オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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本筋ではないので、漆黒の剣からのツアレ奪還依頼は省略
今回の話はその後。同じくラナーから娼館襲撃を依頼された蒼の薔薇とモモンガさんの話です


第44話 蒼の薔薇との邂逅

「地図によるとあの建物のはずだけど……」

 

 王都の路地を奥へ奥へと進んだ先にある一軒の建物を示したラキュースの言葉に、周囲を警戒していたティナも同意する。

 

「おそらく間違いない。この路地裏にあんな頑丈な扉は不釣り合い」

 

「確かに。あの建物だけ扉が鉄で出来ているみたいね」

 

 一見してそれと分からないようにしてあるが、目標である店の扉は、明らかに他の建物と比べて異質な雰囲気を纏っていた。

 

「じゃあやっぱり、あそこが──」

 

 違法娼館。と続く言葉は飲み込む。

 空回りの多いラナーの活動の中で、珍しく──と言っては失礼だが──成功した政策の一つである奴隷売買禁止令により、少なくとも王都内からは違法な娼館はなくなったのだが、ただ一つだけ残っているのが、この建物だ。

 

 ここではありとあらゆることが体験できるという触れ込みで、幾人もの娼婦が娯楽として殺され続けていると調べが付いている。

 そうした趣向を持つ上流階級の者たちにとって最後の、汚れた楽園。

 調べた内容を思い出すだけで、腸が煮えくり返りそうな怒りを覚える。

 

 これまでラキュースたちは別部門、すなわち麻薬部門が流通させている黒粉の原料となる植物を栽培している村の襲撃を行っていた。

 王国内に深く根を張る八本指と繋がっている貴族は数多く、だからこそ大々的には動けず──仮に捕まえても貴族の権力によって釈放されてしまう──対症療法のようなやり方をするしかなかったのだ。

 しかし、最近になって状況が変わった。

 

(まさか、あのバカ王子が麻薬部門と繋がっていたなんて……)

 

 王家のそれも一応は第一王子にして王位継承権も第一位であるバルブロが、麻薬部門から金を得ているという噂が流れ出したのだ。

 ラキュースたちが裏取りをしたところ、その噂は事実のようだ。

 

 ただでさえ、例のエ・ランテルで起こった事件によって、国民に不安が広がっている今、王族との繋がりまで露見した八本指をこれ以上放置している訳にはいかず、強引にでも八本指を潰す必要が出てきたのだ。

 その一番手として選ばれたのが、奴隷禁止令の影響で力を失い、斜陽傾向にある奴隷部門。

 最後の砦ともいえるこの娼館を落とせば、一気に潰すことが出来る。

 

(影響を考えれば、麻薬部門の方を何とかするべきなんだろうけど……)

 

 不安になった国民が一時でもそうした気持ちを忘れるため、黒粉に手を出すケースが増えていることもあって、麻薬部門から潰したいところなのだが、やはり相手が王家である以上慎重にならざるを得ない。

 

「リーダー?」

 

「あ、ごめんなさい。ティアたちの準備は出来たかしら?」

 

 他のメンバーは、ここから数軒先にある、もう一つの入り口を押さえに向かっている。

 準備が出来たら合図が入る手はずとなっているが、数軒先といえど、この暗がりだ。元暗殺者であり夜目の利く双子でなければ確認を取れない。

 

 ラキュースの言葉を受けて、じっと暗がりの奥を睨んだティナは突如、腕を胸の前に出すと、目に止まらぬ速度で指を動かしはじめた。

 手話だとはすぐに分かったが、ラキュースたちが教えてもらった、簡単な合図や行動指示を示すものとは異なり、双子のみが使える、通常会話と同レベルの速度と語彙で行われる交信だ。

 既に作戦の最終確認は済んでいるので、あちらの準備が出来たらそのまま突入する予定だったはず。

 

 この長い交信は予定外の事態が起こっている証だと察知して、ラキュースは身構えた。

 

「ティアが、店の中から戦っている音がするって」

 

 指を動かして会話を続けたまま、簡潔に情報を伝える。

 

「戦い? 仲間割れかしら」

 

 今回の依頼は冒険者組合を通さない、ラナー個人から頼まれた仕事であるため、別の冒険者に先を越されるはずはない。

 そうなるとまず思いつくのが、八本指同士の諍いだ。

 元々八本指は各部門同士の折り合いが悪く、常に足の引っ張り合いが行われていると聞いているため、あり得ない話ではない。

 とはいえ、流石に表だって敵対するほどではないとも聞いていたが、八本指内でもなにか事情が変わったのか。

 

