オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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時系列的に第2話とこの話のナザリック側の話は、漆黒がビーストマンから竜王国を救うより前の話になります


第5話 法国掌握

 スレイン法国の最奥。

 神聖不可侵の室内に最高執行機関と呼ばれる、六宗派の神官長と各機関の長、そして最高神官長、総勢十二名の者たちが集まっていた。

 彼らこそ法国に於ける最高執行機関のメンバーであり、こうして定期的に集まり、自国のみならず周辺諸国の情勢も含めた会議を行っている。

 それらはすべて法国の理念である、人類の守護と繁栄という目的のためだ。

 だからこそ、法国は国家間の争いにも介入し、トブの大森林やアベリオン丘陵の亜人たちなどの間引きや討伐といった、本来自国には関係ないことにも力を入れている。

 しかし、今回はそうした話し合いをする会議ではない。

 それらは数日前に終わったばかりであり、今後の方針は既に固まっている。

 それなのに間を置かずこうして集まっているのは、その際に打ち出された破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)捕縛作戦の結果を見届けるためだ。

 

「そろそろ頃合いか?」

 

 最高神官長の声に、六色聖典全体の指揮を執る土の神官長レイモンが頷いた。

 

「そうですね。時間的には、もう交戦に入っていてもおかしくはありません」

 

「まさか、破滅の竜王がこれほど早く復活していたとは。陽光聖典のお陰で早期に発見できたのは良いですが、損失もまた大きかったですな。戦士長抹殺計画もこれで一度中止しなくてはならない。王国の貴族を動かすにはそれなりに手間をかけたというのに」

 

 やれやれと頭を振る行政の機関長に合わせるように、最年長の水の神官長ジネディーヌも重々しい口調で頷く。

 

「加えて陽光聖典は隊長のニグン以外は全滅、逃げるために魔封じの水晶も使用したそうだな。話に聞く破滅の竜王が相手ならばそれも致し方ないが」

 

 憎々しげに語るジネディーヌに対し、最高執行機関の紅一点である火の神官長ベレニスがあえて明るく口を開いた。

 

「けれど、最高位天使すら退ける力を我らの先兵として使用できれば、損失を補って余りあるものになるわ」

 

 六色聖典の中でも最も前線に出る機会が多く、これまで数多の異種族の集落を葬ってきた陽光聖典の瓦解は大きな損失だが、隊長のニグンは生きており、法国にもまだ半数近い人員が残っているため、隊その物が消えてなくなるほどではない。

 時間は掛かるだろうが再建は可能だ。

 結果的に破滅の竜王を手に出来ると考えれば、損失より成果の方が大きいと言える。

 

「……しかし、彼女抜きで勝てますかね」

 

 誰かがポツリと言った彼女という言葉で、全員の視線が扉の外に向けられた。

 この会議が開催される度に、神域の近くで護衛として控えさせている、法国最強の切り札漆黒聖典番外席次、絶死絶命のことだ。

 漆黒聖典の隊員は殆どが今回の任務にかり出されているが、彼女はいつも通りこの会議を行う間、護衛の任に就けていた。

 単純に神都の守りを疎かにするわけにはいかないこともあるが、それとは別に強者と戦いたがる番外席次の性格を考えると、勝手に出撃することも考えられる。

 そうなれば世界盟約に抵触することになり、かの竜王が出てくる危険性もあるからだ。

 

「そのためにカイレを出陣させたのだ。神の最秘宝であるケイ・セケ・コゥクならば破滅の竜王を魅了できる。伝承によればあの竜王は始原の魔法を使用できぬからな。護衛としてつけた漆黒聖典ならば、相手が如何に強大であろうとも、発動までの時間稼ぎはできるだろう」

 

 始原の魔法を使う竜王を除けば、どれほど強大な存在であろうと魅了できる六大神の遺した最秘宝に加え、現時点の法国が出せる最大戦力である神人、第一席次を含めた漆黒聖典のほぼ全員。

 これだけ投入しても失敗したのなら、その時こそ、彼女に出てもらわなければならないが、恐らくその心配は杞憂に終わるだろう。

 それほど、神の遺した秘宝の力は逸脱している。

 それに不満や異を唱えることこそ、自分たちの神を否定することになる。

 その事実に、遅まきながら気づいたのだろう。

 番外席次無しで勝てるのかと疑問を口にした者が、強く口を結ぶのが見て取れた。

 

