最終決戦への前振りでもあります
デミウルゴスが立案した亜人を率いて聖王国を蹂躙する計画を実行していたセバスが、こともあろうに敵前逃亡したとの報を聞き、エ・ランテルでの仕事を配下に任せてデミウルゴスはナザリックに帰還した。
「第三王女の見極めも済んでいないというのに」
自分でも声に苛立ちが混ざっているのが分かった。
現在聖王国での作戦や、エ・ランテルの管理以外にも、早急にこなさなくてはならない案件が存在している。
それが周辺国家同盟が設立した後、その監視を誰に行わせるかというものだ。
こちらの目論見通り、エ・ランテルを占拠したナザリックを警戒した国々は同盟を設立し、参加する国を順調に増やしているのは良いのだが、地理的にも国家の理念的にも真っ先に声が掛かるはずの法国には何の知らせも届いていない。
これはエ・ランテルの作戦中に処理するはずだった陽光聖典の者たちが逃げ出してしまったことで、上層部が既にナザリックの支配下にあると露見したためだろう。
今のところ、その事実を公表する動きはないようだが、これで法国は同盟に参加することができなくなった。
そのためデミウルゴスは法国に代わって同盟を内部から操る人材を捜していたのだが、つい先日、エ・ランテルの生き残りや法国の情報網を使って、ようやく候補者を見つけることが出来た。
その相手こそが王国の第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。
彼女は国民のためとなる様々な政策を打ち立てたことで、黄金と呼ばれ民衆からの人気も高い聡明で慈愛に満ちた王女と謳われている。
実際に彼女が提案した政策はナザリック最高の知者であるデミウルゴスをも感心させるものばかりだったが、それだけの頭脳がありながら、ラナーの行動には不可解な点も見受けられる。
その頭脳があれば簡単に想像がつくはずの根回しを怠ったり、貴族たちの取得権益に踏み込んで妨害を受けるなどといった空回りとも言える行動。
それが他者を操るためにあえて選択しているのだと気づいたことで、デミウルゴスは改めて彼女の功績を分析し、彼女の本心は、評判とは裏腹に国や民のことなどどうでもよく、ただただ自分の利益のみを追求するタイプであると理解した。
こうしたタイプは、十分な利益を提示すれば何の迷いもなく国を裏切る。
エ・ランテルが王国の領土であり、周辺国家同盟から外すことはできない以上、同盟を裏から操る駒として最適の存在だ。
しかし、一つ懸念もあった。
それこそが彼女の頭脳だ。
王家の血筋を残すためのスペアのスペア程度の価値しかなく、権力も武力も持たない第三王女が王宮の中から王国内のみならず、有益な政策を流すことで間接的に帝国すら動かす。
この知能は人間としては異常。その叡智は自分にも匹敵しかねない。
だからこそ、もう少し詳細な情報を集めてから交渉するつもりだったが、セバスの処遇如何によっては計画修正が必要となる。
結果的に、第三王女の件は後回しにするしかなくなった。
その苛立ちが足運びにも現れていることを自覚しつつ、墳墓への入り口である霊廟から第一階層に向かって進み出したデミウルゴスの前にマーレが姿を見せた。
「あ、あの。デミウルゴスさん。お疲れさまです」
「ああ。マーレ、こんなところでどうしたんだい?」
怒りを抑えながら努めて普段通りに接すると、マーレはいつも以上にオドオドとした態度で口を開いた。
「え、えっと。セバスさんの件で報告があるんです」
そんな風に口火を切ったマーレの言葉に、デミウルゴスは眉を顰めた。
デミウルゴスにセバスが予定外の行動を取ったと報告してきたのは、連絡役──あるいは監視役──として預けていた
セバスが
逆に言うと、セバスはわざと
やはりデミウルゴスが懸念していた通り、セバスは己の正義とやらに準じてナザリックを裏切った可能性が高い。
本来は直ぐにでも転移魔法でセバスの下に出向いて詰問したいところだが、セバスの強さは守護者内でもシャルティア、マーレに続いて三番目、アルベドやコキュートスと同格とされている。
敵に回った場合、デミウルゴス一人では勝ち目は薄い。
人数を集め、必勝の戦力を整える必要がある。
そう考えたからこそ、デミウルゴスは報告を聞いて直ぐナザリックに帰還した。
