気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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月の日常 Ⅱ

 悲報 異世界、身分証明書を要求される。

 

「まあ無一文なんだから、そりゃ身分証明書もないわよね」

 

 流石にそう簡単にはいかないか、と俺は内心で舌を打つ。身分証明書を要求される程度には、月の世界はその辺りの整備を行っているらしい。……俺自身も開国後は内政でその辺の整備を行っていたのだから、これだけ文明が発展してそうな世界であれば当然といえば当然か、とゾーイの家を見ながら思う。それでも俺が「いけるやろ」みたいな具合で遠回しに切り出した理由は──

 

(俺自身は身分証明なんて必要なかったからですね。分かります)

 

 これまで一度も要求されたことがなかったからな。身分証明書。

 

「別にお金を支払わせるつもりはなかったけど……さっきの発言的に、何かしらの対価を支払う気持ち自体はあるってことよね」

「無論。仕事に対して正当な報酬を支払う……おそらくこれは、私の流儀だった筈だ」

 

 そう、あくまでも正当な対価のために働くというのがポイントである。ジルのキャラ的に、何もなしに「働け」なんて言われたら戦争待ったなしだからな。ちなみに、仕事の内容もめちゃくちゃ選ぶつもりである。

 

「……意外と律儀ね。それに記憶喪失といっても、全部を全部忘れてるってわけでもなさそう、か」

「……」

 

 認めた相手には寛容だが、そうでなければ理不尽の具現。それが、ジルである。

 

 なので実のところ報酬を支払うかどうかは仕事の内容や質にもよるのだが、そこは言わないでおいた方が都合がいいだろう。ゾーイからの印象が良くなってるようだし、微かに記憶が残っている風を装ったおかげで「欲しい情報が手に入るかも」という可能性を強く植え付けることにも成功している。わざわざしなくても良い発言は控えておこう。

 

「……一応、アテが無い訳ではないのよ」

「ほう?」

「けど、うーん……」

 

 仕事について心当たりはあるとしつつも悩む素振りを見せるゾーイだが、これは……どちらだ?

 

(俺の存在を明かすことに対して悩んでいるのか。あるいは、(ジル)を働かせることに何らかの懸念を抱いているのか……どちらだ?)

 

 確かに、無駄に偉そうな人間を他人に紹介するのは怖いだろう。紹介した側にも責任の一端が生じてしまう以上、何かやらかしたりしないかを不安に思い、悩んでしまうことは至極当然といえた。故に、後者の方面(懸念を抱いている方面)で悩んでいる可能性もある訳で──だが、仮に悩む理由がそちらなら、少し押せばどうにかなるか?

 

「貴様、もしや私がまともに労働をこなせぬ……とでも考えているのではあるまいな?」

「いや、そりゃそうでしょ。適性って言葉知ってる?」

「ふん。くだらん。記憶にはないが、私の適性は万物に及ぶ筈だ」

「記憶喪失なのにどうしてここまで自信満々になれるのこいつ……」

 

 そう言って呆れた様子を見せたゾーイは、やがて息を吐いた。

 

「……分かったわ。一度、試してみましょう。それが無理そうだったら、そうね。料理と洗濯以外の家事の類を全て任せるわ」

「雑事は私の仕事ではない。これほどの威を放つ私が掃除など、笑止千万極まる。使用人を用意するか、他を当たれ」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 ぎろり、とゾーイは俺の方を睨む。しかし、俺はそれを受けてもどこ吹く風といった姿勢を崩さず──それどころか、どこか愉しげな外面さえも浮かべてみせた。

 ゾーイは殺意や敵意を乗せている訳ではない。ならば軽口を受け流して観察対象として愉しむ体裁にしておくのが、こちらとしても好都合だろう。無駄な争いは利益を生まないのだから。

 

「……けど、今日明日は無理よ。最短でも明後日、いいわね?」

「構わぬ。尤も、それまでこの家の備蓄が保つかどうかは、私の関与せぬところではあるが」

「自重を覚えなさい」

 

 §

 

 さて、そんなこんなで二日が経過した。流石に無銭飲食は俺の良心が咎めたため、食事量を当社比で減らしながら怠惰な生活を送り──鍛錬をしたかったが、記憶喪失なのに鍛錬なんて真似をして訝しまれたら困るので、周囲に被害が出ない範囲のイメージトレーニングに留めた──俺は無事外に出ることが出来た訳だが。