「そう言えば、例の竜王国の件ですが、調べがつきました」

 

 場に流れた不穏な空気を払拭するため、進行役であるレイモンが口を開く。

 その意図に気づいた者たちもすぐさまそれに乗った。

 

「ああ。今回は時期が悪かったですな。何とか持ちこたえてくれると良いのですが」

 

 竜王国は近隣にビーストマンの国が存在し、定期的に侵攻を受けており、その度に法国は内密に竜王国への戦力派遣を行っていた。

 しかし、要請があった場合に派遣されることが多い陽光聖典を、戦士長暗殺任務に就けていたため、先延ばしになってしまっていたのだ。

 前回の会議でそのように決まっていたのだが、続くレイモンの台詞によって、そんな悠長なことを言っている場合ではないことが知らされた。

 

「どうやら今回は今までの侵攻とは異なり、大規模な軍勢を率いているとのこと。本気で国を落とすつもりなのかも知れません」

 

「何だと? それはまずいな。あの野蛮なビーストマンどもに国を落とされれば、そこに住まう人々がどのような目に遭うか……」

 

 亜人の種類は数多いが、その中でも人間を食料として見ている種族に支配された人間たちの末路は最悪だ。

 目を覆いたくなるような地獄を延々と味わわされ続けることになる。

 実際、大陸中央部では未だ人間がそのような目に遭わされている話も聞く。

 だからこそ、人間国家の強国化をはかることを第一に考え、そのためならば致し方ないと多少の犠牲には目を瞑ってきたが、流石に隣国である竜王国がそのような目に遭うのは認められない。

 全員の目の色が変わり、話し合いが加熱していく。

 

「陽光聖典の再編には時間がかかろう。それこそ今回の件で魅了した破滅の竜王を先兵として派遣するのはどうだ?」

 

「それは悪くない。相手がビーストマンであれば、破滅をもたらそうと問題はない。何よりどれほどの強さがあるか確かめることもできよう」

 

「しかし、それもかの竜王が許すかどうか。我らが魅了して使用すれば介入してくる可能性はあるのではないか?」

 

 基本的にはドラゴンは群れることが無く、仲間意識なども存在しない。そもそも破滅の竜王は竜王と名が付いてはいるが、始原の魔法も使えないため真なる竜王とは言えないはずだ。

 理屈の上ではそうだが、評議国の永久評議員である白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)がどう動くかは分からない。そして万が一動いてきた場合の損害を考えると軽々に動くわけにはいかない。

 

「確かにな。やはり一度対話の機会を持ってみるのも悪くないのではないか? そうすればあの裏切り者の森妖精(エルフ)どもとの戦争に彼女を投入できる」

 

 現在法国と戦争を続けているエルフの王国との戦いは、戦力的には圧倒しているが、エルフの得意とするゲリラ戦やエイヴァーシャー大森林内に生息する危険なモンスターによる被害を恐れて、進軍速度が出せず膠着状態に陥っていた。

 この膠着を打破するだけなら、ゲリラ戦に特化した部隊である火滅聖典を投入すればなんとかなるだろうが、この戦争の火種となったエルフの王は強い。

 火滅聖典だけでは勝ち目はないため、確実に仕留めるには番外席次の力が必要なのだが──戦力としても、彼女の母親の恨みを晴らす意味でも──それもまた世界盟約に接触するため、事前に白金の竜王と話し合いを行い、根回しをしておくべきではないか。という案が以前より出ていたのだ。

 

「交渉が巧くいけば、エルフの王国には彼女を派遣しつつ、竜王国に破滅の竜王投入もできる訳か」

 

 エルフとの戦争を早期に解決すれば、竜王国の救援や、王国と帝国の戦争終結、アベリオン丘陵の平定など現在周辺諸国の人間たちが抱えている問題に注力できる。

 

「どれほど要求されるか分からぬぞ?」

 

「ある程度は融通をきかせるとしようではないか。あの娘の心の安寧、そして人類全体を守るためだ」

 

 最高神官長の言葉に、異論は挙がらなかった。

 異種族から人類を守る守護者。

 それこそが法国の理念であり、それを共有する者は皆仲間である。

 その仲間を救う為ならば多少の職権乱用は致し方無いこと。

 言葉にはしなかったが、それはここにいる者たちの共通認識であった。

 

