オーバーロード ~三人三様の超越者~   作:日ノ川

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ナザリックの転移によって、周辺諸国にも影響が出始める話です


第8話 忍び寄る不穏

 リ・エスティーゼ王国、王都。

 王城ロ・レンテの敷地内に存在するヴァランシア宮殿の一室で行われた宮廷会議には、幾多の貴族や重臣が集まっていた。

 彼らの視線は玉座に腰掛ける国王ランポッサⅢ世に対して跪く一人の男に向けられている。

 周辺諸国最強の戦士と謳われる王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフである。

 

 彼はつい先日まで、戦士団五十人を率いて、国境近郊で目撃された帝国騎士の発見と討伐の任に就いていた。

 実際目撃通り、帝国騎士らしき一団が国境付近の村を幾つも壊滅させていたため、それを追っていたのだが、ある村を境に被害はピタリとなくなり、周辺を捜索しても帝国騎士は見つからず、村の生き残りの護衛などで隊の人数も減ったこともあって、仕方なく任務を切り上げて王都に帰還したのだ。

 戦士団の隊員は誰一人欠けることなく、無傷で帰還できたが、ガゼフに対する貴族たちの視線は冷たいものだった。

 幾つもの村を壊滅させられた上、下手人を捕らえることは疎か、見つけることも出来なかったのだから、それも仕方ない。

 

 ガゼフから言わせれば貴族たちが余計な横やりを入れることなく、隊員を全員連れていくことができれば手分けして捜索するなどして村の破壊を未然に防げたかもしれないし、最低でも帝国騎士を発見できたかもしれない。

 しかし、今更それを言っても始まらない。

 すべての報告を聞き終えた王は、そうか。と覇気のない声で頷いた後、ガゼフに告げた。

 

「ともあれ。お前たちが皆無事に帰還できたことは嬉しく思う。よくぞ戻った」

 

「はっ。ありがとうございます。陛下」

 

 王の労いの言葉に即座返答するガゼフだが、やはり心は晴れない。

 

「しかし、周辺諸国最強の戦士長殿が率いる戦士団を動員して未然に防げなかったどころか、帝国騎士を見つけることさえ出来ないとは。これでは何のために派遣されたのか分かったものではありませんな」

 

 案の定、横から貴族たちの嫌みが聞こえてくる。

 

「……村の生き残りより、間違いなく帝国騎士の仕業だという証言は得ております」

 

 せめてもの反撃とばかりに告げた言葉も、直ぐに切って捨てられた。

 

「村人の証言など帝国の偽帝が認めるはずがあるまい。帝国騎士を捕らえるか、最低でも鎧などの物証でもなければ話にもならんわ」

 

 貴族の言葉に、ガゼフは言葉を詰まらせた。

 実際その通りだったからだ。国と国との外交問題に於いては、物証がなければ言った言わないの水掛け論になるだけで、何の意味もない。

 やはり自分のような平民が口を出すべきではない。言えば言っただけ貴族たちに王を責める材料を与えるだけだ。

 そう理解して、これ以上余計なことを言わないようにとガゼフは、謝罪の言葉を口にした後、唇を堅く結び直す。

 

「陛下。如何に戦士長殿と言えど、陛下のご命令を遂行できなかった責任は取るべきではありませんか?」

 

 黙り込んだガゼフに対し、それを好機と見たのか貴族派に属している貴族の一人が発言する。

 直ぐに他の貴族派の者たちも続いた。

 

「む。いやしかし……」

 

 多数の貴族に賛同されては王も強く反対できず、曖昧に口籠る。

 

(しまった! これが狙いか)

 

 今回の任務にはおかしな点が幾つもあった。

 国境近くにある大都市、エ・ランテルから兵士や冒険者を派遣することも、ガゼフが王より預けられた王国の秘宝を持っていくことも出来ず、連れていける隊員の数も五十人と定められたことも。

