本来はバルブロが王位継承前に死亡することで初めて、王国が一つに纏まる目が出るそうですが、じゃあ死亡させずに纏めるにはどうしたらいいか。と考えたらこうなりました
「バカな! 兄上が戻られただと?」
「……はい。現在私の領地に匿われていると、部下から連絡が入りました」
暗い表情のまま告げるレエブン侯に、ザナックはもう一度バカな。と繰り返す。
「確か、カルネ村、だったか? エ・ランテル近くの廃村に兄上を誘導したのだろう? あそこは既に連中の支配下。近づけば命は無いと言っていたではないか」
王都内でなにかあれば、当然暗殺も含め様々な要因が疑われ、王家の威信にも影響するからこそ、バルブロが王宮から脱出するのを陰から手助けし、その上でレエブン侯が味方の振りをして危険地帯である元カルネ村まで送り込んだのだ。
こうすれば、あくまでバルブロの死は奴自身の暴走による結果であり、王家は最後までなんとか助けようと尽力したというポーズを取ることができる。
こうして王家の権威を低下させず、貴族派閥も少なくとも表面上は文句は言えない状況をつくりだす計画だった。
「助けたのは蒼の薔薇か? 奴らもその辺りは承知の上じゃなかったのか?」
死地からバルブロを助け出せる実力者と言えば、ラナーの私兵に近い蒼の薔薇だけだろうと当たりをつけ、声を落としたザナックに習うように、レエブン侯も声を落とした。
「リーダーがアインドラのご令嬢であり、ラナー殿下とも旧知の仲ですので、当然そのことは理解していたはずですが。救出したのは蒼の薔薇ではなかったようです」
「何だと? ではいったい誰が」
「……エ・ランテルの冒険者組合に所属していたアダマンタイト級冒険者チーム、漆黒という名の三人組です」
「エ・ランテル? あそこにアダマンタイト級冒険者なんかいないだろ?」
冒険者にはそこまで詳しくないが、流石にアダマンタイト級冒険者チームの数と構成くらいは知っている。
特に現在のアダマンタイト級冒険者チームはどちらもリーダーが王国貴族であるアインドラ家縁の者だからなおさらだ。
「例の事件の中、複数の冒険者チームを率いて脱出する際に組合長より任命されたそうです。てっきり冒険者をまとめるための権威づけのようなものだと思い、これまで調べてこなかったのですが、どうやら実力も相当なもののようです」
「にわかには信じられんな。だが、そいつらは何故兄上を助けた? そもそも蒼の薔薇はともかく、他の冒険者は国の問題には関わらないルールだろう?」
「彼らは元々エ・ランテルを脱出して、そのまま帝国に出向いたと聞いていましたので、そこから王国に戻る最中、カルネ村を通り偶然遭遇した、と見るべきでしょうか」
「偶然にしてはできすぎている気はするが、筋は通るか。どちらにしろ今兄上はその者たちとともに侯の領地にいるのだな?」
バルブロが王都に戻る前、もっと言えば、あらゆることが自由にできるレエブン侯の領土にいる今が暗殺の最後のチャンスだ。
「……その通りです」
言葉にせずとも、こちらの意図を読みとったらしいレエブン侯の表情は流石に暗い。
当然だ。
権力争いに暗殺は付き物とはいえ、王族の暗殺ともなれば大罪。
だが、今の状況でバルブロをのさばらせておけば最悪王国存亡の危機にも繋がる。
レエブン侯もそのことを重々承知しているからこそ、なにも言ってこないのだろう。
「……バルブロ殿下には、我が領地でゆっくりと体を休めていただきます」
ゆっくりという部分を強調する。
込められた意味はいうまでもなく、永遠にということだ。
「ですので。私に何かあったときは……どうか。どうか。我が息子を何とぞ、よろしくお願いいたします!」
常に冷静で理知的な男が全てをさらけ出して懇願する言葉に、ザナックは立ち上がり、こちらに向かって頭を下げるレエブン侯の両肩を強く掴んで、顔を持ち上げさせると、目を見つめたまま力強く一度頷いた。
それ以上、言葉は無かった。
レエブン侯もまた一つ頷き、早速とばかりザナックの私室を出ていこうとしたところで、突然部屋の扉がノックされ、思わず二人は顔を見合わせた。
レエブン侯との会談は極秘でなければならず、誰も入れないように申しつけていたというのに。
まさか内容も聞かれたか。
レエブン侯に暗殺を示唆した言葉が聞かれているとまずい。
