オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前回の続き
今回までが交渉パートなので、あまり話は進んでいませんが、次に進むうえで必要なのでもう少しお付き合いください


第46話 近づく再会

 第一王子がエ・ランテルに出向いたという話を聞いた直後、蒼の薔薇から正式に協力体制を取ってほしいという申し出があった。

 悟に話をつける前だったので、モモンガはどうしたものかと思案していたのだが、その様子を見てラキュースはどこか慌てたように、とにかくまずは自分たちの依頼人と話を付けてくると言い残し、悟の知り合いだというイビルアイなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)を連れて部屋を出て行った。

 

 室内に残された者たちは積極的に会話をすることはなく、再び奇妙な緊張感が残されたが、しばらく時間を置いた後、二人はもう一人別の人間を連れて戻った。

 それも徒歩ではなく、転移魔法によってだ。

 長距離転移である転移(テレポーテーション)は第五位階の魔法。

 ナーベラルでも使える魔法ではあるが、この世界に於いては第五位階の魔法を使える者はごく僅かしかいない。

 

(悟の知り合いらしいが、結局何者なんだ。この女)

 

 一番最初に思いつくのはプレイヤーだが、それにしては使える魔法の位階が低過ぎる。

 実力を隠している可能性もあるので断定はできないが、転移魔法には精度が存在し、場合によっては出現先にズレが生じてしまうため、こうした狭い室内で使用する場合は、失敗確率のない、上位転移を使うのが一般的だ。

 それなのに通常の転移を使ったところを見るに、上位転移が使えない程度のレベルしかないことになる。

 

 そう考えるとやはりプレイヤーではなく、ドラウディロンから聞いた神人と呼ばれる、神、すなわちプレイヤーの子孫である可能性の方が高い。

 悟との関係も含め、色々と聞きたいことはあるのだが、残念ながらその時間はなさそうだ。

 

 ラキュースたちが連れてきた、金色の長い髪をした少女の存在があるからだ。

 全体的に美形が多いこの世界に於いても、突出しているように見える、宝石のように整った顔立ちの少女には見覚えはないが、依頼人と話をつけてくると言った以上、答えは出ているようなものだ。

 

 即答しないモモンガに業を煮やし、依頼人である王女を直接連れてくるという強引な手段に出たらしい。

 相手の立場を考えるとこちらから挨拶をしなくてはならないのだが、名前が出てこない。先ほどラキュースが言ったばかりだが、モモンガの知能であんなに長い名前を一度で覚えられるはずがないのだ。

 必死に頭を回転させて、名前を思い出そうとしていると。

 

「へぇ。こりゃ驚いたな。王国の黄金。ラナー殿下が直接お出ましか」

 

 イスから立ち上がりもせず、小馬鹿にしたような態度でソリュシャンが言う。

 

(でかした!)

 

 思わぬ形で名前が知れた。

 心の中でソリュシャンを賞賛しつつ、とはいえその態度にはリーダーとして一応とがめるべきか思案していると、視界の端でクライムと呼ばれていた騎士が拳を握り込んでいるのが見えた。

 顔を伏せたまま、瞳だけでソリュシャンを睨みつけている。

 自分の仕える王女に無礼な態度を取るソリュシャンに、怒りを向けているのだ。

 

 しかし、こちらが最高位冒険者という地位であったとしても、相手は王族。

 クライムはもちろん、ラキュースもこちらの無礼な態度を咎めるくらいはしても良さそうなものだ。

 そうしない以上、彼女たちはモモンガたちに強く出られない理由があることになる。

 ソリュシャンの軽口には、それを確かめる意味合いもあったのだろう。

 

(とりあえず問題なのは、この後の交渉か──)

 

 これまでは同格の冒険者であるラキュース相手だからソリュシャンに交渉を任せていたが、以前のドラウディロン同様、王族が相手ならば流石に交渉役はリーダーであるモモンガが対応するのが筋だと思う。

