オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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第3話 純銀の英雄

 リ・エスティーゼ王国の王都に於ける最高級宿。

 一階部分を丸ごと使用した酒場兼食堂の一角で、ラキュースからの伝言を届けに来たクライムを無理矢理席に着かせ、話し相手をさせていたガガーランが、不意に思い出したように口を開いた。

 

「そういや童貞。お前あの噂知っているか? 竜王国でとんでもなく強ぇワーカーチームが現れたって話だよ。漆黒とか言ったかな」

 

「ワーカー、ですか?」

 

 クライムは思わず眉を顰める。

 ワーカーとは組合などの組織に属さず、単独で冒険者のような仕事をしている者たちの総称だ。

 大衆が冒険者に抱く危険なモンスターから人々を守る光の側面ではなく、金を稼ぐためならたとえ犯罪行為でも厭わない陰の側面が強く、冒険者からドロップアウトした者たちとして嘲笑と警戒を込めて請負人(ワーカー)と呼ばれているのだ。

 彼らの存在そのものが、冒険者の待遇改善を求めて、モンスター討伐の報奨金や冒険者の足税を無くそうと試みた──こちらは実現は出来なかったが──クライムの主であるラナーの努力を否定するものであり、クライムはワーカー自体にあまりいい感情を抱いていない。

 そんなクライムの感情を察したのだろう、ガガーランは苦笑した。

 

「ワーカーって言っても、誰も彼も金の亡者って訳でもねぇぞ。大局を見れば冒険者の方が正しいが、局所的な見方ではワーカーの方が正しい場合もあるってな。冒険者は目の前で死にそうな怪我した奴が居ても、神殿に遠慮して回復魔法一つ掛けられねぇからな。それを間違ってると思ってる神官がワーカーになることもあるそうだぜ」

 

 言い聞かせるようなガガーランの言葉でハッとする。

 確かに神官や冒険者が無償で怪我や病気の治療をすることは禁止されている。

 もちろんそれにも理由がある。

 神殿勢力を世俗に堕とさず、純粋に人々のために働くという理念を汚さないためだ。

 しかし、それを納得できない者もいるのは当然であり、そうした考え方はクライム個人としては間違っていないと思いたい。

 なにしろクライム自身、ラナーの無償の優しさによって命を救われたのだから。

 

 そのクライムが、ラナーと似たようなことをしている者も居るワーカーを名前だけで嫌悪するのは、クライムの生まれと立場だけで一括りにして敵意を向けてくる、王宮勤めのメイドたちと変わらない。

 その事実に気づき、反省するクライムにガガーランは再び苦笑し、分かればいい。と言うように手を振った。

 

「ま、そいつらがそういう奴らなのかは知らないが、実力は確からしいぜ。何しろ竜王国に迫ってたビーストマンの大軍をたった一チームで退けたって話だ。正確には竜王国のアダマンタイト級冒険者チームのクリスタル・ティアも一緒だったらしいが、そっちは壊滅したらしい」

 

「なっ! アダマンタイト級冒険者チームが壊滅、ですか? ビーストマンとはそれほど強いのですか?」

 

 ワーカーチームの偉業より先に、クライムはその事実に驚愕した。

 蒼の薔薇もそうだがアダマンタイト級冒険者と言えば、人類の守護者と呼ばれるほどの存在であり、魔獣や亜人討伐の専門家でもある。

 そんなアダマンタイト級冒険者が敗れたことが信じられなかった。

 ビーストマンという亜人の名は知っており、亜人は総じて人間以上の強さを持つ事も知っているが、クライムは人間相手の鍛錬がメインである関係上、魔獣や亜人の生態や強さはそこまで詳しくない。

 それほど危険な存在ならば、クライムも知識として知っておきたい。

 