「入れ」
できる限り平静を装い、単純に会談を邪魔されたことを不快に思っているかのような、不機嫌な声を出して問う。
「ご歓談中失礼いたします。どうしても今殿下にお会いしたいという御方がいらっしゃっております」
中に入ってきたのは、部屋付きのメイドだ。
こちらの不機嫌を察したせいか、声には震えが混じっていた。
「なに? 誰だ?」
王子と六大貴族の会談に、横やりを入れられるほどの存在はそう多くはない。
同じ立場の王族、あるいは他の六大貴族。
あるいは国王であるランポッサⅢ世の可能性もある。
少なくとも会話内容が漏れた訳ではなさそうだと、安堵しつつも、今度はその相手について思考を巡らせる。
(六大貴族が王都に入ったという情報はない。となるとやはり父上かラナー。兄上の件はまだ知られていないはずだが)
レエブン侯が漏らすはずはない。
しかし、ラナーの頭脳ならば正解にたどり着いても不思議はない。
父王であった場合は最悪だ。
その場合、レエブン侯がバルブロを暗殺したとしても、ここでザナックとレエブン侯が一緒であったことから、それを示唆したのがザナックだと見抜かれてしまうからだ。
基本的に王としては平凡で、性格も甘いランポッサならば、実の息子たちが王位継承争いの結果殺し合いに移行したことを嘆き、もう一人の候補者である六大貴族の一人、ペスペア侯に王位を譲ると言い出しかねない。
そんなことになれば再び、派閥争いに移行するのは目に見えている。
メイドが答えるまでの一瞬の間に、そこまで想像して、こっそりと息をのむザナックに、メイドが言った相手は、そのどちらでもなく、そして最悪の相手として想定していた父王すら超えるほど、今のザナックにとって最悪の名だった。
「バルブロ殿下です」
「……は?」
言われた名の意味を理解できず、王子らしからぬ間の抜けた反応をしてしまった。
「国王陛下にお会いする前に、是非ザナック殿下とお話がしたいと仰っておりますが、いかがなさいますか?」
こちらの混乱など知る由もなく──バルブロが行方しれずになった件を知っているのは、王国内でもごく僅かなので当然だが──淡々と告げるメイドに、ザナックとレエブン侯は再び顔を見合わせた。
追い返すわけにもいかず、部屋付きのメイドには案内させた後、隣室からも出ているように命じ、ザナックとレエブン侯はバルブロと対面を果たした。
王宮から逃げるように去ってからまだ数日と経っていないはずだが、バルブロの顔つきは憔悴しているように見えた。
とりあえず、兄弟とはいえ王位継承権が自分よりも上の相手と対面するのだからと、立ち上がって出迎えたザナックに対し、バルブロはどこか力無い笑みを浮かべる。
「ここはお前の部屋だ。座ってくれ」
「……では失礼して」
普段のバルブロならば自分の方が立場が上なのだと示す意味で、たとえザナックの自室であろうと、自身が先に座っていたはずだ。
調子が狂うと思いつつ、ザナックが座ると今度はレエブン侯にも同様のことを口にした。
「侯も、座ってくれ」
「いえ、殿下。私は」
「良い。気にするな。二人の会談に横やりを入れたのは俺の方だ」
「……承知いたしました」
バルブロらしからぬ大らかな態度に、怪しさを越えて気味悪さを感じつつも、これ以上の固辞は逆に失礼に当たると考えたらしいレエブン侯が座った後、反対側にバルブロも腰掛ける。
「……しまった。飲み物の用意くらいさせてからメイドを下げさせるべきでしたね」
気まずい沈黙を打ち破ったのはザナックからだった。
ここはザナックの自室である以上、自分がホストの役割を果たすべきだと考えたからだ。
すぐさまメイドを呼び戻そうとするザナックを、バルブロは手で制す。
「いや、良い。メイドにわざわざ情報を流す必要もないだろう。もっとも俺がお前に会いに来た時点で、色々と噂はされるだろうがな」
「はあ。確かに、兄上が私の部屋を訪ねるなんて、久方ぶり、いや下手をすれば初めてかも知れません。これはメイドたちにとっては良い話の種になりますね」
バルブロが言っているのは、王宮に行儀見習いを兼ねて奉公に出された貴族令嬢たちが、メイドとして働いて得た噂話を自分の家に告げ口することだと分かっていたが、敢えて冗談で流す。
「そうかも知れんな」