つまり現時点でセバスの行動を知っているのはデミウルゴスだけのはず。
だと言うのに、既にマーレがその情報を手にしていることを訝しんだのだ。
情報の出どころも気になったが、余計な横やりを入れても始まらないと、大人しくマーレの話を聞くことにした。
その報告は予想外のものだった。
「アルベドが?」
マーレ曰く、アルベドはセバスの件を把握済みであり、詳しい話を聞くためにニグレドの力で居場所を調べ、シャルティアを伴って既にセバスの下に出向いたというのだ。
「は、はい。今回の件はシャルティアさんと一緒にアルベドさんが直接セバスさんから話を聞くので、自分が戻るまで僕たちにはナザリックで待機しているようにと」
デミウルゴスから発せられる憤怒のオーラでも感じ取ったのか、いつも以上にビクビクしながらマーレが言う。
「……アインズ様はこの件をご存じなのですか?」
「えっと、その。僕が報告したんですけど、今は玉座の間でやらなくてはならないことがあるので、アルベドさんにお任せすると」
怯えた様子のままマーレが続ける。
玉座の間、というより第十階層の
加えて主がそこに入っている間は余程の緊急時を除き、
「守護者統括殿でしたら、セバスに情けを掛けるとは思えませんが、何故二人だけで──」
「な、なんででしょうね」
必要以上の反応を見せるマーレを見てピンときた。
おそらく彼はアルベドからその理由も聞いている。
その上で黙っているように言われているのだ。
(あのときの意趣返しのつもりですか)
以前シャルティアの行動を怪しんで、アルベド、デミウルゴス、コキュートスの三人で話を聞きに出向いたときのことだ。
怒りのあまり即座にシャルティアを処断しようとしたアルベドを諫め、まずは話を聞くようにと言ったのはデミウルゴスだ。
あのときは主が玉座の間に籠もっていたことで、正確な指示系統が確立されておらず、シャルティアの行動も明確な裏切りとは言えず、先ずは話を聞かなくてはならないと考えたからこその提案だったが、今回は違う。
この計画が正式に主より許可を貰っている以上、どんな理由があろうと、セバスの行動は明確な命令違反に他ならない。
(もしくは、そうして理由付けすることで、こちらの仕事を奪おうとしているのか?)
主が玉座の間から出てきて以後、アルベドは妙に大人しくなった。
あれほど主の寵愛を欲していた彼女らしからぬ態度だが、それも己の有用性を示すことで、主に見捨てられないようにするためのものだと結論づけて、特に口出しはしていなかった。
しかし、そのやる気に反してアルベドの仕事は主が玉座の間に籠っていた時に比べて減っている。
世界征服という目的のために本来の仕事である階層守護以外にも、方々で働いている守護者の面々と異なり、守護者統括のアルベドの仕事はナザリックの維持管理のみ。以前は手作業で行っていた内容を、主自らが玉座の間で行うようになったことで、彼女の負担は激減した。
だからこそ、新たな仕事を求めたアルベドが、ナザリック内の様々な場所に出没しているとも聞いていた。
それでも仕事が見つからなかったため、本来は作戦の立案者にして、総責任者でもあるデミウルゴスがやるべき仕事を奪おうとしているのではないだろうか。
だとすれば勝手すぎる。
そもそもナザリックの維持管理は、アルベド以外には任せられない、と主直々に命じられた大役だというのに贅沢な話だ。
(これではシャルティアと大差がないですね)
シャルティアが勝手に動いた理由も確か、自分の仕事が少ないことを妬んでのことだったはずだ。
(ああ。だから、彼女だけ連れていったのか)
例えアルベドの思惑に気づいても、かつて同じことをしたシャルティアならば、アルベドの行動に文句は言えないだろうと考えてシャルティアだけを伴ってセバスの聴取に出向いたと考えれば辻褄はあう。
実際、エ・ランテルの管理や今回のセバスの行動のせいで作戦を練り直さなくてはならなくなったデミウルゴスよりは仕事の少ないアルベドとシャルティアが行った方が、無駄がないのも確かだ。
しかし。
(人の仕事を横からかすめ取るような真似は感心しませんね)
これに尽きる。
仕事が増えるといっても結果的にナザリック、つまりは主に迷惑を掛けるのならばともかく、ただデミウルゴスの負担が増えるだけならば大した問題ではない。
