クレマンティーヌとネイアの話が長引いたこともあって、短く纏めて話を進めようとしたのですが、説明が多くなり過ぎた上、話も思ったより進まなかったので今回は準備回です
城塞都市カリンシャで最も高い場所に造られた大きな城の一室で、聖王女カルカ・ベサーレスは報告書に目を通していた。
彼女は聖騎士団と神官団、そしてホバンスから集めた軍隊を率い、殆ど休息なしの強行軍によってカリンシャへたどり着いたばかりだった。
予定より早い到着となったのは、道中カリンシャから脱出してきた非戦闘員たちと合流したことで、亜人軍が想定以上の速度でカリンシャに迫っていることが分かったからだ。
亜人軍によって強固な要塞線の城門が破壊され、強力な武具やマジックアイテムの存在が示唆されている状況では、如何に強固な造りであるカリンシャの城壁や城門であろうと意味をなさない。
例え城門一つであったとしても、そこから亜人が都市内に流れ込んでしまえば──単純に人間よりも肉体的に優れた亜人軍であることも併せ──都市内の戦力だけで倒せるはずもない。カルカたちが着くより先にカリンシャが陥落してしまうのは明白だった。
だからこそ、カルカは付いてこられない足の遅い隊を置き去りにし、聖騎士団と神官団を含めたホバンスから連れてきた軍隊だけでカリンシャを目指すことを決めたのだ。
そうして進軍速度を速め、どうにか都市に着いたカルカたちが目にしたのは、都市内はおろか心配されていた城門すら破られていない無傷のカリンシャだった。
いくら急いだとはいえ、非戦闘員から聞いていた亜人軍の到着予測より早く着くはずもないため、都市に残された戦力の奮戦によって攻略に時間がかかり、カルカたちに挟撃されることを恐れて撤退したものだと思われた。
その場合、一刻も早く逃げだした亜人軍を追いかけて殲滅しなくてはならないのだが、カルカたちだけが先行してしまったため、各所から集められた軍勢が追いつくのを待つ必要があることと、それ以前に強行軍によって軍の疲弊が著しく、休憩を取らなくてはまともに戦えない状態だったため、カリンシャに一時的に滞在することとなったのだ。
そうして都市に入り、聖騎士団と神官団を含めた軍隊に休養を取るように告げた後、カルカたち三人と護衛の聖騎士数名は都市の運営を任せている都市長からこの城に案内された。
城に着くと同時に作戦参謀も務めるケラルトは、都市長からカリンシャで何が起こったのか話を聞くことになった。
本来はカルカもその会議に参加するべきなのだが、王女として汚れた衣服や疲れが浮かんだ顔を見せることはできず、先に衣服の着替えと──本来王女であるカルカは一人で着替えることはせず、お付きのメイドなどに手伝わせるのだが、流石に今回は連れてきていない──疲れた体を魔法とポーションで癒すことにしたのだ。
それらが終わり、疲れ果てて思考の鈍っていた頭もすっきりしたことで、ようやく自分も会議に参加しようとしたのだが、その時には既にケラルトはレメディオスを伴って城の外に出ており、代わりに彼女が都市長から聞き出した内容を纏めた報告書が残されていた。
護衛も務めている二人が、カルカに黙って傍を離れたことを不思議に思いつつも、追いかけるわけにもいかず、仕方なく一人で部屋に戻ってその報告書に目を通すことにした。
報告書によると、城門や城壁には損傷はないが、被害が無かったわけではないようだ。
住民の殆どは無事だったが、前線に出た数千の軍士には多大な被害が出ていたのだ。
軍士たちにそれほどの被害が出たというのに、何故カリンシャは無傷なのか。更に報告書を読み進めるとそこには信じがたい内容が綴られていた。
「まさか、たった一人の剣士が亜人軍を追い返したなんて……」
報告書には、要塞線の城門を破壊したのはマジックアイテムなどではなく敵の総大将の力であり、その者が城門はおろか、砦を守っていた九色を戴く戦士二人すら単独で撃破し、カリンシャに到着後はたった一人で数千にも及ぶ軍士を打ち倒した、と記載されていたのだ。
それだけでも信じがたい内容だが、そんな強大な力を持った敵の首魁を、これもまたたった一人現れた謎の剣士が撃退したことで、亜人軍も纏めて逃げ出していったというのが、カリンシャが無傷で亜人軍の侵攻を食い止めた理由なのだという。