「大人のビーストマンは並の人間の十倍の強さだから、難度で言えば三十ってところか。俺の見立てじゃお前を難度で当てはめると四十そこらってところだから、お前よりは弱いが、戦士団の団員よりは上ってことだな。つまり国の精鋭部隊と同じ強さの兵士が一般人ってわけだ。当然戦いに出てくるような戦士ならもっと強い奴らも大勢いるだろうな。つってもアダマンタイト級の冒険者なら大した敵じゃねぇはずだが、ある程度以上の強さを持った奴らなら、数の暴力も侮れねぇ。まして国を挙げての大侵攻だったらしいからな」

 

 ゴクリと唾を飲む。

 徴兵した農民が主体の王国軍は幾ら数で勝っていても、訓練された帝国の兵には敵わない。

 個の強さというのはそれほど重要なのだ。

 しかもそれが軍を成す程集まるとなれば下手をすれば帝国軍よりも強く、国ごと飲み込まれかねない程の軍勢だと言える。

 

「では、そんなビーストマンの軍勢を退けたという漆黒なるワーカーチームは……」

 

「ああ。本当なら相当な化け物チームだぜ」

 

「ふん。それもどこまで信じていいか分からんがな。冒険者と違ってワーカーの情報は真偽を確かめづらい」

 

 仮面を着けているため、酒も食事もせずに黙って話を聞いていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)のイビルアイが不満げに言う。

 

「そうなのですか?」

 

「冒険者は組合が間に入るからな。偉業を達成した場合はきっちり情報の精査をすんだよ。それを元に冒険者のランクが決まるから誤魔化すのは難しいって事だ。逆にワーカーは全部個人でやるから、自分たちの価値を高めるために、嘘の偉業を広めるってのも確かにあるんだが……」

 

「ガガーランさんは、漆黒はそうではないと?」

 

 まぁな。と頷きながらガガーランは続ける。

 

「少なくともビーストマンの軍勢が竜王国から撤退したのは間違いない。国が相手じゃ嘘の報告も出来ないだろ。ま、簡単に信じられないってのは俺も同感だがな。実際、そんなもん俺たちだって不可能だ」

 

「蒼の薔薇でも、ですか?」

 

「それが本当なら正直桁が違うぜ。いや、イビルアイ。お前が本気を出せばどうだ?」

 

「さてな。ビーストマンの数百数千程度なら何とかなるかもしれんが、それ以上となると魔力の問題があるからな」

 

「加えて敵にも精鋭は居るだろうしな。やっぱ難しいか。例の十三英雄ならどうよ?」

 

 ガシガシと頭を掻きながら渋面を見せたガガーランだったが、直ぐに気を取り直したように不敵な笑みを浮かべてイビルアイに目を向けた。

 十三英雄。

 二百年ほど前に活躍した伝説の英雄たち。

 世界中を暴れ回った強大な力を持った魔神と呼ばれる邪悪な存在を打ち倒し、世界に平和をもたらしたとして、今でも人気の高い英雄譚として話が残っている。

 クライム自身、そうした英雄譚の収集が趣味であるため、良く知っているつもりだ。

 

 だが、何故かイビルアイはそうした英雄譚に記されたものより遥かに詳しく、彼らの活躍を知っている。

 他の英雄譚に詳しいわけでもなく、自分と同じように英雄譚の収集が趣味というわけでもなさそうなので不思議に思っているのだが、詳細はわからない。

 その彼女が以前教えてくれた話によると、十三英雄とはあくまで人間種のみを数えたものであり、本当はもっと多くの人数で構成され、亜人種の英雄たちも多数存在したそうだ。

 それだけの数と一人一人が英雄クラスの実力者の集まりならば、先ほどのビーストマンの軍勢を一チームで退けるという偉業も達成できそうだ。

 

「馬鹿を言うな。チーム全員どころか、リーダー一人でも可能だ!」

 

 突然声を張るイビルアイにクライムは驚く。

 十三英雄にリーダーが居たとは知らなかった。少なくとも伝えられた英雄たちの中に該当する者はいない。そうなると可能性は一つ──

 

「それは例の十三英雄には数えられていない異種族の英雄ですか?」

 

