オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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竜王国での話
国内でドラウディロンの本来の形態を知っている者がどれほどいるか分からなかったので、取りあえずこの話では城の兵士や衛兵レベルでは知らない設定にしています

ちなみに最後の方に亡国の吸血姫で登場した単語が出てきますが、設定や内容に触れている訳ではないのでネタバレにはならないと思いますが、気になる方はご注意下さい


第6話 女王との謁見

 竜王国の首都に聳える城の一角、謁見の間で女王の到着を待っていたモモンガは、不作法にならない程度に周囲を見回した。

 謁見の間は思ったより広くはない。

 あくまで客と会うためだけの部屋なのだから、広く作る必要はないのかも知れない。それでも竜王国はドラゴンが作った国と言われているのだから、ドラゴンが入れるほど広い場所を想像していたが、そうでもないらしい。

 部屋に多数の衛兵が詰めているため、余計にそう感じるのかもしれない。

 常にこれほどいるとすれば、客人が気分を害しそうなものであるが、恐らくは今回は例外なのだろう。

 

 それも仕方ない。

 彼らからすれば、ワーカーなど素性も分からない怪しい存在。

 幾らビーストマンの侵攻をくい止め、追い返した立役者だとしてもそれは変わらない。

 だからこそ、これほど多くの兵が集まったと見るべきだ。

 

(しかし、こちらに敵意を向けるような奴らはいないな。それに二人じゃなくて俺を見てる気がする)

 

 ナーベラルとソリュシャンは、整った容姿の者が多いこの世界に於いても、更に飛び抜けた美人らしく、彼女たちを連れて歩けば視線は自分にではなく二人に集中するのが常だ。

 モモンガに向けられるのは、そんな二人を従者の如く連れだって歩いていることへの嫉妬を込めた視線くらいのものだ。

 流石は城に勤めているような衛兵は、礼儀作法もしっかりしているということなのだろうか。

 それにしては、ここまではっきり視線を向けてくる時点で不作法な気もするが。

 

(考えても仕方ない。今は女王との謁見を成功させることだ。相手は子供らしいからビジネス対応では不味いか?)

 

 百年という長い時間をこの世界で過ごしながら、モモンガはそうした貴族的な礼節を殆ど知らない。

 もともと他人となるべく関わらないように接していたことと、常に二人が側にいた為に支配者としての演技を続ける必要があったからだ。

 誰かと会う時でも二人の忠誠に報いる意味も込めて、モモンガはナザリック地下大墳墓の絶対的支配者に相応しい、尊大な演技でしか他人と接することがなかったのだ。

 もっとも、そのせいで何度か面倒に巻き込まれたので、外で情報収集すると決めた今回は、権力者相手に下手に出てもおかしくないアンダーカバーを作った。

 冒険者ではなく、ワーカーにしたのは冒険者に比べて社会的地位が低く、礼節を知らなくても、ある程度なら許されるだろうという苦肉の策なのだが。

 

(とは言え流石に女王相手に砕けた態度もな。やはりあの時の使者に対してやったような英雄っぽい態度で接するべきだな、うん)

 

 あれはあれで気恥ずかしいものがあるが、背に腹は代えられない。

 覚悟を決めた直後、タイミングよく玉座の傍に立つ宰相として紹介された男が声を張った。

 

「陛下が参ります」

 

 鋭い声の後、衛兵たちが全員背筋を伸ばし、それに伴いモモンガに向けられていた視線も消える。

 モモンガは慌てて、しかしそれは隠し膝を突いて頭を下げる。

 漫画やゲームではあるまいし、単なるワーカーが一国の王に対して頭も下げずに出迎えては、この謁見自体中止になりかねない。

 二人にも事前にその説明はしていたので、大人しく頭を下げているが、いつもモモンガに行なっている礼とはまるで違う。

 ナーベラルは如何にも嫌々やっていますよというのが分かる浅い角度の礼であり、ソリュシャンに至ってはアンダーカバーであるソーイの性格に合わせてか、姿勢もだらしなく見える。

 これで大丈夫だろうか。とも思うがワーカーが完璧過ぎる礼をするのも怪しまれそうなので、ある意味正解かも知れない。

 

「ドラウディロン・オーリウクルス女王陛下の入室です」

 

