気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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エピローグ 『世界を欺く者』

「……ふ、ふふふふ」

 

 エクエス王国から離れた場所を、一人の少女が剣を杖代わりにしてゆっくりと歩いていた。

 

「まだ、まだ終わらない。私は、まだ終わらないんだから……」

 

 ルシェ。

 『魔王の眷属』最高眷属の一角にして、かつては『騎士団長』の座に至った傑物。ソフィアの『天の術式』に貫かれ、死んだように見せかけていた彼女は、しかし実のところ逃走を果たしていた。その瞳に執念のようなものを燃やしながら、彼女はゆっくりと前を歩き続ける。

 

「終わらない。終わりだなんて認めない。もっと、もっと力が必要……ジルを振り向かせるには、ソフィアたちを一蹴しないと。そうすれば、ジルは私だけを見てくれるようになる。私の人生の是非は私が決めるよね。ね。ね」

 

 他人からの評価に興味はない。他人から行動の是非を決められる謂れもない。自分は、自分の為したいところを為す。それが恋だ。それが愛だ。どう考えても、どうやっても結局は身勝手の具現でしかない。綺麗事で終わらせるな。綺麗なものとして締めくくるな。そんな相手に自分は負けない。相手のことを考えて身を引ける程度の恋と、絶対に意中の相手を手に入れたい自分の(渇望)を同列に語るな。

 

「本当に欲しいなら、何を犠牲にしてでも成し遂げる。まだ足りなかっただけ。国を幾つか滅ぼして、燃料にしてしまえば……」

 

 まだ終わらない。だから首を洗って待っていろと笑いながら、ルシェは闇の中へと消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、それは叶わぬ願いです」

 

 ポン、とルシェの右肩に手が置かれた。それに思わず「えっ」と声を漏らして。

 

「何故なら、貴女はここで終わるのですから」

 

 瞬間、ルシェの背筋が凍りつく。避けられない終幕のイメージが、彼女の全身を襲ったからだ。

 

「それなりに愉快な見世物ではありました。第三者として評価するのであれば、まあ、それなりに高評価な余興であったことは認めましょう」

 

 そんな悍ましすぎる感覚とは対照的に、彼女の耳朶を叩くのは思わず聞き入ってしまうような美しい声。脳内に浸透していくような奇妙な声音が、ルシェの判断を鈍らせる。

 

「ですが、いけませんね。己が振るう力に理解がなく、自重も知らないというのは。無知は罪、という言葉をご存じですか?」

 

 今すぐ肩に置かれた手を振りほどき、剣で斬りつけて標的を殺せと本能が叫んでいる。叫んでいるのに、全く動けない。まるで石像のように、彼女の肉体は微動だにしなかった。

 

「単調な過程は、確かに見ていて飽きます。故に、それなりのハプニングは面白いです。ですが──世界を中途半端な形で歪められてしまうのは、最もツマラナイ結末なんですよ」

 

 そんなルシェの状態を察しているのか否か、背後にいた何者かはルシェの肩から手を下ろすと、彼女の視界に映るようにゆっくりと移動する。

 

「己の力を理解し、自重するならば見なかったことにもできました。軌道修正の為にこうして保険をかけてはいますが、多少のイレギュラーはあった方が愉快ですから」

 

 やがてルシェの視界に映ったのは、シルクハットを被り、目元を仮面で覆った、奇妙な服装の◾️だった。整った顔立ちをしていることは鼻筋や口元から窺えるが、逆に言えばそれ以外はよく分からない。そんな、異様な外見。

 

「私個人としても主神の遺産や人類の頂点、神の血を引く者達よりも、あの男を評価していますしね。よくもまあ人の身でその領域に至ったと。いえしかし、私以外の◾️◾️からすれば◾️()()の対象でしょうか」

 

 パチン、と◾️が指を鳴らす。◾️の唐突な動作に訝しんだルシェだったが、それを機に己の硬直が解けたことを察した。肩の力を抜いた状態で、彼女は◾️に向かって問いかける。

 

「禅問答かな? 正直、何を言ってるのか分かんないね。ね。ね」

「何、ささやかな親切心です。世界を知らぬ子供に対する、特別講義のようなものですかね。端的にいうと、貴女はやりすぎた。神の血を引くものにも言われたのではないですか? 世界が歪むと」