俄かには信じがたい内容だが、亜人軍が撤退したのは事実であり、何よりこの報告書を書いたのはケラルトだ。
彼女が真実だと思ったのならば信憑性は高い。
これが事実なら早急にその剣士を探し出し、感謝と報償を与えなくてはならないところだが、今回ばかりはそうもいかない。
カルカが国家総動員令を発令して、南部貴族の領地からも無理矢理軍を起こさせたことで、カルカと南部貴族の間に不和が生じているためだ。
この状況でカルカ率いる聖王国の本軍がカリンシャ救援に間に合わず、素性も知れない剣士に助けられたなどということが公になれば、南部の貴族たちは必ずカルカの責任を追求する。
亜人の侵攻が完全に終わったとも限らない今、内輪でもめ事を起こすわけにはいかない。
そんなことを考えながら、報告書の最後のページまで捲ると、ケラルトが残した手書きのメモが添えられていることに気が付いた。
「これは」
そこには黙ってカルカの元を離れたことに対する謝罪と、今回の功労者を聖王国で雇うため連れてくるという旨が記載されていた。
「ケラルト。貴女は何をしようとしているの?」
この報告書を読んだのならば、功労者が誰を指しているのかは明白だ。
実際、まだ亜人たちとの戦いも終結していない以上、それだけの力を持った者を雇い入れることに異論はないが、それをカルカに相談もなく実行しようとしている理由が分からない。
一つ息を吐き、カルカは立ち上がって窓の外に目を向ける。
視線の先では大勢の住民が大通りを行き来している様子が見えた。
流石にここからでは見ることはできないが、彼らが自分たちの都市の無事を祝って喜んでいることだけは間違いないだろう。
彼らの笑顔を守ったのは、自分ではなくその剣士なのだとすれば、雇うにしても礼を尽くしてお願いすべきだ。
だが同時に、自分より遥かに頭の切れるケラルトならば、カルカが考えた南部貴族との不和についても理解しているのは間違いない。
その彼女がカルカに黙って動いていることに、言い知れぬ不安が浮かび上がり、カルカはそっと胸元に手を置いた。
・
「では、陛下とお会いするつもりはないと?」
クレマンティーヌが使っていた宿の一室で、長い茶髪の女が微笑を浮かべたまま言う。
言葉遣いは丁寧で、落ちついた雰囲気を醸し出しているが、その笑みが内心を隠すためのものであるのは直ぐに気づいた。
だからこそ、クレマンティーヌも彼女と同じように作り物の笑顔を浮かべて返答する。
「そうは言っていません。ですがサトル様は人知を超越した強大な敵との戦いを行ったばかりでお疲れです。もしどうしてもと仰るのでしたら、場所と時間をこちらで指定させてください」
「……それは、陛下の方から出向いて欲しいということですか?」
笑顔の仮面に僅かなヒビが入り、同時に目が細まる。
その瞳には隠しきれない怒りの色が浮かんでいた。
(ケラルト・カストディオか。聖王女政権の後ろ暗い部分には全部こいつが関わっているって話だが)
神に仕える神官団の団長のくせに。と続けてからそんなことを考えた自分を嘲笑する。
神職者が皆清廉潔白ではないことなど、法国で生まれ育ったクレマンティーヌが一番よく知っている。
だからこそ、ケラルトがここに何をしに来たのかも直ぐに分かった。この女はサトルの活躍が聖王国全土に広がりきる前に、彼を自国に引き入れようとしているのだ。
当然、そんなことになってはクレマンティーヌが思い描いている、彼を団体の頭首に据える計画も破綻してしまうため、今サトルと聖王女を会わせるわけにはいかない。
クレマンティーヌの発言は、現状素性の知れない一介の剣士でしかないサトルに会うために、王女自ら出向いてくるはずがない、と考えてのものだったが、案の定、それを聞いてケラルトの横に座っていたもう一人の使者が立ち上がった。
「フザケたことを抜かすな! 疲れているのはカルカ様も同じだ。そんな中、恐れ多くもカルカ様が今回の働きを認め、自らお褒め下さると言っているのだ。聖王国の民ならば、何を置いてでも馳せ参じるべきだろう」
瞳に怒りを漲らせ、我慢の限界とばかりに声を張り上げたのは、聖騎士団長のレメディオス。
彼女とは以前、ホバンスで会っている。