 そうしてガゼフに任務を失敗させた上で王の直轄領に被害を与えて王を責める理由を作り、王派閥の力を削ぐことで、結果的に貴族派閥の勢力を拡大させる。

 それが狙いだと思っていた。

 しかし、連中の狙いはもっと大きく、王の懐刀であるガゼフを解任させることで、物理的に王の力を削ごうとしているのだと、今更気づかされる。

 ガゼフと戦士団は、王国にとって強力な戦力だ。

 特に例年の帝国との戦争に於いては外すことの出来ない存在であり、そのため貴族たちも平民であるガゼフを不愉快に思っていても無理に排除する事は出来なかったはずだ。

 

(それが今になって動くとは)

 

 うまく反論が出来ず追いつめられた王とガゼフに、手を差し伸べたのは思いも寄らない人物だった。

 

「……失礼ながら、今は戦士長殿の進退より、それが本当に帝国の仕業だった場合どうするかを考える方が先決ではありませんか?」

 

「む。レエブン侯」

 

 幽鬼のように前に出た男の名はレエブン侯。

 王国の六大貴族の一人にして、どちらの派閥にも顔が利くコウモリと揶揄されている人物であり、今回他の六大貴族は参加していないこともあって、彼の言葉に正面から反対できる者はいなかった。

 

(レエブン侯が何故……いや、最近は貴族派閥に肩入れをしていたから、そろそろこちらにも良い顔をしようと言うだけか)

 

 助かったのは事実だが、レエブン侯に恩を売られたと考えると今後、もしかしたらより大きな不利益を王にもたらすかも知れない。

 自分が任務を達成できなかったことと、不用意な発言が原因だとすれば、王になんとお詫びすれば良いか分からない。

 固く結んだ唇の裏側を噛みしめると、口の中に血の味が広がった。

 それでも取り敢えずガゼフの進退からは話が離れ、レエブン侯の誘導通りそろそろ時期が近づいている帝国との戦争に議題が移行する。

 

「ですが、本当に帝国の仕業だったとしても、それはつまり王国と戦うことを恐れているからこそではありませんか?」

 

「なるほど。我々に正面から勝てないと理解しているからこそそんな手に出たと。あの誇りも何もない偽帝ならばあり得ますな」

 

「でしたら今度こそ、例年のように帝国の侵攻を撃退するだけではなく、そのまま帝国に攻め込む番ですな」

 

「帝国の愚か者どもに、我らの恐ろしさを知らしめる絶好の機会というわけですか」

 

「違いありません。まさに伯爵様のおっしゃるとおり」

 

 口々に暢気なことを言い出す貴族たちに寒気が走る。

 

(まさか。戦争で帝国が手加減していることに、本当に気づいていないのか?)

 

 帝国が毎年決まった時期に仕掛けてくる戦争は、毎回双方に大した被害が出ない小競り合いのようなものだが、その本質は違う。

 帝国が小競り合いに留めているのは、あくまで収穫時期に戦争を起こすことで徐々に国力を落とそうという計略だからにすぎない。

 そうして国力を落とした後、いよいよ本気になって攻めてくるに違いない。

 貴族派閥はそれに気付きながらも、目を瞑っていると考えていた。

 そうすることで王家の権威が落ち、自派閥の力が増すからだ。

 貴族派閥はあくまで帝国の計略を理解しつつ、それでも自分たちが主流派になり国を纏めれば何とかなるという甘い考えをしているのだとばかり思っていたが、もしかしたら彼らは例年の戦争の小競り合いによる帝国の撤退を本気で撃退していると勘違いしているのではないだろうか。

 

 だからこそ、ガゼフや戦士団がいなくても戦争に勝てると考えて、王から遠ざけようとした。

 そう考えると先ほどの行動にも説明が付く。

 これはいよいよ時間がない。

 一刻も早くこの下らない権力闘争を終わらせて国を一つに纏めなくては、王国に未来はない。

 だが、自分にはそれを解決する術を思いつく頭脳も、帝国に勝利できるほどの力もない。

 思わず拳を握りしめる。

 周辺諸国最強の戦士と謳われる男の拳は非常に頼りなく、小さく見えた。

 