 冷淡な男の声と共に小さな足音が聞こえ、やがて玉座に座る気配があった。

 後は許可を得てから顔を上げる。

 これぐらいの礼儀は知っているし、この謁見の許可が出た後、城の兵からも段取りとして聞いていた。

 

「女王陛下の許可が出ました。顔を上げて下さい」

 

 許可が出ても、直ぐには顔を持ち上げず、少し待つ。

 これも礼儀の一つだ。

 持ち上げた視線の先にいたのは、まだ幼い少女だった。

 背筋を伸ばし過ぎなほどに伸ばし、口元をやや強めに結んでいる様は、子供が大人びた態度を必死に真似ているように見えて微笑ましい。

 

「漆黒の皆様方。ようこそおいで下さいました。この度は我が祖国をお救い頂き、女王として感謝します」

 

 小さな咳払いの後、たどたどしく告げられる言葉に、モモンガは兜の中で目を見開き──実際は眼光の揺らめきが大きくなっただけだが──驚きを露わにした。

 こうした場合、お互いに時節の挨拶から入り、その後本題に入るものだと思っていた。

 実際そう聞いていたのだが、そうした段取りを無視して最初からモモンガたちの働きを賞賛し、礼を口にするとは。

 

(えっと。これどうすればいいんだ? こっちから時節の挨拶に持っていくのはダメだよな? 礼を言われたんだからそれについて返事をしていいのか。いや、とにかく落ち着け、俺……おっ、来た来た)

 

 想定外の事態に弱いのは鈴木悟であった頃から変わらないが、アンデッドの体になったことで、精神鎮圧によって瞬時に落ちつくことができる。これには何度も救われてきた。

 

「とんでもないことでございます女王陛下。我々はあくまで自分の仕事をしたのみ。加えて陛下に謁見の機会も頂けましたこと、感謝申し上げます」

 

 冷静になった頭で、事前に考えていた時節の挨拶を飛ばして、女王の言葉に対する返礼を行う。

 周囲からも剣呑な気配は伝わってこない辺り、この対応で間違いはないようだ。

 

「いいえ。本来ならば国を挙げて歓迎の宴を催さなくてはならないところでしたが、我が国民の感情にまでご配慮いただき、感謝の言葉もございません。あなた方こそ正しく救国の英雄そのものです」

 

 その後も滔々と感謝の言葉を述べる女王に、違和感を覚える。

 国民の感情に配慮というのは、祝賀会を断ってこの謁見を頼んだことを言っているのだろう。

 それはまだ分かる。

 しかし、仮にも一国の女王がこんなに手放しでワーカーを誉めていいのだろうか。

 実際にその通りだったとしても、女王の言い様ではここにいる衛兵や、国の冒険者たちをないがしろにしているようなものではないのか。

 幼い女王がその辺りを考え無しで言っている可能性もあるが、それなら隣に立っている宰相が止めるべきではないのだろうか。

 それとも他国の者などがいない公の場でないからこそ言えるのか。

 

(これを素直に受け入れていいのか。それとも謙遜を続けるべきか)

 

 ビジネスならば謙遜するのは良くあるが、やり過ぎるのは逆効果になることもある。

 この場合はどちらなのか。

 そもそもモモンガたちの今回の目的は、プレイヤーに関する情報収集。

 ならば感謝の言葉を素直に受け取り、では報酬とは別に褒美として情報を。という方向に持っていった方がいいのではないだろうか。

 

(いや。そもそも女王がここまで幼いとは思っていなかった。こんな子供が情報を持っているのか? 持っていてもそれは正確な物なのだろうか。だとしたら今回はあくまで友好関係の構築だけを目指して、情報は後に回すなり、国の書庫を見せてもらうことを報酬にして、こちらで調べる方が確実か?)

 

 答えが出ず、頭を必死に回していると、隣から小さく鼻を鳴らす音が聞こえた。

 

「あー、女王陛下? 誉めて貰えるのは嬉しいんだけどよ。そいつじゃ腹は膨れねぇよな?」

 

 ソーイの格好をしたソリュシャンがあまりにも性急に、そして露骨な追加報酬を望む台詞を吐き、謁見の間の空気が一瞬にして凍り付く。

 

(ええ!? このタイミングで?)