つまらない冗談にも苦笑を返す様に、ますます気味の悪さを覚えるが、いつまでもこうして道化を演じているわけにもいかない。
「──それで兄上はいつお戻りになったのですか? つい今し方侯の領地に着いたと聞いたばかりだったのですが」
レエブン侯が貴族派閥でありながら、ザナックを推しているのは周知の事実であるため、こちらも情報はすでに聞いているという体で話を進める。
「ん? ああ、まあそうだ。だが急ぎ父上に伝えねばならないことがあってな。俺を助け出してくれた冒険者に送って貰ったのだ。転移魔法、とかいったか。いや、今までは知らなかったが魔法というのは素晴らしいものだな」
一般に王国では魔法使いの存在は軽視される傾向にある。
それは地位が高くなればなるほど顕著だ。
そのバルブロが手放しで魔法を讃えるとは。やはり今までと何か違う。
非常に落ち着いているというか、達観して見える。
「伝えねばならないこと、とは?」
レエブン侯が口を開いた。
上手く隠してはいるが、その声には僅かに震えが混ざっている。
バルブロが生きて帰ったことで、レエブン侯が好意に見せかけて、彼を死地に追いやったことが父王に伝えられることを恐れているのだ。
「……実はな」
そんなレエブン侯に対してバルブロは苦笑を向けてから口を開き、その後言いづらそうに間を空けた。
無限とも思えるような長い沈黙。
静寂の中、レエブン侯がゴクリと唾を飲む音だけが響き、その音に触発されたように顔を持ち上げたバルブロはザナックをまっすぐ見据え、意を決したようにとんでもないことを告げた。
「俺は、王位継承権を放棄しようと思っている」
「……は?」
「なにを、言っているのですか兄上。突然、そんな」
長兄として生まれ、これまでずっと王位を継ぐべく育てられてきたことで、王位に固執してきたバルブロの発言とは思えない。
(まさか、
そう考えると先ほどからの妙に達観した態度や、軽視されている魔法を誉めちぎった発言にも説明が付く。
(それならそれで、このまま父上のところに行って貰えば──いいや、しかし、あれは記憶が残るとも聞いている。ここは下手なことを言わない方が良い)
「兄上は王位継承権第一位にして長男ですよ? それに、そんなことをすればボウロロープ侯だって」
「だからこそだ。本来なら王位継承権だけでなく、廃嫡も視野に入れるべきなのは分かっている。俺がこれまでやってきたことはそれほど罪深い。だが、それではボウロロープ侯が納得しない。だから俺は王位継承権のみを放棄し、その後は侯の領地を受け継ぎ、大公としてお前を支えていきたいと思っているのだ」
突然の告白に、ザナックは目と口を大きく開けてバルブロを見た。
いよいよもって信じられない。
「で、殿下。突然なにを仰っているのですか」
慌てたように間に入ったレエブン侯が素早く、周囲を見回した。
この話が外に漏れれば大変なことになる。
メイドは下げさせたが、それでも万が一を警戒しているのだろう。
この辺りの迂闊さはいつものバルブロと変わらない。
しかし、その内容は信じがたい。
言っている内容自体ではない。それはある意味正論だからだ。
ここまで派閥争いが激化している現状では、どちらの派閥が勝とうともはや王国の腐敗を止めることはできない。
たとえどちらかの派閥が勝利し、王を立てたところで、そのときには両派閥とも多大な損害を負っており、当然国力も低下している。
負けた方の派閥の貴族がおとなしくしている保証も無いとなれば、国を立て直す暇もない。
唯一方法があるとすれば、先ほどバルブロが言ったように、どちらかの派閥から傀儡とならない強い王を輩出し、その上でもう片方の派閥は強力な政治力を持った大公が管理して、両派閥内を監視する方法だ。
こうすれば、国力を下げることなく、国内の立て直しに専念できる。
しかしそれも机上の空論でしかない。
ここまで拗れてしまった派閥争いが簡単に抑えられるはずもなく、またその隙を帝国が見逃すはずもないからだ。
ザナック自身、バルブロの王位継承を阻止できなかった場合は、力ある大公となって将来に備えることも考えていたが、それは王派閥の監視ではなく、貴族派閥か八本指の傀儡になっているバルブロの抑止力となるためだ。
だが今ここでバルブロが本気で王位を捨て、六大貴族最大の領地を持つボウロロープ侯の後を継いで大公となる道を選べば、活路は見いだせる。