そのときも感情のままに突っ走るイノシシのような女だと思ったものだが、その印象は間違ってはいなかったようだ。
むしろ、ここまでよく我慢したというべきか。
ケラルトがそれを止めないのは、姉妹間の力関係によるものか、それともこれも何かの策略か。
どちらにしても、わざわざ乗る必要はない。
さっさと話を進めて追い返そうと、クレマンティーヌは笑みを深めた。
「あの方はこの国の生まれではありませんよ」
「では貴女や、もう一人の代表であるネイア・バラハ嬢は?」
「私たちも聖王国に住居は持っていません。この都市でも宿を借りて生活していますので」
これは単純に、ネイアが住居を決めるより先に都市内での立場を確立することを優先したためだが、それが今回は役立った。
実際聖王国に家があろうとなかろうと、本拠地が聖王国ならば、国家総動員令に参加させることができる──冒険者などはそれにあたる──のだが、問題はそこではない。
こう告げることで、場合によってはこちらは聖王国を出て、別の国で活動することもできる。と暗に伝えることが目的だ。
ケラルトがわざわざクレマンティーヌやネイアのことを聞いたのも、それを確認するためだろう。
そうした意図が掴めていないレメディオスは、どうすればいい。とでも言いたげにケラルトを見ていたが、ケラルトはそれには応えずに、笑みを浮かべたままジッとクレマンティーヌを見つめていた。
まだ亜人軍との戦いが終結したわけではない聖王国の情勢を考えれば、将来的に自分たちの勢力を脅かす可能性があったとしても、サトルの力はもちろんのこと、民衆を扇動して兵士に変えたネイアも手放したくはないはずだ。
もっとも、クレマンティーヌとしてもここまで名が知れ渡り、巧くいけば他国も手を出すことのできない規模まで勢力を拡大できる下地ができている聖王国から出ていくつもりはないため、これはあくまでもこの二人を追い出すための方便に過ぎない。
大体にして今は個人的にも、聖王女たちに構っている暇はないのだ。
(サトル様の目的が分からない以上、きっぱり拒絶もできないからなぁ。わざわざ助けにきたってことは、聖王国に思い入れがあるのかな? それとも、国じゃなくて特定の誰かか。二度も助けられたネイアとか……私、はないか)
そう。
クレマンティーヌはさもサトルが自分たちの団体の頭首であるかのように語っているが、実際には頭首になってもらうどころか、まだまともに話もできていない。
彼がカリンシャに現れたのは要塞線に居た兵士に助けを請われたためらしいが、その辺りも含めた詳しい話をする前に、カリンシャの住人に囲まれそうになったため、余計なことを吹き込まれてはたまらないとクレマンティーヌが窓口になることを宣言し、サトルはネイアに任せて一時的に避難させている。
案の定、カリンシャを救ってくれたことへの感謝を伝えたいとの名目で、都市長を含めた都市内の顔役たちが近づいてきたため、それを適当に相手しながら躱していたところ、予定より早く聖王女一行が到着してしまった。
これで時間が作れるかとも思ったが、クレマンティーヌがサトルに会いに行く前に、今度は都市長を通じてここにいる二人が接触を図ってきた、というのが今の状況であり、そのためクレマンティーヌはまだサトルとろくに話ができていないのだ。
どうやってサトルに自分たちの頭首になってもらうかも考えなくてはならないので、正直いつまでもケラルトたちの相手をしてはいられない。
さっさとこちらの意図を伝えて、追い返すとしよう。
そう決断した直後、唐突に部屋の扉が開いた。
「ここにいたか」
「サトル様!?」
思いがけない乱入者に、クレマンティーヌは慌てて立ち上がる。
(まずい)
そもそもクレマンティーヌが彼の窓口となっている事さえ、正式に許可をもらったわけではないのだ。
それがケラルトたちに知られたら、これまでのやり取りはおろか、考えている絵図全てが無意味になってしまう。
そうはさせまいと、必死に頭を回転させる。
「身体はもう大丈夫なのですか? あれだけの戦いの後なのですから、まだ休まれていた方が──」
さり気なく部屋から引き離そうとするが、こちらの意図は伝わることなく、サトルは二人の下に歩き出した。
「いや。急いでやらなくてはならないことがある……聖王女陛下の側近とは貴女たちか?」
