オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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前回の続き
個人的にはモモンガさんは、ナザリックやギルメンが絡まなければ自身に対する侮辱は大して気にしないイメージです


第7話 悪魔の契約

「ああ。汚物か」

 

 再度口の中で繰り返し、その意味をモモンガが理解した瞬間、弾かれたように動き出したのはナーベラルだった。

 誰が見ても分かるほど瞳を怒りに染め上げ、モモンガを指すドラウデロィンに合わせるかの如く、彼女に指を差し向けたナーベラルは一言簡潔に呟いた。

 

「殺す」

 

 自分の主をよりにもよって汚物呼ばわりしたとなればナーベラルの忠誠心と、ナザリックに属する者以外すべてを見下している性格上こう出るのは当然だが、今はまずい。

 

「〈二重最強化・連鎖(ツインマシキマイズマジック・チェイン)──〉」

 

 そのまま魔法を放とうとするナーベラルを慌てて止めようとしたモモンガより早く、席を立ったソリュシャンがそれを止めた。

 

「おっと。待てよ」

 

「止めないで! コイツは」

 

 ナーベラルの腕を取り、落ち着かせようとするソリュシャンに安堵しかけたモモンガだったが、次の言葉でそれは早計だと気付く。

 

「魔法で一発なんて許せるわけねぇだろ。ここはあたしにやらせろよ。ゆっくり時間を掛けて殺す」

 

(あ。こっちもダメだ)

 

 そう気づいたモモンガは、即座にテーブルに拳を叩きつけた。

 

「いい加減にしろ二人とも!」

 

 モモンガの声に、二人は同時に身を竦ませる。

 その後、同じようにこちらは単純な恐怖によって身を縮ませていたドラウディロンに向かって、深く頭を下げた。

 

「私のチームメイトが、誠に申し訳ありません、女王陛下」

 

「え? あ、いや。私の方こそ失礼なことを言った。こ、ここはお互い様と言うことにしよう」

 

 女王に魔法を撃とうとしたなど、本来なら極刑ものの犯罪行為なのだろうが、モモンガたちが国を救える唯一の可能性である以上、ドラウディロンも強くは出られないらしく、取りなすように乾いた笑いを浮かべて言う。

 正直言ってモモンガにとって汚物扱いされたのは大した問題ではない。

 もちろん聞いた時は驚いたし、自分自身を指した言葉であったのなら多少苛立ったかもしれないが、プレイヤー全体を指す蔑称なら別に気にする必要はない。

 むしろ弱みを握ったと考えて喜んだくらいなのだが、そのせいで対応が遅れて二人の暴走でお互い様となってしまったのは誤算だった。

 

(まあ仕方ないか。俺だって俺自身じゃなくて二人に対して言われたら切れていたかもしれないしな)

 

 自分のことなら我慢もできるが、モモンガ、いや鈴木悟の全てであったアインズ・ウール・ゴウンのメンバーたちや、ナーベラルとソリュシャンを始めとした彼らが創ったNPCを馬鹿にされたら自分がどうなるか分かったものではない。

 それは彼女たちも同じだ。自らの絶対的支配者であるモモンガを汚物扱いされて、二人が暴走しないはずがなかった。

 つまりこれは二人の失態ではなく、それに気付けなかったモモンガ自身のミスに他ならない。

 

「感謝致します……して。先ほどの言葉ですが」

 

 何より今重要なのはプレイヤー、つまりはナザリックに繋がるかもしれない手掛かりを見つけたことだ。

 モモンガは逸る気持ちを抑えながら話を再開させた。

 

「あ、ああ。強大な力を持った存在であるぷれいやーについては、我が曾祖父にしてこの国を造った建国の父である七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)が残した資料にも載っている。曾祖父を含めた竜王にとって、ぷれいやーは自分たちの同胞を数多く討った敵の総称として書かれていた。だから、先ほどの呼び名は決して貴公を侮辱してのものではない。それだけは信じてくれ」