ナザリックに属するものであれば仕事が増えることは、歓迎すべきことではあっても、不満を覚えることではないからだ。
それをこちらの意見も聞かず勝手に奪い取るなど、不愉快極まりない。
とは言え、アルベドたちが主からも許可を得ている以上、デミウルゴスにはもうどうしようもない。
未だ燻る不満を深呼吸と共に吐き出し、こちらをチラチラと窺っているマーレに笑い掛けた。
「守護者統括殿でしたら問題はないでしょう。私は自分の仕事をすることにします」
「そ、そうですか……良かった」
デミウルゴスの返答にマーレは急に明るくなり、気が緩んだのかぽつりと呟いた。
やはりマーレはここでデミウルゴスを待ち、場合によっては足止めでも命じられていたのだろう。
「じゃ、じゃあ僕はこれで──」
「ああ、マーレ。少し待ってくれないか?」
安堵の表情のまま離れようとするマーレを引き留める。
「は、はい?」
「そもそも私はまだ今回なにが起こったのか詳しく聞いていなくてね。君がアインズ様に報告したというのなら、アルベドから詳細も聞いているのだろう? 私に教えてくれないか。場合によっては今回の作戦を修正する必要があるのでね」
「で、でも僕はシャルティアさんの代わりに第一階層の見回りが──」
「それは彼女の配下に任せておけば問題はないよ」
マーレの言葉をピシャリと遮る。
シャルティアの代わりと言っているが、もしもの際、足止めを命じられていたのならば、その辺りも事前に手が打たれているはずだ。
案の定図星だったらしく、マーレは助けを求めるように落ちつきなく周囲を見回しているが、否定の言葉は出てこなかった。
「さあ、セバスが一体なにをしでかしたのか、ゆっくりと聞かせてもらおうか」
「……は、はい」
アルベドたちにメッセンジャーを押しつけられただけのマーレには可哀想だが、ここで不満を解消しておかなくては今後に差し支える。
回りまわって、これもナザリックのため。
マーレには愚痴聞き相手になって貰うとしよう。
そんな思いを込めながら、デミウルゴスは怯えているマーレに再度笑い掛けた。
・
ナザリック地下大墳墓第十階層、宝物殿最深部、霊廟。
これまで意図的に避けていた場所にアインズは足を踏み入れていた。
手前にある待合室はパンドラズ・アクターとの合流場所として使用しているが、そのときも眺めることはあっても、ここまで足を踏み入れる気にはならなかった。
ここには仲間たちを模してアインズが造り上げたアヴァターラが存在しているからだ。
もっとも、ギルドメンバーの外見をうまく真似ることが出来なかったアインズ、いや、鈴木悟が購入した外見データをゴーレムに無理矢理押し込んで制作したため、かつての仲間たちの姿を一割も再現できていない歪なデザインの物ばかりだが、武装が付けられていることで、誰を模して作られたのかなんとか理解できる。
今のアインズは設定を書き換えられたせいか、大切な存在であるはずのかつての仲間たちに黒い感情を抱いてしまう体質となっており、例え不出来であってもアヴァターラに囲まれていると、ユグドラシルでの思い出が蘇り、己の内から黒い感情が湧き上がり続けてしまう。
それが嫌でここには近づかないようにしていたのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。
どうしても、確かめなくてはならないことがあった。
左右の窪みに鎮座するアヴァターラは、全部で三十七体。
最終日までアインズ・ウール・ゴウンに席が残っていた三人と鈴木悟、合計四人分が未制作なのだが、それ以外のアヴァターラには仲間たちから譲り受けた装備品、アインズの主武装にも迫る強力な武装が付けられている。
しかし、一体だけ例外があった。
武装が一つも付いておらず、外装データを押し込んだときのまま、いわば裸同然であるが故に、不格好さがより顕著となってしまっているアヴァターラ。
「……あんな嘘を言うんじゃなかった」
以前セバスから、たっち・みーの武具がどこにあるのか質問を受けたことがあった。
突然の質問に慌ててしまい、そのときはとっさにこの宝物殿に仕舞われていると嘘を吐いたが、実際は違う。
以前ここにあったのは確かだが、鈴木悟が最終日、作り上げたコピーNPCに装着させて勇者としてナザリックを攻略させるというお遊びの為に、彼の武具を持ち出してしまったのだ。