 

 ・

 

 

 デミウルゴスから提出された報告書を確認して、アルベドは小さく眉を寄せた。

 例のスレイン法国の最高執行機関の者たちを捕らえてから、既にそれなりの時間が経っている。

 彼にしては時間が掛かっていると思っていたが、どうやらその人間たちは思いの外信仰心とやらが強く、通常の拷問では心変わりをしなかった──支配(ドミネイト)魅了(チャーム)への対策が彼らにも施されていたため、そちらは使えなかった──らしい。

 

 しかしこれ以上長引かせるのは得策ではない。

 これまでは、最高執行機関は重要な作戦の結末を見届けるという名目で、他の神官などが立ち入れない聖域と呼ばれる部屋に閉じこもり、仕事はその部屋でこなすと通達を出した上で──その仕事に関してはデミウルゴスが代わりにこなすことで疑われないようにしていた──その扉を洗脳した番外席次に守らせていたが、流石に姿が見えない期間が長くなりすぎてしまったこともあり、法国内でも怪しむ動きが出ていた。

 ドッペルゲンガーを使って姿を見せることは可能だが、記憶はコピーできないこともあり、正体が見破られる危険があった。

 だからこそ、デミウルゴスは少々強引な手段に出たのだろう。

 

「吸血鬼の眷族化ね」

 

 血を吸った存在を、忠実な己の眷族に変える。

 並の吸血鬼であれば、知性のない劣化吸血鬼(レッサーヴァンパイア)となり、情報を引き出すことも、その後法国に戻してこちらの良いように国を動かさせることも出来ないが、真祖であるシャルティアが眷族にした者は知性の残る吸血鬼になる。

 これは事前に陽光聖典で試してあるので間違いない。

 この方法ならば魔法で操るわけでもなく、そもそも一度死亡した後、吸血鬼として新たな生──アンデッドである吸血鬼が生とはおかしな話だが──を与えられるため、どんな魔法が掛かっていようと死亡した時点でそれらは解除される。

 その意味で考えれば、現地の人間を使い勝手のよい駒にする手段として、これほど適した方法はないが問題もある。

 

「シャルティアが主、か」

 

 この方法で作られるのはあくまでもシャルティアの眷族であり、ナザリック地下大墳墓、曳いては愛しい主の忠実なシモベを作れるわけではないということだ。

 それが分かっていたからこそ、デミウルゴスも直ぐにはこの方法を使わず、初めは単純な拷問を行っていたのだろう。

 

(モモンガ様が居て下されば、こんな心配は必要無いのだけれど──)

 

 全員が主に忠誠を誓っているからと言って、足並みが完全に揃うわけではない。

 むしろこうした状況だからこそ、主への忠義を示すため、抜け駆けを考える者が絶対に出てくる。

 そもそもアルベド自身、デミウルゴスが居なければ同じことを考えていただろう。

 アルベドとデミウルゴスは互いにそのことが分かっているので余計なことはせず、最も効率的な方法で世界征服を目指している。

 しかし、他の者たちはそう考えず、勝手な行動をとりかねない。

 その辺りはデミウルゴスも分かっているはずだが、一応アルベドの方でも手を打っておくべきだろう。

 

 そうなると、見張りをつけて事前に止めるか、それとも後々のことを考えて、黙認した上で勝手な行動をとったことを皆の前で糾弾してシャルティアの発言権を奪っておく方法もある。

 シャルティアのことは頭に入れつつ、改めて提出された作戦を確認する。

 

「……これなら王国と帝国も巻き込めるわね」

 

 上手く操れば三国纏めてナザリックの影響下に置くことが出来る。

 一刻も早く世界征服を果たし、主に自分たちの力を見せて玉座の間から出てきて貰いたいところだが、まだ完全に情報が集まっていない現状ではナザリック自体は表に出ない方が良い。