バルブロの言葉を頭の中で反芻しながら、ザナックは更に深く思考する。
(なにより今は時期が良い)
もう一つの懸念材料である帝国がエ・ランテルに現れた謎の集団を討つために、周辺国家を纏めあげた連合を作っているからだ。
そんな真似をしておいて、事件解決後すぐに王国やエ・ランテルに攻めいろうとすれば、同盟に参加した他の国々から野蛮な国という烙印を押され、外交上非常にマイナスとなる。
しかしそれも、こちらに落ち度が無い場合に限る。
肝心の王国が派閥争いで国が荒れ、エ・ランテルの復興もままならないような状況となれば、帝国は治安維持という大義名分を以って意気揚々とエ・ランテルを強奪しようとするだろう。
(兄上が本気で言っているのなら、これが王国を立て直す最後の機会だ)
「……兄上。本気なのですね?」
「無論だ。お前たちさえよければ、すぐにでも行動を起こしたい。ただ──」
ここまでずっときっぱりとものを言っていたバルブロが急に歯切れ悪くなって口ごもる。
しかしそれも僅かな間だけだった。
「俺はお前たちのように頭が良くない。言うにしてもちょうど良いタイミングや、話す順番などがあるかもしれんと思ってな。それを相談しに来たのだ」
相談に来た。というバルブロらしからぬ慎重な台詞を聞いて、先の大公として王を支えるアイデアと併せて、ようやくザナックはバルブロが変容した理由の一端を掴むことができた。
(まさかこれも、ラナーの差し金か)
王宮という籠の中に居ながらにして、言葉だけで海千山千の貴族たちを自在に操るラナーであれば、バルブロの性格を変えるようなことも、その後どう行動すればいいのか操ることも不可能ではない気がしてくる。
そんな真似ができるならもっと早くしてほしかったと思うが、先日まで暗殺しか無いといっていたことをみるに、何か状況が変わったことで、ようやくできるようになった芸当とみるべきか。
とにかく、バルブロの性格が変わったのが魔法的手段ではないと分かった以上、ザナックが取るべき行動は一つだけだ。
「レエブン侯。悪いんだが、兄上と二人だけにしてほしい。隣の部屋で誰か近づいてくる者がいないか確認を頼む」
「……殿下。承知いたしました」
一瞬何か言いたげな様子を見せたが、兄弟水入らずで胸襟を開いてもらった方がいいと考えたらしく、レエブン侯は二人に頭を下げてから部屋を出ていく。
それを見届けてから、ザナックは改めてバルブロと向かい合った。
「兄上。私の……俺の質問に正直に答えていただきたい」
私ではなく俺。という言葉遣いを変えたことで、王族という公人ではなく、ザナック個人として兄であるバルブロに問うていることを強調する。
「なんだ?」
それが伝わったかはともかく、本気の質問だとは気づいたらしく、バルブロも佇まいを直してこちらの質問を待った。
「兄上は王国をどうしていきたいと思っているのですか?」
抽象的な質問だが、これこそが最も重要なことだ。
例えここで自分たちが手を組んだとしても、それだけで王国が再建できる訳ではない。
ただほんの僅かに光明が差すだけだ。
国力低下、政治の腐敗、帝国の脅威、そして直近に迫ったエ・ランテルを占領し、各国の首脳陣が手を取り合って対抗しようとするほど強大な何者か。
それら全てを解決して初めて、国を立て直しが始まる。
そんな大仕事をこなすには、確固たる意志が必要不可欠。
ラナーがどんな手を使って、バルブロを心変わりさせたのかは不明だが、その部分が自分たちと違っていては、いずれ必ず関係が悪化する。
だからこそ、今のうちに確認しておかなくてはならない。
「……」
ザナックの言葉を受けたバルブロは、しばらくの間目を伏せ、じっと考え込んだ。
「俺はエ・ランテルを占領している化け物どもに捕まり、酷い拷問を受けた。何度も何度も何度も、殺されそうになっては無理矢理魔法で回復させられて、また拷問を受ける。そんなことを繰り返されて、俺は死ぬことを望んだ」
ザナックの問いに対する返答ではなかったが、エ・ランテルでなにが起こっているかを知ることも大事だと思い、口を挟まずに話を聞いた。
目を細め、歯を打ち鳴らしながら語るバルブロの様は、そのときのことを心の底から恐怖していることが窺える。