そのことをアインズもぼんやりと覚えていたのだが、このアヴァターラを見たことで、あの記憶が現実のものだと確信した。
「やはりあの鎧は本物だったか」
作戦行動中だったセバスの前に現れた純銀の騎士が纏っていた鎧こそが、このたっち・みーを模したアヴァターラが装備していたはずの鎧。
「ついにこのときが来たか」
玉座の間で見た純銀の騎士を思い返しながら、アインズはため息のまねごとをする。
アインズはセバスとあの純銀の騎士の戦いを
それも、エ・ランテルの作戦でシャルティアが謎の敵に襲われた際、声が聞けなかったことを反省し、感覚器官を作り出す魔法と声を聞けるようにする魔法の
NPCがナザリック外で単独行動を取る際には、出来る限りそうするようにしているが、今回は別の事情がある。
デミウルゴスが立案したアベリオン丘陵の亜人を纏め上げ──エ・ランテルで働かせる手駒として増やす意味もある──聖王国を襲わせることで、周辺国家同盟に参加させる計画の実行役としてセバスが名乗りを上げたためだ。
今回の作戦が成功すれば、一般人にも多大な被害がでる。
それがナザリックのためになるのならアインズは特に気にしないが、似たような虐殺行為が行われているエ・ランテルの住人に同情し、アインズに直訴しにきたはずのセバスが自ら志願したことに違和感を抱いたのだ。
しかし、他ならぬ作戦立案者のデミウルゴスがそれを受け入れたため、アインズも却下できなかった。
とはいえ、セバスの意図が読めず、何か起こってからでは遅いと考えて監視を行うことにしたのだが、アベリオン丘陵の平定に際し、支配されることをよしとせず刃向かった亜人たちへの見せしめとして行われた虐殺行為に胸を痛めている様子や、天幕で口にした独り言などを聞いていて、セバスの目的は察しがついた。
ようするに、セバスはペストーニャやニグレドと共に直訴した際、アインズに謝罪させてしまったことを悔い、その償いのために望まぬ虐殺行為を行おうとしているのだ。
だが、それは見当違いな考えだ。
アインズがセバスたちに謝罪したのは、彼らの願いを聞き入れられないことに対してよりも、自分のふがいなさと、偽物でありながら彼らを騙していることへの後ろめたさが主な理由なのだから。
セバスが気に病む必要はない。
だからこそ、場合によっては何らかの形で作戦に介入し、セバス自らの手で一般人を虐殺させることだけは止めようと考えて、その後も監視を続けていたのだが、いよいよ作戦が佳境に入り、目的地であるカリンシャなる都市にセバスが押し入ろうとした時、それは現れた。
空から降り立ち、セバスと敵対していた女を守るように現れた純銀の騎士。
まるで、ユグドラシルに嫌気がさしていたアインズを救ってくれたたっち・みーのような登場の仕方に、アインズは驚きと共に懐かしさを覚えたものだ。
その時点でアインズはある意味安心していた。騎士の正体が本物の鈴木悟だと気づいていたからだ。
もっとも、正義の味方じみた行動や、たっち・みーの名前をイジった言動などには、初めてパンドラズ・アクターを見た時のような寒気を覚えたが。
相手が本物の鈴木悟ならばセバスと戦い出したのも本気ではなく、カルマ値が善のセバスならその場で鈴木悟が余計なことを言っても上手く説得できると考えたことも、楽観視した要因だ。
結果、アインズは戦いよりも、悟にナザリックへ戻ってきてもらった後、他のNPCにアインズのことをどう説明するべきかを考え始めていた。
自分が悟を名乗り、本物の悟にアインズ・ウール・ゴウンの名を押し付けてナザリックに君臨してもらおうか。
そんな呑気なことを考えていたからこそ、鎧の中身がアインズだと誤解していたセバスに対し悟が言い放った台詞が突然耳に飛び込んできて、一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
「この世界に混乱をもたらすやり方は認めない、だと?」
今思い出しても怒りがこみ上げる。
その上悟は、近いうちに周辺国家を纏め上げて挨拶、つまりはナザリックに攻め込んでくるとまで言い放ったのだ。
その言葉がどこまで本気なのかはわからない。