 

 驚きながら、以前情報を出し渋るようならどんな手段を用いてでも吐かせる。と彼女らしからぬ意気込みで語っていたことを思い出した。

 その後さりげなく落ち着かせたはずだが、彼女たちにとってこの女王はナザリック地下大墳墓、延いては姉妹たちの手がかりを持っているかもしれない相手だ。

 普段の彼女らしからぬ態度だが、興奮して口を滑らせたのかも知れない。

 どちらにしても、この台詞によってモモンガは選択を迫られることになった。

 すなわち、ここでソリュシャンを諫めるべきか、それとも話に乗るべきかである。

 そんなことを考えていたモモンガに、ドラウディロンは少しの間キョトンと不思議そうな顔をしていたかと思うと、勢い良く手を叩いた。

 

「ちょうど良かった! 歓迎の宴はできなかったけれど、せめてものお詫びにお食事の用意をしているの! あ、います。私もご一緒しますから是非皆様の冒険譚をお聞かせ下さい!」

 

 にっこりと無邪気な笑顔を見せる様は女王とは思えない。

 これで大丈夫なのだろうか。と思うが隣に立つ男が一瞬顔を歪ませたのをモモンガは見逃さなかった。

 

(あれほど露骨な催促に気づかないとは。天然なのか?)

 

 先ほどまでの無理に背伸びをして女王としての責務を果たそうとしていた、大人びた性格から一変した、この無邪気さが本来の彼女の姿なのかも知れない。

 だとすれば──

 

「光栄です、女王陛下。是非に」

 

 本来モモンガは食事を取れないので断るべきなのだろうが、今回はソリュシャンの暴走を止める意味でも同意して、食事や飲み物は二人に任せて、モモンガは話を聞かせる役に徹すれば良いだろう。

 冒険譚を語るというのも気恥ずかしいが、ユグドラシル時代の仲間たちとの冒険を改変すれば、それなりに面白可笑しい話が作れる。

 その中でプレイヤーなどに関する情報を紛れ込ませてドラウディロンの反応を窺ってみても良い。

 難易度は高そうだが、これもナザリック地下大墳墓を見つけ、二人を家に帰して姉妹たちと再会させるためだ。

 覚悟を決め、無邪気に喜んでいる女王に対して恭しく頭を下げた。

 

 

 三人が通されたのは王族が来賓と食事をする際に使用するという部屋であり、広さはさほどではないが、調度品に気を使っている豪華な部屋だった。

 案内された後、女王は一度着替えをしてから戻るとのことで退室し、現在部屋の中にいるのはモモンガたちだけだ。

 仮にも王城の中に、素性も知れないワーカーだけを残すとは、防衛の観点からは少しおかしい。

 もちろん部屋の外には衛兵がいるのだろうが、ソリュシャンが部屋の中を調べた限り、金属板を填めて魔法的な手段を防止しているだけではなく、物理的に音が外に漏れ難い作りになっているとのことで、なおさら不思議に思う。

 これでは中で何かあっても外には気づかれない。

 要するに外に知られたくない秘密の会談に使用する部屋なのだろうが、それなら余計に、モモンガたちが良からぬことを企んでいたらどうするつもりなのか。

 

「ナーベ、外の音は聞こえるか?」

 

 確認のために目を向けると、頭から兎の耳を生やしたナーベラルが小さく頷く。

 

「はい。衛兵も少数残っておりますが、あちらも我々の声は聞こえていない様子、盗聴の類はなさそうです」

 

 いくら声が漏れにくい構造をしていると言っても、魔法的な遮音では無い以上、ナーベラルが使える兎の耳(ラビッツ・イヤー)であれば音を拾うことはできる。

 逆に外にいる連中もこの手の魔法か、あるいは別の手段で盗聴を行っているかと思ったが、そうでもないらしい。

 

「そうか。いくら国を救った英雄とはいえ、ワーカー相手に無防備過ぎるな。そう思わせるのが目的か」

 

「それはどういった?」

 

「簡単なことだ。それだけ自分たちがこちらを信用していると思わせたいのだろう。どのみち私たちを城内に入れた時点で、どんなに警戒しようと物理的に勝ち目はない。ならば初めから無警戒にしてこちらに敵対の意志がないと思わせた方が良いということだ。それほどこの国が追いつめられている証拠でもあるがな」