 

 真剣な表情で懇願するドラウディロンを他所に、モモンガは思案する。

 このまま自分たちをプレイヤーだと勘違いさせておくかどうかだ。

 

(女王はともかく竜王が敵対していたというのなら、プレイヤー本人だと思わせるのはまずいか)

 

 敵対していたからこそ、汚物などという蔑称が用いられていたのだろう。

 それほど憎まれているのならば、プレイヤーを名乗るのは得策ではない。

 

「いえ。女王陛下、私たちはプレイヤーではありません」

 

「何? では何故その名を知っている? それは一部の古くから存在する国家を除き、国のトップですら知らない情報だ。一介のワーカーが手に入れられるはずがない。それに、その力もだ」

 

(しまった! プレイヤーの情報はそれほどの機密だったのか)

 

 英雄譚などで話が残っているのだから、もう少し気安い情報だと勘違いしていた。

 そのためモモンガはカマかけの意味も込めて、最初からプレイヤーという言葉を使ったのだが。どうやらその時点でミスを犯していたらしい。

 

(ええっと。何か、俺が知っていて不思議がない理由は……そうだ!)

 

 ドラウディロンの瞳が懐疑的な物に変わるのを見て慌てたモモンガは、必死に頭を回転させて無理矢理一つのアイデアをひねり出すと、それをそのまま口にする。

 

「私はそのプレイヤーの子孫なのです」

 

 アンデッドである自分はともかく、プレイヤーのアバターは異形種より人間種が多い。

 そのままこの世界に転移したのならば、子供を作ることも出来るかもしれない。

 自分たちをその立場に置けば、断片的な情報だけ持っている理由にもなる。

 

「なるほど。ぷれいやーの血を覚醒させた者だったか。神人、いやあれは六大神の子孫だけだったか、とにかくそうした者が居ることは聞き及んでいる」

 

 ドラウディロンの表情に納得の色を見つけ、モモンガも胸を撫で下ろした。

 そうした存在が実在するのであれば話が早い。とっさに思い付いたものだが、我ながら良いアイデアだったようだ。

 

「ええ。ですが、我々の祖国では既にそうした情報が途絶しております。ですので諸国を回り、情報を集めるのが私たちの目的というわけです」

 

「そうか……おい。悪いが外に出ていてくれるか? 少々込み入った話になりそうだ。この場に衛兵が近づかないようにしておいてくれ」

 

 少しの間、何か考えるような態度を見せた後、ドラウディロンが宰相に向かって告げる。

 

「……ですが陛下」

 

 つい先ほど国のトップに魔法を放とうとしたような相手が居る場所に、主君を置いていくことを納得しきれていないのか、渋面を作った宰相にドラウディロンは苦笑を返す。

 

「先の音は届いていないはずだが、万が一ということがある。何、心配はいらない。既に和解は成立している。そうだろう? モモン殿」

 

「無論です。いかなる場合に於いても、先のような無礼は私が許しませんよ」

 

 いいな。と言うように目配せをすると、二人は同時に頷く。

 自分たちの関係が、チームメイトではなく主従関係にあると言っているようなものだが、先ほどの行動を見ればもはや一目瞭然。今更取り繕っても仕方ない。

 

「だそうだ」

 

「──承知致しました。ではモモン殿、くれぐれもよろしくお願い致します」

 

 短いながらも熟考したような気配を感じさせてから、宰相はモモンガに向かって深く頭を下げて、その場から離れた。

 

(さて、ここからだ)

 

 既に二度もミスを犯してしまった。もう失敗は許されない。

 気合を入れなおし、モモンガはドラウディロンと向かい合った。

 

 

 ・

 

 

「改めて問うが、貴公がぷれいやーの血を引いているのは間違いないのだな? その上で自らの祖先であるぷれいやーの情報を知りたいと」

 

 宰相を下がらせた後、ドラウディロンはモモンを正面から捉えて言う。

 

「その通りです」

 