単純に悟が一人でこの世界に転移して来てしまったことで、ナザリック側の状況がよく理解できず、正義の味方のロールプレイの一環として、そんな言葉を口にしたのかもしれない。
そうだったとしても許せることではない。
NPCたちはナザリック地下大墳墓のため、唯一残った主に忠義を尽くすために、身を粉にして働き、セバスに至ってはNPCにとっては自身の存在理由とすら言える創造主の定めた設定すら押し殺している。
今まさにその設定書き換えのせいで大切な存在であるはずのナザリックやギルドメンバーに黒い感情を抱いているアインズだからこそ、その苦しさがよくわかる。
そんなセバスを──そのことを知らなかったとしても──責め立て、自分の方が正義だと言い放った鈴木悟に、言葉では表せない不快感と怒りを覚えていた。
「クソ! 好き勝手言いやがって。俺が、みんながどんな思いでこのナザリックを守ろうとしているのかわかっているのか!」
改めて思い出したことで怒りが一気に膨れ上がったアインズは、たっち・みーのアヴァターラから視線を外し、代わりにいずれは自分のアヴァターラを置く予定だった、空の窪みを睨みつけた。
ここに来たのは鎧の確認だけではなく、怒りを吐き出し、冷静になってこれから自分がどうするべきか考えるためだ。
自分に鈴木悟の記憶と人格があったとしても、所詮はコピー。
この話をしても他の者たちは全員本物の側につくだろう。
唯一パンドラズ・アクターだけは三人平等に忠誠を誓うと約束してくれているが、だからこそ自分にだけ力を貸してくれはしない。
できれば時間を稼ぎつつ、一人一人に話を聞いて仲間になってくれそうな者を捜したいところだが、この話を他の者たちが知るのも時間の問題だ。
つい先ほど、マーレが伝言でそんな報告をしてきた。
正確には悟のことではなく、セバスが計画を無視して敵前逃亡したので、アルベドとシャルティアがその対処を行うとの報告だったが、二人がセバスから話を聞けば同じことだ。
アルベドはナザリックにいるアインズが偽物だと気づいている節があるとパンドラズ・アクターも言っていた。
実際感づいているのは、アインズとパンドラズ・アクターが入れ替わっていることらしいが、ナザリックでも三指に入る知恵者として創造されたアルベドなら、そうやって入れ替わりながらナザリックの管理運営を行っている自分たち二人を怪しみ、鈴木悟こそが本物だと推察しても不思議はない。
仮に気付かれなかったとしても、悟がセバスに語った通り周辺国家同盟を纏め上げて、この地に攻め込んでくればそれで全てが終わりだ。
鎧を解いて正体を明かすだけで、NPCは悟に手を出すことができなくなり、このナザリックは本物の鈴木悟の物となる。
場合によっては正義の味方ロールを続けて、エ・ランテルで虐殺を行ったナザリックの存在そのものが許せないなどと言いだし、NPCたち全員に死を命じることすらあり得る。
そしてその場合、NPCは全員その命に従い自ら命を投げ出すだろう。
もちろん考えすぎの可能性の方が高い。
決して裏切らず、どんな命令でも聞くNPCをわざわざ殺す理由などないのだから。
だが、可能性はゼロではない。
そして所詮偽物にすぎないアインズにはそれを止める力はない。
「──いや、逆だ」
確かにこの体は紛い物、オーバーロードであるモモンガのコピーとして生み出された物にすぎないが、記憶と人格は本物であり、例え鈴木悟から自害を命じられたとしても、それを聞くことはない唯一の──正確には同じ立場のコピーNPCがもう一人いるが──NPCだ。
ならば、最悪の事態を想定し、どんな手段を用いてでも先に鈴木悟を捉える。
その上で本心を聞き出し、もし本当に他のNPCたちに危害を加えるつもりならば。
そのときは──
「私が皆を守る。今度こそ、誰も失わない」
鈴木悟でもモモンガでもない、このナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンとしてそう言うと、アインズはアヴァターラに背を向けて覚悟と共に歩き出した。
・