クレマンティーヌが口を挟む間もなく、ケラルトが立ち上がり一礼する。
「はい。私が神官団団長のケラルト・カストディオ。そして──」
「聖騎士団団長のレメディオス・カストディオだ……」
ケラルトは相変わらず裏がありそうな笑みを携えていたが、そのケラルトに促されて挨拶をしたレメディオスの方は、サトルに対しジロジロと不躾な視線を送って頭も下げようともしない。
(脳筋なのは見れば分かるが、仮にも救国の英雄に対してその態度はねぇだろ)
レメディオスの態度はケラルトも予想外だったらしい。
頭を下げるように盛んに合図を出すが、レメディオスはそれに気づかず、サトルもまた大して気にしていないのか、二人に対し一つ頷くと、自らも名乗った。
「俺はサトル。事情があって周辺国家を旅している者だ。今回は城壁で知人に助けを請われたため助太刀に来た」
旅をしているというところで、ケラルトの視線がちらりとクレマンティーヌに向けられる。
先ほどクレマンティーヌが言った内容と矛盾していることに気づいたのだろうが、ここでそれを指摘しては、またレメディオスが失言しかねないと考えたのか、それ以上余計なことは言わずにサトルに一歩近づくと、例の人好きのする笑みを浮かべて話しかけた。
「その件に関しまして、私も聖王国の人間として、カリンシャを救っていただきましたこと、大変感謝しております。つきましては聖王女陛下が直々に御礼申し上げたいと仰せです。急な話で申し訳ございませんがご足労戴けませんか?」
(チッ。そっちがその気なら──)
クレマンティーヌに余計な横やりを入れさせないためだろう。仮にも聖王女の使者として来た者が、挨拶もそこそこにそのまま本題に入るという、ある意味では国の品位を落としかねない行動に出たことで、こちらもそれに合わせて強引に話を止めさせようとするが、その前に再度レメディオスが動いた。
「ちょっと待ってくれ。確認させてほしいのだが、例の要塞線の城門を突破したとかいう敵の首魁と戦ったのは貴方なのか?」
サトルが僅かに首を傾げてレメディオスを見ると、彼女はさらに続けた。
「九色の中でも高い実力を持つ二人を打ち倒して城門を破壊し、私の部下も含めた数千の軍士を一人で倒したという化物と互角以上に戦った戦士と聞いて、会うのを楽しみにしていたのだが、とてもそうは見えなくてな」
「姉様!」
「騒ぐなケラルト。私たちはカルカ様から、例の戦士本人を連れてくるように言われているんだ。こいつが偽物だったら困るだろう。だから確かめようと──」
「チッ……いい加減にしろよお前」
ケラルトの制止も無視してサトルに詰め寄ろうとするレメディオスに、クレマンティーヌは舌打ちと共に吐き捨てた。
「クレマンティーヌさん?」
クレマンティーヌの変化にケラルトは驚いたような顔をしているが、それもどこまで本気か分かったものではない。
そもそも姉の性格を誰よりも把握しているケラルトが本当に止める気ならば、もっと早く制止したはずだ。
あるいは、これも彼女の計画通り、姉を暴走させることでサトルの情報を引き出そうとする策なのかもしれない。
だが、もうそんなことはどうでも良くなった。
元からクレマンティーヌはチマチマ計画を立てたり、相手の裏を読みながら弁舌を交わすなどという小細工には向いていないのだ。
どうせ、クレマンティーヌが考えるサトルを象徴に据えた団体を成立すれば、それはもう宗教と変わらない。
四大神を信仰する聖王女たちとは仲良くやっていけるはずもない以上、愛想を振りまく意味もない。
サトルに近づこうとするレメディオスに、クレマンティーヌはテーブルを飛び越えて問答無用で殴り掛かる。
流石に武器を用いて、刃傷沙汰にまではする気もないが、クレマンティーヌが得意としている刺突は素手でもそれなりの威力を発揮する。
取りあえず殴り飛ばせば、サトルと聖王女の会談の話もウヤムヤになるだろう。
そんな思惑を込めて拳を突き出す。
しかし、流石は名うての聖騎士というべきか。完全な不意打ちだったにも関わらず、レメディオスは即座にクレマンティーヌの攻撃に反応してみせた。
それも防御するのではなく、己が被弾することを覚悟した上で攻撃に転じ、クレマンティーヌに殴り掛かってきたのだ。
(上等!)
