オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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本来今回の話は、周辺国家同盟への参加を促す会談が中心になるはずでしたが、途中まで書いているうちに聖王国の現状が竜王国編で書いたものとあまり変わらないことに気付き、そこは飛ばしてそれ以外の部分を書くことにしました
なので少々タイトル詐欺になっているかも知れません


第40話 同盟参加の呼びかけ・聖王国

「ああ。クレマンティーヌさん、怒ってるよね」

 

 思わず深いため息が漏れる。

 サトルが亜人軍を追い返した後、ネイアはクレマンティーヌから二つの仕事を任されていた。

 一つはカリンシャ、いや聖王国の英雄となったサトルを、都市の顔役や聖王女と接触させないように匿うこと。

 そしてもう一つは、彼に団体頭首の座に就いてくれるように交渉することだ。

 

 前者はともかく、後者に関しては本物の神がごとき力を持ったサトルが、自分たちのような弱小団体の頭首の座に就いてくれるとも思えず、そんな身の程知らずとも言える難しい仕事が自分に務まる気はしなかった。それでも、彼に助けられた後ネイアがどのような活動をしていたかを真剣に話せば、きっと伝わる、と言われたことでやっと覚悟を決め、避難場所である団体の訓練でも使用していた、都市内に幾つかある訓練施設に着いてから話をするつもりだった。だがちょうどその場所を間借りすることになっていた聖騎士団のある人物に見つかってしまったことで、ネイアはその役目を果たすことができなくなった。

 

 同時に聖王女からの使者がクレマンティーヌに会いに行っていると聞かされたことで、サトルはネイアを置いてその場を後にしてしまった。

 

 なんとか解放されて自由になったネイアが、クレマンティーヌとサトルの待つ宿に到着したときには、既に交渉は終わり、会談の時間も決まった後だった。

 そして今、聖王女との会談の時間まで、その準備をするため一人になりたいとサトルに言われたことで時間の空いたネイアは、自分の役割を二つとも果たせなかったことを謝罪すべく、クレマンティーヌの部屋の前に立っているところだ。

 

「ううん。迷っている時間はない。今しかないんだ」

 

 この後ネイアはサトルを城まで案内することになっている。恐らくクレマンティーヌも一緒だろうが、流石にサトルの前で謝罪するわけにはいかない。

 覚悟を決めて部屋のドアを叩く。

 

「どうぞー。入りなよ」

 

「し、失礼します」

 

「部屋の前でうろうろしている気配があると思ったら、やっぱりアンタか」

 

 のろのろとベッドから身を起こしたクレマンティーヌが、こちらを一瞥して言う。

 彼女の服は見慣れた白いローブ姿に戻っていたが、目つきは鋭いまま──ネイアが言えた義理ではないが──であり、チグハグな印象を受けた。

 

「ク、クレマンティーヌさん。今、大丈夫ですか?」

 

「いいよー。どうせ私は聖王女のところに行けないから、寝てただけだし」

 

「え?」

 

 てっきり彼女も、サトルの付き添いとして付いていくものだと思っていたネイアは言葉を失う。

 

「あの猪女に殴り掛かっちゃってねー。サトル様に止められたから大事にはならなかったけど、流石に私が付いていったら文句言われるでしょ。だから私はお留守番」

 

 一度言葉を切ってから、じろりとネイアを見てから続ける。

 

「……どうやらそっちも失敗したみたいだねー」

 

 その言葉に、思わず背筋を伸ばしてから、頭を下げる。

 

「すみません。ちょっと予想外の出来事が起こってしまって……」

 

「その頭のデカいコブが原因? 大丈夫?」

 

 下げた頭にクレマンティーヌの視線を感じて、手を乗せると、手のひらに膨らみが伝わり、同時に鈍い痛みが走った。

 

「実は、カリンシャに来ていた聖騎士団の中に母が居て……叱られました」

 