「そうなんだ。──だから?」

 

 直後。一息つく間もなく、ルシェは◾️に向かって剣を振り下ろした。大陸最強格であろうと、直撃すれば絶命必至。それを証明するかのように、◾️の足下の大地は深く切断され、轟音を立てて地盤を揺るがしている。まさに、必殺の一撃と呼ぶに相応しい業だった。

 

「本当に、このような不出来な存在を放置しているのは減点対象と言えますね。部下の手綱程度、幾らでも握れるでしょうに。そもそも、意識や記憶の剥奪をしないのは如何なる理由によるものか。理解しかねますね」

 

 そんな必殺の一撃を受けて、しかし◾️は無傷だった。ルシェの瞳が驚愕によって見開かれ、考えるよりも早く追撃──結果、剣が厳密には◾️の肉体に届かず、その寸前で遮られていることを察知する。まるでそこに、不可視にして不可侵の防御壁があるかのように。

 

「……」

 

 殺気を込めて◾️を睨むも、しかし◾️は意にも返さない。並大抵の実力者であれば、殺気を受けた時点で斬殺されたイメージを植えつけられ、プラシーボ効果で現実世界にて全身を斬り裂かれるイメージが反映されてしまい、本当に死に至る領域の殺意を、ルシェは◾️に向けて放っているというのに。それほどの殺意さえも、◾️は完全に遮断していたのだ。もはや、本当に目の前にいるのかも怪しい。

 

「いやはや」

 

 だが事実として、◾️は目の前にいる。目の前にいて、こちらに干渉しているのだ。それが意味するところは即ち、◾️が並大抵の実力者ではないということ。かつて、伝導士の本体と対峙した際の記憶が過ぎる。

 

(また、またまたまたまたまた……)

 

 一瞬にして戦力差の分析を終えて逃亡を図るルシェ。剣技をもって大地を隆起させ、闇を用いて◾️の視界を遮る。そんな生きるための懸命の努力を一瞬のうちに済ませたをよそに、◾️はシルクハットを深く被り直しながら口元に弧を描く。描いて、◾️はルシェの剣を二本の指で軽く摘んだ。

 

「実に、実に」

 

 ルシェは剣を引き抜こうとして、全く動かせないことを理解する。ならば、と◾️の視界を妨害すべく『闇』を展開して──

 

「滑稽」

 

 ──展開して、その全てはルシェの肉体ごと四散した。

 

「こ、ひゅ……っ」

「ほう、寸前で急所だけは(かわ)しましたか。その外法を理解しておらずとも、感覚的には鋭くなっているということですかね。まあ、急所以外への被弾が多すぎますが」

 

 とはいえ一撃で死ななかったのは、貴女本人の技量の高さもあるでしょう。疲弊しきっているのに天晴れです、と◾️はルシェを称賛する。瀕死の状態の少女を、仮面の奥から無機質な瞳で見下ろしながら。

 

「この世界は絶対的な力の持ち主が敷く法則と理論によって成り立っている……でしたか」

「あ、がぁ……」

「良い言葉です。気に入りましたとも」

 

 しかしそれだけならば、ルシェの肉体はいともたやすく再生する。無限の不死性を有する彼女に、単純な物理攻撃は無意味だからだ。そしてその異質性こそが人と『魔王の眷属』との間を隔てる絶望的な差であり、世界を破滅に導く脅威でもある。

 

 だが。

 

「ならばこの結末は必然と言えましょう」

 

 だが、だからこそ◾️には届かない。それもまた、必然であった。

 

「では忠告です。お遊びはほどほどに」

 

 ルシェの肉体が、砂のようにボロボロと崩れていく。もはや声を発するどころか、◾️を睨む気力すらない。本当の意味で、彼女は消失し始めていたのだ。

 

「さてオ◾️デ◾️◾️」

 

 その光景をジッと見下ろしながら、感情の起伏なく◾️は言った。

 

「貴方が泉に捧げたその左眼に、この光景は映っておられましたかな。やはり世界は、己の目で直接見るに限る。こうして裏技を使ってでも」

 

 




6章完結。

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