「エルフの王さえ討ち倒せば、彼女も落ち着きを取り戻しましょう。そして彼女に加え、破滅の竜王を先兵とできれば、いずれはあの竜王すら──」

 

 誰かが言った言葉に、全員が反応する。

 本来、人類以外の全てを敵として認識している法国が──世界盟約があるとはいえ──こうして白金の竜王の顔色を窺って行動しなくてはならないのは業腹だ。

 だが、破滅の竜王と異なり、始原の魔法を操る白金の竜王にはケイ・セケ・コゥクも届かず、単純な力に於いても現存する何れの竜王よりも強大であるため、それも仕方ない。

 これまではそう考えられていたが、番外席次が落ち着きを取り戻し、そこに隊長である漆黒聖典、そして破滅の竜王も加われば、あの竜王すら打ち倒せるかも知れない。

 そうなれば、評議国と隣国になることを恐れて王国や帝国に介入してコントロールするなどという、遠回りな方法を取る必要もなくなる。

 

「どちらにしても、先ずは漆黒聖典の作戦が成功してから、ですな」

 

 場に不穏な空気が流れ出したことを察し、レイモンは再び話を戻した。

 結局のところ話はここに帰結する。

 先ほどの話も、破滅の竜王を支配し、先兵として利用可能になる前提があってことだ。

 

「……うむ。それはそうだな。先の話は漆黒聖典が戻ってからに──」

 

 最高神官長がそう言って話を纏めようとした時、唐突に扉が開いた。

 

「む?」

 

 全員が一斉に注目する。

 本来ここにいる十二人以外入ることの許されないこの場所だが、今回は報告が入り次第、知らせが来ることになっていた。

 しかしノックも無いというのは流石に異常だ。

 それほど重要で急を要する事態が起こったのかと、最高執行機関の面々に緊張が走る。

 そうした空気に反して、ゆっくりと中に入ってくる人影が、室内の明かりに照らされた瞬間、全員が息を呑んだ。

 

「ふーん。初めて入ったけど、思ったより狭いのね」

 

 左右で色の違う白黒の髪と、それとは逆の配置となっているオッドアイ。

 十代前半にも見える外見ながら、身に纏う気配は異質そのもの。

 巨大な十字槍にも似た戦鎌(ウォーサイズ)を引きずりながら入ってきたのは、つい先ほどまで話題に挙がっていた法国の切り札、番外席次だった。

 

「な!?」

 

「何故ここに。守護の任はどうしたのです!?」

 

 会議の最中は近くの部屋で待機して、何かあった際の守護の役割をするのが、彼女の仕事だ。

 面倒くさがりな性格ではあっても、今まで仕事を放棄することは無かっただけに、命じたレイモンが慌てて椅子から立ち上がり問いかける。

 

「……何用だ。ここは選ばれた者しか入れない聖域。許可無く立ち入るなど許されんぞ」

 

 いくら彼女の方が年上とはいえ、立場の違いは存在する。

 それをはっきりさせるかのように、最高神官長が鋭い声で告げた。

 興味深そうに部屋の中を見回していた番外席次も、その声に反応して最高神官長に目を向けると、一拍間を空けた後、艶かな唇に弧を描いた。

 

「だって仕方ないじゃない。そう命じられたのだもの」

 

「命じられた? 何を、誰が──」

 

 番外席次が所属する漆黒聖典は秘密部隊であるため、その存在を知る者自体少ない。

 その殆どはここにおり、また命じることが出来るとなれば六色聖典全体の指揮を執るレイモンか、最高神官長くらいのものだ。

 それ以外、彼女に命令を下せる者など存在しない。

 そう判断したらしい最高神官長が、己以外に可能性のあるレイモンに目を向けた。

 その視線に懐疑的なものが混ざっていることに気づき、レイモンは慌てて首を横に振る。

 

「わ、私ではありません! 私はいつものように近くの部屋で待機を命じました」

 

「そうよ。私に命令したのはレイモンじゃない、私に命じたのは──ああ」

 

