気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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月の日常 Ⅲ

 喫茶店業務に必要なことは多々あるが、その最たるものは間違いなくコミュニケーション能力だろう。そして、ここでいうコミュニケーション能力とは単純に人に話しかけることができるだとか、人と話すのが好きだとか、そういった能力に限らない。

 勿論、それらの能力も重要だ。だがそれ以上に、会話をきちんと成立させられるだったり、相手の意図を正確に読み取れるだったり、相手にとって必要な情報を適切に与えられるだったり、相手が求めているものを素早く提供出来るだったり、相手に不快な想いをさせない言葉選びだったり──そういった能力が重要視される。

 

 その点において、ゾーイが保護した青年は最悪といってもよかった。

 

 会話は成立するが、それはどう考えても接客業的な意味での成立ではない。相手の意図を読み取れるが、そこから相手にとってプラスな会話に繋げることはない。相手にとって必要な情報を理解しているくせに、特に何もしない。相手が求めているものを提供出来る場面だとしても「私がそのような雑事をする訳ないだろう」と切り捨てる。

 

 コミュニケーション能力だけに焦点を絞ってもこれだ。接客はもちろんだが、厨房や裏方に回ってもどうしようもないだろう。その厨房にしたって「私は食べる専門だが?」とか言い放ちそうだし、そもそも厨房の担当はマスターで間に合っている。能力自体は高いが、その能力を他者の為に振る舞うという発想そのものが無いように感じる面もマイナスだ。

 

(もしかして、私以上に社会不適合者なんじゃないのこいつ……)

 

 そう思った回数は数知れず。記憶喪失になった結果、周囲に合わせて取り繕うという擬態能力が欠落してしまったのではないだろうか、あの青年は。自分も記憶喪失になれば似たような状態になる気がするので、そういう意味では青年のことを少しだけ理解出来た気もする。それは決して褒められたことではないと思うが、ゾーイはその事実(自分の社会不適合性)を見て見ぬ振りをすることにした。

 

(それにしても、私以外にこういう気質の奴がいるとは思わなかったわね。以前は私と同じ連中だったらもしかしてと思ったこともあるけど……、あいつは違ったし。記憶喪失だからこいつのこれは素の訳で……)

 

 記憶喪失といえば、自分の名前は思い出したようで、マスターにどう呼べば良いかを訊かれたこと対して「……ふむ。朧げではあるが、僅かに思い出せたこともある。私の名は確か、キーラ……いや、頭痛と寒気がする。これは違うな。ジルだったか……?」なんて口にしていたので、それ以降はそう呼ぶようにしている。その方が記憶を取り戻す速度が速くなりそうだと思ったからだ。

 

(まあとりあえず、こいつ──ジルに接客業なんて絶対不可能なのよ。私の家での行動や言動を振り返ってみなさいよ。無理よ、無理)

 

 傲慢という名の服を着たような青年。というか、傲慢という言葉がそのまま人の形をして動いているかのような青年。そんな奴に、接客業なんて出来るはずがない。かろうじてこなせたとしても、受け入れられるはずがない。常連客から嫌われて、クビになるのがオチだろう。何故、店の評判を落としかねない選択をマスターが選んだのか、正直ゾーイには理解出来なかった。

 

 

 

 そう思っていた。

 

「私の勝ちだ」

「くっ、まさか負けるとは……」

「すげえ! パーフェクトゲームだ!」

「相変わらずすごいわあ、ジルくん」

 

 悲報。めっちゃ馴染んでいる。

 

「いやあジルくん、ボードゲーム強いなあ……」

「テレビゲームも強かったぞ、この子」

「勝負事じゃ最強なんじゃないかしら」

「くそ、なんで、なんで俺が負けたんだ……!」

「残念だったな、兄ちゃん」

「初見さんだもん。仕方ないわよ」

 

 接客業をこなしている訳ではないし、厨房に入っている訳でもないし、掃除をしている訳でもない。

 

「くくっ、私を相手に頭脳で挑む。それ自体が貴様の敗因よ」

「勝負を挑むこと自体が間違いだった……?」

「然様。貴様が愚かなことが問題なのではない……単純に、私が強すぎるのだ」

 

 だが、ジルは完全に店に馴染んでいた。

 

「あれ、俺愚かではあるの? ねえ、俺愚かなの?」

「ジルくん。彼、なんか虚空を見つめ始めているんだけど……」

「敗者の戯言など、聞くに値しない。……さて、では甘味をいただくとしよう。彼奴の金で、な」

「彼の給料は終わりかもしれんな。ジルくんよく食べるから」

「勝者は全てを手にするが世の理。故に、私が有象無象を慮り、自重する必要性など存在せぬからして。──マスター。本日の逸品を所望したい」

「はいよ。ただ、今日のオススメは仕上げるのに時間がかかる。少々お待ちいただいてもよろしいかな?」

「無論。職人の業とはそういうものだ。それを急かすなど、その者の器の小ささが知れるというもの」

「……あ、店長さん。俺にもそれを──」

「すまない。今日の分は彼で終わりなんだ」

「!?」

「くくっ。またのお越しを、というやつだ」

「ああやってリピーターを作るのも上手だよなあ、ジルくん」

「そうね。この二週間で、常連が増えたもの」

「天職」

 

 だけに留まらず、めちゃくちゃ売上に貢献していた。働いていないのに。働いていないのに!