「報告は以上となります。栄えあるナザリック地下大墳墓の執事でありながら、背を向けて撤退したことにつきましては申し開きのしようもございません。ですが、あのサトルなる御方はたっち・みー様の鎧を纏い、アインズ様のお名前や、ナザリックのこともご存じの様子。動きを見るにたっち・みー様ではありませんが、今はお隠れになっている至高の御方々に近しい、あるいは御本人ではないかと推察いたしました。ゆえに先ずはアインズ様にご報告をと考え撤退を選択した次第でございます」
深々と頭を下げるセバスの話を全て聞いた後、アルベドから笑みが消え、瞳が知らず知らずのうちに細まった。
アルベドがデミウルゴスより早くセバスの異変に気付いたのは、自身の姉であるニグレドから報告を受けたためだ。
何故ニグレドがセバスの監視を行い、あまつさえ作戦の総責任者であるデミウルゴスではなく、自分に連絡してきたのかは良く分からないが、今回ばかりは助かった。
こうして、本物の主に繋がる手がかりを得られたのだから。
しかし、まだ確定ではない。
(アインズを認めない……やはり、そのサトルなる御方が本物のモモンガ様なのかしら。でもそれにしては──)
撤退するセバスに投げかけたという言葉が気になるのだ。
あの偽者に捧げるためというのは不愉快だが、武力でもって死と恐怖を振りまき、世界を支配するやり方はアルベドも否定はしない。そうして征服された世界こそ、死を支配する
しかし相手は正義を語り、ナザリックのやり方そのものを否定した。
それは主ではなく、それこそセバスの創造主であるたっち・みーの考え方に近い。
だが、セバス曰く鎧の中身はたっち・みーではないという。
あるいはそう思わせて自分の正体を隠すことが目的なのか。
どちらにしても、まだ情報が足りない、と思案を続けていたアルベドの後ろから、シャルティアがため息と共に言った。
「近接戦闘が主体であればペロロンチーノ様でもありんせんねぇ」
残念と言うように肩を落とすシャルティアに、アルベドはそっと視線を向ける。
今の話を聞いても、シャルティアはナザリックにいるアインズのことを偽者だとは微塵も疑っていない。
それでこそシャルティアを
これがデミウルゴスなら、これまでの言動と併せて、疑いを持ったかもしれない。
最終的には全守護者を含めたナザリックに属する者全員にこの事実を暴露し、偽者を打倒するつもりだが、まだ時期が早い。
何しろあのアインズを名乗る者は、主の姿を真似た偽者には違いないが、主に僅かに劣るとはいえ自分たちと比べても圧倒的に強い支配者のオーラを纏っているのだから。
それはつまり、あの偽物の正体は主を除いた四十人のいずれかである可能性が高いということだ。
その場合、最低でもあの偽者に創造された者は、あちらに付くのは間違いない。
加えてアインズが最後まで残っていたことに恩義を感じている者も多い。
それでは本物の支配者である主が帰還したとしても、アインズ側に付く不遜な者たちも現れるかもしれない。
そのため今は迂闊に動くことはできず、アインズが偽物だと知られるわけにもいかない。
シャルティアならばその心配はない。
セバスも今のところ大丈夫のようだ。
こっそりと安堵していたアルベドに対して、不意にシャルティアは何かを思い出したように首を捻った。
「ん? さっきその御方はサトルと名乗ったと言っていんしたね」
「はい。至高の御方々には存在しない名ですが……ご存じなのですか?」
興奮を隠しながらも瞳をギラリと輝かせるセバスに、シャルティアは、サトル。サトル。と何度か口の中で唱えてから手を打った。
「ああ! 思い出したでありんす。あのエ・ランテルなる都市で現れた鎧の戦士。あれにサトルという名を知っているか、と聞かれんした」
エ・ランテルでシャルティアが遭遇したという敵のことは聞いており、報告書も提出させたはずだが、サトルという名はどこにも書いていなかったはずだ。
「確かにあれも、銀色の全身鎧と聞いていたけれど、それはたっち・みー様の鎧とは違うのよね?」
「違いんすね。銀というよりは白金で出来た鎧で、たっち・みー様の物とは違ってドラゴンみたいな意匠でありんした」
次々と報告書になかった情報を出してくるシャルティアに怒りを押し殺しながら続ける。
「……それで他には何か言っていなかったの?」
「んー。よく分かりんせんが、アインズ様を誰かと勘違いしているようでありんしたね。君はそちらに付くのか、とかなんとか。後でアインズ様に聞いたところ、特に思い当たることは無かったそうでありんすが、話を合わせて情報を得ようとしたと仰っていんした」