 言いながら自分でも声に喜びが混じっているのが分かった。

 ネイアがサトルから離れることになったのは、母に捕まってしまったせいだ。

 聖王女が連れて来た聖騎士たちが訓練所に現れた時点でまずいと思い、サトルを連れて逃げ出そうとしたのだが遅かった。

 一瞬でネイアを発見した母は、無言のままネイアの襟首を掴んで捕まえると、問答無用で頭に拳骨をたたき込んできた。

 

 今まで母に本気で殴られたことなどいくらでもある。

 ネイアが自分の目つきの悪さを気にして、父に文句を言った後などは酷い目にあったものだ。

 だが今回は今までのものとは違う。

 比べものにならない痛みと、そしてある種の優しさが感じられた。

 

 その上で勝手に実家を飛び出したこと。父に心配をかけたこと。なにより母の信じる正義である聖王女を否定するような内容を吹聴したことを叱られたが、ただ一つだけ。

 今回の戦いで市民を率いて戦ったことだけは褒めてくれた。

 よくやった。とただ一言だったが、それで十分だ。

 その言葉はあのときの、スラーシュの大群を前に戦うこともできずに怯えていたネイアに戦わなかったことを褒め、生きていたことを喜んでくれたときの何倍も嬉しかった。

 もっとも、母がそうしてネイアが感動に身を震わせている隙を突く形で、聖王女の使者であるレメディオスたちがサトルに会うために宿に向かった話を聞かせたことで、サトルは訓練所を後にしてしまったのだと考えると、褒めたのもその隙を作るための計略だったのでは。と思ってしまうが、流石にそれだけではないと信じたい。

 

「ふーん……良かったね」

 

 話を聞き終えたクレマンティーヌは言う。

 呆れたような口調の中には、どこか寂しさが混じっていた。その声を聞いてネイアはクレマンティーヌが既に家族を亡くし天涯孤独だったことを思い出し、己の失言に気付いた。

 しかし、あれも演技のうちだった可能性もある。

 どこまで本当なのか分からない以上、下手に謝罪しては逆に失礼に当たるかも知れないと、頭の中で何を言うべきか思考を巡らせていたネイアに、クレマンティーヌは先ほどまで滲ませていた僅かな暗さを払拭し、努めて明るい口調で続けた。

 

「それで。ネイアはこれからどうするの? 私は聖王女との会談でどんな結果が出ても、とりあえず団体頭首として残ってくれるように交渉するつもりだけど」

 

「わ、私もそうですけど。どうするって、なんですか?」

 

 母の登場で交渉はできなかったが、断られたわけではないのだからまだチャンスはある。

 クレマンティーヌの言うように、聖王女がサトルに何の話をするかは分からないが、最低限サトルにあのときの言葉でどれほど感動し、どんな思いで団体を設立したのかを伝えたい。

 少なくとも、なにもせずに諦めるようなことはしたくない。

 

「いや。サトル様が頭首になってくれたらさ。今までの団体の考え方が変わるかもしれないでしょ。母親と仲直りもしたんなら、このままホバンスに戻るのもありかなってこと」

 

「え?」

 

「だってほら、サトル様の考えってまだ分からないからさ、ネイアが今まで唱えていた正義とは違うかも知れないじゃん。私は、そうだったとしてもサトル様の考えを新たな正義として掲げていくつもり。ネイアはそれでいいの?」

 

 冗談めかしてはいるが、こちらの意図を見抜こうとしているのか、元々鋭くなっていた瞳が更に鋭くなり、同時にその意味を理解する。

 クレマンティーヌが言っているのは、団体の理念の話だ。

 これまではサトルの言葉をネイアなりに解釈した正義を、団体の理念として皆に説いて回っていたが、これから先サトルが団体の頭首に成ってくれたとして、その正義がネイアたちが布教してきたものと同じである保証はない。

 その上でクレマンティーヌはサトルの信じるものを、絶対の正義として布教していくつもりなのだ。

 

 それが気に入らないのならば、母親とともにホバンスに戻れと言いたいのだ。

 これはネイアが邪魔になったから排除しようというのではなく、クレマンティーヌなりにネイアを気遣っているのだと分かった。

 今までネイアが見てきた聖女然としたものとは違うが、やはり彼女は優しい人なのだと分かり、思わず安堵してしまう。

 