 どちらにせよ、中にいるのが八本指ならどの部門でもやることは変わらない。

 うまく証拠を掴めば、別部門を叩く足がかりにもなる。と気合いを入れ直し、改めて武器に手をかけようとした瞬間、ティナが手話による会話を中断し、腰に下げた短刀を引き抜いた。

 

「ティナ?」

 

「こっちからも音が聞こえる」

 

 そう言って短刀を向けたのは、ラキュースたちが制圧する予定の正面入り口。

 ラキュースも耳を澄ませてみると確かに、扉の向こうから足音が聞こえる。

 

「この音。全身鎧?」

 

 ラキュースも使用しているためよく知っているが、全身を覆う鎧の場合、歩くだけで関節の各部位が連動して動き、特徴的な音を鳴らす。

 補助魔法を掛けたり、元からそうした魔化が施された武具を使えば、音を消すことは出来るのだが、扉の向こうから聞こえてくる音はそうした気遣いを一切していない。

 それどころか、足音だけ取ってみても、自分の存在を誇示しているかのような堂々たる態度が透けて見えるほどだ。

 

(もしかして、例の六腕?)

 

 表舞台に出てくることがないとはいえ、全員がアダマンタイト級とされる八本指警備部門のトップ、六腕の情報は少なからず手にしている。

 その中に、空間斬の二つ名で呼ばれる全身鎧の戦士がいたはずだ。

 いかなる能力かは不明だが、戦士でありながら、明らかに間合いより離れた場所から敵を斬り裂く技を使用するそうだ。

 

(なら……先手必勝)

 

 建物内での戦いには不向きのため、使用する予定はなかったが、まだ扉からかなり距離のあるこの位置からなら、流石に相手の技も届かないだろう。

 ラキュースの背後で浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)が浮かび上がる。

 後は扉が開いた瞬間を狙って射出するだけだ。

 じっとそのときを待つ。

 やがて、頑丈そうな鉄の扉が、ギィと鈍い音を立てて開き始めた。

 

「射──」

 

「おっと。動くなよ」

 

 手を前方に突き出し、剣を発射しようとした瞬間、首筋に冷たい金属の感触が伝わり、耳元にゾッとするような冷徹な女の声が落とされた。

 横目でティナを見ると、彼女の首元にも同じようにナイフが突きつけられている。

 

(そんな! 私だけならともかく、ティナにも気づかれず)

 

 元暗殺者として優れた探知能力を持ったティナが、こんな距離まで敵の接近に気づけなかった。

 相手の力量に驚愕すると共に、背筋に冷たい汗が流れる。

 

(これが、六腕? まさかこれほどの強さがあったなんて)

 

 アダマンタイト級という噂は偽りではない、いや想定以上だ。

 相手の戦力分析が甘かったことを悔やみ、唇を噛みしめる。

 そんなラキュースに対し、女が口にした言葉はまったく想定外のものだった。

 

「そっちの三人も動くなよ。あっちに三人、ここに二人。お前らが六腕とかいう連中か。後の一人はどこだ?」

 

「え?」

 

 驚いて声を上げてしまったのは、離れた場所にいるイビルアイたち三人の存在が気づかれていることだけでなく、彼女が自分たちと同じ勘違いをしていると気付いたからだ。

 

「待って! 私たちは六腕ではないわ」

 

「じゃあ何者だよ」

 

「それは──」

 

 言葉を詰まらせる。

 相手が自分たちを蒼の薔薇と知っているなら仕方ないが、気づいていないのなら、なんとか誤魔化したいという思いが混ざった。

 今回の仕事は組合を通していない。

 それだけでも冒険者として問題があるが、それに加えて、王族であるラナーからの依頼、つまりは国家の利益に繋がるという点が、更に問題だ。

 冒険者は国の政治や戦争とは関わらない。という大原則を無視しているからだ。

 この事実が露見すれば当然、蒼の薔薇は組合から罰則が下ることになる。

 ラキュースだけならまだしも、自分のせいで仲間たちに迷惑が掛かることを懸念したのだが、それも一瞬のこと。

 

「私たちは、依頼を受けた冒険者よ」

 

