オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前回からの続きと、今回の章の主役ともいえるバルブロの話です


第45話 第一王子の暴走

「第三王女ってあれだよな。王国の黄金とか言われてる、冒険者に有利な法案をいくつも通したって奴」

 

「ええ」

 

 間髪入れず首肯するラキュースに、些か驚いたような態度を匂わせはしたが、実際、これは予想していた。

 冒険者は政治や国の利益には関係する仕事は受けない。という大前提があるため、国の中枢にいる者と親密になるのは良くないのだが、蒼の薔薇のリーダー、ラキュースは元から自身が貴族令嬢であり、王国の第三王女とは以前より懇意にしているというのは公然の秘密となっていたからだ。

 

 ラキュースがこちらにその話をする気になったのは、漆黒もエ・ランテル奪還という、明らかに個人からの依頼ではない仕事を行っているためだろう。

 要するに自分たちは同じ穴の狢なのだから、協力して互いの依頼を達成する、あるいは最低限情報の共有だけは行おうという意思表示だ。

 

(サトル様の知り合いだっていうあの愚者はともかく、仮にもアダマンタイト級冒険者。一応交渉の形にはなりそうね)

 

 本来、漆黒の実力を駆使すれば、こんな交渉のまねごとをする必要などない。

 アダマンタイト級、つまりは英雄級の冒険者といえど所詮は人間。

 主の手を煩わせることなく自分とナーベラルだけで制圧し、後はソリュシャン自ら拷問にかけて情報を引き出すことも容易だ。

 主も口には出さないが、当初はそのつもりだったに違いない。

 しかし、それもイビルアイと名乗るあの仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の存在によって不可能になった。

 最低でも、サトルとの関係を知るまでは強攻策に出ず、この交渉につき合うしかない。

 

(サトル様、か)

 

 主曰くアインズ・ウール・ゴウン四十二人目のメンバーという立ち位置にいた人物だが、正直に言ってソリュシャンは──確認はしていないが恐らくナーベラルも──サトルと主を同格に見ることはできない。

 当然自分たちとは比べものにならないが、それでも自分たちを創造して下さった至高の四十一人とは違う。

 ましてその中でも四十一人のまとめ役にして、この百年仕え続けた主とは比べることすらおこがましいと考えていた。

 なぜなら、自分の中で主は自らの創造主と──

 

「ッ!」

 

 この百年の間で育った感情と、創造主への想いを比べるなどという許されざる想像を行いそうになった己の思考を、意志の力で遮断させたソリュシャンは、八つ当たりのような気持ちでイビルアイを睨みつけたのち、交渉相手であるラキュースに視線を戻した。

 

「心優しい王女様が、犯罪組織を叩きつぶしたいってのは分かるけどよ、それがどうしてエ・ランテル救出に関わってくるんだ?」

 

 本題に入るとラキュースは一瞬、主の方に目を向けた。

 交渉相手がリーダーでなくて良いのか確認するためだろう。

 主が何の反応も示さないことを、無言の了解と受け取ったラキュースは、声を落とす。

 

「……王国が現在貴族派閥と王派閥に二分されていることは知っているわね?」

 

「ああ。単純な権力争いだけじゃなく、後継者争いも加わって、ごちゃごちゃになっているって話だな」

 

 後継者争い、と言ったところでラキュースが動揺を示した。

 反応はごく僅か、それも一瞬だ。

 ソリュシャンも含め野伏(レンジャー)が使う感情を消すやり方ではなく、微笑の仮面で、感情を上書きする貴族的な隠し方は人間にしては見事なものだが、その一瞬の反応と他のメンバー──特に大柄の女戦士──の反応で十分察することができた。

 

「どうやら例の噂はマジだったみたいだな。第一王子だったか? そいつが八本指から金を受け取ってる話は、帝国まで届いてたぜ」

 

「ふぅ。帝国まで話が行っていたのね。あのバカ王子」

 

 完全に貴族としての皮を剥がした──あるいはそうした振りをした──ラキュースは頭に手を当てたまま吐き捨てる。

 こちらに好感を抱かせるための演技めいても見えるが、少なくとも口にした言葉に関しては本心だろう。

 

「分かっているなら話は早いわ。その八本指を押さえ証拠を掴めばバカ王子、そしてその背後にいる貴族派閥を大人しくさせることができる。そうなればエ・ランテル奪還に際し他国と足並みを揃えられるわ。八本指の拠点制圧はそのために必要なことなのよ」

 

「国を纏めるために、ずいぶんと遠回りをするんだな」

 