 だがそれは不要な気遣いというものだ。

 あの戦いを見たことで、ネイアはサトルこそが正義そのものだと結論を出しているのだから。

 そもそもネイアが信じてきた、自分を含めて皆が強くなることで、力を付けて、国や大切な人を守るという正義は、それ以上の武力を以て敗北したことで崩れさっている。

 いや考え方としては今でも間違っているとは思えない。

 そうした理想を叶えるためには、より強い力が必要なのだと分かったのだ。

 それが実現できるのは、サトルをおいて他にはいない。

 

「私は、大丈夫です」

 

 母は実家に戻れとは一言も言わなかった。

 それはきっと、ネイアの意思を尊重してくれたからだ。

 だからこそ、ネイアはもう迷わない。今はただ自分の信じた道を進むだけだ。

 

「覚悟はできています。みんなの説得もしないといけませんしね」

 

 団体の理念が変わるということは、その考えに付いて来てくれた団員たちを裏切ることにもなるが、それでも彼に付いて行くのが一番だと、分かって貰えるように努力するつもりだ。

 

「ふーん」

 

「それに。亜人軍もあくまで撤退しただけですから。これから先聖王国を守るためには、もっともっと強い力が必要なんです」

 

 今回の件で、聖王女を始めとした歴代の聖王が掲げてきたやり方ではこの国を守っていくことは出来ないのだと証明された。

 その意味でも、サトルの下に聖王国が纏まらなくては今回のようなことが続くことになる。

 

「良い性格してるなぁ。サトル様を利用して国を守ってもらおうってか」

 

「ち、違いますよ! 私は単純に、サトル様の考えこそが正義そのもので、それをみんなに広めて纏まることが大切だって」

 

「はいはい。分かってる分かってる。そういう風に考える奴らも出てくるだろうから、気をつけようって話」

 

「あ」

 

 確かにそうだ。

 力ある者に人が集まるのは常だが、同時にそれを利用しようとする者も現れるものだ。

 都市の顔役たちをサトルに近づけないように言ったのも、そうした者たちからサトルを守るための言葉だったのだと今更気づく。

 実際、ホバンスにいたときにもそうした者が現れたと聞いている。そちらはクレマンティーヌが対応しているうちにいつの間にか本心から支援してくれるようになったそうだが、今になって思うとあれも彼女の持つ洗脳じみた力によるものだったのだろう。

 今度はそれをネイアにも手伝ってもらう、と暗に告げているのだと気付き、ネイアは無言のまま一つ頷いた。

 

「一番怪しいのは聖王女、いや神官団長だな。あの女、明らかにサトル様を利用しようとしてやがる。サトル様もなんか計画があるみたいだから、それを聞かないと動きようがないんだけど……」

 

 ちらりとこちらの反応を窺うクレマンティーヌに、何が言いたいのかすぐ分かった。

 

「分かりました。私もなんとか会談の席に同席できるように頼んでみます」

 

「そのとーり。まずはサトル様がどうするつもりなのかを知ることが一番重要だからね」

 

「が、頑張ります!」

 

 団体の現頭首とはいえ公的な立場もないネイアが、国のトップである聖王女との会談に割り込むのは──特にレメディオスが居た場合──不敬罪として捕らえられる危険性もあるが、それも覚悟の上だ。

 そんなネイアの覚悟を見抜いたのか、クレマンティーヌはニヤリと笑うと、猫を思わせる軽やかな動きでベッドから飛び上がり、そのままネイアに近づき、手を差し出した。

 

「んじゃ改めて。これからもよろしく。ネイア」

 

「はい! クレマンティーヌさん」

 

 ネイアは大きく頷き、差し出された手を握りしめた。

 ふいに、彼女の手に触れたのが初めてだったことに気が付く。

 クレマンティーヌの手のひらは非常に硬かった。それはネイアとは比べものに成らないほどの研鑽を積んできた証だ。

 その事実に気付かれないよう、ずっと隠してきたのだろう。

 もう隠す意味はないのだから当然とは言え、クレマンティーヌが自分に対してそれをさらけ出してくれたことを嬉しく感じる。

 そうした思いを込めて笑いかけると、彼女は小さく鼻を鳴らしてから、きっぱりと告げた。

 

