに対し、主が逆にお前を打ち倒す。と答えればセバスはここで死亡した振りをする。

 そうでなければ、適当なところでセバスは撤退する。

 

「お前にはできんよ。悪いが時間が無い。あちらの亜人も含めてとっととお帰り願おうか」

 

(亜人を連れて、なるべく早めに撤退ということですか)

 

 亜人軍総大将であるセバスの存在にはまだ使い道があるため、ここで死んだ振りをするのではなく、あくまで撤退に勤めろとの指示に違いない。

 いざ戦いを始めようとして、主の傍で呆然と座り込んでいる女性に目が行く。

 この場で戦いを始めれば確実に巻き込まれる。

 彼女も主の強さを語り継ぐための生き証人として使用する予定のはず。

 少し離れた方がいい。

 

「──では、行くぞ」

 

 主の慈悲深さに心の中で感謝と更なる忠義を誓いながら、セバスは一気に後ろに飛んで距離を空けた。

  

 

 

 

 これは夢なのだろうか。

 人知を超越した戦いを遠目から眺めながら、ネイアはぼんやりとそんなことを考える。

 

 一度はネイアを拒絶したクレマンティーヌが助けに来てくれたときでさえ、自分にとって都合が良すぎると思ったのに、彼女と自分の連携攻撃ですら通用せず、今まさにクレマンティーヌが殺されそうになった瞬間、今度は空からかつてネイアたち家族の命を救い、彼女の生き方そのものを変えた純銀の騎士が降ってきた。

 これほど都合の良い夢が他にあるだろうか。

 

「バ、バラハさん。あの騎士はいったい──」

 

 夢と現実の境が分からなくなり、戦場にも関わらず、気持ちがふわふわとしていたネイアに声をかけてきた仲間の言葉で、彼女はようやく正気を取り戻し、同時にあの騎士が幻などではないことを理解した。

 

「味方です……あの方は間違いなく、このカリンシャ。いいえ、聖王国の救世主です」

 

 おおっ、と歓声が上がる中、ネイアは自分もまた叫びだしたい気持ちを抑えつつ、今自分にできることを考える。

 

「……この話を他の人たちにも伝えてください。さっきのような矢の無駄遣いは避けるようにと。あの御方が戦ってくださる以上、敵はもう城門を破壊できませんが、籠城戦は続くかもしれません」

 

 ネイアが知る限り、世界最強の存在であるかの騎士ならばあの仮面の男にも負けはしない。いや、必ず勝つと信じているが、敵もまた数千もの軍士を単独で打ち破るほどの怪物。

 万が一に備え、遠巻きからカリンシャを包囲しつつある十万の軍勢に対する警戒を続けなくてはならない。

 

(その前にクレマンティーヌさんを、助けに行かないと)

 

 彼女は未だ地面に座り込みながら、戦闘を目で追っていた。

 人よりも視力の優れたネイアが遠目から見てなお、姿を追いかけることすら難しい高速移動を繰り返す戦闘を、間近で確認できている彼女もまた、ネイアなどとは比べものにならない強さを持った戦士に違いない。

 それがなぜ、聖王国に流れ着いて戦えない振りをしていたのかは分からないが、そんな彼女だからこそ、あの仮面の男の力を誰より正確に理解し、勝ち目はないと思ったからこそ逃げることを選択した。

 

 そんな彼女が、自分では勝てないことは知りつつ、戦いの場に舞い戻ってきてくれた。

 その想いに応えるためにも、なんとしても彼女をあの場から救いださなくてはならないが、城門を開けるわけには行かない。

 恐らくはかの騎士の計らいだろうが、二人の戦いはクレマンティーヌから離れる形で行われている。

 チャンスは今しかない。

 

「私は下に降ります。皆さんは警戒しつつ待機していてください」

 

 危険だと制止する教団の仲間を無視して、ネイアは城壁の上からロープを垂らし、地面に降り立つ。

 何かあればすぐにロープを回収するように指示を出してから、ネイアはクレマンティーヌの下に駆け寄った。

 今はかなり離れたところで戦っているというのに、剣と拳がぶつかり合うごとに大気が揺れ、衝撃がこちらまで届くかのような轟音が幾度となく発せられる。

 こんな戦いに巻き込まれては、ひとたまりもない。

 

「クレマンティーヌさん! ひとまず上に戻りましょう。ここはあの方に任せて──」

 

「サトル」

 

「え?」

 

「サトルって名前らしいよ。あの騎士」

 

 ずっと知りたかった恩人の名前を、ようやく知ることができた。

 