 クライムの質問にイビルアイは少し考えるような間を空けてから、以前も使用した音を遮断するアイテムを使用する。

 あまり人に聞かれたくない話ということだろう。

 

「その辺りは少し難しいんだがな、前に伝説として残ったのが十三人で、その他は人間を重視する者たちが他種族の活躍を好ましく思わなかったから話が残らなかった。とは言ったが、中には人間ではないが、それを隠していたために人間として十三英雄に数えられた者たちもいた。私が今言った御方もそうだ」

 

「案外、その漆黒ってワーカーもそうなのかもな」

 

 カラカラと楽しげにガガーランは笑う。

 

「ふん。一緒にするな。そいつらの偉業が本当だったとしても、リーダーとは比べ物にもならん。あの御方は本物の英雄だからな」

 

 まるでそのリーダー本人を知っているかのような物言いに僅かに首を傾げたクライムに、ガガーランがこっそりと耳打ちをする。

 

「そのリーダーとやらは、イビルアイの初恋相手なんだよ」

 

「え?」

 

 二百年前に活躍した英雄が、初恋相手とはいったいどういう意味なのだろう。そこまで考えてから、直ぐに気が付く。

 

(そうか。人間ではないのなら、今でも生きていても不思議はない。だからこんなに詳しいのか)

 

「おい。聞こえているぞガガーラン、余計なことは言うなよ」

 

「へいへい」

 

「あ、あの。ではその御方は十三英雄のどなたなのですか? 人間を装っていたのでしたら英雄譚として残っているのですよね?」

 

「ん? 知りたいか、そうかそうか。では仕方ないな教えてやろう」

 

 不満げだったイビルアイの口調が変わる。

 魔法で声を変えていてもはっきりとわかるほどの上機嫌さに、実は話したかったのかもしれない。と思ったが口に出すのは憚られた。

 その後ろでガガーランは、クライムにだけ分かるように苦笑する。その表情の意味も気になったが、クライムとしては話を変える以上に、実際に聞いてみたかったと言うこともあり、力強く返事をしてイビルアイをまっすぐ見据える。

 

「あの御方は、純白の鎧に同じく純白の盾を持ち、様々な武器を、それこそ大剣や大斧であっても、片手だけで小枝の如く軽々と振って敵を討つ。その膂力は英雄すら超え、神話の世界の住人と呼ぶに相応しい。そして何よりそれだけの力を持ちながら偉ぶったりは一切せず、皆の間に入って調整役などを行っていた。あれだけ個性的な面子が揃った十三英雄が纏まっていたのは彼のお陰に他ならない。まあ、そのせいで一歩引いた立ち位置にいることが多く、本人も目立つことを嫌ったために、英雄譚でもあまり詳しく語られていないんだがな」

 

 滔々と語り出すイビルアイに、クライムは自分がこれまで見聞きしてきた十三英雄の英雄譚から一人の人物を思い出した。

 

「それは、もしや純銀と呼ばれた?」

 

「ほう。詳しいな、彼の英雄譚は白金と呼ばれた騎士と混同され、そちらの名はほとんど残っていないんだが……」

 

 興奮していたイビルアイだが、クライムの言葉を聞いて冷静さを取り戻し、感心したような声を出す。

 

「そのせいで、一般に知られている十三英雄は、実際数えてみると十二人しか居ないんだったよな?」

 

「そうだ。それに疑問を持って少し詳しく調べると、先に悪魔との混血児であるため、意図的に話を隠されている暗黒騎士の話にいき当たる。ラキュースの持つキリネイラムの元々の持ち主だな。奴を加えると十三人になるから大抵はそこで納得するわけだ」

 

「けど、そこから更に調べると、白金とは別にもう一人、白い鎧の騎士が出てくるってわけか」

 

 ガガーランの言うとおり、クライムもまた王城内の資料室で詳しく調べてようやく混同されていた白金と純銀にたどり着いたのだ。

 

「もっと言うなら更に細かく調べていくと外された異種族の英雄にも行き当たるんだが……まあそこまで調べる奴はいないし、いたとしても誰も信じないがな」

 