 言いながら、番外席次は何かに気づいたように後ろを振り返り、そのまま道を空けるように横に移動した。

 次の瞬間、彼らは信じられないものを目撃した。

 あの番外席次が。

 そのプライドの高さ故、相手が誰であっても不遜な態度を崩さない彼女が、戦鎌(ウォーサイズ)を後ろに移動させて深々と頭を下げたのだ。

 それも形だけの適当なものではなく、堂に入った心からの礼を。

 その礼を向けられながら中に入ってきたのは、外見上は十代前半の番外席次より更に小さな人影だった。

 

「あ、ええっと。その、ご苦労様です」

 

 オドオドとした口調、高く幼い声、浅黒い肌と先端の垂れた長い耳、そして──左右の色が違う瞳。

 それは番外席次の、そして法国にとって忌むべき存在であるエルフの王の特徴と同じものだ。

 

森妖精(エルフ)、いや闇妖精(ダークエルフ)か!」

 

 声を荒げた瞬間、闇妖精(ダークエルフ)の子供はビクリと体を震わせる。

 こんな如何にも弱そうな子供に、番外席次が何故頭を下げるのか。

 そんなレイモンの疑問を他所に、最高神官長が声を荒げる。

 

「それは。我らが神の最秘宝!?」

 

 エルフ種の特徴である長い耳や、左右で異なる瞳に気を取られて気づくのが遅れたが、その言葉で闇妖精(ダークエルフ)が身に付けている衣装に今更目が向かった。

 白銀の生地に天に昇る龍の刺繍が施された衣服は、真なる竜王などのごく一部の例外を除き、如何なる者でも魅了する、神が残した秘宝の中でも最も希少で強大な力を持った遺産、ケイ・セケ・コゥク。

 それを神に選ばれた種族である人間ではなく異種族の、それも怨敵であるエルフ王に連なる者に使われる。

 これほどの屈辱はない。

 

闇妖精(ダークエルフ)風情が、神の最秘宝を身につけるなど不敬この上ない、今すぐ──」

 

 口で言って大人しく渡すはずがない。

 そんなことは分かっていたが、感情を抑えることが出来ず、怒りのままに近づこうとして、視界が突然反転した。

 

「うるさいぞ、レイモン。私の主に対してなんて口の利き方だ?」

 

 強い衝撃と共にレイモンは、一瞬で距離を詰めた番外席次によって自分が地面に投げつけられたことを知る。

 頭上から降り注ぐ殺意の籠った視線。

 強者との戦い以外、どんなことにも興味を示さず、感情的になるところなど一度として見た覚えもない番外席次が、明確な怒りと殺意を示している。

 これで確信した。

 やはり番外席次はケイ・セケ・コゥクの力によって魅了され、あの闇妖精(ダークエルフ)に支配されているのだ。

 つまり、破滅の竜王を討伐に向かったはずの漆黒聖典とカイレに何かあり、この闇妖精(ダークエルフ)に秘宝を奪われたことになる。

 

(漆黒聖典はどうなった? いや、今はそれよりこの状況を何とかしなくては)

 

 番外席次から向けられる続ける背筋を凍らせるような殺気に耐えつつ、必死に考えを巡らせていると、その様子を見ていた闇妖精(ダークエルフ)が慌てたように口を開きながら、番外席次の元に近づいてきた。

 

「あ、あの。ここにいる人たちにはまだ使い道があるそうなので。こ、殺さないでくださいね」

 

「はっ。失礼しました」

 

 闇妖精(ダークエルフ)の言葉であっさりと殺気が消え、番外席次はレイモンの元を離れ、闇妖精(ダークエルフ)の傍に移動した。

 

(とりあえず、助かったか。今はあの闇妖精(ダークエルフ)の殺さないという言葉を信じて、機を窺うしかない)

 

 幸いにしてケイ・セケ・コゥクは際限なく何人も魅了はできないため、ここにいる全員が操られることはない。

 ならばこの闇妖精(ダークエルフ)が何をしようとしているのか見極めることが先決だ。

 人間より遙かに長寿であるエルフ族は外見では年齢を推し量ることは難しいが、少なくともこの闇妖精(ダークエルフ)は話し方や態度から見て、外見相応の精神性しか持ち合わせていないようだ。

 ならば付け入る隙はある。

 そんなことを考えながら、レイモンは隙を見て逃げ出せるようにと、自分の近くに立った闇妖精(ダークエルフ)を注視する。

 

「え、えっと。ごめんなさい」

 

 その視線を睨まれているとでも勘違いしたのか、闇妖精(ダークエルフ)は突然頭を下げる。

 

(やはりこの闇妖精(ダークエルフ)は単にケイ・セケ・コゥクを装備しているだけで、強者ではない。人質に取れば逃げ出せるか?)