 

 もっとも、そうしたことをあの無邪気な女王が思いつくとは思えないので、一緒に居た宰相あたりの考えだろうが。

 

「なるほど。流石はモモンさん。それならばあの小娘から情報を手に入れるのはさほど難しくありませんね」

 

 ナーベラルの瞳が妖しい光を帯びる。

 先ほどのソリュシャンの対応も含めて、ここは一度きちんと話しておかなくてはならない。

 そう考え、モモンガは小さく咳払いをした後、無言のまま手招きをして二人を呼び寄せる。

 

「ナーベ。足音が近づいてきたら知らせよ」

 

「はっ」

 

 ナーベラルに指示を出した後、隣のソリュシャンに目を向ける。

 

「ソーイ」

 

「はっ」

 

 盗聴の心配が無いと知ったことで、ソリュシャンの態度もワーカーチームの人間としてではなく、絶対的支配者として接してくる。

 しかし、それにしてはおかしい。

 

(さっきの暴走。てっきり向こうから詫びてくるものかと思っていたが、何か考えがあってのことだったのか?)

 

 今回に限ったことではないが、ソリュシャンには交渉事を任せることが多く、条件を有利に進めるためにモモンガの指示が無くても、ある程度自分で考えて行動しても良いと言ってある。

 モモンガも元営業として交渉事には多少自信はあるが、荒事も絡むワーカーの交渉はそうしたアンダーカバーを作っているソリュシャンの方が向いていると考えたからだ。

 あれは暴走ではなく、交渉の一つだったのだろうか。

 

「んんっ。先ほどの女王への対応だが──あれの意図するところを説明してみよ」

 

 小さく咳払いをしてから、婉曲的な聞き方をする。

 聞き手側にとって、責められているようにも、試してもいるようにもどちらにも取れる問い方だ。

 これも百年間の支配者の演技を続けた努力の賜物と言いたいところだが、自分が偽物であることを理解している身としてはいつまで経っても罪悪感が付きまとう。

 

「はっ。あの娘は演技を行っておりました。それは私たちだけではなく、あの場にいた衛兵に対しても同様です。隣にいた宰相以外、誰にも知らせていないのでしょう。そうであれば、あの場でいくら会話をしたところで私たちが望む情報にはたどり着きません。ですので私は敢えて、その演技を見破っていると見せつけた上で、こちらが更なる報酬を望んでいることを示しました。そうすれば本音で交渉する場を用意すると考えてのことです──以上です。モモンさんのご期待に添えましたでしょうか?」

 

 やはり、狙っての行動だったらしく、ソリュシャンはモモンガの言葉を自分を試していると認識したようだ。

 ソリュシャンには心の中で謝罪をしつつ、首を傾げる。

 

(演技って。あの無邪気っぽい態度が本性だってことか? 俺でも分かったのに、兵士は気づいてないのか? いや相手が自国の女王ならそんなものなのか。程度の差はあれ、二人でも俺の演技を見抜けていない訳だし)

 

 精神鎮圧によってある程度冷静に行動できるため、それなりに支配者らしい演技ができていると思うが、それはモモンガの演技力より、そもそも二人が初めからモモンガを絶対的支配者と盲目的に信じているのが大きい。

 この国の兵士たちにも同じことが言えるのかも知れない。

 そしてそうした無邪気な性格が本性だというのなら、ソリュシャンの言葉に隠された意図に気づけるはずもないため、見せつけたというのは女王ではなく、宰相に向けたものだろう。

 つまりこれからの食事会では宰相と交渉するべきだと言っているのだ。

 

「そ、そうか。やはりソーイもあの演技に気づいていたか」

 

 ソリュシャンの意図にも気づかず、純粋に女王と仲良くなるために英雄譚を話そうと思っていた自分が恥ずかしくなるが、気づかなかったと言うわけにもいかず、気づいていたふりをする。

 

「はっ。人間にしてはそれなりの擬態ではありましたが、行動や口調に僅かな違和感がございましたので」

 

 特に誇るでもなく淡々と告げるソリュシャンに、モモンガは内心で首を傾げる。ソリュシャンがあのわかりやすい演技をそれなりと評した事だ。

 理由を聞こうとしたが、それより早くナーベラルの頭の上に付いた兎の耳が反応した。

 