「アンタやっぱり、笑わない方が良いわ。顔怖くなるから」

 

 

 ・

 

 

 

「だから気をつけるように言ったじゃないか」

 

 器用に鎧を操作して肩を竦めてみせるツアーに、悟は気まずそうに答える。

 

「いや。しかし、あの場合仕方ないだろう。ああでもしないと収まらない状況だったんだから」

 

 セバスを撤退させた後、クレマンティーヌに言われるがまま拳を掲げ、住民たちに応えたことだ。

 そのせいで悟はカリンシャに入った途端、住民に囲まれてしまった。

 この二百年、何度かたっち・みーの真似事をして人助けをしていたため、こうした歓迎を受けたことは今までも何度かあったが、流石に一つの都市の住人全員からあそこまで感謝を伝えられたのは初めてだった。

 その熱狂ぶりは救国の英雄どころか、神様扱いだ。

 

 これが命を救われたことに対するものなのか、それとも宗教国家ゆえの国民性なのかは知らないが、どちらにしてもあまり長居はしたくない。

 さっさと本来の目的である周辺国家同盟への参加を聖王女に打診するために、会談の約束を取り付けてきたのだ。

 交渉を成功させるためにも、会談の準備をする名目で一人になり、転移を使用して合流したツアーと作戦会議を行うはずだったが、いつの間にか話が自分を責める方向になったことに辟易している悟に、ツアーは更に続けた。

 

「それにしたって、もう少しやり方があっただろう。例のカルネ村の住人もそうだけれど、私たちのような大きな力を持つ者はそれでなくても、周りに他者が集まりやすいんだから行動には細心の注意を払う必要が──」

 

 以前から忠告されていたこととはいえ、流石にこうも一方的に言われると悟も黙ってはいられず言い返した。

 

「それを言うなら、あの登場の仕方を演出したのはそっちなんだから、責任はお前にもあるだろ」

 

 鎧を装着しているときは魔法が使えないため、ツアーが悟を持ち上げて上空からセバスとクレマンティーヌの間に落としたのだ。その登場の仕方によって、悟の神秘性が高まったのは間違いない。

 神様扱いも国民性だけではなく、あれが理由かもしれない。

 そう指摘するとツアーはウッと身を仰け反らせるような動きをみせてから、視線を外した。

 

「あれこそ仕方ないよ。あのタイミングでないと確実に彼女は死んでいただろうし。今回の戦いに於いて、人間側の戦力は一人でも多いに越したことはないんだ」

 

「それは俺も分かっている。だからお互い様だと言ってるんだ。そもそもお陰で周辺国家同盟に参加させやすくなったじゃないか」

 

 取りあえず痛み分けで話を終わらせようとすると、ツアーもまたその意図を察したようで一つ頷いた。

 長年敵対していたアベリオン丘陵の亜人軍に襲われていた聖王国を手助けした以上、悟たちがこの国にきた本来の目的である周辺国家同盟への参加を促すには十分な働きだ。

 

「まあそうだね。法国が奴らの手に落ち、アベリオン丘陵まで掌握された今、もうこの国も関係ないでは済まない」

 

「ああ」

 

 今までは聖王国は正直、周辺国家同盟に入っても入らなくてもどちらでも良い状況だったが、今回の件でそうもいかなくなった。

 聖王国まで落ちれば、エ・ランテル、法国、アベリオン丘陵、聖王国と全て地続きでナザリックの勢力が拡大することになってしまうからだ。

 逆に聖王国を周辺国家同盟に入れれば、王国と組んでアベリオン丘陵を北西両面から攻めることが可能になるため、交渉の重要度が増したとも言える。

 

「どうする? 聖王女の説得、私も一緒に行こうか?」

 

 聖王国を説得する意味が強くなったことに気の重さを感じていたため、ありがたい申し出ではあるのだが、ナザリック側の動きに気になる点もある。

 