「確かに。そちらに関しては王城の資料室に残された十三英雄に関する英雄譚にも載っておりませんでした」

 

「なるほど。王城の資料室か。国が集めた物ならあの二人のことが分かれて載っていてもおかしくはないな。それに、人間にとって都合の悪い異種族の英雄が載っていないのもまた当然だな」

 

 クライムがどうやって十三英雄について調べたのか理解したイビルアイは、納得したように何度か頷いてみせた。

 十三英雄が活躍した時代より後に作られた人間の国家であり、一部を除いて異種族は倒すべき敵として認識されている王国ではそうした資料があっては──異種族の排斥を望む法国との関係もあり──問題が起こる可能性があるということだ。

 もう少し詳しい話を聞かせてほしい。と続きを頼もうとしたクライムだったが、それより先にイビルアイは唐突に、両手を組んで視線を宙に向けた。

 

「ああ。それにしてもあの御方は今、どこにいるのだろうか」

 

「あ、あの。イビルアイ様?」

 

「駄目だ童貞。こいつがこうなったらもう続きは聞けねぇよ。いっつもこうなんだ。別の英雄の話なら割と色々聞かせてくれるんだけどな」

 

 やれやれと言うように首を振り、ガガーランは手にしていた酒を一気に飲み干した。

 ようやくガガーランが先ほど苦笑していた意味が分かった。

 蒼の薔薇全体からの信頼も厚く、クライムにも突き放したような言い方をしつつも、淡々と助言をくれる冷静沈着な魔法詠唱者(マジック・キャスター)という、クライムの抱いていたイビルアイの像が砕けていくのを感じた。

 

「はぁ。もう一度お会いしたい……サトル様」

 

 ぽつりと呟いた名前、それが純銀と呼ばれた騎士の名前なのだろうか。

 聞いてみたかったが、ガガーランはもう一度無言で首を横に振り、空になったジョッキを掲げて店員に新しい酒を注文した。

 

 

 ・

 

 

 突如として鼻先に生じた懐かしい気配に、アーグランド評議国永久評議員にして白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の二つ名を持つ(ドラゴン)、ツァインドルクス=ヴァイシオンは驚愕を以て浅い眠りから覚醒した。

 あらゆる生物の中で頂点に君臨するドラゴン、その中でも最強の一体に数えられる彼の知覚能力を掻い潜って、この距離まで近づける者はそう多くは無い。

 同格の竜王や、かつての友である十三英雄の中には三人。

 一人は既にこの世にいないため、残る候補は二人だけだ。

 そしてどちらであるか、答えを出すより早く声を掛けられた。

 

「久しぶりだなツアー」

 

 安っぽいローブと泣き笑いのような仮面で隠れてはいるが、永い時を経ても何も変わらないその声を、ツアーが聞き間違えるはずはない。

 彼を象徴する、ドラゴンとしての嗅覚が最上級の宝だと認める、あの純白の鎧を身に着けていないのは、もうツアーに隠す必要が無いからなのだろうか。

 実際、ローブと仮面こそ身に着けていたが、ローブから伸びた手は何も隠すことなく、むき出しの状態だった。

 それが少しだけ嬉しく感じた。

 

「暗殺者でも無いのに、相変わらずだね。完全不可視化(パーフェクト・アンノウアブル)だったかな? 君の使う魔法はどれも規格外で驚かされるよ。私たちと旅をしていたときは使わなかった癖にさ」

 

 その喜びがツアーの口を僅かに軽くして、チクリとした皮肉を吐き出させた。

 自分にはそれを言う権利があるはずだ。

 

「よく言う。戦闘中のお前ならこの魔法も見破れるだろう。そもそもお前だってあそこにいる空っぽの鎧で俺たちを騙していたじゃないか」

 

 しかし彼は、そんなツアーに対して皮肉を返した。

 これが少し前に訪ねてきた、懐かしい友である老婆であれば、痛いところを突かれたと苦笑しているところだろうが、彼はそれに当たらない。

 