 この辺りでは聞きなれない響きを持った名だが、それこそネイアの持つ常識とは全く別次元から現れた存在であるように感じられて、思わず状況を忘れ両者の戦いを注視する。

 やはり、この距離ではその全容を推し量ることはできなかったが、どちらも距離を詰めて直接戦っているところをみるに、二人とも遠距離攻撃はできないか得意ではないのだろう。

 だが一瞬で移動する速さは、並の魔法や弓矢では放つ前に距離を潰されるほどの速度で、その一撃は相手を軽々と吹き飛ばし、踏み込みと同時に地面が割れる。

 拳と剣がぶつかり合って火花が散り、同時に衝撃がネイアの腹に響く。

 この距離でこれほどの衝撃を残す一撃など、ネイアが食らえば、いやネイアに限らずありとあらゆる生命、亜人であろうと伝説の生き物、ドラゴンですら一撃で絶命してしまうのではないかと思わせるほどだ。

 

「あんな、力が──」

 

 存在するのか。と続く言葉をかみ殺す。

 

 力が欲しいと願ってきた。

 自分の中にある正義を実行するためには、言葉や信念だけではなく、力を持ってそれを正しく運用するのが大事なのだと信じて。

 なによりも、強くなれと言ってくれた彼に、少しでもほんの一歩でも近づきたいと思って努力を重ねてきた。

 自分もああ成れるなどと思い上がっていたわけではないが、次に会ったときに胸を張れる自分で居たいと思っていた。

 しかし、これは桁が違う。

 これは努力で埋められるものではない。

 この力は、まさしく神に選ばれた者のみが持ち得るもの。

 いや、選ばれたどころか。

 

「神様」

 

 ぽつりと呟いた言葉はネイアの口から出たものではなかった。

 

「え?」

 

「神様って、いたんだ」

 

 呆然と囁いたクレマンティーヌの言葉は、ネイアの気持ちも代弁していた。

 力を付けて正義を実行するのではない。

 力のある者だけが、正義を成し得る資格がある。

 そうした己の正義を己の思うまま振るう者に、人々は熱狂し、追従する。

 

 つまり、ネイアたちにとっての正義とは。神とは。きっと、あの騎士そのものだ。

 

「サトル、様」

 

 両手を組んで勝利を願う。

 それは信徒が神に祈る行為そのものだった。

 

 

 ・

 

 

 主の近接戦闘能力は、想像以上だった。

 剣技としてはまだまだ稚拙ながらも、単なる腕力任せではない。一撃一撃に意味がある攻撃が繰り出される。

 主の本職は魔法詠唱者(マジック・キャスター)のはずだが、至高の四十一人の纏め役と謳われた御方はたとえ専門外のことでも、こうも易々とこなすのだと内心で感嘆の息を漏らす。

 

(そろそろ頃合いでしょうか)

 

 もう力は十分に見せつけた。

 戦いの途中、あの女性と連携して矢による攻撃を仕掛けてきた弓兵が降りてきたことにも気づいている。

 この後あの二人にも聞こえる位置に移動し、セバスが亜人を率いてエ・ランテルに退却することを伝えなくてはならない。これ以上長引くと待たせている亜人たちが暴走しかねない。

 

「アインズ様。そろそろ宜しいかと」

 

 この距離ならば問題ないだろうと小声で告げる。

 主は一瞬動きを止めかけたが、そのまま剣を上段から振るった。

 セバスがそれを受け止めると同時に、主もまた小声で告げた。

 

「何の話をしている?」

 

(この距離でもまだ警戒を? それとも魔法による遠距離からの監視を気にされているのか)

 

 慎重な主らしい考えだ。と思う間もなく、続く言葉にセバスの思考は完全に停止した。

 

「今、アインズ。と言ったな? やはりお前の主はアインズ・ウール・ゴウンか」

 

 言葉の終わりと共に振り切られた剣の重みに耐えかね、セバスの体が沈み込む。

 だがそれは剣の強さによるものだけではない。言われた言葉の意味を理解できず、一瞬力が抜けてしまったせいだ。

 

「今、なんとおっしゃいましたか?」

 

 剣を担ぎながら、主──否、その騎士は続ける。

 

「ふむ。セバス、お前はナザリックとともに居たのだな。ユリもそうか?」

 

 セバスとユリの名を告げられたことで、夢だったのだと結論付けた光景が鮮やかに蘇った。

 自分たちを率いてナザリック地下大墳墓の玉座の間に攻め込み、最後はユリと自分を置いて、離れていく純銀の騎士の姿。

 唖然として言葉を失ったセバスに騎士は続ける。

 