 しかし、正直な話先ほどまでの、ソリュシャンとラキュースが行なっていた交渉の内容はさっぱり理解できなかった。

 お互いに腹のさぐり合いをしているのは雰囲気で察したが、目的は良く分からない。

 

 かつて、サラリーマンとして働いていた頃の自分ならば、もう少し相手の腹を読むことができたのかもしれないが、それももはや過去のこと。

 百年以上前に培った、営業の処世術などすっかり忘れてしまった。

 そもそも本来、王国の担当は悟なのだ。

 流されるままにここまで来てしまったが、どこまで手を貸して良いのかも分からないままだ。

 

(さっきのタイミングで離れられたら良かったんだが)

 

 クライムという少年が現れたときのことだ。

 王国の機密に関わる話をモモンガたちの前でする訳にはいかないと、口籠っていたのをチャンスと見て、この場を離れて悟に連絡を取るつもりだったのだが、ラキュースの判断で失敗に終わった。

 

 この時点でラキュースには、モモンガの策略など通用しないことが判明してしまったが、ここから先はあちらも交渉相手が依頼人であるラナー王女に変わるはず。

 相手が世間知らずの王女様ならば、モモンガでも何とかなりそうな気もするが、同時に王族はそうした知識を帝王学のような形で勉強しているのではないか、という気もする。

 

(とはいえ、悟の考えが分からない以上、手を貸し過ぎるのも問題だが、王国との関係が悪化するのもまずいか。やはりこれ以上悪感情を持たれないよう振る舞いながら隙を見てここから離れ、悟と連絡を取る)

 

 これしかない。と覚悟を決め、モモンガは手を振った。

 

「ソーイ、無礼な口を利くな。失礼致しました、王女殿下。ここより先は私が話を伺いましょう」

 

「気になさらないでください、モモン様」

 

 にっこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべるラナーからは、ソリュシャンに対する怒りや憤りは微塵も感じられない。

 とはいえ、相手は王族。そうした感情を隠すポーカーフェイスもお手のものかもしれない。

 

「ですが、今は時間もありません。不作法ですが挨拶は抜きにして本題に入らせてください」

 

 続けられた言葉は、先ほどまでより少しだけ砕けた口調になっており、それは正式な礼節を知らない冒険者であるモモンガを気遣っているようだ。

 どうか、噂通りの慈愛に満ち、それでいて騙されやすい頭が御花畑の王女様であってくれ。

 祈りながら、モモンガは是非に。と言って恭しく頭を下げた。

 

 

 ・

 

 

「あの娼館にはモモン様のお知り合いの冒険者の方々、その縁の方も働かされていたと伺っております。部門違いといえど、八本指に我々王家の金銭、つまりは国民の方々から納められた大切な血税が流れていたことも事実。兄に代わり、私からも謝罪いたします」

 

「っ!?」

 

 ラナーの謝罪を見て、蒼の薔薇、特に貴族であるラキュースは、声には出さず驚愕を露わにした。

 無理もない。

 正式な謝罪ではないとはいえ、これは王家の権威を落としかねない行動なのだから。

 

 いくら慈愛に満ち、頭の軽い王女を演じているからといって、王族の教育を受けている者がするべき行動ではないのは明白だ。

 ラナーがこの三人、いやリーダーであるモモンなる戦士に対して下手に出たのはいくつか理由があるが、もっとも大きな理由は、ラナーの観察眼を以ってしても、未だにこの男の全容を把握し切れていないためだ。

 

「殿下。頭をお上げ下さい」

 

 ラナーの謝罪を受けても、モモンは大した動揺も見せない。王侯貴族のような上流階級の習わしに詳しくない可能性がある。

 

(この二人は明らかに訓練を受けた従者。となればモモンもまともな教育を受けた立場にいると思ったけれど。そうではなさそうね)

 

 まだ確定はできないが、生まれ持った立場による主従関係ではなく、たとえばラナーとクライムのように命を救われたことで、二人がモモンに忠誠を誓った、というような後天的な主従関係によるものかもしれない。