 

「ジルさん。ここの問題なんですけど」

「ふん。そのような児戯に惑うとは相変わらず愚かだな。……だが以前と比べ、着眼点は悪くない。故に、道筋程度は示してやるが道理か。その問題を解く鍵は、47ページに書かれていた公式の成り立ちだ。公式そのものではなく、経緯を理解しているか否かこそが問われている」

「あっ、なるほど……」

「精進すると良い、小僧」

 

 ──なにこれ。

 

 定位置となりつつあるカウンター席で、ゾーイは釈然としないものを感じていた。

 

「私の目は確かだった──彼なら、マスコットキャラになれると思ったんだよ」

「記憶喪失で俺様系のイケメンをマスコットキャラにするなんて発想が、どこから出てくるのか私には分からないわ」

「付加価値、というやつだよ。彼にしか出来ない働き方があり、それを活かした仕事を与え、結果としてそれがこの店ならではの価値になる。個性というものは、何事も使い様だ」

 

 マスターの言葉に、ゾーイは一人唸る。社会不適合者を養う私に平伏しなさい作戦が頓挫したこともそうだが、それ以上にこう、なんかこう。

 

「じ、ジル様……その、いつものお願いします!」

「……」

 

 ゾーイの視線の先で、ツインテールの少女が頬を赤くしながらジルに頭を下げる。それを路傍の石でも見るような視線で射抜いたジルは──

 

「いつもの……とは不可解なことを言う。加えて、貴様如きがこの私に"お願い"だと? 随分と偉くなったな、小娘」

「はうっ!」

「貴様は私に何を為した? 何の価値を示した? 申してみよ」

「はあ、はあ、はあ……!」

「ふん。餌を待つだけの家畜──」

 

 ──ゾーイは視線を切った。切って、紅茶を一口。

 

「マスター。この店って喫茶店をやめたのかしら。ホストクラブとかそういうものになったのかしら」

「ああいうものも需要があるからね。それに、アレは彼の素だよ」

「……」

 

 サービス精神ではなく、素であの態度をとっているのはそれはそれで問題なのでは? という極めて真っ当な意見を、ゾーイは呑み込んだ。自分の常識が、世界の常識とは限らない。幸せを提供出来ているのであれば、それはそれとして許されるのが世の常だ。逆もまた然りであるが、その時はその時だろう。今回の場合は求められているのも事実であるし、少女側も中々に危険人物そうだからセーフ……セーフ? 己を無理やり納得させたゾーイは、再び視線をジルの方へと戻した。

 

「か、完璧な味……だと!?」

「ふん。元より、マスターの腕は一級品だ。故に、貴様が僅かに抱いていた不満とは、貴様の食し方に問題があっただけのこと。それにより調和が崩れ、貴様の想像上の味覚との不一致を起こしたのだ」

「そ、そんなことが……」

「まずは己の肉体を知れ。そこから、環境に応じて、その都度最適な作法を身につけると良い。例えば、この店の空調は──」

 

 以前来店した時にどこか神経質そうな顔をしていた老人が、驚愕の表情を浮かべながらジルの講義に聞き入っていた。よく分からないが、ジルがアドバイス的なものを与えたらしい。

 

「いやいや、彼は凄いよ。実際に配膳をしたり、接客を行うのは彼の気まぐれでしかないが、いざその気まぐれから為された仕事は完璧の一言。その完璧な仕事はたちまち人々を魅了し、『あの気まぐれをもう一度味わいたい……!』と思ってしまうお客様は少なくない」

「なんか危ない店になった気がするんだけど」

「彼の食に対する拘りの強さ故か、似たような嗜好を有する人間にはそれなりに寛容というものあるだろう。あとはほら、子供には甘い部分があるから親御さんも安心だ。百年に一人の逸材だよ、彼は」

「こんなにも悲しくなる百年に一人の逸材って言葉の使い方、私は聞きたくなかったわ」

 

 仕事をしていないのに仕事をしている扱いになる。なんだその羨ましい性質は、とゾーイはジルを睨んだ。同時に成る程、記憶を失う以前もこんな役割を担っていたのだとしたら、家での態度も頷ける。頷けるが、それはそれとしてイラっとした。

 

「これで今日の労働も終いか。ふっ、容易い。ゾーイへの報酬として賃金を支払う手間はあるが……許容範囲よ」

 

 頷きながらプリンを堪能するジルの顔面を、ゾーイは殴りたくて殴りたくて仕方がなかった。

 

(ダメね。怒りっぽくなっているわ。疲れているのかしら……)

 

 そうだ。きっとそうに違いない。ジルの世話で、自分は疲れてしまったのだ。彼への給料は全額自分に入って来るが、それで帳消しに出来ない程度には疲れている。うん、今日はゆっくり休もう──そう思った時だった。

 

『東地区7B区域前線にて、災厄が発生しました。繰り返します。東地区7B区域前線にて、災厄が発生しました。近隣住民の皆様は、各自避難用──』

「……」

 

 ぶっ潰す。

 店内に鳴り響くアラームに鬱憤を晴らすかの如く、ゾーイは乱暴に立ち上がった。

 

「行くのかい?」

おかしなことを(・・・・・・・)聞くわね(・・・・)。私はそういう役割(・・・・・・)よ」

「……そうだな。気をつけて」

「ええ。マスター達も、安全に避難しなさい」

 

 扉を開け、ゾーイは飛び立つ。自らの職務を、まっとうするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。災厄とやらか。さて、どれ程か見ものだな」

 

 なんか付いてきた。




猫カフェとコンカフェを足した概念を異世界の異世界に持ち込んだジルくん
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