 こちらの嫌みな物言いに、何人かは苛立ちをみせたが、ラキュースはきっぱり告げる。

 

「けれど、そうしなくては王国がエ・ランテル奪還に動けないのも事実よ」

 

 その口調は余裕に満ちていた。

 ソリュシャンが帝国の名前を出したことも含め、エ・ランテル奪還の依頼主が他国であると当たりをつけた上で、土地の所有者である王国の協力が必要不可欠であり、あわよくば八本指討伐にも、こちらの力を借りようと考えているのだ。

 隣で話を聞いていたナーベラルが苛立ちを通り越して殺意を漲らせているのは見なくても分かったが、流石に交渉の邪魔をすることはない。

 

 実際、討伐に力を貸すこと自体は問題ではない。

 だからこそ、あえて帝国の名を出したのだから。

 蒼の薔薇への依頼が王家からのものなら、手を貸せば王家にも借りを作ることができる。

 その上で既に帝国、竜王国──都市国家連合も時間の問題だろう──と同盟を結んでいることを知らせれば、王国の同盟参加もスムーズに進む。

 

 とはいえ王国の担当はサトルの仕事だ。

 まずはそちらと連絡を取り、交渉がどこまで進んでいるか確かめる必要がある。

 その意味でもここは即答せず、考える時間を置くのが得策だ。

 そう考えた矢先、ソリュシャンの耳に遠くから数名の足音が届いてきた。

 金属鎧を着た兵士特有の足音だ。

 王国の衛兵だろう。

 

 元から助け出された娼婦たちを証人として連れていくとは聞いていたため、特に気にしなかったが、その中に一つ、他の衛兵とは違う足音が混ざっている。

 衛兵の標準装備である体の重要部位のみを守る軽装ではなく、全身鎧特有の足音だ。

 しかし、それにしては音が小さいのは、魔法か何かで音を消しているためだろうか。

 消しきれないほどの音を鳴らしているとのは、それほど急いでいるのか、それとも装備者の技量が未熟なのか。

 少し遅れて、それに気づいた蒼の薔薇の双子もまた驚いたように顔を持ち上げた。

 

「クライムが来たみたい」

 

「ああ? なんであいつが。女たちの護衛か?」

 

「誰だ?」

 

 ここまで黙っていた主が口を開くと、ガガーランが快活に答える。

 

「件のお姫様の騎士だ。まあ証拠隠滅のために八本指が手を出してくる可能性も、あるっちゃあるから護衛は必要だが、アイツだけじゃな。俺も付いていってやってもいいか?」

「そうね……」

 

 問いかけたガガーランにラキュースが答える前に、双子が左右からガガーランの肩に手を乗せた。

 

「そうじゃないみたい」

「慌ててこっちに来てる」

 

 確かに音の主は、一人だけ宿の最上階に位置するこの最高級部屋に向かってまっすぐ駆けてくる。その足音には、強い焦りの色が混ざっていた。

 ややあって、双子が開けた扉から白銀色の全身鎧を纏った少年が飛び込んできた。

 

 鎧にはミスリルやオリハルコンが使われているらしく、この世界に於いてはかなり高級で贅沢な代物だ。

 ミスリルのような金属を使った鎧は騒がしい音を立てない。加えて付加された魔法の力によって体から鳴る音を殆ど消していたらしい。

 そんな鎧でも音を鳴らしている様や体捌き、部屋の中に入ってもまだ漆黒に気づいていない──自分たちが部屋の奥まったところにいるせいでもあるが──辺り、この世界基準でも大した実力ではないのは間違いない。

 年齢はまだ十代半ば。実力に見合っていないことも含めて、鎧に着られているといった印象だ。

 

(王女様の愛玩動物かしら)

 

 少なくとも実力で選ばれた騎士ではなさそうだ。

 

「アインドラ様、大変です!」

 

 入ってくるなり張り上げた声は年齢に似合わずしわがれていた。これも生来のものではなく、日常的に声を張り上げ過ぎたせいで、後天的に変わったもののようだ。

 

「っ!」

 

 ようやくこちらに気づいたクライムなる戦士は、目を見開き自分たちを見回した後、助けを求めるようにラキュースを見た。

 

「彼らは協力者よ。クライム、いいからここで話して」

 

 間髪入れずにラキュースが言ったことで、なぜクライムが近づいてきているのを知りながら、外で話したりせず、わざわざ室内まで招き入れたのか理解して、内心で舌打ちする。

 ここで話を聞かせることで、無理矢理にでもこちらを巻き込もうとしているに違いない。

 