 

(ある程度頭が使える方が、やりやすいのだけれど……)

 

 自分を知恵者だと思っている者ほど、計算しやすい相手はいない。

 モモンがそれに当たるかはまだ分からないため、とりあえずラナーはいつも通り、夢見がちな王女様を演じて様子を見ることにした。

 

「いいえ。そうは参りません。私は王家の一員として、兄のしてしまったことに対して謝罪し、同時になんの責も負わずに王都を抜け出した兄を見つけ、王都に連れ戻す責任があります」

 

 そこで一度言葉を切り、言いづらそうな演技を見せると、モモンはその姿を見て納得したように頷いた。

 

「なるほど。ラナー殿下の依頼はそれですか。バルブロ殿下を我々に連れ戻して欲しいと」

 

「はい。クライムから聞いたと思いますが、お兄様は現在、偵察という名目で兄の義父でもあるボウロロープ侯の部下を連れてエ・ランテルに出向いております。今あそこはとても危険で、近づくことも大変だとラキュースから聞きました」

 

 視界には映らないが、今頃ラキュースの表情は歪んでいるはずだ。

 本来この仕事は蒼の薔薇に頼んでいたのだが、先の件を理由に一度断られた。その代わりにと八本指の娼館制圧の任務を請け負ったという経緯があるからだ。

 しかし、それがラキュースの嘘であることも分かっている。

 彼女はバルブロを助ける必要などないと考えているため、わざと断ったのだ。

 

 例の噂も含め、現在のバルブロは王派閥のみならず、貴族派閥の大部分の貴族からすら邪魔だと思われている。

 バルブロさえ居なければ王国は一つに纏まり、帝国が主導して動いているという周辺諸国同盟への参加もしやすくなる。

 ラキュースは本心からラナーが慈悲深い王女だと信じているため、そうした裏の事情を直接言うことはできず、適当な理由を付けて諦めさせるつもりだったのだ。

 バルブロが不要な存在であることにはラナーも同意するが、問題は死んだ後だ。

 

(アレはもう死んでいるでしょうが、死体が見つからないと、それはそれで面倒)

 

 今や全包囲から死を望まれているバルブロだが、唯一にして最大の障壁が、貴族派閥の盟主であるボウロロープ侯だ。

 彼にとってもバルブロは既に害でしかないはずだが、どうもボウロロープ侯は利益ではなく個人的な感情によって、バルブロを守ろうとしている節がある。

 五百程度とはいえ、自分の私兵である精鋭兵団を貸し与えたのはそれが理由だ。

 

 当初の予定では、彼らにバルブロを守らせつつ、雲隠れさせる予定だったのだろうが、バルブロの暴走によって本気でエ・ランテル奪還に向けて動き出した。

 更には王国ではほぼ唯一まともな貴族であるレエブン侯の手引きで、エ・レエブルを通過させられたことで、死への旅路は舗装され、すでにバルブロはエ・ランテル周辺に到着している。

 エ・ランテルを占拠しているというアンデッド集団の戦力から推察するに、バルブロはすでに死亡しているはずだ。

 

 バルブロが死亡した後、レエブン侯が即座に父王に進言し、ザナックに王位継承を促す手はずなのだが、ここで問題となるのが、ボウロロープ侯だ。

 これまでの執着具合を鑑みるに、たとえバルブロが死亡したとしても証拠がなければ、彼がザナックへの王位継承を認めることはなさそうだと感じたのだ。周辺国家同盟に参加する程度ならば、それでも問題ないが、その後のことを考えるとバルブロの死を確定させておかなくてはまずい。

 だからこそ、死体を取り戻す役目が必要となる。

 

 ここはまだ詳細の分からない漆黒を頼り、性格や実力を分析することにしよう。

 

「皆様はエ・ランテルのアダマンタイト級冒険者だと伺いました。どうか、兄を助けてはいただけませんか? 兄には王国の法に則って罪を償ってもらいたいのです」

 