 

 エルフ王に連なるものだからと言って強者ばかりではない。

 ここでこの闇妖精(ダークエルフ)を捕まえれば、支配されている番外席次はうかつに手が出せないはずだ。

 こちらに近づいてきたことは千載一遇の好機、この距離なら番外席次より先に抑えられるかもしれない。

 

(そうだ。我々はこんなところで死ぬわけにはいかない。人類のために)

 

 意を決し動き出そうとしたレイモンの頭上に、突如として影が差した。

 

「何?」

 

「て、抵抗されると、困りますから! え、ええ、えっと。あ、あの、ごめんなさい!」

 

 いったい何がと思う間もなく、視界の端にとてつもなく速い何かが映り、次いで足に激痛が走った──

 

 

 ・

 

 

「おや、マーレ。この階層で会うのは珍しいでありんすねぇ」

 

 自らの守護階層である第二階層の巡回中、シャルティアは心細げに杖を抱いて歩くマーレの姿を見つけて声を掛けた。

 

「あ、シャルティアさん。こ、こんにちは。吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の皆さんにお話はしてあったんですけど」

 

 後半になるにつれて、声が小さくなっていく。

 要するにたとえ同格の守護者と言えど、許可なくシャルティアの守護階層に入ったことを咎められたと思ったのだろう。

 

(本当に、あのガサツなチビすけの弟とは思えない気の使いようね)

 

 創造主に仲が良くないと定められているため適当にからかっているアウラと異なり、マーレにはそうした縛りはなく、きちんと気遣いのできるところはむしろ好感に値する。

 

「別に怒ってはいんせんぇ。少うし不思議だっただけ。確かマーレはこの間、恐れ多くもナザリック地下大墳墓に入り込んだ、あの無礼者の所属する国に向かったんではありんせんかえ?」

 

 デミウルゴスが主導となって、その国を裏から支配すべく、中核となる者たちを捕らえに行く。という話を少し前に聞いたばかりだ。

 初めは何故自分には声が掛からなかったのかと不満に思ったものだが、そのせいで防衛力が落ちることになるナザリックの守りを固めるため。と言われて仕方なく我慢し、いつもの以上に──特に幻術で隠しているだけの地表部分へと続く第一階層──時間をかけて巡回をしてきたところなのだ。

 

「は、はい。それはもう終わって、今捕まえた皆さんを恐怖公に預けて来たところなんです」

 

「恐怖公のところでありんすかぇ?」

 

 第二階層に存在する黒棺(ブラック・カプセル)の領域守護者。同じ第二階層に居を構えているとはいえ、巡回の際も遠巻きに確認する程度──そもそも室内の管理は領域守護者である恐怖公の仕事だ──で色々な意味であまり近づきたくない存在だ。

 シャルティアとしてもあまり広げたい話題ではなく、むしろその前に言ったことの方が気になった。

 

「なら、法国とやらでの作戦はもう終わったんでありんすか? 確か周辺にある人間どもの国でも一番面倒な国と聞き及んでいんしたが」

 

「は、はい。先に来た人たちが世界級(ワールド)アイテムを持っていたので、それを使ったら簡単にできました」

 

 世界級(ワールド)アイテムとはこのナザリックにもいくつかしか存在しない超貴重アイテムのことだ。

 それも大半は宝物殿に保管されており、そもそも主の物であるためこちらが勝手に使用することなどあり得ない──創造主からアイテムを預けられたアルベドは例外だが──それを人間が持っていることにも驚きだが、あっさりと奪えるあたり、どんなアイテムであれ人間程度が持っていては宝の持ち腐れということなのだろう。

 

「く、国の偉い人たちはみんな捕まえたので、色々便利に使えるようになるって、デミウルゴスさんも喜んでいました」

 

「そう。モモンガ様にこの世界をお渡しするのが簡単になるのは良いことだけれど、こうも張り合いが無いと、わたしたちの働きをお見せできんせんねぇ」

 