 モモンが間を置かず答えた。

 横の二人は先ほどのことなど忘れたかのように涼しげな顔で席に戻っているが、姿勢が変わっている。

 ピンと背筋を伸ばして微動だにしない姿は、女王として数多くのメイドや執事を見てきたドラウディロンを以てして、最上位と位置づけられる見事な振る舞いだ。

 とても一介のワーカーに出来るものではない。いよいよモモンの従者であることを隠さなくなったようだ。

 何より涼しい顔はしていても、ドラウディロンの全身に強烈な殺意が形を持っているかの如く向けられているのが分かる。

 正直国を背負うものとして、先ほどの対応はあまりに迂闊だった。

 部屋を出ていった宰相も明らかにこちらを責めるような目で見ていた。

 彼が出ていくのを躊躇ったのは、ドラウディロンの身を案じたことよりむしろ、これ以上余計なことを言わせないように、監視するためだったのかもしれない。

 

(でも、仕方ないじゃないか)

 

 つい、心の中でそんな言い訳をしてしまう。

 迂闊なのは間違いないが、ドラウディロンにも言い分はある。

 竜帝の汚物、すなわちぷれいやーは竜王国の国父である七彩の竜王を始めとした、現在生き残っている真なる竜王にとっては数多の同胞を殺し、現在の位階魔法を広めて世界を汚した怨敵と言える存在であり、ドラウディロン自身、幼少の頃から女王になるための教育の一環として、ぷれいやーの危険性について聞かされ続けていたのだ。

 そんな相手が突然目の前に現れれば、冷静でいられるはずがない。

 

(……なんてな。全ては私に為政者としての才能がないだけだ)

 

 自分に女王としての才能があるとは思っていない。

 彼女の武器は経験だ。為政者としての才能など、ある程度あれば後は経験の方が重要になる。

 ずっとそう考えてきたが、先のような突発的な想定外に対して弱いのはそれ以前の問題だ。

 あの間違いなく蔑称でしかない呼び名で呼ばれても、怒るでもなく従者を諫めることを第一にする辺り、モモンの人の上に立つ者としての才は自分以上かもしれない。

 そんなことを考えそうになっている自分に気付き、己を律する。

 今は自嘲や反省より、自分の持つ全ての力を使ってこの場を乗り切ることのほうが重要だ。

 幸いと言うべきか、二人はドラウディロンに殺気を向けてきてはいるものの、モモンに命じられたこともあって、それ以上何かをする気はないようだ。

 つまり交渉は、モモンとドラウディロンの二人に委ねられたことになる。

 こういう時こそ、経験がものを言う。と言いたいところなのだが。

 

(仮面越しだといまいち読めないな)

 

 経験則に重きを置くドラウディロンにとって、表情が読めないのは痛い。

 ならばこちらは情報を小出しにしつつ、声や動きで察していくしかないのだが、その前に一つ確認しておかなくてはならないことがあった。

 

「先ず聞いておきたい。貴公らはぷれいやーの情報を集めてどうするつもりだ?」

 

「自らの出自を知りたいと考えることが不思議ですか?」

 

「いや、そうではないが……ぷれいやーは強大な力を持ち、中にはこの世界そのものを汚した存在もいると聞く。だからこそ、私たち王家の者はこの情報の管理には慎重にならなくてはならない」

 

 言葉を濁しつつ、思案を続ける。

 彼の正体が知れたのは良いが、同時に問題もある。

 ぷれいやーは現存する真なる竜王にとって、未だに倒すべき敵として認識されているからだ。

 七彩の竜王がぷれいやーに関する情報を集めていたのは、いつかその者たちと戦うつもりだったからに他ならない。

 ここで彼らと手を組んで情報を渡すとなれば、それは回り回って未だ生存しているのは間違いない曾祖父や、評議国にいる真なる竜王たちの怒りを買いかねない。

 それは目先の危険であるビーストマン撃退と釣り合うのだろうか。

 つい先日までなら、そんな先のことを気にしている場合ではないと言っていただろうが、今は状況が変わった。

 思った以上に素早くビーストマンが撤退してしまったからだ。

 