多少身体能力が落ちているとしても、刺突体勢に入ったクレマンティーヌより素早く動ける者などそうそう居るはずがない。
そんなことができるのは、セバスと名乗ったあの老人や神人ども、そして──
「やめておけ」
つい先ほどまで入り口近くにいたはずのサトルが、突如クレマンティーヌとレメディオスの間に現れ、二人の腕を同時に掴んだ。
勢いをつけて繰り出した拳が、空中でピタリと停止する。
サトルの力を直接見ていたクレマンティーヌはともかく、まるで転移魔法が如きスピードで突然現れ、自分の攻撃を軽々と止めたサトルに、レメディオスは目を白黒させながら信じられないとばかりに自分の手を見つめた。
「俺が本物である証明はこれで良いか?」
威圧感のある声で告げられ、レメディオスが小さく頷くのを確認してから、サトルは二人の手を離した。
(流石はサトル様。これで格付けはバッチリ。後は適当に言いくるめて追い返せば万事解決だな)
聖王国最強戦力であるレメディオスがあっさりと押さえ込まれたのだ。
これ以上強気に出ることはできないはず。
なにも言わずともこちらの意図を汲んでくれたのだとすれば、案外自分とサトルの相性はいいのではないだろうか。
自然とこぼれそうになる笑みを抑えつつ、これからどう出るのかを窺っていると、サトルは二人に向かって軽く頭を下げた。
「先ほどの件だが、願ってもない話だ。是非聖王女陛下にお目通りを願いたい。直接お会いして話さなくてはならないことがある」
「は?」
完全に想定外の言葉に思わずクレマンティーヌが言ってしまったのかと思ったが、そうではなかった。
今までのどこか裏のある笑みも消え失せ、瞬きを繰り返しながら間の抜けた声を出していたのはケラルトだった。
・
一旦聖王女に確認を取ると告げてその場を離れたケラルトに、レメディオスが疑問を抱いているのはわかっていたが、何とか黙らせたまま外に連れ出すことに成功した。
今回の作戦が、全てカルカの命で行われていると信じているレメディオスからすれば、せっかくサトルの方から聖王女に会いに行くと申し出たのに、何故わざわざ確認を取るのか分からないのだろう。
実際、例の団体の頭脳であろうクレマンティーヌなる女の性格や、サトルとの関係性──本人はサトルが自分たちの団体の新たな頭首であるように言っていたが、おそらくそれはブラフだ──の確認や、眉唾だと思われたサトル個人の力も一端とはいえ確認できたことで情報収集の面では順調に進んでいると言える。
だが、ただ一つ。あのサトルなる剣士の異常な身体能力だけが想定外だ。
「姉様」
ケラルトは周囲に人気がないことを確認してから、レメディオスに声をかけた。
「ん?」
「正直に答えて。あのとき、手加減をした?」
「……していない。あのクレマンティーヌとかいう女。装備を整えれば近接戦闘に於いては私と互角に近いな」
「姉様と?」
直接戦闘は不得意だが、自分の姉であるレメディオスの力は誰よりもよく知っている。
聖騎士は悪魔やアンデッドなどの悪の存在との戦いに絶大な力を発揮する分、単純な戦闘能力に於いては純粋な戦士に一歩劣る。だが、レメディオスはその類まれなる才能と努力を重ねたことで、この細腕のどこにそんな力があるのか疑問に思うほどの馬鹿力や、最適な行動を瞬時に選択する獣じみた直感力を使い、直接戦闘に於いても本職の戦士をも凌駕する力を発揮する。
そんなレメディオスが互角と称する以上、クレマンティーヌも単なる団体のまとめ役では無さそうだ。
だがそれよりも重要なのは。
「もう一つ。サトル殿の力はどう見た?」
ケラルトの質問にレメディオスは今度は即答せず、少しの間自分の腕をシゲシゲと見つめてから言った。