 今回の作戦は、世界征服そのものが目的ではなく、それを成し遂げる過程で、自分たちの力とその有用性を、改めて主に知って貰うことが重要だ。

 相手があまりにも弱すぎると、力を見せるどころではない。

 この程度の相手ならば、裏から支配などという面倒な真似をしなくても、自分たちが直接出向いて国を滅ぼした方が手っとり早いのではないだろうか。

 

「だ、だめですよ。シャルティアさん。余計なことをされたら、むしろ世界征服までの時間が延びるって言われているんですから」

 

 突然顔色を変え、マーレにしては珍しく強い口調で告げる。

 その中のある言葉が気に掛かった。

 

「言われてるって、誰に?」

 

 シャルティアの問いかけに、マーレはしまった。と言わんばかりに身を竦ませ、慌て始める。

 

「え、えっと。誰というわけではなく、そのぅ」

 

 シャルティアは考えて行動するのが得意ではないが、だからと言って察しが悪い訳ではない。

 この作戦を考えたデミウルゴス、あるいは全体的な指揮を執っているアルベド。このどちらかが勝手な行動を取らないように命じたのだと直ぐに察した。

 それもシャルティアが聞いていないところをみるに、全員ではなく、自分を名指しでだ。

 

「……まあ構いんせんぇ。わらわもできるだけ早く、この世界をモモンガ様にお渡ししたい気持ちは同じ。作戦が上手く進んでいるなら勝手な行動を取る必要などありんせん」

 

 嗜虐心の強いシャルティアにとって、マーレを虐めるのもなかなか楽しいが、これ以上続けてアウラに話が行っても面倒だ。

 確かめたいことは確かめた。とシャルティアは話題を切り上げる。

 

「そ、そうですよね。あ、えっと、じゃあ僕はそろそろ。お姉ちゃんも待たせていますし」

 

「そうでありんすね。わたしもまだ巡回の途中でありんすし。それに、あのチビすけを待たせるとぎゃーぎゃー騒ぎそうだものぇ」

 

 カラカラと笑っていうと、マーレは僅かにほっとしたような仕草を見せつつ、再度頭を下げて小走りでシャルティアの前から離れていった。

 

「ふぅむ。このまま行くと、アルベドやらデミウルゴスばかり褒められそう。それは──」

 

 不愉快。と口には出さずシャルティアはマーレが向かっていた黒棺(ブラック・カプセル)に視線を向け、僅かに目を細めた。

 主がデミウルゴスやアルベドの采配に任せると言ったのならば、それに従うのは当然だが、今は何も言われていない。

 二人が守護者統括、そしてナザリックに於ける防衛戦の責任者として定められていると言っても、それはナザリック内の話、世界征服という大業を成す作戦を二人だけで決められるのは癪な話だ。

 もちろん、ナザリックの守護者として、それが最善ならば文句など言うつもりはないが、もしかしたら、本当はこの世界の相手が弱すぎて、真っ向勝負では簡単に決着が付いてしまい、それでは自分たちの手柄にできないからとわざと武力ではなく、絡め手で世界征服をしようとしているのかも知れない。 

 だとすれば、二人の方に問題があることになる。

 

「考える必要がありんすねぇ。モモンガ様のためにも」

 

 直接言葉を交わしたことはないが、元からネクロフィリアであるシャルティアにとって、至高の四十一人の中でもモモンガは外見上でも好みな存在だが、それだけではない。

 最後まで残ってくれた慈悲深い御方である点や、断片的に残された記憶の中にある、己の創造主と楽しげに会話をする様子を思い出すだけで、動かないはずの心臓が跳ねるような気さえする。

 あの方なら自分の創造主も喜んで、嫁に行くことを許してくれるだろう。

 そのためにもシャルティア自身の価値を、改めて見て頂かなくてはならない。

 決意を新たに、シャルティアは視線を黒棺(ブラック・カプセル)から前に戻して、巡回を再開することにした。 




というわけで法国の上層部を掌握しました
本当は漆黒聖典が罠に嵌められる辺りも書こうと思っていたのですが、この辺りの話は本筋ではないので巻いて行きます
流れとしては第2話で捕らえられて心の折れたニグンが嘘の報告をして、漆黒聖典とカイレを呼び寄せて罠に嵌めることで傾国傾城を奪取し、そのまま神都に転移して今回の話に繋がる感じです
書籍版ではアインズ様が慎重だからこうはならないけど、今の守護者たちはなるべく早く成果を出さなくてはならないと焦っているためこうなりました
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