「モモンさん。先ほど女王の横にいた男が戻りました。準備が整ったようです」

 

「そうか。では出迎えるとしようか。さて、女王陛下はどちらの演技で戻るのかな」

 

 年の割に大人びた女王らしい態度か、それともあの天真爛漫な子供らしい態度で来るのか。

 もっとも、それは大した問題ではない。

 交渉相手は宰相であり、なおかつ竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者だったクリスタル・ティアが壊滅した以上、モモンガたちがいなければこの国に未来など無い。交渉はこちらの優位に進められる。

 

「……モモンさん。男が外の衛兵を下げさせたようです」

 

 ナーベラルの言葉で、ドラウディロンがどちらを選択するか分かった。

 

「どうやら演技を続ける気はなさそうですね」

 

 当然ソリュシャンも、そのことには気づいている。

 本来の性格を隠すために、衛兵を下げて人払いをしたのだ。

 

「話が早くて助かるな」

 

 モモンガとしても本音で来て貰った方が交渉がしやすい。

 その後、完全に衛兵が下がるほどの間を置いてから、部屋の扉がノックされ、先ほど女王の隣にいた宰相が入ってきた。

 やはりこの男も食事会に参加するようだ。

 さて、どうやって話を進めようかと考えていたモモンガだったが、続いて現れた女王の姿を見た瞬間、精神抑制されることになった。

 

「着替えに手間取ってしまって申し訳ない。待たせたな、漆黒の皆。改めまして、私こそ七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の曾孫にして黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)の名を持つ竜王国の女王、ドラウディロン・オーリウクルスである」

 

 先ほどとはまるで違う声、性格、そして年齢すら違う女が眼前に立つ。

 しかし自信に満ち溢れた態度が、彼女こそ正しくこの竜王国の女王であると言外に告げていた。

 

 

 ・

 

 

 会食とは名ばかりで、テーブルの上に用意された食事には誰も手を付けない。

 リーダーであるモモンが、諸事情により兜を外すことが出来ないと言ったためだ。

 外すと効果の無くなる魔法武具か何かなのだろうか。

 もっともドラウディロンもこの姿でここに来たときから、会食で親睦を深めようなどという気はさらさら無かったため、用意させた酒で喉を湿らせると直ぐに本題に入ることにした。

 

「先ずは我が国を救ってくれた救国の英雄に、改めて感謝を。そしてそれに報いさせて貰いたい。どうやら、実直的な話の方がお好みのようだったのでな。こうして場を用意させて貰った」

 

 ドラウディロン本来の姿で現れたところを見ても、三人は特に驚いた様子を見せなかった。

 これで少しは主導権を握れるかと思っていたが、甘かったようだ。

 既にドラウディロンの本性を見抜いていたために驚きは薄かったのだろう。

 

 彼女が常日頃から見せている、幼いながらも必死に国を守ろうとする女王の姿は偽りのものだ。

 そちらの方が保護欲を刺激して皆が頑張ってくれる。と宰相から言われた為であり、確かに多くの騎士や冒険者──セラブレイトはまた別の欲によって動いていたようだが──が国を守るために必死になってくれた。

 しかし、漆黒はあっさりとそれを見抜いた。

 自分で言うのも何だが、もう長いことこの幼い演技を続けているため、一見した程度では気づかれない自信があったのだが。

 

 今までの例外はただ一人、帝国の皇帝ジルクニフだ。

 以前ビーストマンの侵攻が確認された段階で面会した際に、ドラウディロンはいつものように幼いながらも国のため、必死に女王らしく見えるように背伸びをしている少女という演技で助力を求めた。

 そんな彼女に対し、ジルクニフは現在帝国は自国の平定と王国との戦争で忙しく、今直ぐ手を差し伸べられる状況ではないが、隣国の危機にはなるべく力を貸したいと考えている。と言うような内容をひどく婉曲的な物言いで告げてきた。

 それはつまり直ぐには助けはしないが、もっと分かりやすい見返りを出すなら手を貸しても良いとの宣言に他ならない。

 その時はまだここまでの大侵攻だと思っていなかったことや、法国に再度働きかける手段が残っていたため引き下がったのだが、ジルクニフは確実にドラウディロンの演技に気づいていた。