 その辺りまで考えてデミウルゴスが立てた作戦だ。

 確かにこれなら情報収集と支配域の拡大を同時に行える。

 

 やはりデミウルゴスの能力は卓越している。

 それ故にアルベドは彼を警戒するのだが、邪魔はできない以上、アルベドは彼女なりの長所で主に自分の働きを見ていただくしかない。

 それはつまり内務面。ナザリック地下大墳墓の守護者統括として主不在の間、ナザリックの管理運営をするのは彼女の役目である。

 マスターソースを使用できない現在、アルベドは維持コストや現在のシモベの種類や数、起動中の魔法罠なども含めた管理運営を全て手作業によって行っていた。

 と言っても各階層に付いては、守護者にそれぞれ自分の守護階層内の確認を徹底させて、シモベたちの数や罠の位置なども報告させている。

 アルベドが行っているのはそれらを纏めて、各所で連携が必要な場所へシモベの配置換えをすることだ。

 守護者たちは、至高の存在が定めた配置を勝手に動かすことに難色を示していたが、主が御座す玉座の間を守護するため、第十階層に続く扉やその周辺を物理、魔法両面で守る能力を持ったシモベを各階層から複数移動させる必要があり──それに関しては当然誰も反対しない──結果として足りなくなったシモベの穴埋めをするためだと話して納得させた。

 それ以外にも、魔法罠が正常に発動するか確認する必要もあり、そのための実験などで減った維持コストの見直しなどもアルベドの仕事である。

 

 これはデミウルゴスには不可能なアルベドだけが可能な仕事だ。

 元からナザリックの内務を任せられた守護者統括という立場であると言うこともあるが、先の配置換えなども含め、他の守護者ならあの裏切り者どもに遠慮してできないようなこともアルベドには可能だからだ。

 当然そうした背信が見抜かれないように、あくまで主を守るための苦渋の決断との演技は欠かしていないが、そこまでしてナザリックの防衛力を強化するのは、万が一、いや億が一にも工作が失敗して、外の愚者どもがこの場所に攻め込んでくるようなこともあり得るからだ。

 そしてそうした想定外の事態を引き起こすのは、功を焦った者と相場が決まっている。

 今回の作戦は場合によっては今後別の国や地域でも使用可能なものであり、作戦の成功は絶対条件だ。

 そう考えるとやはり不確定要素であるシャルティアに関しては、泳がせるよりも事前に手を打っておくべきだと考え直す。

 

「姉さんに頼んでシャルティアの様子を監視した方が良いわね」

 

 自分の姉であるニグレドは探知系に特化した魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、レベル百とはいえ特別探知や感覚が優れているわけではないシャルティアなら気付かれず監視するのは難しくない。

 何よりニグレドとは姉妹として創造された間柄でもあるため、貸し借りなく頼み事をしやすい。

 許されるのなら、その力を使って玉座の間も覗きたいところなのだが、流石に玉座の間はそうした探知防御も施されているだろうし、何より主自身がそれを許してはくれないだろう。

 

「モモンガ様」

 

 けれど、愛しい主の姿をせめて一目だけでも。

 視線が主のいる地下に向かいそうになり、アルベドは小さく首を振る。

 ここ最近、何かにつけて手が止まり、主のことを想いふける時間が増えている。

 これも長い間主に会えないことによる禁断症状に違いない。

 だからこそ、一刻も早く作戦を進め、主に自分の力を認めて貰わなくてはならない。

 誘惑を振り切り、アルベドは早速姉に会いに行くべく席を立った。

 

 

 ・

 

 

「神官長!」

 

 スレイン法国の六大神殿の一つ、土神殿の中を颯爽と歩く土の神官長レイモンの背中に声が掛かる。

 

「……騒々しいな」

 

 そこにいたのはイアン・アルス・ハイム。法国の特殊工作部隊六色聖典の一角、陽光聖典第一班の班長であり、隊長だったニグンが死亡──公式ではないが既にそう扱われている──して隊員の半数が減った陽光聖典の再編制を任せ、このまま行けばニグンに代わって陽光聖典の新たな隊長に任命される男だ。