「あ、いえ。ですが──」

 

 しかし、向こうにはその意図は伝わらなかったらしく、本当に話していいのかと困惑を見せる。

 

「我々は別に一度外に出てもかまわない。まだ正式に協力関係を結んだわけでもないからな」

 

 これまで黙っていた主がキッパリと拒絶した。

 サトルに話を通すまで明言はできないにしろ、協力する姿勢は見せておいた方が良いはずだが、敢えてこう言った以上、何か意図があるのだろうか。

 とりあえず黙って事の成り行きを見守っていると、ラキュースは慌てて言う。

 

「いいえ。何の問題もありません。これは協力するしないとは関係のないことですから、どうぞそのままで──クライム」

 

(なるほど。なし崩し的な協力はせず、力を貸してほしいなら実利を持ってこいという意思表示。けれどモモンガ様にしてはちょっと分かりやすすぎるような……)

 

 深謀遠慮の極みたる主のこと。他にも何か意図があるのは間違いない。その意図を読もうと頭を働かせていると、クライムもようやく事態を察したらしく、姿勢を正したのち緊張した声で告げた。

 

「はっ。分かりました。実は、つい先ほどバルブロ殿下が王宮から姿を消しました」

 

「おいおい。八本指が捕まる前に逃げたってことか? バカ王子の癖にずいぶん動きが早ぇじゃねぇか」

 

「いえ。確認されたのが今と言うだけで、少し前から王宮というより王都から出ていたようです。どうやって抜け出したのかは調査中とのことですが」

 

「脱出方法は今はどうでも良いわ。問題はアレがどこに逃げたかよ。やはり一番可能性が高いのは八本指の中でも金を受け取っていた麻薬部門の拠点ね。王都内でないのなら、黒粉の原料を栽培している村かしら」

 

 考え始めたラキュースを前に、クライムは眉間に皺を寄せ、言いづらそうに首を横に振った。

 

「いえ、実は居場所自体はもう分かっているのです」

 

「何だよ。勿体つけんなよ。なら、今すぐ追いかけて連れ戻せばいいってことだろ? たとえ相手が六腕でも今なら問題ねぇぜ」

 

 ガガーランがチラとこちらに視線を移した。

 六腕とは八本指の警護部門トップの総称。

 全員がアダマンタイト級冒険者に匹敵する実力者と聞いているが、ここにいる蒼の薔薇だけでなく、自分たち漆黒も協力すれば問題ないと言いたいのだろう。

 

 これもまた自分たちの価値を高める材料になり得るが、どうもクライムの反応がおかしい。

 自ら口にしたガガーランも空気を理解したらしく、軽口を止め、続きを促した。

 再度深呼吸をした後、クライムは声を落として告げる。

 

「ボウロロープ侯の私設軍隊である、精鋭兵団五百人を率いてエ・ランテルに向かいました。目的はエ・ランテルの奪還に向けての先行調査とのことです」

 

 部屋中の空気が一瞬停止した後、ラキュースが立ち上がった。

 

「はぁ!? たった五百人で!?」

 

 心底驚き、声を張り上げたその姿からは、貴族の仮面も剥がれ落ちていた。

 

 

 ・

 

 

 チラチラとこちらを窺う気配を感じながらも、バルブロは敢えて胸を張ったまま、馬の手綱を引いた。

 配下の前では常に堂々たる態度を見せる。

 それこそが王の資質というものだ。

 

「バルブロ殿下。少しよろしいでしょうか」

 

 その態度を好機と見たのか、精鋭兵団の指揮官である騎士が声をかけてきた。

 

「なんだ?」

 

「ここより先は、住んでいた村人たちが自主的に余所の地域に引っ越していったそうで、無人となります」

 

「そうか。ならばここからが本番ということだな。よりいっそう周囲を警戒せよ」

 

 堂々たる態度のまま命じる。

 直ぐにでも了承の返事が来るかと思いきや、騎士は苦悶の表情を浮かべて、声を落とした。

 

「これ以上先に進むと、もう後戻りはできません。やはり殿下は近隣の都市でお待ちになっていただいた方がよろしいかと──」

「今更何を言うか!」

 

 思ってもみなかった提案に、驚きと怒りの混ざった声を張り上げるが、相手も退かない。

 

「……今回の任務はあくまで、エ・ランテルを解放するため、軍を派遣する前の調査任務と聞いております。であればなにも殿下自ら兵を率いる必要はないのではないでしょうか?」

 