 子供には分かりづらい婉曲的な物言いは、ドラウディロンが本当は子供ではないことをジルクニフが気付いているとこちらに知らせるとともに、助けを請うなら情ではなく実利を持って来い。と言葉に出さずに告げていたのだ。

 

「ありがとうございます。私たちのような不調法者は、大勢の前では緊張して上手く話すことが出来ませんので助かります」

 

 ドラウディロンの言葉にモモンが答える。

 どこまで本気で言っているのか分からないが、先ほどまであれほど傍若無人な態度を見せていた金髪の女、ソーイは無言のままだ。

 彼女からジルクニフと同じものを感じたからこそ、ドラウディロンはこの会食を提案したのだ。

 今回の大侵攻は退けたが、ビーストマンの国がある以上、今後も侵攻は続く。

 クリスタル・ティアが壊滅し、法国との協力関係も今後どうなるか分からない今、なんとしても漆黒には国内に留まって貰わなくてはならない。

 そのために宰相と二人で、いくつも手段を講じた。

 

 国民だけではなく、城の騎士たちにもワーカーを英雄として扱わせることで、良い気分にさせる。

 本来はそれを祝勝会という形で行う予定だったが、あちらから断ってきたことで中止となった。

 しかし、報告によると漆黒は都市解放の際、人質諸ともビーストマンを討ったことを気にしているとのことであり、そのことに感激した騎士がこの話を城中に広めたため、なにもせずとも城の兵士たちも彼らを英雄視していたので、さほど難しくはなかった。

 次の手段が情に訴えること。

 ジルクニフには通じなかったが、リーダーであるモモンがそうした清廉潔白な英雄らしい人物だと報告を受けたことで、他の騎士たちのように情に訴える手段が有効なのではないかと考えて、先ずはあの姿──宰相曰く形態──で接して様子を見ることにしたのだが、それもあっさり見抜かれたためにこうして全てを晒し、その上で相手の望む物を差し出すことで国内に留まって貰おうと考えた。

 だからこそ、他の衛兵は下げさせて、自分と数少ない理解者である宰相だけで会う選択をしたのだ。

 女王が護衛も無しにワーカーと会うのは本来あまり褒められた行為ではないが、場内の者たちも彼らを救国の英雄として扱っていることや、元々ドラウディロンは騎士や冒険者の激励の際などは、宰相を含めた三人だけで会うこともあったので、何とかこの場を作ることが出来た。

 

「それは良かった。では早速話をさせて貰いたいのだが、宜しいかな?」

 

「全て陛下のお望みのままに。我々は何の不満もございません」

 

 ゆっくりと頭を下げるモモン。

 不調法者などと言ってはいるが、言葉遣いや態度は通常の冒険者やワーカーとは比べ物にならない。

 ある程度の教育を受けている証拠だ。

 ただし、それはこの辺りの国のものではない。

 

(モモンは他国から流れてきた貴族か、あるいは王族? 二人はその護衛といったところか)

 

 王族と予想したのには理由がある。

 モモン自身がどこか人の上に立つ人物特有の雰囲気のようなものを纏っているのが一つ。

 そしてもう一つは、両隣を固めた二人のチームメンバーだ。

 上に立つ人間を見極めるには、本人よりもむしろそれを支える周囲の人物を観察する方が手っとり早いというのが、ドラウディロンのそれなりに長い人生で得た教訓だ。

 そのドラウディロンを以てしても、これほどの忠誠心を持った人間を見たことはない。

 ナーベの方はかなり分かりやすいが、もう一人の態度も粗暴で口も悪い、誰もが思い描くワーカーの性格そのままといった風体のソーイすら敬意では済まない忠誠心を持っているのが分かった。

 

 隠していてもそうしたものは伝わるものだ。

 一番分かりやすいのは周囲に対する警戒だ。

 警戒そのものはワーカーの性なのかもしれないが、二人の場合その対象が自分ではなく常にモモンを対象にして、いつでも彼を守れるように行動している。

 自身も常に衛兵たちから守られている立場だからこそ、それに気づくことができた。

 そして、あの若さで高い演技力と忠誠心を持つとなれば、恩義や本人に惚れ込んでというだけではなく、生まれから来るものではないかと考えたのだ。

 つまりモモンが王侯貴族の出身だとして、二人はその従者の家系。そう考えると辻褄が合う。

 