 さて、どうでるか。

 深々と頭を下げながら出方を窺うと、モモンは間を置かず答えた。

 

「分かりました。では早速助けに行きましょう」

 

 予想に反してモモンの声には、計算通りにいったことを喜ぶ雰囲気が混ざっていた。

 

 

 ・

 

 

 その日。

 プレアデスの次女、ルプスレギナ・ベータは朝食を終え、姉妹に与えられた部屋に向かっていた。

 

 途中、第九階層の清掃を任せられている一般メイドたちとすれ違ったが、彼女たちはルプスレギナの姿を見つけると、手を止めて頭を下げてくる。

 基本的に一般メイドたちも戦闘メイドも、共に至高の存在に創造された者同士であるため、優劣は存在しないのだが、どうやら彼女たちにとって自分たちはちょっとしたアイドルのような存在らしい。とはいえ仕事中にわざわざ手を止めて挨拶されるのは、どうにも決まりが悪い。

 特に現在は。

 

「いーっすよ。いちいち手を止めなくても、それでなくても今はみんな忙しいんすから」

 

 今は。の部分に意識を込めたことで、メイドたちの身が強ばったのを見て、余計なことを言ってしまったと、すぐにフォローを入れる。

 

「まあ、お互い色々あるっすけど。今日も一日、ナザリックの、なによりアインズ様のために頑張りましょう」

「は、はい!」

 

 緊張した面もちで、それでも力強く頷いた一般メイドのフォアイルに手を振って、ルプスレギナはその場を離れる。

 先ほど口にしたのは、彼女たちの直属の上司とも呼べるメイド長、ペストーニャの謹慎騒ぎのことだ。

 

 詳細はルプスレギナも知らないのだが、ペストーニャとニグレド。

 この二人が主に対しエ・ランテルで行われている人体実験を止めるよう直訴を行い、その結果、主に許されざる行為をさせてしまった。ということで謹慎になったのだ。

 正確には、主は許してくれたのだが、本人たちが何の罰も受けない訳にはいかないと言ったことで、自主的に罰を受けることにした。というのが正しいのだが、その結果、ペストーニャが纏めていた一般メイドたちにしわ寄せが行っている。

 

(もっとも、それは私たちも同じだけど)

 

 こちらも詳細は不明だが、プレアデスのリーダーであるセバスが、デミウルゴスから命じられて付いていた別の業務中、何らかの失態を犯したようで、現在ペストーニャたちとは別口で謹慎となっている。

 共に直属の上司が謹慎になったという意味で、一般メイドとプレアデスは同じだが、一般メイドと異なりプレアデスは現在決まった仕事がない。

 

 少し前までは、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)の警備任務があったが、そちらは主の命で守護が不要となってしまい、仕事場がなくなってしまった。

 そのため現在は一般メイドの手伝いや、各階層との連絡要員という、本来の業務からはかけ離れた仕事しかできていない。

 

「んー。せめてオーちゃんが表に出てきてくれればいいんすけどね」

 

 セバスをリーダーとしたプレアデスではなく、末妹であるオーレオールをリーダーとしたプレイアデスとして行動できれば、もっとできる仕事も増えるのだが、それを決めることができるのも主だけであり、その主も現在は忙しいらしく、玉座の間に閉じこもり気味であり、直談判などできる状況ではない。

 

「まあ、結局あの二人がいないと、それも意味ないっすけどねー」

 

 プレイアデスはオーレオールの支援と指揮の下、六姉妹が連携することで、最大限の力を発揮するように創造されている。

 その意味ではオーレオールが出てきただけではまだ足りない。

 行方不明となっている二人を見つけだして初めて、完璧なチームとして活動できる。

 そう考えると、セバス不在でまともな仕事がない今こそが、彼女たちを探索する絶好の機会なのではないだろうか。

 