「愚か者! 我が父である国王陛下は国内の取りまとめで忙しく、兵を集める時間もない。故にボウロロープ侯からお前たち精鋭兵団を借り受け、その指揮を私が承ったのだ。現地での行動に関しても私が差配する責務がある」

 

 一気に全て説明して威圧すると、指揮官である騎士は言葉を詰まらせた。

 騎士も貴族ではあるが、所詮一代限りの名誉職。

 王族であるバルブロに抗弁する権利などあるはずがない。

 とはいえ、騎士の考えも理解はできる。

 

 今回バルブロに預けられた兵は、僅かな騎兵以外は全て歩兵で総勢で五百人。

 偵察という意味では十分過ぎる数ではあるが、エ・ランテルに現れた者たちの正体は未だ不明──バルブロ自身は帝国の仕業に違いないとみているが──それもたった一日で三重の城壁で守られたエ・ランテルを占拠した者たちだ。

 

 この人数では流石に心許ない。

 そんな危険な任務に、王子であるバルブロ自らが付いてきて良いのか。

 そう言いたいのだろう。

 

 しかしこれは、例の噂のせいで民衆どころか、これまで支持を表明していた貴族連中からも、距離が置かれつつあるバルブロにとって、起死回生の手段なのだ。

 このまま噂が広がれば、父王は次の王位にザナックを就けると言い出しかねない。

 そもそも例の噂以前から、父王はバルブロに王位を譲ろうとしなかった。

 第一王位継承権を持ち、数多くの大貴族からの支援を受ける自分こそ、次代の王にふさわしいのは言うまでもないのにだ。

 

(俺の活躍でエ・ランテルの奪還を成し遂げれば、いい加減覚悟を決めるだろう)

 

 以前にも宮廷会議で進言したのだが、そのときはザナックと軍務尚書の横やりが入って、この案は却下されてしまった。

 今になって考えてみると、あの後から自分にとって不都合な噂が流れ始めた気もする。

 やはり噂の出どころは、王位継承を争うライバルであるザナックに違いない。

 非常に業腹だが、これは同時に、バルブロが提案した作戦を成功させることを恐れているからこそ、慌てて邪魔をしたと見ることもできる。

 

 一部の噂が事実である以上、下手に噂を否定するより、より大きな功績を以って塗り変えた方が手っとり早い。

 そう考えて、義父であるボウロロープ侯に早馬を送り、この精鋭兵団を借り受けたのだ。

 

 もっともボウロロープ侯としては、バルブロを王都から脱出させた後、この兵力を使ってそのままボウロロープ侯と合流させ、同時にごく少数の調査兵を派遣してエ・ランテルの情報を集める手はずだったようだ。

 それをバルブロの指示によるものだとして、功績を譲る手はずだったらしいが、それを聞いたバルブロは、ボウロロープ侯の指示を無視し、自ら率いていく決断を下した。

 

 良好な関係を築いている義父とはいえ、ここ最近自分を支援していた貴族たちが、次々と離れていったこともある。

 情報収集がうまくいかなかった場合、義父も手のひらを返して自分を切り捨てる可能性もゼロではない。

 幸い、送られてきた精鋭兵団はボウロロープ侯の配下ではあるが、現地での行動は全てバルブロに一任すると命じられているため、急な作戦変更にも直接異を唱えることはできず、こうして遠回しな進言しかできないのだ。

 

(俺に何かあれば自分たちも罰を受けると思っているのだろうな。だが、ボウロロープ侯が裏切らないにしても指示だけでは功績として弱い)

 

 愚かな民衆どもが相手では、単に命令を下したという事実だけでは信を得るには足りない。

 

 王子自らが直轄領であるエ・ランテルを取り戻すべく、危険を省みずに兵を率いた。

 

 こうした物語があって初めて、民衆は例の噂がデタラメだったのだと納得し、バルブロこそ次代の王にふさわしいと理解するに違いない。

 逆にここで動かなければ、王位を得ることは難しくなる。

 バルブロは自分の領地というものを持っておらず、作戦遂行に必要となる戦力がないからだ。

 だからこそ、ボウロロープ侯より借り受けたこの精鋭兵団の者たちが居る間に、功績を挙げなければならないのだ。

 

「良いか。ボウロロープ侯がお前たちに課した命令は、私の指示に従い、エ・ランテル奪還のための足がかりとなる情報を得ることだ。すでに、ボウロロープ侯のみならず、レエブン侯からも領地横断の許可という形で力を借りている以上、決して失敗は許されない」

 