「言っただろう。俺の名はサトルだ。アインズに伝えろ。弱者を虐げて、この世界に混乱をもたらすお前のやり方を俺は決して認めない。近いうちに周辺国家を纏めあげ、必ず挨拶に行くと、なッ!」

 

 言葉の終わりとともに剣が振り切られた。

 突然のことで防御が一瞬遅れ、その攻撃を受けきることが出来ず、そのまま体が流される。

 同時にセバスの脳裏にいくつもの思考が流れていく。

 

 主でないのならば、この男はいったい何者なのか。

 何故宝物殿にあるはずの創造主の鎧を持っているのか。

 それとも初めから鎧が宝物殿にあるというのは偽りだったのか。

 だとすれば主は何故自分にそんな嘘を言ったのか。

 

 考えるべきことが増え過ぎた。

 なによりその騎士が口にした台詞がセバスの動揺を助長する。

 弱者を虐げ、この世界に混乱をもたらすお前のやり方を決して認めない。

 創造主の鎧を纏った者が、創造主と同じようなことを言い、セバスを断罪する。

 その事実にセバスは耐えきれず、普段ならば決して取らない行動を選択した。

 

「くっ!」

 

 距離が離れたことを利用して、その場で反転して亜人たちの下へ駆け出したのだ。

 作戦でもないのに、敵に背を向けての撤退など、ナザリック地下大墳墓の家令にして執事としてあるまじき行いだが、今は情報を出来うる限り最速で主に伝え、ことの真偽を確かめなくてはならないと考えた。

 あるいはそう自分に言い訳することで、逃げ出す理由を作り出したのかもしれない。

 対して騎士はセバスを追撃することはせずに足を止め、その場から言葉を投げかけた。

 

「お前たちを止める。それこそが俺の正義だ」

 

 正義。

 続けざまに浴びせられたその言葉は、セバスの身体に重くのしかかった。

 

 

 ・

 

 

(セバス。セバスだったかぁ……)

 

 遠目から観察していたときは全く気づかなかった。

 雑兵といえど、数千を相手にできる時点でもっと疑うべきだったが、正直この世界では一定以上の力があれば数など大した脅威にはならない。

 自分のようなレベル百でなくても、三十ないし四十以上なら──体力低下などを考えなければ──雑魚が何百何千といようと問題はない。

 それぐらいならば亜人の英雄でも出来るだろうと思ったのだ。

 

 しかしそうなると、たっち・みーのような正義の味方ロールで接したのは流石に悪趣味だったかも知れない。だが、こちらからすれば二百年ぶりに姿を見た上、相手は仮面を付けていたのだから仕方ない。

 そういう風に無理矢理自分を納得させる。

 

 とはいえ、ナーベラルやソリュシャンと異なり、名前を聞いて直ぐにその存在や、戦い方などを思い出すことができたのは、サトルにとってセバスとユリは、ある意味で特別な存在だったからに他ならない。

 二百年前、ユグドラシルが終わる瞬間、最後にチームを組んでいたのがこの二人だったからだ。

 あるいはモモンガたちのように、単独でこちらの世界に転移している可能性も考えていたが、揺り返しの起点となる世界級(ワールド)アイテムを装備していなかった二人はナザリックとともに転移してきたようだ。

 

 しかし、今の問題はそのことではない。

 ナザリックにいるはずのもう一人の悟のコピー、アインズ・ウール・ゴウンがこんなにも早く、そして大胆な行動に出たことだ。

 

(俺のコピーなら、もっと安全策で来ると思っていたが……設定を魔王にしたから性格が変わっているのか? だとすれば好都合でもあるような、そうでもないような)

 

 これから悟がしようとしている最終目標を実行するにあたり、どう影響してくるのか読めない。

 

(最後の台詞もなぁ。上でツアーが見ているからああ言うしかなかったけど、大丈夫か。これ)

 

 上空を窺っても姿は確認できないが、居るのは間違いないため、ああ言うしかなかったが、先ほどの話がナザリックというかコピーであるアインズに伝わった場合、まずいことになる気がする。

 

(いや! どちらにしても俺の存在が知られた以上、もう止まることは出来ない)

 

 自分の正体を知っているのがモモンガだけだった今までと異なり、今回セバスに自分の存在と名を明かしたことで、ナザリック地下大墳墓にいるNPCの多くに悟の存在が伝わるだろう。

 これでもう本当に後戻りは出来なくなってしまった。

 

「やれやれ」

 