 もしビーストマンが撤退せず、未だ国家存亡の危機であれば、他に頼れる者がいない現状、モモンがどんな要求をしてきても無条件に飲むしかなかった。

 しかし、ビーストマンの素早い撤退によって竜王国は数ヶ月程度だろうが、時間的な猶予が生まれた。

 クリスタル・ティアが壊滅した以上、漆黒に竜王国に残ってもらいたいのは間違いないが、時間があれば再び法国に救援を頼むこともできるし、帝国との交渉も可能だ。

 対して、ぷれいやーの情報を持っている国は少ない。

 近隣では法国と評議国くらいのものだろう。

 法国は自国が安定している上、武力でも六色聖典を始めとして強力な存在が多く、モモンたちほどの力でも必要不可欠というほどではない。

 評議国に至っては永久評議員にあの白金の竜王がいるため、下手に接触すれば戦いになりかねない。

 情報を持ちつつ、自分たちの戦力を最も高く買ってくれる竜王国は打ってつけの相手であり、その意味ではドラウディロンとモモンの関係は対等に近づいたと言える。

 

(ここは全てを明らかにせず、一度情報を纏める時間が必要だと言ってこの地に残ってもらい、その間に竜王国に留まって貰えるよう説得する方が得策か。私の持つ情報を全て話してしまったら、もう用はないと他国に行ってしまうかも知れないからな)

 

 それでは間抜けも良いところだ。

 情報を小出しにしつつ、最低限国内が安定するまで竜王国に留める。

 モモンが理知的な人間である以上、これが最善だろう。

 そう考えて、話をそちらに持っていこうと決めたドラウディロンだったが、モモンの方が一歩早かった。

 

「なるほど。確かにその通りですね。では、我々が敵ではない証明に、もしここで全ての情報を下さるのでしたら、陛下の頭痛の種を取り除いて差し上げましょう」

 

「頭痛?」

 

「ええ。今行っているのはあくまでも対症療法。完全に治療するには、原因を完全に切除しなくてはなりません」

 

「手術とか言ったか。口だけの賢者が考案したとかいう──そういえば、あれもぷれいやーだという噂があったな」

 

 大陸中央に現れたミノタウロスの英雄にして、そこに住んでいる人類の地位を単なる食料から奴隷階級まで引き上げた、人類にとっての英雄でもある存在だ。

 彼は数多くのマジックアイテムや概念を発案しながら、自分では作ることも原理の説明も出来ないところから、その名がついた。

 

「ほう。口だけの賢者、ですか。それは初めて聞きました」

 

 感心したように頷くモモンに嘘はなさそうだ。

 

(知らなかったのか。どちらにせよ、あの兜の下がミノタウロスということはないだろうから、その子孫という線はなさそうだな)

 

 いくら鎧や兜で素顔を隠していると言っても、体格的にミノタウロスは入らなそうだ。

 そして、周辺国家でもそれなりに知られている口だけの賢者も知らないとなれば、ぷれいやーの情報は殆ど持っていないと考えるのが自然だ。

 

「それで。いかなる方法で私の頭痛を取り除いてくれるのだ?」

 

 これはこちらの情報が高く売れそうだぞ。と内心うきうきしていた彼女の気持ちは、続くモモンの言葉で一気に凍り付いた。

 

「ビーストマンの国。あの国がある限り、竜王国は狙われ続けるでしょう。もし陛下が我々の望む情報を下さるのでしたら、直ぐにでもこちらからかの国に出向き、戦争継続が不可能なほどの打撃を与えてみせましょう」

 

 淡々と語る口振りは今までと何も変わらない。

 英雄然とした落ち着いた柔らかな口調で、モモンはそう告げてみせた。

 

「な、何を言う。いくら貴公らが強かろうと、国そのものに打撃を与えるなど──」

 