「あれは化け物だ。私がどうとかそういう問題じゃない。一人で我々聖騎士団とお前のところの神官団、全員を相手にしてもあっさり勝てるだろうな」
思わず息を呑む。
先ほどの光景を見て、薄々分かってはいたが、レメディオスがこうもはっきりと認めるとは思わなかった。
レメディオスは自らが才能と努力によって得た力に絶大な信頼を持っているが故に、それを否定されることを嫌う。
周辺国家最強と唄われる、かのガゼフ・ストロノーフ相手ですら、純粋な剣の腕は認めても、聖騎士としての特殊技術などを使えば自分の方が上だと付け足すほどの負けず嫌いなのだ。
そのレメディオスが相手の方が上と認めるだけでなく、聖王国最強戦力である聖騎士団と神官団を総動員しても勝てないと言い切るとは、余程のことだ。
そうなるとやはり、このままサトルをカルカの元に連れていくのはまずい。
元々今回の計画はケラルトが独断で立てたものだ。
その狙いは情報収集ではなく、サトルを説得して聖王国に所属させることで、彼の行動をカルカの命令だったことにする。つまり手柄を全てカルカのものにすることだ。
場合によっては実力行使に出て無理矢理言うことを聞かせることも検討していたのだが、あの強さは想定外だ。
強いとは言ってもあそこまでの力があるとは思いもしなかった。
実際都市長を始めとした生き残った軍士たちから話は聞いていたが、亜人や悪魔などならばまだしも、一人の人間にそんな力があるはずがない。
大方絶体絶命の危機を救われたことで、感謝の気持ちが彼の力を大きく見せただけだと考えていた。
カルカに残した報告書にはそれらすべてが真実である可能性が高いと記したが、それは聖王国を救うためには強大な力が必要不可欠だと思わせることで、今回の作戦を容認してもらうための下準備に過ぎなかったのだが。
(嘘から出た真、というやつね。どうしたものかしら)
主であるカルカだけでなく、姉すら欺いた──レメディオスの場合は単純に演技ができないと思ったから黙っていただけだが──この計画を今更なかったことにはできないが、予定を変更する必要は出てきた。
本来の予定ではカルカに会う前にサトルを説得、あるいは脅迫することでおぜん立てを整え、カルカには承諾だけしてもらうつもりだったが、あれほどの強さがあると分かった以上、脅迫や力づくではなく、正式な交渉をしなくてはならなくなった。
当然条件面などは、ケラルトが決めることはできないため、カルカに全て話す必要が出てきてしまった。
果たしてあの優しいカルカが他人の手柄を奪うようなケラルトの計画を容認してくれるだろうか。
「うむ。カルカ様の方から会いに来いなど、無礼な奴だと思っていたが、過ちを認めて自分からカルカ様に謁見を申し出るなど良い心がけではないか!」
「……そうね」
未だクレマンティーヌが口にした言い訳を信じている脳天気な姉に何を言っても無駄だろうと適当な返事をしつつ、ケラルトは頭に走る痛みを抑えるように、こめかみをぐりぐりと押し込んだ。
本来、書籍版のような追い詰められた状況でなければ、天然の和ませ役と言われているレメディオスに余裕がないのは、最初に会った都市長が救援に来たカルカたちよりもサトルを褒め讃えたことに苛立っていたことに加え、前回の戦いでグスターボが死亡したことも理由の一つです
ちなみにケラルトの方も行動や作戦に行き当たりばったり感がありますが、これはカルカが国家総動員令を発令させた時点で、戦いに勝っても彼女の立場が悪くなるのは明白なのが分かっているので、焦っているためです
聖王国の交渉編は次で終わらせる予定ですが、長くなったらまた分けるかもしれません
最後になりますが、活動報告でも書いたように、今後は毎週この時間に投稿することになりますのでよろしくお願いします