「そっちこそよく言うよ。私が先にバラしたおかげで君が正体を見せても、何も言われなかったんじゃないか」

 

 自分の正体を明かして皆が騙されたと憤慨する中、一人だけ何も言わずにやや時間を置いてからおずおずと、実は自分も。と言って正体を見せた時のことを思い出す。

 その時も皆は驚いていたが、二人目ということもあってか責める者は少なく、お前もか。と呆れるに留まった。

 死霊術師(ネクロマンサー)であるリグリットだけは薄々感づいていたのかニヤニヤ笑っていたが、その彼女はツアーに対しては未だ会う度にチクチク文句を言ってくるのだから、ツアーとしては不公平だと文句の一つも言いたくなる。

 とはいえ所詮は挨拶代わりの冗談であり、二人は互いに苦笑して改めて久しぶりの再会を喜び合った。

 

「そう言えば、最近リグリットとは会ったかい?」

 

 先程思い浮かべた友人が、最近会ったときに話していた内容を思い出しながら問いかける。

 

「……いや。俺はずっと大陸の方に行っていたからな。確か王国で冒険者をやっていると聞いた覚えがあるな」

 

 僅かに言いよどむような間が開いたことが気になったが、それには触れずに続ける。

 

「もう引退したそうだよ。見た目も、随分変わった」

 

「……そうか。二百年だものな」

 

 そうだ。

 二百年、人間としては異常とも言えるほど長生きしているが、それはあくまで寿命を延ばしているだけであり、白一色に染まった髪と皺だらけの顔はツアーの記憶の中にある彼女とは大きく異なっていた。

 浮かべていた無邪気な笑みだけは当時の面影そのままだったが。

 

「それで、彼女は引退前に自分の役割を他に譲ったそうなんだけど、誰かわかるかい?」

 

「その言い方だと俺の知り合いか? あいつの代わりとなると──」

 

 考えながら、彼はかつての十三英雄の中から幾人か魔法詠唱者(マジック・キャスター)の名を挙げた。

 しかし、残念ながらと言うべきか、その中にリグリットが泣き虫と呼んだ彼女は入っていなかった。

 無理もない。

 十三英雄と呼ばれ、名が残っている者は自分と目の前の彼を除き、皆人間種の英雄たちだ。

 リグリットもその一人であり、王国で冒険者をするとなれば必然的に人間の英雄から考えてしまうのだろう。

 もっとも、寿命を延ばしているリグリットと異なり、その多くは既に寿命でこの世にいないか、それすら分からない者ばかりだったが、あの戦いの後直ぐに大陸を旅すると言って、皆から離れていった彼は知らないのだろう。

 自分や彼にとっては大した時間ではないが、人間にとって二百年というのはそれほど長い時間なのだ。

 

「彼女だよ。インベルン」

 

「……ああ、キーノか。吸血鬼が人に紛れて冒険者とは思い切ったことをするな。法国辺りに見つかったら面倒なことになるだろうに」

 

 姓ではなく、あっさりと名前を呼ぶ。

 十三英雄の仲間たちの中でも、彼女が名前を呼ぶことを許しているのは彼だけだ。

 

「リグリットに負けて、言うことを聞かされたらしいよ」

 

 ボコってやったわ。と楽しげに語っていたリグリットを思い出す。

 

「よく勝てたものだな。キーノの能力やレベルを考えると、リグリットでは難しそうだがな」

 

「冒険者仲間の協力もあったらしいけどね」

 

「……そうか、仲間か」

 

 空気が僅かに揺らぐ。

 竜王の知覚能力を以て、ようやく感じ取れるほど僅かな揺らぎを、ツアーは今度も気づかぬ振りをする。

 

「君も会いに行ってあげたらどうだい? 喜ぶと思うよ」

 

「そうだな。気が向いたら、な」

 

 その言い方では、会いに行くことはなさそうだ。とはいえツアーとしてもこれ以上踏み込むことはできないため、さっさと話を変えることにした。

 