 

(車がある……予想通り、文明レベルが現代のそれに近そうだな)

 

 住宅街らしき場所を歩きながら周囲を観察しているが、ゾーイの自宅から推測できたように、やはりこの世界は大陸とは異なる発展を遂げているらしい。大陸も一部においては前世の文明に近いものがあったが……月に関してはほとんど似たようなものかもしれないな。

 

(三角屋根が多いのは雪が多く降るからか? 実際、この世界の気候は涼しげだから可能性としては高そうだな。……ふむ、電柱の類はほとんど見えないのか。それに、自然と調和したデザインの建築様式は魔術大国に近いな。景観を大事にしている世界、といったところか?)

 

 そういえば日本は電柱の数が海外と比べて多い方の国であるという話を聞いたことがあるな、なんてどうでもいいことを思いながら。

 

(マーニは技術の発展を望んでいるのだろうか。この街の様子を見るに、少なくとも、人の世の発展を否定してはいないようだ。原作に出ていた他の神々とは異なる、か?)

 

 それに、と俺は眼を細めた。

 

(……硬いな。一軒一軒が前世でいうところの核シェルターのような役割を果たしているのかもしれない)

 

 ゾーイの家の中でも思っていたことだが、建造物の強度が非常に高い。結構な規模の戦闘を行っても、街が損傷することはないだろう。核が落ちても物理的には無問題な住宅街とは何事だろうか。

 

(そしてこの事実は裏を返せば、これだけの強度が必要な事態が起こり得る街ということ)

 

 やはり超人達が蔓延る世界なのかもしれない。俺は改めて、気を引き締めるのであった。

 

 §

 

 はっきり言おう。ゾーイは、これから紹介する仕事を、青年がまともにこなせると考えていなかった。それは別に、青年への仕事の斡旋を雑に行おうだとか、裏で手を回して仕事の難易度を上げようだとか、そういう小細工や嫌がらせを弄するつもりだからではない。ただ単純に、ゾーイの紹介できる仕事が青年に向いていないからである。

 

 もしも本当に青年の能力が自己申告(記憶に難あり)通り高かったとしても、青年はコミュニケーション能力に難がある。それであの仕事をこなすのは難しいだろう。ゾーイはこの二日間で青年の気質をよく理解できたが故に、青年では仕事をこなせないだろうと予測を立てているのである。

 というか多分、仕事をこなす以前の問題で拒否されると考えている。客と論争にでもなったら、目も当てられない。あのマスターであれば、受け答えの段階で青年が働くことを断る筈だ。

 

(あんたを受け入れることができる優しい奴なんてね、それはもう私くらいのもんよ)

 

 仕事を拒否されて、青年は思い知るだろう。この世に味方は、ゾーイしかいないのだと。その結果彼は自らの過ちを悔いて、この身に縋るほかなくなるのだ。

 

(私の勝ち、確定だわ)

 

 ゾーイは夢想した。その光景を。青年が己に跪くその姿を。

 

『私が間違っていた。娘……否、ゾーイ殿。私を懐に入れてくださる寛大な心の持ち主は、貴女を置いて他にいないと、ことここに至って私は理解できたのだ。遅れてしまったが、私は貴殿へと最大限の忠誠を贈りたい』

『分かれば良いのよ、分かればね。今後は料理と私の服の洗濯以外の家事その他を全てやりなさい。お金に関しても……そうね、家からできる内職を教えてあげるからそこから払うといいわ。微々たるものだけど、これであんたは私の家計に水の一滴を垂らすことができるのよ。光栄に思いなさい』

 

 やがて青年は記憶を取り戻し、洗いざらい情報を吐くことになるだろう。どのような経緯で災厄に関係する身になったのか。ああなる直前まではどのような状況状態だったのか。あの状態でも意識は残っていたのか──など、ゾーイは聞きたいことが山ほどあった。

 

(災厄なんて意味不明な代物が、理由なく発生するわけがない。この世界がひっくり返るような情報を、一つでも良いから手に入れる。そうすれば……)

 

 そうすれば、ゾーイは一歩進める気がした。それこそ、何故自分はこうなのかも分かるかもしれない。

 

(それにしても、こいつってどういう仕事をしていたのかしら)

 