「うーん。アインズ様はお忙しいっすから、頼むなら別の人っすよね」

 

 歩きながら、許可を出してくれそうな人選を思い浮かべる。

 可能性があるとすれば、主の不在時にナザリック全体の指揮を執るアルベドか、現在の職務であるナザリック内の防衛責任者のデミウルゴスだ。

 どちらも癖のある者たちだが、その分キチンとナザリックの利益を提示すれば、許可してくれる気はするのだが……

 残念なことに、たとえ二人が復帰して完璧なチームとなったとしても、戦力という意味では高レベルの傭兵モンスターの方が上。利益と呼ぶには足りない。

 

「んー。となると──」

 

 なにか他に提示できる利益、あるいは外に出る理由はないだろうか。と考えているといつの間にか、自分たちの部屋に到着していた。

 とりあえず、中で休みながら考えてみることにしよう。

 扉に手をかけた瞬間、ルプスレギナの頭の上に生えた狼耳が聞き覚えのある声を捉え、ピクリと動いた。

 

「ふぅ」

 

 室内から聞こえてきたのは、姉であるユリ・アルファのため息だった。

 決意を込めたようなそのため息は、いくら自室内とはいえ、彼女らしくない。

 ルプスレギナは一瞬で表情を消したのち、分かりやすく口角を持ち上げた笑顔を形作ってから、勢い良く扉を開いて室内に飛び込んだ。

 

「どうしたんすか、ユリ姉。外まで聞こえてるっすよー」

 

「え? あ」

 

 室内の休憩用テーブルの椅子に腰掛けていたユリが驚いて顔を持ち上げる。

 その顔のまま固まってしまったユリの体に、ルプスレギナは抱きつくように飛び込んだ。

 いつもであれば避けられることはなくても、拳による迎撃くらいはありそうなものだが、今回はいともあっさり胸元に入り込むことができた。

 

「ちょ、ちょっとルプー。止めて」

 

 引きはがそうとするが、その力もさほど強くはない。

 やはりなにかあったのだと察して、ルプスレギナは抱きついたまま、ユリの耳元に真面目な声を落とした。

 

「なにかあったんすね」

 

 問いかけではなく断定すると、ユリの体はピクリと震える。

 その仕草が答えのようなものだ。

 ユリ自身もルプスレギナに伝わったことを理解したらしく、再びため息を吐き、今度はやや強めに拘束を外すと、自分の向かい側に座るように促した。

 大人しく席に着くと、ユリは語り出す。

 

「実はね。ちょっと仕事を頼まれたの」

 

 ユリが常日頃からもっと働きたいと思っていることは知っていたが、それでは先ほどのため息に繋がらない。

 一人だけ仕事が決まったことに対して、後ろめたい気持ちがあり、それを隠すためというには真剣すぎた。

 まだ何か隠している。

 

「へぇー。どんな仕事なんすか?」

 

「ナザリック周辺の警護よ。正確にはデス・ナイトを始めとしたエ・ランテルを警備させている兵を指揮して周囲を探るように、とのことよ。少し前王国の冒険者チームらしいのが数人入り込んだのだけど、それは偽の情報を持ち帰らせるためにわざと手を出さず戻したらしくて。これ以上の欺瞞工作は必要ないから、警備しつつ発見次第殲滅するように。とのことよ」

 

「指揮?! ユリ姉が?」

 

 何事も、とりあえず殴って解決を図ろうとするユリに、向いているとは思えない。

 

「なに?」

 

「あ、いや。なんでもないっす」

 

「それでルプー。貴女には、私の仕事を引き継いで貰いたいの。とりあえず──」

 

「その仕事。誰に頼まれたんすか? 確か今アインズ様は玉座の間に詰めているはずっすよね?」

 

 話を進めようとするユリの言葉を遮ると、再び彼女の体が揺れた。

 ユリは性格上、隠し事が得意ではない。

 そのことは妹である自分たちが誰より良く知っている。

 

「……デミウルゴス様よ」

 