 眉をひそめたレイモンに、イアンは慌てて背筋を伸ばすが、足は止めずそのまま近づいて来る。

 

「し、失礼致しました! ですが、お伺いしたいことが──」

 

 イアンは腕は確かだが、愚直な性格故に読みやすい。

 言いたいことを即座に悟ったレイモンは、それを手で遮り、代わりに口を開く。

 

「分かっている。戦争の件だろう?」

 

「っ! やはり、本当なのですね。スレイン法国が王国に戦争を仕掛けるというのは」

 

 そう。先ほど正式に各所に通達が済んだ。

 正確にはまだ上層部のみに留めていたはずだが、今回の任務は六色聖典にも関係するため隊長クラスには話してある。

 イアンも次期隊長ということで話を聞いたのだろう。

 こうして自分に直接話に来たのは予想外だったが、イアンの性格を考えれば理解はできる。

 

「その通りだ。しかし正確には戦争を仕掛けるわけではない。あくまでも王国に貸していた土地を返して貰うだけだ。エ・ランテルなどと呼ばれているが、あの土地は元より我らスレイン法国の土地だからな」

 

 これが今回の戦争を始めるための大義名分だ。

 実際エ・ランテル近郊はスレイン法国の土地であり、王国と帝国が例年の小競り合いを行う際も、法国は毎回宣言を出していたが、あくまでも二国の戦争を諫めるための宣伝でしかなく、実際に軍を動かしたことはなかった。

 しかし今回は本気であり、まだ帝国からの宣戦布告も無い内に、先に王国にエ・ランテル近郊を返還するように布告を行うことにしたのだ。

 当然あちらは拒絶するだろう。

 それが狙いだ。そうして本当に戦争を起こす、それこそが自分たちの目的なのだ。

 しかしそれは、人間同士の戦いを良しとしない法国の理念からは外れている。

 こうして事の真相を確かめるべくやってきたのはそのためだろう。

 

「そのような建前ではなく、私は本当のことを知りたいのです」

 

 イアンがきっぱりと言う。

 レイモンは六色聖典の上役である前に神官長でもある。

 宗教国家である法国に於いて、神官長の立場は他国より遙かに重い。

 それこそ国の代表だ。

 その相手にここまで正面からはっきり物を言うのは、想像以上の愚直さだ。

 

(この者は良い隊長にはなれるかも知れないが、神官長にはなれんな)

 

 六色聖典の隊員は、将来的に神官長を目指す者も多い。

 ニグンなども恐らくはそれを狙っていたはずだ。

 実際現在の神官長にはそうした者が二人いる。一人はレイモン、そしてもう一人は風の神官長ドミニク、彼はかつて陽光聖典の一員として活躍した実績がある。

 だがそれは実力だけで成れるものではない。

 国のために己を捨てるたゆまぬ信仰心もそうだが、ある程度の腹芸はできなくてはならない。

 この世界で人間という弱小種族を生き長らえらせるには正攻法だけでは不可能だからだ。

 イアンはその辺りをまだ理解し切れていないようだ。

 

「ハイムよ。ならば本音を語ろう。これは人類同士の争いを一刻も早く止めるために必要なことなのだ」

 

「それは、如何なる──」

 

「……私の部屋に来い。そこで話そう」

 

 丁度いい。

 今回の決定に異を唱える者は、イアン以外にも出てくるだろう。

 用意されている言い訳が、腹芸はできないが信仰心の厚いこの男に通用するか試してみよう。

 そう考えたレイモンは、イアンを部屋に招いた。

 

 

「それで。どういう事なのですか?」

 

 部屋に来て早々、イアンは声を荒げて詰め寄る。

 

「先ほど言ったとおりだ。今は人間同士が争っている場合ではない。王国と帝国の戦争を止めるために、我らが動く必要がある」

 

「何故そうなるのですか! 返還しろと言って王国が素直に応じるはずがない。必ず戦争になります。そして、王国の侵略を狙っている帝国もまた動くでしょう」

 