流石はアインズ様。と続けて恍惚とした表情を覗かせるシャルティアに、アルベドは心の中で舌を打ちつつ、続きを促す。
「他には?」
「後は……ああ。この世界に招いたのがどうとか。世界を守るとか。そんなことを言っていた気がしんすが、わたしを。わ・た・し・を! 助けに来てくださったアインズ様がカッコ良すぎて、正直覚えていんせん」
こちらを牽制しつつ──アルベドにとっては偽者の寵愛などどうでも良い──暢気に告げるシャルティアに、ついに我慢が限界を迎えた。
「シャルティア! 何故そんな大事なことを今まで黙っていたの! わざとだというのなら貴女の方こそナザリック地下大墳墓に対する背任よ」
アルベドの言葉にシャルティアは臆することなく、鎧姿のためパッドも入れていない貧相な胸を全面に出しながら自信満々に告げた。
「フフン。それを報告書に書かなくて良いと仰ったのはアインズ様でありんすぇ? 不確かな情報を広めると混乱を招くからご自分で調べると言っていんした」
(報告連絡相談を徹底するように言ったのはアインズ自身。実際にそれを知らなかったせいでセバスは混乱して撤退に追い込まれた。つまりその理由はブラフ。シャルティアならそれで問題ないと思ったんでしょうが、やはり偽者。詰めが甘い)
普通なら報告書に書くなと言われた時点で、それは他の者にも話すなという意味だと察することが出来るが、考えなしのシャルティアにそこまで察しろというのは無理な話だ。
あの偽者はそれが読めなかった。
(わざわざ隠している以上、やはりサトル様が本物のモモンガ様。いえ、そうでなくてもあの偽物の弱みになりうる。奴より先に私が見つけだせば……)
本物の主でなくても、アインズを追い込む際の手札として利用できる。
「どういうことでしょう? やはりアインズ様はサトル様のことをご存じなのでしょうか? ですが、そうなるとナザリックを否定するかのようなあの言動は──」
セバスがアインズに疑念を抱きつつあることを感じ、アルベドは慌てて、けれどそれは微塵も感じさせずにその思考を中断させる。
「それは私たちが考えても仕方がありません。今シャルティアが言ったようにアインズ様には深いお考えがあるのでしょう。それよりもセバス?」
「はっ!」
「何故貴方があのような行動に出たのかは理解しました。貴方への処罰は全てアインズ様がお決めになることですが、守護者統括として、少なくともアインズ様に敵対する意志はないものと考え、ナザリックに帰還することを許可します」
こう告げたのは今回の聴取がセバスがナザリックを裏切ったかどうかを確認するものであると同時に、アインズの前に出しても問題ないかを見極める名目で行われていたためだ。
セバスが敵対行動を取る可能性があれば、一時的にセバスを隔離して、離れた場所からアインズと面談という流れになる予定だった。
もっともアルベドとしては偽者がどうなろうと関係がないのだが。
「はっ! 感謝いたしますアルベド様。このセバス・チャン。たっち・みー様の名に懸けて、決してその信頼を裏切らぬことを誓います」
先ほど以上に深々と頭を下げるセバスに、アルベドは無言のまま小さく頷く。
後はセバスの報告を聞いたアインズがどう動くか。
それによってアルベドの行動も変わってくる。
どちらにしても、そのサトルなる騎士の確保が最優先なのは間違いない。
アインズに気付かれないように捜すには、やはり情報収集に特化した
(モモンガ様。もう少しだけお待ちください。必ずや私があの偽者を排除し、御身をお迎えに参ります)
やっと掴んだ主の手がかりを前に、アルベドは湧き上がる歓喜とアインズへの怒りを隠すため、微笑の仮面を被りなおした。
ちなみにニグレドがセバスを監視してアルベドに報告したのは、アインズ様を謝罪させてしまったことを必要以上に気に病んでいるとペストーニャから聞いて心配になったためで、実際に敵を前に逃げ出したのを見て、デミウルゴスでは即処断になりかねないと思い、アルベドに間に入って貰おうとしたからです
なのであの時点でセバスは、デミウルゴスの影の悪魔、アインズ様の遠隔視の鏡、ニグレドの魔法と、三人三様別々に監視を受けていたことになります
次回から新章というか王国編に入ります