「無論、我々だけでは不可能です。私は戦士、ソーイは盗賊。どちらも複数の敵を一度に相手にするのは向きません。ナーベは魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですが、魔力には限りがありますし回復にも時間が掛かりますからね」

 

「ではどういう意味だ? 敵のトップを暗殺でもするということか?」

 

 それでも効果は薄いだろう。

 人間の国であれば、国王や領主が暗殺されれば、国内が混乱して戦争どころではなくなるかもしれないが、ビーストマンの国は、複数の部族の集合体だ。

 しかも亜人にありがちな、強い者こそ正義という考え方が根本にあるため、部族の長を暗殺したところで次に強い者が長になるだけで、混乱などするはずもない。

 

「違いますよ。もっと直接的な方法です。陛下は魂喰らい(ソウルイーター)というアンデッドはご存知ですか?」

 

「名前くらいは知っている。死の騎士(デス・ナイト)に並ぶ伝説のアンデッドだろう? 伝説過ぎてどちらも殆ど情報はないがな」

 

「かつてその魂喰らい(ソウルイーター)がビーストマンの国に現れ、三体で十万を超える住人を殺し尽くしたことは?」

 

「それも、知っている」

 

 だからこそ、ビーストマンは過剰にアンデッドを恐れるらしいが、アンデッドは人間にとっても天敵であり、死霊使いは元々数少ない魔法詠唱(マジック・キャスター)者の中でも更に珍しい存在であり、仮にいてもスケルトンやゾンビを数体生み出し操るのがやっとで、とても戦いに投入できるものではない。

 知識としてそう理解しているドラウディロンだが、今までのモモンの口振りと、複数を相手取るのが得意ではないと言った彼らが、短時間で都市を三つも取り返した事実が頭を掠める。

 

(そう言えば。モモンたちがどのようにして都市を解放したか、まだ詳細な報告が上がっていなかったな)

 

 復興を第一に考えたことや、モモンたちが予想以上に早く首都に現れたことで、そうした情報の精査が終わる前にこの謁見が決まってしまったのだ。

 この手の情報は正確でなくては意味がない。万が一間違った情報を得てしまい、それをモモンたちの前で話してしまったら、自分たちの働きが正確に伝わっていないことに気分を害する可能性もあるからだ。

 だからこそ、その話はモモンたちの口から直接聞いて、大げさに讃えようと考えていたのだが、それが裏目に出た。

 

「私はその魂喰らい(ソウルイーター)を召喚し、使役するマジックアイテムを持っています。そしてナーベは転移の魔法も使用できる。それを使ってビーストマンの国に潜入し、いくつかの都市を落とせば、戦争どころでは無くなるでしょう」

 

 恐ろしいほど静かにモモンは提案した。

 確かにそれは可能だ。アンデッドは体力の消耗がない。

 だからこそ、そのアンデッドを倒せる者が居なければ、一都市まるごと潰すことも不可能ではない。

 そして転移魔法で都市に潜入し、そこでアンデッドを使用して、次の都市に向かう。

 これを繰り返せば国そのものすら壊滅させられる。

 

 だが問題はそれではない。

 例え理論上できたとしても、そんなことをすれば、他の国が黙っていない。

 いくら亜人とは言え、その様な卑怯な手段での虐殺など人道に反する。などと大義名分を掲げて非難するだろう。

 もっともそれは建前で在り、本音はいつ自国に使われるかも分からない力を他国が保有していることを問題視してのことだが。

 他国にも似たようなことが可能な戦力はあるのかも知れないが──評議国の竜王や、スレイン法国の六色聖典、帝国のフールーダ・パラダインなど──できるのと実際に行うのでは天と地ほども差がある。

 

「モモンさん。必要なら見せてやったらどうだ? ナーベ。確か今はお前が持ってたよな」

 

「ええ。ここで見せるのはとても簡単よ」

 