(とはいえ。私にだってここまで忠誠心を持ってくれる奴はいないぞ)

 

 チラリと隣の宰相に目を向ける。

 口こそ悪いが、彼もそれなりに自分に敬意と忠誠心を持っているのは理解している。

 そうでなければ、ドラウディロンも本来の姿を見せたりはしない。

 そんな彼よりも強い忠誠心を持った部下を二人も連れた男。

 交渉は容易ではない。

 ドラウディロンは気合いを入れ直し、女王らしい笑みを作って笑い掛ける。

 

「では──早速話をしましょう」

 

 失敗は許されない。

 これは竜王国の存亡が懸かった交渉なのだから。

 

 

 ・

 

 

「では──早速話をしましょう」

 

 そう切り出したドラウディロンは僅かに緊張した面もちで、ワインらしき酒を一口飲むと、続きを口にした。

 本性を見せて来たのは予想通りだったが、姿まで変えられたのは少々驚いた。

 魔法によるものか、それとも竜の血を継ぐ者特有の特殊能力(スキル)なのか。

 ソリュシャンがそんなことを考えている間に、ドラウディロンは続ける。

 

「私の頼みは一つ。どうか、漆黒の皆様にはこのまま竜王国に滞在して頂きたい。報酬は望む額をお約束します。何か他に望む物があるのでしたら、それもお支払いしよう。この国を守るためには貴公らの力が必要不可欠なのです」

 

 一気に言ってそのまま深く頭を下げる。

 一国の女王が、単なるワーカーに頭を下げて懇願する。

 本来ありえない光景だが、それほど竜王国が切迫した状況であると示していた。

 人払いをしたのはその辺りの意味合いもあったのだろう。

 いくら状況が切迫していても、国の代表が一般人に頭を下げるところを見られては、国の威厳に関わるからだ。

 

「陛下。頭をお上げください。つまりは仕事の追加依頼ということですね」

 

 主が凡その行動指針を示した上で、英雄然とした態度を崩せない主の代わりに、粗暴で欲深いワーカーのソーイが、交渉を引き継ぐ。

 これがいつもの流れであり、それは今回も変わらない。ソリュシャンは相手に気づかれないように気を引き締める。

 

「その通りだ。自国の恥を晒すようだが、次またビーストマンが侵攻を仕掛けてきた場合、今の我が国ではそれを跳ね返す力はない。だからこそ、貴公たちに残ってもらわなくてはこの国に未来はない。そのためならば私は幾らでも頭を下げよう」

 

 更に言葉を重ねるドラウディロンの言葉の中に、付け入るスキを見つけた。

 自分たちが残らなくては未来がないとはっきり言ってしまったことだ。

 

「……頭を下げられてもな。さっきも言っただろ。それじゃ腹は膨れねぇんだよ。ようは──」

 

 ここを突けばより優位に立てる。そう考えて、ソリュシャンが交渉を引き継ごうとしたが、主が手を振ってそれを止めた。

 

「ソーイ。私が話しているのだ」

 

 ピシャリと言い切られ、背筋に冷たいものが流れる。

 普段はともかく、ワーカーとしての活動中は、こちらの判断で動いていいと直々に告げられているため、主とドラウディロンの会話に割り込んだことを咎められているのではない。

 だとすれば、言った内容に問題があったのだ。

 それはつまりソリュシャンが自分では気づかないミスを犯したということ。

 

「っ! 申し訳、ない。分かった、後はリーダーに任せるよ」

 

 即座に謝罪の言葉を述べようとして、何とかソーイとしての体面を保ちながら告げて唇を噛みしめた。

 己の不甲斐なさに、怒りすら覚えるが今は何もできない。ここで弱みを見せてはこれからの交渉に差し支えるからだ。

 

「陛下。私たちはワーカーです。望む報酬を頂けるのであれば先の依頼、謹んでお受けいたします」

 

「本当か!? なにを用意すればいい? 何でも言ってくれ、私にできることならどのような物でも構わん」

 

 ドラウディロンが嬉しそうに顔を持ち上げる。

 そのことに身勝手ながら苛立ちを覚えた。

 

「むしろ、陛下にしか用意できないものだと思います」

 

「わ、私にしか? そ、それってもしや──」

 