 こちらの答え次第では、首筋に当てたナイフで二人の喉笛を斬り裂く。言葉や態度でなく、全身から漲る殺意が告げていた。

 

「冒険者? ふーん、同業者か。どうするモモンさん」

 

 顔を持ち上げて、声を張る。

 扉の向こう側にいる相手に言っているようだ。

 

 同業者ということは冒険者なのだろうが、これほどの実力を持った者ならば、アダマンタイト級冒険者でもおかしくない。しかし、思い当たる相手はいない。

 他国の冒険者という線はあるが、近隣諸国の冒険者の情報も一応調べているがその中にも該当する相手は──

 いない。と心の中で断ずる前に引っかかりを覚えた。

 女の仲間であろうモモンという名前、どこかで聞いた覚えがある気がしたのだ。

 

 いったいどこだったか。と思案を続ける前に、僅かに開いたところで止まっていた鉄の扉が改めて開かれていく。

 扉の向こうにいたのは、漆黒の全身鎧を身に纏い、巨大な二本の剣を軽々と肩に担いだ戦士だった。

 頭まですっぽりと覆う兜のせいで、男か女かも分からないが、その立ち姿には強い威厳が感じられる。

 純粋な戦士というより、歴戦の騎士や貴族のそれに近いが、印象だけで言えばさらに上。

 自分たちと同格の者はいても、格上は存在しない。そう示すことも仕事の内である王族の態度に近い。

 

「ほう。八本指には王侯貴族すら手が出せないと聞いていたが、冒険者は違うのか」

 

 態度だけではなく、声からも威厳を感じさせる漆黒の戦士は、一瞬だけイビルアイたちがいる場所を見た後、ラキュースに視線を戻した。

 ラキュースとティナを脅している以上、仲間たちが動くことはないと踏んでいるのか、それともたとえ動いたとしても問題ないと考えているのか。どちらとも取れる態度だ。

 実際こちらの素性を話してもなお、首筋に当てられたナイフは微動だにせず、うかつな行動をするなと告げていた。

 男もまたそのことを咎めるでもなく、小さく鼻を鳴らすと今度は、チラと後ろに目をやる。

 

「詳しい話を聞きたいが、今店の中は感動の再会劇の真っ最中でな。場所を変えて──」

 

 男が後ろ手で扉を閉め、更に一歩近づいてきたときだった。

 カランと軽い物が地面を転がるような音が、離れたところから聞こえ、次の瞬間、ラキュースの眼前に凄まじい速度で見知った顔が現れた。

 子供のように小さな背丈と、鮮やかな金色の髪。

 整った顔立ちの中で一際目を引く、赤い瞳。

 蒼の薔薇のメンバーにして、かつては国堕としと謳われた伝説の吸血鬼であるイビルアイが、正体を隠すため常に付けているローブと仮面を放り投げて立ち尽くしていた。

 

「ああ? なんだお前、こいつがどうなっても──」

 

 ラキュースを人質に取っている女が言い放つが、イビルアイはこちらの声などまるで耳に入っていないかのように、じっと漆黒の剣士を見上げている。

 血の通わない吸血鬼の白蝋じみた顔が、どこか憂いを帯び、上気して見えるのは気のせいではないだろう。

 その表情はイビルアイがかつての仲間である十三英雄、そのリーダーと呼ばれた純銀の騎士について語るときに見せる、恋に溺れた少女の横顔だった。

 

「その声、間違いない。サトル様だろう!? 私だ、キーノだ!」

 

 何度となく聞いた十三英雄のリーダーの名前。

 それを呼ぶイビルアイの涙声。

 彼女が名乗った聞き覚えのない名前。

 

 どれに驚いていいのか分からず、混乱による頭痛すら起こり始める中。

 目の前の漆黒の剣士もまた、疲れたように頭を振り、兜越しにコメカミを押さえるような仕草を見せた後、確かにこう呟いた。

 

「またサトルの知り合いか」

 

 

 ・

 

 

 王都でもそれなりに有名な宿場の個室内に、総勢七人の男女が集まっていた。

 個室とはいえ最高級室であり、広さに関しては十分なゆとりがあったが、それとは全く関係ない息苦しさが場を支配していた。

 四人と三人に分かれて座っているのは、蒼の薔薇と漆黒のメンバーであり、誰一人口を開く者はおらず、それぞれ相手側を観察している。

 特にキーノと名乗った小柄の少女は、モモンガから一切視線を逸らそうとしない。

 仮面越しだというのに、こちらを睨み続けているのがよく分かった。

 