 ルプスレギナの無言の圧に嘘を吐くのを諦めて、ため息とともに告げたその名前で、ある程度の事情が理解できた。

 

「なーるほど。私たちも疑われているんすね」

 

「……恐らくね」

 

 デミウルゴスとセバス。

 二人の相性が悪いのはナザリックでは周知の事実だ。

 二人ともナザリックや主に不利益をもたらすようなことはしないが、今回セバスが失態を犯したことで、デミウルゴスとしては大義名分を得て、セバスに罰を与え仕事から遠ざけることができ、同時にセバスの直属の部下であるプレアデスに関しても疑いを持って、自分の監視下に置こうとしているのだ。

 

 責任感の強いユリは、疑われているという事実そのものに強いストレスを感じ、これ以上失態を犯すまいと決意を固めた。

 それが部屋に入る前にルプスレギナが聞いた、あのため息ということだ。

 

(クソ真面目なユリ姉らしいっすけど……ん?)

 

 納得したと同時に思いつく。

 

「ちなみにユリ姉。それってユリ姉が名指しで頼まれたんすか?」

 

「一応プレアデスで手が空いている者ということだけれど、あの二人はそうした指揮には向いていないし、特にシズはナザリック内のギミックやパスワードをすべて記憶しているからね。早々外に出すわけにはいかない。そうなると私しかいないでしょう」

 

「いやいや。私私、私がいるっすよ! なんでナチュラルに省いているんすか! 今仕事もないし、私が行くっすよ」

 

 平然と話を進めるユリに、慌てて自分を指すと、彼女は今までで一番深いため息を落とした。

 

「それは分かっているよ。けれどこれは多分ボクに対する踏み絵でもあると思う。それはルプーも分かっているだろう?」

 

 口調がユリ本来の物へと変わる。

 これは取り繕わずに、本音で話すという合図だ。

 

「ユリ姉は優しいっすからねぇ」

 

 セバスやペストーニャほどではないが。と心の中で付け加える。

 ナザリックに於いて、最優先は当然至高の存在であり、現在唯一ナザリックに残った主こそが全て。

 その下には至高の方々から直接創造された者たちが並び、更にその下に配下の下僕たちが続く。

 ここまでが、ナザリックの者たちにとって仲間意識を覚える者たちであり、それ以外は全て下等な存在であるというのが共通認識だ。

 それらがどうなろうと知ったことではない。

 

 エ・ランテルで行われているという人間たちに対する数々の実験や殺戮も、無価値な人間たちを有効的に活用するための立派な業務である。

 だからこそ、そのやり方に異を唱えたペストーニャたちの行動はナザリック内で問題となり、本人たち自ら謹慎を申し出た。

 

「優しい、というのとは違うと思うけど、ボクの気持ちはやまいこ様から戴いた大切なものだ。偽る気はないよ」

 

 きっぱりと告げる。

 ユリもセバスとペストーニャが揃って休息を取った事実を知った後、周囲に知られないように二人を捜そうとしたと聞いている。

 庇おうとした者たちが謹慎になった以上、ユリの行動も問題がないとは言い切れない。

 そう考えたデミウルゴスが、彼女を試す目的で仕事を任せた。

 ユリはそう解釈したのだ。

 

「けど、最後までお残り下さったアインズ様への忠誠は、他の誰にも負けないつもりだよ」

 

 自分の胸に手を当てて、力強く告げた台詞は、なかなか挑発的なものだ。

 なぜならそれは、皆言葉にしないだけで誰しもが思っていることなのだから。

 ただ一人、自分たちを見捨てずにナザリック地下大墳墓に残って下さった、慈悲深き主への忠誠心だけは誰にも負けない。

 ルプスレギナとて、同じ気持ちだ。

 それをあえて口にしたのは、ユリなりの覚悟の現れだろう。

 

(まあ、本当に踏み絵なら、当然単なる警備で終わるわけないっすよね)

 