「ところで今日はどうしたんだい?」

 

「どうしたって。俺はお前から呼び出されたんだけどな。正確にはお前の部下か? ずいぶん色々なところに拠点を作っているんだな」

 

「ああ」

 

 確かにツアーは実験として様々な場所に拠点を作り、それぞれの場所で組織作りを行っている。

 現在ツアーが永久評議員を務める評議国もその一つだ。

 そして各所の拠点を任せている部下たちに、もし彼を見つけたら自分に会いに来るよう伝えて欲しい、と伝言を残していた。

 しかし、それは殆どダメもとだった。

 彼は常に一人で行動している。

 この広い世界で、個人を捕捉するのは難しい。

 力を見せつける者ならともかく、彼はそうした目立つことを好まず、気紛れに人助けをしたり、未開の地を踏破したりと冒険を満喫していると聞いていたからだ。

 だから、彼がどこかの拠点の部下と遭遇して、それもこうしてちゃんと会いに来てくれたのは意外だった。

 

「ああ。そうだったね。すまない、忘れていたよ」

 

「全く。ドラゴンもボケることがあるのか?」

 

 リグリットと同じようなことを言われ、僅かにむっとするが、忘れていたのは事実だったため、何も言えない。

 その言葉は無視して、本題に入ることにした。

 

「そろそろ揺り返しの時期が来るんだ」

 

「ああ、それでか。百年前に来たプレイヤーは探しても見つからなかったそうだな」

 

「来た気配はあったんだけれど、目立った動きはしなかったみたいだね。それとも未だ身を潜めて機会を待っているのか」

 

「百年間もか。気の長い話だ。そして今回もそれがあったと」

 

「うん。強すぎる力は世界を汚す。早めに対処しておきたい。だから君に話を聞きたいんだ」

 

「……」

 

「君たちぷれいやーやえぬぴーしーのことを、全て話してくれないかな──サトル」

 

 ここに来て初めて、ツアーは彼の名を呼んだ。

 百年ごとにこの世界に現れる異邦人、それがぷれいやーだ。

 かつてツアーの父である竜帝の過ちによって、この世界に現れるようになった彼らは、強大な力を持っているが故に、世界に大きな変化をもたらす。

 

 八欲王などがその典型だ。

 強大な力を欲望のために振るい、世界を支配しようとした。

 その力はこの世界の理すら歪め、結果としてドラゴンの使用する始原の魔法は殆どが失われ、代わりに八欲王が広めた魔法が主流となった。

 そして、彼らを討つために多くの竜王が命を落としたことでドラゴンの時代は終わりを遂げた。

 命を落とした竜王たちも互いに協力したり、もっと情報を集めてから動けば決して負けはしなかっただろう。

 同じ轍を踏む訳には行かない。だからこそ、より詳しいぷれいやーの情報が必要となる。

 

 十三英雄として共に活動している最中に、彼がぷれいやーだと分かった後、何度となく同じことを告げたが、その話になると彼の口は重くなる。

 その理由をツアーは何となくだが、理解していた。

 ツアーにとって十三英雄として活動した者たちは仲間だ。友と言ってもいい。

 だが、サトルにとってはそうではないのだ。

 彼は十三英雄のリーダーとして活動していたが、皆を纏め上げて引っ張っていくようなタイプではなく、自分はあまり発言をせず調停役として皆の意見を取り纏めるような役割を担っていた。

 もちろんそうしたリーダーの形もあるだろう。実際あのアクの強いメンバーを纏めるには、そのやり方が最も適していたのは事実だ。

 そのためか、残された英雄譚では彼をリーダーとして扱うものはほとんどなく、十三英雄は全員が同じ志の下に集まった集団であり、リーダーはいないとされているらしい。

 