 何かしらの仕事役割立場。青年にだって、そういうものがある筈である。そしてそうである以上、青年が元々いた場所では多少なりとも騒ぎになっているのではないかとゾーイは思う。この二日間は、そういう面の様子見もできた時間だった。青年の不在で仕事が回らなくなった場所から、何かしらの情報が浮き出てくるかもしれないと。

 

(それが私の耳に入らないってことは、やっぱ少なくとも、この都市の住民じゃないんでしょうね)

 

 別の都市で死んだ扱いになっているのか。さほど重要ではない立場だったのか。あるいは──ゾーイにまで情報が降りてこないような、トップシークレットなのか。

 

(ま、こいつの職場だとかは私に関係ないわ)

 

 情報が手に入ればそれでいい。それに最悪、ゾーイであれば青年の後ろ盾として十分に機能するだろう。それこそ、頂点に近い連中が相手でもなければ。

 

 §

 

「喫茶店、か?」

「そ。てかあんた。喫茶店は覚えているのね」

「ああ。あくまでも、知識としてだが」

「……? まあよく分からないけど、言葉とか食器の使い方とかは理解しているものね。そういうものと同じってことか」

 

 ゾーイの手引きで足を踏み入れた先。そこは、所謂喫茶店というやつだった。客はまだ入っていないらしく、一人の中年男性がタオルで席を拭いている。

 

(開店準備中、か)

 

 俺の国のあの酒場には、あれからも開店前にお忍びで何度か足を運んでいるが、確かこんな様子だったな。月の世界に来てからまだ数日しか経っていないはず──しかも意識が無い状態の期間も含んで──なのに、少し懐かしい感覚を覚えてしまった。

 

「……何か思い出したようね」

「……?」

「顔に出てたわよ。記憶が戻った自覚はないかもしれないけど、体だか心だかは覚えているんじゃない? あんたの記憶にはこういう店で良い思い出があったって」

「……かもしれん、な」

 

 まあ、良い記憶といえば良い記憶なのだろう。俺がジルになってから、初めて善意を受けた場所だからな。

 

「あんたが救いようのない悪人でないことが分かったのは、意外な収穫だわ」

「……何を言っている。寝ぼけているのか?」

「さて、どうかしらね」

 

 意味不明なことをぬかすゾーイを睨むも、彼女はどこ吹く風だ。そのまま彼女は男性に声をかけると、男性は手を止めてこちらにやって来る。

 

「いらっしゃい。ゾーイのお知り合いかな?」

 

 いや、声めちゃくちゃ渋いな。

 ダンディな見た目の通りというかなんというか、非常に心地の良い声の持ち主であった。この男性が切り盛りをしている喫茶店というだけで、かなりの癒し効果が得られそうなくらいには。

 

「とはいえすまないね。まだ開店前なんだ。ゾーイ、キミも彼を連れて来る時間帯をだね──」

「──こいつ、ここで働かせることって出来る?」

 

 男性の言葉を遮るように、ゾーイは言った。 

 

「ふむ。何やら事情があるのかな?」

「記憶喪失ってやつなのよ、こいつ」

「それは……医者に診てもらうべきではないか? いやそれとも、既に行ったのかい?」

「身分証明書がないのよこいつ。お金がとんでもないことになるわ」

「彼には悪いが、ここまでの情報だと不審人物にしか見えないのだが……」

「まあ大丈夫だと思うわよ? ここ数日世話をしてやってるけど、大人しいしね」

「うーむ……」

 

 考え込むように腕を組んだ男性は、チラリと俺に視線を向けて。

 

「喫茶店で働いた経験は……と、記憶喪失だから分からないんだったな。出来そうかい?」

「誰にものを言っている。私に不可能など存在しない」

「ほほう。これは大した自信家だね」

 

 ジッとこちらを覗き込むような視線を送って来る男性。……この視線は、少し独特だな。シリルや『上司』が放つこちらを警戒しながら探るような視線とは異なるが、かといって無警戒という訳でもない。かつての『人類最強』の視線が近い気もするが……。

 

「……ふむ。良いだろう。働いてみるといい」

「この私に対してその不敬な態度、物申したいところがない訳ではないが……状況が状況だ。許してやろう。その身をもって、私の能力を知ることになる故にな」

 

 マジで? みたいな顔をしているゾーイを無視して、俺は不敵に笑った。

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