 ナーベラルとソリュシャンが睨み返しているが、それすら意に介さない態度に、モモンガとしてはいち早くこの息苦しさから解放されたいのだが、自分から口を開くのは躊躇われる。

 悟と知り合いだというこの少女は、声が同じだというところから、モモンガのことを悟本人だと勘違いして抱きついてきたのだ。

 二人の視線に殺意が籠もっているのは、その辺りも関係しているらしい。

 

 とりあえず自分と悟は別人だと話した上で、まずは娼館──彼女たちの目的もモモンガたちと同じ、娼館の制圧だったようだ──の中に残っている娼婦の安全確保と、室内に残された証拠物件の押収を優先させることとなった。

 話はその後、全員が揃ってから行うことにした。

 現在は蒼の薔薇のリーダー、ラキュースが──この世界では高位に位置する神官らしい──娼婦たちを回復させて戻ってくるのを待っているところなのだ。

 一分が一時間に感じられるような長い静寂を破ったのは、ソリュシャンだった。

 

「ようやく来たみたいだな」

 

 視線を外さないまま言うソリュシャンに、蒼の薔薇側にいた忍者らしい格好の双子も反応を示す。

 

「本当だ。ボスの足音」

「それに、もう一人」

 

 一瞬目配せをしたあと、二人の視線は同時にソリュシャンに向けられた。

 これまで感情の籠もらないポーカーフェイスを決め込んでいた二人に、驚きと嫉妬のようなものが混ざった。

 どうやら同じ野伏(レンジャー)役として、自分たちのリーダーの足音を先に気づかれたことが不満らしい。

 とはいえモモンガの耳にはまだ音は聞こえてこない辺り、相当離れた位置から足音を聞き取ったことになる。

 ソリュシャンの技量は当然よく知っているが、その直後に気づく辺り、この二人の技量もなかなかだ。

 

(アダマンタイト級は伊達ではないということか。とはいえ、忍者の職業クラスを取れるほどのレベルではないと思うが……)

 

 あの服装は格好だけなのか、それともタレントなどのこの世界固有の能力を使い、低レベルで忍者の職業スキルを会得したのか。

 そんな考察をしていると、ようやくモモンガの耳にも二人分の足音が聞こえてきた。

 

「みんなお待たせ」

 

 室内の空気に気づいていないのか、それともわざとなのか、明るい声と共にラキュースが部屋に入ってくる。

 その後ろに付いてきたルクルットに話しかける。

 

「どうだ?」

 

「あー、とりあえずみんな落ち着いた。精神的に不安定だったから今は魔法で眠らせた。うちの坊主も姉貴から離れないって言うんで、あの娘たちは俺たちが護衛しておくよ」

 

 アンデッドになったことで、人間に対する同族意識は殆ど消え失せ、虫かせいぜい小動物程度の愛着しか湧かなくなった身とはいえ、あの娼婦たちの惨状には、多少眉を顰める思いだった。

 肉体的には回復したとはいえ、放置しておくのは確かに心配だ。

 

「そうだな……んんっ。それで問題ないかね?」

 

 納得し、了承しようとしたところで、今回は自分一人で決めていいことではないと思い直して、蒼の薔薇にも意見を求める。

 

「ええ。私は問題ないわ、みんなは……大丈夫のようね。それではルクルットさん? 漆黒の剣のみなさんもよろしくお願いします」

 

「任せといてください! それじゃあナーベちゃん行ってくるね」

 

「さっさと失せろ下等生物(ガガンボ)

 

「相変わらず手厳しい」

 

 視線を送ることすらせず、バッサリと切り捨てられたルクルットだったが、もういつものこととばかりに苦笑いを浮かべ、入ってきたばかりの扉から出ていこうとした。その直前、何かを思い直して振り返ると、まっすぐにモモンガを見つめ、深く頭を下げた。

 

「モモンさん。改めて礼を言わせてくれ。おかげでうちの坊主の夢を叶えてやることができた。本当に感謝してる」

 

 更に深く頭を下げるルクルットに、どう答えたものか一瞬悩んだが、蒼の薔薇も見ていることを思い出し、すぐさま応える。

 

「依頼報酬は貰っているんだ、感謝などする必要はない。それに、君らには何かと面倒をかけているからな。今後も頼むぞ」

 