 そうしたサトルのやり方は同時に他人に深入りせず、一歩引いた立ち位置にいることを示していた。

 ぷれいやーの情報や能力、弱点などはそのままサトル自身にも跳ね返る。

 それらを全て話せば、いつかツアーがその弱点を突いて自分を殺そうとするかもしれない。

 サトルはそう考えていたのだろう。

 つまり自分が信用されていないと言うこと。

 それに気付いた時、正直ツアーは少し寂しかったが、その時はツアー自身鎧を操るという形で正体を隠していたこともあり、強く言えなかった。

 最後の戦いが終わって、ツアーの正体を明らかにしたのは、そうした意図もあったのだ。

 そして同時にサトルも自分の正体を明かしてくれたことでようやく信用してくれた。と内心喜んだものだが、再度ぷれいやーの話を聞く前に彼は一人で旅に出てしまった。

 もっとも、彼の正体を知って、余計に付いていきたいと願ったインベルンを置いていった時点で、その時聞いても答えは変わらなかっただろうが。

 

 しかし、今なら。

 二百年という時を経て、鎧を脱いで正体を隠さないまま、自分の呼びかけに応えてくれた今なら、話してくれるのではないだろうか。

 ツアーはサトルの顔をまっすぐに見つめる。

 もしそれでも断るというのなら──

 思わず体に力が入る。

 サトルがどう思っていようと、ツアーにとっては彼も仲間であり友人の一人だ。

 けれどこの世には、個人の感情より重要なことがいくらでもある。

 もしかしたら、自分のこうした考えをサトルは読んでいたから、最後まで信用してくれなかったのかも知れない。

 そう思うが、今更自分の生き方を変えるつもりはない。

 

「ツアー、あの鎧はまだ動かせるんだろう?」

 

 場に満ちる緊張感を無視するように軽い口調で、サトルは鎧に目を向けた。

 

「え? あ、ああ。私はここを動けないからね。外に用事がある時はいつもあれを使っているよ」

 

 背後にある八欲王の武器に匹敵するようなギルド武器や、特別なアイテムを探す為に今でも頻繁に出かけている。

 王国のアダマンタイト級冒険者、朱の雫のリーダーと出会ったのもその最中だ。

 彼の持つ強化鎧も、対ぷれいやー用の十分な戦力になりうるだろう。

 しかしサトルの出方が分からない以上、それは口には出来ない。

 黙って続きを待つと、彼はそうか。と少し考えるような間を空けてから明るく告げた。

 

「だったら俺と一緒に出かけないか? 揺り返しについては、俺も確かめたいことがある。もし今回来た奴が危険な存在で、手に負えないような相手だったとしたら、その時は全部話すよ」

 

「先ずは今回のぷれいやーが悪かどうか見極めたいってことかい?」

 

「そんなところだ」

 

 サトルの返答を受け、ツアーは思考を巡らせる。

 悪い話ではない。

 もし先ほどの考えを実行に移すにしても、ここでは戦えない。

 万が一にも八欲王のギルド武器を奪われるわけにはいかないからだ。

 常に動向を確認できる二人旅ならば、そのチャンスも巡ってくるだろう。

 もちろん、そんなことをせずにサトルが全てを話してくれるのが一番なのは間違いないが。

 どちらにしてもこちらには何の損失もない。

 

「分かったよ。久しぶりに誰かと旅をするのも楽しそうだ。一緒に行こう」

 

「決まりだ」

 

 仮面のせいで表情は読めないが──素顔でも同じだが──そう言ったサトルの声は随分と楽しそうに聞こえた。

 

(折角だから、王国にも行ってみようか)

 

 先ほどは気のないことを言っていたが、案外インベルンと会えば気持ちも変わるかもしれない。

 そんなことを考えながら、ツアー自身も久しぶりの仕事だけではない旅を、純粋に楽しみにしている自分がいることに気がついた。




十三英雄についての設定を大分捏造しました
この話ではリーダーともう一人の転移者は転移直後の弱い段階で死亡している設定で、元から十三英雄には居なかったことになっています

ちなみに悟さんがたっちさんの鎧を身に着けていないのは、鎧のままでは魔法が使えないからで、普段は鎧を着けている方が多いです

書き溜めが尽きたので、次からは週一更新になります
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