 思わずため息の真似事をして、さて、これからどうしようかと考えた矢先。

 駆け寄ってくる足音が聞こえ、そちらに顔を向けると、先ほどセバスの攻撃から助けた戦士らしい女ともう一人、バイザーを掛けた女が息を切らしながら近づいてきているのが見えた。

 とりあえず今は聖王国を周辺国家同盟に参加させることだけを考えよう、と頭を切り替え、悟の方からもそちらに向かって歩き出す。

 

 合流した二人の息は荒い。

 それほど長い距離を走ったわけでもないはずだが。 

 

「……とりあえず、都市の中に入ろう。敵の首魁は去ったが、亜人軍が引くかはまだ分からない」

 

 撤退したセバスが一緒に連れていってくれれば良いが、勝負がつく前に逃げ出したことで、実力主義の亜人たちがセバスをトップと認めず、こちらに戦いを挑んでくるかもしれない。

 それ以前に、何となく二人がこちらを見る目が怖い。

 息が荒いのも疲れなどではなく、興奮によるものに思えてきた。

 一刻も早くこの場を移動し、人が大勢居るところに移動したい。

 

「は、はい! ですが、その前に私たちの感謝をお受け取り下さい」

 

 しかし、二人はそれを許さず、バイザーを掛けた娘の方が興奮気味に詰め寄ってくる。

 

「いや、気にすることはない。俺はたまたま通りすがっただけで──」

 

 それから逃れるように半身を引きながら言うと、もう一人の女が大きく首を横に振った。

 

「いいえ、違います。貴方が私を助けてくれたのは、それが神の思し召し、いえ貴方こそが、神そのものだからです」

 

「んん!? 何の話だ」

 

 確かに死の直前、命を救われたのだから、感謝されるのは分かるが、いきなり神だ何だと言い出す女に恐れを抱き、悟は身構える。

 

「私のこと──覚えていませんか? かつて貴方に命を救われ、いいえ。死から甦らせていただきました」

 

「甦らせて? まさか。以前エ・ランテル近くで野盗に襲われていた──」

 

 以前ツアーにも語ったエ・ランテル近郊で野盗に襲われているところを助け出した女だ。

 

「そうです! あのときは甦らせていただき、今回はこうして命を救っていただきました。二度もこんな偶然が起こるはずがありません」

 

 恍惚とした表情で語る女と対照的に、サトルは内心で顔を歪ませる。

 

(こいつ一般人じゃなかったのか。どうせ死んだことにも気づいていないと思ってたのに)

 

 元々彼女を助けたのは善意ではなく、実験のためだった。

 悟は自分用のアイテムボックス内に、蘇生用の短杖(ワンド)を大量に持っていたが、この二百年間基本的にソロで行動し時折人助けはしても、死んでしまった相手を甦らせるようなことまではしなかったため、一度もこの世界で杖を使っていなかった。

 しかし、この世界では魔法の効果が変わったものも数多く、甦ったときの記憶や、甦る場所、レベルダウンによってレベル一以下になってしまうとどうなるか、などを今のうちに調べておこうと思い付き、野盗を片づけた後死亡していたこの女で実験をしたのだった。

 

 一般人だと思っていたが普通に蘇生したため、この世界ではいわゆるレベルダウンによる消滅などが存在せず、一以下にはならない仕様なのだと勝手に納得してしまい、生き返った後は記憶も混濁していたようだったので、死亡する前に助けたことにして、そのまま適当に別れたのだ。

 今になって考えると、単純にレベルダウンに耐えられるだけのレベルを持っていただけだったのだ。

 そのとき復活してもらったことと、今回は死亡前に助けにきたことで、これほどの信仰心を植え付けられてしまったらしい。

 

「い、いや。待ってくれ。俺は単なる戦士であって、神などでは──」

 

「あ、あの! 私、私のことも覚えていらっしゃいますか? 以前南方の森の中でスラーシュの大群から助けていただいたものです」

 

(森にスラーシュ。ということは、こいつが例の)

 

 その二つが符合する相手は流石にすぐに思い出した。

 というよりつい半日ほど前に、その一人である父親と城壁で再会したばかりだ。

 そこでこのカリンシャに十万の亜人軍が迫っていると聞いたことで、サトルたちはここに来ることになったのだから。

 

「……確か。ネイア・バラハ、だったか?」

 

 父親からくれぐれもよろしく頼むと強く念押しされていた名前を思い出して告げると、少女は自らバイザーを外した。

 

「そうです! あのときは、あ、いえ。今回も助けて下さってありがとうございます! クレマンティーヌさんの言うとおり、私たちにとって貴方様は神様、いいえ。それ以上です!」

 