 まさか暇つぶしに依頼を受けました。と言う訳にも行かず、英雄然とした態度は崩さぬまま、軽口を叩くとルクルットは力強く、ああ。と頷き、改めて部屋を後にした。

 

「……では、話を始めましょう。漆黒の皆様」

 

 扉が完全に閉まった後、蒼の薔薇のメンバーの中央に移動して、モモンガと正面から向かい合う形になったラキュースが口を開く。

 その口振りは穏やかで、モモンガたちを同じアダマンタイト級冒険者と認めたような雰囲気があった。

 先ほどルクルットに対し、恩着せがましい態度を見せなかったのは、人類の英雄と讃えられるアダマンタイト級冒険者相手ならこの方が受けが良いだろう。と考えてのことだったが、正解だったようだ。

 

 そもそもモモンガたちが王都にやってきたのは、昔貴族に連れ去られたニニャの姉が、王国の犯罪組織の奴隷売買部門に売られたという話を聞いた、漆黒の剣からの依頼であったが、これは組合を通した正式な依頼ではない。

 対して蒼の薔薇は王都を中心に活動する冒険者である以上、あちらは正式な依頼で動いているはずだ。

 ならばせめてこちらは正義感からの行動だと示す。

 これで対等な立場で会話ができる。

 

(さて。後はこいつと悟か)

 

 悟とはまだ連絡が取れていない。というより取っていない。

 王国、評議国、聖王国。

 この三国の説得は悟の担当である以上、モモンガが勝手に動けば、悟も良い気がしないだろうと考えて伝言(メッセージ)などで、連絡を取らずに内緒で王都に潜入したためだ。

 

 偶に人助けをすることはあっても、基本的に館の中に引きこもっていたモモンガとは異なり、悟は旅をしながら方々で人助けをしていたそうなので、そのときの知り合いか何かだとは思うのだが……

 

「その前に、確認しなくてはならないことがある」

 

 そうこうしている間に、キーノと名乗った女が口を開く。

 

「確認?」

 

「モモンとか言ったな。お前とサトル様との関係だ」

 

「イビルアイ。今はその話は──」

 

「構わない。ただし、先に君……キーノ殿だったか」

 

「イビルアイと呼べ。その名前を呼んでいいのはサトル様だけだ」

 

 ナーベラルたちと同等に近い殺気が飛ばされ、モモンガは小さく肩を竦め、言われたとおり言い直す。

 

「では、イビルアイ殿。君と悟の関係を聞かせてくれるのならば、こちらも話そう」

 

 今にも食ってかかりそうなナーベラル──ソリュシャンは冒険者ソーイのキャラ付けを守っているのか我慢できているようだ──を手で制してモモンガが問う。

 

「なに?」

 

「当然だろう。奴と我々は現在とても重要な依頼を協力して行っている最中。小さな情報でも守秘義務に違反する可能性がある。素性の知れない者に話すことはできない」

 

「な! ちょっとまて! 依頼を一緒に、とは。もしやサトル様もこの近くにいるのか? だったらどうして私に会いに来ない!?」

 

「落ち着けよ。そのサトル様ってのはお前がいつも聞かせてくれた恩人だろ? 単純にお前がここにいることを知らなかったんじゃねぇの? なあ、イビルアイよぉ」

 

 これまで黙って後ろに立っていた筋骨隆々の女戦士──男にしか見えないが、蒼の薔薇は女だけで構成されたチームと聞いているので女なのだろう──がイビルアイという部分を強調して言う。

 

「そうそう。イビルアイって名乗っているから気づかれなかったんだよ」

 

「私たちが本名を知らなかったのと同じ」

 

 ここぞとばかりに双子忍者も加わった。

 

「ぬ、ぐぐ」

 

 唸り声を上げた娘はしかし、反論はせずに黙り込む。

 どうやら、この魔法詠唱者(マジック・キャスター)はモモンと同じく、偽名と本名を使い分けているらしい。

 キーノが本名で、現在はイビルアイと名乗っている。

 その本名を仲間にも知らせていなかったため、嫌みを言われているのだ。

 

「はいはい。だから、その話は後! イビルアイも、良いわね?」

 

「……了解だ、リーダー」

 

 パンパンと手を叩いて、仲間たちの言い争いを止めたラキュースの一喝に、全員が口を噤み、仮面の娘(イビルアイ)も従った。

 