 突然、ドラウディロンの声が上擦り、顔が赤くなる。

 何を勘違いしているのか手に取るように分かり、余計に不快さが増すがやはり口には出せない。

 

「私たちが欲しているのは情報です」

 

「え? あ、情報、か。なるほど」

 

 己の分不相応な勘違いに気づいたようだが、同時に納得を示しているのも見て取れた。

 この世界に於いて情報の価値は非常に高いからだ。

 低位の魔法しか使えず、監視や盗聴なども簡単にはできない人間たちは情報を得るために、多数の人員を使用しなくてはならず、その上情報が事実であるか調べるために、複数の手段によって精査しなくてはならないこともあって、金銭も時間も多く割かなくてはならない。

 

 一番分かりやすいものだと地図だ。

 この世界で詳細な地図を手に入れるのは非常に難しい。

 単純にそうした地図を作製できるほどの技術力が無いのも理由の一つだが、例え作れたとしてもそれが一般に流通することはあり得ない。

 せいぜいが各国の大ざっぱな位置情報や国境線が書かれた物──それもこの周辺諸国に限る──を高額で手に入れるのがやっとで、それ以上に詳細な物となると金額の問題ではなく、国の首脳陣クラスとのパイプが必要となるほどだ。

 だからこそ、主は周辺諸国で最も危機に陥っており、トップに恩を売れる環境にあるこの竜王国に目を付けたのだ。

 

「もちろん、我が国が持つ情報の中で開示できる物でしたらお教えしよう。具体的にはどんな情報を集めている?」

 

 ドラウディロンの表情に希望が浮かぶ。

 自国で支払うことが出来る報酬があると理解したからだろう。

 しかし問題はここからだ。

 主が一体どれほど踏み込んで情報を得ようとするのか。

 ワーカーとして活動していく上で、詳細な地図や周辺諸国の情勢などの情報も必要だろうが、一番重要であるナザリック地下大墳墓に繋がる情報。

 直接的な物だけではなく、自分たちと同じようにこの世界に転移してきた者たちの情報も集める必要がある。

 しかし、はっきりと告げてしまうと、何故自分たちがそれを知っているのか疑われてしまう。

 その辺りまで含めて慎重な行動が必要となるが、主はいったいどのような手段を講じるのか。

 至高の御方の交渉術を見逃すまいとソリュシャンは静かに息を呑むが、主の口から出た言葉は、予想外のものだった

 

「女王陛下。古き竜王の血を継ぐ貴女だからこそ、聞きたい。プレイヤーという言葉に心当たりはありますか?」

 

(正面から。相手の意表を突くため? それとも他の目的が?)

 

 こうした交渉のやり方もあるにはあるが、それは大抵の場合自分が相手より劣っており、細かな探り合いや化かし合いでは勝てないと踏んで行うものだ。

 だが、至高の存在と謳われ、強さだけではなく、叡智に於いてもこの世の誰より優れた主がそんなやり方を選ぶはずがない。

 つまり何か意味があるのだ。それは間違いないが、今のソリュシャンではそれが何なのかは分からなかった。

 

 ピタリと、場の空気が止まった。

 いや、正確には止まったのはドラウディロンと自分たちだけだ。

 宰相である男は、不思議そうにドラウディロンに目を向け、止まってしまった己が主君に声を掛ける。

 

「陛下?」

 

 ドラウディロンを窺うように尋ねているところを見るに、やはり宰相はプレイヤーの存在は知らないようだ。

 これを探ろうとしていたのだろうか。それだけとは思えないが──

 

 件のドラウディロンは、しばらくの間放心したように無言で主を見つめていたのだが。

 突然スイッチが入ったかのように、テーブルに手を突いて立ち上がると、不敬にも主に向かって指を伸ばした。

 

「お前。竜帝の汚物か!」

 

 絶叫するかの如く告げられた言葉の意味が、一瞬理解できなかった。

 

「おぶつ?」

 

 隣に座る主が確認するように、口の中で小さくその言葉を繰り返したことで、やっと意味を理解する。その瞬間、先ほどとは違った意味で背筋に寒気が走った。

 血の気が引くほどの激しい憎悪が、ソリュシャンの体を支配した。




長くなったので切ります
後半は大体書けているのでいつもより早く投稿できると思います
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