 主には及ばないとはいえ、ナザリック一の知恵者として創造されたデミウルゴスの頭脳と残忍な性格は、ルプスレギナも良く知っている。

 その彼がユリを試そうとする以上、すでに何らかの情報を得ているに違いない。

 今更ながら先ほどの決意は、それも込みでのものだったと気づく。

 姉の強い決意と覚悟を理解はしたが、納得はできない。

 

「じゃあ私が行ってくるっす」

 

「話聞いてた?!」

 

「聞いてたっすよ。でもそれってあくまでユリ姉の推測であって正式な命令じゃないんすよね?」

 

「そうだけど……」

 

「だったら問題なしっす。それに、私としてもこのやり方はちょっと気分が悪いわ」

 

 本音で話すユリを倣って、ルプスレギナも口調を変えて、本音をぶつける。

 

「え?」

 

「セバス様たち三人に関しては、アインズ様もお認めになったのだから謹慎になっても仕方ない。いいえ、当然のことだけれど、ユリ姉さんはそうではない。アインズ様の叡智なら全ての状況を理解しているはずなのに、何も仰らない以上、問題はないはず。それなのに試すような真似をするのは、ユリ姉さんの忠誠心だけでなく、アインズ様の判断にも疑いを持っていることになるわ」

 

 滔々と語る内容をユリは黙って聞いていたが、最後の言葉には、確かに。と言うように一つ頷いた。

 

「これはデミウルゴス様の越権行為に他ならない。そんなものにユリ姉さんがつきあう必要はないでしょう?」

 

「だから貴女が行くと?」

 

「ええ」

 

 間髪入れずにうなずくと、ユリは再度思案する。

 言っていることは理解しつつも、本当にそれで良いのか考えているのだ。

 もっと言えば、自分の決断が他の姉妹たちに影響を及ぼさないかを心配しているといったところか。

 

 これも無理もない。

 自分とユリの妹であるシズとエントマ──末妹のオーレオールはまた少々事情が異なる──は精神的に幼く、ナーベラルたちの不在もあって追いつめられている。

 休憩の度に第六階層に出向き、魔獣にしがみついて癒されていたり、自分が巣を作れる場所がないか探し回っているのも、ストレス解消の一環だろう。

 そんな中ユリにまで何かあったら──

 

「だからこそ、私が行く。ユリ姉さんはあの二人のことを見ていて」

 

「ルプー……分かったわ。貴女も」

 

「んん?」

 

「あの二人のこと。よろしくね」

 

 再び口調が戻るが、これは演技ではなく姉としてのユリの態度だ。

 流石は長女と言うべきか。ルプスレギナのもう一つの意図についても察しているらしい。

 

「了解っす!」

 

 こちらも彼女に合わせて、プレアデスの次女としての言葉と共に、自分の胸を大きく叩いた。

 警戒任務ということは当然、ナザリックの外に出ることになる。

 そうなれば行方知れずのナーベラルとソリュシャンを捜すことができる。

 もちろん、あくまで周辺警備なのだから、あまり遠くまでは捜索できないが、それでもナザリックに留まっているよりは可能性がある。

 

「さーて。それじゃあ準備をしないといけないっすねぇ。デミウルゴス様がどんな仕事をさせようとしているのかワクワクっすよ」

 

 ユリにとって辛い仕事ということは、趣向的に彼女と正反対の自分にとっては、楽しい仕事に違いない。

 

「貴女。もしかしてそれが目当てで?」

 

 呆れたような声でジト目になるユリに、ルプスレギナは最高の笑顔と共にサムズアップした腕を突きだした。

 

「それもあるっす!」




ちなみに、最後のルプスレギナたちのパートはモモンガさんたちの交渉より少し前の時間軸となります
ナザリックにいるアインズ様は自分がコピーであると理解しているため、引きこもりがちになっています
そのせいで、本来一枚岩であるはずのナザリック内にも不協和音が起こりつつあるという感じです
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