 既に従者だと判明している二人が脅すように口を挟む。

 座った姿勢だけみると見事なものだと思ったが、主の許可なく勝手に動く辺り、まだ先ほどのドラウディロンの態度に怒りを覚えているのか、それとも単に短慮なだけか。

 どちらにしても、先ほどの様子を見るにモモンが直ぐに諫めるだろうと、黙っているとモモンは少し考えるような間を空けてから一つ頷き、こう言った。

 

「そうだな。一度見ていただこうか。実際に見なければ陛下も信用できないだろう。我々がそれをキチンと制御できる証明にもなる」

 

「なっ!」

 

 城の中でアンデッドを喚ぶなどという蛮行を平然と受け入れるモモンの態度で、ドラウディロンは今更ながら全てを理解した。

 これは初めから交渉などではなく、脅しだったのだ。

 ここまでの対応や反応を見るにモモンは愚者ではない。教養もあり、礼儀も弁えている。

 だから先ほどのアンデッドによる奇襲作戦が各国に与える影響を理解していないはずがない。

 それなのにこうして、今この場にアンデッドを召喚しようとする意味はただ一つ。

 先ほど言った作戦を、そのまま竜王国で行うことも出来る。と暗に告げている。

 

 二人の従者は先ほどのドラウディロンの失言に対する怒りから告げた可能性はあるが、モモンは違う。

 恐らくはドラウディロンが情報を出し渋り、国内に留めようとしたことを見抜き、こんな手段に打って出た。

 もちろん単なる考え過ぎかも知れない。

 ことはもっと単純で、自分がモモンを買い被りすぎているだけで、考えなしに二人の意見に賛同した可能性もあるだろう。

 だが、現実問題として三人にはそれが出来る。

 そして今の竜王国でそんな真似をされたら国の滅亡は逃れられない。

 

「待て! 待ってくれ。直接見ずとも私は貴公らを信じている。今後も我が国を守ってくれるのならば、竜王国に伝わるぷれいやーの情報は全て渡そう。そして、関係する情報の収集も同時に行い全て明け渡すことも約束しよう」

 

 立ち上がり、今にも動きだそうとするモモンを制して、ドラウディロンは深々と頭を下げた。

 立場が対等になったなど思い上がりもいいところだった。

 例え手札が対等であろうと、相手にはそれを覆す武力がある。

 結局国と国との関係の強弱は武力の大小で決まる。

 国を運営する上で最も根幹に存在するこの理屈をドラウディロンは忘れていた。

 個人を国と対等に見ることなど出来ない、などと言い訳をするつもりはない。

 他の国の為政者ならばともかく、ドラウディロンは国に匹敵する個の存在を誰よりも知っているのだから。

 

「それは素晴らしい。過去の情報もそうですが、今後も情報を集めていただけるのであれば、これほどの報酬はございません」

 

 嬉しそうなモモンの声が聞こえ、ドラウディロンは自分が正解を導けたことに安堵した。

 それでも頭は上げず、動かずにいると全身鎧特有の金属音の混じった足音が聞こえてくる。

 その音はテーブルを迂回して、ドラウディロンの直ぐ隣まで移動した。

 

「ご安心ください女王陛下。我々と契約を結ぶ以上、何人たりともこの竜王国に手出しはさせません。いかなる手段を用いても必ずやこの国をお守りしましょう」

 

 ゆっくりと顔を持ち上げると、そこには悠然とモモンの手が差し出されていた。

 

(まさか。こんなことになるとは)

 

 ワーカーを英雄扱いして、良い気分にさせて国に留まってもらおう。と軽く考えていた今朝までの自分が見たら、なんと言うだろうか。

 思わず口元が自嘲めいた笑みを形作る。

 今後も情報を集めると提案したことで、先ほどドラウディロンが考えたように、情報を手にしてモモンがさっさと竜王国を離れる心配はなくなり、国は守られるが、場合によっては他国や竜王、そして自らの曽祖父すら敵に回るかもしれない状況を作ってしまった。