 王都リ・エスティーゼからエ・ランテルに向かう場合の経路は二つ。

 レエブン侯の領土であるエ・レエブルを通る経路とペスペア侯の領土であるエ・ペスペルを通る経路だ。

 正直どちらの経路にも問題はある。

 街道の問題だけでなく、政治的な問題だ。

 

 レエブン侯はボウロロープ侯が盟主を務める貴族派閥に属しているが、王派閥にも良い顔をする蝙蝠と揶揄され、最近では第二王子であるザナックにも近づいていると聞いているので油断できない。

 ペスペア侯に至っては第一王女を娶ったこともあり、本人も王位継承権を持つ──流石に継承順位は大分下だが──競合相手である以上、こちらの弱みを見せるわけには行かない。

 

 どちらを頼るか悩んだ末、レエブン侯を選んだのだが、相手は思った以上にバルブロに好意的だった。

 武器を携帯したまま、都市内を抜ける通行許可をくれただけでなく、宿や食料の手配、モンスターの出にくい安全な行路も提示してくれた。

 これは都市防衛の観点から見るとかなり貴重な情報であり──領地運営をしたことのないバルブロはあまりピンと来なかったが、騎士の一人がそう言っていた──レエブン侯なりの忠誠の示し方と捉えることもできるが、相手は二つの派閥を行き来する蝙蝠だ。

 

 結局のところ、最近はザナックにばかり良い顔をしていたので今度はバルブロに。といったところだろう。

 蝙蝠であるレエブン侯は、バルブロが王位に就くと決まれば、あちらの方からすり寄ってくるのは間違いない。誰が王になるか不明な現状でバルブロを騙す必要がない以上、受けた好意や情報は無条件で信用して良いはずだ。

 

「それはその通りなのですが……」

 

 やはり歯切れが悪い。

 いい加減つき合うのも面倒になったバルブロは、再度声を荒げて一喝する。

 

「そんな重要な任務だからこそ、いざという場合でも臨機応変な決断を下すために指揮官である私も着いていってやろうというのだ! お前たちは全力で私を守り、そして指示に従っていれば良い。分かったな?」

 

「……承知いたしました」

 

 まだ不服そうではあるが、とりあえず馬上で背筋を正し、礼を取る騎士にバルブロは鼻を一つ鳴らし視線を前方へと向けなおす。

 周囲はちょうど拓けた場所に出たところだが、ここからは時間との勝負だ。休んでいる暇などない。

 

「ならば早々に進軍せよ。ここからどちらに向かえばいい?」

 

「畏まりました。レエブン侯からの情報では、エ・ランテルを占拠した者たちが帝国の場合、東部は勿論、王国と繋がっている西部、法国と繋がっている南部に関しても監視の目が厳しいだろうとのことです」

 

「……ならば北から行けばいいのか?」

 

「はい。北にはトブの大森林がありますが、その直ぐ側に現在は、村人が全員逃げ出した、カルネ村なる集落跡地があるそうです。小さな村ですが、トブの大森林に近いこともあって強固な柵で村を囲んでいるらしく、防衛力も高いとのこと。そこを拠点にしつつ、精鋭を選抜してエ・ランテルの調査をするのが良いのではないか。とレエブン侯配下の者たちから聞いております」

 

「ほう。そんな便利な場所があるのか。ならばさっさとそのカルネ村とか言うところに向かうぞ。今夜中に到着し、明日から調査を開始する」

 

「お待ち下さい。先ほども言ったようにカルネ村は、トブの大森林のすぐ側にあります。住人が居なくなったことで、モンスターが森から出てきている可能性もある以上、もっと慎重に行動すべきかと」

 

「バカを言うな! これだけの人数を割いたのは何のためだと思っている? モンスター程度お前たちが対処せよ」

 

 再び口答えをする騎士を怒鳴りつけ、バルブロはもう話は終わりだ。と言うように手を振ると、騎士はうなだれつつも了承し、バルブロの下を離れていった。

 

「全く、どいつもこいつも」

 

 自分が王になった暁には、ああした無能な配下どもは一掃してやる。

 離れて行く騎士の後姿を見ながら、バルブロは苛立ちと共に舌を打ち鳴らした。 




ちなみに、ソリュシャンがモモンガさんとヘロヘロさんを比べるのが不敬だと取りやめていますが、あれは比べること自体が良くないと考えているからです
なのでヘロヘロさんよりモモンガさんの方が上になったということではないですが、百年の間に忠誠心アップイベントがいくつも発生していたため、本来は創造主が一番であるところ、限りなく同格に近い状態くらいまで近づいています

次はナザリック側の話。推敲に問題がなければ多分明日投稿できると思います

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