(拷問か、確かにそれなら兄上がこれほど変わってしまったことも納得できる)
その拷問が並大抵のものではなかったことも。
多少痛めつけられただけならば、回復した後は復讐に燃えるものだが、バルブロはそんなことすら考えられないといった有様だ。
しかし、そんな恐怖も次の瞬間に消え失せる。
目を細め、どこか恍惚と遠くを見る。
その温度差に、ザナックは気味の悪さを覚え、思わず身を引いてしまう。
「しかし、何の因果か、俺は冒険者である漆黒のモモン殿に助けられた」
例のエ・ランテルの冒険者組合最後のアダマンタイト級冒険者のことだ。
エ・ランテルの情報を得る意味で、後でその冒険者からも話を聞かなくてはならない。
しかし今はバルブロの真意を探るのが先だ。
黙って続きを促すとバルブロは表情を引き締めて告げる。
「その時に分かったのだ。人間という奴は、生きているだけで幸せなのだと──そうだ、幸せ。幸せだ」
「あ、兄上?」
国民に広く普及している四大神宗教とは違う、怪しい邪教にハマり、狂ってしまった信者のごとき様相に思わず声をかけると、バルブロは目を見開いてザナックを見た。
「そうだ。俺は幸せにしたいのだ。この国を、国民を、そして家族を。俺は分かっていなかった。人は寝食に困らず、痛みも無く、外敵に脅かされることもない平和があれば、それで幸せなのだ。俺は、生まれたときからそれを全て持っていたというのに。気づかなかった。それ以上を、そして俺の器量以上のものを求めてしまった。その間違いに気づけた」
興奮して話しながら目を血走らせている様は、ますます狂気じみていたが、同時にバルブロの語る言葉は、ザナックがこれまで漠然と抱きつつも言語化できずにいた心の隙間にすっぽりと収まった。
自分もそうだ。
別に、ザナック自身は王になりたかったわけではない。
ただ日毎目に見えておかしくなっていく、この国を何とかしたいと思っていた。
自分にその器量があるかは分からないが、それでも自分が生まれたこの国を少しでもまともにしたかった。
そうしてバルブロの言うように、この国を、民を、家族を、幸せにしてやりたかった。
王国に生まれて良かったと、そんな風に思ってもらえる国にしたかった。
「ザナック、俺は!」
「もう、言葉は要りません兄上。俺も同じ気持ちです」
ザナックは立ち上がるとバルブロに向かって手を差し出す。
それを見て、バルブロもまた同じように立ち上がり、その手を強く握りしめた。
ザナックのものとは違う分厚くゴツゴツした戦士さながらのその手は非常に熱く、そして頼もしく感じられた。
「やりましょう。俺たちの手で、この国を、民を、家族を」
「ああ。幸せにしてやろう!」
生まれたときから、次期王位継承を巡って比べられ、いがみ合い、争い続けていた、兄弟が手を取り合った。
(ここに、ラナーさえ加われば、王国はまだやれる)
ぎりぎりのところで王国の崩壊を防いでいる父の人徳が持つ内に、現在王宮に残った三兄弟が手を取り合えば、きっと、王国は立て直せる。
いや、立て直してみせる。
己の決意を示すようにザナックはバルブロの──兄の手を更に強く握りしめた。
・
「──なんて。今頃ザナック兄様は涙でも流しているのかしら」
バルブロを連れてきた漆黒の者たちや蒼の薔薇、クライムまでも遠ざけて、自室に籠もったラナーは、ザナックの部屋で起こっているであろう光景を想像してため息を落とした。
性格が変容したバルブロから協力を求められればあっさりと転ぶ様が容易に想像がつく。
そうした読みやすさはザナックの性格も去ることながら、彼が中途半端に有能だからこそだ。
感情だけでなく、本当に自分を含めた三兄妹が協力すれば、王国を立て直す道が見えると思っている。
いくらザナックでもその道が見えなければ、性格が変わったからといってこれまでのバルブロの行いを許すはずがない。
(んー。エ・ランテルのことさえなければ、王国はこのまま消えてもらっても良かったのだけれど)
放っておいても王国は数年の内に消え去る定めにあった。
要因はいろいろあるが、一番可能性が高いのはやはり帝国に併呑されることだろう。
帝国の皇帝ジルクニフはラナーほどではないにしろ、頭が切れ、その頭を十全に活かす手足である、武力も持ち合わせている。