「いや。思った以上にあいつ等の動きが早い。王国の方にも何か仕掛けてくるかも知れない。俺はこの鎧を付けている限り伝言(メッセージ)を送ることはできないから、村の連中には何かあったらハムスケに連絡するように言ってあるが、あいつは都市の中には入れない」

 

「あー。今の聖王国の状況ではハムスケは亜人側だと思われるか」

 

 城壁で話を聞いたときも、兵たちはサトルとツアーは受け入れたが、ハムスケには警戒を示しており、城壁の中に入れるわけにはいかないと言って来たのだ。

 ここでも同じことが起こったら困ると、今は一人で都市の外に待機させているが、ハムスケがそのことでショックを受けていたことも併せて、このまま放置しておくのもまずい。

 

「だからツアー。お前はあいつと一緒に都市の外で待機して、緊急の場合は転移で俺のところに来てくれ」

 

 とは言え、聖王国のことをほとんど知らない状況で、国のトップと一人で会うのも心細い。

 ネイアかクレマンティーヌ辺りに同席を頼んだ方が良いかもしれない。

 

「分かった。聖王女との会談では相手を立てて、下手に出ることを忘れずにね」

 

「分かっている。お前ちょっとしつこいぞ」

 

「そう言いたくなる私の気持ちも察して欲しいところだね」

 

 ツアーの言葉に、不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、悟は心の中で毒づく。

 

(言われるまでもない。俺には神様ごっこをしている暇なんてないんだ)

 

 セバスから話を聞いたアインズを名乗るコピーNPCがどう動くか、まったく分からないのだから。

 

(あるいは一度、こちらから動いてみるか?)

 

 そっと自分の右手を注視する。

 全身鎧に隠れて見ることはできないが、その下にはギルド、アインズ・ウール・ゴウンのサインの入った指輪が輝いていた。

 

 

 ・

 

 

 サトルと名乗った戦士が部屋を出てから、しばらくの間、目を伏せて沈黙を守っていたカルカだったが、やがてゆっくりと目を開くとケラルトとレメディオスに声を掛けた。

 

「二人とも。今の話、どう思いました?」

 

 サトルの話とは、例のアベリオン丘陵を纏めあげ、聖王国に攻めて来た仮面を付けた敵の首魁すら、強力なアンデッドを従えて、たった一夜にして王国の最重要都市であるエ・ランテルを占拠した一団の先兵でしかなく、その一団を止めるため既に、竜王国、帝国、評議国を含めた周辺国家が同盟を結んでいるという話だ。

 サトルがこの国にやってきたのは、聖王国にその同盟への参加を促すためらしい。

 

「……確かに、王国のエ・ランテルで何か動きが有ったとの話は聞いています。てっきり例年の帝国との戦争に関係したものだと思っていましたが──」

 

「ではあの話も信憑性はあると?」

 

「もちろん全ては裏取りを行ってからの話ですが、少なくとも今はそれが事実として考えた方がよろしいかと」

 

 ケラルトが言っているのは、他の幕僚がいないこの場に於いては、彼の言葉が全て本当という前提で考えた方が話が早い。

 つまり、もし本当ならば、その僅かな時間が命取りになるような状況にあるということだ。

 

「そうね。それに、ここで何らかの答えを出さなければ……」

 

「はい。彼はかなり強かです。戦った直後は住民たちにアピールをしたのに、都市に入ってから対応を全てクレマンティーヌなる女性に任せて、自分は一時的に雲隠れした。会談にネイア・バラハの同席を求めたのもそれが理由でしょう。こちらの返答次第では彼女を使って、今回の功績を都市中に広めるつもりです」

 

 こんな国家の一大事に繋がりかねない決断を──正式なものではないにしろ──この場で形にしなくてはならなくなった理由がそれだ。

 サトルは自分の功績を喧伝することを意図的に避けて、それを交渉に利用しようとしている。まずはそれを受けるかどうかを決める必要があるのだ。

 

「なに? あの目付きの悪い娘が居たのはそんな理由だったのか? てっきり、サトル……殿が一人でカルカ様に会うのが恐れ多くて同席を求めたものだと」

 

「そんなわけないでしょう」

 