「……理由の一つは、ルーインが失敗したからだ」

 

 レイモンの言葉に、それまで熱くなっていたイアンが身を硬くする。

 隊の半数を率いて、王国戦士長ガゼフの暗殺に出向いたニグンはその最中、復活した破滅の竜王に襲われ、命を落とした。

 そこまでは次期隊長であるイアンも聞いているはずだ。

 

「ガゼフを取り逃がしたことで、帝国と王国の戦争はさらに長引くだろう。あの男の存在はそれほど脅威なのだ」

 

「し、しかし。如何に強力とはいえ戦士一人で戦況が変わるものでも無いでしょう」

 

 その疑問をレイモンは即座に否定する。

 

「ただの戦士ではない。ガゼフ・ストロノーフは周辺諸国最強と呼ばれる戦士。まともに戦えば王国の兵など帝国騎士の足下にも及ばんが、いつぞやの戦争で奴が帝国四騎士を相手取り、そのうち二人を討ち取ったことがあっただろう。あの時もそれまでの劣勢が覆り、戦況は変わった。あの男の存在はそれほど大きいのだ。帝国が収穫時期を狙って国力を低下させるという手に出たのもガゼフとまともに当たって、優秀な兵が減ることを恐れたためだろう」

 

「ですから、ルーイン隊長に彼の暗殺を命じられたのですか?」

 

「そうだ。そしてそれが失敗したからにはこれからも戦争は続く。どれほど国力が落ちようと王国の貴族たちは気にも留めない。罪なき国民から搾り取るだけ搾り取ろうとするだろう。それもガゼフという存在がいるからだ。周辺諸国最強のガゼフがいるのならば、最終的には何とかなると浅はかな考えを持っている」

 

「……でしたら。なおさら戦争などではなく戦士長を狙えばよろしいのではないですか? 漆黒聖典ならば」

 

 自分たちがもう一度。と言わない辺り、熱くなっていても冷静な戦力分析は出来ているようだ。

 未だ半数近い人数が残っていたとしても、隊長であるニグンがおらず、また今回のように王国の秘宝を外させて、国境近くに呼び出すことも難しい状況では、残る陽光聖典全員で掛かってもガゼフを討つことは出来ない。

 それは事実だ。

 そもそもこの手の任務は本来漆黒聖典が担う仕事である。

 如何にガゼフが強かろうと漆黒聖典には敵わない。

 ガゼフ暗殺の好機がたまたま破滅の竜王復活と重なってしまったため陽光聖典に命じるしかなかっただけだ。

 もっとも、今となってはそれで良かったと思っているのだが──

 

「神官長?」

 

 思考に耽っていたレイモンに、イアンが不思議そうに問う。

 

「……これはまだ、他の六色聖典の隊長にすら話していないことなのだが──漆黒聖典は壊滅した。残っているのは番外席次ただ一人だ」

 

「なっ!」

 

 レイモンの言葉を聞いた、イアンは絶句する。

 それも当然だ。

 六色聖典に属している者ならば、誰もがその力を知っている。

 隊員一人一人が英雄の領域にいる法国最強の部隊、それが漆黒聖典なのだから。

 

「どう言うことですか! 何故漆黒聖典が」

 

「破滅の竜王だ。奴の力は思った以上に凄まじく、法国の最秘宝や、神人である第一席次の活躍で何とか打ち倒すことは出来たが、彼らも全員命を落とした。破滅の竜王が使う始原の魔法で殺された者は、我らの復活魔法では生き返らせることも出来ない。分かるか? 今我がスレイン法国は未曾有の危機に晒されているのだ」

 

 実際は破滅の竜王は始原の魔法を使うことが出来ないと伝わっているが、それを知るのは最高執行機関や、漆黒聖典の者たちだけだ。

 イアンがそれを知るはずはない以上、言い訳としては十分信憑性がある。

 

「ここしばらく、最高執行機関の皆さまが姿をお見せにならなかったのは──」

 