今はチマチマと収穫時期を狙って戦争を仕掛けてくるというやり方を取ってはいるが、それは王国をできる限り無傷で手に入れるためのものであり、本腰を入れれば王国などひとたまりもない。
ラナーもそれを理解していたからこそ、これまで、王族で唯一まともな王になれる素質を持ったザナックにも手を貸すことなく、黙って見届けてきた。
いずれ訪れる併呑後の己の立ち位置を確保するためだ。
しかし、その帝国ですら他国との同盟を組まなくては対抗できないと考えているエ・ランテルに現れた何者かの存在によって、ラナーの計画に変更が必要になってきた。
(帝国がそこまで譲歩しなくてはならないのは、敵の武力もさることながら、別の要因もあるはず。それがおそらく──)
どんなお題目を並べようと結局国同士の力関係は武力によって決まる。
その面でも王国を遙かに凌駕している帝国がここまで慎重になる理由はそれぐらいしか考えられない。
「漆黒。いえ、モモンか」
漆黒はチームではあるが、リーダーであるモモンがすべての決定権を握っている。
つまりモモンさえ味方に付けることができれば、帝国すら恐れる戦力を手に入れることができるのだが、それは簡単なことではない。
最悪帝国にさえ、渡さずに済めればそれで良い。
元々、これほど腐敗した王国が残っているのは帝国がなるべく無傷で併呑しようとしているからだけではない。
単純に王国には優秀な人材が多いことがあげられる。
周辺国家最強と言われているガゼフを筆頭に、蒼の薔薇のラキュース、朱の雫のアスズの両名は冒険者だが、同時に王国貴族でもある。
それぞれのチームメンバーだけでなく、犯罪組織ではあるが、八本指にはアダマンタイト級冒険者チームに引けを取らない者たちも多数いると聞いている。
王国は人間国家の中でもっとも安全で肥沃な大地を有している。
そんな土地だからこそ法国は、多くの人を育み異形種と戦う勇者が育つだろうと、陰に日向に力を貸してきた。
そのせいで腐敗が進んだとはいえ、同じほど人材の育成も進んでいるということだ。
その王国の上層部が強く結託し、そこに王国最強の戦力であるガゼフを始めとした強力な戦力が集まれば、それだけで帝国の侵攻をくい止める力は十分にある。
ジルクニフが恐れているのはそれだろう。
大いなる危機に直面した王国が一つに纏まることを懸念しているのだ。
しかし、王国が纏まらなければ、エ・ランテルの脅威は排除できない。
その備えとして、ジルクニフは漆黒を手に入れようと画策していたはず。
けれど、今回の件で漆黒に接したことで、彼らに首輪をつけるのは容易ではないということがよく分かった。
それはラナーでも同じだが、ジルクニフがそれを易々と信じてくれるとは限らない。
この時点で、ラナーが採るべき手段から、わざと王国を帝国に併呑させることで、自分を皇帝に売り込むという方法は使えなくなってしまった。
(結局、茨の道を進むしかないということね)
思わず息が漏れる。
これも全ては、こちらの予測をことごとく裏切ったモモンのせいだ。
あらゆる勢力が殺したがっていたバルブロを、見捨てられないというラナーの演技を馬鹿正直に受け取って、バルブロを助けたことが全ての始まり。
(単なるお人好しか、あるいは状況も読めない愚者かと思ったけれど、こうなることを読んでいた?)
頭を使うという点に於いて、他の追随を許さないラナーだが、そんな彼女でも読み切れない者は少なからず存在する。
あまりにも度の過ぎた愚者だ。
バルブロもそうだが、王国の貴族連中にはそうした者が多い。
初めはモモンもその類かと思っていたが、ここまでトントン拍子に話が進んでいくあたり、全てモモンの敷いた道を歩かされているような気がしてくる。
他でもない今まで他人を言葉や情報で操ってきたラナーだからこそ、それが分かる。
その場合、モモンは生まれて初めて出会うラナーを超える頭脳を持った相手ということになる。
「さて。どうしましょう」
このまま彼の敷いた道を歩くか、それとも別の手を打つべきか。
「んー」
唇に指を当てて、ラナーは自分とクライムにとって最高の未来を手にすべく、思考を巡らせた。
バルブロの性格が大分変っていますが、やり方は違えどナザリック式の洗礼は八本指さえ仲間意識の強い人たちに変えるほどなので、まあこうなっても不思議はないかと思います
次はモモンガさんたちの話です