 気の抜けたレメディオスの発言に、場の空気が僅かに緩む。

 こうした彼女の天然めいた無邪気さは、カルカの疲れた心を癒してくれるが、今回はそれが逆に作用した。

 

「ふぅ。どうしたものかしら」

 

 張りつめていた精神が一瞬緩んだことで、思わず息を吐いてしまったのだ。

 

「……申し訳ございませんカルカ様」

 

 それを見たケラルトが深く頭を下げる。

 元々今回の会談はケラルトが独断で動いて決まったものだ。

 彼女の狙いはサトルを聖王国に雇い入れることで、今回の件を全てカルカの指示に行ったことにして、功績を奪うこと。

 サトルがそれを断った場合は武力で脅すことも考えて、レメディオスも連れて行ったようだが、彼はその上を行った。

 

 武力的な意味でもそうだが、サトルはケラルトの行動で聖王国が今回の件に於ける功績を自分のものにしたがっていると気付き、交渉材料として利用したのだ。

 いや、そもそも自分たちがカリンシャに入る前から、わざと功績を広めなかったところを見るに、初めからそのつもりだったと見るべきだ。

 ならばそれはケラルトの責任ではない。

 

「いえ、ケラルト。あなたが悪いんじゃないわ。全ては聖王国のためを想ってのことですもの」

 

 頭を下げるケラルトを、カルカは慌てて宥める。

 確かにケラルトが独断で動いた事実は変わらないが、それも元を辿れば、八方美人と揶揄される強い政策の取れないカルカに原因がある。

 

「ですが……」

 

「それに。彼の提案に乗るのも悪いことではないと思うわ」

 

「っ! カルカ様、それは……」

 

 その言葉でケラルトもカルカの言いたいことを理解したらしく、驚いたように目を見開き、カルカを真っすぐに見つめた。

 サトルが暗に知らせて来た、聖王国が周辺国家同盟に参加すれば、今回のカリンシャでの功績を聖王女であるカルカに渡すとの提案に乗ってもいいと告げているのだ。

 勝手に同盟への参加を決めたとなれば、南部貴族からは突き上げを喰らうだろうが、少なくとも民からの信頼は失わずに済む。

 

 つまりある意味では、民を騙すことにもなる提案をカルカが受け入れると決断したことで、ケラルトの考えは間違っていなかったと言外に伝えたのだ。

 カルカの思いを受けたケラルトが、何かを言おうと口を開きかけた途端、再び無邪気な声がそれを遮った。

 

「いいえ。カルカ様。全てはケラルトの責任です」

 

「姉様」

 

 空気を読まない己の姉をジロリと睨むケラルト。

 

「なんだその目は。考えるのはお前の仕事。それが間違っていたのなら、その責任はお前にあるに決まっているだろうが。そして私はカルカ様の護衛をしっかりと果たした。適材適所だな」

 

 胸を張って言うレメディオスに、再び場の空気が弛緩する。

 だが今度は先ほどと異なりそれが良い方に作用した。

 眉間に皺を寄せていたケラルトの表情が緩み、そのまま軽口を叩く。

 

「だったら姉様。サトル殿の口を塞いできてくださいよ。そうすればこんなに急いで話を進める必要はないんですから」

 

 当てつけのような、いや。完全な当てつけだろう。

 ケラルトにしては珍しく論理的ではない言葉に、レメディオスは眉を顰めた。

 

「むぅ。それは無理だ。他のことにしろ」

 

 誰よりも努力を重ね、聖王国随一の強さを誇るレメディオスが、間を置かず自分では勝てないと言い切ったことで、改めてサトルの強さを実感する。

 

(そんな彼と互角に戦った仮面の男すら先兵に過ぎないエ・ランテルを支配した一団。アベリオン丘陵がそんな相手に支配されたというのなら、やはり同盟に参加するしかないのかしら)

 

 連鎖的に相手の強さが見えてくると、ますます聖王国が置かれている状況の厳しさも見えてくる。

 カルカが断腸の思いで国家総動員令を発令させた今回の事件すら、単なる序曲に過ぎなかったのだ。

 