「ふぅ。ごめんなさい」

 

「いや」

 

「今度こそ本題に入らせてください。その大仕事というのは、もしかして八本指の壊滅、ですか?」

 

 やや強引にラキュースが話を戻す。

 表情は真剣そのものであり、どこか期待も込められていた。

 しかし、彼女が口にした言葉を受けて、モモンガは首を傾げる。

 

「八本指? ああ、例の娼館を運営していた組織か」

 

 王国に根を張る巨大犯罪組織だと話には聞いていたが、正直あまり気にしてはいなかった。

 転移して来た直後ならば、もっと慎重に行動していただろうが、この百年の間で現地勢力には大した強者は存在しないことは分かっていたし、エ・ランテルにプレイヤーと思われる勢力が現れた今、王国の犯罪組織など気にする必要もないからだ。

 

(しかし、こう言ってくるということは、こいつらの仕事はその組織の壊滅なのか? エ・ランテルを放置してなにをしているんだか)

 

 悟が王国の説得が一番難しいと言っていたことを思い出す。

 王国は毎年のように帝国から戦争を仕掛けられ、国力を失いつつあるが、そんな状況でも王侯貴族は、危機を無視して自分の財産やプライドを守ることに全力を費やす者ばかりというのがその理由らしい。

 これもその一つなのだろう。

 

「違うのですか?」

 

 驚いた様子を見せるラキュースに、さて、どうしたものかと思案していると、視界の端でソリュシャンが合図を出していることに気がついた。

 元々交渉ごとはソリュシャンの仕事だ。彼女に任せることにして、モモンガは小さく頷き返す。

 その瞬間、ソリュシャンはカラカラと嘲りを込めた笑い声を上げた。

 

「あたしたちの目的は、チンケな犯罪組織なんかじゃねぇよ」

 

 全員の視線を一身に受けても気にした様子もなく、ソリュシャンは続ける。

 

「エ・ランテルの奪還。お前ら自分の国なのに何もしねぇから、こっちがやってやるのさ」

 

(そこまではっきり言うのか。いや、まあ言わないと話が進まないのは分かるけど……)

 

 大胆にこちらの情報を開示して話を進める、ソリュシャンの交渉術に驚かされる。

 少なくとも小心者かつ貧乏性である、モモンガにはできないやり方だ。

 

「エ・ランテル? 貴方たちは、あの都市に関する情報を持っていると?」

 

「もちろん。何しろあたしらはあのとき現場にいたからな。サトルさんも一緒にな」

 

 どこか自慢げなソリュシャンの言葉に、頭を下げていたイビルアイが反応した。

 

(なるほど、これが狙いか)

 

 ここで悟との関係を匂わせることで、先ほどモモンガが言った守秘義務を利用して、こちらは情報の小出しが可能となった。

 相手もそのことに気づいたのだろう。

 リーダーのラキュースが、小さく息を落とした。

 この状況を作り出す失言を吐いたイビルアイはぐぅ。とも、うぅ。ともつかない、唸り声のような悲鳴を上げて項垂れてしまった。

 

「分かりました。先ずは我々から話をしましょう。私たちの依頼人についてです」

 

 その言葉に後ろで他のメンバー、特に大柄の女戦士が眉を寄せた。

 話して良いのか。と言わんばかりの態度にラキュースは視線だけで頷き返すと、佇まいを直す。

 その座り方はなんと言えばいいのだろうか、いついかなる場合でも即座に対応できるよう、周囲に気を張り続ける冒険者の座り方ではなく、もっと上品なものだった。

 モモンガが出会った中では竜王国の女王ドラウディロンの雰囲気に近い。

 

「貴方たちは先ほど王国がなにもしていないと言いましたが、それは違います。なぜなら今回の件はそのエ・ランテル奪還にも関わってくるからです」

 

「ほう?」

 

 小さく息を吸ったあと、ラキュースはこちらをまっすぐに見つめ、きっぱりと告げた。

 

「私たちの依頼人はリ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ殿下なのです」




ちなみにこの話のモモンガさんは、百年間の経験があるので演技に関しては結構磨きがかかっていて、NPCでなくても簡単には見破れないくらいには成長しています
その分、サラリーマン時代の営業スキルとかはほぼ忘れていて交渉事は苦手なので、ソリュシャンに任せることが多いです
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