「そうだ。その戦いの結末を見守るためだ……あれは、極めて重要な戦いだった。あの恐ろしいほどの力が世に解き放たれれば、それこそ世界の終わりと思えるほどのな」

 

「結果、漆黒聖典の尊い犠牲によって、破滅の竜王は滅んだのですね」

 

「うむ。だが、今回の件による国力の低下は大きい。もはや手段を選んでいる場合ではないのだ」

 

「っ! では、王国に戦争を仕掛けるのは」

 

 合点がいったとばかりに目を見開くイアンの問いを肯定する。

 

「そうだ。一刻も早く戦争を終わらせる必要がある。もはや戦士長暗殺の機会は巡ってこない。ならば戦場で堂々と奴を討つ。エ・ランテルの返還は二の次だ。そうして王国を疲弊させればその隙を帝国が逃すはずがない。後は帝国の邪魔をせず軍を退き、王国を帝国に併呑させれば良い」

 

「たった一人の人間を殺すために、戦争ですか」

 

「他に方法が無いのだ。仕方あるまい、まさか番外席次を出すわけにも行かぬからな。そんなことをすれば今度は評議国がどう出るか分からん。当然お前たちにも出てもらうぞ」

 

「異種族を討つための力を、人間に向けよと言うのですね」

 

「大義のためだ」

 

 畳みかけていうレイモンに、イアンは長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。

 

「……承知、いたしました」

 

 入ってきた時の勢いは消え、部屋を後にするイアンを見送る。

 やはり政治のことなどよく理解していないイアンならば、丸め込むのは難しい事ではない。

 しかし──

 

「馬鹿な男だ。いくら何でも、人一人を殺すために戦争を起こすはずもないだろうに」

 

 帝国のように刈り入れ時期を狙わずとも、戦争は国力を大きく下げる。

 どれほど利点があろうと人類の繁栄を是とする法国が自ら選択するはずはない。それも漆黒聖典の瓦解によって戦力と国力が低下した、と告げたばかりの現状ではなおさらだ。

 しかし個の力の重要さを知っている六色聖典ならばこうした言い訳に騙される。

 もっともそうした国家運営の観点から反対してくる者への理由付けも既に提案されているのだが、今回はそちらは使わずに済んだ。

 

「しかし、これほど綿密な作戦を立案するとは、我が主の同僚とはいえ恐ろしいものだ」

 

 表向きの大義名分や、こうした一つ一つの理由付け、反対する者をどのようにして説得するべきかも指示してきた悪魔の存在を思い出す。

 自分たちがあの素晴らしき主と出会うまで、的確に心を抉る拷問を指示していたその悪魔の名はデミウルゴス。

 主と出会えたキッカケを作った彼を恨む気持ちはもはや存在しないが、力だけではなく策略も抜きんでた存在に狙われたとなれば、どのみち人類に未来はない。

 もっとも今更そんなことは自分たちには関係ないのだが。

 

「ハイム程の者でも気づかなかったのならば、この幻術が見破られる心配もなさそうだな」

 

 アンデッドの気配を消す方法に関しては、元より法国に存在したマジックアイテムである指輪で何とかなったが、顔と瞳の色だけは誤魔化しようがなかったため、幻術を使用していた。

 信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)として高い能力を持つイアンが気づかなかったのならば他の者にも気づかれる心配は薄いだろう。

 これで心おきなく主の為に動くことが出来る。

 あの素晴らしく美しい吸血鬼。

 シャルティア・ブラッドフォールンの望みを叶えるために。

 主の姿を思い出したレイモンの口元がだらしなく歪む。

 薄く開いた唇からは鋭い牙が覗いていた。




まだ話数が少ないので章分けはしていませんが、イメージ的にはこの話で第一章が終わりという感じです
ここまではそれぞれの現状把握と今後に向けた準備みたいな話だったので、次からは三人が少しずつ交わっていく話になると思います

次は通常通り一週間後に投稿します
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