 父親そっくりの殺し屋がごとき瞳を向けられて、再度身構える。

 

「いや。だからな」

 

 この雰囲気は非常に危険だ。

 カルネ村の連中が悟に向けているもの、いや、ナーベラルとソリュシャンがモモンガに向けている盲目的な忠義にも似たものを感じる。

 早く誤解を解かなくては。

 悟がそう考えた瞬間、今度は城壁の上から割れんばかりの歓声が響き渡った。

 

「今度はなんだ」

 

 苛立ちを覚えながらそちらを見ると彼らは皆、遠くを指さしながら歓声を上げている。

 そのまま指が示す方向に顔を向けなおすと、この都市を囲うように集まっていた十万にも及ぶという亜人の軍勢が、一斉に退却していく様子が見て取れた。

 どうやらセバスが巧く退却させてくれたようだが、間が悪すぎる。

 

「これで本当にこの都市は救われました。ありがとうございます!」

 

 クレマンティーヌと呼ばれた女に合わせるように、ネイアもまた両手を組みながら跪く。

 六大神みたいにならないでくれよ。

 以前そう言ったツアーの言葉が頭の中で繰り返されていた。

 

 

 ・

 

 

(引いてはいるけど、とりあえず嫌がるっていうよりは困惑の方が強い、かな?)

 

 第一段階は成功。

 とクレマンティーヌは心の中でほくそ笑む。

 

(いやー。神様って本当にいるんだな。まあ、それはそれとして。やっぱり生きるためには、神だろうと何だろうと、うまいこと使わないとね)

 

 先ほどはああ言ったが、クレマンティーヌはサトルと名乗ったこの騎士が、本当に神そのものだと思っているわけではない。

 あくまでも偶然では片づけられない超常的な力が存在し、場合によってはそれを引き寄せる手段も存在すると理解しただけだ。

 自分にとってそれは、二度も危機的状況を救ってくれたこの男の存在に他ならない。

 つまり、彼の傍に居れば、実力的にも運命的にも、クレマンティーヌの今後は安泰。

 

 そのためにも打てる手は全て打っておく。

 まずはいつか考えた、自分たちの団体の象徴としてサトルを据え、神が如き存在として崇めさせる方法だ。

 本来ならば宗教国家である聖王国では、いくら強くても民衆にそれを認めさせるのは難しいが、国の象徴である聖王女が間に合わなかったカリンシャの危機に現れ、あれほど強大な力を持った敵の首魁と十万の軍勢を追い返したという状況は最高だ。

 あとは、山の中で襲ってきた亜人の群から救ってくれたというネイアの昔話も採用しよう。

 彼を彩る伝説は多ければ多いほど良い。

 とそこまで考えて、ネイアにチラと視線を向けた。

 ネイアはバイザーを外し、クレマンティーヌに合わせるように同じ姿勢を取ってサトルに感謝を捧げている。

 クレマンティーヌはあくまで、住民たちにもサトルの活躍を分かりやすく宣伝し、彼を神格化させるためのポーズとして行っているだけだが、ネイアは本気で彼を神だと思っているのかもしれない。

 

(んー。ま、それは後で確かめておくか)

 

 サトルの言葉を民草に伝える代弁者は必要不可欠だ。

 ネイアがそのつもりなら、これからも表向きの団体の顔役として働いて貰うとしよう。

 そしてクレマンティーヌは今まで通りそれを裏から支える。

 今まで根無し草だったクレマンティーヌが初めて手に入れた自分の居場所を作り出すためならばどんな手段でも使ってやろう。

 

 そのためにも先ずは──

 

「サトル様。皆に応えて下さい。そうでないとこの騒ぎは収まりませんよ?」

 

 もう使うことはないと思っていた、聖女然とした笑みを浮かべてサトルに迫る。

 

「いや、だから俺は……はぁ」

 

 まだ何か言いたげだったサトルだが、一度視線を上空に移した後、諦めたようにため息を吐くと、無言のまま拳を高く掲げる。

 次の瞬間、城壁にいた全ての民兵たちもまた一斉に拳を掲げ、勝利を祝う雄叫びが爆発した。




六巻でヤルダバオトの前にモモンとして登場した時は、アインズ様も内心驚いていたようですが、デミウルゴスの方も驚いていた気がします
この話ではセバスがその役を担うことになりましたが、ただでさえ自分の正義を押し殺してところに、主が救援に来たかと思って喜んでいたら、別人だったという状況のせいで、驚きはデミウルゴスより遥かに上だったため、混乱して逃げ出してしまいました

次は聖王女が来てからの話になる予定です
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