 これではまるで悪魔の契約だ。

 無言のまま、ドラウディロンはその手を取る。

 相手は金属の手甲を填めているのだから当然なのだが、ドラウディロンの手に伝わる冷たさに心臓を鷲掴みにされたような寒気を覚えた。

 

 

 ・

 

 

「なるほど。竜帝とは真なる竜王すら超える、全てのドラゴンの頂点に位置する存在だそうだ。その竜帝がプレイヤーをこの世界に呼んだため、あの様な蔑称が付いたのか」

 

 ドラウディロンから受け取ったプレイヤーに関する情報を読み解きながら、モモンガは書かれている内容を口にした。

 百年の歳月で多少文字の読み書きが出来るようになったとはいえ、スラスラと読めるほどではないモモンガが、ほとんど完璧に読み書きができるナーベラルたちに任せず、先に読んでいたのは理由がある。

 プレイヤーについてドラウディロンが持つ情報が、どの程度までのものか分からなかったためだ。

 

(実はプレイヤー自体が、単なるゲームをしていただけの一般人。なんてことまで知られてたら、二人には言えなかったが、そこまでは知らないようだな)

 

 というよりも、プレイヤー自体については殆どなにも分かっていない。

 強さに関する予想が中心であり、それも実情を知っているモモンガからすれば、当たっている物と外れている物、半々と言ったところだ。

 

「ですが。そうだったとしても、御身に対しあの様な暴言を吐いたのは許されることではございません。情報が集まった後は、即刻始末すべきかと」

 

「それには私も同意します。お任せくださるのでしたら、私が時間を掛けてゆっくりとこの身で溶かしながら、あの女に己の愚かさを教え込んでみせます」

 

 ナーベラルはともかく、冷静なソリュシャンまで未だ怒りを露わにしている。

 ドラウディロンが途中から妙にしおらしくなったのは、案外この二人の殺気でも感じ取ったのかも知れない。

 

(ドラゴンは感覚が鋭いって言うしな)

 

 ユグドラシルでも、そんな設定があった気がする。

 どちらにしても、彼女たちの怒りをなだめる必要がある。

 

「止めておけ。明確に私や仲間たちを貶める意図が有ったのならばともかく、そうでないのならば一度は見逃してやる。奴にはこれからも私のために情報を集め続けて貰わなくてはならない。何より優先すべきはかつての仲間たちであるアインズ・ウール・ゴウンの面々、そしてお前たちの姉妹や階層守護者、ナザリック地下大墳墓自体の捜索だ」

 

 途中まではモモンガでも分かるほど納得しきれていない様子だったが、最後の言葉を口にした瞬間、二人は即座に頷いて了承を示した。

 やはり自分たちの創造主や、姉妹たちに会いたい気持ちは何よりも強いのだろう。

 必ず見つけることを決意しながら、モモンガは情報をさらに読み進める。

 

「今まで現れたとされる、プレイヤーの中にアインズ・ウール・ゴウンに関係するものはなさそうだが──百年に一度の揺り返しによって、召喚され続ける、か。私たちがこの世界に来たのもその一つだったわけか」

 

 要するに、モモンガたちがこの世界に転移したのは、その竜帝が行った儀式によるものであり、自分たち以外にも複数のユグドラシルのプレイヤーが召喚されたのだが、その儀式の余波で百年毎に同じようにプレイヤーが召喚される事態が続いているらしい。

 竜帝の儀式の後に残った異物、それが自分たちのような存在。

 

(だから汚物か。なるほど、言って妙、だっけ? いやとにかく、じゃあ何でプレイヤーだけじゃなく俺やナーベラルたちみたいなNPCも召喚されたんだ。単にこの世界の人間がプレイヤーとNPCの区別が付いていないから全部プレイヤーと言っているだけか?)