 相手は国だけではなく、世界そのものを揺るがすような強大な力を持った存在。

 聖王国だけが無関係でいることはできない。

 この戦いはきっと聖王国史上最も過酷な戦いになるだろう。

 

 そんな戦いを切り抜けるには、もうカルカだけが綺麗なままではいられない。

 だがそれでも。

 

 誰も涙を流さなくてよい国を作る。

 

 その理想だけは叶えてみせる。

 

(たとえ私の手を汚すことになったとしても……)

 

 決意と共にカルカはケラルトに一瞬だけ目配せをすると、彼女もまたそれだけで全てを理解したように強く頷く。

 それを見て、カルカは同盟参加を決意した。

 

 

 ・

 

 

「さて。どうやってナザリックまで帰還しましょうか」

 

 聖王国北部の森の中に身を隠したセバスは、これからについて考えていた。

 一刻も早くナザリックに帰還しなくてはならないのだが、魔法の使えないセバスは転移(テレポーテーション)転移門(ゲート)などで一気に戻ることが出来ないのだ。

 だからこそ、定時連絡の際に状況を説明してシャルティアなどに迎えに来てもらうしかないのだが、何故か定時連絡が途切れてしまった。

 ナザリックで何か起こったのか。

 あるいは──

 

「っ!」

 

 突如目の前に現れた黒い塊を前に、セバスはその場で姿勢を正した。

 主自らが現れる可能性も考慮したためだが、聞こえてきたのは別人の声だった。

 

「ん。ここにいるのはセバスだけでありんすかぇ?」

 

「はい、シャルティア様。亜人たちは目立つため、別の場所に待機しておくように命じています」

 

 確認の後、主が現れる可能性も考慮しながら告げる。

 以前、他ならぬシャルティアが裏切りを疑われた際は、守護者同士の争いを止めるため、主自らがその場に出向いたことがあったからだ。

 そのときは先にセバスが現場に向かい、安全を確認してから主が転移するという方法を取ったのだ。

 今回もあるいは。と考えていると、カラカラと明るい笑い声が響いた。

 

「そう硬くなる必要はありんせん。アインズ様は参りんせんよ……来るはずがありんせん」

 

 途中から笑い声が鳴りを潜め、ゾクリと背筋を凍らせるような冷たい響きに変わった。

 

(やはり、そういうことですか)

 

 定期連絡が途絶えたのは、セバスとサトルを名乗った騎士とのやりとりが中途半端に伝わったせいだ。

 つまり、セバスの裏切りが警戒されている。

 だからこそ、定時連絡が途絶え、こうして守護者最強であるシャルティアが現れた。

 

(いや。前回のことを考えると彼女一人とは限りませんか)

 

 あのときは守護者三名に加え──その時はアウラとマーレがどう出るかわからなかったということもあるが──デミウルゴス配下の魔将たちも呼んで必勝の形を作っていた。

 案の定、完全武装の状態で現れたシャルティアに続いて、もう一人こちらもまた完全武装の状態で現れた相手に、セバスはほんの一瞬眉を寄せた。

 彼女が来るのは想定していなかった。

 主が玉座の間に籠っている間、主に代わってナザリックの内政を任せられている関係上、ナザリック内の問題解決に動くことはあっても、外に出ることは今まで一度も無かったからだ。

 どうやら自分の立場は思った以上に悪くなっているらしい。

 

「……アルベド様」

 

 守護者統括アルベド。

 漆黒の全身鎧とバルディッシュという、彼女の主戦武装を纏いながらも、その足取りはドレスを纏っているとき同様に優雅なものだ。

 そのままセバスの前に立つとアルベドはゆっくりと周囲を見回し、何かを確認するような仕草を見せてから、セバスに視線を戻した。

 

「急に悪かったわねセバス。貴方に聞きたいことがあるのよ……たっち・みー様の鎧を纏った御方についての話よ」

 

 漆黒の全身鎧に身を包んでいるせいで顔は見えなかったが、その声は何故か喜色を孕んでいるように聞こえた。




次はナザリック側の話を進める予定です
王国はその後ですが、王国の立場は少々特殊なので、別の章扱いになるかと思います
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