 

 モモンガのようにNPCでありながら、プレイヤーの記憶や性格の残滓がある存在はまだしも、ナーベラルとソリュシャンが共に転移したのは、単純にモモンガとパーティーを組んでいたせいなのだろうか。

 

(だとしたら、ますます俺のせい。いや、正確には鈴木悟のせいか。本物が見つかったら文句の一つでも言ってやりたいところだな)

 

「モモンガ様。百年に一度ということは──」

 

 思考に耽っていたモモンガをナーベラルが呼び戻した。

 彼女の言いたいことを理解し、モモンガは頷き返す。

 

「そうだな。我々がこの世界に来てちょうど百年。偶然とはいえ運が良い。ドラウディロンにはこれから来る、あるいは来ているかも知れない新たな転移者の捜索に力を入れて貰おう」

 

 できれば既に来ている転移者の捜索も頼みたいが、すべて同時には難しいだろう。

 となれば──

 

「それと、今後もワーカーとしての活動は続ける。我々が転移魔法を使えることも知らせたのだ。別にここに留まらずとも、直ぐに移動できれば他の土地で仕事をしても問題は有るまい」

 

 過去に転移してきたプレイヤーに関する情報はこのままモモンガたちが集めればいい。

 ドラウディロンはこの国に留まってくれと言っていたが、モモンガは最終的に竜王国を守るとしか言っていない。

 詭弁のようだが、仕事はしっかりするつもりなので勘弁して貰おう。

 

「承知致しました。ではいつものように私が仕事を探して参ります」

 

 情報収集に加え、人の集まる場所で仕事を見つけて来るのもソリュシャンが行っている。

 この竜王国での仕事もそうして見つけてきたものだ。

 

「うむ。くれぐれも注意を怠らないように。目立つ行動も避けよ。今更性格を変える必要はないが、既にこの国では我々の名は知られている以上、余計なトラブルは避けること。良いな?」

 

 以前は酒場などでわざとトラブルを起こして実力を見せつけることで仕事を探すこともあったが、この国では漆黒の名は知れ渡っている。

 目立つことをしなくても名前を出すだけで仕事が来るだろう。

 

「はっ! 承知致しました」

 

「それと、これはナーベラルもだが、今後は探知阻害の指輪を常に填めておけ」

 

 探知阻害の指輪に関しては転移当初からアイテムボックスの中に入っていた物だ。

 このNPCを制作した際に、作りこみの一環として、冒険者に必要そうなアイテムを色々と入れておいたのが功を奏した。

 と言っても、今まではもしナザリックがこの地に転移していた場合、ナーベラルとソリュシャンを魔法で捜す可能性が有ったため、潜入などの仕事をしていない時以外は外させていたが、ドラウディロンの話を聞いて考えを改めた。

 竜王や他の転移者から狙われる可能性も有る以上、隙を作るような真似はするべきではない。

 外すのは今回の揺り返しで来た転移者の情報を集めて、安全を確保してからでも問題はない。

 

「はい! モモンガ様より授かったこの指輪。ご指示があるまで決して外しは致しません」

 

 まるで示し合わせたように二人は同時に動き、探知阻害の指輪を填める。

 指輪を填めた側の腕を自らの胸元に引き寄せると、もう片方の手でとても嬉しそうに、あるいは大事そうに指輪を撫でてみせた。

 

(どちらも左手の薬指に。うーむ。意味分かっているんだろうか)

 

 モモンガが住んでいた世界では左手薬指に填める指輪は特別な意味があったが、この世界ではそうでも無いらしい。

 なのでモモンガとしても二人がどういう意図でそこに指輪を填めているか分からず、また軽々に聞くことも出来ない以上、見て見ぬ振りをするしかない。

 そう考えながら、体ごと後ろを向いて物理的に目を逸らし、現実逃避をするかのごとく、一度読み込んだ資料に再度目を通し始めた。




ちなみにモモンガさんは気にしていませんが、ナーベラルとソリュシャンはドラウディロンのことを一切許していません
ナザリックが見つかった後、もう一度進言してその時こそ殺そうと考えています。当然モモンガさんはそれには気づいていません

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